ここはとあるボックスの一室
普段はマスターが出撃の報告書を書いたり、編成を考えたりするために使っている、ボックスの中では比較的静かな部屋であり、そこでマスターはいつも通り作業をしていた。
そんなマスターの耳が捉えたのは部屋に近づいてくるドスドスとした足音。
何事かと思い視線を前に向けると同時に跳ねるように開くドア。
「ちょっとマスター!どういうつもりなのよ!?あのショットは何!?」
乱暴にドアを開けズカズカと入ってきた緑髪の少女がそうマスターに詰め寄る。
「す、すまんヤクモ、俺のミスだ、申し訳ない。」
ヤクモと呼ばれた少女の瞳は怒りをはらんでおり、彼女のトレードマークのおさげも心なしか逆立っているように見える。
「これで何回目だと思ってるのよ!いつも大事なところばっかりでミスして、マスターのミスで被害を受けるのは私たちなのよ?今回は私が何とかカバーしたけど、いつもこうはいかないわよ?この未熟者!」
「...あぁ、分かっている。本当に申し訳ない。次はミスをしないように努力するから。」
「ふんっ!わかったらさっさと、仕事に戻る!私はお風呂に行ってくるから!」
そう言って不機嫌そうに部屋を出ていくヤクモ。
その様子を見送った後、マスターは一人、
「はぁ...ヤクモの言う通りだ、もっと頑張らないとな...」
と呟くのだった。
一方、部屋を出てしばらく歩いていたヤクモだったが
「またやっちゃったよ───!!なんであんな言い方しちゃうのよわたしぃぃぃ!!マスターを励ましてあげようとしただけなのに───!!」
と叫びながら頭を抱えてうずくまるのだった。
─────────
ボックスの自室に帰ってきたヤクモは相部屋のネオに今日の出来事を相談していた。
「それで、励ますどころかダメ出しをかまして特にフォローも入れずに帰ってきたと」
「はい...」
「終わったね、嫌われたでしょ」
「そんなこと言わないでよ~助けてよネオ~!マスターに嫌われたくないよ~」
「...近い、抱き着いてこないで」
「ネオにも嫌われた~!」
抱き着いてきたヤクモを引きはがし、ローテーブルを挟んで向かい合うネオ。
「前も話したけど、ヤクモはマスターの事が好きなんだよね。」
「まぁ、そう...だけど...」
赤面しながら答えるヤクモ。
元々ヤクモとマスターは非常に仲が良かった。人懐っこいヤクモの性格も相まって二人の距離はかなり近く、二人で行動することが多かった。
マスターのそばで生活するヤクモの目に映ったのは、モンスターを第一に考えるマスターの優しさ、その思いに触れたヤクモはいつしかマスターの事が好きになっていたのだ。
ただ、ヤクモがマスターへの好意を自覚してからはそれまで通りに接することができず、このようにネオや他のモンスターに相談してマスターとの関わり方を考えているのだ。
「真面目な話、どうしてヤクモはマスターにそんな態度取っちゃうの?」
「いざマスターを前にすると緊張しちゃって...思ってることと反対の言葉が出ちゃうというかなんというか...」
「...だいぶ重症だね」
「嫌われてないかな...大丈夫かな」
机に突っ伏すヤクモを慰めるようにネオは言葉をかける。
「まぁヤクモがそうなったのはここ最近の事だし、それまでは良好な関係を築けてたんだから、今すぐ嫌われる......なんてことは考えなくてもいいと思う」
「───ただ、いつまでもそんな態度だといつか本当に愛想付かされちゃうかもね」
「うう...」
ぐうの音も出ないネオの正論に、ヤクモはただ俯くことしかできなかった。
─────────
ネオとの相談の後も、ヤクモはマスターへの関わり方を変えることが出来ず悶々とする日々を過ごしていた。
そんなある日の夜のこと。
「はぁ...今何時だろう...」
なかなか寝付けず気づけば時計の針は二時を回っていた。
「なんか今日全然眠れないなぁ...」
目を閉じると頭の中に浮かんでくるのはマスターの事。
嫌われてしまう事への恐怖や、素直になれない自分への苛立ち。
様々な感情が頭の中でぐるぐると渦を作りヤクモから眠気を奪っていた。
「ん...どうしたの?ヤクモ」
「あ、ごめんねネオ、起こしちゃった?色々考えちゃうとなかなか寝付けなくて」
「マスターの事?」
「まぁ...そう」
「はぁ...気分転換に散歩でも行ってきたら?月でも眺めて心を落ち着けてきなよ」
「うん、そうする」
そう言って外に出る準備をするヤクモを見ながらネオはポツリと呟いた。
「もしかしたら、誰かさんも今同じことで悩んでるかもね」
「ん?ネオ今なにか言った?」
