『里崎桔梗』さんはあくまでもボストンにおける
別れ際かなり悲壮な表情で「くれぐれもご自愛下さい」なんて言わせてしまったのは心苦しい限り……。
他にもいくつもの『しばしの別れ』を反芻しながらフライトを終えて荷物を受け取り、バスとタクシーどちらにしようなんて考えながら歩いていると、進行方向にいたかたとふと目が合いました。
ショートウルフの金髪に明るい肌をしたその男性はにこっと笑いかけてくる。
見知らぬ相手に対して随分愛想のいいかただなとか、同じ金髪のかたはお元気かなまあろくに寝てないだろうなとか、ああでもこのかた、顎のラインに沿って丁寧に整えられたまばらなお髭が黒いから地毛ではないんだろうな、なんてとある人を思い浮かべながら、小さく会釈して通りすがる。
しかし。
「────
「……!」
その声だけは間違えようがない。私は思わず足を止めて振り返る。
「お帰り。君の車で来てるよ」
彼が襟元を直すふうにその首元に少し触れたかと思えば、懐かしいその声は途端に変わってしまった。
……阿笠博士のあの変声機ってそういえば、一時的に医療用とかで販売されてた時期があったんだっけ。ここの公安だったら目ざとく購入しててもおかしくないように思える。
「…………た、ただいま、帰り、ました……?」
我知らず私の声は震えていた。
目が笑ってないんですよ、諸伏さん。
私のミラジーノを運転するのは何故か彼で、一見穏やかなのに雰囲気が怖い。多分周囲には怖いなんて映らないんでしょうけど。つまり私だけにマイナスの感情が──多分、『怒り』が、投じられています。
えぇ……あの……多分里崎さんから篠川さんに報告が行ってるみたいでしたし、もしかしたら降谷さんには伝わってるかもしれないなーなんて恐れてはいたんですけど……帰国のご挨拶をしようと発つ前にびくびくお電話しようとしたら繋がらなくて、まあお忙しいんだろうなって現実逃避気味に安心しちゃったりなんかして……でもまさか、まさか諸伏さんにも筒抜けなんです??? 守秘義務は??? あ、いえ、そりゃあ……あの事件に関しては公安の『仕事』とは関係ありませんが……ウッ……。
「……あ、あの……か、髪型、変えたんですね」
確か警察官って髪染めちゃだめなんだよね? てことはウィッグなんだろうけど、何で変装してるっぽいんですか???
それが地味に気になったけど、この異質な沈黙は破ってもらえなかった。
ただただ穏やかな表情で運転を続ける諸伏さんが何故か恐ろしい。
え、え、ものすごく、怒らせてしまって、る……ような……?
それに。
「……ええと、どちらへ……?」
制限速度でゆったりと走る道筋は私の知っている場所のどれにも向かっていない。
答えて、もらえない。
……まさか。
これは確かに私の車だ。ナンバーのみならず小物や内装も預けた時そのまま。
そしてなにより最初の声が──よく見れば目元も諸伏さん、なのだけど、でも。
「……あなたは、誰ですか」
私がはっきりと警戒を向けたことでようやく彼は機微を見せる。ふっと笑う──嗤う。
「過信も良くないけど、自身の勘を疑い過ぎるのも良くない」
……『諸伏さんだ』という私の感覚を疑うべきかもしれない、と思っての発言ではあるけど……無理もなくないですか……だめ……?
「正真正銘、オレだよ。
前を見たまま彼はにこっと笑った。
「だから大丈夫」
「……」
どう大丈夫なのかはちょっと不安だけど、答えてくれそうにないからひとまずあれこれ追求しないことにして、私は彼から視線を外して馴染みのない街並みを眺めた。
やがてどこかの駐車場で車は停まり、降りた諸伏さんが私の座る助手席の扉を手ずから開いて、無言のまま降車を促す。
黙って歩き出す彼の後ろを『大人しく』ついて行くけれど、胸中には不安しかない。
何かの建物の裏手から中に入って、いくつか廊下や階段やエレベーターを経る。
あれ、ここ何階なんだろう。そんなのが『今の私』にわかんなくなることってある?
