ブラック・ブレッド Remember black rain 作:どるねお
「美ぃ? 美鈴……いる、の?」
「いるよ! ここに居る!」
そこは正に地獄だった。『プロモーター』も『イニシエーター』も何人死んだのだろうか?
戦場は骸が周囲に転がり、どれが誰のものかなど判別がつかなくなっていた。
辺りはそんな悲惨な情景と満ち満ちた血臭が包んでいた。
「そうか……なら、よかったよ」
青年はふぅと息を吐くともう動けないであろう身体を、その傍らの少女に向ける。
腹部の出血は止まらず、下半身の感覚は既に無くなっていた。
「動いちゃだめだよ! 今、今すぐにきゅうえんの人を――――――」
「……いい」
青年は苦しそうにそれだけを告げると、少女の手を取る。
周囲の戦火は広がる一方だが、何故だかその一部だけ用意されたように場所が開けていた。
(神様の最後のプレゼントなのだろうか?)
「よくないよッ!」
美鈴と呼ばれた紅目の少女は叫ぶ。
「美鈴。一つ最後にお話ししようか……」
「え、最後……嫌だ! したくない!」
少女は首を激しく振る。
「僕はこの一年。凄く楽しかったよ……君と会えて。一緒に暮らして……君、は?」
どうだった?と目で問いかける。
「楽し……かった」
握る手が段々と力を無くしてゆく。それだけ聞ければ満足だった。
(あぁ。言わないと)
「ねぇ、美ぃ? 僕は―――――……君の救いになれたのかな?」
傍らの少女が泣きながら体を揺する。だが、反応する力はもうない。
(僕は……ちゃんと出来てたかな? 父さん?)
「治弥?! おい! しっかりしろよッ! おいッ!?」
(その声は……連太郎さん? 丁度良かった。彼なら、彼になら任せられそうだ)
「蓮、太郎……さん?」
「あぁ! なんだ!」
「美、鈴を……お願いし……ま、す」
治弥は最後に美鈴の手を力の限り握る。彼女は泣き散らしていた。
(もうダメだ。意識が……体が、寒い)
「……あぁ。任せろ……。治弥……よく、頑張った」
連太郎と呼ばれた青年は治弥の肩に優しく手を置く。
「ありが……とう。ございま、す……美鈴?」
「嫌だぁ……嫌だよぉ!」
「ごめん、ね。最後の……最後に悲しい思いさせちゃ……って」
(もう少し持って。僕)
「そうだよ! なんで一人にしちゃうのッ!」
「ううん……君は、もう……大丈、夫。約束……した、か――――――」
(すみません。社長……あの命令守れませんでした)
そこで青年は力尽きた。直後に黒い雨が降り始める。これはやがて『第三次関東会戦』
と呼ばれる。ウィルス性寄生生物『ガストレア』と人類との戦争。
「治弥ぁああああああああああああああッ!!!!」
少女は雨の中で叫び続ける。その雨音と彼女の悲鳴は、まるで戦場に響く鎮魂歌だった。
それは一人の少女の為に戦い、散った青年に捧ぐ―――――鎮魂歌だった。
◆
およそ一年前 2030年 初夏
「ふぅ……暑い」
青年がワイシャツの襟元をパタつかせながら歩いていた。
季節は春から梅雨を経て、夏へ至るところだ。梅雨の名残か、ジメっとした
空気に汗が滲み、不快度数を上げている。
「こら。行儀が悪い」
「あ、すみません。つい……」
傍らの女性に制止され、青年は襟を正す。
「けど、わざわざすみません美墨さん。ここまで御足労頂いてしまって……
本来なら僕一人で出向かなくてはならなかったはずでしたのに」
美墨と呼ばれた女性は「いいのよ」と言った。
「帰りに祝杯用の買い物もしたかったしね。
後、もう社長と呼んで欲しいわね。ねぇ? 坂牧治弥君?」
