トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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32話 師匠、遠方より来る。

「東京はまだ暑いッスねぇ……」

 

「雪が降らねえのとヒグマがいねえのが東京のいい所なんだ、我慢しろ」

 

「それしかないんスか……」

 

 USC警備員詰め所。

その裏側にある空き地。

そこに設置されたベンチに、ライがだらしなく横になっている。

いくら休憩時間で、ここが生徒たちから死角になってるっていってもちょいとダラケ過ぎだぞ。

……まあ、もう無駄なんだが。

 

 だってここに生徒いるもん。

 

「で?いつまでここにいるんだブライアン」

 

 ここに設置されたベンチは全部で4つ。

その内の1つをライが、そして1つをブライアンが占拠している。

俺は普通に座っているが。 

 

 ブライアンは俺達が涼んでいる所に『見回りだ』と言いながらやってきて……なんか、居ついた。

コイツも馴染んだもんだなァ

 

「……いけないか?」

 

 俺から強奪した枕を敷き、寛いでいたブライアンがこちらを向く。

リラックスし過ぎだろお前、ここは実家か?

 

「いや、まあ練習がねえなら別に構わねえがな? 生徒会の方は大丈夫なんかよ」

 

「問題ない、散歩ついでの巡回だ。もう放課後だから、何の問題もない」

 

 なんで2回言うんだよ。

かえって信憑性が薄れたぞ、オイ。

 

「パイセンはなんだかんだ言ってダダ甘っすからね。ここにウマ娘ちゃんが満ちる日もそう遠くはないハズっスよ?」

 

「やめてくれよ、警備員詰め所がサボりスポットなんざ洒落にもならねえぞ?」

 

 今でもタイキやウララ、ライスにターボあたりがちょいちょい来てるっちゅうのに。

これ以上増えたら理事長に殺されるかもしれねえ。

……いや、あいつらはサボりにきてるわけじゃねえからいいが。

 

「ヤマダはウマコンだからな」

 

「それ言えば大体許されると思ってんだろ、ブーちゃん」

 

「だからその名前で呼ぶんじゃないっ!」

 

「はいはい、申し訳ねえな……ドライフルーツ食うか?」

 

「ン」

 

 手慰みに作っておいたドライマンゴーを放り投げると、ブライアンは器用にそのまま口で受け取った。

お行儀が悪いぞ、ブーちゃん。

 

「パイセンパイセン!ウチもウチも~!」

 

「ホイよ、パイナップルだ」

 

 ライにも放り投げる。

コイツも口で取りやがるなァ。

教育に悪すぎる、俺もやるけど。

 

「うっま!コレ売れるッスよ!パイセンには乾物の才能があるッス!!」

 

「微妙な評価だなァ……引退したら乾物屋でも開くかね」

 

「じゃあ女将はウチッスね!!」

 

「しれっとスライドしてついてくるのやめてくんねえ?」

 

 ……どこまで俺が好きなんだコイツ。

 

 

「――すまない、こちらに山田さんがいると聞いたのだが……」

 

「おや珍しい、生徒会長サマじゃないか」

 

「……ブライアン、やはりここにいたな。エアグルーヴがご立腹だったぞ?」

 

 ダラダラと3人でだべること数分。

表から声がかかり……シンボリルドルフが顔を出した。

同時に、ベンチの住人になったブライアンを見つけて苦笑いしている。

 

「ふん、女帝サマは花壇の心配だけしていればいいものを」

 

「エアグルーヴも苦労すんなァ……あんまり迷惑かけんじゃねえぞ、ブライアン」

 

 アイツはホッカイドウトレセンのカグラテンリュウと同じ、苦労人の気配がする。

 

「……なんだ、ヤマダはどっちの味方なんだ?」

 

 少しムッとした様子のブライアン。

今のどこにムッとする要素あった?

