トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。 作:秋津モトノブ
「ちゅうわけで、今晩泊めてくれや。ホイ手土産」
「はいよ、了解」
師匠によるカミングアウトからしばし。
俺に土産を渡しつつ、師匠はそう言った。
そうだろうとは思ったぜ……
ライはまだ頬を染めてアイツ曰く『キュンキュン』してるし、ルドルフはやっと衝撃から立ち直った。
ブライアンは……俺の特製ビーフジャーキーを齧っている。
機嫌は直ったようだな、命拾いした。
「ねえさんはいつまで北海道に?」
「1週間だとさ。旧交を温めるんだと」
へえ、そいつは長いな。
師匠大好きのねえさんが、よくもまあそれだけ離れてられるもんだ。
……待てよ、『旧交』?
「同級生って、トレセンの?」
「ああ、そうだぜ?お前も知ってるエリモジョージちゃんに、サクラショウリちゃん、そんで他はカネミノブちゃんとグリーングラスちゃんと……」
「うっわ、嘘だろオイ。とんでもねえ面子じゃねえかよ」
そうそうたるメンバーすぎる。
どなたも重賞バじゃねえかよ。
「パイセン!『気紛れジョージ』さんとお知り合いなんスか!?」
「サクラショウリ……サクラ軍団の重鎮じゃないか!」
ライとブライアンが食いついてきた。
流石に知ってるか、有名人だもんな。
「ああ、まあ……たまに道場に遊びに来てたしな。エリモねえさんにはよく釣りに連れてかれたなあ……ショウリねえさんは会う度心配されたな、生傷まみれだから」
鹿100匹組手で大怪我した時は師匠に大激怒してたな、ショウリねえさん。
あれ、そういえばこの学園に親戚が結構いるって言ってたな。
たしかにサクラって名前は多いな……あの『バクシーン!』っていつも元気なあの子なんか、見た目もよく似てるし。
今度聞いてみようかな?
「アンタの周り、凄いな……」
「うーん……客観的に見ればそうかもな?俺ってより師匠とトーワねえさんが、だが」
ブライアンが少し疲れたように笑っている。
「たぶんパイセンは『凄い人がいっぱいいるなー』くらいにしか思ってねえッスよ」
「お前なあ……まあ、そうだがね」
よくわかっていらっしゃる。
「……と、今ぁ?ううん……まあ、いいか」
師匠がスマホを見つめて独り言。
そして、それをルドルフに差し出した。
「ルドルフちゃん、いきなりなんだが……かあちゃんが話したいってよ」
「お、叔母様が、ですか?」
ウマインで話してたのか、ねえさんと。
いきなりだな、マジで。
「すまねえな、かあちゃんも結構直情型だからよ……ホイ」
そして、ルドルフに携帯を渡すと……師匠が立ち上がって俺たちを手招いた。
ああ、家族の話だからな。
邪魔しちゃ悪い。
「じゃあルドルフ、ゆっくり話せよ」
「あ、ああ……うん。そうさせてもらおう……干支野さん、ありがとうございます」
「いいってことよ。大事な大事なウマ娘ちゃんのためだからな、俺ァなんだってするぜ」
師匠はニコニコしながら部屋から出て行った。
俺達は、それに続いて部屋から出ていく。
……ルドルフ、今回は色々スマン。
「けーびいんさーん!」
とりあえず詰所から出て、さっきまでいた裏のベンチに座っていると……ウララがやってきた。
「おう、ウララ。今日も元気だな!」
「うん!あ、ブライアンさんとライさんもこんにちはー!」
元気よく挨拶したウララは、師匠に気付いた。
「けーびいんさん、お客さん?」
「ああ、この人は……俺の、武術の先生だ、先生」
ウララは正体知ってるし、この言い方でいいだろ。
「先生!そーなんだね!こんにちはー!」
「ハルウララちゃんだなァ!こんにちは!!」
師匠は顔を綻ばせ、満面の笑み。
……真波さんたちと同ジャンルの笑顔だ。
「わたしのこと、知ってるの~?」
「知ってる知ってる!ダートレースもよく見てるからな!!それに……弟子が世話になってるようだなあ、お近づきの印に……コレどうぞ」
