伊咲ちゃんは多分首絞め好きだと思う
服が届いた。
あまりにも適当に決めた所謂地雷服と言うやつ。
届いたものを見て、宏大は凄まじく何とも言えない気分に襲われたものだ。
伊咲は対して気にしてなさそう、どころか可愛いと評していて、少し喜んでそうにすら見えたが。
あまりに女の子ぜんとした服を気にしないという伊咲の精神状態は大丈夫なのかと、そう思った。
今更な話でしかなく、そんなこと宏大もよく分かっていたが。
精神状態がまともじゃないなんて分かっている。伊咲も、宏大もどっちもおかしいから今の関係があるのだ。
「……」
「ん……」
宏大の前でダボついた宏大の服を脱いでいく伊咲。
伊咲の体つきも相まって完全にストリップショーだが、宏大からすればそれはもう見慣れてしまった光景だった。
「下着、お願い」
「……ああ」
言われて買った下着を渡す。
どれを買おうか迷って、人気でかつ伊咲の体型に合うものを選んだ。
真っ黒な結構狙ってる感じのやつ。今思うとなんでこんなもの買ったんだと宏大は脳内で頭を抱えた。
そんな下着を受け取った伊咲は特に気にすることもなく、足を通していく。
「…………んー」
「どうした?」
「違和感がある」
下着を身に着けた伊咲が微妙な顔をする。
サイズでも合わなかったのだろうかと宏大が問うと伊咲はそう答えた。
違和感、もしかしてあまり良くないものを買ってしまっただろうかと宏大がその下着に猜疑の目を向けた時伊咲は言った。
「下に何か履くの久々だから落ち着かない」
「……お前な」
宏大は頭を持ち上げて呆れる。
まあ一ヶ月ほど下に何も履かない生活をしていたのだ。履いてないことに慣れるのも当然と言えば当然だがそんな事を言われると呆れてしまうのも仕方なかった。
「履かなきゃ駄目?」
「駄目に決まってるだろ……」
「えー」
駄目と言われて不満気味な声を出す伊咲。
何故いいと思ったのか、突っ込みたくなるのを宏大は何とか堪えた。
思い出してみれば伊咲は昔からマイペースで、今更突っ込んでも無駄なことは知っていたからだ。
「なんか、気持ち悪い」
「常にノーパンで過ごすつもりか?」
「外ではしないもん……家の中だけならいいでしょ?」
「どんだけ履きたくないんだ……」
家の中だけでもと食い下がる伊咲に宏大は本気で呆れ始める。
そんな彼に伊咲は軽く言った。
「だってそっちのほうが便利だし」
「…………」
「宏にぃも、そっちのほうが好きでしょ?」
伊咲は宏大を見上げて言う。
伊咲の綺麗な瞳が、宏大の瞳を射抜く。
こころの奥底まで見つめられているような、汚い部分すらお見通しされているような気がして、宏大は少し吐き気を覚える。
「……家の中だけな。あと今は着ろ」
そして、外でしないならいいか、と結局許可することにした。
圧に屈服した、とも言う。
「大丈夫だよ。宏にぃ以外には絶対見せないから」
「……ああ」
狙ってるのか、天然なのか。
元男な伊咲はやはり男としての経験からかそういう"つぼ"をわかってる節があり、それを宏大に向けてくることはよくあった。
それがどこまで狙ったものなのかはしらない。
宏大としてはそんなことしないでほしいと思っている。
しかし、宏大は反応してしまう。
男の性というものだ。目の前の女体にはどうしても反応してしまう。
理性だとかなんだとか全部吹き飛んでしまう。
伊咲の誘いというのはそれほど蠱惑的なのだ。
だからこそ、伊咲も重ねてしまうのだろう。やれば、目の前の男は反応してくれるのだから、やらないわけがなかった。
伊咲の誘いに乗ってしまうたびに、頭痛が宏大を襲う。それは自身を理性が裁こうとしているようだった。
けれど、宏大は理性ですらどこか伊咲を求めていて、自分を裁くことなんてできなかった。
もはや誰かに自身を裁いて、報いを与えてほしかった。
誰でもいい、それこそ伊咲でも、自分を殴ってくれれば少しは許される気がした。
