ダンジョンに魔力極振りを強要されたのは仕方のない話 作:ヴラドミア
「【天蓋の星よ、穿て。】」
アルドーの横から淡く碧い、小さな光の立方体がいくつも射出され、目の前にいたゴブリンやコボルトを貫き、彼らの源である魔石を残して霧散させている。
「お見事です。」
「……どうも。」
緑の衣のエルフ、リュー・リオンはアルドーに称賛を送った。
普段であればそんな言葉を掛けられることもないので、どう返すのが良いかを一瞬の内に逡巡し、出てきたのは不器用で無難な返答。
「トーリスさんは魔法を主体に戦われるのですね。」
「そう、ですね。近づかれる前に殺した方が危険は少ないかなと。」
「なるほど。」
なにやら思案するように、リューはアルドーの頭から爪先までをサッと観察した。
「それにしては杖など、魔力や精神力を補強する装備を身に付けていないようですが?」
「……近接戦闘も、するので。」
リューの指摘は尤もで、魔法を主体とする後衛は大抵杖を装備する。魔力を補強して威力を高めたり、精神力を補強して少しでも発動回数を稼ぐなど、その用途にはいくつかの種類がある。
アルドーはそのいずれも―それどころか剣などの武器すら提げていない。苦し紛れの返答は見透かされているし、どうせ突っ込まれるのだろうというのはわかっているので、リューの真っ直ぐな視線を受けた後、アルドーはヘルメスへと視線を送る。その意思を汲んでか、ヘルメスは微笑んで声をかけた。
「アルドーが言っても問題ないと判断したなら、言うといい。俺から指示することはないよ。」
「……了解。」
人とあまり関わらず、ろくにパーティーを組んだこともないアルドーには、何を隠すべきで何を公開すべきかがわからない。ステイタスもスキルも魔法も、ファミリアの一部以外には情報を漏らしていないし、今のアスフィの様子を見るにヘルメスからも何か伝えたりと言ったことはないようだ。
「俺のスキルの中に【
「へぇ、すごく強力なスキルじゃないか。」
ヘスティアは感心したように言った。さらに言えば魔力の数値上昇、精神力の消費軽減に加え、魔力の上限突破も付いているとても優秀なスキルなのだ。
ただし、強いだけではないのもこのスキルの特徴であり。
「その副作用として、俺はあらゆる武器を装備することができません。あと盾も。」
冒険者の面々が―団長のアスフィでさえも、息を飲む声が聞こえた。例え上手く扱えなくても、武器の類いは持って振り回すだけで多少の脅威にはなる。それこそ地上に近い部分にはろくに武器を扱えない、戦闘経験の皆無な冒険者だっているのだから。
アルドーはその恩恵を受けた時から、ずっと丸腰でダンジョンに挑んできた。狐人という人種ゆえか、元から魔力の扱いが上手かったし、精神力のキャパシティも高い。ただ、武器を持つことができないという副作用は身を護る術を奪われたも同然。一から攻略を共にしたパーティーでさえ、彼を連れて進むことを諦めた。それは偏にアルドーを気遣う優しさでもあったが、それ故に孤立してしまったのだ。
「ファミリアの中でも最初にダンジョンがなん足るかをレクチャーしたローリエさん以外にこのスキルの事を知る人はいません。そこからはソロで攻略を続けてきたので。」
そんな彼女も気にかけてくれていたようだが、そもそもヘルメス・ファミリアに滅多に顔を出さないアルドーはファミリアのメンバーからも認知度は低い。彼はギルドの忠告を守り、冒険者でありながらちゃんと冒険をしないからだ。
更に、ヘルメス・ファミリアはメンバーそれぞれが任務を持ち、オラリオの内外で活動していることが多いため、拠点はその指示と報告の場としての意味合いが強い。ローリエとアルドーはお互い顔を会わせることも少なく、偶然どこかで出会ったとしても軽い挨拶を交わす程度で二人の会話は終了してしまっていた。
「ま、それでも今までダンジョンで生き残れたんだ。同じレベルの冒険者と比較して相応に高い戦闘能力と状況判断ができると思っていいだろう。」
「ここに来るまでの数回の戦闘を見た上で、私も神ヘルメスに同意します。敵の数の判断とそれに応じた魔法の行使には無駄がなかった。間違いなく優秀な魔法使いです。」
「え、あ、ありがとう、ございます……?」
ダンジョンに数日滞在しては大量に魔石を換金していく、危険だから止めさせてほしいとエイナから度々苦情を伝えられるヘルメスとまだ三階層とは言え音に敏感に反応し、モンスターを正確に葬る姿を見てきたリューがアルドーを持ち上げる。慣れない褒め言葉に彼はどう反応すればいいのかわからなくなって、言葉尻が弱くなる。
