息吹とアイ   作:Hpenphobia

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誰が為に

轟々と炎が何かを焼く音が聞こえる。

焦げ臭い匂いと肌を焼く熱を感じる。

 

『先生、早く…!もう、これ以上は…………!』

 

(アロ、ナ…?)

 

アロナの声が聞こえる。

 

『そこから…出て……』

 

「え…? い”っ!?」

 

そして、その声が途切れると同時に右脚に焼けた瓦礫が圧し掛かった。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”ああああああ!!!」

 

熱は肌を焼き、重さは脚をゆっくりと圧し潰していた。

じゅうじゅう、メキメキという音が脚から聞こえてくる。

脚を瓦礫から離そうとするも、重さはそれを許してくれなかった。

あまりの激痛に視界が明滅し、気が遠くなる。

 

「!? 先生!そこですね!」

 

「ぎぁっ!?!?」

 

その時聞き覚えのある声が聞こえ、全く動かなかった瓦礫はアッサリと持ち上げられる。

だが、同時に熱傷により瓦礫に張り付いてしまった肌が引き千切られてしまった。

 

「あぁっ!?何てこと!?」

 

「うっ…くぅっ…あり…がとう…ヒナタ…」

 

激痛を堪えながら心配させまいと、私はヒナタに感謝を述べる。

しかしそれがやせ我慢である事は一目瞭然だった様で、ヒナタの青ざめた顔が見える。

 

「酷い怪我…!ごめんなさい、先生…」

 

「ううん…ヒナタが、いなかったら…私はここで焼け死んでたよ…」

「ふっ…んん!」

 

こんな”穢い私”の為に、これ以上ヒナタを気に病ませたくない。

まだ幼いあの子を置いて逝くなど、私が私を赦さない。

その一心で使い物にならない右脚の痛みを無視し、強引に片脚で立ち上がる。

 

「先生!?無理に立ち上がらないでください!」

 

「はぁっ…はぁっ…大、丈夫…」

「私は…こんな所で…斃れる、訳には行か、ないからね…」

 

立ち上がって自分の身体を見下げると、全身が血塗れだった。

先程右脚を潰された際に藻掻いたことで周りの瓦礫で出来た裂傷が至る所にあり、その傷から流れ出た血が白い服を真っ赤に染め上げている。

動く度に服が傷口に擦れてとても痛むが、それでも私は立っていなくてはならない。

 

「せめて私の肩に掴まってください!片手でも私は撃てますから!」

「トリニティまで耐えてください、先生…!」

 

「う、ん…」

 

私はヒナタの肩を借り、燃え盛る瓦礫の山の中をヒナタとゆっくり歩き出す。

愛するイブキと生徒達が心から願う夢の為に。

そして、その夢を叶えられなかった自身の苦しみを誰にも経験させないために。

 

────────────────────────

 

「イロハ!今すぐ救助隊を編成、先生の救助に向かうぞ!」

 

「………」

 

かつてないほどの緊迫した表情でマコトはイロハに指示を出す。

だが、イロハは完全に硬直していた。

今の状況に齎された情報の量とショックに、頭が追いついていなかったのだ。

 

「イロハ!しっかりしてくれ!!」

 

「っ、すみません…!」

 

マコトの言葉で漸く硬直が解けたイロハは即座にその優秀な頭脳を働かせ、速やかに動き出した。

 

「地上の歩兵部隊を急行させます!あと、後方の装甲師団もこちらに!」

 

「虎丸は動かせるか!?」

 

「はい、下で非常時に備えてアイドリングさせてあります!」

 

次々と段取りを済ませていく二人。

ゲヘナ学園という三大校の一角の生徒会は伊達ではない。

やらねばならない時にやれる実力はあるのだ。

しかし、状況は更に悪化する。

 

「陣頭指揮は私が取る、今すぐ飛行船を降下させ…ッ!?」

「全員伏せろっ!!!」

 

マコトは何かに気づいたのか、イブキとイロハの二人に覆い被さる。

急なマコトの行動に驚く間もなく、その身を襲ったのは轟音と熱、そして浮遊感だった。

 

「っ!?」

 

数瞬を置いてイロハは自分たちが吹き飛ばされたことを理解する。

だが、理解したところで何もできるはずがない。

一同は重力に従い、成す術無く湖に叩き込まれた。

 

「っはぁっ…!うぐっ…!クソッ…アリウスめ…!」

 

幸い乗員の殆どは軽傷であり、各自で堕ちる飛行船から泳いで離れ、岸に着く。

すると、事態を察したであろう万魔殿の部隊がすぐそこまで来ていた。

 

「議長、ご無事ですか!?」

 

「私のことはいい!今はシャーレの先生の救出を最優先に…」

 

「マコト先輩!イブキ、先に行くよ!」

 

「ま、待てイブキ!一個中隊は虎丸に随行しろ!私も後で追う!」

 