それが逃避でしかないことは当然、宏大は分かっている。
それでも、考えてしまうのだ。
ズキズキと頭痛がする。
罪の結果がこの酷い苦しみだと言うのならある意味報いを受けてるとは言えるのかもしれない。
そこまで考えて戯言だと、宏大は自嘲した。
下を履いたのだから、次は上
宏大がブラジャーを手渡すと伊咲は手に取りその豊満な胸に身に着けていく。
目の前でむにゅりと形を歪ませるその双丘に宏大は少し居た堪れない気持ちになった。
ふと、伊咲が動きを止める。
「宏にぃ、これどうやってつけるの?」
「え、あー……」
考えてみればブラジャーの付け方なんて男で知ってるかは半々と言ったところだろう。
伊咲が知らなくてもなんらおかしくない。
対して宏大は碌でもないところから得た知識ではあるが一応付け方は知っていた。
「背中のホックをつけるんだ」
「んん……」
伊咲が自身でなんとかやろうと藻掻くが中々上手くいかない。
その姿にすらどこかエロティシズムを感じてしまっている自身に宏大はため息を吐く。
「宏にぃ、頼んでいい?」
「……分かった」
結局伊咲に頼まれた宏大がやることとなった。
宏大は伊咲の背中に立ちそのブラジャーを手に取る。
伊咲に近づくとその綺麗な肌がとても良く分かる。相当不健康な生活をしているというのになぜここまで艷やかな肌なのか、恐ろしさすら感じるものだった。
伊咲がもしもっと美人でなければ……ということを宏大は考えようとしてやめた。
そんな事を考えたくなかった。
もしその時、今と同じことをしているかと言われた時頷けないと思ってしまったから。
「…………」
ブラジャーのホックをつけるために、少し引っ張れば伊咲の肌が少し揺れる。
宏大は伊咲のことを体だけで見てはいない。
けれど、体を見ていないかと言われれば、それは否になる。
それこそ今目の前の伊咲に、手の届く距離に存在してしまっている彼女に抱きつき、その柔らかい体を堪能したいかと言われれば、したいに決まっていた。
けれど、それは許されない。
二人は恋人でもなんでもない。
そんな下賤な欲求を自分からぶつけてしまえば、きっと止まらなくなる。そんなこと、夜になるたびに教えられている。
だから、伊咲が欲しいなんて
駄目に決まっている。
「……こうか」
「ありがと」
知識があってもやり方を知らない宏大は少し苦戦しつつもブラのホックをなんとか固定した。
「どうだ?苦しくないか?」
「んー……」
サイズは測ったが、素人の宏大の手によるものだったので正確さは怪しい、一応ちょっと大きめに見積もったのだが大丈夫だろうか?と宏大は問いかける。
伊咲が宏大のほうを向く。
その肢体に見合う黒の下着を身に着けた伊咲は全裸よりもエロさというものを宏大に感じさせ、宏大は少し目を逸らした。
今更だというのに。
「ブラジャー、ちょっとだけ苦しい」
「……次はもう少し大きいのにするか」
どうなってるんだと、伊咲の胸を見ようとして下着が目に入りすぐ逸らす。
そんな宏大に気がついている伊咲は微笑みを浮かべて言う。
「別に見てもいいよ?」
「いや、な」
「僕は、宏にぃに見て欲しいな」
ビクッ、宏大の肩が震える。
そんな彼の手を伊咲は手に取った。
宏大のゴツゴツとした手に、伊咲の柔らかい手が触れる。
その感触の心地よさが宏大には気持ち悪く感じた。
「……伊咲」
「ほら、しっかり見て?」
「っ……」
優しい微笑みを浮かべてそういう伊咲、その目尻は持ち上がっていて優しいものだったが、宏大は全身が締め付けられてるかのような気がした。
「ねえ、宏にぃ、しない?」
「……後でな」
「宏にぃ、我慢してる」
伊咲の手が宏大の下半身へと伸びる。
淫乱な手つきで触れられたそれは少し持ち上がっていた。
隠しきれない欲望が見透かされる。宏大の瞳が瞬きとともにあちこちに彷徨った。
受け入れる?受け入れていいのか?
