トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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52話 楽しい現在と、苦い記憶。

「さて、では始めてくれたまえ」

 

「おう」

 

 タキオンの声に、深呼吸。

深く息を吸い込み……ゆるく、長く吐く。

 

「コォオオオオ……ッコ!」

 

 息吹、と呼ばれる呼吸法。

肺を空にし、筋肉の緊張をほぐして精神を統一させる。

 

「――っふ!」

 

 体重を移動させ、前方に踏み込む。

踏み込みつつ、腰に溜めていた右手を掌の形で前に。

足から腰、腰から上半身、肩を経由して――螺旋の動きを右手に伝達させる。

 

 

「――破ッ!!」

 

 

 こうして生まれた全ての力を、余すことなく目の前のサンドバッグへ叩き付けた。

衝撃が貫通し、一般的なウマ娘仕様のソレは大きく揺れる。

よしよし、病み上がりにしてはいい掌底だった。

 

「……ふぅ。これでどうだ?」

 

 タブレットを持つタキオンに言うと……彼女は口を大きく開けて目を見開いていた。

驚いた時のネコみてえだな、お前。

 

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」

 

 その大声に、横にいたカフェがジト目でそっと耳を塞いだ。

 

 

 タキオンと、ついでにカフェに正体をバラしてからすぐ。

俺は、タキオンが予約していたという室内練習場に案内された。

それで……『とりあえず本気で殴れ』って言うから、用意されていたサンドバッグをぶん殴った。

なんか、殴った時の衝撃力を正確に計測できる機械が組み込まれているらしい。

 

「……嘘だろう? 一般的な成人男性の10倍以上の数値が出ているじゃないか!? さっき私が殴って計測したから、計器の狂いはないハズ……」

 

 ほお、結構な威力だったみてえだな。

最近ゲーセンでこの手の機械を見かけないから面白い。

 

 ――背後に殺気。

 

「……カフェ?」

 

「はい、やめてあげてください……すみません」

 

 カフェの『お友達』ってやつか。

前に経験したから何とも思わんが……ライには黙っておこう。

アイツ、こういうの苦手だし。

 

「『お友達』ちゃんよォ。こういう場面ならいいけど、俺お前と意思疎通できんのだからな? カフェ抜きの時に出てきたら普通にぶん殴るぞ?」

 

 殺気が消えたのでどこにいるかわからんが、とりあえずそう言っておく。

 

「物凄く頷いています、もうやらないと」

 

「そっか、まあそんならいい……幽霊的なのに討マ流が効くってのも面白いなァ。拝み屋の真似事でもして小遣いが稼げそうだ」

 

「あの、山田さんの攻撃はとても強力なようなので……弱い子なら消滅するかもしれません」

 

 ふむ、じゃあ一般的な人間と同じくらいの強度?なわけね。

意外と幽霊もなんとかなりそうだな……

 

「何をスピリチュアルに盛り上がっているんだい? 色々と言いたいが……次は蹴ってくれたまえ」

 

「おう、了解」

 

 計器の再設定が終わったようだ。

それでは、呼吸を整えて……と。

 

「っふ!」

 

 『朧』を使って踏み込み、体重を乗せたミドルキックを放つ。

どず、と蹴りがめり込む。

よし、足の方も問題ねえな。

 

「……も、もう驚かないぞ。一般的なサラブレッドウマ娘を超える衝撃力が出ていても驚かないぞ……フ、フフフ」

 

 タキオンがプルプル振動している。

 

「そりゃあ格闘ウマ娘をノックダウンさせないといけねえからな。それくらいの威力がいるだろ?」

 

「簡単に言ってくれるねェ!? そもそも人間とウマ娘は体の丈夫さからして全然別種の生き物なのに……何故山田くんは反動で体がいかれないんだい!? 人間の体構造では必ずどこかに齟齬が生じるよ!?」

 

 お、主治医さんと同じような事言ってら。

 

「ああ、反動を制御しつつ攻撃してるからな。討マ流の攻撃手段が掌や肘、膝、踵を使うのはそれが理由だよ……マトモに殴ればこっちのダメージが大きくなっちまうからな」

 

 トーナメントでもそこら辺は苦労したなあ。

 

「当たり前のように……試合中に臨機応変に対応しているというのかい? ……私もキミの試合は全て目を通したが、あれほどの激戦のさなかによくもまあ……」

 

