トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。 作:秋津モトノブ
私事ですが、なろうとカクヨムで書いているゾンビ小説が書籍化されました!
8月8日発売ですので、興味があれば是非!!
「な、なんとっ!? 山田さんはショウリねえさまの弟さんだったのですか!?」
サクラバクシンオーが、妙なポーズを取りながら驚愕している。
いやお前、だから……
「血は繋がってねえっての。昔っから可愛がってもらってるだけだよ」
師匠繋がりだが、俺が知ってるG1バの知り合いの中ではショウリねえさんが一番の古株だ。
ええっと、あれは中学くらいの時だったかな?
師匠んとこに弟子入りして、稽古してる時にフラッとやってきて……それからか。
思えば長い付き合いだな。
「ふふ、入院している相手に言うのもなんですが……相変わらず元気そうで安心しましたよ」
「まあな、丈夫だけが取り柄なんでね」
高そうなスーツを颯爽と着こなしたねえさんが、ベッド脇の椅子に腰かけ……とんでもねえ速さでリンゴを剥き始めた。
相変わらず行動が速い!
「バクシンオーも座りなさい。これだけの果物、我々も消費を手伝いましょうか」
「はいっ!」
ありがてえ、このままじゃ毎日オグリを呼ぶ羽目になる所だった。
アイツは喜んで来そうだが。
「そちらは……ライスシャワーさんですね、初めまして」
「はっ、はひ!」
レジェンドに認知されていることを驚いたのか、ライスが俺に縋り付いてきた。
大丈夫だから、怖い人じゃねえから。
「長距離の有力バ……その体で素晴らしいスタミナをお持ちですね」
「こっ、こここ、光栄でしゅ!」
硬くなっちゃってまあ……無理もねえが。
日本ダービーとか勝ってるもんな、ねえさん。
現役からしたら雲の上のレジェンドだ。
「さあ、皆でいただきましょう」
そんな話をしている間にも、ねえさんは果物をバンバン剥いて綺麗に切っている。
相変わらず手際がいいなあ……
「むむむ……」
「どうしたバクシンオー。苦手なモンでもあったか?」
リンゴを手に何やら悩むバクシンオー。
難しい顔してどうしたんだ?
「はいっ!ねえさまの弟さんなら、私も山田さんを『一郎にいさま』とお呼びするべきかと思いまして!」
かと思えば、よくわからんことを言い出した。
「にっ!? ににににいさ、にいさまっ!?!?」
ライスが無茶苦茶振動してるんだが???
俺の100倍くらい驚いてるじゃねえかよ、どうした急に。
「ば、バクシンオーさん!だ、だめ!だめなんだよ!? おじさまはおじさまであって、その、あの……」
モモをフォークに刺したまま、ライスがもっとよくわからんことを言い出す。
「ふむ、何故です?」
「にゃっ、にゃにゃ、にゃぜって……しょ、しょの……あうぅう……」
かつてないほどテンパってるライスだな。
何故か涙目だし。
「バクシンオーよ。ショウリねえさんは若くて綺麗だから『ねえさま』でもいいんだが……」
「ま、まあ一郎! しばらく見ない間に褒め上手になりましたねっ! パイナップルをお食べなさい!」
「もごごご!?」
ねえさん!今大事な話をしてんだから口に無理やりねじ込むんじゃねえよ!
あっ美味いなこれ。
「……んごぐ、ごく……っはあ……俺はこんなにゴツくてデカいおっさんだ。『にいさま』って柄じゃねえぞ」
それに……サクラの本家に聞かれて邪推されても困る。
ねえさんでもギリギリなのに、バクシンオーにまでそんな呼ばれ方をされてるなんてな。
クレームがつくかもしれん。
「そうでしょうか? 山田さんは背も高くていつも皆さんに優しくて……それに、とても格好いいと思いますが?」
あらこの子、予想以上に俺の評価がたけえぞ。
男の趣味大丈夫か?
「ライスさんも、そう思うでしょう?」
「はへぇっ!? え、えぅ……う、うん! おじさまはとってもとっても格好いいよっ!!」
ライス……トマトくらい赤くなってるが大丈夫かおい。
嬉しいが……背中が痒くなるねえ。
「一郎は昔からウマ娘に好かれますね。もっとも、貴方も『ウマコン』なので丁度いいでしょうが」
上品に梨を齧りながら、ねえさんが笑っている。
嬉しいが……ウマコン言うな。
「うまこん? ショウリねえさま、うまこんとはいったいなんですか?」
やめろバクシンオー!聞くな!
っていうかお前知らんのかよ!?
