The Magic Order 0   作:晴本吉陽

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41.街に潜む影

16:30

「よし、全員乗ったな!行くぞ!」

 ホテル「しのぶ里」の前に止まるバンの運転席で、車の持ち主である真次が声を張る。後部座席にいるのは数馬たち7人だった。

「それじゃ、さえ、行ってくる!」

「気をつけてね!」

 真次は運転席の窓から、旅館の入り口でバンを見送るさえに言う。

 後部座席の窓から雅紀が顔を出した。

「行ってくるよさえちゃん!帰ってきたら俺ともトランプ遊びしてね!あ、いっそのこと夜のおあそ」

 雅紀の言葉を遮るように車が急加速し、雅紀は自分の席に戻される。さらに雅紀に踏み台にされていた窓際席の雄三が、無言で窓を閉めていた。

 運転席の真次も鏡で雅紀の様子を見ながら笑っていた。

「ははは、さえと仲が良いんだな。あいつもいい年して彼氏もいないみたいだし、大切にしてやってくれよ」

「え、いや、お前それ…」

 真次の隣、助手席に座っていた佐ノ介が、スマホから目を離して思わず「さえはお前が好きだから」と言いかけて絶句する。

「どうした?」

「…なんでもない」

 佐ノ介は真次の鈍感さに何も言えずに正面を見ていた。

 話題を切り替えるため、数馬がスマホでマップを見ながら真次に指示を出した。

「真次、さっきも言ったが本当に蒼杜(あおもり)のフェリー乗り場まで頼めるか?」

「ざっと6時間、ま、楽勝だ。任せてくれよ。お前らは寝てな」

「じゃあお先に」

 真次がそう言うと、隼人が早速スマホを胸ポケットにしまって座席に寄りかかり、寝息を立て始める。寝つきの良さを思わず笑いながら、他の数人は瞼を閉じ、数人は旅館を出る時に返却された拳銃の整備を始めた。

 

 

20:00 北回道 龍観基地 司令室

 魅神暁広は目の前に並ぶ友人であり忠実な部下である男たちを見ながら声を発した。

「状況をもう一度整理しようか」

 暁広がそう言うと、星が話し始めた。

連貫(つらぬき)は音信不通、昌翔が用意してくれた特殊部隊はおそらく全滅、圭輝と浩助はしくじった挙句逃げ帰り、トッシーが歯車を仕込んだ池田、金崎、藤田がやられた。奴らは現在蒼杜を目指して北上中。明日の昼頃にはこっちに来るだろうな」

