トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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40話 トーナメント4戦目 フェイロン 前編

「うっわ、まーた『反ウマ』だよ、今日は数が多いな……」

 

 10月最終週、日本武道館前。

秋が過ぎ去りつつあるこの日も、いつもながらこの場所だけは熱気に包まれていた。

 

 本日のメインイベント、『フェイロン対無名』

それを楽しみに、やってきた観客たちの目に飛び込んできたのは……異様な光景だった。

 

「いや、なんか……変じゃね?」「あ、マジだ。なんか前と違う」

 

 『人類解放戦線』……有名な『反ウマ』組織の旗や横断幕を持った一団が……何かと睨み合っている。

彼らよりも、数の多い集団に。

 

「『反ウマ』……じゃねえ!アレ、アレだよ」「どれだ……うっわ、やべ、目を合わせんな!とっとと中入るぞ」

 

 『反ウマ』と睨み合っている集団の中に、着ぐるみを着込んだ人影がある。

『ウマ娘が好き』というタスキをかけた……ウマ娘をデフォルメしたような着ぐるみだ。

造形はとても可愛らしいが、その手には『教育的指導棒』と印字された六尺棒が握られている。

 

「やっべ、『ウマ娘至上主義』じゃんよ!」「だから目を合わせ……ヒィッ!『私の推しはハルウララちゃんです』!!お前も早く!!」「わ、『私の推しはフジキセキちゃんです!!』」「『私の推しはナリタブライアンちゃんです!!』」

 

 口々に、観客が叫ぶ。

それを聞いた着ぐるみは一斉に頷き、続いて片手で大きくサムズアップをした。

 

「おっ、おのれェ!我々は不当な暴力に屈することはないぞォ!!」

 

 対する『人類解放戦線』

そのリーダーが叫ぶと、呼応するように着ぐるみが一斉に六尺棒を構えた。

 

「『そこの集団!事前に許可を得ていない集会は即刻解散してくださ~い!』」

 

 次の瞬間、警備員の制服を着込んだ大柄なウマ娘たちが小走りにやって来る。

USC『特別』警備員の集団だ。

本社にて選抜を受けた、USC警備員の中でもトップ層のエリートたちである。

 

「よ、よかった~」「イベント中止になるかと思ったぜ」「そっちの方が暴動起こるだろ……オイ見てみろよアレ」

 

「は、離せ!我々は不当な暴力には屈し――やめて!殺さないで!!」

 

「はーい、おとなしくしましょうね~。暴れると罪が重くなりますよ~」

 

 『人類解放戦線』の面々は、祭りの神輿よろしく頭上に抱え上げられて連行されていった。

そして、『ウマ娘至上主義』は――

 

「土下座してる……」「あれか?『ウマ娘様に面倒かけさせて申し訳ありません』ってこと?」「驚くほど素直すぎる……」

 

 揃って地面に伏せ、沙汰を待つ罪人のように動かなかった。

なお、警備ウマ娘たちは内心ドン引きしていた。

 

 

・・☆・・

 

 

「けーびいん!さーんっ!!」「おじさまっ!」「ヤマダサーン!!」

 

「ウワーッ!?!?」

 

 武道館内部、選手控室。

『無名』と書かれたその部屋の中は、かなり賑やかだった。

試合までは、まだ2時間ある。

 

「みんな、5日ぶりだなァ。なんかいきなり消えてスマン」

 

 ハルウララ、ライスシャワー、そしてタイキシャトルにもみくちゃにされながら、山田が苦笑いをしている。

その後ろでは、飛びつくタイミングを逃したライデンオーが複雑な表情をしていた。

同じセコンドのフドウギクは、微笑ましいモノを見るように笑いながらお茶を用意している。

 

「そーだよ!急にいなくなっちゃったからみんなとーっても寂しかったんだからね!」

 

 一番飛びつくのが早かったハルウララが、山田の胸で頬を膨らませた。

 

「そうデース!オグリがオカワリ、しませんでシタ!」

 

「嘘だろおい、大惨事じゃねえかよ」

 

「ライスちゃんだっておにぎり5個しか食べなかったんだからねーっ!」

 

「えらいことだなそりゃあ……」

 

「う、ウララちゃん!は、恥ずかしいよう……!」

 

 左右には、タイキシャトルとライスシャワーが縋り付いている。

山田が急に姿を消したことで、彼と関わりの深かったウマ娘たちはとても心配していたようだ。

マスコミに人員の移動を嗅ぎつけられないように、秘密裏に動いた結果である。

 

