降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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10.転生者の安穏。

 研究室にいるのは二年生以上なので、私の仕事は論文のお手伝いばかりではありません。

 教授や准教授の実験・実習の補助をしますが内容次第で座学にも着いていくことがあります。

 

「That's all, thanks」

「I appreciate the great job you did.」

 

 研究室の教授、テリー・マーロウさんはなかなか砕けた楽しい人のようです。講義も結構人気みたい。プロフェッサー・マーロウとか長いからテリーって呼んでって言われたけど、内心ではマーロウ教授って呼んでます。

 

「Have a nice evening.」

「You too.」

 

 准教授お二人はスタンフォード・フェリアさんとリンダ・モーガンさんです。

 ドクター・フェリアは気さくな男性でミズ・モーガンは寡黙な女性です。ミズ・モーガンはドクターをつけて呼んだら「Too formal.」って微笑まれました。クールな褐色美女の微笑み眼福です。本当はファーストネームで呼んでほしいのかもしれませんが、私はまだ来たばかりで勇気が出ない……!

 

 講義に関してはこのお三方のお手伝いをしています。

 

 ただ、学部共通だの教養だの資格だの、学生さんが必要な講義は他にも色々あるため毎日毎日研究室の講義が詰まっているわけではもちろんなく、私は引っ張りだこというわけでもありません。

 それで午前中が空く日は朝のランニングの時間を日の出後にできるというわけです。ついでに練習メニューも増量できますから、目指せゴリラですね。

 

 ただ論文書いてたり実験・実習等で居残りになったりする皆さんって、時間外でも研究室や実習室にいらっしゃったりします。院生も入り浸っていることが多い。

 なので私もゼミや講義がなくても研究室にたむろしていることが多いです。雑談も議論も楽しいです。

 

 薬学部棟が閉まる時間(というか多分キャンパス共通だと思いますけど)は決まっているのですけど、研究室も実習室も棟の出入り口(※正面玄関ではない)も、IDカードと扉それぞれの暗証番号があればいつでも開閉できちゃうぞ☆

 いや本当はきっと危機管理的な意味ではダメなんですよ、でも『研究のため』だったら見ないふりをしてくれるのでしょう。

 さすがに開閉した時間とIDは記録されてると思いますけどね!

 

 あと、初日に私に悪戯(?)した男子学生はトビー・モースタンさん。私より二つ年上でした。アングロサクソン系のかたにしては少し童顔なのかもしれません。六年生ですし私の一個下か飛び級組かと思ってました。

 ……てことは降谷さんたちのひとつ上なんですよね。降谷さんもお若く見えますが……なんてことでしょう。

 彼は六年生の中でも人気者みたいです。明るいかただし年の差があろうと驕らないから下級生にも人気がある様子。

 しかし彼、あの悪戯をたまに揶揄われるようになってしまったみたいで、むしろ申し訳ない限りです。先入観とかってそう簡単に自力で脱却できるものじゃない。悪気なく弄ることってないわけじゃないもの。

 しかも即時謝罪したくらいですから彼はすごく柔軟だし誠実だ。ほんと忘れてあげてほしい……。

 

 年の差と言ってももちろん彼より年上のかただっていて、結構みんなバラバラなのですよね。

 浪人や留年がなくても間に留学や資格取得等々休学を挟むかたもいらっしゃいますし、移籍とかでまた一から始めるかたもいますし、アメリカは兵役義務こそないけれどちょうど大学生くらいの年齢の間に徴兵登録義務はあるみたいだから、訓練も受けてみて帰ってきたりとかもあるみたいです。

 本当に色んなかたがいらっしゃいますね。

 

 そしてこのミスタ・モースタン、私がこう呼ぶとすごい微妙そうな顔をなさってトビーでいいって言われてしまい、じゃあ私も(みぎわ)でいいですよと言いましたら、です。

 

「...Japanese names are hard to pronounce...」

 

 日本人の名前って発声しづらいってぼそりと言われました。そうですよね……。イギリスでは少し発音しやすいようにと『ミグ』って呼ばれたことがあるので、それを使ってもらうことにしました。

 

「最初はどうなることかと思ったけど、あなた、結構すぐに溶け込んだわね」

 

 周りの皆と談笑しているトビーくんを横目で見遣りながら志保さんが言いました。

 

「トビーさんが質問して下さらなかったら尻込みが続いちゃって、こんなに話せなかったと思うんです」

「怪我の功名かしら」

「むしろ手を引いてくれたと思うんですよね」

 

 なんだか志保さんがジト目になったような……。

 

「あなた怪しい壺とかお守り高額で売り付けられてもおかげで悪いことが起きませんなんて笑ってそうね」

「さすがに詐欺には引っ掛からないですよ!?」

 

 それこそ『よくこれで公安の協力者が務まるな』案件ですよね!?