 

「俺ァウマ娘全員の味方だよ」

 

「う、ウマコンめ……」

 

 ウマコン連呼やめろや。

麻痺してるだろうが、ソレあんまいい意味じゃねえんだぞ?

特に人間の女性にはすこぶる評判が悪いし。

……あれ、でもたづなさんや理事長は普通に流してたな?

ま、俺がそういう対象じゃないだけなんだろう。

理事長は未知数だが、たづなさんくらいの大美人ならモッテモテだろうしよ。

 

「……まあいいか。で?俺に用事かルドルフ」

 

 ベンチから立ち上がり、ルドルフに近付く。

 

「ああ、事務室にお客様が来ていてね。散歩がてらにご案内させていただいたのだよ」

 

 お客様?俺に?

心当たりがまるでねえぞ。

……まさか、昨日の今日で『マ骸流』もあるまい。

 

「『鈴木太郎』さんとおっしゃる方だ。鈴木さん、山田さんは――おや、先程まで後ろにいらしたのだが……」

 

 鈴木ぃ?

山田一郎の俺が言うのもなんだが、モロ偽名みてえな名前だな。

事務室にまで来てたってことは、不法侵入じゃないと思うが……

 

 

「――油断大敵だァな」

 

 

 ――横に、気配と声。

 

「――じゃっ!!」

 

 体を回しつつ蹴りに移行。

だが中段を薙いだ蹴りは、何にも当たらず。

 

「――破」「っが!?」

 

 俺の腹に、掌底が突き刺さった。

衝撃が貫通し、交通事故並の勢いで吹き飛ばされる。

 

――これ、は!?

 

「っぬ、っぐうぅ!!」

 

 足に力を込め、飛ばされながらも衝撃を受け流す。

地面を抉りながら、倒れることだけは避けた。

視線の先には、掌底を放った男らしき中肉中背の影。

顔には、覆面。

 

 そして――

 

「――ライ!ブライアン!よせッ!!」

 

 殺気立った目をしたブライアンが、ベンチから男に向かって跳んだ。

その横で、ライがベンチを持ち上げようとしている。

ノーモーションで戦おうとすんじゃねえよ!特にサラブレッドウマ娘!!

 

「――ちぃいっ!!」

 

 地面を蹴り、男に回り込みながら踏み込む。

ブライアンと、ライの進行方向並びに攻撃を妨害するために。

 

「コォオオ……!!」

 

 踏み込みながら、呼吸を練る。

痛みを無視し、加速した掌底を放った。

 

「――破ッ!!」「――応ッ!!」

 

突き出した俺の掌底と、男の掌底が激突。

 

 どおん、と空気が震える。

そして相殺しきれなかった衝撃が、肘を通過して肩まで到達。

――やはり、これは……!

 

 お互いに跳び下がり、残心。

 

「……落ち着けブライアン、大丈夫……大丈夫だから」

 

横まで来ていたブライアンの頭に手を置き、がしがしと撫でる。

 

「心配してくれたんだよな、ありがとうよ」

 

「……別に、違う。そ、そんなに乱暴に撫でるんじゃない!」

 

 少し顔を赤くして、ブライアンの目が普通に戻った。

あっぶね、完全にキレてたもんな……

 

「ライ!ベンチを置く!」

 

「……ッス」

 

 ずん、とベンチが地面に戻った。

片手で持ち上げるなよな、全くもう……だがまあ、USCの警備員としちゃ合格か。

 

「ルドルフもな。カワイイ顔が台無しだぞ」

 

「……ああ、うん。その、山田さん……大丈夫なのか?」

 

「超大丈夫」

 

 ルドルフは動かなかったが、いつでも行動を起こせるように身構えていた。

雰囲気が猛獣だぜ、おっかねえ。

 

 そしていまだに構えたままの男に目をやり、声をかける。

 

「……俺が1人の時にしてくれよ、こういうのはさ。で、合格か?」

 

