その最強はわからされない   作:虫野律

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その最強は止まらない

 そも、ピカチュウは耐久力のあるポケモンではない。

 いかにレッドのピカチュウが例外的かつ反則的なかわいさと強さとかわいさを持ったナチュラルボーンチート個体だといえども、わるだくみを積んだ海色のあめドロポンを受けて無事でいるなどありえない。そのはずだ。

 ピカチュウの笑顔には翳りなどない。ダメージはないように思える。

 しかし、だ。

 スタミナ消費の激しい〈瞬間移動ドロポン波〉と同等の速度と技術を要するであろう〈瞬間移動かみなり波〉を撃ってきたというのは、勝負を急いでいる証左ではないか。

 ルメルの最高傑作──海色との戦闘でお行儀のいいまともな戦い方、無理をしない〈おままごと〉を続けていると負ける可能性があると思わせられたのではないか。

 であれば、勝機はあるはずだ。

 かの頂きにもルメルの、ルメルたちの牙は届きうる。

 チャンピオンには、真の天才には勝てないのだと悟ってからも、ぼくはほどほどでいいからとへらへら笑うようになってからも、こそこそと研ぎつづけてきた牙は、その速さは世界の理にも抗える──そうでなければ、何のために戦ったきたのか。そうでなければ、あまりにも虚しい。だから、そうでなければならない!

「ここから先は常に全力で動け!!」

 ルメルは声を張り上げた。

 もはや作戦などあってないようなものだ。〈瞬間移動ドロポン波〉の連続使用により先に削りきる。

「ヤられる前にヤれ!!」

 それだけだ。まるでバトルを覚えたての新米トレーナーのようだ。紛いなりにもカントー最強のジムリーダーがやることではない。

「ッ!」

 海色が消えた。

「ピッ!」

 ピカチュウも消えた。

 まばたきをすると、二匹は壁、ルメルから見て右側の壁に両手両足をつけた四つん這いの格好で向かい合っていた。どちらも技の発動準備は終えている。

「ピッカァッ!!」

 かみなりと、

「ッ!!」

 ハイドロポンプが再び激突する。

 

 

 

 

『速すぎぃぃ!!』

『ほとんど見えなくておもろくないんだがww』

『放送事故ww』

『極めたスピードタイプ同士の戦いはこれだから困る』

『もう少しゆっくり戦ってください〈五万〉』

『スパチャw』

『そんなんで五万も(困惑)』

『金のある馬鹿は幸せそうでいいな』

『じゃ俺は食べ頃ロリの谷間代〈五万〉』

『ジュンサーさんこいつです』

 

 

 

 

 消えては現れ、殺意をぶつけ合う──ハイドロポンプとかみなりを撃ち合う。

 そんな攻防がすでに二十回。ハナダのフィールドはひび割れ、抉れ、至る所が損壊していた。

 そして、それは高速戦闘を続ける二匹も同じだった。

 スタミナを著しく消耗しつづけてきた海色は、すでに肩で息をしており、表情にも苦悶がにじんでいる。

 一方のピカチュウはいまだ余裕の笑みを浮かべているし、カメラを意識した立ち回りでしっかりと魅せてもいる。

 しかし、呼吸は乱れはじめていた。かみなりの威力にも翳りが見える──こちらも相当に無理をしていることが窺えた。

 戦況は五分五分、ルメルの目にはどちらが勝ってもおかしくはないように見えていた。このままいけば、運次第でジャイアントキリングもありうる、そんなふうに浮かれていた。

 と、レッドがこちらを見ていることに気がついた。

 ──何よ?

 怪訝のしわを眉間に刻んで目で問い返すと、レッドの赤い唇が開いた。

 ──いくよ。

 そう言っているように見えた。

「っ?!」

 ルメルの心の臓が全力でアラームを鳴らす。何をするつもりか知らないが、レッドが次の一手で試合を決めようとしていることは間違いないだろう。

 ──まだ奥の手があるというのっ……?!

 ルメルは眉間のしわを深めて身構えた。

 何が来ても即座に対応できるように目を凝らしていた。まばたきすら厭い、稲光の死神を観察していた。

 ルメルにそうさせるのがレッドの狙いだったと気づいたのは、世界が白に染まってからだった。

 フラッシュだ。ピカチュウが目潰しにフラッシュを使用したのだ。

「ちぃっ!!」ルメルは大きく舌を鳴らした。

 舐められたものだ、と苛立っていた。

 こんなのはくだらない児戯と変わらない。煩わしいだけで脅威にはなりえない──この程度で負けるほど落ちぶれちゃいないっ!