 ……長いのでやっぱり『これ公協』にしましょう。どこで使うかは知りませんが……。

 

「単にあなたの人懐っこさの賜物だと思うけど」

「……私ずっとボッチだったくらいですので、それはないかと……」

 

 志保さんがきょとんとした顔をしました。何故!?

 

「…………あなたが?」

「えぇ。色々な点で浮いちゃいましてね」

 

 思わず遠い目をします。

 

 容姿が良いだかで遠巻きにされがちのようでした。外見に興味がない私は長らくそれに気づかず、何かしただろうかと日々びくびくしていました。そのせいで余計取っ付きにくかったことでしょう。

 加えてたびたび変態に出会すので、その点においてもお近付きになりたくないのは分かる。そうすると一人で登下校するので余計遭遇する。なんてことでしょう。

 あと飛び級する程度には頭が回るのもいけ好かなかったんじゃないでしょうか。

 

 ウッ。振り返ってみても淋しいボッチ人生。

 似た境遇でも友達いっぱいな人はいるでしょうから、単に私の努力不足であって。

 

 けれど。

 

「もし今の私がボッチじゃなさそうに見えるなら、それは周りの方々のお陰なんですよ」

 

 本当に、それに尽きる。

 

「そう。……眩しそうな目なんかしちゃって。妬けるわね」

「えっ!?」

「冗談よ」

 

 志保さんはくすくす笑っています。

 

「言っときますけど宮野さんも入ってますからね! あなたが優しくしてくださったお陰で緊張が解れたんですから!」

「あら。嬉しいこと言ってくれるわね」

 

 クール美少女の微笑みも眼福です。

 

-----------------------------------

 

 とあるランニング日和の休日、またヒロキ君が直美さんを連れてきてくれて、そして色々歌って、英語の童謡も教えてもらったりしました。

 

 のんびりと雑談中、件のトビーさんの悪戯(?)の話になりまして。

 

「ふふ。私もおぼえがあります」

「そうなんですか」

 

 直美さんが苦笑しながら仰いました。

 

「初等教育の頃、東洋人の顔立ちは珍しいと言って、いじめにあったことがあるんです」

「そんなことが……」

 

 悲しいことですね。

 

「………………でも」

 

 直美さんが寂しそうな顔をなさいました。

 あ、ヒロキくんが仰ってたのは……。

 彼も気遣わしげに彼女を見ています。

 

「それよりも……私は……私を助けてくれた人を見捨ててしまって……今でも、後悔しています」

 

 ……──それを、聞いた瞬間。

 目の前を、目の前にあるものと違う光景がいくつも走り過ぎていった。

 

 ……あぁ。

 あぁ。

 あなたも、映画で(えが)かれていたのですね。

 

 そして恐らく、その後悔を解消できたらと安易に彼女(・・)に会わせようとすることは……あまり、良くないのかもしれない。

 組織の目に留まるかもしれないと彼女は会うことを断ることでしょう。そんな理由はとても伝えられないから、余計に拗れかねない。

 

 …………今、私には、何ができるのでしょう。

 

 あの映画のかただとしたら、私が情報管理の徹底を挙げたことで、未来で二人が再会する可能性を潰してしまった可能性がある。

 

 どう、したら……。

 

 二人の再会を無かったことには、絶対にしたくない。

 けれど私には、志保さんの思いを聞くことなく彼女のもとへ直美さんを連れて行ってしまうような、強引な手くらいしか浮かばない。

 

 でも、そんなことしていいの?

 

 焦燥を隠して言葉を紡ぐ。

 

「その子のこと、聞かせてくれませんか?」

 

 匂わせ程度の繋ぎは、許されるだろうか。

 きっと考えなしに踏み切るべきじゃない。だけど、今を逃して次の機会はあるだろうか。

 

「そんなに楽しい話じゃないですよ」

 

 直美さんは引き続き寂しそうな、おつらそうな……やりきれなそうな苦笑を浮かべています。

 考えてみれば話すには酷なのかもしれない。

 

「無理強いは致しません」

 

 私は苦笑しながら首を振る。

 

「でも他人に話すことで気持ちが軽くなることもあります。私の研究のことみたいに」

 