そして、リュックからジャム瓶を取り出した。
やっぱりまだ出てくんのか、それ。
「わわっ!ありがとー!」
「いいんだよいいんだよ、いっぱい食べて大きくなるんだぜ~……それとな、すまねえが……」
師匠はおもむろにリュックから色紙とペンを取り出した。
そ、そんなもんまで……
「おじさんも、おじさんの奥さんもウララちゃんの大ファンなんだよ。よかったらサインをもらえねえかな?」
「うん、いいよー!すぐに書いちゃうね!」
ウララは元気よく答えると、ペンを握ってサインを書いた。
ほう、流石はウララ。
ファンサービスも手慣れたもんだ。
「先生のお名前は~?」
「エトノさんへ、って書いてくれるか?それと奥さんの名前はトーワターフだ」
「はーい!エ、ト、ノ、さんへ……」
ニコニコと答えつつ、師匠はさらに……頑丈そうなバインダーを取り出す。
もしかしなくても、絶対に曲がらねえように保管するためだな。
準備が……良すぎる。
「一郎……俺ァ今日ほどおめえを弟子にしてよかったと思う日はねえぞ」
師匠が凄くいい顔をしている。
「ああ……うん、そうか」
あのよ、一応さ。
U-1の勝利……いや格闘ウマ娘への勝利って、討マ流の悲願だったはずなんだが?
まあ、俺もそこまで重視してるわけじゃねえがよ、ソレについちゃ。
あくまで流派の悲願てだけだ。
俺はこのまま、行けるところまで行くだけだぜ。
「おじさま!ここにいるって聞いて……あの、お客様?」
ライスもやってきた。
今日は客が多いなあ。
「ああ、この人は俺の……」
とりあえず、新たなウマ娘の登場に目を輝かせる師匠を前に……もう一度説明を繰り返すことにした。
・・☆・・
「今日はいい日だ……いい日だなあ、一郎」
「いい顔しやがって……」
師匠はバインダーを眺めてご満悦だ。
そこにはウララを始め、今日出会ったウマ娘たちのサインが収められている。
ウララ、ブライアン、ルドルフ、ライスにタイキ。
そしてライまで。
しかも、まだまだ空きスペースも色紙の予備もある。
こりゃあ……滞在中にまた集める気だな。
手土産もまだまだあるし。
「かあちゃんも喜ぶだろうよ……これだけで東京くんだりまで出てきた甲斐があったぜ……」
ホント、ウマ娘好きすぎだろ師匠。
俺が言えたことでもねえが。
「流石は俺の弟子だ。トレセン学園でもウマ娘ちゃんのことを第一に考えてるようだな」
「ああ?別にそれは普通のことだろうがよ」
今更だが、ここは俺の自宅だ。
勤務が終わり、帰ってきたのはついさっき。
そろそろ晩飯の時間だな、今日はどうすっか。
「ルドルフも元気になってよかったな……」
ねえさんとかなり長い間話していたらしいルドルフは、色々吹っ切れたような顔をして戻ってきた。
俺に頭を撫でられたのが恥ずかしかったらしく、小声で『……ナイショにしておいてくれないか』と言ってきたけども。
ああいう顔すると、本当に年相応だなァ。
あっちのほうが親しみやすいと思うが……彼女は彼女で色々大変なんだなあ。
「カワイイ親戚と縁ができてよかったぜ!ガハハ!」
「いっつも幸せそうで羨ましいぜ、本当に……なあ師匠、ちょいと話がある」
いい機会なので、『マ骸流』のことを話しておこう。
俺の正体を知ってるとはいえ、ウララ達にコレを聞かせるわけにはいかねえからな。
「あん?なんでえ、改まって」
「――マ骸流が、出た」
そう言った瞬間、師匠の目つきが変わった。
さっきまでのニヤケ面は消え失せ、室内に殺気の風が吹き荒れるような幻覚が見えた。
「……まだ生き残ってやがったか、ゴミムシ共がよォ。それで、ウマ娘ちゃんに被害は?」
「無ェ。俺が会ったのは2人……手習いもロクにできてねえクソガキと、その『兄弟子』ってやべえ男だ」
ガキの方は心配ないだろうが、男の方はなあ……
「――潰したか?」
「クソガキの方はな。兄弟子ってやつはいずれ戦おう、とさ……流派名まで出して言ってたから、嘘はねえと思う」
