トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。 作:秋津モトノブ
「やま、山田さぁん……ご、ごめんなさいぃ……」
耳をペタリとさせ、いつもの元気が根こそぎ消滅したようなライアン。
「ぶ、不躾にずけずけと……誠に申し訳ありません……」
そして、さっきまでニコニコで飯を食ってたのが嘘のようにションボリしたマックイーン。
ションボリメジロ連合だ。
俺の家族がその……この世にいないと知ってからこの調子なんだ、2人とも。
気にしなくていいのに……俺も気にしてねえし。
「あー……気にすんな、と言っても無理かもしれんが気にすんな。もうずっと前のことで、今更だよ」
この子たちは興味本位で調べたわけでも、馬鹿にしたわけでもねえからな。
「ああもう、そんな顔すんじゃねえって」
「わわっ」「ふわっ」
あんまりにもあんまりな雰囲気なもんで、2人の頭を少々乱暴に撫でる。
訴えられませんように……!
「むしろ今でもおふくろのことを覚えてて、それに悲しんでくれるってことが嬉しいよ、俺は……お前らは2人とも最高のウマ娘だよ、嬉しいねェ」
こうして記憶に残ってるってだけで十分じゃねえか。
それだけで、並のウマ娘よりは上だぜ、上。
「ホレホレ、特別にデザートも用意してあるし……これ食って元気出しな!」
冷凍庫からシャーベットを取り出し、2人の前に置く。
「オレンジ100%! 体にもいいし美味ェぞ」
「……あの、その……」「い、いただき、ます……」
おずおずと食べ始める2人だが、しだいに口元が綻んできた。
よしよし、これにて一件落着だな!
「俺はなあ、お前らが悲しんでるのがこの世で一番嫌いなんだよ。だからそれでいい、それでいいんだ」
第二位は『反ウマ』の連中だがな。
この場では言うまい。
「もむ……‥後で山田さんのお母さんのレース映像、見てみようねマックイーン」
「んぐ……そうですわね」
おやおや、勉強熱心だねえ。
天国のおふくろも喜んでいるだろうぜ。
「――遅くなった……おやおや、面倒見のいいことで」
扉が開き、社長がやってきた。
その後ろにはビリオンクロック。
「お疲れ様です、社長。それで俺に用事ってのは……?」
「まあ、少し休ませろ……ほーう、美味そうなモノを出してるじゃないか。後でいただくとして……アイスコーヒーを2人分淹れてくれ」
「了解です」
一体何の用事だろうかねえ……
・・☆・・
「『こうして正面から見ると、なるほど凄まじい体だ。ヒトの身でよくもまあ……これほど成れるものだな』」
なんだ……この状況は。
「ヤマダサーン!ファイト!ファイトデース!!」
「頑張ってくださーい!」
「かっとばせ~! や・ま・だ!!」
マックちゃんよ……ここは甲子園球場じゃねえぞ。
野球好きなんか……お前。
俺は……校内にある室内練習場で、グローブをはめたビリオンクロックと向き合っている。
小休止を終えた社長に、有無を言わさず連行されてこうなった。
そして、何故か途中からタイキが増えていた。
移動中にタックルされてそのままついてきたんだがな……まあ、いいか。
俺の正体知ってるし。
「あの、社長……説明を」
「簡単なことだよ。彼女からのリクエストだ……『無名とスパーリングがしたい』というな」
簡単すぎるだろ……
「まあスパーリングだ、軽くやれ……お前も嫌ではないだろう?」
「まあ……そうですね」
往年の名選手とスパーリング……いくら金積んでも叶うことのない、一種の夢だ。
滅多にない、いい機会だと思うか。
「よろしくお願いします」
「『ほう……礼儀は知っているようだな』」
頭を下げ、構える。
左手は掌の形で前に、右手は拳の形で腰に。
「『さて……それでは、楽しませてもらおうか』」
ビリオンクロックの雰囲気が、変わった。
軽く体を揺すりながら、両手の甲を見せて顔を隠す構え……ピーカブー・スタイル。
上着を脱ぎ、シャツとジーンズだけになった体から……濃く、闘気が放出される。
……無駄が一切ない、戦うための体から。
「こぉおおおお……」
緩く、息を吐く。
吐きつつ、相手の初動を見極める――
「――ッシ!!」
ぼ、と空気が鳴る。
逸らした左頬スレスレに、恐ろしい勢いでジャブが来る!
