トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

41 / 66
37話 この上増えるややこしい存在。

『朝からすまんな、イチロー。ちょっとややこしいことになった』

 

「……ふぁい」

 

 耳元で鳴ったスマホに叩き起こされ、出ると社長だった。

嵌めたままの腕時計を確認……午前3時、か。

朝……朝かなあ、今。

今日は準夜勤だから、まだまだ寝るつもりだったが……社長は訳もなく電話してくるような人じゃねえ。

しかもこんな時間だ……よほどの面倒ごとだろう。

 

 枕元に置いていた炭酸水のペットボトルを煽る。

ぬるいとはいえ、抜けていない炭酸が脳を覚醒させた。

 

「……なにがあったんすか?」

 

『ふむ、お前宛の苦情並びに誹謗中傷メールが届いているのは知っているな?』

 

「ええ、そりゃもう」

 

 例の声明文出してからは、もうひっきりなしだ。

すっかり慣れっこだよ。

 

「で、それがどうしました?数が百倍に増えたとか?」

 

 トーナメントも発表された関係で、どんどん俺の注目度が上がってるしな。

有名税って奴だろう?

 

『数は当初の30倍程度だがな、相手が増えた』

 

「……へ?」

 

 相手って……今までも不特定多数の連中からだったろ?

それが増えたって、どういうことだ?

 

『論より証拠だ、お前へのメールに画像を添付しておいた。確認したら折り返してくれ』

 

 そう言って、いったん電話は切れた。

ふむふむ、とにかく確認だな。

 

 近くに転がっていたタブレットを起動。

メールソフトを立ち上げると、社長からの新着メールがあった。

なお、その一個前にあったライからの『明日はパイセンのお弁当食べたいッス!3万までなら払います』という恐ろしいメールは見なかったことにした。

……爆弾握り飯でも作ってやるか、勿論金なんか取らねえが。

 

「ふんふん、いつも通りの誹謗中傷メール……じゃ、ねえな?」

 

 添付画像はメールのスクショだった。

それにサッと目を通すと、なるほど今までのモノとは毛色が違う。

 

 今までのメールは『反ウマ』のアホ共からだった。

『ウマコンクソ野郎』とか『ウマ娘に媚び売りやがって』とか『人間の男としてのプライドはないのか』とかっていう……まあ、戯言だよな。

 

 だが、今回のメールは違う。

 

『即刻トーナメントを辞退しろ。お前のような汚らわしい人間がいていい場所じゃない』

『ウマ娘様に勝ってんじゃねえ!空気読めよカス!どうせドーピングだろう、卑怯者!』

『男性でありながら守るべきウマ娘に暴力をふるう最低男、無名!』

 

等々の文言が舞っている。

明らかに今までの『反ウマ』とは違う。

こいつは……

 

 再びスマホを立ち上げ、社長をコール。

1,5コールで出た。

 

「確認しました、社長」

 

『そうか、どう思った?』

 

 

「はい、こいつらは――『ウマ娘至上主義』の連中ですね」

 

 

 『ウマ娘至上主義』

『ウマ娘はクソ!人間の方が偉い(意訳)』の『反ウマ娘思想』とは違うが、同じくらい面倒臭い連中だ。

その名が示す通り、『人間はクソ!ウマ娘が最高!ウマ娘が偉い!人間はゴミ!(意訳)』っていう感じの主張が多いな。

『反ウマ』と違って、その思想を持っているのは人間と……かなりの少数だろうが、恐らくウマ娘もいる。

 

「……なるほどねえ、今度はこいつらも参戦してきたってことですか」

 

『いやあ、賠償金が増えてオイシイとはいえ……これほど虫けらが増えると面倒だ』

 

 社長の声色は、全く面倒がっていない。

むしろ『どうやって搾り取ってやろうかな~?』的な、愉悦の感情が見え隠れしている。

いや間違った、隠れてもねえ。

頼もしすぎるボスだぜ。

 

「『ウマ娘が好きなら負けろ』だあ? ふざけたこと抜かしやがるなァ」

 

『全く度し難い。私なら「あなたが好きなのでワザと負けます」などとほざかれたら……ソイツを挽肉にしてやるが?』

 

 電話越しにも殺意が襲ってきた。

早朝からおっかねえなあ。

だが、それについちゃ俺も同意だ。

 

 忖度された試合結果に、何の意味があるってんだよ。

 

「勝ちは譲ってもらうもんじゃない、勝ち取るもんだろうが……!そんな簡単なこともわかってねえんだな……コイツら義務教育とか受けてるんですかねェ?」

 

『怪しい所だな』

 

 社長の容赦ない見解が飛び出す。

……が、解せない。

 

「それで社長、『ウマ娘至上主義』が出張ってきたってことを、わざわざ俺に教えようと?」

 

 正直、今までと比べて危機的な状況って訳でもねえぞ?

