トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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28話 積極的に仲良くしたくない男、むしろ積極的に殴りたい。

「――で?いつ始めんだよ?」

 

 目の前の暗闇に声をかけた。

 

 ここは、トレセン学園近郊の河川敷。

そこにかかる、大きな鉄橋の下だ。

首都圏に向かう電車がひっきりなしに行きかっているので、どんな音が出ても目立たない。

なにより、今は夜だ。

ただでさえ少ない人目が、今や皆無である。

 

「いい場所知ってるんだね、おじさんさァ」

 

 闇の中から返答。

 

続いてぬるり、と。

その中から出てくる男が、1人。

 

「夜の稽古にも、クソ生意気なクソ餓鬼を転がすにも……もってこいのベストプレイスだぜ?」

 

 叩いた軽口に、『返答』

闇を切り裂いて、銀光が走った。

ソイツを、半歩下がって躱す。

すると、足元の雑草が綺麗に切断される。

……アイツと同じ、ワイヤ付きの苦無、か。

 

「調子こいてんじゃないよ?ルール上でしか戦えない、お綺麗な格闘家がさァ?」

 

 どちらかと言えば端正な顔に、色濃く殺意を滲ませて。

その若い男は俺を睨みつけていた。

 

 何故、こうなったのか。

その理由は、昼に遡る。

 

 

・・☆・・

 

 

 激ヤバ流派に喧嘩を売られたが、そんなことがあっても人生は……もとい日常は続く。

今日も今日とて勤務も続く。

 

「ひっさっしぶりっの!パイセンと同チームッス!ッス!」

 

 今日は日勤だが、ライのテンションがストップ高で大変に鬱陶し……賑やかだ。

 

「言うても3日ぶりくらいじゃねえか?」

 

「久しぶりじゃないッスか!?」

 

「それは1ヶ月とかそこらに使う言葉じゃねえのかな」

 

「そんなん干からびて死ぬッス!!」

 

 警察が頭抱える死に方はやめてくれよ……そして先輩離れしてくれまいか。

 

「まあ、今日も頑張るか……適当に」

 

「ッスッス!!」

 

 いつになくやる気を見せるライに先を譲り、後ろをついて行くことにした。

若いってのはいいねェ。

俺も老け込むにはまだ早いか。

 

 

「けーびいんっ!さーん!」

 

「バッチコイ!!」

 

 中等部の校舎前を巡視していると、ちょうど授業が終わったらしい生徒たちがいた。

そしてその中にいたウララが俺を見つけるなり、目を輝かせて突撃してきた。

以前のネタバラシから数日しか経っていないが、ウララの突進くらいなら難なく捌ける。

 

「わーい!」

 

「よっ、とォ!」

 

 飛びついてきたウララを受け止めて回り(回らなくてもいいのだが、ウララのリクエストによりこうなった。好きなんだという)……そのまま何周かして右肩の上に乗せる。

ウララは尻尾をブンブンさせて上機嫌だ。

相変わらず軽いなァ、飯食え飯。

……いや、俺が食わせばいいか。

 

「ウララは今日も元気だなァ」

 

「うんっ!げんきだよー!」

 

 巧みにバランスを取りつつ、ウララは笑う。

うーん、無限にファンが増えそうなオーラ。

ネットで『昨今のダートレース人気の一因はハルウララでは?』っていうニュースを見たが、あながち間違いないと思う。

いや、ダートレースには他にも素晴らしいウマ娘がいるんだけどな。

でも、ウララはなんというかこう……ジャンルが違う?んだと思う。

強いとか、弱いとかを越えた部分の存在なんじゃねえかな。

 

「どうしたの~?」

 

 少し考え事をしていると、ウララが顔を覗き込んできた。

 

「あー……今日の昼飯どうすっかなって考えてたんだ。ウララは何食うんだ?」

 

「なんでも!カフェテリアのご飯っておいしいよねえ!わたし、どれも大好き!」

 