「ふふっ、なんでもない。夜明けまでには帰ってきなよ?」
「は~い」
─────────
部屋から出たヤクモはボックス近くにある小さな公園のブランコの上でぼんやりと星空を見上げていた。
「こんな時間に外に出るのは久しぶりね」
目を閉じ大きく息を吸い込む。
少しひんやりとした空気が肺を満たしていく感覚が心地いい。
それを吐き出すと頭のモヤモヤも一緒に出ていくように感じる。
深呼吸を数回繰り返すうちに心も落ち着き、もうそろそろ部屋に戻ろうかと思ったその時、
「あれ、こんなところで何してるんだ?」
「うぇっ?ま、マスター!?」
後ろからの声にヤクモが振り返るとそこにはマスターが立っていた。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「え、あっ、えーと、その、ちょっと眠れなくて...」
しどろもどろになりながら答えるヤクモ、そんなヤクモに「ふふっ、一緒だな」と返しながらマスターはもう一つのブランコに腰掛けた。
「ここは俺の秘密の場所だと思っていたんだがな、誰かに会うのは初めてだ」
「マスターはよくここに来るの?」
「よく来るわけではないけど、何かに悩んでなかなか寝付けないときはここに来て気持ちを落ち着け」
「...その悩みってもしかして私たちの事だったりする?」
「まぁ、半分正解ってところかな」
マスターの悩みの一因に自分がなっているかもしれない、そのその事実にヤクモは胸が締め付けられるような思いだった。
そんなヤクモの姿にマスターは不思議そうな表情を浮かべる。
「...なんか勘違いしてないか?俺の言い方が悪かったが、お前らの事を迷惑だなんて思ったことは一度もないぞ」
「じゃあ、なんで──」
「お前らとちゃんと関わることが出来ているかとか、負担をかけすぎてないかとか、俺がマスターとしてちゃんと責務をこなすことができているかどうかをよく考えている。まぁ結局は自分自身のことを考えているだけだ、お前がよく言うように俺はまだまだ未熟者だからな」
自嘲気味にそう答えるマスター。その姿をヤクモは直視できなかった。
自分達モンスターの事を第一に考え、そして苦悩していたマスターに比べて、自分の悩みのなんとちっぽけなことか。しかも自分の言葉がマスターの悩みに影響を与えているのは明白だった。
謝らないと、頭ではそう理解しているが謝罪の言葉を紡ぐはずのその口はまるで縫い合わされているかのように固く、言葉を発することを拒否していた。
「まぁ今日は出撃の編成を考えに来ただけだからな、さっき話したのはそういう時もあるってことだ、いつも悩んでるわけじゃない」
「──それで、ヤクモはどうしてここに来たんだ?俺だけ話すってのはフェアじゃないだろ?」
「わ、私は...」
「その...えっと...」
俯いたヤクモを見て、マスターは少しだけ困ったように笑う。
「まぁ、言いにくいことなら言わなくて大丈夫だ。むしろ悩みってのはそういうものの方が多い。ただ俺が力になれることがあればいつでも相談してくれ」
「じゃあ、また明日な」と言い残して歩き始めるマスター。
そんなマスターの背中をもどかしい表情で数秒眺めていたヤクモだったが、意を決したように立ち上がりそして叫んだ。
「待って!」
立ち止まったマスターにさらに言葉を続ける。
「マスターも気づいてると思うけど、最近マスターに強く当たることが多いでしょ?でもそれはマスターのことが嫌いになったとかそんなんじゃなくて。その...マスターの顔を見るとドキドキして、頭が真っ白になって、どうしたらいいかわからなくなるというか...それで悩んでるというか...」
「そう...だから、好きなの!マスターのことが!好きで好きでたまらないの!」
「本当に身勝手なのは分かってる。でもこれだけは分かってほしかった強く当たったりしてごめんなさいって、本当はマスターの事大好きだよって...」
顔を真っ赤にして肩で息をしながらそう話すヤクモ。
そんなヤクモにマスターはゆっくりと歩み寄り
「実は俺も一つヤクモに謝ることがあってな。さっき、編成を考えるためにここに来たって言っただろ?あれ嘘なんだよ。」
「どういうこと?じゃあなんで」
「俺には好きな人がいるんだ、いつも元気いっぱいで隣にいるだけで自分も元気にしてくれるようなそんなやつなんだが。どうも最近俺への当たりが強くてな、もしかしたら嫌われてしまったんじゃないかと不安になって、どうしようか悩んでたんだよ。」
「───まぁ、たった今その悩みは杞憂に終わったがな」
「それって...!」
「こんな未熟なマスターでよければ」