「社長から連絡があるまで、ウチも気が気じゃなかったッス。てっきり『反ウマ』に拉致でもされたかと思っ……たんすけど、パイセンのことだからそんなに簡単にさらわれることはないと思い直したッス」

 

「よくわかってるじゃねえかよ」

 

「山田先輩なら拉致されるまでに10人は無効化してそうス」

 

「よくわかってるじゃねえかよ、そっちも」

 

 寝入ってる時に襲われても対応はできるように、少年時代から干支野に定期的に襲撃されていた山田。

今でもその経験は体に染みついているようだ。

 

「しっかし、本当に来たんだなお前ら……」

 

 応援に来るとは聞いていたが、山田は半信半疑だったようである。

 

「来るよー!今日はバッチリ応援するからね!」

 

「うん!社長さんに法被とか色々貰っちゃったし……ライス、頑張るから!」

 

「ベストを尽くしマース!!」

 

 3人は、それぞれやる気十分のようだ。

それを、山田は内心複雑そうに見ている。

 

「オグリさんたちが来れない分、ライスたちが一生懸命やるからね!」

 

 今回、オグリキャップ、タマモクロス、ナリタブライアンの3名はレース遠征のため不在である。

宿泊先のホテルでは、モニターに齧りついてることであろう。

 

「いやいや、そんなに無理しなくても……」

 

「おじさまたちがあの日、応援してくれたみたいに!」

 

 いつかのレースを思い出し、ライスシャワーはさらにやる気になったようだ。

 

「お、おう……まあ、喉に気を付けてな」

 

「あっ、えへ、えへへ……」

 

 山田に頭を撫でられ、ライスシャワーは赤くなって笑っている。

 

「パイセ……無名、そろそろ時間ッス」

 

「おっと、そうか。んじゃ、VIP席で寛いどけよみんな……社長がむっちゃ奢ってくれるぞ~?」

 

 山田が3人の頭を撫で、机に置かれていたマスクを装着する。

無名の姿になったその眼光は、一瞬前よりも鋭かった。

 

 

・・☆・・

 

 

「あの、ムソウシンザン社長……アポイントを申請しましたが、なぜ許可をヒィイッ!?」

 

「――失せろ、三下」

 

 武道館、観客席。

その一角に用意されたVIP席から、今まさにマスコミ関係者と思しき男が這う這うの体で逃げ去って行った。

 

「懲りねえなあ……アレで5人目だぜ」「いや、ちょっとだけ気持ちわかるわ……俺も行きてえもん、あそこ」「なあ、マスク被ってる3人娘の前に座ってるのって……まさかエリモジョージじゃね?」

 

 そこを横目で見ながら、観客たちが小声で話し込んでいる。

 

「じゃあ行ってこいよ……入り口で立ってるムソウシンザンを越えてさぁ」「命の残機がいくつあっても足りねえよ……」「なあ、あの一番小さいマスクの子……まさかハルウララちゃんじゃね?」「髪色は似てるけど絶対違うだろ……あの子、9時には寝ちゃうってキングヘイローちゃんがウマッターに書いてたぞ」

 

 そんなVIP席には、いつものように大量の食事が用意されていた。

 

「全く、小うるさい蠅共だ……遠慮しないで一杯食べなさい、いくらでも注文するからな」

 

「社長さん、ありがとーっ!」「いたらきまふ!……か、嚙んじゃった」「センキューソーマッチ、デース!」

 

 ハルウララたちの声に、ムソウシンザンが普段になく顔を綻ばせる。

その表情は、いつもよりもかなり優しいものだった。

 

「ムソウちゃ~ん、ゴチ~!」

 

 焼き鳥とジンジャエール片手に寛ぐエリモジョージを見て、スン……となったが。

 

「俺たちまですまねえなあ!」

 

「ムソウちゃん、ありがとうねえ」

 

 そして、残りの2人……山田の師匠である干支野と、その妻トーワターフ。

彼らもまた、軽食を片手に仲良く並んで……何の気負いもなく食べさせ合っている。

普段の仲の良さがうかがえる。

 

「いいえ、お楽しみください……(イチローから聞いていたが、本当に始終イチャついているな……むむむ、ダーリンを呼べばよかった……」

 

 消え入りそうな最後の声だけは、誰にも聞こえることがなかったようだ。

 

 

・・☆・・

 

 

『お集りの皆様!長らくお待たせいたしました!!』

 