クレームつけてくんのが2種類に増えただけじゃねえか。

 

『それもあるな。反ウマと違ってウマ娘至上主義は人数が多い、少々厄介な相手だ』

 

 それ『も』?

他にもなんかあんのか。

 

『イチロー、明日から試合までの5日間……お前は別の場所で勤務してもらう』

 

「お、出張ですか?合宿以来ですね……で、どこです?」

 

 他に手が足りてねえところがあるのか。

今の時期だと……イベント会場の警備とかかな?

 

『喜べ、古巣に帰れるぞ』

 

「……古巣?」

 

 って、まさか。

 

 

『――山田一郎、本日付でホッカイドウトレセン学園勤務を命ずる』

 

 

 ……そうきたか~。

 

 

・・☆・・

 

 

「さっむ、さすがに本州とは段違いだぜ」

 

「押忍、身が引き締まるス」

 

 時刻は、午前11時45分。

俺は、北の大地へ降り立っていた。

平日なのもあって、空港前のタクシー乗り場には人通りが少ない。

 

「お前も入社したばっかで大変だなあ、フドウギクよ」

 

 後ろには、大きなバックパックを背負ったフドウギクの姿。

大荷物だなァ。

 

「いえ、慣れてるス。道場時代は出稽古で全国回ってたので」

 

「あ、そっか。さすがは天下の巌流空手道」

 

 さて、そろそろ先方から迎えが来るはずなんだが……

 

 

 社長の電話が終わってからすぐに、マンションへ迎えが来た。

で、気が付いたら車に乗ってナリタ、いや成田だった。

『虫共がちょっと気になる』とのことで、俺は試合まで北の大地へ行くことになった。

 

 なんでも、下火になっていたハズの『無名の正体探ろうぜ!』なマスコミの動きが活発になったのだという。

特に東京支社周りが騒がしくなったとのこと。

数だけは多い『ウマ娘至上主義』の連中がマスコミにもいるんだろう……とは、社長の推理だ。

なので、以前隠れ蓑に使った本社のある北海道へ一旦俺を派遣する、ということらしい。

 

 北海道は、現在悪徳マスコミ無風地帯だ。

何故かというと、以前の騒ぎでUSCが訴えたり警察に突き出しまくったりしたからだ。

さらに『無名……北海道にいないんじゃね?騙されたんじゃね?』と、気付いた(あまり真っ当ではない)マスコミ関係者が撤退したのだ。

 

 その裏をかく……というわけで、こうなったってワケだ。

 

 

「ライ先輩からメールがガンガン来るス」

 

「俺はもう電源切ったぜ」

 

 フドウギクがスマホを起動し、そのメール画面を見せてきた。

題名だけだが『頼むッス』『パイセンの貞操はおキクちゃんにかかってるッス』『マジ頼むッス』『後でお金払うんでマーガリンサンドと白黒の恋人を』などと、かなりの件数が来ているようだ。

最後なんか土産の催促じゃねえかよ。

美味いよな、マーガリンサンド。

……あと貞操ってなんだよ。

北海道はそんなに治安終わってねえぞ。

 

 ちなみに、フドウギクの派遣理由はホッカイドウトレセンから依頼された『空手の臨時講師』だ。

USCはこういう武道系の派遣業務もやってる。

先輩方も、柔道の派遣講師やってる人もいるし。

柔道、合気道、剣道等々……USCの人材は豊富である。

 

「好かれてんなあ、後輩」

 

「好かれてるのは山田先輩ス……あ、迎えってあのバンですか?」

 

 お、ホッカイドウトレセンの印字があるバンがやってきた。

たしかに、アレが迎えだな。

……迎え、だが。

 

「……あの、先輩。ジブン、ドライバーさんに凄く見覚えがあるんスけど」

 

「……奇遇だな、俺もだ。何してんだあの人」

 

 バンが停まり、運転手が降りてきた。

あまり数が多くない通行人が、その2メーターオーバーの長身と……有名人フェイスに振り返って興奮している。

 

「山田ちゃ~ん!お久しぶりね~♪ 交流祭の時はあんまり話せなくて、ワタシ寂しかったわ~♪」

 

 そこにいたのは、ホッカイドウトレセン学園理事長。

『菩薩』こと『アオノエース』だった。

……何故、理事長が運転を?