 星はそう言いながら圭輝と浩助の方を見る。平然とした様子の2人を見て、光樹は苛立った。

「ふん、よくもそんな醜い面を下げて帰ってこれたものだ」

「ハッ、醜い面だとかオメェに言われたかねぇよ。二本足で立ってるだけで人間みてぇな態度取ってんじゃねぇぞ豚野郎」

「落ち着け、お前ら」

 圭輝と光樹の言い合いを、星が止める。静かになったタイミングを見計らい、興太が話し始めた。

「確かにこの状況は不利かもしれないが、これを乗り越えてこその我々だ」

「そっそ、なんかいいアイディアあるんでしょ、トシちゃん?」

 興太に便乗して流が尋ねる。暁広は待っていたと言わんばかりに話し始めた。

「あぁ。すでに蒼杜に殺し屋を2人用意した。あいつらが乗り込むであろうフェリーにも1人、さらに心音からの応援も1人要請済みだ」

「うぉ、すっげぇ周到」

 暁広の言葉を聞き、流が思わず声を上げる。しかし星は目を細めた。

「足りるか?」

「重村数馬、こいつさえ消せばあとは軽い。1人殺すのに4人、多すぎるくらいだ」

 暁広はそう言って目の前の友人たちを見た。

「それでも奴らが生きてここに来るなら…お前たち全員の力を貸してくれ」

 暁広が言うと、彼らは改めて暁広の方に向き直った。

「もちろんだ。こんなところで負けるわけにはいかない」

「星の言う通りだ!暁広の目指す優しい世界を作るため、俺たちは命をかける!世界を変えてみせようじゃないか!」

 星と興太が言うと、その場の空気が明るくなり、流や光樹もおうと頷いた。

「そうだ。俺たちは絶対に負けるわけにはいかない。悪を滅ぼし、正しい世界を作るんだ」

 暁広がそう言うと、浩助を除いた全員が力強く頷く。

 暁広が握りしめた右の拳の上に、隣に座る茜が自分の手を重ねた。

「トッシー」

「わかってる。無理はしない」

 暁広と茜はお互いに見つめ合うと、短く言葉を交わす。茜も暁広の言葉を聞いて安心したように微笑んだ。

「茜、お前にも頼みがある」

「なんでも言って」

「今から昌翔のところに行ってほしい。研究のために龍石が必要らしいんだ。俺たちの分の龍石を持っていってくれ」

「わかった。まとめ次第、すぐに行ってくる」

「頼んだぞ」

 暁広の指示を受け、茜も引き締まった表情になる。そんな茜の肩を軽く叩いてから、暁広は改めて全員の方に向き直った。

「ここからは総力戦だ。全員の力を合わせて、奴らを倒さなきゃならない。気合いを入れてくれ。必ず…この世界を優しい世界にしてみせる…!」

 

 

22:30 蒼杜県 蒼杜市

「起きろー、着いたぞ!」

 運転席の真次が後部座席で眠る数馬たちに言う。言われた7人は各々あくびや伸びをして周囲を見回した。

「あれぇ?フェリーは?」

「悪い、車で行けるのがここまでみたいなんだ。ここから30分、歩いてもらっていいか?」

 雅紀の質問に、真次が申し訳なさそうに答える。それに対して、数馬が全員を代表して答えた。

「喜んで歩くよ。ここまで乗せてくれてホントありがとうな」

 数馬が言うと、それぞれ礼を言いながら車を降りていく。数馬も最後に車を降りると、雅紀が運転席の窓まで歩き、財布の中から万札を数枚取り出し、真次に差し出した。

「オーナー」

「え?いやお客さん、こんなに受け取れないですよ」

「違う、さえちゃんの分だよ」

 そう言って雅紀は真次に金を握らせる。雅紀はそのまま微笑んだ。

「じゃ、さえちゃんによろしくね」

「…ありがとうございます。みんな!頑張ってな!」

 真次が改めて7人に言うと、7人も、おう、と答える。

 真次の運転する車が走り出し、7人は彼の車のテールランプを見送った。

 

 バックミラーで7人を見送った真次は、スマホに手を伸ばし、さえに連絡を入れていた。

「さえ、今、蒼杜にいる。今日は泊まってから帰るから、留守は頼む」

「わかった。あ、そうだ、後でウチのレビュー見てみて」

「どうして?」

「新しく高評価が『7件』、ついてるから」

 

 

 一方、歩き出した7人はスマホで地図を確認しつつ、打ち合わせをしていた。

「道は3パターン。竜雄を襲ったあの男の能力を警戒するなら、三手に分かれた方がいいと思う」

 雄三が言うと、すぐに狼介も具体的に人の分け方を提案した。

「分け方はバランスを考えて、雅紀と雄三、俺と隼人、残りの3人でいいだろ」

「じゃあ狼介たちで最短ルートを行ってくれ。雅紀と雄三は有名人だから人通りの少なそうなルートを、俺たちはこのルートを行こう」

 狼介の提案を受けて、数馬が言うと、7人はそれぞれに分かれて行動し始めた。

 

 

 

 数馬、佐ノ介、竜雄の3人は普段なら人通りの多そうな幅の広い道を歩く。しかし、既に街は寝静まり、3人の歩く先には街灯と、背の高いビルしかなかった。人の姿はなく、ただ月が高く昇っているだけだった。

「そういやこの3人ってのも久しぶりだな」

 数馬は竜雄と佐ノ介に笑いかける。竜雄と佐ノ介はお互いの顔を見ながら納得したようにあー、と声を上げていた。

「言われてみればそうだな。俺は狙撃兵で後方ばっかり、竜雄は衛生兵で前線を駆けずり回り、誰かさんは訓練兵だからな。なら仕方ないな」

「そうだったよ、後輩くん?」

 佐ノ介の言葉に、竜雄も面白がって数馬をからかうように言う。数馬は足元を掬われたように頭を抱えた。

「ちっ、嫌味な先輩どもだぜ」

 数馬はそう言ってわざとらしく不機嫌そうな態度で2人の先を歩く。竜雄はそんな数馬の後ろ姿を見てクスクスと笑っていたが、佐ノ介は周囲を見回しながら目を細めていた。

「どうしたんだ?佐ノ介」

「…いや、この地形、どことなく嫌な予感がするなと」

 竜雄の質問に対し、佐ノ介は正面を見ながら答えていた。

「背の高い建物に障害物が少なく開けた一本道…俺ならここにスナイパーを置くけどな」

 佐ノ介が呟いた瞬間だった。

 