 色々と落ち着いたようだな、タキオン。

 

「ありゃ、もう叫ばねえのか。アレも結構かわいくて気に入ってたんだが」

 

「き、キミに恋慕されるために叫んでいるわけではないのだよ! ……私も科学の徒の端くれだ、目の前で生じている事象は、真実として受け止めるさ」

 

 ほう……さすがは頭がいいタキオンだ。

諸々、飲み込むことにしたらしい。

 

「山田さんが入院しているとは聞いていましたが……なるほど、そういうわけでしたか」

 

 マイペースなカフェは泰然自若って感じだな。

 

「持って生まれた身体能力だけでこうなりはしないだろう……キミはたしかに他の人間よりも幾分かは丈夫だっただろうが……どんな訓練を経ればこうなるんだい?」

 

 ふむ……

 

「色々やったからなあ。ええと、人間相手の組手は数え切れんほどやったし……野生動物ともしょっちゅう戦ってたし、山籠もりもしたし……非合法武装組織の事務所も2桁以上潰したしなあ。あ、これ内緒な」

 

「後半になればなるほどフィクションじみてくるねえ……怖いねえ……よく生きていたねえ……心配しなくても誰にも言わないねえ……」

 

 さっきとは別の振動を始めるタキオン。

終わってみればいい思い出……でもねえな?

死にかけた数も両手の指じゃたりねえし。

 

「それで、次はどうする? 悪いが走る速度は人間とそう変わりはねえぞ? 得意でもねえし」

 

 一瞬の踏み込みなら別だが、持久力じゃウマ娘には到底かなわんしな。

 

「いや、それには及ばないよ……そうだ、少し聞きたいことがあるんだがいいかい?」

 

「ん、別にいいけど」

 

 なんだろうか?

 

「山田くんの親族に、ウマ娘はいるかい? 三親等以内にウマ娘がいる人間は、多少他の人間よりも身体的に恵まれているというデータがあってねえ」

 

 あー、よく聞くな。

男でも、何らかの遺伝情報が左様するんだとか。

まだ研究の徒中らしいがな。

 

「ひい婆さんから母親まで、全員がウマ娘だな」

 

「なんと、それは……非常に珍しいケースだ。全員ばんえいウマ娘かい?」

 

 なんでナチュラルにばんバだと思うんだよ。

なんとなくわかるけども。

 

「違うよ、全員サラブレッドウマ娘だ。お前らの先輩さ、先輩」

 

 そう言うと、何故かカフェまで目を丸くした。

なんだよ、お前までばんえいの子孫だと思ってたのか?

無理もねえがな。

 

「差し支えなければ、名前を聞いてもいいかい?」

 

「別に隠してるわけじゃねえからいいぞ。お袋は『ロンググッドバイ』婆さんは『シュプレヒコール』ひい婆さんは『ライメイ』だ」

 

 タキオンがまた眼を見開いた。

 

「……たまげた、全員がG1ウマ娘じゃないか」

 

 おや、よく知ってるなあ。

 

「お袋はともかく、ひい婆さんなんてよく知ってるなタキオン」

 

「知らいでか!? 『ライメイ』といえば当時の東京優駿を勝ったウマ娘だろう!? いくら私でもそれくらいはわかるよ!」

 

 今でも実家にその時の白黒写真があるからなあ。

俺は知らねえが、婆さん曰く大層綺麗で強いウマ娘だったらしいし。

写真はたしかに美人だがな。

 

「まあ……山田さんの家系は凄いですね。『ロンググッドバイ』先輩は私も聞いたことがあります、とても末脚の速い方だったとか」

 

「俺もビデオで見てたまげた記憶があるよ。我が母親ながらとんでもねえ鬼の末脚だった」

 

 最終コーナーを回って、地面が抉れるくらいの踏み込みからの超加速。

地雷でも爆発したんかと思ったからなあ、アレ。

婆さんもひい婆さんもよく似た脚の使い方してたらしいし、遺伝かね。

 

「しかし、なるほど……これは遺伝的なファクターが関わってもいるだろうね。その上でキミの持って生まれた異次元の頑丈さと噛み合った、と……勿論、先程のとんでもない稽古もあったのだろうが……」

 

 半分独り言のように呟きながら、タキオンは手元のタブレットに何事かを入力していく。

研究熱心だなあ。

 