 

「ご無沙汰してます、理事長」

 

「フドウギクでス。よろしくお願いします」

 

「聞いてるわよ~、フドウギクちゃん!あらあら、テレビで見るよりとっても美人~♪ アオノエースよ、よろしく~」

 

 理事長は、弾むように近付いてきてフドウギクの手を取った。

それをぶんぶん振り回している。

 

「ささ、乗って乗って~♪荷物は適当に入れちゃって~♪」

 

 そして、スキップしながら運転席へ戻った。

 

「……随分、活動的な理事長さんスね」

 

「これは俺も初めての経験だが、概ねその通りだよ」

 

 

「私、車の運転大好きなの~♪」

 

「なるほど」

 

 助手席に俺、後部座席にフドウギク。

その配置で、車は走り出した。

大好きというだけあって、その運転はスムーズだ。

 

「まさか理事長直々にお迎えに来ていただけるとは……恐縮ス」

 

「いいのいいの~♪もう畑仕事も終わったし、今日は会議もないから暇なのよ~♪」

 

 変わってねえなあ、この人。

俺がホッカイドウトレセンにいた時から、この人は草刈りやら畑仕事やらでよく泥まみれになってた。

ちなみに畑ってのはグラウンドに隣接してる死ぬほどデカい奴だ。

そう金に困ってるわけじゃないらしいが、ばんバまみれの学園だから野菜はあればあるだけいいとのこと。

トレセン学園とは、消費する食料が桁違いだしな。

 

「山田ちゃん、痛そうな傷が増えちゃったわねえ……U-1って大変なのね~」

 

「見た目が派手なだけですよ、問題ないです」

 

 ホッカイドウトレセンで俺の正体を知ってるのは理事長、テンマ、そして生徒会長であるカグラテンリュウの3人だ。

テンマは元々知っているが、理事長はU-1参戦の時に社長経由でバラした。

そしてカグラテンリュウは……親経由でバレた、というか社長がバラした。

彼女の両親は両方USCの幹部だ。

口も堅いし、特に問題なかろう……ということで、社長と話し合って開示することにしたわけだ。

時期としては交流戦の前あたり。

今回のように、俺が派遣されることもあるだろうし……生徒のトップにはあらかじめ開示していた方がいいと思ってな。

 

「私、毎試合チェックしてるわよ~♪頑張ってね、山田ちゃん!」

 

「ええ、全力でやりますよ」

 

「ジブンも、微力ながらお手伝いするス!」

 

 後部座席のフドウギクが気合を入れている。

 

「まあ、あと5日だからな。そこまでキツイ稽古はしねえが……頼むぜ後輩」

 

「押忍!」

 

「いいわね~♪ 青春ね~♪」

 

 青春するにはちと歳が多すぎるがな。

とにかく調子を落とさねえようにするだけだ。

風邪でも引いたら台無しになっちまうし、そこだけは気を付けねえと。

 

「山田ちゃんもフドウギクちゃんも、勤務は明日からだから今日はゆっくり休んでね~♪ お昼食べてから学園に戻るわよ~」

 

 そうして、バンは北海道の街並みを走る。

さてさて……古巣はどう変わってるかね。

久しぶりだから楽しみだなァ。

 

 

・・☆・・

 

 

「一郎さんですわ~!!」

 

「おぐっ!?」

 

 本場の味噌ラーメンを堪能し、ホッカイドウトレセン学園に到着。

車から降りるなり、駐車場で待ち構えていたテンマが飛びついてきた。

 

「ぬ、お、おおおっ!!」

 

 胃袋からラーメンが脱出しそうな衝撃を、回転で受け流す。

コイツ……俺じゃなかったらマーライオンコースだぞ!!

 

「フドウギクさんも!お久しぶりですわ~♪」

 

「押忍、お元気そうで何よりス」

 

 俺に抱き着いたままのテンマに挨拶され、フドウギクも普通に返している。

こいつら、大物過ぎる。

 

「テンマちゃ~ん、2人を部屋まで案内してあげてね~♪」

 

「承りましたわ~♪」

 

 ここの滞在中、俺達2人はここのトレーナー寮の空き部屋に宿泊する。

USC警備員詰め所でもよかったんだが、部屋が空いていて広いからと厚意に甘えることとなった。

 

「こちらですわ~!はぐれないように注意なさってくださいまし~!」

 

「そんな迷宮みてえな立地じゃねえだろうがよ」

 

 ウキウキで歩き出すテンマ。

ここの敷地は広いが、そこまで複雑な感じじゃない。

 

「色々大きいスね……さすがばんえいの本場」

 

 フドウギクは物珍しそうに周囲を見回している。

ああ、初めて見たらビックリするな。

ここ、全てのスケールがデカいもんな。

ドアとかも縦にでかいし、あと分厚くて頑丈だし。

 