「ですが、無理は禁物です。迅速に処理をしてくれるのは助かりますが、
今までソロだった弊害か、一人で片付けようとする後輩にアスフィは忠告した。事実、ここまでに発生した数度の戦闘は全てアルドーの魔法だけで撃退しており、他の誰も戦闘を行っていない。
自分しか居ないという状況に対する癖はそう簡単に抜けはしない。アルドーにとってはいつも通りの対応だったが、今は自分一人では到底いくことのない深みへ進むことが目的である。いつも通りの無難な探索をしているわけではないのだ。
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リューの素早い動きから放たれる一撃は瞬く間にモンスターを裂き、続く動作にも無駄がなく、次の一撃が繰り出される。
アルドーは魔力で作り出した淡い碧の短刀を振るって頭や喉と言った急所にあたる部分を突き刺した後、それを投げて離れていたモンスターを倒す。
文字通り、
アスフィは神の二人から離れないように場を観察し、警戒に努める。
そんなこんなであっという間に十三階層へとたどり着いた一行はしばらく道なりに歩いていく。
幸いにもモンスターの出現頻度は低く、スムーズに進むことができたのだが。
「これは……」
「崩落か」
そこには崩れ落ちた岩盤が山のように積み上がっていた。見上げると確かに上層の床が落ちたらしい形跡がある。
リューがするするとその岩肌を登っていく。それを後ろからただ眺めていると、ヘスティアが何かに気付いたようで、岩場に向けて走り出した。
「こっ、これは……ベル君の……」
少し震える声でそう呟いた彼女が手をつけたのは、一本の短刀だった。何の変哲もない、こう言ってしまってはなんだが、安物のそれは駆け出しの冒険者が装備するのに相応しいものである。
その様子を振り返ったリューも、少しして岩肌の頂きに手を掛ける。少しの間、その向こうを観察した彼女が声を上げた。
「もうここにはいない」
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中身を飲み干され、捨てられた数本の試験管。足跡を辿るように散乱した魔石の数々。幸いにも血痕は見当たらず、探している人物及びそのパーティーの面子も見当たらない。リューが見たものを告げると、徐にアスフィが口を開く。
「ここで装備の多くを失い、怪我を負った彼らが闇雲にダンジョンを彷徨っている可能性は低い……」
彼女は思案するように少しだけ目線を下げた後、前を向く。その場にいるすべての視線がその青い瞳を見つめていた。
「そんな愚かな選択をするパーティーならとっくに全滅しています。」
容赦のない意見だが、中層とはそういうところなのだろう。誰もが静かにその言葉を聞いている。
「となると考えられるのは、地上を目指すという選択肢を捨て、敢えて安全地帯である十八階層へ向かったのではないでしょうか。」
アスフィの冷静な分析に驚きの声も上がる。アルドーはそもそもダンジョンのことを詳しく知らないため、数字だけを聞いて判断するならそれもありだと思った。十三……落下したことを踏まえると十四から十五層も上がるより、三層または四層下りる方が道程としては近い。
そんな考えを代弁するようにアスフィは告げる。
「ダンジョンには無数の縦穴があります。下へ降りる方が上に戻るより遥かに効率的です。」
「だからって、下へ降りる?そんな、まともな神経じゃない」
タケミカヅチ・ファミリアの大男、桜花は言う。ダンジョンは下へ行くほど敵が強くなる。負傷に物資不足、少なくとも万全ではない状態で先に進むなど、狂気の沙汰に思えても仕方がないだろう。彼らも行方不明者と同じようなレベルだと聞いた。尚更、同じ状況に立たされたことを想像したのだろう。
「私ならそうする。」
鶴の一声は岩盤の上にいるリューから発せられた。
「そして彼らも......いや。一度冒険を負えた彼なら、前へ進むと思います。」
立ち上がり、彼らが去ったであろう方向を見つめながら、リューは言った。
「俺も、その意見を支持するよ」
「僕も、ベル君達は下にいる……ような気がする」
神二柱の同意も得られたことで、一行の目的地は十八階層へと変更された。