「うーん、85点だなァ。初動がちょいと、な?その後は及第点だがよ」

 

 男は辛めの採点をし、ヒーローっぽい覆面を脱ぐ。

その下から出てきたのは……やはり見慣れた顔だった。

 

「はいはい、精進しますよ……師匠」

 

 

・・☆・・

 

 

「と、いうわけで……俺の師匠だ」

 

 詰所内、男性用休憩室。

そこに、俺たちは移動した。

さすがにあのまま外で話すってのもアレだしな。

 

「『干支野(えとの)鐐造(りょうぞう)』ってんだ。よろしくな、嬢ちゃん達」

 

 荷物を抱えた壮年の男……師匠が、人のいい笑みを浮かべて頭を下げた。

 

「パイセンのお師匠さんッスね!ウチはライデンオーっていうッス!よろしくおねしゃす!!」

 

先程の殺気はどこへやら、師弟の『じゃれあい』だと認識したライはいつも通りだ。

 

「シンボリルドルフです」「……ナリタブライアン、だ」

 

 ルドルフたちは少し固い表情。

緊張しているんだろうか。

 

「やっぱりライデンオーちゃんか!天馬賞の雄姿はいまだに記憶に焼き付いてるぜ!」

 

「うぇえ!?ウチのレース見たことあるんスか!?」

 

 ライは驚愕している。

 

「応!ウチのかあちゃんと一緒に現地で応援してたんだからな!」

 

 師匠……遠征してたんかよ。

ホント好きだな。

 

「あー……師匠はな、俺の上を行く超絶ウマコン野郎なんだ。奥さんもウマ娘だし」

 

「……ヤマダの師匠だからな、当然か」

 

 ちょっとブーちゃん?

理解が早すぎない!?

 

「もちろんURAのレースも全部見てるぜ!ルドルフちゃんも、ブライアンちゃんのレースもな!そうだ……これはお近づきの印に」

 

 師匠は後ろに置いたバカでかいリュックサックから、小瓶を取り出した。

 

「ウチの畑で獲れたイチゴを使ったジャムだ。道の駅にも卸してるやつでな、かあちゃん特製の美味いやつだぜ!」

 

 そう言って、3人の前に瓶を積み上げる。

……まさか、その荷物の中身は全部土産か!?

 

「おっと、ブライアンちゃんにはこれも。特製肉みそだ、飯に乗っけると何杯でも食えるぜ!」

 

「それは……ありがたくいただこう。なるほど……ヤマダの師匠だな」

 

 ブライアンが嬉しそうだ。

でも師匠だって認識するのそこォ?

 

「ありしゃす!!」

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

 ……まあ、みんな喜んでるからいいか。

 

「師匠、別に来るなとは言わねえけどよ……せめて前もって連絡入れてくれよな。さっきの立ち回りにしたって、この3人は俺の『正体』知ってるからいいけどさ……他のウマ娘の前だったら誤魔化すのも大変なんだぜ?」

 

「空手の演武ってことにしとけよ。一応お前は書類上『貫水流』の門下生なんだから」

 

 ……そういえばそうだった。

まあ、一般人から見りゃ空手も謎の格闘流派もわかんねえか。

 

「あー……そうだな。それで?ねえさんは元気にしてんのか?」

 

「元気も元気よ、今は同級生との旅行で北海道だ。寂しい寂しいオジサンの俺は、弟子の顔でも見ようかと思い立ったわけだな」

 

 『ねえさん』ってのは、師匠の奥さんのことだ。

師匠よりも年下とはいえ、結構な年齢だと思うんだが……ウチの社長みてえに見た目がバグってるからな。

おばさんとは呼び辛い。

あと、言ったら殺されるかもしれん。

ぶっちゃけ、見た目だけなら師匠の娘と言っても通用するかもしれん。

 

「お師匠さんの奥さんってばんバっスか?」

 

