「…………ふぇ?」
それは誰もが耳を疑うような言葉だった。
第一回公会議で敵認定され、徹底的に弾圧され、キヴォトスのアングラのアングラに隠れ潜み、虎視眈々と牙を研ぎ続け、ついには禁忌に手を染めた愚かなアリウス分校の暴力機関、アリウススクワッド、リーダー、錠前サオリの口をついて出たとは思えないほどの、虚を突かれ、滑稽さを滲ませた……ふむ……これが可愛い後輩が口にするギャップ萌えというものか……
「命乞いするかと思ったら……な、なんでそんなことを……トリニティって、辛くて苦しいところなんですかね……」
「それも気になるけど、注目はリーダーの台詞……」
包帯ぐるぐる黒髪オカッパヤンデレ美少女とは、トリニティでもそうはお目にかかれない属性。
アリウス分校侮り難し……というわけか。
彼女らの目論見どおりに行けば、トリニティの中枢は、アリウス分校……否、もはや、アリウス本校と言っても差し支えない。
「なんか私らの計画バレてるっぽいですよ……えへへ……やばくないですか……」
ふむ……左目隠し緑髪棺背負い美少女か……
くそぅ……負けだ。
完敗だ。
「な、なんで、四つん這い? 床を叩くの? こ、怖いです……」
カチッ
『…………ふぇ?』
カチッ
『…………ふぇ?』
カチッ
『…………ふぇ?』
「ぐへへ……リーダーのレアボイス♡…………耳は悲鳴を怨嗟を伝えるだけの苦痛でしかなく、虚しいだけだったのに……今は満たされる……嗚呼……生きてて幸せ……♡」
「ひええっ!! こ、怖いっす……!! ミサキのこんな顔、狂気以外のナニモノでもないっす!!」
ボイスレコーダーを耳に当てて悦に浸る自傷癖オカッパ娘の横で、左目カクレ美少女がパニクり、その近くで、任務に背いて独断で持ち帰ってきた
「VANITAS VANITATUM OMNIA VANITAS(全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ)……VANITAS VANITATUM OMNIA VANITAS(全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ)……VANITAS VANITATUM OMNIA VANITAS(全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ)……」
毒ガスマスク銀髪美少女が繰り言を呟くけど……
「……ッ!?」
毒ガスマスクを外し、その虚ろな目を両手でぐわっと広げて、目と目を合わせる。
たかが小娘の分際で何も知らないくせに一丁前に
片腹痛し!
「こ、この目は…………な、なんというぐるぐる目……! これに比べれば……アリウスの教義なんて児戯にも等しい……これが本物の虚無の絶壁……ヒイッ!! 」
誰が絶壁だってぇ……
キシャァアアアアアアッ!!!!
「こ、このプレッシャーは、正義実行委員会委員長並の……!?」
ドガガガガガガガガガ
思わず、といった脊椎反射的に、銀髪紫目の暗殺の天使のアサルトライフルが火を吹く。
ふ……このくらい……
未来を予知できる私にとって、他愛もない鉄砲遊び。
「な……………………!?」
驚愕に目を見開く氷の魔女が一言。
「よ、弱すぎる…………大汗」
床をのたうち回る私に向けられるのは憐れみの視線。
「え、えへへ……まるで炙られたタコですね……」
「リーダーのお目汚し……ぺっ」
い、痛くないもん……
よろよろと立ち上がるわたしに、仲間の助力を得て、ようやく正気を取り戻したリーダーが一言。
「こねほねた……?」
ふむ……
まだ正気に戻ってないらしい。
「姫、それはどういう…………?」
手のひらに指で文字を書き、何かを伝えようとする紫髪ゆるふわ三つ編みガスマスク美少女にリーダーが問いかける。
姫……
ふむ……これがオタサーの姫というものか……
姫が少し怒った感じで、リーダーの背中に何やら文字を書き出したようだ。
「あははっ、く、くすぐったい………………こねほねた……」
背中がリーダーのウィークポイントらしく、笑いつつも読解した単語は、先ほどと同じ。
姫が、むぅ……! 、という感じに頰を膨らませて、リーダーをポカポカと叩く。
姫がリーダーの耳元にぼそっと呟く。
「…………これはわな…………」
「これは罠……! たしかに仲間の様子がおかしいのはそれを狙ってのことだったのか!?」
へそ出しタンクトップお姉さんが警戒を露わにするが、露わにするのは、おへそ周りで十分だと思う。
「へ、へそ出しタンクトップお姉さん……」ワナワナ……
「プッ……あはははっ、げほっげほっげほっ!!」
姫、笑いすぎ。
毒ガスマスク外して、むせている。
「え、えへへ……それは禁句です……」
「……わたしの生きる理由……」
「……そういう性癖だと認識している……」
素晴らしい仲間に恵まれてるな、リーダー。
これなら、よろしいだろうか?
へそ出しタンクトップ……お姉ちゃん……?
こう……小首を傾げるように言うと、我ながら破壊力抜群だ。
わたしの攻撃タイプはきっと【神秘】だと思う。
「ぐはぁっ……!! か、可愛い//////」ドサァッ
リーダーが悶絶する。
ちょろっ。
「女狐めっ!! キィ──ー!!」
姫がハンカチーフを噛んで悔しそう。
「え、えへへ……キツネ耳ロリでそれは卑怯です……さすがティーパーティーのホスト、汚い……」
汚いのはその左目カクレだろ。
「萌え狂うリーダーも尊い……」パシャパシャ
相変わらずリーダー一辺倒の自傷少女。
「…………しゅ、しゅきぃ……♡トリニティの生徒として潜入捜査して内部からじわじわと崩壊させることをここに提案する」キリッ
実は【貫通】属性もあるのかもしれないな、私。
「…………精神攻撃とは実にトリニティのトップらしい卑劣で陰湿な手段だな……しかし、こうすれば、効かない……」
リーダーがドヤるのだけど、両目を後ろから抱き着いた姫に塞がれている。
ふむ……
では、これならどうだろうか?
