その最強はわからされない   作:虫野律

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その最強は逃げ出さない

 ルメルがハナダジムにある自室でエゴサにいそしんでニヤニヤしていると、正面玄関口にある防犯カメラから送られてくる映像に来客らしき人影が現れた──この部屋にもそれ用のモニターがあるのだ。

 挑戦者かな、と思うもルメルは腰を上げない。応対は、カントーのポケモンリーグ本部から派遣されている、審判資格持ちのビキニのおねえさん──サヨコ(三十二)がやってくれる。諸々の手続きが終わって呼ばれるまではだらだらしていられるのだ。

 ──コンコンコン。

 ドアがノックされた。

 ──あれ、何か早くない?

 いつもは手続きにもう少し時間が掛かる。挑戦者じゃない?──首をひねりつつも立ち上がってドアを開けた。

 そこには、困ったように眉をひそめたサヨコがいた。

「どうしたの?」

 ルメルが尋ねると、サヨコは答えた。

「赤帽子の男の子が来てるんだけど、彼、何にも話してくれなくて」

 ルメルの心臓がどきりと跳ねた。

 まさか彼だろうか。某原点にして頂点君が訪ねてきたのか?

 何をしに? と自問し、すぐに自答した。

 ──決まってるっ、戦いに来たんだっ!

 ぶわっと嫌な汗が噴き出る。 

 ルメルの脳裏に幼少のころに見たチャンピオン戦の映像が走馬灯のように流れはじめた。

 風の便りによると、某レッド氏はチャンピオンを上回る真の強者だという。ルメルも当時よりは強くなっているとは思うが、しかしそれでもとてもじゃないが歯が立たないだろう。

 ルメルの判断は早かった。

「悪いけど──」その戦闘狂にはお帰りいただいて、と喉まで出て、待てよ、とその言葉を飲み込んだ。

 レッドはグリーンとかいう影響力のあるイケメンの知り合いだ。万が一ルメルが勝負を避けたことを彼に知られたら、その傍迷惑なインフルエンサー力によりあっという間に拡散されてしまうのではないか。

「──くっ」ルメルはうつむいて拳を握った。

 せっかく常勝無敗のカントー最強(のジムリーダー代理)としてみんなからちやほやされるようになったというのに、そんなことになったら──ルメルが逃げたことを知られたら、人を叩くことが三度の飯より好きな根性のひん曲がったネット民どもが嬉々として馬鹿にしてくるのは確定的に明らか。わからせ代だ何だと言って投げ銭(スパチャ)してくる阿呆も現れるに違いない。スパチャでは運営(ポケモンリーグ本部)が潤うだけだ。グッズを買えグッズを。腹立たしいことふんかのごとし。ファッ○!

 ──ヤるしかない。

 ルメルは決意した。

「ぼくが出よう」

 そう言って颯爽と部屋を出た。

 原点だか何だか知らないが、ここはルメルのホームだ。水パに有利なギミックもいざというときのための奥の手もある。そうそう無様はさらすまい──否、無様をさらすのは貴様だ、レッド!!

 ──吠え面かかせてやるわ!!

 

 

「くっ……!」

 映え用勝負水着、すなわち胸の谷間が強調される黒のワンピース型のものでばっちりめかしたルメルの眼前には、自身が手塩に掛けて育てたカメックスが転がっていた。誰が見ても〈ひんし〉状態である。

 審判をしている業務過多のサヨコが〈ひんし〉を伝える旗を上げた。

 

 

◆(ライブ配信を観る神様(アルセウス)視点)

 

 

 初めて見るルメルのカメックスの敗北に、ライブ配信のチャット欄では、大量のコメントが高速で流れていく。

『うおおお!!』

『まずは一匹!』

『数多の新人をぶちのめしてきたカメックスでも流石に伝説の赤には勝てないか』

 

 

 

 

 サヨコにより──対戦の時はたとえ公式戦でなくても常に配信するように、というルメルの言い付けに従っただけなのだが、突如として始まったルメル対レッドの非公式試合(どうぐ・もちものなしの勝ち抜き戦)はいつものようにライブ配信されていた。同接は驚異の三万オーバー。圧倒的公開処刑の予感に視聴者はウッキウキのようだった。

 三対三の先鋒戦はまさかのミラーマッチ、カメックス同士の対決となった。

 こうなれば純粋な実力が物を言う。生粋の水タイプ使いのプライドに懸けて完封だけは阻止したが、ルメルのカメックスは相手の体力を半分ほど削ったところで力尽きてしまった。

 ハナダジムのバトルフィールドは広大な屋内プールにいくつものコンクリートの島が点在するものだ。レッドのカメックスは現在、フィールド中央の島の上で、どんと構えている。

