その最強はわからされない   作:虫野律

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第一章 ボーイミーツガール的なやつ
その最強は夢を見ない


 ハナダシティのルメルは美少女──海色に輝く艶やかなロングヘア、そして憂いを含んで優しく下がった目尻が魅力的な──ではあるが、天才ではない。

 齢五つにしてそれを自覚していた。それは両親と共に観たチャンピオン戦が原因だった。

 ──ひぇぇ、あんなん絶対勝てない……。

〈最強のポケモンマスター〉になることを夢見ていたルメルは、プロの試合を観戦する時には必ず〈自分ならどう戦うか〉〈どうやって攻略するか〉ということを考えた。誰に言われたわけでもなく、自然とそうするようになっていたのだ。

 そのチャンピオン戦を目の当たりにするまでは、〈ちょっと骨が折れそうだけど絶対負けない〉〈手段を選ばなければ八割方勝てる〉などと思うことはあっても、〈無理〉〈死ぬ〉〈あんなんチーターや〉〈トレーナーもろともはかいこうせんでぶっ飛ばすとかイカれてる〉と絶望することはなかった。

 ルメルはこう結論づけた。

 ──うん、ぼくはほどほどでいいや。

 しかし、天は彼女を見放さなかった。あるいは、試練を与えたのかもしれない。

 ある晴れた日のことだ。ルメルがハナダ運河──例の金玉橋で有名な──の向こう側にある洞窟をぼんやりと眺めていると、ふと、天啓にも似たひらめきがあった。

 ──ナゾノクサ狩りで育てたポケモンよりもコラッタ狩りでレベルを上げたポケモンのほうが、すばやさがよく伸びてる気がする……。

 まるで〈努力〉の内容によって成長の仕方が決まっているかのようではないか。

 そう気づいてからのルメルの行動は、しんそくのごとしであった。比較的裕福な家庭の生まれであることを最大限に活用して自身の仮説の検証を行ったのだ。

 結果、ルメルは確信した。

 ──ポケモンの成長には数学的に定められた確固たるルールが存在する。

 そして、彼女はそれを〈努力値〉と名付けた。

 このようなシステムについて言及した論文は見たことがない。つまり、新発見にほかならず、紛れもなく携帯獣学のブレイクスルーに繋がる大発見であった。

 ──ぼくって天才かも!

 ルメルは自画自賛した。

 ──この性質を使いこなせれば誰にも負けない!

きっと最強のポケモンマスターになれる!!

 しかし、くだんの、人に向かってはかいこうせん男のことを思い出して、はっとした。

 ──いや待て落ち着けぼく。その程度であの殺人未遂犯に勝てるかな……。

 ポケモンのステータスを最適化できたとして、だから何だというのだ? たしかに効率的な戦闘が可能かもしれないが、所詮それだけ。凡人が凡人としての上限値に到達するだけで、真の天才の域に届くわけではない。

 ルメルは溜め息をついた。五歳児には似つかわしくない、哀愁を、どこか哀切さえ感じさせる重い溜め息だった。

 ──やっぱりぼくはほどほどでいいや。

 そして、ルメルは全力を出すのをやめた。凡人の中でイキりちらすだけなら手を抜いていても容易だったからだ。

 その日から数年の月日が流れてルメルが十一歳になったころ、幼馴染みのカスミ、彼女は地元の家族経営のジムで緩く働きながら安穏と暮らしている、環境ガチャで当たりを引いた美少女なのだが、彼女から、「家族で長期の旅行に行きたいから代理でジムリーダーやってくれない?」と頼まれた。

「えーやだー、怠いもん」ルメルは断った。

 ルメルは相も変わらず格下相手に無双する日々を送っており、このころには〈地元最強のポケモントレーナー〉と呼ばれるようになっていた。

 その腕を見込まれたのだろうが、面倒なことはやりたくなかった。

 しかしカスミは、

「そう言わずにお願い! あんたが欲しがってたあれ、あげるから」と餌を提示して食い下がってきた。

「ほんとに?」ルメルは食いついた。

 カスミは、うん、と大きく顎を引いた。

 それならいいかな、とルメルは了承した。

 ということがあってハナダシティでジムリーダーの真似事を始めたのだが、これがなかなかに楽しく、というのも正式なジム戦はネットで全世界に配信され──そう、承認欲求がべらぼうに満たされるのだ。

『つっっっよ!?』

『いい笑顔でいたぶりやがってよ……畜生がすぎる』

『羨ましすぎる』

『うわぁエリートトレーナーが手も足も出せずに三タテ』

『完全に心折れてるよ』

『てか、こいつかわいくね?』

『カスミよりおっぱいあるし』

『かわいくて強いとか最強かよ』

『すごくわからせたいです……』

 などなど自身を称賛するコメントがわんさかで最高である。

 ルメルはより気合いを入れてバトルに臨むようになった──自分を信じていた、あのころのように。

 必然、ハナダジムのバッジ獲得ルートは、ルメルのきまぐれによる慈悲(判定合格)のみになってしまった。

 膝を折って絶望するいたいけな少年少女たちに、「ま、凡人にしては悪くなかったよ。死ぬ気で努力すれば賑やかしの前座トレーナーにならなれるかもね」などと嘲笑いながら、ぽいっとバッジを投げ渡すのだ。

 視聴者たちも、

『ひぇぇ』

『相変わらず性格終わってんなぁ』

『誰かこいつを何とかしてくれ』

『わからせ! わからせ!』

 などと大盛り上がりである。

 そうしてルメルは、〈地元最強のポケモントレーナー〉から〈カントー最強のジムリーダー(代理)〉へとクラスアップした。

 

 ──以上が前振り(プロローグ)である。

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