「あ、すみません……まだどうにも区別がつかなくて」
治弥は頬を掻く。
「しっかりしてよ! さ、貴方の相棒を迎えに行きましょうか?」
美墨と治弥は目の前のIISO(国際イニシエーター監督機構)の施設の門を仰ぐ。
「さ、行くわよ。ここから『美墨民間警備会社』のスタートよ!」
「はい!」
美墨と治弥は施設へと進んでいくと、治弥は緊張を隠せず、窓口へと進む。
「すみません。『イニシエーター』の件で……」
「はい。承っております。坂牧治弥さんでお間違いないでしょうか?」
「は、はいッ! お願いしあmせうッ!」
勢い余って噛んでしまう。後ろから美墨が「落ち着きなさい」と喝を飛ばす。
「では、こちらへどうぞ」
受付女性の指示で、一室へ案内されることになる。治弥は未だバクバクと音を
立てる心臓を抱え後を追う。『イニシエーター』と契約するということは、その
瞬間から『プロモーター』になるということだ。
(僕が『民警』だなんて未だに信じられないよ……)
「こちらです。もうすでに中で待ってもらっています」
「わかりました」
治弥はドアに手を伸ばす。が、
「治弥君。待ちなさい」
「え? 美墨さ、社長。どうかしましたか?」
「ドアを開ければ貴方は『イニシエーター』と契約して、正真正銘の『プロモーター』となる」
「まぁ。そうですね?」
一体、彼女は何を?と思いつつ治弥は次の言葉を待つ。
「覚悟はいいのね? 後悔は無いわね?」
治弥は強く首肯する。すると美墨は「なら行ってきなさい!」と彼の背中を叩いた。
治弥はドアを開ける。そこは警察の事情聴取を行う部屋のような簡素な部屋だった。
「こちらが、坂城美鈴さんです。――――では」
係の女性はそれだけ簡潔に言うと、部屋を後にした。部屋には治弥と少女だけになる。
机には少女が座ってこちらを見ていた。
「こ、こんにちは……?」
治弥はとりあえず挨拶をする。が、少女は無関心だった。
(あれ……僕が思っていた展開と違う……)
治弥は次どうすればいいのかと、思案を巡らせる。
が、その流れを切ったのは、美鈴の方だった。
「……あんたが次の? で? 今度はどうすんの? 一万発殴るの? 川に捨てるの?
それとも……ビルから叩き落とすのかしら?」
「え?」
少女の口から出てきた発言は、治弥の想像を超えていた。殴る? 誰が誰を?
川に捨てる? 誰がそんなことを? ビルから……落とす? そんな考えが脳を巡る。
「………」
「………」
沈黙が流れる。
(彼女たち『呪われた子供たち』をよく思って無く、わざわざ民警になってまで、彼女たちを
虐待する人が居るって聞いたとこがあるけど……もしかして)
彼女がそうなのだろうという考えが浮かぶ。『呪われた子供たち』とは、今から約10年前。突如
姿を現したウィルス性寄生生物『ガストレア』と人類との大戦後に生まれた子供の中でも、
生まれつき体内に『ガストレアウィルス』を持っていた子供のことだ。
『呪われた子供たち』は体内にウィルスを宿すがゆえに世間的に迫害を受けている。
「何をしているの? さっさと連れて行けば?」
「え、! あぁ。そうだね。でも、まずは自己紹介からだ。僕は、坂牧治弥。16歳だ。
君の名前を教えてくれる?」
治弥は椅子に座る少女と同じ目線を作る。人と話すときは目線を合わせる。
これはコミュニケーションの基本だと治弥は思っていた。だが、少女は視線を逸らす。
「さっきあの女が言ってたじゃない。あんた記憶力無いの?」