「ぬぉっ…!」

 

 佐ノ介と竜雄の数m前を歩いていた数馬が悲鳴を上げて倒れる。

「数馬!」

「待て!」

 数馬を助けようとした竜雄を、佐ノ介は後ろへ引っ張る。竜雄の手があったところを、銃弾が掠め、コンクリートの地面に着弾した。

 佐ノ介は竜雄を引きずり、数馬を置いて近くにあったビルの陰へと隠れた。

「何をしてるんだ佐ノ介!早く数馬を助けないと!」

「絶対にダメだ!」

 今にも数馬の下へ飛び出そうとする竜雄を佐ノ介は組み伏せるようにして抑えつける。

 その間にも数馬は佐ノ介たちのいる物陰へと這いずっていく。

 しかし、そんな彼の右腕を銃弾が貫き、数馬は這いずることすらもできなくなった。

「うぐぁああっ….!!!」

「今助けに!」

 竜雄は数馬に手を伸ばそうとするが、佐ノ介は竜雄を抑えて物陰に隠れた。

「助けに行きたい気持ちはわかる!だが、これは罠だ!急所を外して行動不能にし、仲間を釣り出して殲滅する、そういうやり口だ!」

 佐ノ介の言葉を聞き、竜雄は冷静さを取り戻す。同時に悔しさを滲ませてビルの壁を殴っていた。

「夜の長距離狙撃は簡単じゃない…暗視スコープの視野なんてロクなもんじゃないからな…だが裏を返せば…この敵、相当腕のいいスナイパーだ」

 佐ノ介が言うと、竜雄は固唾を飲んで佐ノ介の方を見る。珍しく額に汗を浮かべる佐ノ介の姿を見て、竜雄も同じかそれ以上に緊張していた。

 

 

 数馬が倒れている場所から1km離れたところ。狙撃銃(レミントンM700)の銃声と、撃ち終えた空薬莢が転がる音がビルの屋上に響いていた。

「3発目…着弾…」

 そう呟く彼女が覗くスコープの中で、数馬の足から血が噴き出し、数馬の体が大きく跳ね上がる。彼女はスコープから目を離し、近くに立ててある望遠鏡を覗き込み、佐ノ介と竜雄が隠れている物陰を監視する。しかし、佐ノ介と竜雄が出てくる様子はなかった。

「…ターゲットB、C、現状を維持...実行プランを2番に切り替え」

 彼女は冷静に声のトーンひとつ変えず、望遠鏡を覗きながら胸ポケットからスマホを抜き取った。

 

 一方の佐ノ介と竜雄は痛みに悶え苦しむ数馬の姿を見て、奥歯を噛み締めることしかできなかった。

 数馬は次に来るであろう銃撃に備えて、全身に赤黒いオーラを漂わせる。

「数馬!やめておけ、無駄に消耗するだけだ!」

「…わかった…!頭吹っ飛ばされねぇように祈っててくれよ…!」

 佐ノ介の指示に従い、数馬は赤黒いオーラを収める。

「佐ノ介、次の作戦は」

「…」

 竜雄の質問に対し、佐ノ介は口ごもる。

「どうしたんだ、佐ノ介」

「こういう場合な、撃たれたやつを殺して先にいくのが正解なんだ」

「なっ…!」

 竜雄が言葉を失う。佐ノ介は表情を変えず、腰の拳銃(CZ75)を抜いた。

「何、数馬を殺させやしない…でも竜雄、わかってると思うが、スナイパー戦は絶対に焦るな。連射間隔からボルトアクションのライフル...ジリジリと距離を」

 佐ノ介が竜雄に作戦を話そうとすると、足元から電子的な携帯の着信音が2人の耳を突いた。

 2人は緊張したような表情で足元を見ると、そこに捨てられていたスマホが着信し、振動していた。

「どうする?」

「竜雄、数馬を見ててやってくれ。俺が出る」

 佐ノ介はそう言うと、着信音が鳴り響いたスマホを拾い上げ、非通知の着信の電話を受けた。

「…もしもし」

「…佐ノくん…!」

「マリ…!?」

 佐ノ介は聞こえてきた女の声に自分の耳を疑った。同時に竜雄も佐ノ介の言葉を聞いて佐ノ介の表情を見る。暗がりの中でも、先ほどまでの冷静な佐ノ介の表情はなく、緊張しきった表情で通話に答えていた。

