トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。 作:秋津モトノブ
「暗いッス~怖いッス~……パイセン、お化け出たらぶん殴ってくださいッス~……」
「くっつきすぎなんだよお前、もう二人羽織みてえになってるだろうが……警備員の癖に夜が怖いとか、この仕事向いてなさすぎだろ」
夜の校舎内。
その空間を、ライトの光が丸く切り取っている。
少し肌寒いハズだが、ポンコツ後輩がガッシリくっ付いているからむしろ暑い。
本日の勤務は夜勤。
23時から、翌朝の7時までの勤務となる。
現在、俺とライは本校舎の夜警真っ最中だ。
機械警備はもちろん稼働しているが、こうした目視での警備も必要だ。
ヒトの目でも確認しないとな。
「だいたいなあ、幽霊の方も身長190オーバーのばんえいウマ娘は怖ェだろうよ。出て来ねえって」
「ば、ばんバの幽霊がいたらどうするんッスか!?」
「ホッカイドウトレセンなら出るかもしれねえが、さすがに府中にゃいねえだろ」
知らねえけどな。
「ホレ、離れろ。とっとと一周して帰るぞ……」
「えぅうう……」
若干離れたが、ライは服の裾を摘まんで離さない。
伸びるだろうが、全く。
「夜勤のシフト、姐さんたちと一緒のじゃダメだったんか?アッチはウマ娘寮の立ち番と巡視だろうが」
男の俺と組むからこんな有様になってるんだろうが。
「嫌っスぅう、ウチがいない間にパイセンがナリタトップロードされちゃうっスぅう……」
「まずお前のモンでもなんでもねえし、その前にトプロちゃんに土下座して謝れよ」
あの子、語彙が爆裂にすくねえ以外は超いい子なのによ。
そんなよくわからん隠語と同一視すんじゃねえ。
「一緒に巡視してるくらいで恋仲になってたら、俺ァ今頃アラブの石油王くらいのハーレム王になってるっての」
「あ、知ってます? 一昨年のU-1王者がそこの国の王族出身なんスよ。お母さんが28人いるんですって」
「マジかよすげえな、王族が殴り合いかよ」
「王家秘伝の……なんとかって武術をアレンジした……なんとかってオリジナル武術なんスよ!」
「すげえ、何も情報が増えてねえ。ポンコツ説明AIかよお前」
王族、ね。
なんだってそんな身分で……いや、格闘ウマ娘としちゃ珍しいが、レースの世界にゃけっこういるな。
「そういや、ここにも王族いたんだよな……ええと、なんて言ったっけ」
たまーに見かける。
いつもニコニコしていて優しそうな子だ。
……背後にいるSPの練度は、ちょいと笑えねえくらい高いがな。
『隊長』さんって呼ばれてる人なんか、U-1に出てもいい所までいけるかもしれねえ。
「アイルランドから来たファインモーションちゃんッスね! ウチ、この前美味しいラーメン屋教えてもらったんすよ!」
「王族に……ラーメン屋を!?」
嘘だろ。
王族なんてのは、ミシュランが星を投げつけるようなとんでもねえ店で飯食うんじゃねえのか。
「そッスそッス、あの子かなりのラーメンマニアなんスよ~……そこら辺の日本人なんて裸足で逃げ出すレベルッス」
「はぁ~……なんか、すげえな」
無駄話に熱が入るにつれ、ライのテンションが上向きになってきた。
こういうとこ単純なんだよな、コイツ。
「今度一緒に行きましょ、パイセン! ウララちゃんもライスちゃんも行きたいって言ってたっスよ!」
「俺以外の予定が確定してんのかよ……まあ、『次の試合』に勝ったら奢ってやるよ、お前以外に」
「んなぁ~!?なんでなんスかッ!サベツッス!後輩差別ッスよォ!!」
ライが服をとんでもない勢いで引っ張ってくる。
やめろアホ!ベルトが引き千切れる!?
「社長が臨時ボーナス出すって言ってたからそれで食えよ!ウララにライスはともかく、この上ばんえいウマ娘に奢ったら破産しちまうだろうがッ!」
「ライスちゃん、ウチの半分くらいは食べるのに差別ッス~!ばんえい差別ッス~!」
「ウッソだろ!?!?」
あんなのちいせえのに!?ライの半分も!?