 私の場合は、他人に話しちゃえるくらいにはもう終わったことなんだな、って認識できる。

 直美さんの場合は……確かに褒められたことじゃないかもしれなくても、悔いているのなら未来があるべきだ。

 

 ……私は自分の後悔を話したんだぞ、みたいな圧力になってしまっても構わない。本心ではできれば話してもらいたい。

 

 直美さんは小さく苦笑した。

 

「彼女は……からかわれていた私を庇ってくれたんです。でも、それ以来、いじめの対象が私から彼女に、移ってしまいました」

 

 本当に、痛ましいことですよね。

 

「私は、見て見ぬふりをしたんです。彼女は私を助けてくれたのに……! それでも彼女は何事もないみたいに……平気そうにしていて……強い人ですよね……。私は結局、ありがとうもごめんも言えないまま……」

 

 俯いてしまった直美さんの肩に、ヒロキくんがそっと手を置いていました。彼女は彼に眉を下げながら微笑みます。

 

「情けないですよね、私」

 

 私に、できることがあるとしたら。

 

「ほんとに平気だったのかもしれませんよ」

 

 志保さんの考えが私に分かるなんて驕れないけれど。

 

「……私の悪戯(?)のほうも、助けてくださったかたがいるんです。直美さんくらいの年の、日本人の女の子なんです」

「……!」

 

 彼女が小さくはっとした様子をみせたことに気付かぬふりで、私は言葉を続ける。

 

「なんにも物怖じせずにばっさり切って捨てちゃって。でもきっとご本人はそれで普通だと思ってるんでしょうね。かっこいいったらなかったです」

 

 彼女はきっと、誰がからかわれようと当たり前のようにフォローに回ってくれるのでしょう。もちろん日本人に限らず。

 

「きっとこっちが感謝しようがしまいが……いえ、どんな態度を取ろうが……もしかしたら、余計なお世話だなんて意地を張りさえしても、ご自身がしたいようにやっただけだって、あっさりしてそうな人で……むしろ、ごめんなさいねなんて言いそうで」

 

 実際、余計だったかしらなんて言われた気がする。

 

「きっとあとあとになってあの時はありがとうなんて言っても、そんなことあったかしら、覚えてないわ、なんて言っちゃうんです」

 

 映画でもあまり記憶になさそうな感じじゃなかったっけ……でもその理由は薄情だからではなくて、本当になんでもないことだと思ってた優しさと強さで。

 

「直美さんを庇ってくれたかたにも似たものを感じます。知らない私が言えたことじゃないのですけどね」

 

 私はへらっと笑います。

 

「本当のことは分かりません。だから、直美さんがいつかまたその人に会えることを願います。生きていれば可能性はゼロじゃないって、よく言うでしょう?」

 

 直美さんもへにゃりと笑ってくれました。

 

「ありがとうもごめんなさいも、直接会って伝えられるのが一番です」

 

 ふふっと三人で、笑います。

 

 この先どうなってしまうか分からないけど、いつか二人が会えますように。

 もし私に機会が見えたら、全力で会わせにいきますからね……!

 

「……こうやって話してて思ったんだ」

 

 ヒロキくんがふと、しみじみした様子で言いました。

 

「何事も前向きに取り組みたいって、さ」

 

 彼はふわっと笑いました。

 

「……実はね、僕は今、とても後ろ向きな動機でとあるプログラムを作ろうとしてるんだ」

 

 DNA探査プログラムのことなのかな……?

 

「……君たちもさ、こうやって海外で勉強するはめになってる」

「はめ、に?」

 

 直美さんが少しきょとんとしています。

 

「そう。今は敢えてそういう言葉を使うね」

 

 ヒロキくんは苦笑しています。

 

「日本という国では親が偉ければその子供も大きな顔をするし、優遇される。……たとえ能力がなくてもね」

 

 少し暗くなった彼の微笑みに、他の三名は皆息を飲んだ気がしました。

 

「それがずっと続いてるせいでちっとも良くならない。教育も未熟なままで、だから優秀な人間は海外に出るしかないんだ。時にはそのせいで、親が考え方の違いで離婚してしまったり、ね」

 

 ……。

 

 確か。

 

 あの映画でゲームに閉じ込められたのは、各界の著名人や大物政治家の子供たち、でしたよね。

 

 ヒロキくんのご両親は確か、離婚なさっていたような……お父さんの名字は樫村さんでしたものね。

 

「生まれなんてどうにもできないのに、どうしてそんな悲しい思いをしなくちゃいけないんだろう」

 

