トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。 作:秋津モトノブ
これは、夢だ。
柔らかな光が降り注ぐレース場を、1人のウマ娘が駆けていく。
風を切って、この上なく楽しそうに、嬉しそうに。
日の光を受けてぎらりと輝く、月毛のショートヘア。
どこかで見たようで、どこにも似たものがない勝負服に身を包んで……そのウマ娘は駆けていく。
ああ、そうか。
生きてりゃお前も、それくらいの歳になってたんだなァ。
そのウマ娘が、俺に気付いた。
ゴール前に立つ、俺に。
『――にいちゃーん!!』
トップスピードを維持したまま、手を振るウマ娘。
なんだよ、お前……おふくろによく似てきたなあ……レイニー。
・・☆・・
「むぅ」
ジト目だ、目の前にジト目がある。
「……あのなあ、ここは男性用の仮眠室だっていつも言ってるじゃねえかよ」
珍しいことに俺よりも早く目を覚ましたらしいライが、横になって俺の顔を見つめたままジト目になっていた。
「……夢の中でもウマ娘ちゃんとイチャついてたんスか~?」
「はぁ?」
ええと、時間は……よし、まだ勤務開始まで間があるな。
久しぶりの夜勤だからな、気を引き締めねえと。
「ちょちょちょーい! 無視しないでほしいッスよパイセン~!」
起き上がって準備をすると、ライが慌てて縋り付いてきた。
服が伸びるじゃねえか、やめろよもう。
「誰スか!『レイニー』って誰スか~!! ウチの知らない外国のウマ娘ッスか! どこの格闘ウマ娘ッスか~!!」
……さっき見てた夢か。
寝言で言っちまったのか……
昨日、タキオンたちに話したからかねえ?
我ながら、影響されやすいねぇ。
「そんなこと言ってたのか。そいつはレイニーステップ、俺の死んだ妹の名前だよ」
「……え」
さて、寝間着から制服に着替えないとな。
ええと、インナーは何処にうおおおおお!?
「ご、ごごごごごめんなさいッス! ウチ、ウチ~!!」
ライが、アメフト並みの勢いで腰にタックルしてきやがった。
「お前、あぶねえだろ!? 俺の腰が〇イキのマークみてえになったらどうしてくれんだ……あ?」
俺の腰に縋り付いたライは半泣きだった。
いや、厳密に言えばもう泣いてるんじゃねえの、コイツ。
「う、ウチそんなの知らなくって……パイセン~! ごめんなさいッスぅ~!!」
「いだだだだ!?腰骨が砕ける!? ……はあ、お前なあ」
昨日のライスくらい泣きそうになってるライ。
その頭を、わしわしと撫でてやった。
「ふにゃ……」
「別に、ガキじゃねえから気にしてねえよ。むしろ気にしてんのはお前の不法侵入だけだ」
撫でていると、ライの締め付けはやっと緩んだ。
ネコかよ、こいつは。
「ホレ出てけ出てけ、着替えるんだから」
「あ、あのパイセン……怒って、ないスか?」
なんだこいつ。
いっちょまえに気にしてやがんのか?
「この程度で怒るわきゃねえだろうがよ。さ、とっとと着替えて仕事だ、仕事……気にしてんならコーヒーでも奢ってくれよ」
「は、はいッス!!」
さっき泣いたカラスがなんとやら……くらいの勢いで元気になり、ライは出て行った。
切り替えが早いねえ……
「パイセンパイセン、ウチ、おにいちゃんとか呼んだ方がいいスかね?」
「川添トレーナーに誤解されそうだからやめてくれ」
身だしなみを整えて、しばし休憩。
今日も今日とて巡視の始まりだ。
「でもウチ、パイセンに妹さんがいたなんて知らなかったッス」
「聞かれてねえからな。ちなみにおやじとおふくろもおらんぞ」
「えっ……」
ライトを握りしめるライ。
おいおい、なんかミシッて音したぞ。
「あの……その……」
「あーもう、気にすんなよ後輩」「ふぎゅ」
まーた気にしやがってコイツ。
撫でたろ撫でたろ。
「別にもうなんとも思ってねえし、相手がお前だしな」
「しょ、しょれはウチを新しいファミリーにするつもりとかそういう……?」
……気を遣って損した。
「バ鹿、ほれいくぞ」
ライの額にデコピンをし、先に立って歩き出す。
「ぱ、パイセンがデレたッス……今のデコピンも優しかったッスぅ……」
「おーいライ。カフェから聞いたけどトレセンって結構幽霊みてえなの多いんだってよ。置いてくぞ~」
即座に、猛然と地面を蹴る音。
「ミギャアアアアアアアアアアアアアアッ!? おい、置いてかないで! 置いてかないでくださいッス~!!」
よしよし、いつもの後輩に戻ったな。
ウマ娘は元気が一番、それはこいつみたいなばんえいウマ娘にも一緒だ。
それに、まあ……同僚だしな。
さっきの調子じゃやりにくくってしょうがねえや。
「ゆ、幽霊出たらパイセンが何とかしてくださいッス~……」
「おう、討マ流はスピリチュアルにも効くってお墨付き貰ったからな。任しとけ」
俺の後ろをおっかなびっくりついてくるライ。
いい加減慣れろよ。
「それにしてもパイセンと久しぶりに一緒ッスね! 夜ってのがアレっスけど嬉しいは嬉しいッス」
「いい加減俺離れしねえか?」
「未来永劫嫌っス」
こいつ……無敵か?