マコトが指示を出そうとするも、イブキの声がそれに被さる。

イブキは待っていられないと言外に告げ、イロハと共に虎丸に飛び乗って出撃した。

母は、自分と違って1発の銃弾でも到底耐えられないとイブキは理解している。

だからこそミサイルなど以ての外で、この状況下では生きているとは到底思えなかった。

だが、イブキはその事を意識して考えない。

愛しい母のいない世界など考えられず、その無事を願わずにはいられないのだ。

 

───────────────────

 

「先生は我々と風紀委員会、正義実現委員会で護衛・搬送し、トリニティに向かっているとのことです。」

 

「先生は無事なのですね…良かった…!」

 

イロハとイブキは最悪の事態を免れたと胸を撫で下ろす。

 

「ですが、アリウスが執拗に先生を追跡している様で、」

 

「次の角を左、そのまま突き当たりまで前身!」

「エンジンが焼けても構いません、とにかく急いで!」

 

「はい!」

 

イロハは操縦手の生徒に指示を出し、虎丸を市街地で疾走させる。

虎丸はエンジンから聞いた事の無い程の駆動音を上げてアスファルトを踏み砕き、その速度を維持していた。

 

「前方に例の敵!数は8!」

 

「十分蹴散らせます、行進間射撃で…」

 

「待ってイロハ先輩、それじゃダメ!包囲されちゃう!」

 

「イブキ…!?」

 

前方にまたも現れた敵にイロハは突貫を指示しようとする。

だが、それをイブキが確信を持って遮る形で指示を下す。

 

「15秒後に1時の方向のビルに砲撃、倒壊したビルの上を走って!」

 

イブキの指示を聞いたイロハは周囲を見渡すと、イブキの指示通りだった。

アリウス生を含む敵が包囲陣を形成しつつある。

 

「…イブキの指示通りにお願いします。」

 

イロハはイブキの正しさを認め、この場を預ける判断を下す。

以前からその素質はあると感じていたが、その理由がわからなかった。

だが、イブキが先生の実子であるのならば天性のものだと漸く理解できたのだ。

だからこそ、イロハはイブキを信じる。先生の指揮の信頼があるが故に。

 

「り、了解!」

 

操縦手と砲撃手の生徒は指示を受け、行動を起こす。

 

「左から2本目の柱に砲撃!」

 

イブキの指示で轟音と共に射出される砲弾。

それは数階建てのビルを容易く粉砕し、手前に倒す。

粉塵を巻き起こしながらビルは足場となった。

 

「次弾の装填急いで!砲身は発射後に後方へ!」

「右から周り込んで加速、最高速度で!」

 

「…南無三っ!」

 

操縦手の生徒が祈る様にアクセルを踏み込み、虎丸は更に加速する。

そして───

 

「虎丸が、跳んでる…!?」

 

ビルの壁面という名のジャンプ台から、虎丸は跳躍する。

粉塵を抜けた先にはトリニティ総合学園へと続く高架があり、虎丸は勢いよく着地した。

 

「路面を撃って!」

 

「え!?…了解!」

 

着地とほぼ同時に後方を吹き飛ばし、高架の一部は崩落する。

下にいた正体不明の敵は瓦礫にその身を搔き消し、追撃も不可能となった。

 

「このやり方は…」

 

明らかに、先生の指揮とは異なっていた。

その才は確かにあるのだが、先生が取らない手段を迷いなく採択しているのだ。

あの柔和な先生からここまで気性の荒い戦い方が出てくるというのは、到底考えられなかった。

 

「いえ…この件は後です…」

 

今は何よりもその先生の安全を確保する事が最優先だ。

故に、イロハは核心を突いた解を導き出すことをやめた。

 

───────────────────

 

「はあっ、はあっ…!」

 

遠方から、遂に母らしき影を見つけたイブキ。

どうやら誰かに肩を借りながら逃げている様だった。

イブキは焦りを感じていたが、更にそれに追い討ちを掛ける様な事実を突きつけられる。

殆どのアリウス生と例の敵は母に追撃をかけているのだ。

 

「お母さんっ!お母さん、どこ!?」

 

当然、道中にいたそれらは虎丸で全て蹴散らした。

だが、間の悪い事に虎丸はその直後にエンジンから黒煙を吐き、完全に沈黙してしまったのだ。

先ほどまでの無理が祟ってしまった。

 

「…!?今の、ヒナ先輩の声…?」

 

沈黙した虎丸からイロハも置いて飛び出したイブキの周りには誰もいない。

だからこそ知人の声と銃声に気づき、聞こえた方向に走る。

 

「ぁ…」

 

建物の角を曲がり、視界が開ける。

そしてそこで漸く、母の姿を見ることが出来た。

だが、その腹からは真っ赤な鮮血が滲んでおり、顔色に至っては真っ白だった。

 

「…っ!まだ動けるのか、空崎ヒナ!」

 

「あぁ……!!」

 

自身と同じ金の髪を風に靡かせ、母は膝を折り、力なく前のめりに倒れていく。

その瞬間は通常の何倍もゆっくりに感じ、その全てを知覚することができた。

 

「セナっ!こっちっ!」

 

「お母さあああああああああん!?!?!?」

 

イブキは母が凶弾に倒れる瞬間の、その光景を全て認識する。

そして、自分が間に合わなかった事を悟った。

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