「卒論も詰めの時期だってのにな」
そう言ってグラス片手に苦笑するトビー君には、疲れや苦々しさが見て取れました。
六年生には卒論の最後の検証や確認の段階にある人も多くて、研究室に入れないばかりか実習室での実験等の時間まで削られて、皆少し焦ってるみたいでした。論文としての記述はだいたい終わっている場合も多々、もどかしい手持ち無沙汰を強いられることになっている。
そしてそんな中、トビー君が次に狙われるのではないかと心配する学生たちも少なくなかったみたいで、気が進まない様子の彼を皆で連日バーに連れ出しているらしい。
その心配はトビー君に限られるとも言いきれないことから、その酒宴には研究室の学生の学年問わずほぼ全員が声をかけられ集まっている。
……ほぼ。
志保さんは色々あって夜間の外出が難しいみたいで(そりゃそうですよね……)、何故か彼女にかわりといって指名されたらしき私がこの場にいます。
まあ、こうやって全員で集まっていれば狙われることも(狙うことも)難しいだろうという狙いがあることでしょう。帰るのも数名の学生の家に別れての泊まりになっているらしい。
ここ皆仲いいもんなあ……皆で身を守り合うことにしたのでしょう。皆でいる時にもし事件が続けば全員アリバイ成立ですし。……これ以上続いてほしくありませんが。
「……ヘッ……もうすぐ、もうすぐ卒業だったじゃねえか。アルセニーなんて、院に進むんだって言って……」
トビー君は言葉を詰まらせた。
いたたまれない気持ちでそんな彼を見て、そしてじっと見ているものでもないから、私は自身のグラスに視線を落とす。ここのシードルはとても美味しかったけど、状況が状況だからあまり多くは喉を通らない。
「……なあ、ミグ」
そのうちに、小さくトビー君が私を呼んだ。
「リサとは2ヶ月前まで付き合ってたんだ」
「聞いています」
「別れた理由は墓場まで持ってく気だった」
「……?」
何が、あったんだろう?
「……この州では同性婚も認められてるが、リサ自身は宗教的な理由でそれができねえ。明かせもしねえ」
「……! じゃあ」
「……ああ。好きになっちまったんだと。どこかの女性を。……誰とは、聞いてねえ」
「……」
「あいつだって悩んでたよ。今まで自身はヘテロだと思ってたって、……ちゃんと、俺のことも愛してたんだって」
ふっと、彼は笑った。そこには優しそうな色があった気がした。
「知ってるさ、よくよく。バイだっただけだろ。あいつは本気で俺を想ってくれてたよ。……だからこそ別れたんだ。俺はあいつを素直に応援できる。正直に……しかも、泣いて打ち明けてくれたんだぜ? 責めるだのキレるだのする気なんか起きなかった」
彼は残っていたグラスの中身をぐいっと一口で飲み込んだ。
「……愚痴くらい吐いとけって言ってもなかなか言ってくれないような奴だった。改宗できるよう色々ツテも探した。できたらその
世界には改宗が認められない宗教もあるから、もしかしたらとても苦労していたのかもしれませんね。
横で彼の友達が泣き始めた。
「トビー……ごめん……悪かった。俺……」
……どうしたんだろう?
「俺、トビーがミグに惚れてリサを振ったって噂信じて、それで、お前を散々からかって……っ」
……ハイ?
私は固まった。
「……馬鹿野郎。周りに理由話してねーんだ。色々わけわからん噂が出るのは覚悟してたさ。……だが」
トビー君が私を見た。
私はまだ固まってる。
「無関係のやつまで巻き込むのはな……リサも、望まねえだろうからな」
私は心が痛くなる。……志保さんが私をここに来させたのは、何かを察しての……? いや、あってもトビー君に頼まれた、とかかもしれないですね。
「そんなことのために、大切な事情を明かして下さったんですか……」
「そんなことだぁ? ミグには不名誉な噂がたってたんだぞ、略奪女だとかなんとか」
「……いや、ええと。だとしてもなんの実害も……気づいてなかったくらいですし」
トビー君が溜め息をついた。
「ミズ・里崎は気づいてたみたいだが?」
「……エッ!?」
私は思わず里崎さんのほうに勢い良く顔を向けた。
彼女はにこっと笑った。
「ボディガードですので」
「いや、教えてくださいよ?!」
「根も葉もないことで悩ませたくありませんので」
「私悩むと思います!?」
「悩んだ末ことを大きくしかねないなと」
「そっちですか!?」
ことを大きくといったって……別に噂のもとを吊るし上げようとかは……相手はただの面白半分な学生でしょう?