「そうだったね。でも、これは自己紹介だ。これから一緒にやっていくためのね。
だから、互いに自分のことを教え合おうよ」
「……阪城美鈴。10歳」
美鈴はぶっきらぼうにそう答えると、さらにそっぽを向く。だが、治弥はそれでも嬉しかった。
自分が問うて、答えが返って来たということは、コミュニケーションが成立したということ
だからだ。
「そうか。美鈴ちゃんか。なにか好きな物はある?」
「……肉」
「お肉かぁ。じゃあ、今日はお肉にしてもらおう。焼肉がいいかな? それともステーキとか
ハンバーグの方がいい?」
「……なにそれ? 私、知らない」
そこで、治弥ははっとなる。先ほどからの少女との会話を思い出せばステーキやハンバーグ
などと無縁だった人生を歩んできたことなど容易に想像できたはずだった。
(迂闊だった……)
「よ、よし。じゃあ美味しい物これからたくさん教えてあげるよ。さ、行こう」
治弥は手を差し出す。が、美鈴は手を取らずに部屋から出ていく。
「これから、だよね」
治弥はそう呟き、自分に言い聞かせた。
◆
部屋から出ると美墨が待っていた。
「なるほどなるほど。貴方が、美鈴ちゃんね? 私は、美墨諒子よ。よろしくね」
美鈴は美墨の顔を見つめたままでいる。両者の見つめ合いは治弥が「行きましょう!」
と声を上げるまで続き、前途の多難さを治弥に実感させた。
「よぉし! 今日は、『美墨民間警備会社』の誕生記念日よ! ガンガン食べましょう!
さ、美鈴ちゃんは何が食べたいのかしら? 今日は貴方の歓迎会でもあるの」
「さ、流石社長ッ!」
治弥も無理やりに場の空気を上げる。正直、ヤケクソ気味で。
「肉。さっきその男に言った」
その男と治弥を指さす美鈴。
(その男か……まだ仲良くとは程遠いなぁ)
「そうだったねッ! 社長! 今日はパーっと焼肉どうですか!?」
「焼肉か~いいわね。ジョッキを傾けながら私たちの今後を語り合いましょう!
そうと決まれば行くわよ!」
美墨はそう言うと「飲むわよ、今日は」と言い出口へ向かう。
治弥も「僕らは未成年ですよ……」とぼやき続く。が、美鈴は立ったままだった。
「どうかしたしたの? 忘れ物?」
治弥は後ろを振り返って尋ねる。
「別になんでもない」
「そう。じゃあ、行こうか」
そうは言いつつも、治弥は彼女の物寂しげな顔が頭に残った。
◆
夜、美鈴を加えた三人は真新しい『美墨民間警備会社』のオフィスへ来た。
「やっぱ、打ち上げるなら此処でしょう」との美墨の提案である。治弥は、
次の日部屋が油っぽくなると抗議したが、反対された。
「「乾杯ッ!!」」
カチンとガラスがぶつかる音が響く。美墨はビールを一気に煽り、治弥も
精一杯コーラを喉に収めるが、喉に炭酸が絡み軽く咽る。
「ささ、焼くわよ~治弥君! もう、じゃんじゃん焼いちゃって! 私、タンね!」
「りょ、了解です」
(って、やっぱ僕が焼くんだ……)
治弥は『美墨民間警備会社』のヒエラルキーが決した瞬間を垣間見た気がしたが、
現在三人しか居ないうえに、元々決まっていたようなものなので、諦めて肉の入った
タッパーに手を伸ばした。
「じゃあ、適当に入れますよ?」
「いいわよ~」
治弥は美墨に一応確認を取ってから、美鈴に向き直る。
「美鈴ちゃん。どれ食べたい?」
「……これ」
「分かった。待っててね」
美鈴は小さく頷く。治弥は美鈴が示した肉を中心にホットプレートへ展開していく。
ジュ―という肉の焼ける音が響く。
「治弥君早く~! 遅い~」
(この人もう酔ってんのだろうか?)