そんなことを話していると、暗闇の中に校舎が見えてきた。
もう24時回ってるからなあ、夜間用の照明以外は何もついてない。
「寮の門限って何時でしたっけ?」
「22時だ。トレーニングとかもあるし、年頃の娘にしては遅いよな」
申請すればそれも延長できるが……本部に確認したところグラウンドに人影はないので、それも今日はないらしい。
何の音もしねえし……静かなもんだ。
「夜の学校って怖いッスよね……ぶるる」
「密着しすぎだろ二人羽織りかよ」
「んやぁん」
後ろから抱き着くんじゃねえよ。
もう秋も終わりだってのに暑苦しい。
「さ、行くぞライ。心配せんでも悪霊は全員殴り倒してやる」
「パイセンはウチの好感度をこれ以上稼いでどうするんスか……?」
どうもしねえよ。
お前ちょいとチョロすぎねえか?
・・☆・・
「んみぃあ」
「知ってた」
1階から順に最上階までの巡視。
細かく振動するライに辟易しながら続けていると……階段の暗がりから影が飛び出してきた。
すわ悪霊か……と、拳を握りかけたが。
「ウチのカワイイ心臓が有給休暇取る所だったッスよ~!」
「ぶみゃん」
いつものハテナだった。
今はライに抱え上げられて『すんませんっした……』みたいな顔をしてる。
心臓の有給休暇ってなんだよ……
「まーた理事長が泣いてるぞ、ハテナ」
「んめぇおう」
いつものように鳴いたハテナは、ライの手をするりと抜けて俺の肩へ。
すっかり定位置みたいにしてんな、お前。
「とりま本部経由で理事長に連絡取るッス」
ライが無線機を取り出す。
「あいよ……そういえばハテナ飯食ったか? まだならなんか食わしてやるが」
「みゃおう! ゴロゴロゴロ……」
食ってないみたいだな、把握。
たしか煮干しが詰所にあったから、このまま連れてくか。
「こちらライデンオーッス。実は……」
ライの無線を聞きながら、ふと窓の外を見た。
中庭の方で……ゆら、と白い影が揺れている。
……おいおい、幽霊が目に見えるのは初めてだ。
この場合、どう対処すりゃいいのか……あ?