 ……おばちゃんたちが聞いたらギャン泣きして喜ぶぞ、この天使め。

はー……無限に甘やかしたくなりやがる。

 

「ウララさーん!次は移動教室よ?どこに……っひ!?あ、ああ……山田さんね」

 

 教室から出てきたキングヘイローが、俺を見てビクついた。

気持ちはわかる、まだ顔の包帯取れねえし。

取れたら取れたで、今度はでっけえ傷があるからもっと怖くなるかもしれんが。

ウララにしろライスにしろ、タイキにしろ……全然怖がられねえから逆に違和感がある。

 

「おう、キング。今日もお嬢様してんねえ……じゃ、頑張れよウララ!」

 

「はーいっ!」

 

 肩のウララを下ろす。

そうそう、『キング』呼びだが本人直々に『私をキングと呼ぶ権利をあげるわ!』とお許し?をいただいたのでそうしている。

なんだかんだで付き合いも長いし、いつまでもフルネーム呼びじゃなくってもいいとさ。

 

「じゃあね!行ってきまーす!」

 

「では山田さん、これで失礼し……ウララさんッ!?教科書!教科書とノートを持っていきなさい!!」

 

 手ぶらでダッシュし始めたウララを、キングヘイロー……キングが慌てて追いかけている。

おー、速い速い。

流石はサラブレッドウマ娘。

 

「キングヘイロー!ハルウララ!廊下静かに走れ!」

 

「ごめんなさーい!」「もっ申し訳ありません!」

 

 あ、エアグルーヴに怒られた。

アイツも大変だなあ……

あとなんだそのルール。

 

「パイセンがウマコンの上位互換『ウマロリ』かもしんないんスよ、ハテナちゃん」

 

「にゃんにゃ」

 

「お前中等部で何言ってくれてんだ。アレか?俺の社会的地位を殺しにきてんのか?」

 

 ライが、廊下の窓際で寛いでいたハテナにおぞましいことを吹き込んでいる。

なんだよ上位互換って、どう考えても下位互換だろうが。

 

「パイセンがサラブレッドウマ娘ばっか贔屓するからッス~」

 

「なんでだよ、俺は等しくウマ娘が大好きだ。サラブレッドだろうがばんえいだろうが、関係ねえだろ」

 

 そう言うと、ライはハテナを抱えて廊下の隅にダッシュ。

どうしたお前。

 

「(あっっっっっっっっぶねッス……!危うく逆うまぴょ……逆プロポーズするとこだったッス……見ましたハテナちゃん?アレは劇物ッス!)」

 

「みぃあ……めぇおぅ……」

 

 ハテナだけが振り返り、何とも言えない顔で俺を見つめてきた。

どういう感情の顔だ?そいつは。

 

「おーいライ、巡視すんぞ~……ついでにハテナ、理事長んとこ帰るか?」

 

「うぇ、うぇえ~い……」「みゃ!」

 

 まずハテナが走って来て、器用に俺の体を足場にして肩に。

ライはなんかフラフラしながら寄ってきた。

お前ホント面白いな、一挙手一投足が。

 

 

「飯ッス~♪お昼ご飯ッス~♪ランチッス~♪」

 

「全部同じ意味だろそれお前」

 

 ハテナを理事長室まで送り届けたり、タイキにハグという名のタックルを受けたり、ターボに後ろから飛びつかれたりすることはあったが問題なく勤務は進み……昼休憩となった。

 

 ウキウキとスキップするライに続き、カフェテリアへとやってきた。

例によって生徒はまだいないので、とっとと食って出るか。

  

「さて、今日は……カレーか!カレー一択だな!」

 

「いッスね!いッスね!!」

 

 入った瞬間にそれとわかる芳醇な香り。

カフェテリアの飯はなんでもうめえが、特にカレーは大当たりだ!