「――じゃっ!!」
牽制の左掌を放つ。
彼女はそれを、鋭くスウェー。
ギリギリで見切って、躱した。
「ッフ!」
両手を元の位置に戻しながら、ビリオンクロックが身を縮める。
次の瞬間には――床が震えるほどの踏み込みで、一気に俺の射程距離に踏み込んできた。
「――っちぃ!!」
打ち下ろしの左手刀。
それを最小限の動きで躱し、彼女の両腕がブレた。
「――ッシ!」
左右のコンビネーション。
右、左、右ときて、左が二連射!
攻撃を捨て、両手を動かす。
グローブの側面、手首、それから手の甲側。
それらを小さく叩き、攻撃を逸らす。
「るぅ――あっ!!」
逸らしつつ、攻撃の隙間を縫ってこちらも左右の二連打。
左は躱され、右はグローブで逸らされた。
床を蹴り、バックステップ。
あちらも仕切り直しとばかりに、追ってこない。
「ふぅ……」
短く呼吸。
スタミナを回復させる。
「『驚いたな。初見のコレに対応してみせるか……しかも、妙な打撃を使う』」
ビリオンクロックが軽く目を見開き、笑う。
俺も似たような顔をしていることだろう。
しかし……マジかよ。
これが、現役を退いた格闘ウマ娘の拳かよ。
冗談じゃねえ。
有効打は一つも貰っちゃいねえが、両腕に鈍痛と軽い痺れがある。
キレ、フットワーク、そして勝負勘。
今からでも現役復帰できるじゃねえかよ……
「……へ、へへ……!」
「『魅力的な顔で笑う男だ。これではそこらの娘どもが夢中になってしまうわけだな……はは、は』」
楽しいなあ、楽しい。
入院で鈍っていた全身に、ヤスリをかけられてるみてえだよ。
楽しくってたまらねえや。
・・☆・・
「ふおおお……な、なんて迫力……ビリオンクロックさんもそうだけど、山田さんも格好いい……! ああ! ドキドキしちゃう!」
「目で追えるギリギリの攻防ですわ……それをあの距離で避けられる山田さんは何ですの……とんでもないわ……」
「オーサム! ヤマダサン、素敵デース!!」
「私とそう変わらぬ年齢だろうに、よく動くものだ……今度テンマとレースでもしてみるかね」
・・☆・・
「『楽しいが……無名くん。何故両腕、しかも掌しか使わん? 私に遠慮しているのか?』」
あ、なんだって?
こちとら英語はサッパリだから誰か通訳を――
「『それでは使わせて、やるか!』」
ビリオンクロックが、身を低くして踏み込んでくる。
速い!体重を乗せたコンビネーションが、来る!
顔面に向けて牽制の右掌を――なにィ!?
真っ直ぐ突っ込んできたビリオンクロックが、俺の射程ギリギリで急停止。
そして、火の出るような速さで右側に回り込んだ。
なんて、フットワークだ!
「――ッシュ!!」
ごう、と風が鳴る。
「が、あ!?」
咄嗟に左へ跳んだ俺の腰を、剛腕が掠めた。
い……ってェ!
避けるのが一瞬でも遅れてたらボディへ貰ってた!
今のでも皮が裂けたぜ! バ鹿力め!
「『躱す、か。はは……面白い! ムソウ! 無名に手以外も使えと伝えろ!』」
ビリオンクロックが何かを怒鳴る。
「イチロー、手以外も使え、舐めてんのか殺すぞと言っている」
「言っておりませんわ!? 手以外も使え、だけです!」
マックちゃんの補足助かる!
社長は余計なワードを付け加えるんじゃねえ!
っていうか……
「これ、ボクシングルールじゃなかったんすか!?」
「何をバ鹿な! U-1と同じだと思え、間抜けだなイチロー!」
それならそうと先に言ってくれよな……ビリオンクロックがグローブ装備だから誤解しちまったじゃねえかよ。
そんなら……行くかね!
「『眼が変わった……来るかね、サムライボーイ』」
ビリオンクロックのステップが小刻みに、速く、鋭く変わっていく。
あちらさんもエンジンがあったまってきたようだな……勘違いした詫びも込めて、俺もあっためてくかァ!
構えを半身に。
左肩を前に出し、左手を平手にして下へ。
右手を握り、腰へ。
「そんじゃ、行くぜレジェンド」
今度はこっちが攻める番だぜ……!
ひりつく背中が、滲む冷や汗が……たまらなく愛おしい。
「――討マ流、山田一郎……参る!!」
床を蹴り、踏み込む。
「『なんっ――!?』」
さすがに、対面での『朧』はビビるだろう?