トビー君が吹き出して、そしてくすくす笑いだして、何だかそのおかげで場の空気が少し和らいだ気がした。
よおーし!
「丁度いいです! きちんとご紹介していませんでしたね、彼女はキキョウ・サトザキ、ボディガードなだけじゃなくて、とっても歌が上手なんですよ!」
「……
ギョッとしたご様子ですが、隠し事&酷い扱いに対する仕返しです。今はあまり使われていないらしきステージに彼女を引っ張っていく。
「アヴリルとか得意でしょ! ギターもあるじゃないですか、調律も絶対音感でお手の物ですものね! マスター! ここ使わせていただくことは?」
「歓迎するよ」
「ちょ……っ、く、櫛森さん! 櫛森さん!? ……ッッッ! そういうところですからね!?」
どういうところですかねー(にこっ)。
戸惑いまくりながらも、アンコールの上で更にリクエストが飛び交うことになり、それに律儀に答える里崎さんを、私はにやにやと見守る。
彼女の歌声を聞けるのが嬉しいのもありますが。
そんな中スマホが震えていることに気づきます。電話だ。発信元はミズ・モーガン。
何か分かったことがあるのかな……?
これ以上不穏な情報が上がらないことを祈りつつ、私はマスターに着信状態のスマホを示し、念のためで自分の今までの飲食分より結構多め(ステージのこともありますしね)の金額を払い、また戻りますと伝えていったん店の外に出た。
「ミグです。また何か分かりましたか?」
『ええ。……残念なことに亜硫酸塩の在庫が減っていたのはうちの実習室よ。まったく、いったい誰が……』
いつもクールなミズ・モーガンの声音から今は少しの苛立ちが感じ取れた。私たちからしてみればまんまと盗まれてしまっている訳ですからね……。
『明日警察が、うちのもミセス・シャルパンティエのところのも、指紋とかを採取しに来るらしいわ。……もうそのうち休校になるかもしれないわね。皆大事な時期なのに』
暗証番号のこと。薬品の在り処。トビー君と親しい人二人が手にかけられた。
状況から外部犯とするのは無理でしょうから、ね……。
「早く、解」
解決してほしいですねと言いかけた最中私は不穏なものを感じて咄嗟に振り返ろうとしたのですが。
バヂッッッ
その鈍い音は妙に大きく響いた。
……スタンガン?
そう見当がつくかつかないかのうちに、私はその場に崩れ落ちる。
取り落とし地を跳ねたスマホはショートでもしたのか、画面が暗い。
どんだけの電圧してるんですか……。
思うように動けないでいた私は路地裏に引っ張りこまれ、鼻と口元が何か濡れた布のようなもので塞がれる。
自由の利かない身では意地を張って呼吸を止め続けることはできなかった。
甘いようなよくわからない匂いをめいっぱい吸い込んだ私は、情けなくも意識を手放した。
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苛烈な感覚が私を叩き起こした。
「────!!!」
思わず口を突いた悲鳴らしきものはしかしくぐもった呻きにしかならなかった。
口の中に丸めた布だかを詰め込まれた上で、口が粘着テープで塞がれているらしいのを何となく把握する。
恐らく両手首を上で固定しているのも同じテープでしょう。それだけならその拳を振り下ろせただろうに不可能だった。
さっきの苛烈な何かが私の腕を……ソファー? に打ち付けているらしい。
暗くて、何も正体を探れない。
……ナイフ? 釘? 針?
……い、た……い……
足首も多分、粘着テープで固定されている。念入りなことですね。
それで更に、誰かが太もものあたりに跨っているのでしょう。
そして嫌な気配が再び。
もう一方の腕──手首の少し下に激しい衝撃と痛み。悲鳴はまた、呻き声にしかならない。
……いったい、何が起きているのでしょう。
私の上で無言のまま淡々と凶行に及んでいるのは一体誰?