分からない。何もかも、どれが正解だというのか、そもそも正解なんてあるのか。
「……今は、服の方にしろ」
「……ん」
蛇のように巻き付く誘惑を宏大は振り落とす。
後回し、すぐにまた巻き付いてくるのは目に見えていたが、打つ手を打てるほど宏大は強い人間ではなかった。
小さく告げた宏大に伊咲は少し悲しそうな顔をして引き下がる。
その残念そうな表情がまた宏大を惑わせる。
少し疼く胸を宏大は抑え、あの地雷服を投げるように渡した。
受け取った伊咲がすぐに分かった着替え始め、宏大は目を逸らす。目にしてしまえばもう抑えが利かなかった。
視界の外で布がこすれる音が響く、見るのも見ないのも心臓に悪かった。
震える鼓動を宏大は何とか抑えながらはあ、と宏大はため息をついた。
(……くそ)
あの日から、伊咲の誘いは多い。
伊咲が熱を求めているのは分かっていた。
その熱を与えて良いのだろうか?分からない、与えたら伊咲は笑ってくれるのだろうか?分からない。
分からないことだらけで頭痛がした。考えれば考えるほど無茶苦茶で脳に霧がかかっていくかのようだった。
それなのに、その布の音を聞いていると。
熱が、欲しくなる。
脳に浮かぶ、夜の光景。
幸せそうによがる伊咲の顔が、股から貫くような快感が体を通り抜ける。
その感覚が忘れられない自分に嫌気が差すのだ。
伊咲は、ある日突然女になり、何もかも失った。
そんな相手を女として見ている、あまつさえ犯し、愛情のようなものを抱いてる自分はどれほどのクズなのか。
どうすればいいのか、もはや宏大には何もわからず今の歪な関係を維持するしかないんだと自分に言い聞かせることしかできなかった。
時間が解決してくれる。
なんて、戯言でしかないとわかっているのに。
「宏にぃ」
「おう」
名前を呼ばれて振り向き、宏大は目を見開いた。
「どう?」
「あ、ああ……」
宏大は圧倒されていた。
ピンクと黒の二色の地雷服はそれはもう伊咲に似合っていた。
伊咲のデカい双丘に押し上げられるピンク色のトップスに、伊咲の綺麗な黒髪と同じ闇のような黒。
寝不足気味ゆえについていた伊咲のクマもこのファッションだとむしろ化粧のように見えて、その次元を超えたような顔つきが強調される。
美人、という言葉すら生ぬるい、いや千年に一度だとかそんな全ての形容詞すら安っぽく感じてしまう。これを表現しようとするのが間違いだと思えた。
元々サキュバスのようと内心宏大は思っていたが、今の伊咲は何もかも魅了してしまいそう。
これは本当に人間なのか、そう思った。神だとかそう言われたほうがまだ納得できた。
実際は、神に弄ばれたものだというのに。
元男にこんな美貌を与えた神は一体何を考えているのか。
それとも全てを失う代償がこれだというのか。
そうだというのならなんて性格の悪い神だろうか?否、本当に性格が悪いのは、その神がいたほうがまだマシだったと思ってしまった宏大であろう。
「この服なら……こう?」
伊咲は呟くと、自身の長い髪の毛を二つに分けて掴み、頭の上に持っていく。
手をゴム代わりにして伊咲がツインテールとなる。
「どう、可愛い?」
「……っ」
くすり、微笑み宏大へと問いかける伊咲。
ただでさえ可愛かったのに、髪型が変わるという新鮮さも加われば、それはもう否定のしようもなくて。
宏大は声も出せずに頷いた。
「!」
それを見た伊咲が嬉しそうに笑う。
子供のような笑顔だった。純粋で穢れなどないような笑み。
その笑みで伊咲が未だ未成年であることを宏大に思い起こさせて。
(やめろ……)
今そんな彼女の笑みを性的に見てしまっている自分がいることを信じたくなくて。
(そんな笑いを俺に見せないでくれ)
自分の望んだ彼女の笑みから、宏大は少し目を伏せた
「宏にぃ?」
「似合、てるな」
「ほんと!?」
鋭く気がつく伊咲から誤魔化すために宏大は少し途切れ途切れになりながら彼女を褒める。
ぴょんぴょんと兎のように跳ね出しそうな伊咲。
何故そこまで反応するのか、宏大には分からなかった。
本当に、分からない。
自身を犯した男に褒められてそこまで喜ぶ伊咲が分からない。
伊咲に目線を向けて、一番最初に目が向くのが揺れる胸だった。
いけないと思ったが、遅かった。
伊咲の笑顔が、変わる。
子供の笑みから妖艶な誘うような笑みに。
「ねえ、宏にぃ。えっち、したい?」
「っ」
その笑みはヒビ割れたガラスのように美しく簡単に壊れてしまいそうだった。
そんな笑みで、とろけるような声で伊咲が宏大を誘う。
宏大は少しだけ目を逸らす。直視してしまえば今の伊咲の誘いを断れる気がしなかった。
「ねぇ」
「……服、汚れるから駄目だ」
「別に、いいよ?宏にぃが買ったものだもの」
絞るように吐き出された宏大の言葉に、むしろ伊咲は追い込むように体を詰めた。
服の上から伊咲の胸が宏大に当たる。
感触が心地よかった。
「むしろ、汚したほうが興奮できるんじゃない?」
「お前な……」
背徳感は最高のスパイスである。それは、今のように?