「幽霊の正体見たり……てか」
「にゃんにゃ」
「了解……パイセン、連絡してくれるって言ってま――ギャアアア!?オバケ!オバケッス
!?!?」
「あだだだっだ!?」「みぎゃあ!?」
急にライが腰にタックルしてきたので、俺とハテナは揃って悲鳴を上げるのだった。
・・☆・・
「――いたいた。山田く~ん、なにか美味しいものをおくれよ~」
中庭の幽霊……もといアグネスタキオン。
彼女は、白衣を羽織ったままこちらへ小走りにやってきた。
「門限過ぎてるぞ、この問題児。寮長のフジキセキが今頃泣いてるんじゃねえのか」
「ンフフ、研究に夢中になってご飯を食べそびれたのだよ~。同室のデジタルくんも今日はいないし、このままではひもじくて骨になってしまうよ~」
俺の叱責をガン無視し、へちょ、って感じで縋り付いてくるタキオン。
このマイペースウマ娘が……
「タキオンちゃん、ウチの心臓さんが海外出張に出かけるとこだったッスよ……!!」
「むわわ、相変わらず豊満で羨ましいねえ、申し訳ないねえ」
ライに猫よろしく抱え上げられ、タキオンはぶらぶらしている。
海外出張ってなんだよ……
「筋肉量がサラブレッドと違うのはそもそもだが、それにしても大きいねえ……」
「ふわーっ!? ちょっと!やめろくださいッス! パイセンにも揉まれたことないのに!!」
「揉まねえよバ鹿」「んみゃみゃ」
夜だってのに賑やかだなあ、ほんと。
「まあ……しょうがねえ。グラウンドの巡視が終わったら休憩だから、それまでこれ齧って我慢してろ」
腰のポシェットからジャーキーを取り出し、タキオンに放る。
ここは定期的に腹へりウマ娘が転がってたりするからな……緊急用だ。
「ほう……これがオグリくんが噂をしていた猪ジャーキーか。いただくねえ……あむあむ」
「パイセン……その腰の大きいポシェットの中身ってまさか」
「ああ、手っ取り早く栄養補給できるもんが入ってる。なにが起こるかわからんからな」
ホッカイドウ時代は結構役に立ったから、ここでも続けて装着してる。
「あむ……美味しいねえ、香辛料がいい仕事をしているねえ……あむあむ」
ふふん、そうだろうそうだろう。
ブライアンなんか大のお気に入りなんだぞ。
「あのォ、パイセン……」
「勤務中だぞ俺達は……ああもう、なんて目で見やがる……ホレ」
捨てられた子犬かよ、ライ。
仕方ねえ後輩だなあ……
「むむ~♡ パイセン愛してるッス~♡」
調子いいこと言いやがるぜ、まったく。
「んみゃみゃ、みいいぃ!」
「やめろ制服に爪を立てるな! 申し訳ないがお前に喰えるようなものは……あったわ、煮干し」
いつの間に入ってたんだ?……まあいいか、これは犬猫でも食える奴だし。
「めぅめぅめぅ……」
一瞬で機嫌を直したハテナは、俺の肩に破片をこぼしながら食い始めた。
……まあ、後で払えばいいか。
「それじゃ、行くぞライ。タキオンは詰所の裏にあるベンチで待ってろ」
「暇だからついて行くねえ」
こいつ……まあ、いいか。
何かあれば走って逃げられるだろうし、こいつなら。
・・☆・・
「美味しいねえ、とってもしっとりしているねえ。ご飯が止まらないねえ」
「鶏むねのチャーシューだ。脂肪分が少ないから夜食にはもってこいだろ……飯は知らんがな、野菜も食えよタキオン」
「はぐはぐ……パイセンの作るものはなんでも美味いッスねえ、ハテナちゃん」
「んみみぃ!なぁお!」
特に何事もなくグラウンド巡視は終了。
詰所に戻り、休憩がてらタキオンとハテナに飯を食わす。
……ライはなんで食ってんだ? まあいいけども。
「ホイこれ、蒸しモヤシな。タレは辛いから小皿にとってお好みでどうぞ」
「うーむ、至れり尽くせりだねえ、ここに住みたいねえ」
やめてくれ、社長に殺されちまう。
「研究でも勉強でもなんでもいいが、飯はしっかり食うんだぞ? 俺だって四六時中いられるわけじゃねえんだからな」
「それじゃあお弁当を作ってほしいねえ」
俺は定食屋か。
とりあえずタキオンにはデコピンをしておく。
「むわーっ!? 衝撃力が人間のそれじゃないねえ……今度測定させてほしいねえ」
マイペースだ……マイペースすぎる……
「あ、パイセンパイセン、U-1公式から発表ッスよ」
ライがタブレットを見せてくる。
ああ、そういえば今日は試合があったな……
「スターラッシュだろ? 勝ったのは」
「えっ? パイセン寝る前に試合見てたんすか!?」
驚くライのタブレットには……やはり、スターラッシュ勝利の表示。
「うんにゃ、たぶんアイツが勝つだろうって思ってたからな」
ってことは……準決勝は、俺とスターラッシュか。
へへ、因縁だねえ……
「試合まではまだ1ヶ月ある。こりゃあ気合入れて仕上げとかねえとな……」
「ももむ……んく。学園内で稽古をするなら先日の室内練習場を使うといいねえ、私もモニタリングしたいし……その方がキミも動きやすいだろう?」
実益を兼ねてやがんな……だがまあ、乗っかるか。
「そいつはありがてえ、前もって日中動ける時間帯には連絡を入れるぜ……あ、ウマイン教えてくれ……登録して、ある?」
なんだ?いつの間に?