師匠が深く息を吐く。
殺気が雲散霧消した。
「……『どっちの』マ骸流だった?」
「……ああ?なんだよソレ、マ骸流ってのは1つじゃねえのか?」
「は?なんだって……ち、俺としたことが伝えそびれちまったか」
頭をがりがり掻く師匠。
「……そうだよ、マ骸流は2つある。表とか裏とかじゃねえぞ?どっちも『表』だ」
「なんだってそんなことになってんだ?討マ流みてえに緩いつながりってわけじゃねえだろ?あいつらが」
討マ流は、流派というよりも格闘サークルみてえなもんだと思う。
『格闘ウマ娘に勝ちたい』っていう目的のつながりだ。
出るも入るも、基本的には自由。
ただ、流派名を公の場で名乗るには『結果』……つまり、俺のエキシビションマッチでの勝利みてえなもんが必要なだけだ。
別に非合法な活動をしてるってわけじゃねえしな。
……稽古方法にちょいと『グレー』な部分があるがよ。
俺は師匠に鍛えてもらったが、他にも似たような師弟はいる……らしいことは俺も聞いたことがある。
そいつらは、U-1をどう見てるんだろうか?
先を越された!とか思ってるんかねェ。
――だが、マ骸流の最終目標は『全てのウマ娘を殺す』こと。
グレーどころの騒ぎじゃねえ、真っ黒だ。
だから、てっきり少数精鋭の一子相伝的な流派だと思ってたんだが……
「大昔のことだ、俺も詳しくは知らんが……なんか断絶しかかったことがあったらしくてな。それで、何があっても片方は最低でも残るように……ってことで2つに分かれてるそうだ」
ふうん、成程。
「そのまま消えちまえばよかったのに」「ああ、全くその通りだなァ」
師匠と俺の意見は一致しているようだ。
さすが、師匠。
「あ、そうだ。鎖分銅!鎖分銅使ってなかったか!?」
「……ああ、使ってた」
珍しい武器だったから覚えてる。
このご時世にあんなもんにお目にかかるとはな。
「ってことは『北派』か……ああ、奴らは『北派』と『南派』に分かれてるんだよ。北派は鎖分銅、南派は……なんだったかな、とにかくお前がカチ会ったのは北派の連中だ」
「そういう言い方するってことは、師匠もやり合ったことがあんだな?」
そう聞くと、師匠が凄絶な笑みを浮かべた。
ひええ、おっかねェ。
「――たぶん、『北派』先代の伝承者とな」
「……勝ったのかよ?」
顔を見りゃ一目瞭然だが、一応聞いておく。
「両手両足の腱ブチ切って、関節を二度とまともに戦えねえように破壊した。俺も何本か骨ェ持ってかれたが、後遺症は無し、だ」
「ヒュウ!……でも、前にマ骸流のこと教えてくれた時はその話しなかったな?」
過激だねえ、師匠。
俺でも同じことする自信はあるがな。
「北派は壊滅したって思ってたからよ。格闘ウマ娘ちゃんのことだけ考えてほしくってな……しかし、残ってやがったか……先代の野郎が仕込んでたってことだな、俺とやった時にはよ」
「成程なあ……南の連中はどうなんだ?」
「それこそわからん、南派についちゃあ俺も自分の師匠から聞いたことしか知らねえ……知らねえが、師匠曰く『南派は一門の存続を第一に動く』ってことらしい。北派がいるのに、自分から表に出てくるこたあ……まあ、ねえだろう」
師匠は腕を組み、息を吐いた。
「……俺ァ向こうに喧嘩売られたからぶん殴ったんだが、師匠はどうしてやり合ったんだよ?」
「俺も一緒さ。やっこさんはシンボリ家になんか恨みがあったクチらしくってな、家から離れたとはいえかあちゃんを狙ってきたんで……まあ、許すわきゃねえわな」
……全くかわいそうじゃないが、まあ同情くらいはしてやろうか。
師匠にとってのねえさんは確かに弱点だ、弱点だが……その弱点を易々と攻撃させるわけはないだろう。
奴らは、自分から眠っている龍の尾を踏んだんだ。
「まあ、流派の名前出して約束したんなら……お前の言うように大丈夫だろう。いずれはかち合うだろうがな」
