ダンジョンに魔力極振りを強要されたのは仕方のない話 作:ヴラドミア
「団長」
「どうかしましたか?」
先頭にリュー、その後ろにタケミカヅチ・ファミリアが、更に神が続き、それをアルドーとアスフィが追う。隊列が整理されたのは全員が生き残りやすい配置を考えてのことらしい。
そこで同じファミリアなのにほとんど顔を会わせることのない二人が並んだのだ。
「十八階層が安全というのは何故?」
「ああ、ダンジョンの中にはモンスターが生まれない階層がいくつかあります。そういった階層を安全地帯と呼んでいて、その最たる例が先に言った通り、十八階層なんです。」
曰く、十七階層や十九階層からモンスターが入ってくることはあるが、自然発生しないことを理由に十八階層には冒険者の作り上げた簡素な街があるのだとか。
「十八階層、そこは
「……わかりました。」
アスフィも高位の冒険者。稀代の
そんなアルドーはそういった知識を手に入れることがなかったため、ダンジョンの中で安全などと言われても正直ピンときてはいない。モンスターが生まれないから安全と言えど、いつぞや下層にミノタウロスが出たなんて話も小耳にはさんだことがある。
「例えば十七層の階層主とか、
「十八階層に限った話ではありませんが、大抵レベルの高い冒険者が数名滞在しているでしょうし、何かあれば皆で協力してモンスターを倒します。そして階層主が別の階層に行くことは滅多にありません。なので、滅多なことがない限りは街の近くや集団でキャンプをしていればそう身構える必要は無いでしょう。」
見たこともないし経験したこともないので、そういうものなのかと一旦飲み込んでおく。
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「さて、いい加減説明してくれないか、ヘルメス。君がベル君を助けようとする、その理由を。」
そのヘスティアの台詞はなんだか刺が多いように思えた。なんとなく睨み付けるような、警戒していそうな視線が伺える。
「おいおい、言ったじゃないか。神友を助けるのは当然―――」
「そういうのはもういい。」
相変わらず適当そうな声音の返事にヘスティアはピシャリと言い放つ。その様子に驚く素振りを見せつつ、ヘルメスは観念したように応えた。
「頼まれたんだ、とある人物に。ベル君の様子を見てきてほしいってね。」
「とある、人物?」
「けど―――」
ヘスティアの疑問に答える気がないことをありありと出しながら、立ち止まる。
「―――こんなところまで足を運んだのは頼まれたからだけじゃない。俺自身、ベル君に興味があったからさ。」
ヘルメスがそんなことを言うなんて、と付き合いの浅いアルドーですら思った。
「団長、件のベルさんとやらは、一体何者なんです?」
「私も詳しくは知りません。今回ヘルメス様が帰ってきてからやけにご執心で……。」
どこぞの神のせいで要らぬ苦労をしているであろうアスフィは困ったように答えた。
「なんでもロキ・ファミリアの剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインのランクアップレコードを塗り替え、僅か一ヶ月半という期間でレベル2に至ったそうですよ。」
「い、一ヶ月半……」
以前の記録保持者ですら一年かかったというランクアップを鑑みればその異常性がわかる。なお、無難な冒険者アルドー・トーリスは歴一年のレベル1である。
「あまりにも成長の早いところに目を付けた、とか?」
「それはないでしょう。ランクアップの噂はもう少し前からありましたし……その間ヘルメス様が都市外にいたなら話は別ですが。」
「噂とかは耳聡いしなぁ、あの神……」
「すぐ面倒事を拾ってきて私たちに押し付ける悪癖のせいでこんなところまで来ましたからね、私達は。」
「おいそこ、俺はお前らの主神だぞ?」
思わずジト目になったアスフィの視線に気付いたのかヘルメスは振り返り、呆れたように苦笑した。
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そこからの道中でも特に困ったことはなく、時折道しるべのように置かれている魔石から大体の行動ルートを予測しつつ、一行は歩み続けた。
道中はいくつもの縦穴が散見され、落ちれば早いという先の台詞に懐疑的になったのも束の間、襲い来る魔物の多くが陸棲の四足歩行、更に言えば壁を這う爬虫類のようなものではなく大抵が哺乳類の外見をしていることに気付いて、アルドーは確かに落ちた方が楽だと認識した。
それでも正規ルートを歩いていくのは、予想に反してベル達が地上に戻る選択をしていた場合を考えてのことだ。今のところ出会う気配どころか、落とし物の先には大抵穴があることから戻るという選択肢は捨てたのだろうと想像できる。
一行がいるのは既に十六階層。目的地はもう目前にまで迫っている。リューやアスフィのおかげでほとんど負担はないし、アイテム類の消耗もゼロだ。
一転、道中に転がる魔石の量は増えた。ベル達が産み出したものか、それ以外の誰かによるものかはわかるはずもないのだが、もし彼らがモンスターを倒した証明だとするなら、モンスターを近寄らせない臭い袋の効果が切れたのだろう。
更に奥へ。ダンジョンの中は粗い岩肌が続いているだけで殺風景なものだ。そしてそんな中に人工物があればすぐに見つけられる。