 

「ねえさん!カレー一丁!ウマ盛り普通で!」

 

「ウチもッス!ウマ盛り大!超激辛でッス!!」

 

「は~い、カレーセット2つね~」

 

 見れば、おばちゃんの後ろの厨房にはカレー用と思しき寸胴がとんでもねえ数ある。

カレーの匂いはもう半分麻薬みてえなもんだからな、今日は生徒たちもこぞって食うだろう。

 

「おまちどう~!今日はドレッシングじゃなくってツナサラダよ~♪」

 

「「あざっす!!」」

 

 目の前に出されたのは、『ザ・カレー』って感じの一品だ。

野菜も肉もゴロゴロで、いかにも美味そう。

いいねいいね、俺ァジャガイモがゴロッゴロしてるカレーが大好きなんだ。

 

「うっまそうッス!」

 

 対して、ライのカレーは……真っ赤だ、真っ赤。

なんか目がヒリヒリする気さえしてくる。

コイツの胃ってどうなってんだ。

並のウマ娘でもキツそうだぞ?

普通の飯も美味そうに食うから、舌がバ鹿ってことはないと思うんだがな……

 

「食うッス!食うッス!」

 

 ま、いいか。

腹が減っては戦は出来ぬ。

戦なんてしねえけどな。

 

 

 カレーに舌鼓を打ち、勤務を再開。

特にトラブルもなく、3時を迎えた。

『奇声が聞こえる!』という連絡を受けて急行したが、マチカネフクキタルがよくわからんお祈り?をしているだけだった。

『山田さん!今日は一日ハッピーカムカムですッ!!』って言われたな、そういえば。

でもなあ……この前ライが『大大吉!』って言われた後に不幸な事故で三女神の噴水に頭から突っ込んだからなあ……怪しい所だぜ。

まあ、そういうわけで勤務自体は平和に終わった。

平和に終わった、んだが……

 

 

「パイセンと一緒に帰るの久しぶりッスね~♪アガるッス~♪」

 

「3日前に帰ったじゃんよ」

 

「久しぶりッスね~♪」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ライと無駄話しつつ、門まで歩く。

今日は銭湯にでも行くかな。

久しぶりにでっけえ湯船に入りてえ……いや無理だ、傷が治ってねえ。

 

「うあ、パイセンパイセン……なんか変な人いるッス」

 

 ライの声に顔を上げると……正門の向こうに人影。

 

 ――黒コートの、人影があった。

 

「……おー!あいつ知り合いなんだよ、どうしたんだろうな?ちょっと話してくらあ、また明日なライ」

 

「あ、ウーッス!お疲れっした!!」

 

 バイク駐輪場へ向かうライを見送り、黒コートへ足を向ける。

昨日の今日で何考えてんだアイ……ツ……?

 

 違う、あの男じゃない。

俺に宣戦布告してきた、あの男ではない。

 

 近付いていくと、その予感は確信に変わった。

あの黒コート、例の奴よりも大分若い。

アイツは俺と同年代か、それより上っぽかった。

 

 だが、纏う雰囲気は似ている。

あのアホみたいな格好もそうだが……どうやら、『同じ穴の貉』だろう。

 

「やあ!こんにちは!」

 

 互いの顔が見えるほどの距離まで来ると、そいつは挨拶してきた。

やはり若い。

20そこそこ、て感じだろう。

表情はわざとらしいほどの笑顔だが――やはり目だけが笑っていない。

 

「……こんにちはじゃねえよ、昨日の今日で何の用だ?伝言漏れでもあったのかよ……『マ骸流』」

 

 俺がそう言うと、男は妙な反応を見せた。

訝し気に眉を潜め……しかるのち舌打ちしたのだ。

 

「なんだ?師匠との報連相がしっかりしてなかったってのか?頼むぜオイ……」

 

 男の表情が一層歪んだ。

 

「はぁあ~?師匠ゥ?……冗談はよしてよ。アレが師匠なワケあるもんか……同門の兄弟子、みたいなもんだよ」

 

「そうかよ……じゃあ連携でもしとけや。言伝はもう伝わってるからとっとと帰――」

 

 飛来した投射物を、弾く。

この感触……鉄菱だな。

やっぱ同門だけあって投げるもんも似てんな。

 

「せっかちだね、アンタさ。アレとは何の取り決めも、約束もしてないんだってば」

 

「……初手で鉄菱投げる沸点の低いガキにだけは言われたくねェよ」

 

 マジかよ、じゃあなにか?