「さて、それでは次は……む」

 

 練習場のインターフォンが鳴った。

 

「予約の時間はまだ先があるのだが……はて」

 

 どうやらタキオンのタブレットからカメラにリンクが飛んでいるらしい。

それを確認した彼女は、俺の方へ視線を向けた。

 

「おやおや、ライスシャワーくんだ。おそらくキミに用事だろう? 入ってもらってもいいかい?」

 

「ああ、ライスは俺の正体知ってるから問題ないぞ」

 

 朝から顔を合わせてねえからなあ。

昨日の会見でちょいと気まずいが、よくよく考えればライスは俺がド級のウマコンだってもう知ってるし……大丈夫だろ。

 

「見えているよライスくん、開錠したから入るといい」

 

 

「――おじさまっ! 変なお薬とか盛られてないッ!?!?」

 

 

 ばあん、とドアが勢いよく開く。

そして、血相を変えたライスが飛び込んできた。

 

「酷いねえ、とても酷いねえライスくん。私がそんなことをするウマ娘だと思っているのかい?」

 

「……前にカレンさんのトレーナーさんを虹色にしたことがあったからですよ」

 

 ジト目のカフェが言う。

川添さん、そんなおもしれえことになったのか。

 

「お、おじさま!? ……よかった、光ってもないし縮んでもない……」

 

「信頼感がゼロだねえ」

 

「日頃の行いですよ、日頃の」

 

 縮むってなんだよ。

怖ェなあ……幽霊よりもよっぽど。

 

「よぉライス、朝以来だなあ。元気か?」

 

「う、うん、朝はゴメンね? ちょっと急いでたから……えへへ、元気だよ」

 

 近くまで寄ってきたライスは、俺を見上げてにっこりと笑った。

うんうん、ウマ娘は元気が一番だな!

 

「それで……何してたの?」

 

「ああ、タキオンにお願いされて色々と運動能力を見せてたんだよ。社長がトレセンの生徒ならバラ

していいって言ってくれたんでな」

 

 積極的に宣伝して歩く気はねえが、気付いた子が聞いてきたら答えるようにしようかね。

 

「ええ、だ、大丈夫……?」

 

「何故私の顔をじっと見るのか気になるねえ、とても」

 

「自業自得です」

 

 ここでマジで心外ですって顔ができるのが、タキオンのある意味凄い所だな。

 

「大丈夫さ、トレセンのウマ娘に変なのはいねえって」

 

「……そ、その信頼はとってもとっても嬉しいけど! おじさまはちょっとウマ娘を信用しすぎだと思う……かな……」

 

 ライスはちょっと困っている。

なんでだよ、ここに通ってる娘はみんないい子だろ?

変なのは理事長が面接で落とすらしいし。

 

「ふむ……まだ時間はあるし、少し休憩とするかい? いい紅茶が入ったのだよ……さっきのサンドウィッチのお返しだ」

 

 ほう、タキオンは紅茶党か。

 

「お、おじさまのサンドウィッチ……! いいな、タキオンさんいいな……!!」

 

 ライスよ……お前も結構、食いしんぼさんだな?

口には出さんがね。

 

「……実はな、まだある。タキオンとカフェが意外と小食だったんでな」

 

「ほ、本当っ!?」

 

 クソデカバスケット一杯に作ったからな。

 

「山田さん、少し作り過ぎですよ? タキオンさんがどれくらい食べると思っていたんですか?」

 

 カフェが苦笑いしながら首を傾げてくる。

 

「え?いつも腹減った腹減った言ってるもんでな、オグリの半分くらいかと」

 

 そんなに食わんかったから驚いたぞ。

 

「そんなに食べたら胃が爆発するねえ……彼女の胃袋は規格外なのだよ?」

 

「だってホッカイドウの娘たちならあんなもん三時のおやつにペロリだぞ?」

 

「ばんえいの方々はよく食べるのですね……」

 

 ともかく、休憩とするか。

ライスもいれば綺麗になくなるだろうし、サンドウィッチ。

 

 

・・☆・・

 

 

「おじさまのお母さまって、サラブレッドウマ娘だったんだね? しかもG1バなんて……ライス、知らなかったな」

 

 サンドウィッチを美味そうに平らげて、ライスがそう聞いてきた。

 

「聞かれなかったからなあ。別に隠してたわけじゃねえぞ?」

 