「……」

 赤帽子のあん畜生は無言無表情でただ前を見据えている。

「す、少しはやるみたいだね」ルメルは必死に虚勢を張った。「君のカメックスもよく育てられている」

 ハナダジムでは対戦時に防水のインカムを着用する。したがって、声を張らずとも会話が可能なのだが、

「……」

 レッドはガン無視である。

 イラッ☆

「その余裕、いつまで持つか見ものだなぁ!!」

 ルメルは次のポケモン、今回の肝となるポケモンを繰り出した。

「ガャァァァアッ!!」

 青き鱗の水龍、ギャラドスがボールから飛び出るなり激しい咆哮と厳つい顔でカメックスをいかくした。

 ……まぁ意味はない。レッドのカメックスは特殊メインだ。それはルメルもすでに把握済みだが、ギャラドスはいかくしたい生き物なのだ、仕方ない。

 さて、現在の携帯獣界隈において努力値の存在は一般的には認知されていない。レッドなど一部の一流どころは肌感覚で理解している節はあるが、ルメルのように数字として厳密に捉えているわけではないはずだ。

 何が言いたいかというと、

「ギャラドス、舞え!!」

 ルメルのポケモンたちは役割に応じて最適化されており、耐久に厚く振ったこのギャラドスは、雑に調整された有効打のないカメックス程度なら起点にできるということだ。

「……」

 レッドが無言の指示(?)を出す。カメックスが、「ガメッ!」と鳴き、ハイドロポンプを射出した。

 ──どうしてあれで意思疎通ができるんだぁー?!

 甚だ納得いかないが、水砲は迫り、直撃。ギャラドスの体力はじりじりと削られていく。

 ──流石に厳しいか。

 六積みが理想だが、それは現実的ではない。二回積んだところでギャラドスに攻勢に転ずるよう命じた。

「アクアテール!」

 水のオーラが瞬く間にたくましくも美しい水龍の尾に顕在した。

 ルメルのギャラドスはストーンエッジなども習得済みだが、試合で使用できる技の数は四つまでというのが一般的であり、特に断りのない場合は、たとえ野良試合であってもそれを遵守しなければならないという暗黙の了解がある。したがって、彼の役割からここはアクアテールがベター。

「ガァアアアッ!!」

 闘志をたぎらせたギャラドスが、咆哮と共に宙を疾駆してカメックスへ向かってまっすぐにばく進する。

「ガメーーッ!」

 カメックスはブラウンに輝くオーラを纏うと、力士のように重心を低くして正面から受け止める構え──おそらくはカウンターでの一発逆転狙い。

 水面すれすれを飛ぶ巨龍が、しぶきを上げながら迫り、空中で弓なりに反動をつけられた水尾が勢いよく放たれた。

「ガメッ!」

 カメックスに直撃!

 ズドンッと砲弾が飛んできたかのような重く響く音が空間を激しく揺さぶり、

「ガッメッ!」

 カメックスの顔が煩悶に歪む。「ガ、ガメェェッ……!!」

 それでも力を振り絞ってこらえようとしていたようだが──、

「カメックス、戦闘不能!」

〈ひんし〉で目を回すひっくり返った亀の姿がそこにはあった。

 ──よし、ここまではおおむね及第点。

 先鋒のカメックスが半分も削ってくれたのが地味に効いていた。あれがなければ、竜舞二積みでカウンターを突破することはできなかっただろう。そうなると、更に積むにしても積まないにしてもギャラドスの体力を温存することは難しく、すなわち次に来るであろうやべーやつらに瞬殺されかねない。イコールで作戦の瓦解、敗北である。

 

 

 

 

『うおおお!』

『やべえええ!』

『意外とまともに戦えてて草』

『雑魚専じゃなかったのか』

 想定外の奮戦に草タイプのコメントが大量発生である。

『わからせまだー?』

『これじゃないんだよなぁ』

『俺らはイキったメスガキがわからされてぎゃん泣きするのを見に来てんだよ』

 しかし、不満顔の鬼畜もいるようだ。

 

 

 

 

 モンスターボールにカメックスを戻したレッドに向かってルメルは口を開いた。

「あれれ~? もしかしてレッド君って大したことない~? カントーガチ最強の噂はガセだったのかなぁ~?」

 これは単なるメスガキムーブではない。半分ぐらいは高度な心理戦なのだ(残り半分は趣味)。相手のメンタルを揺さぶって冷静さを失わせるための番外戦術!!

 なお、レッドに効いている様子はない。

「……」

 レッドは腰のモンスターボールに手をやり、ゆったりとしていながら妙にキレのある横手投げ(サイドスロー)でそれを放った。

 ──何が来る?!

 ルメルが固唾を呑んで見つめる先に出現したのは、

「グォァァァァァオッ!!」

 一目でそれとわかるエース級ポケモン、リザードンであった。

 ……案外、レッドもムカついているのかもしれない。

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