その最強はわからされない   作:虫野律

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その最強は恐れない

 古今東西、戦う者ならば必ず抱く疑問がある。

 ──強さとは何か?

 力? 耐久力? 技の威力? 技の多様性? 頭脳? あるいは判断力?

 ──否、断じて否である。

 ルメルはそう確信している。

 彼女がたどり着いた強さの神髄とは──そう、すべてを置き去りにする〈すばやさ〉であった。

 

 

 ハナダのフィールド、そのコンクリートの島の一角に一匹の海色(あお)が音もなくただ静かに佇んでいた。

 ルメルの最高傑作にして最強の矛であるところのそのポケモンは、ともすれば何の覇気もない抜け作のようにも見える。しかし、上空にいるリザードンはその双眸を歪ませた。

 ──今の自分では勝てない。

 赤き覇竜の悔しげな表情からは、そんな思考が透けて見えた。

 対照的にレッドの思考は読めない。

「……」

 黙して語らず、相手に一切の情報を与えまいとするその姿勢は、あるいはポケモントレーナーの完成形の一つなのかもしれない。

 忌ま忌ましいことだ。しかし、それもすぐに崩れるだろう。

 ルメルは思う。

 ──ぼくは負けないし、わからせられないっ! 勝つっ! 勝ってちやほやされるのだ!

 ルメルは戦闘開始の合図を催促するようにサヨコを見やった。

 それに応えるようにサヨコは顎を引いた。

「始めっ!」

 旗が下ろされた。

 その瞬間、多くの視聴者には海色が消えたように見えたはずだ──圧倒的なすばやさによる瞬身がそう錯覚させたのだ。

 かの海色は、すばやさに上昇補正の掛かるせっかちな性格に加え、これは意図的にそういう個体を選んだわけではなく偶然なのだが、他の個体に比べて速さへの素質もあるようだった。

 そして、何よりこの個体の特性は〈すいすい〉だ。

 まるで天が、ルメルに試練を課した神が、速さを求めろと告げているようではないか。

 ルメルがすばやさに極振りすることを決めるまで時間は掛からなかった。

 ルメルには高く高く跳び上がった海色が見えていた。訓練を共にするうちに彼女の動体視力も、かの戦闘民族、マサラの民に匹敵するレベルまで引き上げられていた。

 それはすなわち、純血のマサラ人であるレッドにも見切られているということ。

「くさわけでなぶりつつ限界まで積め!」

 ルメルが無慈悲な命令を下すのと同時にレッドの人差し指が、くいっと下を指した。

「!?」

 ルメルは驚愕に目を見開いた。

 ──えええ!? 君もなのぉおっ?!

 レッドの指示、それは、

「──ッッ!!」

 歯を食い縛ったリザードンが急降下し、そして、

 ──どっぱぁぁぁんっ!!

 プールに飛び込んだ。上がってこない。

 水が弱点のリザードンにプールに潜りつづけることを命ずる、それが意味するところはただ一つ。

 ──レッドのやつ、リザードンに自滅を命じやがった!

 先ほどのルメルと同じだ。勝つためには仲間に死を要求することも厭わない。

「ちっくしょうっ!」

 ルメルは頭を掻き回した。海色にはくさわけ──これは水中では発動しない──以外にすばやさを上げる手段がない。

 それを理解しているからこその即断即決であることは明白。裏を返せば、すばやさを上げることさえできていればルメルが勝てた可能性が高かったということにほかならない。

 だからこそ悔しい。逃げる手段を潰せなかった自分の至らなさに心底腹が立つ。

 ──仕方ないっ、次善の策だっ!

「ひんし判定が下るまでわるだくみ!! 限界まで積め!!」

 す、と軽やかに下り立った海色が、うなずきもせずにゆらりとわるだくみを発動した。

 二回積んだところで目を回したリザードンが水面に現れた。尾の炎は線香花火のように儚く消えかかっている。

「リザードン、戦闘不能!」

 サヨコが判定を下すなり、リザードンはボールに戻された。

 張りつめていた空気がわずかに緩んだ。

 ルメルはこっそりと息をついた。おそらくはライブの視聴者たちも似たようなものだろう。

 

 

 

 

『こいつら覚悟ガンギマリすぎてて怖いんだが』

『おいおいこいつはいったいどういうことだ? ルメルは所詮ジムリーダー中位レベルじゃなかったのか?』

『普通に名勝負で草も生えないwww』

『カントー強さ議論スレが荒れ出してる件』

『でも、次ってあれだろ?』

『それはそう』

『ですよねー』

『来るのか、真の常勝無敗が』

『久しぶりだな、レッドのあいつが表舞台に立つの』

『マサラの黄色い閃光が見れるなんてついてるぅー!』

『傍観者だから言えることだよな』

『当たり前だろ!!』

 

 

 

 

「……」

 リザードンの入ったボールを一拍見つめてからレッドは、それを仕舞い、気負わぬ様子で次のボールを投げた。

 ──来るよねっ?! 絶対あの子が来るよねっ?!