「武道場もいいぞここは。全てのモノが頑丈だし、俺達がぶん殴ってもそうそう壊れねえぞ」

 

「……いいスね!それ!荷物置いたら早速行くス!!」

 

 ご飯を目の前にしたオグリくらい目がキラキラしている。

バトルジャンキーだなあ。

 

「落ち着け、その前に空いてるかの確認だな」

 

 荷物を置く前に武道場に突撃しそうなフドウギクを、なんとかなだめた。

 

 

・・☆・・

 

 

「押忍!よろしくお願いしまス!!」

 

「押忍!よろしくですわ~!」

 

「結局こうなるのか……まあ、いいけどよ」

 

 部屋に荷物を置き、さてひと眠りといくかな……なんて思ってると、フドウギクがテンマと一緒に突撃してきた。

そのまま胴着と共に拉致され、気が付くと武道場に連行されていた。

どんだけ行きたかったんだよ。

そしてテンマまでノリノリじゃねえか。

しっかり胴着まで着やがって。

 

 うーん、久しぶりに来たがやっぱりデカいわここ。

手入れも行き届いてるし、俺もテンション上がってきたな。

 

「よしまずは……柔軟な。とりあえずお前らは2人組作って~」

 

「押忍!」

 

「柔軟は大事ですわ~♪」

 

 さすが、アスリート。

アップとダウンの大切さはよくわかってるな。

ある意味、本番の運動以上に重要だからな。

 

「――あらあら、山田ちゃんが余っちゃうわね~♪ じゃあ私も参加しちゃう~♪」

 

「嘘でしょ」

 

 更衣室から出てくる理事長。

いつの間に……っていうか自前の胴着持ってたんだな。

 

「最近お腹のお肉が気になっちゃって~♪ ボクササイズに興味があるの♪」 

 

 ……ボクシング要素はねえんだがな。

そして、理事長のどこにダイエットの必要があるのかもわからねえが。

 

 ――が!

俺は知っている。

こういう女性に対しての『痩せる必要なくね?』は……最大級の地雷ワードだということを!!

 

「……はい、じゃあ柔軟しましょっか」

 

「は~い♪」

 

 触らぬ神に祟りなし!

俺は全力で受け流すことにした。

 

 

「大事なのは正拳の速度じゃないス。足先から膝、腰、そして上半身への力の連動ス……ッセィ!!」

 

 教科書に乗せたいくらいの綺麗なフドウギクの正拳突きが、轟音と共に空気を切り裂いた。

さすが、師範代。

稽古をつけるのは俺よりもよほど上手い。

 

「手だけでは速度も威力も出ないですし、なにより運動量としても大したことはないス。山田先輩、お手本を見せてほしいス」

 

「えぇ?……まあ、いいか」

 

 キラーパスやめろや。

やるけどさ。

 

 武道場に備え付けの、大型サンドバッグの前に立つ。

一般ボクシングジムにあるやつよりも2周りはデカいぞ、これ。

 

「俺のやり方は一般的な空手のそれじゃねえから気を付けろよ?それに、そのまま真似したら体がぶっ壊れるからな?動きを参考にするならフドウギクが一番だ、見惚れるほど綺麗な所作だからな」

 

「……照れるス」

 

 ここには理事長もいるが、OKが出たのでテンマに言っている体で説明を続ける。

 

「手打ちは、こう! な?これだと威力はカスだ」

 

 下半身を動かさず、手だけでバッグを殴る。

音も、そして揺れも大したことはない。

 

「……これで、ですの?」「十分に見えるけど~?」

 

 なにやら2人は納得していないご様子。

 

「いやいやいや、こんなんじゃ今までに戦ったどの格闘ウマ娘も倒せねえよ。なあ、フドウギク」

 

「そうスね。エキシビションマッチの先輩みたいに、急所を打ち抜きでもしないと難しいス」

 

 だよなあ?

 

「というわけで、コレがフドウギクが言っていた正しい『力の通し方』だ」

 

 討マ流は、ここぞという打撃は基本的に掌底の形で打つ。

何故なら、対象である格闘ウマ娘の防御力がバカ高いからだ。

例のマ骸流の小僧にも似たような事を言ったが、手甲を着けたくらいでどうこうできるレベルじゃない。

だから、衝撃を『通す』

それができなければ、話にならない。

 

 息を吐き、踏み込む。

下半身から上半身へ、ロスなく力を伝える。

 

「――破ァッ!!」

 

 ぱぁん、といい音がして――サンドバッグは大きく揺れた。

うん、いい感じだ。

衝撃もキッチリ『向こう側』へ突き抜けている。

デカいサンドバッグは殴り甲斐があっていいなァ。

 

「先輩!もう一番お願いするス!」

 

 と、目を輝かせたフドウギクがサンドバッグの向こうへ回り込んで押さえた。

え、それで打てって?