少し目が慣れたはずなのに暗くて分からない。
そんな中で外すことなく私に鋭い何かを打ち込んでいくあなたは一体何なのですか。
リサさんとアルセニー君が見舞われたものとは明らかに違う事態。
だから同じ犯人とは限らない。
「────っ……!」
もうどこに何本目かも分からない。
さすがに、心が、折れそう、で──……。
ふと、降谷さんの姿が思い浮かんだ。
こんなところで終わるわけには、いかない、の、に……
『やはり軽いな』
電話越しの彼の声を思い出す。
上から押さえられるのと下から抵抗するのとでは重力方向もあってどうしても下の分が悪い。
だとしても。
もっと体重を増やせていれば……?
……わから、ない
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櫛森との通話が不自然に切れ、その後繋がらない。
リンダ・モーガンは焦りつつ、櫛森のボディガードである里崎にコールした。櫛森と同じく出るまでが長くて気を揉む。
『はい、里崎です』
「ねえ、ミグは今どこにいるの?」
彼女との通話状況を話すと里崎は明らかに慌て始めた。
里崎は学生たちが自衛のためほぼ全員で集まりバーに出かけて飲んでいて、今日は櫛森もそれに呼ばれた、というのを随分早口に教えてくれた。
そして今彼女の姿は見えないらしい。
「……じゃあ、分からないの……?」
『……っ……はい……っ』
それでもボディガードなの、という詰りが口を突きかけ、モーガンは飲み込む。里崎の誠実さは何となく知っている。事情があるのかもしれない。
『……っ! バーのマスターに着信があると言って、一応の支払いをして、ミズ・櫛森はバーの外に出たそうで、戻ると行ったのに戻っていないそうです……』
「そう、なのね……何とかしないと……!」
『……あ。私彼女のポケットに発信機を突っ込みました。ちょっと彼女から離されるはめになってしまったもので……!』
「……! good job! すぐにたどってちょうだい!」
やはり何らかの事情があったようだ。ボディガードとしてはきちんと仕事をこなしていると言っていい。むしろ常人が扱わないだろう発信機まで用意しているあたり、櫛森の日頃の行いをきちんと把握して常に備えているのだろう。優秀だ。
そしてそれは大学の位置を示し、そこに留まっているという。
まだ情報収集のために居残っていたままの彼女は、自身の執務室を飛び出した。
「詳しい位置は分かる?」
『もっと近づかなければいけません。今向かっております』
「……っ! 分かったわ……! ……そういえば」
モーガンはもどかしさを抱えつつ、聞いておくべきことを思い浮かべる。
「彼女みたいにそこからいなくなった学生は、いる?」
懸念と嫌疑とがそこにはある。
『いません! 今数人腕っ節のある人と一緒に向かっています。他の人は絶対に待機するよう指示されています』
「そう……ひとまず心配事はひとつ消えたわね……」
少なくとも他に不審な行動をしている人間は彼らの研究室にはいないということだろう。
未成年だからと唯一酒場にいないという宮野が家から出ているとは考え難い。
モーガンは比較的すぐに里崎と学生らに合流できた。酒場は大学のそばだったらしい。
「それで、詳しい居所は分かったの?」
「……ドクター・フェリアの執務室、です……」
「……」
別の嫌な懸念が生じた。
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トビー・モースタンが本格的に卒論に手をつけるまで所属していたのはテニスサークルだ。それによる身体能力のアドバンテージによるものか真っ先にドクター・フェリアの執務室に到着し、ノブを回すもそこは、閉じればオートロックである。開かない。
気を揉みながら彼は扉をドンドンと幾度も、勢いよく叩く。
……反応は、何も無い。
そのうちに全員がこの場に到着していた。
櫛森は──少なくとも手掛かりは、確実にこの中にあるはずだ。
「開かねえ! ……蹴破る!」
反対する者はおらずモースタンは力いっぱい幾度も蹴りつける。
そのうちに一人が近くにあった消火器を持ってきたため、交代した。その学生はキーを重点的に攻撃して、とうとう破壊に成功する。
そこへどこからかバールのようなものを見つけてきた学生がとどめとばかりにキーを取り除き、扉と壁の間に捩じ込んで力のかぎりで抉じ開けた。
視界に飛び込んできたのは目を覆いたくなる光景だった。
