あの萩原さんの事件の翌年、やはり捜査一課にFAXで『3』が届いていたそう。発信元は米花町のコンビニらしかったけれど、それ以上は追えなかったらしい。
それがあの爆弾犯によるものなのは知ってる。
そのまた翌年十一月七日の朝、私は警視庁に張り込むことにしました。
夢見は最悪で、当日なのもあってかなり気分が良くないけれど、動かないわけにはいかない。絶対に。
そしてやはりその日、捜査一課に『2』のFAXが届いた。
待ち構えていた私は、妙なFAXが届いたと聞くや歩み寄り、皆のFINEグループに画像で送信する。
余談だけれど、こういうお役所っていくら前時代的だろうと昔の機材を使い続けていたりしますよね。完全に壊れないと廃棄できないし、新しく買うのも申請等々一苦労。そんなこんなで印字が荒いけれど、この件に関してはFAXが一番適しているのかもしれません。
誰かひとりへのメールとかはアドレスを入手しづらいし、多くの目に触れた方がインパクトもあると思う。手紙もいいかもしれないけれどちょっと地味目かもしれないし。
-『やっぱりか』
松田さんの反応がお早い。
このごろはもう降谷さんと諸伏さんからの反応はないけれど、あとになって気づけば既読が5になっていることも多い。
日付けが日付けなのでただの悪戯と捨ておくべきではないと、私はやんわり手回しを始める。私を含めた6係の謎な人員は優秀らしいとかで(絶句)、普段見慣れぬ者がいわくつきの席に居た上に何か言ってるのであっても、無碍にはされませんでした。
この部屋に詰めている人々は恋物語に総動員されるくらいノリのいい人たちですから、暗黙の了解的なモノにはきちんと沿ってくれるのかもしれない。
松田さんと萩原さんは『3』が届いた段階で確信していたんでしょうね。
そしてその『確信』は『2』が届いたことで、『確実』へと変わった。
爆処エース二人組の注意喚起で捜査体制が見直されていきます。畳まれてはいなかったとはいえ閑古鳥状態だった捜査本部も、俄に活気を取り戻し始める。
FAXの発信元は今度は杯戸町のコンビニ。それ以上は追えず。
翌年も私は捜査一課に張り込んだ。
この年十二月七日は諸伏さんの件の圏内だから、心配過ぎてよく眠れなかった。それもあって夢見は更に最悪だったけど、気合で登庁します。
そして『1』が届いたことを前年同様にFINEグループで知らせる。
-『毎年毎年ご丁寧なこった』
昨年と同じく一番反応が早かったのは松田さんでした。
発信元は鳥矢町のコンビニ。しかしやはり防カメに映る怪しい人物はコートと帽子と眼鏡のせいで特定はできなかったそう。
何となく地図上でこれら三軒のコンビニを線で繋いでみたりしても、歪な三角形になるだけで何も分からない。
杯戸ショッピングモールや米花中央病院が重心に来るようなこともありません。
やっぱり事前にどうにかすることはできそうにない、かあ……。
私が犯人の人相まで覚えてたらなあ……。多分前世取った杵柄なんですけど、私似顔絵は得意なようなんです。
……《超える力》発動してくれないかな。ああ、そんなこと思ったら起きないんだってば。
諸伏さんも、お会いする時があっても特に危なげな様子はないし、相変わらず尾行は失敗する。彼の隠密行動力に私が太刀打ちできるわけはないかもしれませんが……。
そして何の手も打てないうちに十二月七日がやってきてしまいます。
これじゃもしことが今日起きたとしても、降谷さんとも諸伏さんとも連絡が取れないまま終わってしまいそう……。
不安ばかりが募って、ますます夢見も最悪で、だけど寝込むなんて論外で。
職場に体調不良と欠席の旨伝えながらもそわそわと待機する。
諸伏さんと降谷さんにFINEで他愛ない雑談を送ってみたりするけど、グループのじゃないからか既読もつかない。
──夜。
-『私実は来月から半年アメリカなんです。お手隙の時がありましたら、
祈るような気持ちでFINEを送る。
すると比較的早く既読がついて私は目を見張った。
通知で何言ってるかは分かるから、その時点で返信するかどうか決めてるのかもしれない。
ピョコン、と苦笑いした犬のスタンプが届く。可愛い系のイラストだ。
……すごく、余裕が、ありそう……?