 今か今かと待つ観客に、実況の声が告げる。

 

『これより、U-1トーナメント本戦、第一試合を開催いたします!!』

 

「キタキタキターッ!」「待ってました!あと転売屋絶滅させてくれてありがとう運営さんっ!!」「楽しみ過ぎてもう4日寝れてねえよ!!ッフー!!」

 

 観客たちのテンションが上がるのと同時に、会場の照明が落ちた。

両選手の、入場だ。

 

『誰がッ!!誰がこの展開を予想したでしょうかッ!? 人間がエキシビジョンマッチを勝ち上がり、なおかつ連勝!!そしてついにはベスト8まで駆け上がるとはッ!!』

 

「む~り~」「いまだに夢なんじゃねえかって思うわ」「今夜も頑張れよー!!」

 

『もう説明は不要でしょうッ!USC所属、『討マ流』のファイターッ!!』

 

 観客たちの声援に、ほんの少しのブーイングが混ざる。

 

「負けろーッ!!」「ウマ娘たちの戦いを見に来たんだ!!」「人間はひっこめ~!!」

 

「ふん、声だけは大きい屑どもが……!」

 

 そのブーイングが耳に入ったのか、VIP席のムソウシンザンの表情が険しくなった。

彼女はそれを誤魔化すように、ジャーキーの塊を豪快に噛み千切った。

 

『さあ!!空前絶後の彼はベスト8で終わるのかっ!それとも更なる高みに手を伸ばすのかっ!?』

 

 『ウマ娘至上主義』らしきブーイングを無視し、実況は叫ぶ。

 

『キミの一挙手一投足に、今夜も全世界が注目しているぞッ!!無名オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』

 

「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」」」

 

 スポットライトが灯り、その円の中に大柄な男性が現れる。

空手着に酷似した無地の胴着、顔を覆う黒のマスク。

これまでの戦いで少なくないダメージを負っているが、それを全く感じさせない男……無名である。

後ろにセコンド2人を従えて、足を踏み出す。

まるで、散歩にでも出かけるように。

 

『そしてっ!彼女!!ここまでのトーナメント全戦において、一度も有効打をもらっていない……この選手だぁあ!!』

 

 続いて、もう一つのスポットライト。

そこに、すらりと高い影。

 

『中国大陸からやってきた、神秘の担い手!今宵も、あの美しき攻撃の数々が火を吹くのかっ!?』

 

「ひゃわーっ!!相変わらずセクシー!」「俺、あの子の店に毎日通ってるぜ!」「お願いだーっ!!この大会が終わってもずうっと日本にいてくれ~!!」

 

 観客の声援に、嬉しそうに手を振る影。

嬉しそうに細められた目は、店でのそれと変わりない。

 

 ただ、ひりつくような殺気が薄く放出されていた。

 

『流麗過激ッ!!飛龍選手の入場だあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!』

 

「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」

 

 無名の時と同じように、会場が揺れる。

その揺れになんら気負うことはなく、彼女は足を踏み出した。

背後からは、セコンドである彼女の叔父が続く。

 

 

「ヤ……無名サン、ハジメマシテ、ね?」「ニーハオ、フェイロン」

 

 リング上で、2人の選手が向かい合う。

レフェリーのチェックを待ちながら、2人にだけ聞こえる声量で会話。

 

「『アナタの功夫、楽しみにしてるわ』」

 

「ソーリー、アイキャントスピークチャイニーズ」

 

 同時翻訳機とか実用化されねえかな……と考えつつ、無名が返す。

 

「『私、英語は苦手なのよ……』ウン、えと……」

 

 しばし考え込んだフェイロンが、笑みと共に口を開く。

 

「いい試合、したい。楽しみ、とても」

 

「――ああ、俺もだ」

 

 2人は、同時に歯を剥いて笑った。

 

『チェック終了……!そして、ゴングだぁッ!!!!』

 

 戦いの開始を告げるゴングが、熱狂した空間に響き渡った。

――試合、開始である。

 

 

「う、動かないねー」

 

「うう……心臓さんが爆発しそう……」

 

「ハートがキリキリデース……」

 

 ハルウララたちがそう言ったように、リング上の2人は動かない。

 

 左手を前に伸ばし、どっしりと構える無名。

両腕を下ろし、表情を変えずに軽く体を揺すっているフェイロン。

 

『睨み合い……睨み合いですっ!凄まじい緊張状態ッ!!』

 