 ふっとヒロキくんは瞑目します。

 

「親が偉ければ優遇されるというなら、祖先に偉い人がいればそうされてもいいじゃないか。だから祖先をたどれるプログラムを作りたかったんだ」

 

 目を開けて微笑んだヒロキくんの顔には、先程の直美さんと似た自戒が滲んでいる気がしました。

 

「逆に、祖先が全然偉くなかったら、親が偉くなったのは優遇されなくてもその人が頑張ったからだ。自分で頑張ってない子孫が優遇されるのは変だ」

 

 そう言ったヒロキくんの目には意志の強さが見えました。

 

「だから、そうやって祖先が分かれば、みんな平等になるって思ってたんだよ」

 

 ヒロキくんが、苦笑します。

 

「でも……櫛森(くしもり)さんが言ったように、それでもし祖先に悪い人がいるって分かったりしたら、平等どころじゃなくなっちゃいそうだよね」

 

 それが悲しい出来事を起こす未来を、私は知ってしまっている。

 

 ヒロキくんの部屋は、ヒロキくんが学びたいことを思いきり学べるように整えられてた。そしてベランダにはたくさんの遊具があった。

 だからシンドラー氏とヒロキくんの仲はとても良好だったはずなんだ。それだけ手をかけるくらいに養父さんは彼を思い遣っていた。

 

 それなのにああなってしまったのは。

 

「目的のためには手段を選ばない、なんて言葉があるけど、そういうのは、可能性があるだけ全部試して、それでも最悪を選ぶしかない時だけに使いたいと思ったんだ」

「……!」

 

 もしかしたら、あの未来は変わるのだろうか。

 

「僕が作ろうとしてるプログラムは、その最悪だなって、今なら思うよ」

 

 へへっと、彼が笑います。

 

 それに少し痛みをおぼえたのは。

 

「本当に最悪なんでしょうかね」

「え……?」

 

 ヒロキくんが目を丸くしています。

 

「前に里崎さんが仰ったように、祖先が何だろうと自分は自分、でしょう?」

 

 里崎さんが苦笑しました。あの日は悪戯心も混じっていたからでしょうか。

 

「本当は祖先に悪い人がいようと、その人には何も関係がないはずだから、貶める人の方が悪いんです」

 

 でも悲しいことにそんな綺麗事が通らないのが、世の中というものです。身内ごと貶める事例はいくらでも存在してしまっている。

 

「それこそ、祖先がなんだろうが人は皆平等、ですもの」

 

 にこっと笑いかけるとヒロキくんは苦笑します。

 

「それを主張するための何かを作って、それが広まったなら、そのプログラムもとても素晴らしいものになるのかもしれません」

「なかなか難しそうだね」

 

 やはりヒロキくんは苦笑します。そしてやがてくすくすと笑い始めました。

 

「それに、人は平等だって浸透してからだったら、そのプログラムはいらないのかもしれない」

「……あ」

 

ははは。そうなのかもしれない。

 

「で、でも、他に使い道がありそうじゃないですか! 生き別れの家族とか探せたりするかもしれないですよ!」

 

 ああ、とヒロキくんがこぼします。

 

「確かに、何かに使えるのかもしれないね。……その前段階が大変そうだけど」

 

 ヒロキくんがふふっと笑い、私はへらっと苦笑します。

 

「祖先をたどれるようなすごいプログラムを作ろうとしちゃうくらいなんですから、きっと平等を広める何かを作れるはずです! なんて無責任に言ってみます」

 

 私がへらっと笑うと。

 

 ……ヒロキくんがニヤッと笑いました。

 

「じゃあ、言い出しっぺの櫛森さんにも手伝ってもらおうかな」

「……」

 

 私はぽかんとしてしまいました。

 

「……え、ええっ!? お手伝いできたら幸いではありますが、私に何かお役に立てるような知識があるのかどうか……」

 

 ふふふとヒロキくんが悪戯っぽく笑います。

 

「櫛森さん専門外のこともたくさん知ってそうだし、知らなくても調べてくれそうじゃない」

「……! やぶさかではありませんが……!」

 

 本当に、お力になれればいいのですが。

 

「じゃあ決まり! そう言えば連絡先の交換してなかったね」

「そうでしたね」

 

 日時を指定しなければ会えないような縛りはありませんでしたしね。

 

 そして皆して交換しあって。

 

「ねえ、そのプロジェクト私も混ぜてもらいたいな」

 

 直美さんがそう言ってくれました。

 