「フフン、先日ちょちょいとね……これでいつでも美味しいものが食べられるねえ」
コイツは本当に……まあ、別にいいか。
「山田くん、理事長から連絡があったよ」
真波さんが部屋に入ってきた。
「『遠くまで出張しているから申し訳ないが、明日まで預かってほしい』とのことだ……おやおや、タキオンちゃんかい。ご飯はちゃんと食べるんだよ?」
「面目ないねえ」
そうか、理事長は出張だったか。
そして真波さんはタキオンとも面識があるのか。
「ハテナ、詰所で朝まで寝てるか? 俺は仕事があるからな」
「んみぃい!」
おやつを食べ終えたハテナは、一声上げると俺の膝経由で肩に飛び乗った。
「そこでトイレすんなよ、あと爪とぎもな」
「フシャッ!」
首に猫パンチを喰らっちまった。
怒ったらしいな。
さてさて、今晩の巡視は賑やかになりそうだな。
まあ、猫がいればライは大丈夫か。
「タキオンちゃん、甘納豆食べるかい? 腹持ちがいいから今食べなくてもとっておきなさい」
「ありがたいねえ。祖父を思い出すねえ」
真波さん、その甘納豆封を切ってねえってことは……腹減りのウマ娘用か。
ふふん、この人も結構なウマコンだよな。
「ああそうだ山田くん、これは……シップからだよ。今度は何の遊びだろうねえ」
そう言って真波さんは、俺に封筒を渡して戻って行った。
シップ……ああ、ゴールドシップか。
本当に真波さんに懐いてるな。
でも、俺はそんなに絡んでねえんだが……あ?
「なんだこれ」
「ゴルシちゃんは毎回こんなもんッスよ」
受け取った封筒。
その表には……『果たし状』と達筆な書体で書かれていた。
……マジでなんだよ。
とりあえず中を見てみよう……あぁ?
「空じゃねえかよ……」
封筒の中には何も入っておらず。
何故か裏側に『今度焼きそば作ろうぜ』と書かれていた。
「ゴ-ルドシップくんは相変わらずだねえ……山田くん山田くん、この燻製卵のおかわりはあるかい?」
「ホイよ」
「嬉しいねえ、癖になるねえ」
あぐあぐと美味そうに卵を頬張るタキオン。
和むなあ、和む。
オグリとは別ベクトルで飯を食わせたくなる。
「いかんッス。パイセンの甘やかしスイッチがオンに……!!」
「勝手に変なスイッチを増設すんな……お」
スマホに通知。
ウマインか……こんな時間に誰……ああ。
スターラッシュからだ。
内容は簡潔に一言。
『勝ったよ。次が楽しみだね』とだけ書かれていた。
「ああ……俺も楽しみだよ」
これは……しっかり体を仕上げとかねえとなあ。
泣いても笑っても、準決勝。
恐らく来年は……人間選手の参戦になんらかのレギュレーションが加えられるだろう。
だから、フラットな立場でウマ娘とやりあえるのは……今年が最後。
ははは、最高だな……震えるぜ。
「好戦的な顔だねえ。小さい子が見ると泣きそうだねえ」
「パイセンはアレでいいんすよ、アレで。正直たまらんッス」
「人の好みは千差万別だねえ……実に興味深いねえ……」
なんか言ってんなァ。
「あ、タキオン。味噌汁いるか? 出すのすっかり忘れてた」
魔法瓶から紙コップに注いでやる。
「いただくよ。ズズズ……美味しいねえ、インスタント以外のお味噌汁は久しぶりだねえ!」
ふふ、美味そうに食いやがって。
「食ったら寮の玄関まで送ってやるよ。巡視のついでだ」
「パイセンは過保護ッスね~……ズズズ、うんっま。毎日ウチに味噌汁こさえてほしいッス~」
毎日じゃねえが、コイツしょっちゅう俺の飯食ってるだろ。
それから、腹がいっぱいになったタキオンを寮まで送り届けた。
さすがにフジキセキは寝ているらしく、入り口にも人気はなかったがな。
今度会ったら何か差し入れてやろうか。
ヒシアマゾンと一緒で、寮長ってのは気苦労も多いだろうしなあ。
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