『相手の出方を窺っているんでしょう、特に無名選手にとってはクリーンヒット一発が命取りに――』

 

 実況の途中で、動きがあった。

両者が、同時に間合いに入る。

 

「――らぁッ!!」「――ハッ!!」

 

 両者、裂帛の気合。

それと同時に、放たれる拳が……幾筋も。

 

 ぱぱぱ、と。

短く連続した音が、湧く会場に響き渡る。

無名、フェイロン共に上体がブレるほどの……拳打。

 

 放つ拳は、相手に当たらず逸らされる。

そして、自らに向かう拳も逸らす。

至近の間合いにおいて、火の出るような連撃が飛び交っている。

 

「――ぬぅっ!!」

 

 右の掌底を放ちつつ、無名のローキック。

 

「ッシ!」

 

 その掌底を逸らし、フェイロンが両足を跳ね上げる。

風を切り裂く足払いを躱し――空中で身を捻り、左足刀の一撃。

 

「っちぃ!(おいおい、なんちゅう軽業だ!)」

 

 頭部へ向かうそれに手を添え、逸らす無名。

追撃を警戒するように、そのまま後方へ跳んだ。

 

『なんっというバランス感覚!空中で凄まじい蹴りだッ!!』

 

『無名選手もよく反応しましたね、並のファイターならアレだけで大打撃ですよ』

 

「ふぅう……(思った通りだ、衝撃を『通す』のが抜群に上手ェ……!完璧に逸らしたハズなのに、痺れてやがる……!)」

 

 跳び下がった無名の顔に、冷や汗が伝う。

さほど力を込めていなそうに見えた蹴りが、その手に痺れを残している。

 

「……(足を固定した状態での打ち合いで、なんて威力。今まで戦ってきた相手と、遜色ない威力ね……!)」

 

 蹴りを放ち、着地したフェイロン。

表情こそ変わらないが、その心中は驚愕に満ちていた。

 

『さあ!これは再びの睨み合いになる……なら、ないッ!!』

 

 両者、再び踏み込む。

 

「おぉっ!!(下がるな!下がったら押し込まれる!至近の間合いで、打ち合うッ!!)」

 

「ッシィイ!(好戦的!そう、こなくちゃ!!)」

 

 踏み込みの勢いを乗せた、無名の右掌底。

それを、頭を振って躱すフェイロン。

 

「(かか、った!!)」「(――!?掌底は、誘いッ!?)」

 

 放たれた右掌底。

そのまま、虚空を通過。

通過しながら――畳まれた。

速度を維持したまま、肘がフェイロンの体に向かう。

 

 掌底は、フェイク……本命は肘だ。

唸る肘が、フェイロンの胸に触れる。

 

「ッグ――ハァッ!!」「ぐっ!?」

 

 フェイロンの右胸に接触し、肋骨を軋ませた無名の肘。

 

 ――その肘に、フェイロンの肘と膝が挟み込むように同時に叩き込まれた。

無名の肘もまた、軋む。

 

「るぅ、あっ!!」「っぐぅ!?」 

 

 骨の軋む音を体内に感じながら、無名が体を回す。

唸る左掌底が、フェイロンの腕を掠めて脇腹に叩き込まれた。

どん、と音が響く。

 

「――ぅぐ!」

 

 フェイロン、呻きつつも瞬時に後方へ跳ぶ。

衝撃を完全に流し込まれる前に、反射神経を総動員して離脱した。

 

「(よし!もう、一撃――ッ!?)」

 

 追撃に移ろうとした無名の背筋が、冷える。

説明できない悪寒によって。

 

 

「――欲、かいちまったなァ。一郎」

 

 

 VIP席の干支野がそうこぼすのと。

 

「か、は……!?」

 

 無名が呻くのは、ほぼ同時だった。

その胴体に、フェイロンの蹴りがめり込んでいる。

 

「(跳んで、即座に切り返し……!カウン、ター……!!)」

 

 フェイロンの回避は、誘い。

追撃に来た無名へすぐに踏み込み、腹部への蹴りを放ったのだ。

 

『カウンター炸裂ゥ!無名選手、動けないッ!!』

 

『これは……大丈夫でしょうか、見た限りクリーンヒットですが……』

 

 無名がよろめきつつ、後方へ跳ぶ。

その足取りには、色濃いダメージが現われている。

 

「っぐ、うぅ……(焦り過ぎた、畜生……内臓が残らず口から飛び出そう、だぜ……!)」

 