「わあ、もちろんだよ、ありがとう! 里崎さんも巻き込むからね!」

「何ですって!?」

 

 すっかり見守る態勢だった里崎さんですが、この四人の繋がりって言ったらまず音楽じゃないですか。

 きっとそういうことなんじゃないかって気がしてる。

 

「そんなに驚かないでくださいよ。一蓮托生でしょう」

 

 くすくす笑う我々と、たじたじとなる里崎さんと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後解散となったあとに、ヒロキくんが初老の男性に抱きしめられていたのを視界の片隅で見つけました。

 

-----------------------------------

 

「……櫛森さんは、諌めたりはなさらないのですね」

 

 里崎さんの意図するところはなんとなく分かったけれど。

 

「不要ですよね」

 

 ふふっと、私は笑うに留めたい。

 

「彼らはあなたに教えを求めました。だから、もう少しなら構わなかったのではありませんか?」

 

 黙って流すこともできたのかもしれないけれど。どこか探られている気がする。

 

「『自ら学ぶ機会を奪うことになりかねない』っていうふうな考えかたを知りまして」

 

 私がクロスオーバー的に引き継いでいる能力(スキル)の出典元における、とある人々からの受け売りです。

 それは過剰で重い期待のまま終わる可能性のある、危険な賭けにすぎないのかもしれない。実際あの物語でも賛否両論といった様子ではあった。

 だけど二人の先も、そして私たちとの縁も、まだまだ長いはずなのだ。そうあってほしいという願掛けでもある。

 

「私が手を引っ張ろうなんて、まだ早いんじゃないかなって」

 

 ヒロキくんが行き着いた『真実』は極論に近いのだとは思う。そればかりが原因ではなくて、『現実』はもっと容赦なく緩いものだと思うんです。

 深刻に考えていたら案外そんなでもなかった、的な。

 

 二世が頼りないことは、確かにありはするかもしれない。けれどそういう彼らにばかり非があるとするには無理がある。

 

 日本は急に先進国の仲間入りをしています。

 現代教育に関しては確かに江戸以前から吸収されてきてはいても、その流れはいったん途切れた。

 ゼロから再出発してまだ一世紀も経ってないんだ。

 だからいくら急激に伸びていてもまだ『遅れている』のを忘れて語ることはできない。

 

 国内で開発者や研究者の育成が完結できないのは、単純に指導者も育ってないという可能性がある。

 ヒロキくんは僅か八歳で既に指導側を凌ぎかねない頭脳を持っていて、自身の技術を伸ばした先に解決の達成を見込んだ。ひとりで解決しようとしてしまった。

 だから極論に近くなっちゃったのかな。

 ……私も、周りを顧みず独りだけで突っ走った人間だから、少しだけ分かるような気がしてしまう。今は、私のそれはあまり褒められたものじゃなかったって、自分で言えるのだけど。

 

 できればその、頼りないかもしれない二世を引っ張ってける側になるとかだってできるはずだ。彼らを血筋で安易に後継にしてほしくないと言うなら、なおさらに。

 映画のノアズ・アークも、一掃しちゃう気が全てじゃなくて、本当はあのゲームで子どもたちに成長してほしかったんじゃなかったっけ。

 一緒に遊びたかっただけだってコナン君に言い切られてて少しつらくなったのを思い出しました。

 

「ヒロキ君はご自身で仰いましたからね。『前を向いていたい』って」

 

『目的のためには手段を選ばない、なんて言葉があるけど、そういうのは、可能性があるだけ全部試して、それでも最悪を選ぶしかない時だけに使いたいと思ったんだ』

 

 だから私が彼の手を引っ張ろうなんて、きっと色々な意味で『十年早い』。

 

 ……こんな話を今してるのは……多分里崎さんは私の人となりをもっと知っておきたいんだと思う。一緒に仕事をするのだから当然のことだよね。だったら、私がどういうつもりでいるのかはきちんと正直に話さなきゃいけない。

 

 出会って少し経った今、色々分かってきて、そして『分かった気』になりがちな時期なのかもしれなかった。

 だから細かい部分で慎重になっているんだと思う。

 

 ランニングから帰ってシャワーを浴びて、昼食にして、のんびりと過ごす中。

 

「やはり工科大のほうは、あれ(・・)の心配はなさそうですね。今のところは(・・・・・・)、ですが」

 

 里崎さんがぽつりとそう言います。

 意味深ですね。彼女は何か察していそうです。

 私は微笑むに留めます。

 

「あなたが宮野さんに公園でのことを話さないのは、彼らと彼女を会わせないためですか?」

 