「マリ、マリなのか!?」

「佐ノくん…!ごめんなさい、私…!」

 次の瞬間、マリの悲鳴が聞こえてくる。佐ノ介はマリの名前を叫んだが、マリの声は聞こえてこず、他の女の声が聞こえてきた。

「…安藤佐ノ介、聞こえただろう、君の妻は預かった」

「誰だテメェこのクソ野郎…!!ツラ見せてみろ、鼻の穴4つにしてやる!!!」

 佐ノ介の声は、竜雄が今まで聞いたものの中でも覚えがないほどに怒りに震えていた。

「そんな口を利くな。妻の死体が見たいのか?」

 女が脅すと、マリの悲鳴が遠巻きに聞こえ、銃に弾が込められるような音が聞こえる。佐ノ介は瞬時に竜雄の方を見るが、竜雄は自分のスマホを操作して首を横に振った。

「ダメだ、灯島に繋がらない!」

「クソ…!」

 佐ノ介は奥歯を噛み締める。そんな佐ノ介を構わず、通話の向こうの女は話を続けた。

「私は照星(てるぼし)。お前たちのターゲットから暗殺を依頼された」

「だったらさっさと数馬を殺せよ!」

「安藤、私はお前が嫌いだ。同じスナイパーとして、貴様の尊厳を踏み躙るだけ踏み躙ってから殺す。それが私のやり方だ」

「奇遇だな、初対面だが俺もテメェが嫌いだ。だからテメェの言うことなんか聞いてやるかよ」

「いいのか、そんなことを言って」

 照星がそう言うと、再びマリの悲鳴のような声が佐ノ介の耳に入ってくる。佐ノ介は反射的に道へ飛び出そうとしていたが、それを必死に理性で抑え込んだ。

「安藤佐ノ介、貴様の手で重村数馬を殺せ。そうすれば貴様の妻は助けてやる」

「佐ノくん…!私のことはいいから…!」

 そう言ったマリの声が、再び殴打の音と悲鳴に変わる。佐ノ介の表情がまた一層緊張したものになっていた。

 佐ノ介は拳銃を数馬に向ける。

 数馬は佐ノ介の表情を見て、睨んだ。

「俺を撃つのか…佐ノ…!」

「…悪く思わないでくれよ…!」

 

 

 照星は望遠鏡で数馬と佐ノ介の様子を監視していた。

 佐ノ介は物陰から拳銃を向け、一方の数馬は佐ノ介の方を向き、何かを話している。佐ノ介の銃口が震えているのが、望遠鏡のレンズ越しにもよく見えた。

「そうだ…撃ち殺せ…!」

 照星は佐ノ介を追い詰めるように言葉を投げかける。

「お前も湘堂を生き延びた…そしてスナイパーとして国防軍に入り、最愛の妻や友人に恵まれた…それがお前の弱さだ….!得たものが多い者ほど、それは弱点が多いと言うこと…!大切なものを自分で殺す苦しみを味わうがいい…!」

 

 佐ノ介は通話越しに聞こえてくる照星の声を聞きつつ、数馬に拳銃を向けていた。

「数馬…お前は俺の1番の親友だ…だけどな、数馬」

「…何も言うな、佐ノ。俺も同じことするよ」

 数馬は諦めたような表情でニヤリと笑う。

「やるだったら痛くないように撃ってくれよ」

 数馬がそう言うと、佐ノ介は覚悟を決めたような表情で銃の引き金に指をかけた。

「マリ…家に帰ったら、また俺のために…ピアノ弾いてくれよ…」

「佐ノくん…!うん…!佐ノくんの一番好きな曲を、ね」

 佐ノ介はそれを聞いてニヤリと笑うと、改めて狙いを絞った。

「死んでくれ!数馬!」

 

 望遠鏡の中に見える数馬は血を吐き、大きく体が跳ね上がる。数馬は腕を佐ノ介の方に伸ばしていたが、力尽きたようにドサリとその場に倒れた。

「ターゲットA、死亡を確認」

 照星はそう呟くと同時に、夜の闇の中で、何かが動いているのを肉眼で確認した。

 すぐさま望遠鏡をそちらへ振ると、竜雄がビルとビルの間を飛び越えて照星の方へ走ってきているのが見えた。

「ターゲットBの接近を確認。距離800」

 照星は狙撃銃を竜雄の方に向ける。そしてスコープで竜雄が走る先に狙いをつけ、引き金を引いた。

 