 ライはそこが気になるらしい。

武術家の嫁さんだもんな、普通はばんバか格闘ウマ娘と思うだろう。

 

「んにゃ、サラブレッドウマ娘だよ。もっと言えばここの卒業生だ、随分と先輩だがなァ」

 

 そう言って、師匠はスマホを取り出す。

俺のよりも新型だ、相変わらず新しいもん好きだなあ。

 

「どこに出しても恥ずかしくねえ、俺にとっちゃ世界一のかあちゃんだぜ……見るかい?」

 

 ノーモーションでのろけをぶち込んでくるのは相変わらずだ。

基本的に師匠、ず~~~~~っとイチャ付いてるからな、ねえさんと。

たまに飯をご馳走になると、飯という飯が甘ったるくなった気がしたもんだ。

 

「見るっス!」

 

「先輩ですか……私も拝見しても?」

 

「興味はあるな」

 

 3人とも、興味津々で寄っていく。

こういう話が好きなのは、ウマ娘も人間も変わらねえなあ。

 

「見ろ見ろ!ウチの自慢のかあちゃんだ!」

 

 スリープが解除され、待ち受けが表示される。

あー……割烹着のねえさんか。

やっぱり師匠と同年代には見えねえな。

 

「……えっと、娘さんッス?」

 

 やっぱりライもそう思うか。

 

「ライ、あれだ。ウチの社長と同じジャンルのウマ娘だ」

 

「あー……成程」

 

「……ム、どこかで見覚えがあるような気がする。どこだったか……」

 

 考え込むブライアンの横で、ルドルフが黙り込んだ。

……なんか小刻みに震えてるんだが?

おいおい、一体どうした? 

 

「っや!山田さん!山田さんっ!!」

 

「うおお!?」

 

 ルドルフがこちらを振り向き、凄い勢いで縋り付いてきた。

顔色も真っ青じゃねぇかよ!?マジでどうした!?

 

「あ、あの女性の、お、奥様のお名前は……?」

 

「え、えぇ?名前?」

 

 ねえさんの名前……ええっと、いつもねえさん呼びだから……たしか。

 

「『トーワターフ』さんだよ。それがどうした?」

 

 ウララ並みに抱き着いて来ていたルドルフが、その名前を聞いた途端雷に打たれたように動きを止めた。

そして、震える唇からぽそりと一言。

 

 

「――ま、間違いない……叔母様、トーワ叔母様だ!」

 

 

 ……は?

叔母様ァ!?

 

「……師匠、ねえさんってシンボリ家のご令嬢だったんか……?」

 

 嘘だろ!?そりゃあすげえ美人だが、そんなにビッグな家の出身には見えなかったぞ!?

普通の肝っ玉かあちゃん的な人だし!深窓のご令嬢オーラとかなかったし!!

 

「あれ、言ってなかったか?」

 

 対する師匠は、なんてことのないように返してきた。

聞いてねえよ!!

そんなエピソードあったらさすがに覚えてるわ。

 

「はっはっは、そりゃあ言ってねえわな!俺達駆け落ちだし!」

 

「――これ以上情報を渋滞させんのやめてくんねえか!?」

 

 この1分そこそこで新事実がバンバン出てくるじゃねえかよ!?

なに、なんだと!?駆け落ちィ!?

 

「シンボリのお嬢様と駆け落ちッス!?うっひょお!さっすがパイセンの師匠ッス!!」

 

「お前の評価基準おかしくねえ!?」

 

 このままだと『討マ流』=おかしいの図式が成立しちまうぞ。

 

「る、ルドルフ!マジなんかその駆け落ちっての!?」

 

 いまだに抱き着いてきたままのルドルフに聞く。

 

「……シンボリの醜聞だが、その通りだ。私はトーワ叔母様が見合いに反対して出奔なされた……としか聞いていない。お顔も、母上の持っている写真で拝見したきりだ……」

 