『マ骸流』みてえなネジの外れた流派が、個別に動いてるってのか?

おいおいおい、勘弁してくれよ。

 

「わかった、わかったよにいちゃん……で、じゃあアンタは何の用だってんだ?」

 

 奴の動きを注視しながら、問う。

手癖が悪い流派だぜ、ほんとに。

 

 男はにちゃり、と音がしそうな笑みを浮かべる。

うあ、結構な爽やかイケメン顔でそれすっと……キショいな。

 

 

「――知れたことだろう?『マ骸流』が『討マ流』に望む事なんか、1つしかないじゃないか」

 

 

 ……だろうなァ。

兄弟子と同じかよ。

 

「まあ、それについちゃ別にやぶさかじゃねえよ。それで、日にちと時間は?」

 

 断る理由もないし、なにより断れるとも思えねえ。

白昼堂々暗器を仕込みまくって、ここまでくるアホ共だ。

むしろ、断ったら何するかわからん。

 

 いや、恐らく……その場合、標的は『ウマ娘』になる。

 

 兄弟子とやらは、『反ウマ』の癖にウマ娘に対する興味が薄いようだった。

だが、こいつは違う。

 

 さっきからわかっていたのだ。

『この場』に、『トレセン学園』にいるコイツから。

 

 

 ――『憎悪』が、溢れている。

 

 

 ここにいることが、嫌でしょうがない。

ウマ娘が楽しく、健やかに成長していることが嫌で嫌でしょうがない。

ウマ娘が『生きている』ことが、嫌で嫌で嫌でしょうがない。

そういう、顔をしている。

 

 ああ、コイツが。

コイツこそが。

本当の意味での『反ウマ』なのか。

俺の勝利に乗っかって、いい気になっていた連中の……到達点。

いや……『なれの果て』、か。

 

「お前さんがな」

 

 口を、開く。

 

「頭の中で何を考えて、何を思って、何を望もうが好きにすりゃいい」

 

 両手をゆるく握り、足を肩幅に開ける。

 

「心の中は自由だ、それは、誰にも変えられねえ」

 

 肩を回し、息を吐く。

 

「だがな、だが」

 

 その整った顔を、正面から見た。

 

 

「――『それ』を、実行に移すようなら……わかってるよなァ? 糞餓鬼」

 

 

「……へぇ、そんな顔もできるんだ。U-1にもその顔で出りゃいいのにさ?」

 

 おどけたように、男は肩をすくめる。

 

「そいつは無理だな、これは『仇敵』に向ける顔だからよ」

 

「へぇえ?格闘ウマ娘は『敵』じゃないんだァ?トーナメントにまで参加してんのに?」

 

 ああ、そこからかよ。

そこもわからねえのか。

 

「格闘ウマ娘は、正面から戦って倒すべき『敵』だ。身に付けた技を使って、倒すべきな」

 

 続ける。

 

「だがお前らは違う……『敵』たりえない『仇敵』だ。敬意もなく、信念もなく……ただただ、叩き潰すための『仇敵』だよ」

 

 愛すべき隣人でも、倒したい敵でもなく。

『叩き潰さなければならない』、唾棄すべき相手。

隣人でも、好敵手でもない……言ってみれば『害虫』

それが、こいつらだ。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

「……随分と、下に見られたもんじゃん?」

 

 ゆら、と殺気が噴き出る。

 