 竜雄がビルの屋上を走り、ビルとビルの間を飛び越えようとしたが、その竜雄の足元に銃弾が掠める。竜雄は足を止めると、すぐに遮蔽物の影に隠れる。

「佐ノ介!」

 

「バッチリだ!」

 

 照星のスマホから、佐ノ介がそう叫ぶ声が聞こえてくる。

 照星は望遠鏡で佐ノ介の様子を確認する。謎の射撃用ゴーグルをかけた佐ノ介は拳銃を上へ向けながら照星の方に走ってきていた。

(愚かな!拳銃の射程はせいぜい50m!どうやったって届かない!)

 照星はそう思いながら、狙撃銃の弾倉を交換し始める。

「お前はふたつミスをやらかしたな」

 照星のスマホから佐ノ介の声が聞こえてくる。少し遅れて、銃声もふたつ聞こえてきた。

 照星は構わずリロードを終えると、狙撃銃のスコープを覗いて佐ノ介へと照準を合わせた。

「俺の能力を把握していなかったこと」

 照星が見た佐ノ介は、平然と立ち尽くし、スコープ越しに照星を睨んでいた。

(死ね!)

 照星がそう思いながら引き金を引こうとした瞬間だった。

 

 狙撃銃のスコープが、赤色に染まった。

 

「…?」

 

 照星は震えながらスコープから目を離す。

 同時に、彼女は自分の右腕にゆっくりと目をやった。

「あ…あぁっ…!!」

 右腕に、風穴がふたつ。そこから血が出ており、照星の右手は動かなくなっていた。

「うわぁああああっっっっ!!!!」

 照星の悲鳴が夜空に響く。照星は必死になって左手でその傷を負った腕を抑えた。

 

「知ってるだろ?俺の能力は、銃弾を狙ったところへ命中させる能力。拳銃の射程はいじれないが、そんなの俺自身が上を狙って撃てばいい」

 照星のスマホから佐ノ介の勝ち誇ったような声が聞こえてくる。照星は悔しさを誤魔化すように、左手で狙撃銃を掴み、佐ノ介に狙いをつけたが、そのスコープに映っている佐ノ介は、真っ直ぐに照星を狙っていた。

「やめときな。次は殺す」

 佐ノ介の声が聞こえてくると、照星は奥歯を噛み締める。圧倒的な敗北を前に、照星は引き金を引けなかった。

「…ふたつ目は」

「マリだよ」

 照星の目には、佐ノ介がそう言ってニヤリと笑う姿が映った。

「何だと…!」

「マリはな、ピアノ弾けないんだ」

 佐ノ介の言葉に、照星は左手の拳を床に叩きつけた。

「こんな…こんな単純な罠に…!」

「人との関わりをバカにしすぎたんだよ、あんた。守るものがある方が強くなれるやつもいるのさ。な?後輩?」

 佐ノ介の言葉に違和感を覚えた照星は、ライフルを動かし、佐ノ介の隣に目をやる。死んだはずの数馬が、ゆっくりと這いずってきた。

「かもな」

「おいおい、拗ねるなよ。死体役やらせて悪かったって」

 佐ノ介と数馬は笑い合う。照星は数馬に狙いを合わせて、引き金を引こうとしたが、同時に照星の後頭部に、竜雄が拳銃を突きつけた。

「もうお前に勝ち目はない。諦めろ」

 竜雄がそう言うと、照星はライフルから手を離し、両手を上げながら立ち上がった。

「…覚えていろ…絶対にお前を殺す」

 照星はそう言い捨てると、竜雄に拳を振るって距離を取ってから走り出し、屋上から違う屋上に飛び移り、逃げて行った。

 

 

 3人は合流すると、竜雄が数馬を手当てする。包帯を巻き、その包帯にアイテムで印を描くと、竜雄は数馬の肩を担ぎながら歩き出した。

「危なかったぜ、全くよ。佐ノ介にマジで殺されるかと思ったぜ」

 数馬は佐ノ介に笑いかける。竜雄も便乗した。

「本当に。佐ノ介はもう殺意しかなかったもんな。俺まで殺されるかと思った」

「やるわけないだろ」

 竜雄の言葉に佐ノ介は呆れたように呟く。すぐに数馬は笑いながら疑問を口にした。

「そういや佐ノ、本物のマリが捕まってたらどうした?」

「あぁ?そりゃすぐにお前を殺してマリを助けに行くに決まってるだろ」

 佐ノ介は真顔で即答する。数馬と竜雄は肩をすくめて笑い合った。

 

