トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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25話 トーナメント3戦目 ジャルワール 後編

「止血ッス!止血ッス!!」

 

「おう、まあそんなに気にすんなよ」

 

「するッスよ!まったくパイセンはアホッス!!」

 

 コーナーにて、ライデンオーが無名の左腕に止血バンドを巻いている。

その前に添えたガーゼは、出血によって赤く染まっていた。

 

「思ったより傷が深ェなあ。切れたって言うより千切られたって感じだ」

 

「聞いてるだけで痛いッスよ……ハイ!止血完了!」

 

 無名の真正面にしゃがんだフドウギクが、その胸に手を置く。

 

「……折れてはいないス。ただ、浅いヒビでもないと思うス」

 

「だろうなァ、芯まで響いたぜ。ライ、水くれ」

 

「ウッスウッス!」

 

 水を飲み、無名が嘆息する。

 

「楽しいねェ、ホントに……楽しいなァ」

 

「見てるコッチは気が気じゃないッス!」

 

 

「『ジャルワール、どうだ?』」

 

 ジャルワール側のコーナーで、セコンドが聞く。

 

「『痛みが引かないわねェ……背中と脇腹、東洋の神秘よ……あの変な打撃』」

 

「『……とんでもない痣ができているな。相手の肋骨と左上腕……ダメージレースとしては、微妙か』」

 

 アイシングをしながら、セコンドが呟く。

 

「『……兄さん、アタシとっても楽しいのよ、わかる?』」

 

「『――ああ、よくわかるよ。まるでデート中の学生だった』」

 

 手当を終え、ジャルワールが立ち上がる。

 

「『デート、デートね……ふふ、ソレ素敵♪』」

 

 少し恥ずかしそうに、彼女ははにかんだ。

 

 

『さあ!第二ラウンドのゴングが鳴ったァ!!両者に深刻なダメージは見受けられないが、内面はどうだァッ!?』

 

『2人とも戦意は十分、熱いラウンドになりそうです!』

 

 先手は、ジャルワール。

笑みを貼りつかせたまま、ステップを刻んで近付く。

無名は緩く構え、油断なくそれを迎え撃つ。

 

「ハァッ!!」

 

 ステップの途中から、右ロー。

それを下がって躱した無名に、身を翻しながら左ハイ。

 

「っし!」

 

 低い体勢から、伸びあがるような蹴り。

それを、裏拳で捌いた。

 

「(連撃の切れ目が判別できねえ、テンポを意図的にズラしてるのか……なら!)」

 

 跳び下がった無名が、構えを変える。

鉤爪状に指を曲げ、体の正面で交差させる。

 

 

 討マ流、応報の構え「連雀」

 

 

「(構えが、変わった?……何が来るか、ワクワクするわね!)」

 

「(放つタイミングはわからなくても……インパクトの瞬間だけは読める!)」

 

 変わった構えに臆することなく、ジャルワールが踏み込む。

 

「ッハ!」

 

 下段を払う――と見せかけ、玄妙な体捌きでローキックはミドルへと軌道を変えた。

 

「――じゃっ!!」

 

 その『蹴り』に、無名は掌を叩き込んだ。

足首を打たれ、軌道を変化させた蹴りが外れる。

 

 『連雀』とは、相手の体に攻撃を入れるための構えではない。

相手の『攻撃』に、攻撃を入れるための構えなのだ。

 

「(驚いた、ならこれは、どう!?)――ッフ!」

 

 その攻撃に面食らうも、ジャルワールは再び攻撃。

踏み込みつつ、体重を乗せた右の蹴り。

『ベンサォン』と呼ばれる、腹部を狙った前蹴りだ。

 

 無名はその蹴りを避けない。

そして、自らの腹部に向かう蹴りの間合いを見極め……瞬時に『朧』を使って下がる。

下がりつつ――

 

「――るぅ、ああぁッ!!」 

 その伸びきった蹴りの足首に、左右から両掌を叩き込んだ。

『通った』衝撃が彼女の足首の内部で衝突し、拡散する。

 

 

 討マ流、打ノ型『雷拝(らいはい)

攻撃を避けた瞬間、伸びた関節に対して衝撃を通す技。

弛緩した関節は、容易に衝撃を通す。

 

 

「――っぎ!?」

 

 ジャルワールの体内に響く、びき、という衝撃。

予想外の痛みに動きを止める彼女だが、無名はまだ動く。

 

「おおぉっ!!」

 

 無名は足首を挟んだ両掌を、勢いよく引く。

ジャルワールの体が、前に流れる。

 