「あれは……ッ!」
誰かが声を上げた。駆け出したリューに続いて一行が目にしたもの。
「バックパックと、大剣……!」
「少し離れたところに、魔石がいくつか……」
「周囲に血痕はなし。うっすらとですが引き摺ったような跡がありますね」
乱暴に破られたバックパック、魔石の詰められた幾つかの袋、千切られた包帯に黄色い液体の入った試験管。
事前に聞いた情報では、ベル・クラネルのパーティーは短剣を扱う本人と小人族のサポーター、そして最近加入した鍛冶師の男らしい。バックパックはサポーターの必需品、大剣は鍛冶師が扱う武器だろうか。
「武器を捨ててまで身軽にしたということは三人とも形振り構っている場合ではないほど追い詰められている……」
「一人は武器も振るえないほど消耗しているし、バックパックも捨てなければいけないくらい歩くのもやっとなサポーター、と」
「体力が尽きたか
愕然としたタケミカヅチ・ファミリアに続いて、アスフィとアルドー、リューは希望を見出だした。もちろん安全地帯まではまだ二階層分あるため、油断できる状況ではない。
「生きていてくれよ、ベル君」
神ですら、そう祈るのだった。
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いくつもの横穴から、その終着点が纏まることなく滑り台の末端部分が流れ込む。そんな開けたエリアに出た。
「ここが、十七階層……」
「やけに広いですね」
千草と命が呆気に取られながらもそう口にしてしまう空間。狭苦しい先ほどまでの道中とうってかわって、今いる全員が横にならんでもまだ余りあるであろう幅、ギルドのホールよりも高いだろう天井。
「リオン」
「ええ、静かすぎる」
熟練の冒険者二人が何かを察知した。確かに、これだけ広い空間に、しかも横に逸れる道などほぼない所に、モンスターの一匹もいない。これから向かう先を睨み付けるリューと周りを観察して思考を回しているであろうアスフィに対して、初めてこの階層に到達した四人は警戒こそしているが、キョロキョロと落ち着きがない。
「皆さん」
アスフィが声を上げる。何やら真剣な様子に思わず息を飲んでしまう。
「私が合図したら走るように。いつでも走り出せるよう、気を抜かずに進んでください。」
皆が頷いたのを確認し、一行は足を進めた。
視界が開けたのは喜ばしいことだろう。しかし、開け過ぎたことで逆に恐怖を煽る。人はこんなにもちっぽけなのだと広大すぎる空間は人の小ささを強調する。
先へ先へ、障害物のないただの通路はやがてその様相を変えた。
自然の岩肌が、左側だけ不自然になった。職人が滑らかになるように削ったような、凹凸のない壁。
「これが、嘆きの大壁……」
「チッ……」
命が呟いた後ろで、リューが小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
何があるのかとその壁を探るように視線をずらしたその時だった。
「走りなさいッ!」
アスフィの合図である。困惑する初心者、そして小さな神もとりあえず足を動かす。
その直後、地鳴りを響かせながら、壁がビシビシと嫌な音を立てて亀裂をいれていく。
階層主、ゴライアス。人一人軽々握りつぶせるほどの手、
見向きもせず走れという方が難しいそれをできる限り視界に入れないように、まっすぐ前だけを見た。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「【天蓋の星よ―――】」
前方に落下する岩石に狙いを定める。落ちては進路妨害、下手をすれば押し潰されて死ぬ可能性もある。障害は排除すべきだと、頭はどこかスローモーションに見える視界で冷静に判断した。
ではどうするか。答えは簡単だ。
「【―――爆ぜろ】!」
跡形もなく、消し飛ばしてしまえば良い。走りながら頭上に形成された立方体は、数は一つだが以前のものよりも遥かに大きい。
ギュインと速く突撃するそれは巨岩に衝突すると球状に爆発し、文字通りその脅威を消滅させた。
といっても本物の脅威は依然としてそこにいる。上手く行った喜びは束の間すら維持されず、直後に壁が動く気配がアルドーの背筋を冷たくなぞる。
出口まではあと少し。チラリと視線を向ければ、振り下ろされるだろう拳はその巨軀ゆえかどこか緩慢に見える。
アルドーはそのお陰で少しだけ遅れを取っていた。前を見たときにはアスフィ達の背中は出口に差し掛かっていて、このままでは自分だけがその衝撃に間に合わない。
ピンッと数歩先の空間に青いプレートが現れる。今だ空中でバランスを取ることは苦手で、先の階段を転げ落ちて死ぬかもしれない。それでも助かる可能性の方が高いのなら試すしかない。
アルドーの足がそのプレートに飛び乗るように小さく跳ねる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
ゴライアスの
プレートを踏んだ途端、空中で体が加速する。着地の姿勢も捨て、とにかく前へ飛ぶことだけを意識したそれは人間の重心など無視して出口に向かってアルドーを射出する。
ゴライアスの拳はその跡地を強烈な衝撃波を発して殴り付けた。更なる加速を得た体は既に制御が利いていない。
とにかく身を守ろうと空中で対ショック姿勢。頭を抱え、膝を丸め、さながらボールのように坂道を転げ落ちる感覚があった。