「ああ、それについちゃ望むところだよ」
あの男はウマ娘への興味が薄いようだったが、それはそれ。
『討マ流』としても、俺個人としても『マ骸流』をのさばらせておく未来はねえ。
――全力で、叩き潰すさ。
「……っは、その顔じゃあ心配ねえな。よし!飯食いに行くぞ飯!奢ってやるから支度しな!」
「お、ゴチになります!」
「はっは!いい店紹介してやるから期待してなァ!」
鼻歌交じりに準備する師匠を見つつ、俺は着替えることにした。
・・☆・・
「いい店ってオイ、マジで大丈夫なんか師匠」
「あぁ?若ェのが余計な気回すんじゃねえよ!」
ちゃんとした服を着ろ!と言われて、着なれないスーツを着た。
その後言われるがままに運転手をし……たどり着いたのは都心にほど近い街の一角にある、なんともこう……高級そうな寿司屋だった。
こじんまりしているが、明らかにお手頃価格って感じじゃねえ。
「遅くなったが弟子の勝利祝いを今までの分まとめてしてやらあ!予約はしてあるから入れ入れ!」
「お、おう……」
そう言って、師匠はずかずかと歩いて引き戸を開けた。
「おう!来たぜ!」
そんな実家に帰るみてえに……
「らっしゃい!!お待ちしてましたよ、干支野さん!!」
マジかよ……すげえ歓迎されてる。
「何してんだ一郎!とっとと入ってこい!!」
「アッハイ……こんばんわ」
意を決して、プライベートじゃあ絶対に入らないであろう暖簾を潜る。
「らっしゃい!あらあらあら!お兄さんすっごくおっきいねェ!!」
出迎えてくれたのは、割烹着姿のウマ娘だった。
黒髪をすっきりまとめた、涼やかな目元の美人さんである。
年齢は……わからん!ウマ娘はだいたいバグって若いからわからん!!〇イヤ人かな何かかよこの種族!!
っていうか、まさかとは思うがこの人……!
「あの、ひょっとしてムツヒカリさん……ですか?初めまして、山田一郎です」
「あら!こおんなおばさんなのによく知ってるねェ!」
やっぱりそうだったか。
この人は『ムツヒカリ』さん。
大井トレセン出身の、サラブレッドウマ娘だ。
たしか……大井競バ場のコースレコード保持者だったはず。
大井出身と言えば、なんといっても空前絶後のハイセイコーが有名だが……この人もかなりの有名バだ。
しかし、まさか寿司屋をされてるとは思わなかった。
「やっぱり知ってたか!ムツちゃん、コイツは俺の弟子でな!今はトレセンの警備員してるウマコン野郎だ!」
「ウマコン言う必要あるかァ!?」
余計なこと言うんじゃねえよ師匠ォ!!
「さっすが干支野さんの弟子ねェ!それにトレセンの警備員だって!?どうりで強そうないい男だよ!さ、お席へどうぞ!!」
ムツさんにカウンターへ案内される。
ここは座敷とかはないな、本当にこじんまりしている。
が、やはり……かなりお高そうだ。
もしもの時用にカード持ってきてよかった……そんなに食う気はねえが。
俺達が腰かけると、ムツヒカリさんは上着を脱いで寿司屋スタイルになった。
……ここ、他に従業員いねえのな。
うわ、ってことはマジか、直々に握ってくれんのかァ……!
「ムツちゃん、お任せで!コイツは見ての通りのガタイだからよ、じゃんじゃん頼むぜ!」
「あいよ!干支野さんも、いつものお任せでいい?」
「おう!」
注文を聞くと、ムツヒカリさんは手慣れて様子で寿司を握り始めた。
ま、回らない寿司屋なんていつ振りか……緊張するぜ。
「……師匠、ムツさんとはどこで知り合ったんだ?」
「ん?かあちゃん関連だよ……かあちゃんは顔が広いんだ、ははは」
そりゃ、シンボリのご令嬢だもんなァ。
それにしたって大井の人とも知り合いなんか。
「トーワちゃんは北海道だっけ?アタシも店がなきゃあ、行きたかったんだけどねえ?」
「1週間後に、かあちゃんが土産持ってこっちに顔出すってよ」
「あら!それじゃ腕を振るわないとねえ!」
あ、ねえさん家に帰らんとそのままここに来るのか?