「ウマ娘を『倒したい』討マ流と、ウマ娘を『殺したい』マ骸流……ハナから存在も違うんだ。別の生き物なんだよ、俺達は……ひょっとしたら人間とウマ娘よりも、よほどな」

 

 ぼ、と風が鳴る。

 

 真っ直ぐ顔面に飛んでくるそれに、手を添えて逸らす。

後ろで、重く硬い音がした。

……鉄菱じゃねえ、鋼の弾か。

それも、かなり重い。

 

「門に何しやがる、てめえ如きが壊していいものじゃねえんだぞコレは」

 

「見上げた警備員ぶりだねェ、そんなにウマ娘が好きかい?」

 

 兄弟子と同じこと聞きやがる。

 

「ああ、そこらの人間風情よりもよほど、な。それとな、ここであまりハシャがんほうがいいぜ?」

 

「なんだよ、増援? 今更ばんえい警備員如きにオレが止められるかっての」

 

「――違う、監視カメラに映るぞ?ここはギリギリ死角だがな」

 

 そう言うと、男は虚を突かれたように黙り込んだ。

 

「やりてえんなら、人目がない場所を選べ。そっちに土地勘がねえなら……俺が指定してやるが?」

 

「はーん……そうやって地の利があるところに誘おうっての?」

 

 地の利、ね。

そいつは考えつかなかったなァ。

 

「この近くにある河川敷、そこの一番デカくて赤い橋の下だ。場所はそこ、時間は夜10時以降……日付は好きにしろ」

 

「……なら今日だ」

 

 今日ォ?

まあ、準夜勤明けよりかはマシか。

 

「ひょっとして、傷が治ってから……とか言いたい?」

 

「いんや、それでいい。下調べも好きなだけしろよ、俺ァ飯食って休んでから行く」

 

 怪我が治ってないとか、体調が悪いとか。

そんなのは、どうでもいい。

どうだっていいんだ。

 

「へえ、随分素直じゃん」

 

「断ったら、そっちの方が面倒になりそうなんでな」

 

 兄弟子と違って、コイツは普通にウマ娘に手を出しそうだ。

 

「わかったよ、じゃあオレは行く……正直、ここにいるのが限界だったんだよねェ。風に乗って嫌な臭いが飛んでくる……吐きそうだ」

 

「そのままゲロが詰まって死ねば楽になんのになあ」

 

 勤務時間外だから絶対に救急措置なんざしてやらねえ。

勤務してても、見捨てるかもしれんがな。

 

「じゃあな討マ流、逃げるなよ」

 

「抜かせ」

 

 男は俺から目線を外さずに後ずさりし、間合いを慎重に外す。

そしてそのまま、歩き出し――

 

「あ!おじさまっ!」

 

 門から聞こえたライスの声に、足を止めた。

 

「今日はお仕事、終わりなんだね?」

 

 その声に、振り返らず答える。

 

「おう、今日は日勤だからなあ……ライスは今帰りか?いや、ちょっと早いか」

 

 小走りに寄って来る、足音。

それが近付くほどに、男の表情が歪に歪む。

 

「うん!寮で着替えてからグラウンドに……おじさま、お友達?」

 

 ライスが横に来た。

 

「いや、単なる知り合いだよ」

 

「そうなんだ……あ、あの、こんにちは!」

 

 ライスが頭を下げる。

男が口の端を持ち上げる。

 

「やー、どうも……ライスシャワーさん、か。『あの』ライスシャワーさん、ね」

 

「えっ……と……」

 

 その口調に秘められた悪意を感じ取ったのか、ライスが俺の服を掴んだ。

 

「ねえ、一つ教えてよ? 自分が勝っても喜ばれないってのは……ど――」

 

「よっと」

 

 ライスの腰を持ち、横抱きに抱え上げた。

いわゆるお姫様抱っこだ。

 

「え!?ええええ!?ええっ!?にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにしゅるのっ!?」

 