「普通、『親がウマ娘』とだけ聞けば……山田くんの場合は絶対にばんえいだと思うからねえ」

 

 遺憾だが、まあその通りだ。

俺は人間男性としてはデカい方だし。

 

「わあ……とっても綺麗なヒトだね、おじさま」

 

 ライスがスマホを見て目を輝かせている。

そこには、ウマチューブの画面。

ああ、おふくろの走ったレース見てんのか。

 

「生命の神秘を感じるよ。山田くんはかなりの偉丈夫だとは思うが……顔の造詣があまりにも違い過ぎる」

 

「とても失礼ですよ、タキオンさん」

 

「いや、俺もそう思うぜ? 何故かウマ娘の髪色は息子には遺伝せんのだよなあ……」 

 

 ライスが見ている画面。

そこに映るおふくろこと『ロンググッドバイ』

記憶にあるのとそう変わらない姿で、スーツタイプの勝負服を着込んでいる。

我が母親ながら美人だよなあ……美人じゃねえウマ娘って見たことねえけど。

 

「綺麗な髪……妖精さんみたい」

 

 ライスが言うように、レース場の空気を切り裂いて疾駆するおふくろの髪色は……ぎらりと輝いている。

『月毛』という、結構珍しい髪色だ。

 

『第四コーナーを回って……来たァ! ロンググッドバイ! ロンググッドバイの加速が始まったァ!』

 

 アナウンサーの興奮する声。

画面の中のおふくろは、柵と接触せんばかりのギリギリを曲がり――地面に掠るような、特徴的な前傾姿勢となる。

バ群の中でも最も低いんじゃないか……くらいの体勢になった瞬間。

 

『豪脚一閃! 凄まじい踏み込み!!』

 

「ふわぁ……!」

 

 ライスの歓声とほぼ同時に、その足元が弾けた。

競バ場に響くほどの轟音を上げ、おふくろが一瞬でトップスピードへ。

 

『あっという間に抜け出した! 二番手ドリームシャフトが追いすがるが――届かない! 届かない!!』

 

 歯を剥き出し、獰猛な笑みを浮かべて……おふくろがゴールした。

掲示板には、レコードの文字。

 

『素晴らしい! 後方との差は5バ身半! ロンググッドバイ、見事な勝利です!!』

 

「今の基準から見ても、とんでもなく強靭な足腰だねえ。私は脚が弱いので羨ましい限りだよ」

 

「ナリタブライアンさんに少し似ている走法ですが、ストライドがもっと大きいですね……凄まじいバランス感覚です」

 

「うん、すごいなあ……おじさまのお母さま」

 

 さすが、サラブレッドウマ娘のエリートたちだ。

ことレースとなると、目の輝きが違う。

 

「でも、笑った顔はおじさまに似てるね。試合の時の顔、思い出しちゃう」

 

「……そうかァ?」

 

 俺よりも好戦的に笑ってると思うけどなあ。

 

「お、関連項目にひい婆さんのレースも出てるな」

 

 ウマチューブはこういうことするからなあ。

時間を忘れて見入っちまうんだよな。

 

「ええっ!?『ライメイ』さんって、おじさまのひいお婆さまなの!?」

 

「あ、そうかライスには言ってなかったか……しかし、よく残ってんな映像。戦前だぞ」

 

 動画のサムネイルでは、ひい婆さんが軍服によく似た勝負服を着て笑っている。

へえ、さすがURA公式動画……高画質だな。

 

「わぁ……とっても可愛い人だね?」

 

「ウマ娘の神秘だよなァ。婆さんの『シュプレヒコール』はデッカイのにな」

 

 ひい婆さんの身長は、ライスよりも少し高いくらい。

170後半あった婆さんとおふくろと血縁関係があるなんて信じられんくらいだ。

軍服っぽい勝負服を着てはいるが、中等部と言っても通るくらいの童顔だ。

でも、顔つきはちょっと高貴というか……貴族っぽい。

 

『ライメイ、ライメイであります! やはりライメイ! 小兵ながら居並ぶウマ娘をごぼう抜きであります!』

 

 音質は悪いが、大興奮するアナウンサー。

映像の中のひい婆さんは、おふくろによく似た末脚を発揮して先頭に躍り出た。

途中で他の選手にぶつかりそうになりながらも、紙一重で踊るように回避していく。

 