はえー、夫婦そろって東京見物か?いいねえ。
「へいお待ち!一郎ちゃん、どんどん食べな!」
「ありがとうございます……こいつは美味そうだ!いただきます!」
あっという間に寿司が出てきた。
イカにコハダにヒラメに……ネタがキラキラ光っててマジで美味そう!
まずはイカを……うめえっ!!
新鮮だし、味も最高だ!
「美味いです!本当に!」
「あはは!いい顔するねえ一郎ちゃん、握った甲斐があったよ!」
師匠はいつの間にか刺身を肴に日本酒を煽っている。
運転手だし、元々酒は飲まねえから別に良いが、刺身も美味そうだな……
「あ、そうだ干支野さん。そろそろもう1組予約組が来るんだけど、いいでしょ?」
「あ?構わねえよ!ムツちゃんがOK出すんだから変な客じゃねえだろうしよ」
ここの店の規模からして……もう1組で一杯だな。
誰が来るか知らねえが、もうちょい横に寄っとくか。
しっかし、この寿司うめえ……こいつは繁盛するだろうぜ。
エビもぷりぷりだ!
寿司には食う順番があるが、正直よく知らんし……そんなことを考えて食うのもアレだしな!
注意もされてねえし!!
そんな風に舌鼓を16ビートしていると、入り口が開いた。
お、予約の客か。
「来たよ、ムツさん」「姐さん!こんばんわ~!」
「らっしゃい!入っとくれェ!」
予約客は女性2人か。
しかし、なんかこの声聞き覚えが……
振り向くと、やっぱり知ってる人だった。
「デッカイのがいると思ったらなんだい、山田のにいさんかい……学園以外で会うのは初めてだねぇ。スーツなんか着てると、その筋かと思っちまったよ」
俺にそう言うのは、高級そうなダークスーツを着込んだ長身の女性。
艶やかな黒髪が、まるで濡れたように光っている。
いつ見てもすげえ色気だぜ。
女優顔負けだ。
「あ!山田のダンナじゃねえか!」
そして、タマと同じくらい背が低いが……『一部』の発育がバグっているウマ娘。
大井から来た、ツインテ―ルの賑やかな江戸っ子だ。
オグリと、スーパークリークってウマ娘と3人で『永世三強』っていうカッコいい通り名があるこの子は……
「宮浦トレーナー、それにイナリ」
イナリワン……イナリとはタマ経由で知り合って、最近よく話すようになった。
宮浦トレーナ―は前から知ってたがな。
色々と有名だし。
まあ、重賞バを出したトレーナーなんてみんな有名ではあるが……この人はちょっと違う。
大美人なのに血生臭い噂が多いんだよ。
悪徳トレーナーを半殺しにしたとか、悪徳記者を半殺しにしたとか、悪徳カメコを半殺しにしたとか。
俺達USC警備員ならわかるが、一介のトレーナーの癖に武闘派過ぎる。
「にいさん、いい店知ってんだね」
「ああいや、ここはこの……俺の空手の師匠が知り合いだったんですよ。俺ァ今日初めて来たんです……そちらは、大井ってことでイナリ関連ですか?」
イナリは俺の横に、宮浦トレーナーはその向こうに腰かけた。
「ああ!ムツ姐さんは大井トレセンの大先輩だしな!」
やっぱりそうか。
レースの世界はゴリゴリの体育会系。
先輩後輩の関係は深いもんな。
「空手の、師匠……?なぁるほど、にいさんは武道やってそうだもんなぁ。こんばんわ、宮浦です」
「干支野ってんだ、不詳の弟子がお世話になってます……おお!イナリワンちゃんじゃねえかよ!こいつはたまげた、未来の大スターじゃねえか!」
師匠のテンションが急上昇した。
ホントにウマ娘大好きだな、この爺さん。
「お、おおっ!?ダンナのお師匠サン、あたしのこと知ってんのかい?」