「(し、まっ――)」

 

「――鋭ァッ!!」

 

 両掌を引き込みつつ、右へ回る無名の体。

横を向いた瞬間に、ジャルワールの鳩尾に蹴りが突き刺さった。

しかも、踵から。

 

 どず、と轟音が響く。

 

 脚を固定された状態での蹴りである。

衝撃の逃げ場は、無い。

 

「――ぁ、が!?」

 

「(――有効打!逃さねえ、畳みかけるぞ!!)」

 

 まだ蹴り足を押さえたまま、無名が動く。

突き刺さった蹴りを抜き、再び蹴りを放つ体勢。

 

「ア、アア、アアアァアッ!!」

「――な、あぁ!?」

 

 ジャルワールが、吠えた。

吠えつつ、軸足を跳ね上げた。

 

「(しまっ!?固定が、裏目に!『俺の両手』を、足場にし――)」

 

 無名が挟んだ足首は、容易に外れないようにきつく保持されていた。

そこを起点に、ジャルワールは跳んだ。

無名が手を離すよりも早く跳んで――蹴った。

 

「――アア、ァッ!!」

 

 蹴りを放とうと、溜めの動作に入っていた――無名の、頭部を。

『りょ、両者ダウウウウウウウウウウウウウウウンッ!!ジャルワール選手はその場に崩れ落ち、無名選手は……仰け反りながら吹き飛ばされたァッ!!』

 

『無名選手の方、アレはヤバいですよ!意識していない方向からの、頭部へのクリーンヒット……!!』

 

「ぱ、パイセンッ!?」

 

「アレは、危険ス……!」

 

 ライデンオーとフドウギクが息を呑む。

吹き飛んだ無名は背中からリングへ沈み、身じろぎもしない。

 

「一郎さ……!」

 

「ヤマダ……!」

 

「っひ、アカン!あれ、アカンのとちゃうん!?」

 

 VIP席の3人も、また息を呑んだ。

だが、ムソウシンザンだけは悲鳴を上げなかった。

 

「ふふ――まぁた、楽しそうに笑っている」

 

 彼女は微笑み、フライドチキンを骨ごと噛み砕いた。

 

 

「無名選手!無名選手!――これ、は」

 

 駆け寄ったレフェリーが、倒れた無名を見て息を息を呑んだ。

彼のマスクが、真っ赤に染まっている。

出血は多く、リングにも血が散っていた。

 

「ウゥ、あ、が、ああっ!!」

 

 腹を押さえ、呻きながら立ち上がるジャルワール。

口の端から、血の混じった唾液を落としつつも……その目は死んではいなかった。

 

「ム、ミョウ……!」

 

 彼女の目に映るのは、倒れ込んだ無名の姿。

レフェリーがカウントを取り始めるも、彼はまだ動かない。

 

「(あの感触……まさか)」

 

 激痛を訴える足首が、彼女の正気を保たせる。

その脳裏に蘇るのは、先程の攻防。

クリーンヒットを叩き込んだはずの、蹴り。

 

「(まさか……)」

 

存外に『軽かった』のだ。

蹴った感触が。

 

「ワン!……トゥーッ!……スリッ!?」

 

 カウントの最中、内心でTKOを宣告すべきかと悩んでいたレフェリーは驚愕した。

既に死に体に見えた無名が、ハンドスプリングで勢いよく跳ね起きたのだ。

 

「無名選手ッ!目を、目を見せて――」

 

「……おう、いい……男だろ?」

 

 荒い息を漏らす無名。

彼のマスクは額から頭頂部にかけてスッパリと裂けていた。

その下から、少なくない量の出血がある。

 

「額から頭部にかけての出血は、派手だ。……俺ァ、まだやれるぜ、レフェリーさんよ」

 

「――ッ!」

 

 レフェリーを見返す無名。

顔面は血に塗れているが、目だけは爛々と輝いていた。

 

「――よう、まさか……止めねえよ、なァ?」

 

「……ファイッ!!」

 

『む、無名選手健在!!かなりの出血ですが、足取りに淀みはないぞォっ!?』

 

『直撃、したんじゃなかったのか……まさか、あの瞬間に躱していた……?』

 

 無名が、足を踏み出す。

ジャルワールに向かって。

 

「(ああ、畜生……額がザックリいってんな。傷は良いんだが……禿げなきゃいいんだけどよォ)」

 

 赤く変色した鳩尾を押さえ、ジャルワールが構える。

 

「(フフ……まあ、来るよね。ホント、最ッ高……ッ!)」

 