歴戦の格闘家ほど、この動きの奇妙さがわかるようだ。
そのまま、体重を乗せて――左のミドル!
「『ちいいッ!』」
これはスウェーバックで躱される、が!
残念だったなあ、コイツの間合いはもっと――広いッ!!
軸足に体重を乗せ、一気に前方へ跳躍。
これで間合いが、伸びる!
「――せぇえあッ!!」「『ここから、伸びる――ぐぅ、あっ!?』」
ビリオンクロックのガードした両腕に、左の踵を捻じ込む。
十分に威力の乗った一撃は、その固いガードを……弾いた!
「『舐める、なァ!!』」
ビリオンクロックは体勢が崩れたままブレーキし、強引な右アッパー。
空中の俺は身動きが取れない――わけ、ねえだろ!!
「――っしゃ!!」
身を捩り、その右アッパーに――右肘を、落とす!!
「ぐぅっ!!」「『馬鹿、な!』」
ビリオンクロックは踏みとどまり、俺は吹き飛ぶ。
吹き飛びながら後方へ宙返りし、着地。
何度か後転して衝撃を殺し――ハンドスプリングで跳ね起きる。
へへ、苦し紛れのアッパーだってのになんて威力だよ。
さすが、現役時代に『ロックフィスト』って異名があったわけだな。
右肘が痺れて使い物にならねえや……このスパー中はこのまんま、だな。
「『足場が存在しない空中でなんという威力だ……これが男の力かね』」
ビリオンクロックの方も、右拳に違和感があるらしい。
何度か軽く握って感触を確かめている。
「『だがまあ、やるのだろう? 私とてこのままでは終われんよ』」
こちらを見て、ニヤリと笑うビリオンクロック。
向こうも戦意は衰えちゃいねえな……!
おもしれえ……!
「『現役時代と同じように行くかはわからんが……ふふ、心が躍る』」
目に戦意をたぎらせ、ビリオンクロックのフットワークがより鋭くなっていく。
たまげるねえ……まだ速く動くかよ。
息を吸い、吐く。
知らずに緊張していた体をほぐす。
さて……何が来る?
「――ッシ!」
どん、と踏み込み。
一瞬姿がブレるほどの速度で、ビリオンクロックが迫る。
速い、さっきよりも!
左掌を前に出し、迎撃の体勢に――入れ、ないッ!?
さっき見せた火の出るようなフットワークから、さらにダッキングして姿勢を低くして――ぎゅん、と左側に回り込むビリオンクロック。
これは、まさか――?!
咄嗟に下げた左腕に、衝撃。
凄まじい勢いで上に跳ね上げられて、胴ががら空きになる!
いかん、このままじゃ脇腹に――
「――ッフ!!」「ッが!?!?」
どずん、と衝撃。
脇腹に、抉るような角度で右のスクリューブロウが突き刺さった。
そのまま、吹き飛ばされる。
これは、ビリオンクロック現役時代のフィニッシュ技――『ライトニング』!?
なるほど、雷とはよく言ったもんだぜ!
「ぐ、う!」
着地し、衝撃を殺しながら転がる。
っくぅう……肋骨が死にそうだ!
「『打ち味が弱い……上体を下げて肋骨で防御した上に、自ら飛んだか! なんという反射神経!』」
休憩は許さんとばかりに、踏み込んでくるビリオンクロック。
立ち上がりながら構えようとすると、さっきの踏み込みが、来る!!
「――ッシ!!」
何度も、喰らうかよ!!
「オオッ!!」
こちらも踏み込む!
こう来るとは思わなかったのか、ビリオンクロックの動きが一瞬だけ、鈍る!
ここが、勝ち筋だ!!
「るぅう――ああっ!!」
腰だめに構えた左掌を突き出す――フリ!
「ッシ!!」
俺の攻撃を予測して、カウンターの軌道で右ジャブ!
それを……さらに踏み込み、右肩を前にして、弾く!
「『なっ――!?』」
これ以上近い間合いでは、拳は放てない。
ステップアウトし、射程距離を確保しようと彼女が動く。
残念だったな!ボクシングでは近すぎる間合いでも――討マ流なら、射程距離だ!!
「おおっ――!」
密着する程踏み込みながら、体を鋭く右へ回す。
回転の勢いと、踏み込んだ体勢の力で――溜めに溜めた左掌が射出される!