「宏にぃ、僕とえっちするの、嫌?」
「そういう、わけじゃ」
伊咲は宏大を上目遣いで見る。
普段よりもどこか積極的で、どこか演技臭い伊咲に宏大はどうすればいいか分からない。
本能が湧き上がるのを抑える。
伊咲と目が合う。目尻の上がったその目つきはひどく妖艶だ。
そんな目で俺を見ないでほしい。
そんな目で見つめられれば、罅の入ったガラスの壁が簡単に壊れてしまいそうだから。
「じゃあ……」
「なあ」
だから、逃げるように話をそらした。
直視しないよう、その矛盾を無視するために話をそらす。
「今度それ着て、ご飯食べに行かないか?」
「ご飯?」
伊咲が可愛らしく首を傾げる。その動作すらあざとかった。けど、目つきはマシになった。
「ああ、ずっと外出れてなかっただろ?」
あんなパーカーだけの服装で外に出れるわけもなく。
伊咲は宏大のもとに来てから一度もまともに家から出ていなかった。
宏大としてもそれは良くないと思っており、伊咲に服を買ったのも一番は伊咲を外に連れ出すためだった。
だから、外食。
宏大の給料だと安いチェーン店ぐらいしか行けないだろうが、それでも行かないよりはマシだろう。
「ん……行く、行きたい」
そんな宏大の誘いに伊咲は、少し嬉しそうに頷いた。
恋する乙女のような、そんな目つき。
宏大の心臓に釘が刺さる。
「じゃあ、その服汚さないようにな」
「……ん」
それをなんとか誤魔化せば、伊咲は小さく頷く。
ふう、と心の中で宏大は一息つく。
なんとかなったのだろうか?分からない。先送りでしかないことだけは分かった。
ともかく、切り抜けたと一安心して
「ね、宏にぃ、キスなら、いいでしょ?」
伊咲がその隙をつく。
「ん……あぁ」
頷く。無意識だった。
どちらにせよ、宏大にはもうそれを断れる理由なんてないけれど。
理由がないなら宏大は伊咲には逆らえない。
だって、宏大は伊咲を犯したという罪があるのだから。
頭痛がする。
誤魔化すように近づいてきた伊咲の腰に手を回す。
頭痛が酷くなった。
伊咲が宏大の首に手を回す。
彼女の柔らかい肌が触れて、夢のような心地よさを感じた。
唇が触れ合う。
「んあ……」
「…………」
王子のキスで目が覚める、なんて物語としてはあるあるだが。
これはむしろ惰眠を貪るような。
何もかも先送りにして、怠惰に熱だけを求めるだけの浅ましいもの。
伊咲の体重が宏大に乗っかって
柔らかい舌が、入ってくる。
精神ごと絡め取るように、宏大の舌に巻きついてきて、宏大はそれに抵抗する気すらわかなかった。
熱い、熱を感じる。頭がクラクラと悲鳴を上げる。頭痛がしているのかすらもう分からなかった。
唇が離れる。
熱はまだ残っていて、どれだけの時間そうしていたのかも分からない。
垂れた糸が伊咲の胸に垂れて、ピンク色に染みができた。
「服脱いだら、していいでしょ?」
「……おう」
頷く、まだ熱が体に残っていて、まだまだ消えそうにない。
手を伸ばしてくる伊咲に、目眩がした。
「ねえ、宏にぃ」
「なんだ?」
「大好き」
「……そうか」
にまっとした笑みを浮かべる伊咲。
俺も、なんてきざったらしい答えをできたら、宏大は心の中で毒づいた。
伊咲ちゃんは全てわかってやってます。
そういう子です。