 血の混じった唾液を乱暴に拭う無名。

それを見ながら、フェイロンは踏み込まない。

蹴り足を戻し、彼の様子を観察している。

 

「(おかしい、今のは明らかに決定打だったハズ……何故、立って歩けているの!?)」

 

 先程の蹴りは、格闘ウマ娘であっても無視できない威力のはずだった。

しかし、それを受けてもなお、無名は倒れていない。

表情からはダメージが小さくないことは読み取れるが、それにしてもおかしい。

 

「(……まさか、脱力!蹴りの瞬間に脱力して、その衝撃を『通過させた』!?)」

 

 フェイロンの表情が、驚愕に染まる。

意識していない攻撃に対し、瞬時に『脱力』を選択する……そのセンスに驚愕したのだ。

 

 

「へぇ、忘れちゃいなかったな一郎……首の皮一枚、拾ったなァ」

 

 干支野が、嬉しそうに笑う。

 

「せんせーっ!け……むみょーさん、大丈夫なのっ!?」

 

 その背に、涙目になったハルウララが問いかけた。

その横で、ライスシャワーは顔を真っ青にして震えている。

 

「大丈夫よォ、ウララちゃん。あの子はこのくらいじゃビクともしないんだから!」

 

 トーワターフが、振り返って満面の笑みを見せた。

 

「そーそ、だいじょぶだいじょぶ。ほれほれポップコーン食べな~」

 

「わわわっ」

 

 エリモジョージが、そんなハルウララを抱き上げて膝に乗せる。

そして、せわしなく動くウマ耳の間に顎を乗せた。

 

「いっくんは強いんだから、だいじょぶ~♪」

 

 いつも楽しそうなその目は、リングをしっかりと見据えていた。

 

 

「あ、っぶ、ねえ……なんとか、なった、か」

 

 荒い息を吐き、構え直す無名。

 

「(あれだけの攻撃に『使う』のは初めてだ。ぶっつけ本番だったが……命拾い、したぜ)」

 

 討マ流、『風花』

避けられない攻撃に対し、全身の力を瞬間的に抜き――攻撃の衝撃を『受け流す』防御法である。

タイミングを少しでも間違えれば、機能しない危険な技だ。

迫る攻撃に対して、その身を晒すことをためらわない……そんな精神力が必要なのだ。

『命を掛金に、命を捥ぎ取る』

討マ流、創始者の言葉。

これこそが、その精神性の発露であろう。

 

「よォ……まだまだこれから、だよなァ?」

 

 受け流したとはいえ、腹部のダメージが零になったわけではない。

加えて、右肘には無視できない打撃を受けている。

だが、それでも。

 

「――やろうぜ、フェイロン」

 

 無名の目に宿った闘志だけは、いささかの陰りすら見せてはいなかった。

 

「ふ、ふふ、ふふふ……!」

 

 対峙するフェイロン。

押さえきれぬ笑いが、その喉を突いて出た。

 

「『人間の、男が、私と対等な所にいる……嗚呼、なんて素敵!』」 

 

 母国語でそう呟くと、彼女は優雅に構えを取った。

 

「『――来なさい、無名!!』」

 

 その表情は、無名と同じように……燃え盛る戦意に彩られていた。

 

 

『両者!戦意に衰えはないぞッ!1ラウンド目からバチバチの戦いだあッ!!』

 

『これは、今回も凄い試合になりますよ……!』

 

 実況の声を聞きながら、無名側のリングサイドにいるセコンド……フドウギクが目を輝かせている。

 

「ちょいちょいちょい!おキクちゃん、そろそろゴングッスよ!準備準備!」

 

「あ、も、申し訳ないス!その、とても楽しそうなので羨ましくて……」

 

 慌てて、タオルや水を用意するフドウギク。

 

「羨ましい、ッスぅ? ひぇえ~……やっぱ格闘ウマ娘は格が違ったッス!」

 

「い、いえそんな……ただ、体が疼いてイライラするスね。なんでジブンがあそこにいないんだろう、って」

 

 憧憬の目線をリング上に送りながら、フドウギクがこぼす。

そんな彼女を、ライデンオーは呆れたように苦笑いしつつ見ていた。

 

「パイセン、今回も五体満足で帰って来るッスよ……!!」

 

 心配そうに呟きながらライデンオーが呟いたその時、ゴングが鳴った。

 

これで1ラウンド目は終了した。

この先何度これを聞くことになるのか……そう考えながら、クールダウン用の氷嚢を用意するライデンオーであった

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