そう言いながら恥ずかしそうに頭を掻くマスター。
そんなマスターに対し、しばらくの間ヤクモは俯きながら肩をプルプルと震わせ
そしてマスターの胸に飛び込んだ、その眼に涙を浮かべながら。
「おいおい、泣くほどの事かよ」
「そういうマスターだって、半泣きになってるじゃん」
「こ、これはだなぁ...」
顔は真っ赤にしながらとても幸せそうな笑みを浮かべて抱きあう二人。
そんな二人を祝福するかのように、優しい月明かりが彼らを照らし続けるのであった。
─────────
晴れてマスターの恋人となったヤクモ。
始めはマスターとの関係を隠そうとしていたヤクモだが、顔に出やすい性格が災いしすぐにネオにバレてしまい結局二人はボックス公認のカップルとなった。
それからのヤクモはより熱心に出撃に取り組むようになり、いつしかボックスのエースとなっていた。
変わったのはヤクモだけではない。
ヤクモとの関係がはっきりしてから、迷いがなくなったのかマスターのミスも減り、ストライカーとしての評価と実力をメキメキと上げていった。
ある時は優秀なストライカーとモンスターのコンビとして、ある時は恋人として、二人は充実した日々を過ごしていった。
そんな順風満帆な生活が一年程続いたある日の夜の事。
ヤクモは映画をマスターと一緒に見ていた。
なんでも戦争によって引き裂かれた男女の切ない恋愛模様を描いているらしく、ボックスでも面白いと好評な作品だった。
テンポよくストーリーが進んでいく中あるシーンがヤクモの目に留まった。
それは二人が戦火から逃れひっそりと結婚式を挙げるシーン、女性の手には先ほどまでなかった指輪がはめられていたのだ。
「ねぇマスター、なんでこの女の人は指輪をつけてるの?」
「ん?あぁ、これは結婚指輪って言ってな、結婚した夫婦がお互いに贈り合い、生涯身に着ける指輪だ。まぁ、左手の薬指に着ける愛の証明みたいなもんだ。」
「愛の証明かぁ...」
物欲しげな左手を見つめるヤクモ。
見た目は人間の美少女のヤクモだがモンスターであることには変わりはない、モンスターと人間は結婚できないのだ。
人間同士なら結婚という明確な証明が存在するが、ヤクモとマスターの関係を証明する制度も物も存在しない。
『羨ましい』、例え映画用の作られた関係であってもそう思わずにはいられなかった。
「う~ん、面白かったねぇ。じゃあお布団出すから待ってて。」
映画を見終わり、ヤクモは軽く伸びをした後寝る準備をするため立ち上がった。
「ん?あぁ、ありがとう」
「どうしたの、何か考え事してた?」
「いや...ちょっとな」
口元に手を考え込むマスター、数十秒考え込んだ後ヤクモの方へ振り返り、
「ヤクモ、ちょっと明日の日中ボックスを離れるからみんなの事頼んでいいか?」
「え、明日?」
複雑そうな顔をするヤクモ。それもそのはず、夜の公園でマスターに想いをぶつけそれが実ったあの日からちょうど明日で一年なのだ。
明日はおはようからおやすみまでマスターと一緒に居ようと考えていたヤクモにとっては大きな誤算である。
ただ、ここで駄々をこねてめんどくさい女だと思われたくない。そして何より愛するマスターの頼みだ。そう思ったヤクモはその頼みを受けることにした。
「分かったけど...早く帰ってきてね?その...」
「明日でちょうど一年だもんな。早めに帰ってくるよ」
「分かってるならいいよ、その代わり夜はたくさん構ってもらうんだからね!」
「はいはい、楽しみにしててくれ。」
翌日
出掛けるマスターを見送ったヤクモは、マスターに言われた仕事を片付けていた。
作業を進める事数時間、かなり集中していたのか、窓から差し込む光は茜色に変わっていた。
「ふ~疲れた...これだけの仕事を毎日してるなんてほんとマスターには頭が上がらないなぁ」
時計を見るとそろそろマスターが帰ってくると言っていた時間になっていた。
出迎えの準備をしよう、そう思い席を立ったその時。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「ッ!サイレン!?」
ボックス中に鳴り響くサイレン。
このサイレンは本部から出撃命令が下った時にに鳴らされるものだ。
急いで指令を確認すると、市街地に幻妖が出現し近隣のボックスからモンスターが出撃し対応するも苦戦中、よって増援として出撃してくれとのことだった。
「こんな時に...!」
このボックスの最高戦力はヤクモだ、マスター不在時の出撃要請は、不測の事態が起こってもある程度対応できるようにヤクモが出撃することになっていた。