目隠しをされ、口などあちこちを粘着テープで押さえ、あるいは固定された櫛森は、来客用と思われる革製のソファーの上で、バーベキューなどに使われる幾本もの長い金属製の串によって、滅多刺しにされている。
……無残に上の衣服を破られはだけさせられた胸部に激しい怒りを覚えながら思わず目を逸した。
が。
その上にのしかかっている人間が腕を振り上げたのを察知する。
衣服の胸元が開かれていたのは心臓の位置を確実に狙うためだったのだ。
彼は咄嗟に踏み込んで、その者を殴り飛ばした。
危機一髪、その一撃が彼女を襲うことはなかった。凶器は他と変わらず串で、それが床に落ちて鋭い音を立てる。
数人がふっ飛んだ奴を取り押さえにかかってくれている。
彼は思わず櫛森の姿を自身の上着を脱いで覆った。
彼女は意識がない様子ではあれ、弱々しいが息をしていた。かなりの血が周りを染めているため完全には安心できないが、今はまだ生きていてくれている。
誰かが911にコールしてくれていたらしく、緊急車両のサイレンが近づいてくるのが聞こえた。
「櫛森さん……っ!」
駆け寄った里崎が慎重に口元を覆うテープを剥がした。呼吸の妨げはできるだけ除かねば。
更には、口内に布が押し込まれているのをみとめてますます顔が歪む。
里崎はそれも慎重に取り除いた。
それ以上は傷に障りかねないため触れられない。
里崎はその場に頽れて嗚咽を漏らし始める。
ミズ・モーガンがそんな彼女を労るようにして肩を柔らかくたたいていた。モーガンの表情も険しい。
何故櫛森がこんな目に遭わなければならない?
モースタンは湧き上がる怒りと虚しさで、気づけば拳を握りしめ、奥歯を強く噛んでいた。
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……生きて、る?
真っ先に浮かんだのはそれだった。
……誰かが、手を、握ってくれている。
そちらに目を遣ると、そこにいたのは志保さんだった。
一瞬目を見張った彼女はくしゃりと表情を歪めながら──恐らくナースコールに手を伸ばした。
「櫛森さん……っ!」
悲壮な直美さんの声がして私はそちらを見遣る。
彼女はぽろぽろと涙を零した。
ああ。
二人にこんな再会はさせたくなかったなあ。
情けなくて、迂闊すぎて、私は自嘲で笑う。
「……ごめ、なさい……」
何だかうまく声が出ない。
「……何に対する謝罪なのよ……」
志保さんの声が苦しそうだ。
本当に、心配をかけてごめんなさい。
少しして、お医者さんや看護師さんたちが、部屋を訪れた。
私を襲ったのはドクター・フェリアだった。
彼は先の二件についても自身の犯行だと供述しているらしかった。
盗まれていた薬品もトビー君の学生証も彼の執務室から発見され、薬を盗まれた薬品庫からは彼の指紋が検出されたそうだ。
動機は……。
彼はリサさんに惚れて言い寄っていたけれど好きな人がいると断られ続けていた。
トビー君が私に惚れて彼女を振ったとの噂を信じ、トビー君と私を恨んでいた。
……リサさんから、彼女が好きになったのは私だったと聞いた。一度見かけてから一目惚れだったそうだ。
ますます私を恨んだ。
そんな時に偶然トビー君の学生証を拾った。
リサさんを殺害すれば自分のものになると思った。自身の好きな赤で染め、それを示した。
憎らしいトビー君に罪を被せるために彼のIDを使った。やはり当然記録されていると思っていたらしい。
トビー君を苦しめるために彼の親友も殺害した。現場を同じようにすることで犯人は同じだと知らしめようとした。
憎らしい私も同様にするつもりだったが、捕らえると憎らしさと嫉妬が爆発し、とことん痛めつけたくなった。
そしてやっぱり最終的な狙いはトビー君の命だったみたいです。恐ろしいことです……。
遺体を運んだり薬品を盗んだりについてはトリックでも何でもなく、ただ暗証番号を知り尽くしていただけらしい。
こうして、悍ましい猟奇殺人は幕を閉じた。
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やはりすぐ退院というわけにもいかず。
出向期間もあと僅かだというのに、この体たらくはちょっと情けない思いです。
こちらで知り合った皆さんがちょくちょくお見舞いに来てくださるのが、ありがたくもあり、申し訳なくもあり。
ただ、出勤できない分病室でプロジェクトに関するキャラの立ち絵作業等を進めることができて、それだけは嬉しかったのですけど。