-『相変わらずストイックだな。急な話をしれっとする所もだけど』
文章まで返していただけて、私は彼に何事もないことを期待する。
私は田中さんスタンプ──ハロー探偵事務所で飼われてるわんちゃんです。これ作ってるの所属する探偵さんみたい──の焦ってるやつを送信する。
-『何そのブサカワな犬、笑』
-『知人がペットちゃんをモデルに作ってるものでして』
-『へえ~!』
目がキラキラしてる猫のスタンプが返ってくる。絵柄的にさっきの犬と同じ作者さんが描いてそう。
-『訓練だけど、次の週末空いてる?』
-『はい!!!』
-『返事はや笑。んじゃあ、半年も見れないことだし朝からやろうか』
-『ぜひぜひ! ありがとうございます!』
私はにっこにこな田中さんをお送りする。
そして詳しい時間とか待ち合わせ場所とかを決めました。
一緒に訓練したいのも本音だけど、こういう話をしてたら、もし何かあったとして、『行けそうにない』とか連絡して下さる気がする。彼は真面目で律義なかただから。
そうなってから彼の所に駆け付けられるかは分からないけど……。
結局その日はそれ以降何の連絡もなく、不安なまま迎えた週末。
待ち合わせの場所に笑顔で現れた彼の姿を見て、私は崩れ落ちる所でした。
ああ、今年じゃなかったんだ。ひとまず良かった……!
でもつまりは原作で松田さんと諸伏さんが立て続けに亡くなってたってことになるから、降谷さんと伊達さんの胸中を思えば胸が苦しくはなるけれど……。
伊達さんのロッカーにあの封筒が入ってたってことは、彼も諸伏さんの件に薄々気付いてたのかもしれない。宛先があんなに滲んでたのはもしかしたら……。
……遣り切れない。
-----------------------------------
アメリカ留学(出向?)の準備は、だいぶ早くから話が来ていたおかげで徐々に進めていたため、特に慌てずに終えることができました。
どこから聞きつけたのか、FINEで皆がそれぞれスタンプ等で応援してくれました。心温まる思いです。
飛行機に乗って眠れる人間じゃないので、着いた時にはへろへろです。
篠川さんが仰ってた介添人さんとの待ち合わせがあるのに。
ただ、空港名がとっても長い割に構造自体は簡潔で、綺麗で分かり易い建物だったおかげで、待ち合わせの軽食スペースにはすぐに辿り着けた。
FINEでお互い姿かたちを伝え合ってはいたのだけれど、今は東洋人が他にいなくて難なく見つけられた。
「お初にお目にかかります。
人がそこそこいる場所なのでぼかしてて、ウルフ
里崎さんは黒いパンツスーツに細めの黒縁眼鏡、細く長いお下げでひとつにまとめた黒髪、という締まったスタイルだったけれど、雰囲気はとても柔らかい。余裕をもって、研究室に出向する数日前に到着するようにしていたから、気を抜いて単なる私服で来てしまった私はそわそわする。初めましてはスーツがよかったかしら……。
里崎さんがくすりと笑う。
「服装はお気になさらないでくださいね。私のスーツは性分です」
「ば、ばれましたか……」
何を考えているのかバレバレだったようです。私、あの組織関連の協力者としてはいかがなものでしょう……。気をつけなければ。
へらりと笑うしかない。対して里崎さんは特に咎めることもなく微笑む。
そんな会話をしつつ適当な席に座り、それぞれ適当に食事を済ませた。
話を聞くと彼女は『音』に関する才能を買われて今の立場にあるそうです。好奇心が刺激されますね。
「今日はお疲れでしょうから、すぐにお部屋に向かいましょうか」
ありがたいご提案です。
「ええ。搭乗時間もですが時差もあってフラフラでして」
へにゃりと笑うとそうでしょうねえと笑ってくれる。
そうして借りていただいた部屋に向かったのですが。
少しびっくりしてしまった。
見るからにセキュリティがちがちのマンションの一室です。ここを半年借りる費用の元を聞いてないのですが、お高くないんでしょうかね……?
ま、まあ、私から行こうとしたのでなく上から来た仕事ではあるから、とだけ思うことにします。
位置的には保健医療技術大──略称MCPHS、にほど近く、工科大にもそれほど遠くはない、という感じです。
近くのハーヴァードがケンブリッジにあって一瞬混乱しかけますね。ケンブリッジ大はイギリス。何か関係があるのか検索してみるのもいいかもしれません。
しかしMCPHSに関しては捜査対象と同じ研究室になるようですが、工科大に関しては位置的に遠くはないとはいえ接点をどう作ったものでしょう。もしかしたら半年あるのはそれも考慮した結果かもしれない。
ふふ、と里崎さんが笑うのが聞こえた。
「噂に違わぬ仕事人間ですね。今日はおくつろぎ下さいな。お風呂の準備ができていますよ」
「えっ!? すみませんありがとうございます」
いつの間に!?
考え事しすぎてたかしら……?