それは、ビリオンクロックの鍛えた腹筋に手首を上にして突き刺さった。
「『がっ――!?』」
さらに、踏み込む。
踏み込みながら、叩き込んだ掌を回転させ――指を、上に!
インパクトの瞬間に力を抜き、緩んだ腹筋に――突き、込むッ!!
「――破ァアッ!!!!」
どおん、という感触。
ビリオンクロックが大きく吹き飛び、たたらを踏んで……こらえきれずに仰向けに倒れた。
討マ流、打の型『拍打・回天』
衝撃を二段、円の動きを加えて叩き込む技だ。
本来の目的は、回転の動きで鎧の金具を引き千切りながら放つ。
「ふぅう……」
ビリオンクロックの腹筋は、どうやら鎧並だったらしい。
捩じり込んだ衝撃で、爪が割れて……特に小指と中指は剥げている。
叩き込むことを優先しすぎてちょいと焦っちまった。
精進が足らねえな。
「『ビリオン、まだやるかね?』」
誰も何も言わない中、社長が何事か問いかける。
すると、倒れたままのビリオンクロックが笑い始めた。
「『ハッハッハッハ! 世界は広い……こんなに強い男がいるとはな!』」
そして、ハンドスプリングで立ち上がる。
……なんて腹筋だよ。
ウェアが破れてセクシーになって、多少痣ができてる以外は無傷ときた。
「モウ、オワリ『このまま彼と踊っていたいところだが……悲しいな、現役ほどスタミナが続かん』」
もうやりませんよ、的な感じで両手を振るビリオンクロック。
そのまま、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「『できれば現役の頃に出会いたかったよ、ボーイ』アクシュ、アクシュ」
握手ね、了解。
右肘がアレなので、左手を差し出す。
がっしりと握られて、上下に軽く揺すられる。
――その瞬間に放たれた左ストレートを、額で受ける。
びしり、と衝撃が響いた。
……足を止めた手打ちで、なんちゅう威力だ。
「『っは、最高だなお前……』」
「……ノープロブレム、アイアムストロング」
歯を剥いて笑ったビリオンクロックは、今度こそ殺気を収めた。
おっかねえ……おっかねえけど、楽しかったなァ。
「『どうかね、ウチの自慢の社員は?』」
「『ウチの弟子が気に入ったらアメリカに連れて帰りたいくらいだ。夫婦でジムを受け継がせてもよかろう』」
「わ、ワーッツ!?『駄目ですよ!そんなことは許しませんよ~!!』」
社長と軽口を飛ばすビリオンクロックに、何故かタイキが顔を真っ赤にして抗議?している。
悪いがアメリカ語はサッパリなんだ、勘弁してくれ。
「や、山田さん!手!手と頭~!!」
さっきまで大興奮していたライアンは、何故か真っ青になってダッシュしてきた。
救急箱まで持っちまって、用意がいいねえ。
「おーうライアン。どうだった俺の雄姿はよォ、我ながら結構格好よかったと思うんだが」
「めっちゃ格好よかったですけど!治療!治療!!」
「何故勝った山田さんの方が大怪我なんですの!?」
続けて走ってくるマックイーンも顔を青くしている。
大怪我ぁ?どこが?
こんなもん爪が剥げて頭の古傷がちょっと開いたくらいじゃねえかよ。
「や、やま、ヤマダサーン!!」
半泣きのタイキまで走ってくるのを見ながら、俺は苦笑いした。
・・☆・・
(三人称)
都内某所、ウマ娘専用ボクシングジム。
軽いランニングとシャドーを終えたスターラッシュが、汗を拭きつつベンチに座った。
その時、置かれているスマホの着信表示に気が付いた。
「『コーチじゃない。もう日本に着いてたのか』」
ウマインの表示は、ビリオンクロック。
スマホを立ち上げ、アプリを開いたスターラッシュは……表示された文面と添付画像を見て目を丸くした。
「『な、なにこれ!? どういうことォ!?』」
添付画像の中のビリオンクロック。
彼女は、どこかの練習場のような場所を背景に――1人の男と肩を組んで笑っていた。
『味見したが、たしかにいい男だ。お前さえいいならウチのジムに引き抜いてもいいが?』
「『あっじ、味見ィ!? ……あ、す、スパーのことか……コーチったら、もう!』」
「『いい顔しちゃって……ほんと、憎い男』」
一瞬顔を真っ赤にしたスターラッシュ。
気を取り直したように、包帯を頭に巻いた男の額に向けて……小さく、デコピンを放った。
「『ふふ、ほんっと楽しみだよ……イチロウ』」