すすす、とリーダーの耳元で囁く。
うーん、つま先立ちしても届かないよぉ……
その言葉が届いたのか、リーダーが膝を曲げてくれた。
リーダーの耳元にお礼を告げる。
サオリお姉ちゃん、しゃがんでくれて、ありがと♡
「ぐはぁっ!!」
吐血するリーダー。
ピクピクと痙攣している。
「ふふふ……これなら攻撃できまい……」
姫に目と耳を塞がれてドヤるリーダー、可愛い。
しかし、これでは、部下が判断に迷うと連れてきたトリニティティーパーティーのホスト、私、百合園セイアへの尋問ができないのでは?
………………ということを姫がリーダーの背中に舌を這わして、文字起こし。
こそばしさに悶えるリーダーを自傷少女が目を輝かして、パシャパシャ撮影している。
話が進まないので、五体投地して、ヘイロー破壊爆弾で早く殺してー、と駄々をこねる。
「百合園セイアに一体何が……?」
目と耳が自由になったリーダーが私のことを視界の端に捉え、困惑の表情を浮かべつつも、暗殺請負人に事情聴取する。
「分からない。百合園セイアは私が彼女のヘイローを爆弾で破壊することを知っていた」
「「「「………………!?」」」」
「こちらの情報が漏れていた懸念があり、明らかに錯乱していた様子だった。彼女が百合園セイアの替え玉の可能性もあり、尋問と人質も兼ねて連れ来た」
「なるほど……彼女は百合園セイア、本人で間違いない。マダム手書きの人相書きとも一致する」
リーダーが取り出した紙にポップでキュートなキツネロリガールのイラストが描かれていた。
ぐぬぬ……ほちぃ……
「トリニティの頂点、ティーパーティーのホスト、百合園セイアは、望む未来を引き寄せる神秘があると噂されていたが………………なるほど……」
リーダーはにやりと顔を歪ませる。
「この先の未来に絶望したか……」
ふむ。
これだけの情報で私の神秘に辿り着くなんて、流石は幾度となく煮え湯を飲ませてきただけはある。
でも、もはや、そんなものは、蚊とも思わん。
いいから、早くコロちて。
はーやーくー。
ゴロゴロ転がって、殺してアピールを披露する。
「…………う……ほ、本作戦は、百合園セイアの死をもって、完了となるが、明らかに精神に錯乱がある。今の彼女がティーパーティーのホストとしての機能を十全に発揮するとは思えん。むしろ、トリニティの政治的権力闘争に我らアリウススクワッドが利用された面が否めない。聖園ミカ……なかなかどうして喰えないお嬢様じゃないか……マダムに状況説明した後、百合園セイアの処遇を決める……」
ベアトリーチェおばさんへの報告からリーダーが戻ってきた。
「マダムに報告したところ、百合園セイアには手出し無用と【百合園セイア暗殺指令】が撤回された……何やら事情をご存知の様子だったが、末端の我らの関知するところではない、とのことだ」
「よ、良かったです……どう見たって、彼女、ただの病弱のキツネ耳ロリ美少女ですし……魑魅魍魎の跋扈するトリニティの社交界で苦しんでたと思います……」
「ヒヨリの意見に賛成する。ここは、お姉さんの私が暗殺任務失敗のペナルティとしてお世話をすることを提案する」キリッ
「アズサ……百合園セイアの方が歳は上だと思う……むしろ、幼気なキツネ耳ロリ美少女を我らの手にかけなくて済んだことを誇るが良い。我らはトリニティへの恨みつらみはあれど、無差別な破壊をしたいわけではない。マダムは、こうもおっしゃった。『トリニティへの憎悪は今日をもって断ち切る。憎しみは虚しいだけ。何も生み出さない。愛こそが全て。アリウスのみんなも【彼】の愛を受け取るがいい』……と。【彼】というのが何なのか分からない。マダムの急な方針転換に戸惑うだろうが、私もマダムの考えに賛同する。【彼女】はこんなにも愛しいっ!! 」
私をぬいぐるみよろしく抱きつくリーダーの後ろで姫がハンカチーフを噛んでいるのだけど、リーダー大丈夫か?
後ろから刺されない?
刺すのなら私にして欲しいのだが……
「リーダーの笑顔守りたい……」
自傷少女が鼻血をポタポタ落としている。
ぬぐぐ……
あんの年増めぇ……
ホント忌々しい……
でも……
「……これで……みんな……傷つかなくてすむ……」
リーダーの心の奥底にしまった引き出しから光り輝く宝石がぽろぽろ溢れ落ちる。
一見、冷酷非情に見える彼女だが、それもこれも仲間を守るための偽りの姿でしかない。
本当は心優しき少女であることを私は知っている。
それに……
絶望的なドピンクの未来では、リーダーと私は、ある意味【姉妹】だった。
姉/妹のこのような姿を前に私は、さすがに諦めざるを得ない。
そんなわけで……
【死因:ヘイロー破壊爆弾】……失敗。
「ところで……なんで……語尾がアルなんですか? 」
……ふぇ?