タイトルを『
主人公たちは世界のとある危機に対抗するために有効とされる、それぞれのイメージカラーともなってる色をしたトルマリンを探しに行きます。
見つければ不思議な力を得られて(魔法少女的なね?)、未知の脅威に備えられる、というモノ。
探すことになるいきさつも色々とあるのですが、それは今は置いておきまして。
黒いトルマリンって珍しいみたいですね。だから特別な物として出していきます。
そして世間一般で『黒』ってそうよくないイメージに使われることもある。
人種差別しかり。
すべての色のトルマリンを合わせると絵具みたいに真っ黒になるということで、力を合わせる象徴みたいなモノです。
ゲームの仕様書もちょこちょこ進めつつ。
「宮野さん」
「何?」
「卒論はどうですか?」
「……病室でそんな話をするの?」
プロジェクトの作業をしてることについても彼女はげんなりしたような目を向けておられたりします。ご心配をおかけしてすみません。
「私、働き者で有名なんですよ」
何かやってないと不安、まであるかもしれない。
「それって、あなたの場合、いいことなのかしらね……」
志保さんが胡乱な目で見てきます。何故ですか。
彼女は加えて小さくため息をついた。
「……まあ、ここで黙ったところできっと意味はないわね……」
あなただものね、なんて仰ってまた溜め息。何故ですか(再)。
「……順調よ。まだ決め手には欠けているけど、『研究』としては評価してもらえているわ」
「ふふっ。とても学部生が扱っているテーマとは思えないできですもの。宮野さんは本当にすごいですね」
「たいしてまだ何もできてないわ。両親の研究を引き継いでいるだけだもの」
まったく謙虚なかたですね。
「私は宮野さん自身が見つけた答えもあるのをちゃんと知っていますからね」
「……あなたが相談に乗ってくれたのもあるわよ」
「それこそ私はほとんど何もしていませんが」
ほとんど聞き役なだけだった気がします。
「あなたはまったく……はあ。……だいたい、聞いてくれる人がいたことでまとまる考えもあるでしょう」
「そんなことがないわけでもないとは思いますけど……」
本当に何もしてないんですよ?
……今彼女のその研究が完成をみせてしまえば、成果が組織に掠め取られるかもしれない。
だから、私が実力以上に必死に頑張って支える訳にはいかない、と……思うのです。だから、既に知ってることしか言ってない。なかなか不誠実な気がする。
そんな状態なので、天才かつ努力家な志保さんにとっては、相槌くらいにしかなっていないと思います。
志保さんがまた小さくため息をついて、そんな様子に直美さんがくすくすと笑っている。
お二人は、ここでよく顔を合わせることになっていました。
直美さんが志保さんに対してとてもきらきらした目を送っているのに対して、志保さんはいつも通りにクールです。
きっと、もし直美さんが過去のお話を彼女にしていたとしたらやはり、『そんなことあったかしら』なんて素知らぬ顔をしたことでしょう。
そんな二人の光景に私は思わず微笑む。
再会のシチュエーションとしてはまずいことこの上なかったですが、装うのでも何でもなくこうして偶然(成り行き?)に会えたのは、良いことではあったのかもしれません。
……この先どうなるかは、分からないとしても。
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「……あなた確信犯よね」
「まったく、お前は本当に何の話なのか説明をしないな」
「わざわざ言う必要がある? 分かってるくせに」
シェリーは眉間に皺を寄せる。
「……ドクター・フェリアが、普通は知り得ない、自分が関わっていない所の暗証番号まで知っていたのは、何故かしら?」
その詰問に、メスカルはただ引き続きにやりとした嗤いを浮かべているのみだった。
「あんな事件が続いたのに、わざわざ夜に、彼女に電話で『情報共有』をしたのは、何故かしら?」
メスカルの態度は、変わらない。
「……あなた、私が櫛森さんに皆とバーに行くように勧めていたのを、聞いていたわね?」
メスカルは肩をすくめる。
「学生の話を盗み聞きするような趣味はない」
「……どうだか」
彼女との会話を録音していろなんて言っていた人間がぬけぬけと何を言うのだろう。
「お前にとっては喜ばしいだろうシェリー? 彼女の危機回避能力は低い。そんな人間は組織に要らない」
シェリーは表情を歪めた。