 そうですね。でも。

 

「きっと宮野さんは断るのに困ると思うんです」

 

 里崎さんはふっとやりきれなさそうな微笑みを浮かべます。

 

「……なるほど。……どうにか、したいものですね」

「六月まで時間を頂いていますから、もっと仲良くなれたらと思っています」

「まずはそれ、ですね」

 

 公園に誘えたら二人が再会できるし、きっと志保さんと我々との時間もそれだけ増える。だけど、きっと彼女は『表面上は』きっと断るしかない。

 組織に利用されかねない工科大の優秀な学生となんて、コンタクトがないに越したことはないんだ。

 公園での話の中で、志保さんに知らせることなく直美さんとヒロキくんを彼女とのショッピングに連れて行っちゃう、なんて強硬手段を考えなくもなかったけれど、やっぱり志保さんにも二人にも危険が生じそうな気がする。

 

「ヒロキくんの『プロジェクト』が始動したら、何かでコッソリ巻き込めないかなとは思っています」

 

『灰原哀』さんには優秀なエンジニアなイメージもあります。きっと匿名でとかなら巻き込まれてくれそう。

 でも話を持ちかけるには、彼女のそういう面を知るような仲になることが先決です。

 

「……櫛森さんなら、すぐにやり遂げそうに思います」

 

 里崎さんはそう言ってふわりと笑いました。

 あなたも宮野さんと同じような目で見てくれたというなら、それはやっぱり。

 

「今の私がそう見えるなら、こうなったのは周りの皆さんのおかげなんですよ」

 

 里崎さんは七日の私を見て本当に気遣ってくれて、泣いてさえくれて、そして七日以外でも一緒にいて楽しくて。

 

「もちろん里崎さんもその一人なんですからね」

 

 ふっと彼女は笑いました。

 

「たいへん光栄なことです」

 

 私はふにゃりと緩みきった笑みをこぼします。

 丁寧語は固いと言う人もいるけれど、似た癖を持つからか、これまで彼女と過ごしてきた時間からか、とても柔らかで温かく感じられました。

 

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 三月の七日はかなりマシでした。

 気がかりはヒロキくんに関して何も見えなかったことです。

 実は回避できていないのでしょうか……。

 でも、だとしても、彼との縁はきっとこれからも続く。阻止する望みは途絶えたわけじゃない……はず。

 

 志保さんとはショッピングに出掛けるだけでなくお昼やお茶をご一緒したりと、さらに触れ合う機会が増えていきました。ありがたいことです。

 中でも嬉しかったのは、ビデオ通話でお姉さんの明美さんをご紹介いただいたことです。

 本当に気さくで明るいかたです。……死なせたくない。

 接触できたことでその希望に近づけたかもしれない以上に、優しい彼女に会えたことは嬉しく感じられました。人柄が、好きだ。話せて良かったって思える人だった。

 

 そして少し驚いたのは志保さんから卒論の相談を受けるようになったことです。彼女ならそんな必要なさそうなのに。

 

 彼女も理由をつけて接点を増やしたいって思ってくれてるんだとしたら、とても嬉しいことですね。

 

 ……なんて呑気なことを、私は思っていました。




/

転生者
七日に関係ないから夢に見ないだけ、なのが正解です。
のんびり過ごしつつ、何だか仕様がヤバイ物平気で作っちゃえそうなプログラマーが二人も関わるプロジェクトに誘われて慄いてる。
しかしやるからには全力で取り組むのが彼女です。

里崎さん
すっかり他人事として見守る態勢になってた。
微笑ましいなあとさえ思ってた。
しかしご愁傷さまです、巻き込まれます。
転生者に色々楽器紹介したお陰で打ち込み等の手間を少し省ける。
少しだけである。
本業もあるのでとても忙しい。
しかしそのうちやり甲斐を感じるようにもなる。
加えて、人の足りない部分を全部カバーし始める転生者に慄く。
やっぱりあなた、かなり規格外ですよ。

ヒロキ君
みんながいてくれたらきっと面白いものがたくさん作れるよ!
無邪気に心強く思ってくれてる。
でも里崎さんと同じく転生者にびっくりする。
この人いつ寝てるんだろう……? って心配になる。

直美さん
このかたがたと一緒に何かできるならきっととても楽しい、と思って挙手した。
実際楽しいけど、転生者に以下略。
しかし専門外のことでも頑張れるってすごい……! と一人純粋に感心してる。
ぴゅあぴゅあ。
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