 目潰しへの対処は簡単だ。視覚に頼らなければいい。耳で、鼻で、肌で、心で敵の存在を感じ取るのだ。そのための訓練──目隠ししてのハナダの洞窟マラソン──をしたのもとうの昔、七歳になるころには、ルメル自身もポケモンたちも、たとえ眼球を抉られたとしても戦えるようになっていた。もちろん今もその感覚は鈍ってなどいない。

 ルメルは瞬時に心の水面を静めた。

 すると、皮膚感覚にも似た第六感がルメルを中心にして球体状に拡大していき、ものの一秒の十分の一にも満たぬ刹那の間にあめの降り注ぐフィールドのほとんどをその絶対的感知領域──ルメルはこれを〈(えん)〉と呼んでいる──に収めた。

「!!?!!?」

 ルメルは驚愕に目を見張った。

 ──……ピカチュウの電圧が……消えた……?

 ピカチュウがどこにもいないのだ。海色も瞳を閉じたまま眉をひそめている。彼もピカチュウを捉えられていないようだった。

 ──そんな馬鹿なっ! ぼくの円は絶対なんだ! 何人たりとも逃れることはできないっ!

 そこまで思考したところで、ルメルはレッドの口元がほほえみをたたえているのを感知した。

 そして、彼の唇が再びつぶやいた。

 ──じゅうでん完了。

 その声に呼応するように、

 ──バチッ。

 死神の鎌が奏でる風切り音のごとき絶望の音を聞いた。

「!?」

 その方向、高い高い天井へと円を延ばした──雷を操る死神がいた。頬袋から真っ赤な電気を溢れさせ、遥か高みからこちらを見下ろしていた。

 事ここに至り、ルメルはすべてを悟った。

 ピカチュウはスプリンクラーの配管の上に立っている。噴射口がその下にある以上、あめ天候の恩恵は受けられない。つまり、そこから放ってもかみなりは必中にはならない。

 だからこそ、ルメルは円の範囲をスプリンクラーの降り注ぐフィールドに限定した。そこから出てもピカチュウには何のメリットもないと思ったからだ。仮にあめ天候の外から海色を狙い撃とうにも、〈すいすい〉で発動速度の上昇したハイドロポンプに相殺されて終わりだ。最悪、かみなりだけが外れてハイドロポンプを一方的に受けることにもなりかねない。ハイドロポンプのほうが命中率が高いのだから、そういった悲劇が起こる確率のほうがその逆よりも高い。したがって、いらぬリスクを生むだけの行為だと言える。

 しかし、たとえそうだとしても普段のルメルならば、多少時間が掛かったとしてもフィールド全体を覆う円を展開していたはずだ。

 だが、そうはしなかった。

 そう思考するように誘導されていたのだ。

 レッドは今までの戦闘で、やろうと思えばできたにもかかわらずけっしてあめの範囲外に出ず、必中かみなりのみで攻撃してみせて、ルメルにバイアスを掛けていた──此度の試合においてピカチュウの有効打は必中かみなりしかない、と。

 その結果、ルメルは動揺し、ピカチュウにじゅうでんの時間を与えてしまった。

 かみなりは今まさに放たれようとしている。今からハイドロポンプの準備をさせても間に合わない。たとえ間に合っても、じゅうでんなし状態で互角なのだからじゅうでん済みのかみなり相手では太刀打ちできるわけがない。

 ──ああ、やっぱり駄目だったか。

 ルメルの意思は諦念へと転げ落ちていく。

 ──ま、わかってたけどね。どうせぼくなんて雑魚相手に無双するのが関の山の半端者だ。その程度の才で、最強無敵の天才様に勝てるわけないよね。

 円を霧散させる。もう無意味だ。疲れることはしたくない。 

 ──調子乗ってごめんねー。もういいよ、好きにしてよ。さっさとかみなり落としちゃって……。

 しかし、かみなりはなかなか落ちてこない。その兆候もない。

 ──……?

 どういうこと? と思い、そろそろ回復しているであろう瞳を開けようとし、

 ──え、あれ、何で?

 しかしまぶたが上がらない。接着剤でくっついているかのようにまぶたが重たくて目を開けることができない。

 それなら、とルメルは再び円を展開した。そして、

 ──!?

 先ほどとは違い、瞳を閉じたまま驚愕した。

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