「すみません、お手伝いさんみたいなことを……」
くすくすと彼女が笑う。
「
「そ、そうですか……」
こういう場合遠慮なく受け入れるべきなんでしょうけれど、何でもボッチでやってきた習性かどうもたじたじとしてしまう。降谷さんの過保護も原因では?(責任転嫁)
そんな感じで迎えた翌朝、キッチンが地獄絵図と化したことを記述しておく。出向まで時間に余裕を持たせて良かったです。
私は里崎さんをキッチン出禁にした上で、自分にも家での仕事ができたことに内心ほっとした。
介添人なだけあってどこでもついてきて下さるのですが、事務手続きの付き添いなどなど、料理以外は極めて優秀なかただなあと思いました……。
-----------------------------------
私が出向した研究室には教授がお一人、准教授がお二人いらっしゃって、あとは院生と学部生、って感じでした。研究生は私の職場と違って全員付属の研究所で働くようで、そこから教授を目指す者が現れる感じのようです。うちの場合は研究室配属の研究生もいて、それが私や
教授のお名前はテリー=マーロウ。形式上私は彼の助手として呼ばれているのだけれど、実験実習の補佐だけでなく、院生や学部生の論文作成に寄り添って場合によっては助けてあげてほしい、ということみたいです。
そういう助手だった人が最近退職してしまって、いつの間にか他人の補助が得意な人間とされるようになっていたらしき私に白羽の矢が立ったようです。多分そこには公安がらみのお膳立てが入っているのでしょう。協力者の家族がここにいたことがあるみたいなのを聞きましたしね。
指定の時間に研究室に行くと、教授に「東都大から来てもらったミズ
准教授お二人もいらっしゃいます。どうやら学部生たちの卒論の経過報告みたいで、人数分レジュメが回ってきます。
6年生の皆さんを拝見しているとなんだか初々しい気分になってしまいます。社会人の上から目線というやつでしょうか、いけないいけない。
冬休み明けなわけですが、正月ボケすることもなく皆さんしっかりまとめておられるようです。卒業まで半年ほど。中間発表が終わるか終わらないかな時期でしょうか。……パワポ用意してる人もいるし、もしかしたらこれ自体がそれ? いや、それだったら院生もいるはずですね。
一人終わるごとに教授や准教授からの質問が飛んでいくわけですが、中には私もこれ突っ込まれたら嫌だなあなんてものもあって内心で苦笑いです。卒論なんて常に修羅場ですよね。
と、数人の発表まではその形式に沿っていたのだけれど、教授たちの質問が終わると私に質問を飛ばしてくる学生さんが現れました。腕試し的な気持ちなのかもしれません。
初めて顔を出したのですから様子見に徹しようか迷っていたのですが、何にも喋らないとジンロウ的に吊られることもあるでしょうしありがたいことです。
しれっと受け答えをしているとなんだか妙な顔をされました。んん?
彼が質問を飛ばしてくれたおかげで以降は発言してみようという気になりました。ありがたいことです。
「……やるわね」
隣に座っている女子学生がこそっと日本語で言って来たのでちょっとびっくりしました。見るとふわりと笑っています。……あれ、どこかで見たことがあるような……?
更に数人の発表が続き、休憩時間となります。2コマあるようですね。
配られたレジュメを発表未済関わらず眺めていると、隣の女子学生が何か言っています。
「……日本人が自分の研究分野を英語で喋れない、なんて、もう都市伝説レベルよ。くだらない悪戯心はしまっておきなさい」
……ん? もしや私が関係してるのでしょうか?
前世なら多分私はその都市伝説です。残念ながら現実でした。
顔をあげるとすぐそばに、最初に質問をくれた男子学生が微妙な表情を浮かべて立っていました。
んん?
「あら。さっきは質問ありがとうございます。おかげで話しやすくなりました」
思わずにこっと笑う。
すると男子学生はますます微妙な顔になってしまいました。あら?
「……ごめん」
ちょっと顔を逸らして小さくそう言うとそそくさと歩き去っていきます。謝られるなんて思ってもみなかったのできょとんと見送る。
隣の女子学生がふふっと笑いました。
「お節介だったかしら?」
「いえいえ、私悪戯されたんですか?」
「そうね。残念ながらたまに見る光景よ。昔は泣いて帰った留学生もいたと聞いたわ」
「あらまあ……」
私が少し目を丸くしていると、女子学生はまたふふっと笑います。
「まだ名前も言ってなかったわね。私は宮野志保、日本人よ」
一瞬固まった後内心では「!?」が大量に飛び交っていました。多分ぎりぎりポーカーフェイスは保てたと思います。
え、あのあの。
あの。
あの、宮野志保さん?! ……灰原哀ちゃん……!? シェリー?!?!?!