……これがウマ娘の、神秘か。
「――あら、いいですね……ラーメン」
ぞく、と背筋に悪寒が走る。
今まで感じなかった場所に、『気配』が生まれた。
「にゃあぅ!?」
ライの首に手を回して背中に庇いつつ、気配の方向へ体を回す。
回しながら、手に持った警邏用強化ライトを手裏剣のように――
「……たづなさん、ですか」
――投げる前に、踏みとどまった。
廊下の先、5メートルの地点に、緑の制服。
ここの理事長秘書……駿川たづなさんだ。
急に動いた俺に驚いたように、目を丸くしている。
そういう顔すっと、ここの生徒だって言っても通じそうだな。
「すみません山田さん、驚かせてしまいましたね」
ぺこ、と頭を下げるたづなさん。
「いや、こちらこそ失礼しました。こっちが騒いでいたのが悪いんで」
……この人、異常なくらい気配を消すのが上手いんだよなァ。
普段の足運びなんか見てても、スポーツ畑の出身だってのはわかる。
人間なのに、大したもんだ。
「あの、ライデンオーさんが大変なことになっているんですけど、大丈夫ですか?」
「みゃうぅ……」
「うおっ!?」
さっき抱えた時に、頭を抱えたからか……ライが落ちかけている。
いかん、いい感じに頸動脈を閉めちまった。
「すまんライ、大丈夫か?」
慌てて開放する。
「う、うぇぇえい、あげぽよ~」
……大丈夫なんか、これ。
しかし、完全に落ちないのはたまげた。
さすがはばんえいウマ娘ってところか。
「――でも私も驚きました、山田さんってすごい身のこなしなんですね。まるでアクション俳優みたいでした♪」
「……鍛えていますので、はい」
ライト、投げなくてよかったァ。
あれほど『気配』を消されちゃ、強敵だって誤解しちまうじゃねえか。
相手が不審者だったら、顔面に遠慮なく直撃させるコースだったぞ。
危ねぇ、危ねぇ。
「うぁ~……クラクラするッス……」
「その、マジでスマン」
「ら、ラーメン……」
「わかったわかった、その時は奢るよ」
「――言質取ったッスよォ~!?うっひょ~い!!」
「お前……」
ライはあからさまにピンピンしている。
この野郎……じゃねえ、この女……!
俺の優しさを返してくれ。
「ふふ、お2人ともいつも仲良しで羨ましくなっちゃいますね」
たづなさんは、何やら嬉しそうだ。
仲はまあ……いい方か。
「い、いくらたづなさんでもパイセンは渡さないッスよ?」
「あら、宣戦布告されちゃいました♪」
「俺の所有権は俺にあるんだよなあ……」
たづなさんもライも悪乗りがすぎる。
あ、そうだ。
「あの、たづなさん。それで、どうされたんですか?もう事務室は閉まってますけども」
繁忙期なんかは教師連中が残業していることもあるが、その場合は会社に連絡が来る。
今日は何も通達されていないので、仕事関係じゃないと思うんだが。
「それが……猫ちゃんを探していまして」
「猫」「ちゃん?」
予想だにしない返答に、俺とライは間抜けな声を発した。
「理事長の帽子によく乗っているあの子です。夕方から行方が分からなくて……」
「ああ……」
納得した。
トレセン学園の理事長、『秋川やよい』さん。
見た目はウララよりもさらに幼く見える、そんな人物だ。
だが、かなりのやり手のようで……よく海外出張していたりする。
たしかに、いっつも帽子に猫乗せてたなあ……ここに勤務が決まって、社長とあいさつに行った時はぬいぐるみかと思った。
「近辺の敷地内は探したので、残りは校舎内かと思いまして……夜も遅いので、理事長には先に帰っていただきました」
「なるほど、わかりました。ちょっと監視室に連絡してみますね……ライ、頼む」
無線機を持ってるのはライだ。
機械警備に猫が感知されてないか、カメラに映っていないかを確認してもらう。
「ういういッス。あー……『こちらライデンオー、こちらライデンオー、感明オクレ』」
ライは、やけにキリっとした顔で無線機に話している。
……お前それ自衛隊用語じゃねえかよ。
妙な事知ってんなあ。
相手の爺さん、お前の変な通信にビックリしてるじゃねえか。
「――あ、わかりましたッス!ありあとやした!」
「どうだった?」
「んー……機械警備にもカメラにも反応ナシっす」
そうか……それなら足で探すしかねえな。
「たづなさん、これから一巡するところなんで一緒に来てもらえますか?」
「来てくださいッス!パイセンにたづなさんがいれば幽霊なんて向こうから逃げて行くッス!!」
……幽霊は、どうだろうか。
「あら、それでしたら是非ご一緒させてください。ライデンオーさん、デートにお邪魔してごめんなさいね?」
「んぁーっ!?そうっした! こ、この泥棒ヒト!?」