 ルメルの予想にたがわず、レッド側の島の上に現れたのは、ポケモン界のアイドル! 人気ナンバーワン! 最強のかわいさ! もはや戦わなくても食べていける!

「ピカピッ!」

 ピカチュウ様であった(かわいい)。類い稀なる感知能力でもって瞬時にカメラの位置──全体撮影一つ、ズーム追尾二つの計三つ──を把握したらしき彼女は、

「ピカッ!」

 カメラ目線でにこっとほほえんだ(とてもかわいい)。

 隙あらば愛嬌を振り撒くその姿勢には感心すら覚える。流石はアイドル、媚を売ることに関しては右に出る者はいないのだな、とルメルはまた一つ賢くなった。

 閑話休題。

 ここにルメルとレッドの大将が出揃った。

 早速、ルメルは高度な心理戦()を仕掛ける。

「あれれぇ~? レッド君のラストはピカチュウなの~? そんな愛玩用ポケモンでダーイジョーブ? ほんとに戦えそ? 今ならほかの子に換えてもいいのよん?」

「……」しかし、レッドは無言。暖簾に腕押し、ヌケニンにメガトンパンチである。

 煽りはスルーされるのが一番応える。

「ちっ!!」

 ルメルは大きく大きく舌打ちし、「ちっ!!」すぐさまもう一度繰り返した。

 さて、通常、ピカチュウとかいうかわいさの化身は、おそらくはギャップ狙いなのだろう、かみなりとかいう人死にが出かねない非常に危険な技を習得している。

 その技は、あめ天候だと必中になる。そして、現在ここは永続あめ状態である。加えて、ルメルの海色は水単タイプ。

 これは致命的な失着(プレミ)ではないか──そう思うのが普通だろう。

 実際、試合開始の合図と同時にピカチュウはかみなりを放とうとした。

 が、それは叶わなかった。

「ふんっ、甘いよ、レッド」

 鼻を鳴らしてルメルは、勝ち誇った顔を見せた。

 簡単な話だ。かみなり発動の気色を察知した瞬間にハイドロポンプを発射し、発動する前に潰してしまうのだ。そうすれば、必中かみなりといえども当たることはない──撃たせなければどうということはないのだ。

 速さを追求する利点の一つがこれだ。すなわち、自身の技の発動も速くなる。結果、相手の行動を著しく制限できる。特に溜めの必要な大技には効く。

「……」予想していたのだろう、レッドから動揺は窺えない。

 いや……笑っている……?

 ──何この人、怖い。

 ルメルはちょっと引いた。さっきも笑みを見せた場面があったが、ずぅーーーっとしゃべらないでいて、かと思ったら今みたいに突然にやける、これはかなり怖いし不気味だ──ルメルはぶるっと身震いした。

 ──早いとこお帰りいただこ。

 ルメルは勝負を決めに掛かった。

「ハイドロポンプで削りきれっ!!」

 海色は猛烈な勢いの水砲を発射した。

 しかし、ピカチュウは難なく回避。やはりやつもスピードタイプ、大技を発動しようとしなければこの程度は造作もないらしい。

「ピッ、ピッ、ピカッチャー!」

 連続で射出されつづけるハイドロポンプをかわしながらもピカチュウは、時折カメラに愛くるしい目線をやるのも忘れない。あっ、ウィンクした。

 ──余裕かましやがってぇっ!

 ルメルはキレた。もうプンプンである。

「あれをやれ!!」

 ルメルが叫ぶと、今度こそ海色は彼女の視界から消えた──次の瞬間、ピカチュウの背後にハイドロポンプの予備動作を完了した海色が出現。

「ピッ!?」

 さしものピカチュウもこれには驚いたのか、目を見張った。

 この技はスタミナ消費度外視の奥の手だ。つまり、無理やりにスピードを上げて背後に回り込み、それと同時にハイドロポンプ発動の準備をこなすのだ。そして、回避不可能な至近距離でぶちかます。結果、相手は死ぬ。

 ルメルはこれを〈瞬間移動ドロポン波〉と呼んでいる。

「ってぇぇぇえっ!!」

 ルメルの号令と同時に至近距離──一歩分も離れていない──でハイドロポンプが放たれた。

 直撃──するかに思われたが、ピカチュウはとっさに海色の足元に向かってでんこうせっかを発動し強引に体をずらして致命傷を回避したではないか。

 何という判断力! 何という胆力! 何というあざとさ!