マスターの帰りを待ちたかったが仕方ない。
帰ったら思いっきりマスターに甘えて、そして褒めてもらおう。そう思いながらヤクモはボックスを飛び出した。
現場に到着したヤクモ。
見ると巨大な幻妖があちこちに攻撃を仕掛け、あちこちで破壊された建物の瓦礫が山になっていた。かなりひどい状況だ。犠牲者も多く出ているかもしれない。
先に出撃していたモンスターが応戦していたが、情報通り力の差は大きいようで劣勢なようだ。
攻撃を避けながら空中を飛び回り現場の様子を把握するヤクモ。
どう攻略しようかと考えながら攻撃の準備をしていたヤクモだったが、あるものが目に留まり頭の中が真っ白になってしまった。
崩れ落ちた建物の瓦礫、その中に見覚えのある服が覗いていた。
今日の朝、マスターを見送った時に見たその服を。
「マスター......?」
嫌な予感が、胸の奥から一気にせり上がってくる。
そんなはずがない。
今日は一周年なのだ。
ついさっきまで、帰ってきたら何をしようかと考えていた。
一緒にご飯を食べて。
今日はいつもよりたくさん甘えてやろうと思っていた。
だから。
考えるより先に身体が動いていた。
ヤクモは幻妖の攻撃を掻い潜り、瓦礫の方へと飛んでいく。
目的の瓦礫の山の近くに着地し、一つ、また一つと震える手で瓦礫をどかしていく。
「お願い......!」
「マスター......!どこにいるのよ......!」
そして――
瓦礫の隙間から、物言わぬマスターの姿を見つけた。
「......あ」
言葉が出なかった。
ヤクモの脳裏に、昨夜の会話が蘇る。
『明日でちょうど一年だもんな。早めに帰ってくるよ』
『その代わり夜はたくさん構ってもらうんだからね!』
「早く帰ってくるって...言ったじゃん......」
呆然としながら立ち尽くすヤクモ。
そのすぐそば、瓦礫の隙間に何かが挟まっているのが見えた。
「......?」
それを手に取るヤクモ。
それは、一つの小さな箱だった。
「これ......」
震える手で箱を開くと、中に入っていたのは指輪だった。
「......指輪?」
どうしてこんな場所に。
どうして、マスターのそばに。
そう考えた瞬間、ヤクモの脳裏に昨夜の記憶が蘇った。
『結婚指輪って言ってな、結婚した夫婦がお互いに贈り合って――』
『愛の証明かぁ......』
あの時。
マスターは自分の言葉を聞いた後、何かを考え込んでいた。
『明日の日中、ボックスを離れる』
「......まさか」
手の中の指輪を見つめる。
昨夜のマスターの様子。
今日、ボックスを離れた理由。
そして、この指輪。
「......まさか、これ......私の......ために?」
私があんなことを言わなければ。
私が今日の朝引き留めていれば。
私が、私が...!
全てを理解したヤクモは涙を流しながら指輪を握りしめ、
「そんな...違う...そんなわけ......嘘だ......嘘だああああああああああああああああああ!!」
そのまま意識を失った。
その後幻妖はボックスから駆け付けた増援によってなんとか討伐され、気を失っていたヤクモも仲間達によって救出された。
しかし、マスター含め、多くの犠牲者が出ていたことが判明したのだった。
ボックスのマスターの部屋、今は主がいなくなってしまったその部屋の前で、ボックスの医療を担当しているナイチンゲールとネオが話していた。
「ナイチンゲールさん、ヤクモは...」
「申し訳ないけど、これ以上はどうしようもないです。可能な限りのケアはしますけど、あとは時間が解決してくれるのを待つしか...」
「そんな...」
救出された後、数日で意識を回復したヤクモ。肉体的な後遺症が残ることも無く、以前と同じような生活を...とはならなかった。
目の前で愛するマスターを失ったという現実は、その事実はヤクモの心を壊すには十分すぎるものだった。
「あっはは、面白い話!それなら昔ね~」
「あ、そうだ。今日の晩御飯は何がいい?うん、わかった、愛するマスターにおいしいごはん、作ってあげるから楽しみに待っててね?」
「うんうん、私も大好きだよ、マスターのこと。だからマスターも私から絶対に離れないでね?約束だよ?」
「...愛してるよ?マスター...」
二人で過ごしてきた思い出の部屋で、ただ一人ヤクモは今日も虚空に向かって話しかける。その左手に着けた煤けた指輪を大切そうに抱えながら。
小説の文字数何文字ぐらいが理想か
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