「職務、これは職務だ。ありがたーいお給料の為の職務!」
こんな色気もへったくれもねえデートがあってたまるかってんだよ、まったく。
ともかく、とっとと探しちまおう。
早く詰め所に戻って休憩したいことだしな。
・・☆・・
「……いねえな」
「……いないッスね」
「いませんねえ」
3人がかりで校舎内……中等部と高等部を隅々まで見回ったが、猫どころかゴキブリ1匹見かけなかった。
掃除が行き届いていて何よりだよ。
「グラウンドの方を見に行ってみるか?」
「そっスねぇ。たづなさん、噴水とかの辺りは見たんスよね?」
「ええ、カフェテラスやスタジオは施錠されていますし……たしかに、グラウンド方面くらいですかね、しっかり探していないのは」
ちょいと業務外になっちまうが、まあ仕方ねえ。
理事長サマの猫を探すんだ、半分業務みてえなもんだよ。
夜勤の時間帯はそんなに忙しかねえしな。
「お2人とも、申し訳ありません……」
「いいんスよ~、猫ちゃんのためッスから。ねえパイセン?」
「ああ、これくらいはな」
たづなさんは申し訳なさそうだが、特になんとも思わねえ。
3人いりゃあ、会話で暇つぶしもできるしな。
「怖さを思い出したッス……」
「朝まで忘れてろよ、まったく」
グラウンドは真っ暗だった。
ナイター設備もとうに消え、月明りだけが頼りだ。
まあ、目は慣れているしライトもあるから大丈夫だが。
むしろ、また背中に引っ付いてきたライの方が邪魔だ。
ええい、うっとおしい。
「たづなさん、パス」
「えっ」
「うにゃあっ!?」
俺の両腰を掴んだライの手を外しつつ、たづなさんの肩に押し付けた。
なんか、電車ごっこみたいな感じになってる。
その隙に、少し距離を取る。
「知ってるか?男がやられてもセクハラになるんだってよ。たづなさん、猫の名前教えてくれます?」
「え、ええ……ハテナです」
ハテナ?
そいつは、なんとも変な名前だな。
「尻尾の形がハテナマークに見えたので、理事長がそう名付けたんです」
「ああ、なるほど了解です。ライ、俺は左からぐるっと回ってくる……お前はたづなさんと一緒に右回りだ」
そう言い、ささっと歩き出した。
「た、たたたたづなさぁん、離れちゃ嫌ッスよ、呪うッスよォ……」
「あ、あはは……」
自分の胸くらいまでしか身長がない相手に、よくもああまで縋り付けるもんだよ。
ホラー映画は好きだって言ってた癖に、なんで幽霊は駄目なんだ?
「ハテナ~、おーい、ハテナや~い……」
2人と別れ、グラウンドの外周を回る。
林の方に声をかけているが、気配も鳴き声もない。
ただ、何かの虫の声がするばかりだ。
グラウンドの向こう側で、ライトの明かりがチラ着いている。
ライたちも、なんとか移動できてるようだな。
すいません、たづなさん。
今度なんか奢りますんで、勘弁してください。
「おーい、美味しい猫缶が待ってるぞォ~」
知らねえけど。
だが、普段からあれだけ猫を可愛がっている理事長のことだ。
さぞご馳走を用意して待ってくれてることだろうさ。
――にゃあ
「……む」
今の、猫の声か?
林の奥の方から聞こえてきたぞ。
……とにかく、行ってみるか。
「おーい、ハテナや~い」
――にゃあ
今度ははっきり聞こえた。
雑草を踏み越え、林の中に立ち入り始めたら……声が近くなったんだな。
「ハテナ~!ご主人サマが寂しがって泣いてるってよォ!どこだぁ~!」
泣いているかどうかは知らんがな。
なんか泣いてそう……な気がする。
――にゃあ
うん、声がだんだん近くなってきた。
方向はこっちで合ってるな。
……あれ、でも違う猫だったらどうすっかな。
っていうか、俺……ハテナちゃんの柄とか知らねえぞ。
えっと、白黒?だったっけか。
それは覚えてる。
……まあ、見つけたらたづなさんに見せに行きゃいいか。
「おーい、ハテ――」
もう一度呼びかけようとした、瞬間。
ぞわ、とうなじの毛が逆立った。
「――ッシィイアッ!!」
本能に従って、身をかがめる。
同時に、後方に体を向けながら――低く薙ぐ下段蹴り。
ぶわ、と雑草が千切れ飛んだ。
――が、そこには何もいない。
「……」
ゆるりと立ち、構える。
右拳を腰だめに、左手は掌の形で前方へ。
左足を踏み出し、右踵は浮かせる。
ここには『何か』がいる。
気配が、それを俺に教えてくれる。
……ライと別行動でよかったなァ。
こんな不可思議現象に遭遇したら、アイツ失神くらいするかもしれん。
「コォオオオ……」
息吹、という呼吸法。
肺の中の空気を出し尽くし、筋肉の緊張を解す。
備える呼吸だ、これは。
――『攻撃』に。
気配が、動いた。
俺の右前方、何も見えないが確かに『何か』が動いた!