 無名が構える。

『連雀』ではなく、左手を前に……右手は拳を握って腰に。

 

「(さァ……どう出る、ジャルワール!)」

 

 無名の目の前で、ジャルワールが姿勢をひどく低くした。

地面に手を突き、痛めた右足を庇うような体勢だ。

これは構えなので、カウントは取られない。

 

「(最高よ、ムミョウ……アタシを、全部ぶつけてあげる……!!)」

 

 両者、笑みは絶やさない。

そのまま、空気が張りつめていく。

お互いに、動かない。

 

 無名の額から流れた血が、マスクの表面を伝う。

それから顔を伝って、リングに落ちた。

 

 ――それが、合図だった。

 

「――ッ!」「――ッ!!」

 

 無名が前に出る。

ジャルワールが横へ跳ぶ。

 

「――ッシ!」

 

 低い体勢で、ジャルワールの体が回る。

背中を見せて。

完全に背面を晒した状態で、彼女は両手をリングに突いた。

両足が翻り、遠心力を乗せた蹴りが風を裂いて跳ぶ。

 

 『メイア・ルーア・ジ・コンパッソ』……『半月のコンパス』の名で知られる、カポエイラ随一の威力を持つ蹴り技である。

遠心力をふんだんに乗せた踵を相手に叩き込む、大技だ。

 

「が、ああああっ!!」

 

 『朧』を用いて踏み込んだ無名は、唸る蹴りを――躱した。

躱したが、それは『右足』だけだった。

 

 通常は片足で放つこの技。

ジャルワールは、それを両足で放ったのだ。

 

「ぐぅ、おっ!?」

 

 ジャルワールの左足。

その踵が、無名の左上腕に食い込む。

止血帯を引き裂き、一ラウンド目の傷がまた開く。

そして、その下の骨にまで打撃を与えた。

 

「――ら、ぁあッ!!」

 

 それでも、無名は前に出た。

骨に響く痛みを無視しながら、下段の蹴り。

 

 それは、空気を切り裂いて――蹴りを放った支点である、ジャルワールの左肘に直撃した。

 

「ッガ、ァ!?!?」

 

 ジャルワールの左手が、床を滑る。

滑って、外れた。

 

「(ま、だ――ッ!!)」

 

 だが、驚くべきことに彼女は倒れなかった。

右手一本で体重を支え、蹴られた反動を利用して――さらに一回転。

右手を支点に、横に一回転したのだ。

 

「ハ、アァ、ア!!」

 

 この蹴りの名は『ハボ・ジ・アハイア』

先程の『メイア・ルーア・ジ・コンパッソ』の変形である。

 

 再びの蹴りが、無名を襲う。

 

「――っすぅう、う」

 

 無名が息を吸い、身を翻す。

そして迫る蹴りに向かって――左肘を、叩き込んだ。

 

「――破ァッ!!」

 

 討マ流、打ノ型『紫電』

 

 通常は急所を狙うその技は、無名の体を狙って放たれた右足の――足首に激突した。

 

「~~~ッ!?」

 

 どご、と響く音。

 

 蹴りのベクトルは反発し、ジャルワールは回転が止められた独楽のように弾かれた。

そのまま、ごろごろと横倒しに転がる。

転がって……うつぶせの状態で、止まった。 

 

「ふうぅ……」

 

 残心する無名は、左手と顔面から血を滴らせながらもしっかりと立っていた。

 

「ジャルワール選手ッ!」

 

 レフェリーが走り寄る。

 

『なんという攻防ッ!ジャルワール選手、果たして立てるのかッ!?』

 

『先程の攻撃で両足にダメージを受けましたからね……意識があっても、立てるかどうか』

 

 実況の会話の間にも、カウントは進む。

 

「シックス!……セブン!」

 

 よろよろと、ジャルワールが上体を持ち上げる。 

 

「っぐ……、く!」

 

「エイトォ!……ナイン!」

 

 なんとか膝立ちになるも、もはや間に合わないかというその時。

『ああっとォ!ここでゴング!ゴングだァ!!ジャルワール選手、二ラウンド目終了のゴングに救われたぁあああッ!!』

 

 

「フドウちゃんガーゼッ!それとワセリンと綿棒ッス!!」

 

「押忍!」

 

 コーナーにて、セコンド2人が血相を変えて動く。

その前に座る無名は、項垂れた姿勢で動かない。

 

「パイセンのせいでウチの心臓5回は止まったッスよ!!」

 

「お前の方が重傷じゃねえかよ、AEDいるか?」

 

「いらねッス!バぁ鹿!!」

 

 半泣きながら、その手は淀みがない。

 