「おうよ!大井時代の東京王冠賞……最終直線のあの追い上げにゃあ痺れたねえ!かあちゃんと一緒に手ェ叩いて応援したぜ!」
さすがは師匠。
地方レースも問題なく網羅してやがる。
「な、なんかこそばゆいねぇ……でも、ありがとうよ!」
「つきましてはお近づきの証拠にサインをもらいてえんだが……あ、これはウチで卸してるジャム詰め合わせだ、もらってくんな。添加物も防腐剤もナシ!無農薬栽培だから安心安全だ!!トレーナーさんもどうぞ!!」
「あ、ああ、その、ありがとうございます……」
師匠が留まるところを知らない。
イナリも、宮浦トレーナーも目を白黒させている。
なんか、すいません……
「はっはっは!干支野さんは相変わらずだねェ!……ほいイナリ、お待ち!いっぱい食いなよ!」
ムツさんはイナリの前にウマ娘仕様の海鮮丼を置いた。
コイツはタマと違って普通に食うんだよな、迫力だ。
「宮浦ちゃんも、はい!」
宮浦トレーナーの前には人間サイズの寿司。
横には、添えられた熱燗。
この人はいける口なんだな。
「うほー!いっただきやす!……あ、お師匠サン!サインは飯の後でな!」
「当たり前だよ!食え食え!ウマ娘は食ってなんぼだぜ!」
「……アンタ、やっぱりダンナのお師匠なんだな!言うことが弟子と同じだねぇ!」
……師弟は似るって言うが、俺の場合はどうなんだろう。
討マ流に弟子入りする前からこんな感じだったとは思うんだが……
「山田のにいさんはウマコンだもんねぇ?ふふふ……気を付けなイナリ、油断してっと餌付けされたうえに美味しくいただかれるよ?」
「へへへ、アタシみたいなちんちくりんじゃあ大丈夫だろ、アネゴ」
イナリは美味そうに海鮮丼をかきこんでいる。
「ウマコン扱いはアレだが、イナリは何処に出しても恥ずかしくねえ美人だぞ?全然ちんちくりんじゃねえだろ」
「もっへむふむ!?!?」
イナリが急にむせた。
何だコイツ。
「……ホラ、ねぇ?」
宮浦トレーナーは、愉快そうに熱燗を煽った。
「てめえもかあちゃんみてえないい女をとっとと見つけるんだな、一郎よ。このままじゃドバイの王族みてえに嫁が2桁になっちまうぜ?」
「はぁ?」
師匠もまた、嬉しそうに酒を煽る。
「おい師匠、そりゃあ一体どういう――」
「おっと!ムツちゃんよ、いける口だろうから宮浦サンに……コイツを出してやってくれや。寝酒にするつもりだったがよ、味がわかるお人に呑んでもらいてえ」
「あいよォ!」
俺の質問を無視し、師匠はリュックから一升瓶を取り出した。
〇次元ポッケかよそれ。
そんなもんまで入れてたのか?
「――っせ、『千年の孤影』!?い、いいんですかいお師匠さん……!」
なんか有名な酒だったらしく、宮浦トレーナーの顔色が変わった。
こんなに取り乱したのなんて初めて見たぞ。
「俺ァ夫婦そろって大のウマ娘ファン!その助けになるトレーナーさんに協力は惜しまねえのよ!!」
「干支野さんはコレだもんよ!宮浦ちゃん、ありがたくいただきな。あ、干支野さん……アタシもいいかい?もう客も来ねえし」
ムツさんは悪戯っぽく笑った。
「いいに決まってんだろ!今日はいい日だ!飲むぞォ!!」
そして、師匠はいつも通りだった。
「や、山田の旦那ぁ……お師匠サンってその……すげえお人なんだな?」
「たぶんそう、部分的にそう」
俺の袖をくいくい引くイナリに、そう答えることしかできなかった。
【宮浦トレーナーのヒミツ】
・実は、地方トレセンの出身。
八百長まがいの取引を持ち掛けられ、相手を半殺しにしたとかしていないとかで謹慎。そして猛勉強の末、中央に所属することになった。