「正式名称『ウマ娘コンプレックス』……恋愛対象がウマ娘に限定される男性のことですよ」
「ちょわっ!? そ、そうなのですか!?」
バクシンオーが急に真っ赤になって俺を見る。
言うなよねえさん……相手は女学生なんだから……
「……違うぞ、俺はそんな……」
ライス、何故急に泣きそうになってるんだ。
そんな目で俺を見ないでくれ……!!
「……そう、だ。俺は、ウマ娘というウマ娘が大好きなどうしようもない人間……です……」
俺は、そう言うことしかできなかった。
ライスは満面の笑みになった。
かわいいなオイ。
「どう、どうしようもなくなんてないよっ! ライスは素敵だと思うな! すごくすごーく素敵だと思うなッ!!」
ライスが無茶苦茶元気になった!?
さっきまでの涙どこ行った!?
「そういう方が警備員をなさっていると、私も学級委員長としてとても安心できます! 大丈夫です、とっても素敵ですよっ!」
バクシンオー……は、いつも通りだな。
そんなに絡みはないが、こいつはいつでも元気だねえ、ほんとに。
・・☆・・
「もう退院してもいいんじゃねえかなあ」
1人になった病室で呟く。
『もう遅いので私の車で学園まで送ります』と言って、ショウリねえさんが2人を連れて帰って行ったのは少し前。
面倒見がいいねえ、さすがはサクラの重鎮。
『また来てもいいですかっ!?』って言ってたが、バクシンオー……一体何が気に入ったのか。
あ、ねえさんの過去話でも聞きたいのかね?
「急に静かになっちまったな……テレビでも見るか」
散歩の一つでもしたいが、主治医さんから1人で出歩くなって釘刺されてるしな。
どっかで筋トレでもされると困るってことかねえ?
もう大丈夫だってのになあ……
さてと、何か面白い番組でもやってるかねえ?
テレビの電源を入れると、どこかの商店街が見えた。
レポーターのウマ娘が、マイクを持ってテンション高く喋っている。
グルメ番組か何かか?暇つぶしにゃあちょうどいいな。
『今私がいるのは○○商店街の一角にある人気店、『春華楼』です!』
……は?
そこって……フェイロンのいた中華料理屋じゃねえか!
『お邪魔します~! まあ、すごい賑わいですね!』
カメラを伴って店内に入った彼女は、満員の店内に驚いている。
『いらっしゃーイ!!』
厨房からは元気なチャンさんの声。
そして――
『フェイロン選手! もうお体は大丈夫なのですか!?』
注文品の餃子を山盛りにして、厨房から出てくる……フェイロン!?
もう店に出てるのか!?
『問題ないネ。ワタシ、とても体丈夫なのだかラ』
……元気そうだな、俺よりよほど。
拳が入った頬に絆創膏を貼っているが、血色はよさそうだ。
嫌になるぜ……格闘ウマ娘の回復力にはよ。
勝った俺がまだ退院できねえってのによ。
『先日、無名選手と火の出るような激戦を繰り広げましたが、感想は如何ですか!?』
……これ、グルメ番組じゃねえ。
ワイドショーだ……どうすっかな、チャンネル変えるかな。
『うん、とても楽しかたヨ。とても……とても得難い経験、できタ。彼にはとても感謝してるネ』
フェイロンが嬉しそうに微笑んだ。
感謝だあ?どういうこった。
『感謝、ですか?』
お、いいぞレポーター。
聞いてくれ聞いてくれ。
『私、ずっと勘違いしてタ。『私達』がこの世で一番強い、って』
私達……格闘ウマ娘の事かね?
『――でも、違っタ』
餃子を配り終えたフェイロンは、レポーターではなくカメラレンズをじっと見た。
『――とても、とても強い雄、いタ。それはとっても素敵なこト……私は、またあなたと戦いたイ』
そして……女優もかくやといわんばかりの、艶のある微笑みを浮かべたのだった。
「はは……俺もだよ」
テレビ電話でもねえのに、俺は思わずそう返した。
しかし、これでまたファンが増えそうだなあ……フェイロン。
ただでさえ美人なのに、あの微笑みは凄まじく魅力的だった。
「おや、見惚れちゃったァ?」
「……ノック、してくれよ」
ニヤニヤした顔をドアから出しているエリモねえさん。
よかった、今日は看護師コスプレじゃねえな。
病院で変な噂が立っちまうよ、あれじゃ。
「いっくんいっくん、ラブコールだよラブコールぅ。どうするぅ?」
何故か持ち帰り牛丼の袋を持って入ってきたねえさんは、俺の顔を覗き込みながら頬をつついてくる。
「なんだよニヤニヤしやがって。こっちはいつでも再戦OKだって」
「そういうことじゃないんよな~? はぁ、おねぇさんはキミの行く末がとっても心配だよ~」
かと思えば、ベッドに腰かけて頭を抱きしめられた。
くそっ!殺気がねえから『起こり』が全然わからん!