「あああぁあ……この傷、額がガッツリ抉れてるッス……痕むっさ残るッスゥう……」

 

「向かい傷だぜ、いいじゃねえかよ」

 

「パイセンのアホ!(……ウララちゃんたちが見たら泣くッスよ!?)」

 

「……あ、やっべ」

 

 その可能性に気付き、無名の顔が青ざめた。

 

「……やっぱり今度は狸の親子を助けたってことに……」

 

「テンマちゃんと約束したっしょ!?無理ッス!!」

 

「……どうすっか、なあ」

 

 そんな間に、フドウギクが腕の処置を終えた。

 

「……完了ス。これ、上腕にたぶんヒビ入ってるス」

 

「ああ、なるほど死ぬほどいてえワケだ。まあ、これ以上は貰わねえように気を付けるよ」

 

 

 変わって、ジャルワール側のコーナー。

 

「『……楽しかったか、ジャルワール?』」

 

 セコンドが、穏やかな口調で話しかけている。

椅子に座った彼女は、身じろぎもしない。

 

「『楽しかったん、だろうなァ。お前のそんな顔……久しぶりに見たよ』」

 

 セコンドというよりも、兄の顔をして。

彼はジャルワールの頭をそっと撫で……レフェリーを、呼んだ。

 

 

『さあ、もうすぐインターバルが……おや、レフェリーが……なんですって!?』

 

 リング上でレフェリーが大きく手を振る。

それは、試合の続行が不可能になったと示していた。

 

『無名選手……は大丈夫ですね。と、いうことは――』

 

 実況がジャルワール側を確認する。

 

「おい、ジャルワールが……」「動かねえぞ、おい」「じゃ、じゃあ……」

 

 

 ――そこには、椅子に座ったまま完全に意識を失った状態のジャルワールがいた。

持てる全てを出しきった彼女に、最早余力は残っていなかったのだ。

 

 

『なん……と!なんとジャルワール選手、意識消失ッ!!』

 

『無名選手の、勝利ッ!!勝利ですッ!!』

『またも、またもやってくれました!!人間が、格闘ウマ娘に!!前年度の強者に勝利しましたァッ!!!』

 実況の声が、会場に響く。

あまりの幕切れに、呆気に取られていた観客たちが息を吹き返す。

 

「「「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」

 

「「「無名!無名!!無名!!!」」

 

 

「マジスか、勝った……勝ったッスよ!勝ったッスよパイセンッ!!」

 

「いっで、いででで!?お前バ鹿傷!傷が開くだろオイ!!」

 

 思わず無名に抱き着くライデンオー。

喜びからか、力加減はできていない。

 

「先輩、無名先輩が死んじゃうス」

 

 それを、やんわりとフドウギクが止めていた。

 

 

「おわ、終わった……終わったァ……」

 

 青ざめた顔で、タマモクロスが席に腰を下ろす。

興奮のあまり、ずっと立ち上がっていたのだ。

 

「……むめめ、もも、も(力が抜けましたわ~……)」

 

 肉串を頬張り、どこか力の抜けた様子のリョーガテンマ。

 

「ヤマダの試合は心臓に悪いな……」

 

 咀嚼したチャーハンをコーラで流し込み、ナリタブライアンもまた放心した。

 

「フフフ、今回も血沸き肉躍るいい試合だった」

 

 焼きモロコシを半ば噛み千切るムソウシンザンだけが、いつも通りの表情だった。

 

 

・・☆・・

 

 

「イチロウッ!!」

 

「まーた来やがったッス!情緒小学生!!」

 

 試合終了後も、興奮冷めやらぬ会場の片隅。

その選手控室に、アトヴァーガの声が響いた。

 

「おう、おつかれさん」

 

 いつも通りに挨拶した山田だが、その顔面は上半分に包帯に巻かれていた。

薄く、血が滲んでいる。

 

「病院、行くのよネ?行くのよネ?」

 

 涙目になりつつ、アトヴァーガは山田に抱き着いて体を擦っている。

 

「ちょおッ!離れるッス!油断も隙も無いッス!ぐうううあああああ!!!力が強いッスぅうううう!!さすが格闘ウマ娘ぇえ!!」

 

「やめろっつんてんだろ超いてえんだよバ鹿!!」

 

「あの、先輩……山田先輩の顔がどんどん白くなってるス」

 

 遅れてやってきたスターラッシュ。

彼女はその光景を見て、呆れたように笑った。

 

「まったく……緊張感のない奴らだねェ」

 

 その声は、いやに嬉しそうだった。

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