 

23:00

 隼人と狼介は他のメンバーたちよりも先にフェリーのチケット販売店に到着していた。

 乗り場の受付には深夜ということもあり誰もいない。

「隼人、俺が7人分予約してくる。ここの見張りは任せた」

「おう。任せろ」

 隼人と狼介は手短に会話を済ませると、狼介は自動ドアの向こうへと歩いていき、隼人はその建物の外に立って狼介を待ち始めた。

 月が高く昇り、港に泊まる船の多くが青白く照らされていた。隼人は建物の壁に寄りかかると、穏やかな表情で船が波に揺られる様子を眺めていた。

「あのー、すみません」

 そんな隼人の横から、片言の日本語で男が話しかけてくる。隼人がゆっくりとそちらを見ると、隼人と同じくらいの身長で、カウボーイハットを被った人間がそこに立っていた。顔は月明かりが逆光になっていてよく見えない。

「なんでしょうか」

「タバコの火、いただけますか?」

 男の質問に対し、隼人は一瞬考えてから答えた。

「申し訳ない、ライターを持っていない」

「Oh」

「それと、喫煙するならここはやめた方がいい。喫煙所がちゃんと近くにあるはずだから」

 隼人が言うと、相手の男は日本語がわからなかったのか首を傾げる。隼人はそれに気づくと、少し苦しそうにしながら相手とコミュニケーションを始めた。

「どんと、すもーく。ゆー、ごー、すもーく…ぞーん?えりあ?」

「どうした隼人?」

 隼人が拙い英語で相手と話していると、受付の建物から狼介が出てきて隼人の尋ねる。隼人は渡りに船と言わんばかりに、狼介に助けを求めた。

「狼介、英語」

「あぁ」

 隼人に言われると、狼介は隼人と話していた外国人と英語で話し始める。隼人は目の前で繰り広げられる英語での会話を、ぼんやりと眺めていた。

 2人はいくつか言葉を交わし、外国人の方は笑顔で狼介に手を振ってその場を去っていった。

「相変わらずすごいな」

「まぁな、このくらいは」

 隼人の褒め言葉に、狼介は眼鏡を指で押し上げながら軽く答えた。

 

 

 一方、狼介に喫煙所を教わった男は、路地の壁に張り付いて隼人と狼介の様子を見ていた。

「へぇー、やっぱりあれが横山隼人と鈴木狼介か。思ったより手強そうな顔してんなぁ」

 彼はスマホの液晶に映る隼人の顔と、本物の隼人の顔を交互に確認する。

「先に殺るのは…こっちの強そうな方にするか」

 男はそう思うと、カウボーイハットを被り直し、ジャケットの裾を払い、腰に巻いたガンベルトに差してある拳銃(シングルアクションアーミー)を見て頷いた。

 男は再び隼人の方を覗き見る。折りよく狼介がいなくなり、男にとって最適な状況になった。

(お、ツイてるぜ…これを逃す手はねぇよな…!)

 男は壁に張り付きながら腰の拳銃を抜く。そしてしっかりと隼人に狙いをつけて拳銃のハンマーを起こした。

 隼人はその様子に気付く気配もなかった。

(恨みはねぇが…これが仕事でね)

 男は心の中で隼人にそう言うと、引き金に指をかけた。

 

 その瞬間、隼人と男の目が合った。

「なにっ」

 男は慌てて引き金を引くが、隼人は咄嗟にしゃがんでそれを回避する。

 そのまま隼人は男の方へ走り出す。

 暗殺に失敗した男は銃をしまうと、逆に隼人から逃げるように路地の奥へ走り出した。

「待て!」

 隼人は同じ路地に入ると、逃げる男の背中を見て一度足を止め、腰に差してあった拳銃(キングコブラ)に手を伸ばす。

 その瞬間、男は振り向き様に左手で拳銃を抜き、隼人が拳銃を抜くよりも先に、隼人の拳銃を撃ち抜いた。

「!」

 隼人と男の距離は約8歩。隼人には銃がなく、男は二丁拳銃を隼人に向けていた。

「ははは…速いだろ、俺様の抜き撃ち、えぇ?」

 男は勝ち誇ったように銃を向けながら隼人に笑いかける。一方の隼人は拳を握り、間合いを測っていた。

「妙なことすんなよ、横山隼人。1発で楽にしてやるから」

 男はそう言うと、じっくりと狙いをつける。この距離ならば近付かれないという自信からの行動だった。

 その間に、隼人は周囲を見回す。左右は壁に挟まれており、逃げ道は後ろか正面のみ。使えそうな道具もなければ、落とした拳銃までは遠すぎる。しかし隼人は諦めていなかった。