ど、通りで見たことあるわけです。かわいいです。美人さんです。
そうかー、そっかー、アメリカに留学してたんでしたね、この時期なんだ、ええと……数えると今十五歳なのかな、もちろん飛び級ですね、彼女の状況なら大学院は行っても行かなくてもだろうからこれで卒業して日本に行くのかな……。
なんて一瞬で頭の中をぐるぐる回る色々を押しとどめ、何とか私は微笑みます。
「櫛森
と言ってから急に冷静さが戻ってくる。
組織の手が伸びているかどうか、そしてあわよくば回避を模索する、というのが今回のお仕事なわけですが、伸びてるどころか手中でしょうし回避なんて私一人でできることじゃない。
実はとんでもなく大きなお仕事だったわけです……彼女の環境に不穏を感じた協力者家族の視点に敬服です。
そして。
私は本名本職で彼女の前に現れて良かったのかな。考えてみればそれは第一に気にすべきだったのかもしれません。
まあ、本職がこれだからこそこの仕事が来たっぽいし、いちいち悩むことではないのかもしれませんね。他にどうしようもないというか、変にどうにかしようとしても無理筋なのかもしれない。
それから、同郷ということで気にかけてくださったのか、彼女から声をかけてくれることが多くなり、私もよく彼女に声をかけ、そのうち研究室にも溶け込んでいき、と、たいへん充実した日々を送らせていただくことになりました。わあ、楽しい。
いけません、公安の仕事、どうしよう。
宮野志保さんの境遇については原作知識があるわけですが、それをまるっと公安に報告して良いものかは迷います。懸念は第一に、時期尚早。
公安を舐めるわけではありませんが、まだ組織奥深くに絡めとられている『シェリー』の救出を想定するには手数が足りな過ぎるように思います。潜り込んでる降谷さんと諸伏さんの負担が大きくなりすぎる。
ひとまず、私が実際に目で見て怪しい点を挙げられるようになってから、といたしましょう。
-----------------------------------
『手際も何も杜撰すぎて情報がほとんどねぇが……東京在住の女、研究所じゃなく薬学科の研究員、そして優秀、となりゃ確率は高い……』
国際電話の相手が愉しそうに笑う。
『観察しろ。そして裏付けが取れたら報告しろ。……抱き込むのは面倒だろうが、意気投合して切磋琢磨でもするようなら、例の研究も進むことだろうぜ』
それを望むのは『あのお方』なのか、この電話相手自身なのか。
『……楽しみにしてるぜ、メスカル』
「私もそれが当たっていることを期待しておこう」
答えると、電話相手は喉を鳴らすようにして笑った。
/
転生者
6係の謎人員の一課での扱いは、転生者以外のメンバーも色々やってるからです。彼女は知らない。
ウルフ01はしれっと、ウルフ02はキチッと捜査や書類整理を片付けていく。
ウルフ03は今は長期出向中らしい。ウルフ04も頑張れ。
十二月はもう気が気じゃなかった。七日に気を張りすぎて翌日出勤してきた彼女を見て同僚が心配した程。
何事も無かったようでひとまず安心。安心し切った。へろへろ。
渡米後、やっぱり料理は好きだなあなんて和んでる。気を張りすぎてたから多分必要な緩み。
食材も日本ともイギリスとも一味違う部分があるし、配分考えるの楽しいなあ。
なんてのんびり構えてたら志保さんと出会って仰天。
しかし僥倖かも、とくるくる思考を働かせる。
彼女とお姉さんを組織から抜け出させて、二人しあわせに暮らしてほしいなあ。
里崎さん
七日、転生者の様子を目撃して、聞いていたとはいえ労しくて泣く。
ぼんやり起きた後べーべー泣きながら抱きしめられて転生者は驚く。
だが料理はさせない。
そんな……私もきっとやればできると思うんです。
混ぜて焼けばいいんですよね?
志保さん
この時期この場所で学部生なんて捏造です。
博士号とか普通に持ってそうですよね。
しかし十五歳で博士号をとって卒業、となると外野がうるさくなると組織に判断されて学士に留めさせられているという捏造設定です。
院生もいっしょくたにいる研究室で知識吸収できれば充分、的な。蔵書が読めるだけでも彼女なら充分かもしれない。
きっと資格諸々は組織でとらせるのでしょう。
マーロウ教授
お名前は某長き別れより。
苗字は某ハードボイルド探偵ですが、性格はどっちかっていうとテリーさん寄りかもしれない。似てるわけではないですが、明るくて気さくって意味で。
ジン
転生者のこと勘付かれてるみたいだよ君たち!
しかし降谷さんの所属を疑ったりはしていない模様。
相変わらず元チンピラだって思ってる。
メスカル
???