底の知れねえウマ娘がよ……!
「しゃーないな~。そいじゃ、いよいよ貰い手がなくなったら私のお婿さんにしたげよっか、ね~?」
とんでもねえ冗談が飛び出したぞ、オイ。
「あのなあ、ねえさんのファンに殺されちまうよ」
「そんなもん、片っ端から殴り飛ばせばいいじゃ~ん?」
おい、一応あんたURA顕彰バなんだが?
犯罪教唆はやめていただけまいか?
「素直じゃないな~。うりうり、いい匂いすんじゃろ~?」
「胸を押し付けるなよ……あと、牛丼の匂いしかしねえ」
「むーん残念」
この人はもう……
どれだけ強くなったとしても、俺はある意味ウマ娘には一生勝てんな……
あ、たづなさんにも勝てる気がしねえから……女性全般に勝てんな……
・・☆・・
――これは、夢だ。
「――ちょっと! キミ! 大丈夫ですか!?」
「……大丈夫。これくらいは」
板に縄を巻き付けた的を一心不乱に殴り続けて、気が付いた両拳から出血をしていた。
軽く舌打ちし、適当な布を巻きつけようとしていたら……声がかけられた。
振り向くと……ショウリねえさんがいた。
そうか、これは初めて会った時の夢か。
「駄目ですよ! そんな汚い布で治療をしては!」
慌てて俺の元へ走ってきたねえさんは、鞄から取り出した綺麗なハンカチを二つに裂いた。
そんな綺麗なモノを……と思っている俺をよそに、テキパキとそれを巻き付けていく。
「干支野さんのお弟子さんというのはキミですね。お名前は?」
「あ、ありがとうございます……サクラショウリさん、山田一郎です」
そのころのねえさんは、既にレースで有名だった。
俺もその頃から立派なウマコンだったもんで、間近で見るG1バの迫力にドキマギしていた。
「おや、私を知っているのですか? かなりのレース好きですね、キミは……さすがは干支野さんのお弟子というところですか」
「これで、よし……と。無理はいけませんよ、無理は」
ねえさんは治療を終えると、聞き分けのない弟にでも言うように睨んできた。
「いえ、無理……はしてないっす。これくらいやんなきゃ、駄目なんです」
正直、拳が傷付いたくらいなんともない。
骨が折れたわけでも、関節が逆になったわけでもないからな。
「まあ! そんなにしてまで……キミは、どうなりたいのです? その表情を見れば、伊達や酔狂でないことはわかりますが……何か、大会に出て優勝したいのですか?」
そう聞かれて、何故だか急に恥ずかしくなった。
正確には、まだ口に出したくなかったんだ。
『格闘ウマ娘に勝ちたい』ってのを。
たしか、このちょいと前に同級生に思いっきり馬鹿にされたんだよな。
今ならわかるが、俺でも笑う。
『ウマ娘に走りで勝ちたい』ってのと同程度にはアホな夢だし。
……ま、馬鹿にした同級生とは大喧嘩になって、結局前歯へし折ってやったけども。
微塵も後悔はしてないけども。
だから、その時の俺は……ちょっと、ボカしたんだ。
「……凱旋門賞を取るくらいの、夢があるんです」
今に至るまで、日本のウマ娘が悲願としながらも手が届いていない、遠い夢。
その頃の俺には、同じくらい高い目標だった。
「……まあ!」
その答えを聞いたねえさんは、軽く目を見開いて……俺の目を、至近距離から穴が空くほど見つめてきた。
とんでもなく気まずい時間が流れ……どれくらい経ったのだろうか。
「――素晴らしい!」
ねえさんは、正面から俺を痛いほど抱きしめた。
そして、その桜色の目を輝かせながら……俺をもう一度見た。
「キミの目には真実があります! 浮ついた、嘘の目標ではない……綺麗で、壮大な夢も見えます!」
「ぐ、ぐるじ……」
悲しいかな、当時の俺は今ほど頑丈じゃなかった。
だから、感触を楽しんでる余裕なんてなかった。
「――私も、サクラの名を冠する一員として見果てぬ夢が!目標があります!」
「ふふ、なんだか嬉しくなりますね……あら?」
稽古の疲れと、急な圧迫感によって……俺の意識はブラックアウトした。
そして、目が覚めると……ねえさんは、何故か目を真っ赤にしながら、俺の『姉』を自称するようになっていたのだった。
「一郎! 今日から私を姉と思いなさい!」
俺はと言えば、これはまだ夢か……と、二度寝することにしたのだった。
随分とまあ、昔の夢を見たもんだ。
・・☆・・
「ふにゃあ……そ、そんなデッカイとうもろこしなんて入らないッス……口にはァ……」
「やべえ、不法侵入だ」
目を開けると、目の前に影。
それは、見慣れた後輩……ライデンオーの顔だった。
幸せそうな顔しやがってよ……
「――おはようございまス。山田先輩」
そして、ベッド脇の椅子にはもう一人の後輩。
「……止めろよ、フドウギク」
「無理ス。病室に入るなり布団に潜り込んでどうやっても引っ張り出せませんでした……ベッド脇の柵が変形するくらい握ってるス」
「そうか……そりゃすまんな。今何時?」
もう慣れたよ、この状況には。
仮眠室でもいっつもこうだかんな。
「朝の9時半ス」
「そりゃあ、ちっと寝すぎちまったな……朝飯食いそびれたぜ」
そう言うとフドウギクは笑って、テーブルを指差した。
そこには病院食が!