「むしろ私はライメイさんの身体能力が信じられないんだがねえ? この体格で何故あんな加速ができるんだい? 脚が耐えられるとは思えんのだよ」

 

『割れんばかりの歓声を背に、一着! 一着であります! 笑みは少女のそれですが、怒涛の猛加速であります!』

 

 ゴールしたひい婆さんは、息を整えた後に満面の笑みを浮かべ……敬礼したままウイニングラン。

うーん、俺にはねえ華があるな、華が。

ま、俺にあっても困るんだが。

 

「凄いなあ……こんなに小さいのに、日本ダービー……ライス、憧れちゃうな……」

 

「はは、ライスにそう言ってもらえるて喜んでるだろうよ、ひい婆さんもな」

 

「えへへ……」

 

 興奮しているライスを撫でる。

うお、体温たっか! テンション上がり過ぎだろ。

 

「おばあさまのレースも見たいな、ええっとシュプレヒコールさん……えっと……」

 

 検索ボックスに文字列を打ち込むライス。

夢中だな、さすがサラブレッドウマ娘。

 

「しかし、実に残念だ。今もお元気であれば是非山田くんの伝手でお話を聞きたい所なのだがねえ……」

 

「まあ、そればっかりはなあ」

 

 ひい婆さんは俺が生まれる前に死んじまったからな。

あの世まで聞きに行くわけにいかねえし。

 

「――えっ」

 

 ライスが声を漏らす。

視線を向けると、ウマチューブの画面には……ああ、見つけちまったか。

 

「……」

 

 それを確認したカフェが、俺に心配そうな視線を送ってくるが……別にどうってことはない。

 

「お、じさま……これ……って」

 

 ライスの手元にある画面。

その動画のサムネイルにはこう書かれていた。

 

 

『ロンググッドバイ、事故』

 

 

 そして、画面には……道路上でひしゃげたファミリーカーの画像。

 

「当時のニュース映像まで残ってんのか。もはや懐かしいな」

 

 誰も、何も言わない。

ライスが握りしめているスマホから、音が漏れるだけだ。

 

『――本日正午過ぎ、国道356号を走行中の車列に反対車線から突っ込んできたタンクローリーが――』

 

『――重傷者8名、軽傷者5名――』

 

『――都内在住の会社員、山田正一さん、同乗者で主婦のロンググッドバイさん、そして――』

 

『――同じく同乗者の小学生、レイニーステップさん合わせて3名――』

 

 

『――病院に運ばれましたが、死亡が確認されました』

 

 

 それきり、音声は途切れる。

 

「……おじ、さま」

 

 ライスが、顔を真っ青にして俺を見上げる。

タキオンは知っていたのか、無表情だ。

その横のカフェは眉を寄せ、いたましそうな表情。

 

「……俺ァそん時林間学校でな。妹はレースで一位になったってんで、親父とおふくろと一緒に飯を食いに行く途中だったんだよ」

 

 記憶がリフレインしてくる。

 

 教師から知らされたあの時の絶望感。

病院の霊安室で、婆さんに抱きしめられながら見たあの光景。

眠っているような、3人の死に顔。

 

 ……はん、もう十年以上前だってのにハイビジョンも真っ青な鮮明さだぜ。

嫌になる。

 

 ぎゅ、と感触。

ライスの小さな手が、俺のシャツを握りしめている。

 

「ごめ、なさ……ライス、ライスなにも、なにも知らなくって……」

 

 そして、その綺麗な瞳からぼろぼろと涙を流し始めた。

おいおい、おいおいおい。

 

「言ってなかったから仕方ねえやな。そんなに気にすんなよ、ライス」

 

 その涙をぬぐい、頭を撫でる。

こらえきれなくなったのか、ライスはそのまま抱き着いてきた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいおじさま、おじさま……!」

 

「おうおう、泣き虫だねえお姫様は」

 

 抱え上げて、正面から抱きしめる。

震える背中を、ぽんぽんと叩く。

 

「気にすんな。ずっとずっと昔のことだ……俺が小僧だったら別だがな、もうおっさんだから慣れてるよ」

 

「でも……でもぉ……!」

 

 遠い、遠い昔のことだ。

たまに思い出して、胸の奥が少し痛む。

それくらい、昔のことだ。

 

 泣きじゃくるライスを抱えながら、久しぶりに少しだけ胸が痛んだ。

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