治弥はそう思いつつ「もう少しですよ」と返す。その時に見た美墨の顔はやはり既に朱色
かかっていた。傍らにはビールの瓶が既に一本空になっている。
暫くして肉が焼ける。治弥は肉を美鈴の皿に乗せて渡す。
「はい。美鈴ちゃん。沢山食べてね。きっと美味しいよ。美墨さんは料理は出来ないけど
肉の目利きは鋭いんだ」
「ちょっとなにそれ~。人のことを家事が全然できない未婚の三十路女みたいな言い方
しないでくれるかしら? 後、社長でしょうが。社・長!」
「そこまで言って無いですけど……」
美鈴は2人の会話を尻目に肉にフォークを伸ばす。
「……美味しい」
「そう。良かった! やっぱり社長の眼は確かでしたね」
「何か釈然としないけれど……けど良かったわ」
そうして宴は過ぎていく。
◆
「社長。後片付け終わりました」
「そう。ありがとう」
「あの、美鈴ちゃんは?」
治弥が問うと、美墨は応接用のソファーを指さす。そこには規則的に息を立てる
美鈴がいた。
「疲れているのか、寝ちゃったわ」
「そうですか。安心……してくれたんですかね?」
「それはどうか分からないけれど。まだ、ここがスタートよ。焦らない、焦らない」
美墨は奥の社長用のデスクでキーボードを叩いている。
「彼女は、今までよくない人と組んでばかりだったみたいなんです」
「よくない人?」
美墨の手が止まる。治弥はぽつぽつと語りだした。
「僕に最初に会ったときに、ビルから落とすのかとか、殴るのかって聞かれて……
今までにそういうことされて来たみたいで」
「なるほどね。世の過激派じゃそういうのはあるみたいね。「ガストレアなんて殺してやる」
ってね。馬鹿よね。そう思うなら自分で戦えって話よ……」
「皮肉な話ですね。彼女たち『イニシエーター』がいて初めて僕らは『ガストレア』と対等に
闘えている。それなのに……何故、差別は生まれるのでしょうか」
治弥は寝息を立てる美鈴を見る。『イニシエーター』はガストレアウィルスを体内に宿して
いる分。身体能力と自己治癒力がすこぶる高い。
「さぁてね。そういう連中の考えなんて読めないわ。けどね。治弥君。彼女は……
彼女だけは幸せにしてあげなさい。いいわね? 最初の社長命令よ」
「分かりました。では、遅いですしそろそろ僕は失礼します」
治弥は鞄を持つと帰り支度を整える。
「ちょっと。美鈴ちゃん連れてかないとダメでしょう?」
「え……ッ! 僕の部屋にですかッ?!」
治弥は驚いて鞄を落とす。
「当たり前でしょう? 貴方はこの子の保護者なんだから。はい、ほら。おんぶする。
服とか身の回りのものは明日にでも行きましょう。どうせ、最初は依頼無いしね」
「わ、わかりました」
治弥は若干混乱しつつ静かに美鈴を持ち上げる。
(凄く軽い……)
「なに辛気臭い顔してんのかしら?」
「えッ! その、彼女凄く軽くて驚いちゃって……」
「10歳だもの。そりゃそうでしょうね。でもね、彼女が背負ってきた苦しみ、
悲しみ。そういうものを忘れないであげて。それで、今度はそれ以上に楽しさとか
嬉しさをあなたがあげるの。いい?」
「……はい」
治弥は強く頷いた。美墨はそれを見て「よろしい」といい笑う。
「じゃあ、早く帰って休みなさい。明日遅刻しないこと。いい?」
「分かりました」
では、と治弥は事務所を後にする。だが、去り際に美墨が言う。
「治弥君? 可愛いからって……手を出しちゃダメよ?」
「し、しませんよッ!」
「あら。そういうアブノーマルな恋も素敵だと思うけどなぁ」
「僕を犯罪者にしたいんですか……」
「6歳差なら―――――アリよ」
美墨の眼が光る。
「それはまぁ……社長の年齢からマイナス6歳ならアリだと思いますけど……」
「あら? 治弥君。早速減給をお望みかしら? レディの年齢を引き合いに出すなんて……」
「何でも無いですッ! おやすみなさい!」
激動の初日だと治弥は思った。
物語は、第三次関東会戦の一年前の設定です。用語等の解説も次回以降随所入れて行きます。
続けばですけれども……頑張ります。