「確保しといたス。朝飯は一日で一番大事スから」
「おお、すまんね。そいじゃ顔を洗っていただくとする……おい、起きろ、起きろライ」
ライが布団の中で俺にギッチギチに抱き着いてて動けねえ。
回診はともかくとして、こんな状況見舞いの連中に見られたら洒落にならんぞ!
「起きろオラ、俺も起きたから」
何度か揺する。
「……舌とか入れると起きると思うッス~……むにゃあ、あだだだだだだっだ!?!?」
100%起きてるとわかったので、肩のツボを全力で押す。
「ひぐうう!朝からパイセンがハードっすよォ~♪」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよこの変態はよ!? フドウギク!力が緩んだ!頼む!」
「押忍!!」
素早く動いたフドウギクが、布団からライを引きずり出す。
「にゃあああん!? おキクちゃんの裏切者ォ~!!」
「まず何の約束もしてないス」
ギャンギャン騒ぐライを見ながら、今日も愉快な1日になりそうだな、なんて考えることにした。
思考放棄とも言う。
「むぐむぐ……パイセンパイセン、聞いたッスかアレ」
「どれだよ」
俺は朝食を、ライとフドウギクはお見舞いを食べている。
こうでもしねえと退院までになくならんからな……
「なんか、武道館に爆破予告した『反ウマ』グループが逮捕されたってニュースッス」
「マジかよ、知らねえ。死刑にならんかな?」
「マジでムカつきますけど、流石に予告で死刑はロックすぎるッスよ……ウチのサイバーなんとかも協力したらしいッスよ」
おー、社長が前に言ってたやつか。
「その調子でどんどんアホを捕まえてほしいもんだね」
「山田先輩は人間に厳しいスよね……」
メロンを齧りながら言うフドウギク。
「んなことねえよ、アレな人間に厳しいだけだ。『無名』になってから周りにそんなのが増えたけどなあ」
良くも悪くも、注目されるからな。
「あーっ! それで思い出したッス! 昨日!昨日フェイロンが出てたテレビでパイセンにラブコールを!!」
コイツもあれ見てたんかよ。
「ありゃあ再戦の申し込みだろ?」
「そっちの再戦じゃないッスよ!夜の総合格闘技ッスよ~!!」
闇討ちの隠語……じゃねえよな。
「お前の頭ん中は全部ピンク色かよ……」
「ウマ娘なんてだいたいみんなそうっスよ!そうっス!」
「ライ先輩、それはさすがに……ちょっと……」
ホラ見ろ。
フドウギクがドン引きしてるじゃねえかよ……
「――キミの病室はいつも賑やかだねえ……回診の時間だよ~」
無茶苦茶呆れた顔をしながら、いつもの医者が入ってきた。
「先生、俺もう退院……」「させんよっ!!」
えええ……もう痛みも引いてきたんだがなあ。
「あの、エリモジョージ・テンポイント・サクラショウリのサインなら用意できるんで……」
そう言った瞬間、医者は地べたに倒れ込んだ。
そして、そのまま小刻みな痙攣を始める。
「……だ、駄目!駄目ェ!!」
たまげた職業倫理だぜ。
……なんか、悪いことしたな。
退院する時にはきちんとあげようか。
「はーいパイセン、ズボン脱ぎましょうね~♪」
「フドウギク」「押忍」
「んなぁあああああああああああああああああ……」
俺のズボンを脱がそうとしたライをフドウギクに羽交い絞めにさせつつ、俺は溜息をついた。
退院……してえなあ……