 

 男は引き金に指をかけ、力を入れていく。

 

 それが見えた瞬間、隼人は右の壁に向けて走り出した。

 

 男はすぐさま隼人に向けて発砲するが、隼人の動きが速すぎて銃撃が当たらない。

 その間に隼人は自分自身のアイテムである鉢巻を発現させると、その片方の端をすぐに結び、その建物の開いていた窓へと投げ入れる。

 そのまま垂直の壁を駆け上がり、その窓へと走る。

 しかし、男の方もそれを逃すはずもなく、隼人が窓に飛び入るより先に、隼人を支えている鉢巻を撃ち抜いた。

 隼人は姿勢を崩しながら跳ぶが、窓に手が届かないことを察すると、逆に撃ってきている男の方へと飛びかかった。

 男はすぐさま隼人の攻撃を前に転がってかわす。

 男の背後を取った隼人は、そのまま男から距離を取るように逃げ出した。

「待ちやがれ!」

 男は隼人の背中に向けて銃撃を浴びせる。しかし、隼人が俊足であることも相まって銃撃はかすりもせず、隼人は夜の闇に消えていった。

「くそっ、いっつもこうだ」

 男はそう悪態を吐きながら拳銃のリロードをしつつ隼人の背中を追いかけ始めた。

(だがこの先は1本道…!罠は仕掛けておいた…!)

 

 

 隼人は数分走り続け、道なりに進んでいた。

 隼人は物陰にしゃがみ込むと、千切れた自分の鉢巻を見てため息を吐き、息を整えながら周囲を警戒していた。

(この状態では鉢巻は使えない…このまま自分の力で逃げる必要があるな…しかしあのガンマン、相当に腕が立つ…丸腰でどこまでやれるか…)

「いよぉ、マッチョマン調子はどうだぇ?」

 隼人が周囲を警戒する中、上の方から声が聞こえてくる。隼人が顔を上げると、先ほどまで隼人を追いかけていた男が、ライフル(ウィンチェスターM1873)を担ぎながら、近くの建物の屋上から隼人を見下ろしつつ声をかけていた。

「流暢な日本語だな、外国人」

「おいおい、そんな呼び方はねぇだろ。俺にはボニーって名前があるんだ」

 隼人はボニーの言葉を聞き流しながら立ち上がった。

「なんだっていい。今すぐ俺から手を引け、ボニー。そうすれば殺しはしない」

「そうもいかねぇんだよ、タフガイ。こっちも仕事なんでな」

 ボニーはそう言うと、ライフルを隼人に向ける。隼人は目を細め、それを睨んだ。

 ボニーが引き金を引いた瞬間、隼人は横に転がって銃撃を回避する。そのまま隼人は正面へと走り出した。

 今隼人が走っているところは木製の天井が設けられた長い足場のようなところだった。出口までの距離は50m。ここさえ抜けてしまえば、波止場の広い道に出られる。しかし、この通路は、ボニーから隼人の走る姿が丸見えだった。

 

「ランニングの時間だ!タフガイ!」

 

 ボニーの声が聞こえたかと思うと、銃声が鳴り響き始める。ボニーのライフルから放たれた銃撃は、隼人のすぐ後ろのドラム缶を撃ち抜いた。

 背後からやってくる凄まじい爆発音と爆風に見舞われながら、隼人は走り続けた。

「フォウ!いいぜいいぜ!」

 ボニーは舞い上がる赤い炎に声を上げながら、片手でライフルを回し、排莢を済ませ、続けて隼人に狙いをつけていく。

「悪趣味な男だ」

 隼人は悪態を吐きながら背後から迫ってくる爆炎から逃げていく。

 残り30m。隼人は自分の横にドラム缶があったのを確認しながら足を止めずに走り続ける。

 足下に銃撃が飛んでくるが、それすらも気にすることも出来ず、隼人は走った。

「ちっ、速いな!」

 ボニーは片手でライフルを回し、排莢を済ませ、次の狙いを定める。

 ボニーが狙ったのは、隼人が走っていく先にある、出口から5m離れた地点のドラム缶だった。

 

「悪いなタフガイ、死んでもらうぜ!」

 

 残り10m。隼人もボニーの狙いに気付く。

 だが隼人は止まらなかった。

(一か八かだ!)