「うーん、ライスなのに昼間に持った米俵2つより軽いや。軽い軽い」

 

 そのまま、揺すって重さを確かめる。

ライスは、俺の腕の中で真っ赤になって震えている。

……よし、あの妄言は聞こえてねえな。

 

「すまんなライス、ちょっと気になってなァ。嫌だったか?」

 

「いいいいいやじゃないけどぉ!ぜんっぜん、全然いやじゃないけどっ!そのっ!きゅ、きゅきゅきゅ急にしないでほしいかなって!ライスの心臓さんが止まっちゃうからっ!!」

 

 俺の胸の辺りを見つめたまま、ライスは混乱している。

すまんな、ライス……だが、あんな言葉を聞くよりかはマシだろうさ。

 

 そのまま、ライスの頭越しに男を睨みつけた。

『これ以上余計なことをほざいたら殺す』という、意思を込めて。

 

「……っち」

 

 舌打ち一つ残して、今度こそ男は去った。

今度は、余計なことも言わずに。

 

「……今度うまいもん作ってやっからな、ライス」

 

「ふぁぴゅうぅう……」

 

 湯気を吹きそうなほど赤くなったライスを抱えたまま、男の去った方向をまた睨んだ。

 

 

・・☆・・

 

 

 そして、夜。

約束通りの場所、約束通りの時間。

 

 苦無の『挨拶』を捌き、俺は男と相対している。

 

「オレが勝ったら、アンタはU-1から辞退してもらう。そして、全世界に向けて声明を出せ……『マ骸流に負けた』ってね」

 

 ひゅんひゅん、と。

闇に紛れて何かが旋回している。

恐らく、先程と同じ……ワイヤー付きの苦無。

 

「いいぜ。じゃあ、俺が勝ったら……俺の目の前から消えてもらう。そして、ウマ娘に手を出すのも辞めてもらう」

 

「ふうん、『反ウマ』やめろって話じゃないんだ?」

 

「言ったらやめんのか?俺ァ無駄なことはしねえ主義なんだよ」

 

 ざ、と足を開く。

左手は掌にして前に、右手は緩く握って腰に。

 

「いいよ、それで。でもさぁ……アレだよ?ひょっとして格闘ウマ娘に勝ったからって……オレに勝てる気?」

 

 飛来する音。

下がりつつ、虚空を払う。

 

 ぎいん、と火花。

 

「手甲……素手じゃないんだ。武器使うんだね、討マ流も」

 

 コレが、武器だァ? 

……コイツ、ひょっとして。

 

「……U-1じゃ反則だがな。ここじゃ関係ねえ……そしてな、お前さんは考え違いをしてる」

 

 両側から擦過音。

両腕で個別に払う。

 

「へぇ、教えてよおじさん」

 

 胴体を貫く軌道で飛ぶ苦無。

ソイツを――両側から受け止めつつ挟み砕いた。

暗闇の向こうから、息を呑む気配。

 

「格闘ウマ娘に勝ったから勝てる気か、だと?舐めてんじゃねえよ雑魚が。俺も、格闘ウマ娘も……お前さん程度には負けねえってだけだよ――糞餓鬼」

 

「っしゃあぁあ!!」

 

 気合と共に、気配が複数。

ワイヤー付きと、普通の苦無が数本。

 

「っふ!!」

 

 虚空を、払う。

円を描くように、両腕で。

指で、手の甲で、拳で。

砕かれた苦無が、銀の輝きを闇へ落とす。

 

「なっ――」 

 

「準備運動は終わりか? なら、俺も行くぜ」

 

 呼吸を整え、鋭く息を吐く。

 

 

「――討マ流、山田一郎……推参(おしてまいる)」

 

 息を吐いて、名乗った。




【ライスシャワーのヒミツ】
・実は、寮に戻ってから練習終了までの記憶があまりない。ただ、すこぶる絶好調だった模様。
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