そこへ、踏み込む。
踏み込みの途中で左手を引きつつ、同時に腰を回す。
腰の動きによって加速した右拳を、踏み込みながら虚空へ放つ。
「――
放たれた拳は、やはり何もない空間を貫いた。
「……」
後方に跳び下がり、構えを解かずに残心。
……先程まで感じていた『気配』は、気付けば雲散霧消していた。
そのままの姿勢で、周囲の気配を探る。
……何も無し、か?
しばらく構えは解かなかったが、その後は特に何もなかった。
「――みぃあ」
「……お?」
頭の上から声がした。
見上げると、木の枝の所に影が1つ。
「……ハテナ、か?」
「みぃ!なおう!」
声をかけると、元気な声が返ってきた。
腰に下げていたライトを向けると、枝の上には……白黒の猫が、一匹。
ハチワレ、って言うんだっけか、あの柄。
「ご主人サマとたづなさんが心配してたぞ、帰ろうぜ」
「みゃっ!」
「おっと、はは、上手いな」
枝から身を躍らせたハテナが、器用に俺の肩に降り立った。
そのまま、上手くバランスを取っている。
「よぉし、帰ろ――」
帰ろうとしたら、何か振動を感じる。
肩の上にいるハテナが、身を固くした。
まだ、何かがこっちへ来るのか……?
両足を緩く広げ、身構えたその時。
「――パイセェエエエン!?だいじょぶッスかああああああっ!?!?」
草むらを突き破って、ライが飛び出してきた。
……ギリースーツのバケモンみたいになってやがる。
なにこいつ、一直線に走ってきたのか?
さっきの声が聞こえたのかね……耳がいいな、ウマ娘。
「フシャーッ!!」
「あ、大丈夫大丈夫……カワイイ後輩だから」
威嚇を始めたハテナを撫でつつ、俺はライに手を振った。
ほんと、変な後輩だぜ。
・・☆・・
「なおう、みぃい」
「そうなんスよ、パイセンは普段むっさ無精なんス。マンションの部屋なんて超汚いんスよ~」
「にゃぅ」
「おまけに朴念仁だし、ちっちゃいウマ娘にばっかりデレデレするし、それに……」
「お前ホントいい加減にしろよ、なんだそのふざけた腹話術モドキは。風説の流布無限拡散もやめろ」
見つけたハテナは、ライの肩に乗って寛いでいる。
そして、愛想よく鳴くのをいいことに変な遊びまで始めやがった。
「はい、はい、え!?正門まで来ている!?理事長、お帰りになったんじゃ……あっ」
そして、たづなさんは理事長に携帯で連絡を取っている。
が、なにか慌てているようだ。
「もう……夜も遅いのに。あの、理事長が門の所まで来ているそうです」
「そんなに心配だったんスね~、愛されてて羨ましいッスよハテナちゃ~ん」
「めぇぉう」
ハテナは、どこか誇らしげだった。
猫のドヤ顔……なんか癖になるな。
「本当にありがとうございます、お2人とも」
「いっスいっス、たづなさんのお陰でパイセンにラーメン奢ってもらえることになったし」
「……釈然としねえが、まあいいだろう。たづなさんもお気になさらず」
話しながら、校舎の間を抜ける。
三女神の噴水の向こうに、小さい影が見えてきた。
「みぃあっ!」「わっ!?」
ハテナがライの肩から飛び降り、影に向かって猛然と走り出した。
アレは……
「ハテナああああああああああっ!!」
影……理事長は飛び込んできたハテナを抱きしめて、フィギュアスケートめいて横回転を始めた。
よっぽどかわいがってんだな、あの猫。
「いい事しましたね、パイセン」
「ああ、そうだな」
その後は、『感謝ッ!』『感激ッ!』『陳謝ッ!』と叫びまくる理事長に平身低頭された。
いつもの定位置……頭の上に戻ったハテナは、よく通る声でにゃおと鳴いた。
・・☆・・
「あ、ライ……夜はグラウンドに近付かない方がいいぞ。特に理由はないが」
「んなァ!?ちょっと!ちょっとパイセン!理由を教えッ……なくていいッスけど!なんでこのタイミングで言うんスかッ!?ウチはどうやって家に帰ったらいいんスかァ!?」
「わかった!わかったから落ち着けって!?あっぶねえなお前オイ!!!!!!」
何故か、たづなさんも含めてラーメンを奢ることになった。
解せねえ。
【ライデンオーのヒミツ】
・実は、名前が厳ついことをひそかに気にしている。