 

 隼人は足を速めていく。

 

 残り5m。

 

 隼人の足の隙間から見えるドラム缶へ、ボニーは引き金を引いた。

 

 

 赤い炎が舞い上がり、爆風が辺りを包む。

 

 隼人は爆風に背中を押されるような形で誰もいない波止場に投げ出された。

 

「うぐはっ、げはっ」

 

 隼人はゆっくりと目を開け、辺りを見る。自分が走りぬけたところは既に爆発によって崩れ落ちており、自分が生きているのも不思議なほどだった。

 隼人は頭を振りながら起き上がる。

 そんな彼の頭痛を刺激するように、隼人の背後から口笛の音が聞こえてくる。

「よぉタフガイ、生きてやがったか」

 口笛と共に隼人の背後に現れたのはボニーだった。ライフルはどこかに置いてきたのか、再び二丁拳銃を持ち、クルクルと指で拳銃を回しながら隼人に陽気に話しかけてきた。

「あんたホントにタフだな。嫌いじゃねぇぜ、あんたみたいなやつ」

 隼人はボニーと向き合い、間合いを測る。約5歩。どうやっても隼人の攻撃は届かない。

「でもな、ここでおしまいだ」

 ボニーはそう言うと、拳銃を二丁とも一度ガンベルトにしまい込む。

「俺はこれが一番得意なんでな。次にあんたが動いた瞬間、眉間に叩き込む」

 ボニーはそう言って隼人を睨み、右手を銃にかけた。隼人が動けばいつでも銃を抜いて、隼人を殺せるようになっている。

 一方の隼人は、じっとボニーを睨むだけだった。

(この状況、やることは単純だ。相手より速く動いて、叩きのめせばいい) 

 

 隼人とボニーの間に、無言の緊張感が走る。

 

 誰も動こうとしない。

 

 

 ドラム缶の爆発で燃えた木製の足場が崩れた。

 

 瞬間、ボニーが右手の拳銃を抜いた。

 同時に隼人も姿勢を低くして転がる。

 ボニーもそれに気付くと、床を転がる隼人に銃を向ける。

 

 隼人とボニーの距離はあと3歩。

 

 ボニーは咄嗟に引き金を引く。

 

 だが隼人は持ち前の瞬発力で銃撃を避け、一気に銃口の横まで近づいた。

 

 隼人とボニーの距離はあと2歩。

 

 ボニーは近づいてきた隼人に、左手の拳銃を抜いて対抗しようとする。

(この距離なら即死だ!横山隼人!)

 ボニーがそう思いながらベルトに差した左手の拳銃のハンマーを起こした。

 

 その瞬間、ボニーの視界から隼人が消えた。

 

(何っ!?)

 

 同時に、ボニーは自分の認識が間違っていたと理解した。

 

「うぉおおおおっ!!!」

 

 ボニーの耳に聞こえてくる隼人の気合。

 それは、ボニーを天高く持ち上げる隼人の声だった。

 

「え!?おいおいちょっと待て!!」

 

 ボニーの足が地面から離れる。

 

「ぶっ飛べぇっ!!」

 

 隼人が気合を入れると、ボニーの体は地面と平行になり、次の瞬間にはボニーは宙を舞っていた。

 

「うわぁあああああ!!!!」

 

 ボニーの悲鳴は、海へと投げ捨てられ、沈んでいった。

 

 一方の隼人は、自分が投げ捨てたボニーが浮かび上がってこないのを確認すると、右手にボニーのガンベルトが握られていることに気づいた。

「…もらっておくぞ、カウボーイ」

 隼人はそう言うとガンベルトを腰に巻き、そこに一丁拳銃が刺されているのを見て、悠々と狼介の元へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

5分後

 隼人がフェリーの受付施設にやってくると、狼介以外にも数馬や雄三など既に全員揃っていた。

「隼人、どこ行ってたんだ?」

 隼人の姿に気づいた狼介が疑問を口にする。

「ちょっとトレーニングしてた」

 隼人の言葉に、狼介は呆れたようにため息を吐く。

「…ま、深くは聞かないでおくよ。それはさておき、チケット取れたぜ、皆々さま。さっさと行こうぜ」

 狼介がそう言いながら全員にフェリーのチケットを手渡す。

 7人はそれを受け取ると、フェリーに乗り込んでいくのだった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします
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