(……やっぱり彼女を試すために、そうと分らないところで色々仕組んでたんだわ)
結果櫛森は命の危機に瀕した。
……もしかしたら、根も葉もない噂を流したのだって……。
「ただ、だからこそ籠の鳥にするにはちょうどいいかもしれないな? ……お前と似たような籠を作れれば、の話だが。だから、今はまだ安心だろう?」
メスカルはククッと嗤う。シェリーはますます不快を表情に滲ませる。
「……侮らないことね。……彼女からは少し、
「……ほう?」
「巻き込まれ体質みたいだからかしら。そして、色々と危ない目に遭いながら必ず助かっているからこそ、今、生きてる」
危険ギリギリの発言を、別の興味を引く可能性の発言を、それでも彼女へ組織の手が伸びてほしくないから。
「彼女には強運があるか、周囲に強力な何者かがいるわ。手を出せば痛い目を見る可能性が高い」
「……ボディーガードをつけさせるような人間が居はするようだがな」
シェリーはふっと不敵に笑う。
「そんな危ない橋、私なら叩く以前に選ばないわ」
メスカルは少し顔をしかめた。
組織が研究に役立ちそうな人材として彼女を確保しようとするのは、是が非でもやめさせなければ。
「……彼女の手なんか借りなくたって、私が研究を完成させてみせるわよ」
引き続き不敵な笑みを浮かべているシェリーに、メスカルは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
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「結局ほとんどお役に立てませんでした」
内心では忸怩たる悔しさを抱えつつ、私はへらりと笑う。これ以上重苦しくしたくないですものね。
怪しまれない程度に『快気』を使ってはいたものの、結局退院出来た時には卒論修論博論締め切り間際で、つまり私は職務を中途半端で終わらせてしまったわけです。
「まったくだ。おかげでやりたいとこまで終わらなかったから、研究続けなきゃいけなくなった」
トビー君が大袈裟な仕草で言います。彼のことですから空気を重くしたくないのは同じなのでしょう。
……しかし、てことは、彼は院に行くことにしたのかな。
「ミズ櫛森のせいで、皆が皆、当初の予定より先の先まで手を付けるはめになったってのに」
はい?
仰る意味がこんなに分からないことは今までになくて、私はフリーズしていた。
皆の視線が生ぬるい気がします。何故ですか。
「そのうち完遂して学会に発表してやるからな。スペシャルサンクス枠に突っ込んどくから楽しみにしとけ」
「……はい!? え!? 私本当に何もできてませんが!?」
「自覚なし、と……」
そんな風なぐだぐだした雰囲気の中、皆口頭試問を真面目に突破しました。教授たちから袋叩きにあうものだと先輩方から吹聴されていたらしき六年生たちは拍子抜けだったようです。大学もパワハラに気をつけてるのかもしれませんね。
それから程なくして行われた卒業式では、事件があったこともあって余計に心に来るものがあるのでしょう、皆泣いてたし、私も泣いてしまった。
……何かもっとできていたらよかったのに。……阻止、できてたらなあ……。
早急に解決すべきだったのですから、お忙しいかもとか余計なこと考えずに、日本の皆さんにお知恵を乞うべきだったのかもしれません。
……この異国の地で『日本の公安関係者の私』が動くのは得策じゃないといえば、ない。
FBIやCIAなどの機関とは将来的に協力し合えたほうが絶対に良いのですから、万一にも叩いて出る埃になるわけにはいかない。赤井さんたちがやむを得ず許可を得ないまま日本で捜査をしていたことはいつまでも、降谷さんがつつき得る点になっていたのです。『素のままの私』が許可を得ずこちらで動こうものなら、良くて痛み分けでしょう。
……赤井さんは、小さな名探偵たちの正体に気付きながらも、直には暴かずに接していられるようなポーカーフェイスですからね。『2222=小暮愛莉=櫛森汀』なんてすぐにバレるに決まってます。
「……ねえ、あなたって、このあとは東京に帰るのよね?」
そんな志保さんの声で、私は不毛な思考から引っ張り上げられました。
「ええ、そうです。志保さんは進学ですか?」
三年後を思えば可能性は低そうですが、私は何も知らないはずですからね。
「ううん、私も東京に帰るわ。就職が決まってるの。両親のツテで、ね」
「もう就職ですか!? あっでも、志保さんなら即戦力ですから」
「……」