……まあ、いいが。

 

「技、使って欲しいス!本気で!お願いしまス!!」

 

「えぇ~……ちゃんと受け身、取れよ?」

 

「押ォ忍ッ!!」

 

 嬉しそうな顔しちゃってまあ。

……このクソデカサンドバッグなら、大丈夫か。

 

「わくわくするわね~♪」「わくわくですわ~♪」

 

 ギャラリーの視線と期待が痛い。

こりゃ、やらんと収まりつかねえな。

 

「コォオオ……!」

 

 息を吐き、力を練る。

両手をだらりと下げ、掌のままにする。

 

「――っふ!!」

 

 『朧』を使って踏み込む。

踏み込みの勢いと、前傾姿勢にした体重。

 

「――鋭ァッ!!!!」

 

 それらを一点に集中した一撃。

溜めた両掌を――左右同時に叩き込む。

どぉん、といい音。

 

「――っぐ、うぅ!?」

 

 反対側のフドウギクが呻き、サンドバッグを支えきれずに吹き飛んだ。

そして、後転の受け身。

 

 討マ流、絶掌ノ型『雷火掌』

同時に両肺に衝撃を通し、破壊することを目的とした技だ。

本来は、相手を壁に押し付けた状態で放つ。

『通った』衝撃が障害物で反響し、さらに甚大な被害をもたらす。

 

 ちなみにこれ……俺的にはギリギリ禁じ手に届かないカテゴリーに入る。

何故なら……

 

「こっふ!?うぅ、あ!……す、凄いス!なんでこれをトーナメントで使わなかったんスか!?」

 

「――だってさあ、お前この予備動作クソ長技喰らう?」

 

「あっ……」

 

 これが全てだ。

U-1において、これほど『溜め』が長い……それも真正面からの攻撃を『おっしゃ来い!!』とばかりに喰らってくれる選手はいないだろうよ。

 

「コイツの本来の放ち方はな、相手の攻撃……まあ、ぶっちゃけ刀剣での攻撃を『体で』咥え込みつつカウンター気味に使うんだよ。U-1じゃあそもそも使い所がねえじゃん」

 

「……それは、恐ろしい技スね」

 

 フドウギクは気付いたようで、少し青ざめた。

これは、起死回生どころか『必死』の技だ。

相手の攻撃をまともに喰らいつつ、相手の肺を捥ぎ取る……そういう技だからだ。

伊達に1000年続いちゃいねえよな、『討マ流』

 

「どっせーい!ですわ~!」

 

「それはただの張り手だ、張り手」

 

 感化されたのか、テンマがサンドバッグを諸手で突いている。

……しかしさすがはばんバ、限りなく手打ちに近いのにフィジカルだけでこの威力か。

並の人間ならそれだけで肋骨がイカれるぞ。

 

「あーでも、掌底打ちは素人でも拳を傷めにくいからな。サンドバッグはそれで殴る方がいいぞ」

 

 バンテージもグローブのナシの現状じゃあな。

っちゅうかそのまま殴るなよ、テンマ。

 

「運動になって!いいわね~!これ~♪」

 

 ……そしてその横で、理事長が凄まじく腰の入った掌底を交互にぶち込んでいる。

うおお……まるで砲弾だぜ、恐ろしい。

 

「……理事長、なにか武道をやってらっしゃいました?」

 

「ふふ~ん♪ アレアレ~♪」

 

 理事長が嬉しそうに指差したその先……壁に、大きな写真がかかっている。

 

「マジか」「凄いスね!理事長!」

 

 その写真には、クソデカトロフィーを抱えて満面の笑みを浮かべた若かりし日の理事長が写っていた。

『全日本ばんえいウマ相撲大会・優勝』と、大きく印字されている。

 

「昔取った杵柄、ってやつね~♪」

 

 笑いながら、理事長は掌底……張り手を放つ。

サンドバッグは、どず、という轟音と共に豪快に揺れた。

 

「……いいスね!ホッカイドウトレセン学園!」

 

 フドウギクは、その笑みを一層深くするのだった。

……理事長相手に『楽しく』なるんじゃねえぞ?

 

「……まあ、退屈だけはしなさそうだな、うん」




【アオノエースのヒミツ】
・実は、ばんえいウマ娘仕様の握力計を破壊したことがある。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。