 記憶力いいなコイツ。

写真見ただけなのにずうっと覚えていたのか。

 

「アンタ、何したんだよ師匠」

 

 そう聞くと、師匠はいつものようにニヤニヤとして答えた。

 

「別にィ?『結婚させてくれ』ってシンボリ家まで言いに行ったらよ、大反対の上にかあちゃんを隔離されて無理やり縁談組まれたんでな……見合い当日に皇国ホテルにカチ込んで、護衛を全員殴り倒して一緒に逃げたんだよ」

 

「無茶苦茶じゃねえか!?よく捕まらなかったな?」

 

「ま、色々とシンボリ側でもあったらしいからなァ」

 

 ……色々ってなんだよ。

一番重要なところをボカすんじゃねえ。

 

「……私も最近知ったんだが、トーワ叔母様のお見合いには分家の思惑が絡んでいたらしい。それもあって、表沙汰にはなっていないようだが……そのような出来事があったとは……」

 

 ルドルフ的にも驚きの連続らしい。

はえー、分家。

でっけえ家ともなると色々大変なんだなァ。

 

「……あ、そ、その、す、すまない山田さん!」

 

 が、ようやく今の状況に気付いたのか顔を赤くしてサッと離れた。

別に気にしなくってもいいのにな?

 

「し、しかし叔母様の消息が知れたのは僥倖でした。あの、差し支えなければ母上にこのことをお伝えしても……」

 

 そう言うルドルフの前に、差し出されるスマホ。

その画面には、ねえさんと……なんか、少しルドルフに似た要素のある優しそうなウマ娘がいた。

なんだこれ、いちご狩りの風景か?

 

「スーちゃんならこの春にも来たぞ?」

 

「 」

 

 絶句したルドルフは、再び俺に縋り付いてきた。

 

「おいルドルフ、スーちゃんってまさか……」

 

「母上、です……」

 

 おお……もう……

 

「し、知らぬは私ばかりなり、ということか……フフフ……」

 

「ま、まあ未成年に伝えるようなことじゃねえって結論になったんじゃねえか?今が幸せならいいじゃねえかよ……な?」

 

 なんかもう、可哀そう。

この短い期間に情報の洪水に飲み込まれて。

俺ァ部外者だが、この子は当事者だもんな。

……とりあえず頭でも撫でておこう。

普段ならこんなことはしねえが、さすがにちょっと打ちひしがれ過ぎている。

 

「概ねその通りだァな。タイミングを見て話すっていうことになってたんだが……いいか、今でよ!がはは!」

 

「ガハハじゃねえよこの爺。どうすんだよ生徒会長がパニックになってんぞ」

 

「いずれは知ることだったんだからいいじゃねえか」

 

 この師匠はホントに……

 

「……駆け落ちしてからどうしてその状況になったんだ?」

 

「あっそれ!ウチも聞きたいッス!!」

 

 ブライアンたちはそこが気になるようだ。

ルドルフはもう貝になっている。

おー、よしよし。

 

「うーんと……まあ、駆け落ちするわな?んで、今の家に腰落ち着けるまで日本中を転々としたんだけどよ、シンボリの追手がまあジャンジャン来るわけよ?」

 

 まあ、なあ。

そりゃ、表に出してねえ俺の経歴もバッチリ調べられるシンボリ家だ。

普通に連れ戻しに来るよな。

 

「ッスよね!?どうしたんスか!?」

 

 ライの目がキラキラだ。

ブライアンも興味深そうに聞いている。

ルドルフは貝になっている。

 

「どうしたって……毎回ぶん殴って追い返したんだよ。それが2桁超えた辺りかねえ……かあちゃんが気に病んじまってよ、心労で入院しちまったんだ」

 

 その頃を思い出したのか、師匠から薄く殺気が放出された。

2桁かよ、師匠だから大丈夫だとは思うが腐ってもシンボリの手配した追手……生半可な連中じゃなかったんだろうな。

 