謙遜しがちな所とそして、『ツテ』と言うには少し違う気がするその繋がりを知っているのもありますが、今この接点で感じた彼女の才を軽く扱うなんてしたくない。
そんな私の意図を半分は察するはずがない彼女は、少しジトっと私を見ました。へらりと笑って返す。
彼女は小さく溜め息をつくと、微妙に視線をずらした。
「……そのうち姉とも一緒に、ショッピングにでも行かない? 私しばらくこっちだったから、あっちのお店あんまり覚えてないのよ」
「……!! 是非是非! 同僚に素敵なお店をたくさん教えてくれるかたがいるんです」
「あら、素敵ね」
「ふふ。いつかは皆で会えそうな気がします」
「…………そうだといいと、思うわ」
含みのある言いかたと少しだけ陰の覗える表情に痛む心を隠して笑う。
「今からもう楽しみです」
組織に無関係な人をできるだけ遠ざけたい彼女はそれでも、私の浮かべるのん気な笑みを見やってふっと笑った。
「……遠足に行く前みたいだわ」
「ええ、きっと似てるものですから」
そういう楽しい『お出かけ』を何だって好きなだけできるよう、貴女たちこそを組織から遠ざけたいから。
頑張らなくちゃ。
彼女がわざわざ今後も会いたい意思を伝えてくれたのは、組織の思惑が干渉しているだけのことかもしれない。だけどその干渉を彼女が拒絶しなかったのは、私や里崎さんを簡単には潰れないと信用した上での精一杯のSOSかもしれない、と……希望を、忘れないでいたい。
/
タイトルは直美さんが出てる映画のオマージュですが、実はpixivのほうではこれが実は彼らが作ってるゲームのタイトルでもあるというところまでかいてなかったりします。
後書きもかけてなかったくらいで、彼らの制作物にまで触れてくような余裕がなく省いちゃっていました。なんてずぼらな。
あと、かいた人はトリックなんて思いつけないので、ポイントはメスカルの正体についてだったのですが、いかがでしょう……(震え)。
・暗証番号
過去にハッキングしようとしてスタンドアロンであることに気づいていた。何かに使えるかと一個一個こっそり調べ回った行動派。
ドクター・フェリアが学生に粉をかけているのを知り、何かやらかしてくれることを期待して、全部を表に打ち出した物を彼の執務室の中に偶然を装って落としておいた。
・噂
やはり噂のもとは彼女です。変装して学生になりすまし雑談中に話題を滑り込ませる。
・電話
やはり櫛森が学生たちとバーに行くのは会話をきくために張っていて知る。
教授陣に、学生たちが集団行動していて感心するだのとココロニモナイコトな会話を持ち掛け、櫛森が呼ばれたことをフェリアに把握させる。
彼女を独りにするためにその時間に電話した。フェリアが行動するのを期待はしていたが見事にやってくれたのでにんまり。
ただ結果、彼女に予想以上に防衛能力が無いと判断し、つまらない。
運動を欠かしていないようだったため、
命が危ない可能性まで浮かんだ時は、ジンがその能力に目を付けて電話をかけてきたような人物であるためヒヤっとしはした。
転生者
終盤リタイアしたのが悔しくて凹み中。志保さんが頼ろうと思える相手になれていない不安があるけど、ひとまずここで縁が切れることにはならないようで少しだけ安心できた。
ヒロキ君の家でプチお別れ会が行われ、直美さんに招待された志保さんが応じてて驚く。どうもいつの間にかしれっとプロジェクトに引っ張り込んだ様子。志保さんも転生者も宇宙猫状態。
志保さん
引き続き『お手伝いのエキスパート』を利用しろと言われた。『例の研究』が滞っている態は組織の益になりたくなくて彼女が意図的にやってるという設定。そのせいでというより、単に転生者がその学識に目をつけられたためであれ、『例の研究』のために転生者が巻き込まれそうなのがつらい。
明美さん
妹に、転生者については単に留学先でできた友達として紹介されていて、帰ったら皆で会えたらと思ってると言われてニコニコ心待ちにしてる。
メスカル
学生たちを守れなかったことで他にやりたい仕事ができたとかしゃあしゃあと言って退職。シェリーが配属される製薬会社の研究所に研究員兼監視役として収まる。
里崎さん
私のせいで、ってずっと凹んでる。転生者や篠川さんたちがなだめるけどしばらく凹み続ける。
里崎さんの目を離れたのは十割転生者のせいなので彼女が凹む必要はない。
篠川さん
彼は報連相ちゃんとするから、日本で何人か鬼神が目覚めるけど転生者は少し自重したらいいと思ってる。