 たしかに完全回避はさせなかった。しかし、ピカチュウは右肩に被弾して吹き飛ばされただけで、空中でくるりと身を翻して華麗な着地を決める余裕さえあった。

 おそらくは当たる瞬間にでんこうせっかをキャンセルして後ろに跳ぶことで衝撃を逃がしていたのだろう。初見にもかかわらずほとんど満点に近い対応ではないか。

 ──化物めっ!

 ぎりりっ。ルメルは歯噛みした。

 これがマサラの黄色い閃光っ……! これが常勝無敗っ……! これがかわいいオブかわいいっ……!!

 と、レッドが思案げに目を細めた。

 ゆらり──。

「!?」

 レッドの周囲の空間が、海市蜃楼(かいししんろう)のように揺れ動いた。少なくともルメルにはそう見えた。彼の存在に、闘気に耐えきれずに空間が悲鳴を上げているかのようで、ルメルは我知らず後ずさっていた。

「ちっ」

 ぐっと力を入れて前へ出る。

 ──このぼくがビビってる? 馬鹿なっ、認めないっ、そんなのは認められないっ!

 ルメルはレッドを──あるいは自身を鼓舞するように──()めつけた。

 すると、鋭く、深く未来を見据えるかのような漆黒の双眸が、海色に、そしてルメルに向けられ、彼女の青き瞳を貫いた。

「っ!」

 ──来るっ!

「跳べぇぇっ!!」

 悲痛にも似た調べを含んだ叫びだった。ルメルがとっさにこの指示を出したのは、論理的な根拠があったからではない。経験則でもない。

 本能だ。

 戦う者の魂に宿る本能が、ルメルの思考を越え、彼女にそうさせた。

 そして、それは半分は正解だった。

「ピッ!」

 何でもない日常の一幕であるかのような気安さ、もっと言えばどこか軽佻浮薄(けいちょうふはく)な調子でさえあった。ルメルが叫ぶのと同時にピカチュウの姿がぶれたかと思ったら次の瞬間には、海色の背後に、そう、まるで先ほどの彼と同じように現れたのだ。

「っ!」

 海色がピカチュウから逃れるように跳躍する──だが、遅い。この瞬間にはすでに雷撃の申し子は予備動作を終えていた。

 ──バチッ。

 ぷにぷにの赤い頬っぺたから、ひまわりのような優しい色合いの、されど絶対的な死を携えた電気が洩れ出ていた。

 ──くそっ、必中かみなりが来るっ!!

 こちらも初めからハイドロポンプを準備しておけば、あるいは結果は違っただろう。先ほどの指示は明確な悪手だ。

「全力ドロポンで迎え撃てっっ!!」

 苦し紛れでも、やらないわけにはいかない。

 海色の口元から爆発的な物量の水砲が放たれ、ピカチュウの黄金に輝くかみなりと真っ向から衝突する。しかし、急ぎすぎたせいで〈溜め〉の不十分だったハイドロポンプではピカチュウの十分に計画された犯罪的な威力のかみなりを打ち破るにはあまりにも力不足だった。

「──ッ!!」

 海色の激流が爆散し、かみなりが直撃──こうかはばくつぐんだ!

 ふらっと海色がバランスを崩した。ごく短い時間、意識が飛んでいたのだろう。

 とはいえ、海色はすぐに体勢を整え、一つ向こうの島に引っ込んだピカチュウを油断なく警戒する。

「ピカチュッ!」

 ピカ様はカメラに向かって顎下ピース──手の甲を前に向けて顎を指の間に挟む縦ピース──を決めたところだった。

 こうかはばつぐんだ!(視聴者に対して)

「くっ……!」

 ルメルは目くるめく思いだった。

 ──何だあれ、かわいすぎだろ、ずるい!

 自分は、かわいく見える角度を探し出し、流行のメイクやファッションを研究し、そのうえでバレない程度に加工して盛って盛ってようやっと〈いいね〉とコメントを集めているというのにっ!!

 ぎりりっと歯軋り。

 ──許さぬぞ、ピカチュウ! ノーメイク無加工で〈さいかわ〉なんてそんな理不尽がまかり通っていいはずがないっ!!

「絶対勝つ!」

 嫉妬に燃えるルメルは、次なる指示のために口を開いた。

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