「それでとうとうキレちまってなあ……あの頃は俺も若くってねェ。シンボリの本家にカチ込んだんだよ」

 

「……あの、シンボリ家にか?」

 

 ブライアンがドン引きしている。

俺は知らんが、さぞデカい家なんだろうなァ。

 

「ああ、つっても門ぶち破って護衛片っ端から畳んで、ついでに正面玄関も風通しよくしてやって……んで、当時の当主に直談判したんだよ。『これ以上ちょっかいかけてくんなら、この家更地にしてやるぞ』ってな……そしたらなんか、放っておかれることになったんだ、がはは」

 

 だからがははじゃねえよ。

我が師匠ながらとんでもねえ、マジで。

 

「それで今に至る……ってわけだな!人に歴史ありだ!!」

 

「歴史っていうか大河ドラマッスね……でも素敵ッス!キュンキュンするッス!!」

 

 ライ的にはOKらしい。

懐が深すぎる、弟子の俺でも若干引いてるってのに。

 

「……だ、そうだ。ルドルフ大丈夫か?」

 

 抱えたルドルフに問いかける。

 

「……落ち着いてきたよ、すまない山田さん……その、お見苦しい所を見せてしまった」

 

「この程度、気にすんなよ生徒会長。いきなり情報をバンバンぶち込んでくる師匠が悪い」

 

 背中をポンと叩く。

よかった、元に戻りつつあるな。

 

「……ヤマダは本当にウマコンだな」

 

 なんで耳絞ってんのブライアン。

アレか?生徒会長にセクハラしてると思ってんのか?

 

「言っておくがこの状況に下心は一切ねえぞ、ブライアン」

 

「フン、どうだか」

 

 めっちゃ機嫌悪いぞオイ。

どうした本当に。

あとでコンビーフでもお供えしておくか。

 

「だがよ、ルドルフちゃん。馴れ初めはアレだが、俺ァこの世で一番かあちゃんを愛してるし……かあちゃんも、たぶん俺をそう思ってくれてる。これだけは信じてくれねえか?」

 

 おおう、師匠……その年でなんという真っ直ぐな言葉だ。

さすが、俺の上行くウマコン野郎。

 

「……ええ、それはよくわかります。先程の叔母様の写真、その笑顔は……嘘偽りのないモノでした」

 

 ルドルフが姿勢を正し、頭を下げた。

 

「まあそう固くなるなよ、俺ァほら、親戚のおっちゃんみてえなもんだしな……ホレ」

 

 そう言って、師匠はまた新しい写真を見せた。

おい!もうやめろこれ以上の新情報は!!

 

「一応、駆け落ちから10年後に『許し』も貰ってるしな。もうシンボリ家の方も喧嘩する気はねえとさ」

 

「……その、ようですね」

 

 今度はなんとか貝にならずにすんだようだ。

 

 その写真には、高そうな料亭でこちらに微笑む初老のウマ娘と、その横に立つねえさんがいる。

……この流れからすると、もしかして。

 

「……ルドルフ」

 

「……ええ、シンボリ家の現当主であり祖母『スピードシンボリ』です」

 

 やっぱりか~……だろうと思った。

この人が噂のシンボリ当主か。

メジロ家の現当主『メジロアサマ』と並び称される傑物。

こうして見ると、上品でお綺麗な老婦人にしか見えねえな。

 

「まあ、U-1を勝ち進んじまうような弟子に比べりゃちょおっと軽いがよ?今更だがジャルワール戦おめでとうな、一郎」

 

「マジで今更だな……」

 

 タイミングを外した師匠の激励に、俺は乾いた笑いしか出なかった。




【師匠のヒミツ】
・実は、中央・地方・ばんえい・海外等の主要レースはほぼ観戦している。
そのせいで各種配信サービスの月額料金がえらいことになっているが、夫婦そろって必要経費だと豪語している。
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