不穏、不穏、不穏、不安、不穏。
そのうちにとある扉の前について、諸伏さんがそれを開いて、後に続いて──。
飛び退って外に出ようとしたけれどそれは叶わなくて、私は扉の影から現れた人物に腕をとられた。
カチン、と固い小さな音が、二つ。
私は後ろ手に拘束され、部屋の中ぽつんとそれ一つだけあった椅子まで引いて行かれて座らされ、両足もそこに固定されてしまった。
そんな仕打ちをしてくれたその人影に、
「いったい何のプレイでしょう?」
部屋の扉をきっちり締めた諸伏さんと、私を拘束した降谷さんの二人はよく似た硬い表情で並び立つ。
「初めからこうするべきだった」
降谷さんが小さくそう言った。拾われない気はしたにしろ、妙な冗談を飛ばしたのが少し気まずい。
「君が鍛錬をサボってる訳じゃないのはよく知ってる。でも、それでも危険を避けられなかった。どう気をつけたところでそれだ」
「だからって公安の仕事から遠ざけようとしてもきっと、勝手に突っ走るのが君だ」
二人して言い募る。
いや、何も言い返せない気はしますけれども。
「君の処遇は、ここで禁錮、だ」
二人の目が冷たい。だけど多分これは私が心配させたせいなのはさすがに分かる。情があってのものです。
「……それは、公安の命令じゃないでしょう」
使えるものは使う公安は、ただ襲われたただけのことを罰したりはしないだろうから。
「だから、聞きません」
私は《 呪印解除 》の魔土器を床にほうった。拘束されたのは手首ですからね。掌が自由なままです。
「!?」
数パターンの格子模様が組み合わさったその怪し気な球体は床で弾けて、自由になった私は身をひねって二人から距離を取る。
この魔土器、私が『罠の類』だと判断できるものはきっと全部解除しちゃえます。チート万歳。
一瞬目を見開いた二人でしたが、すぐに態勢を低くとった。
「『ボール』を持てる程度だったら拘束したことにならないって、お伝えしたじゃないですか」
効果が目に見えないものや使う気の無いもの以外、私に何ができるのかはきちんと報告しています。手が塞がってたり体勢不充分だったりすると使えないのは彼らと試行した中で分かったことなんですけどね。
……お二人がこうなってる原因であろう大怪我の件でも、粘着テープでぐるぐる巻きにされてなかったら滅多刺しなんてさせてなかった。
「とても重要なことなんです。忘れないでください」
例えば私が私でなくなった時──洗脳や疾患、老衰などでこの能力を悪用や誤用、暴発させる可能性が浮かぶ時は、必ず掌ごと動かせなくして下さいって、頼んだはずなんだけどな。
「……君は」
諸伏さんには表情がない。
「自己評価が低すぎる」
「そんなことないと思いますけどね」
自分が色々と並以上な自覚はありますよ。そもそもが転生チーターですしね。
「言っておくけど、能力面についてじゃないからな。人柄についだ。……オレたちはこんな
阿呆な手段ってご自身で言い切っちゃうんですね……。
……。
多分、客観的に見れば、彼らにとっての私というのは一生懸命助力してくれている仲間、とかになるのでしょう。
けれど私にしてみると、前世の知識がそれに浸らせてくれない。
彼らに対しては第一に、雲の上の人々、有象無象とは一線を画す重要人物たち、という先入観がある。そして私は有象無象以前にただのいち読者だった。二重の意味で住む世界が違った。
前世にばかり引きずられるのもあまり良くないとは思うのですが、私の今の立場は前世があってこそだから、どうしても排除して考えられない。
「……私にとって皆さんはとても眩しい人たちです。それに、非現実的な力がある私を化物扱いしたり嫌悪したりしない……普通じゃないと思うんです。どうしても、有り難さが先に来てしまって。適当な扱いはできません」
そのあたりに拝みたいとか頭が上がらないとか、そういう思いがあるのも本当だ。
「……そんなふうに思うなら、むしろ対等にみてくれたほうが僕たちのためなんだけどな」
降谷さんが小さくため息をついて言う。
「……その眩しいなんて言ってもらってる人間たちは君こそを眩しく思ってるよ。何せ本人もしくは友人の命の恩人だ……手段はともかく」
私は自嘲で小さく笑う。
それこそ前世知識の賜物だ。現世で頑張った諸々のおかげでもあるけど、それらだって彼らにどうにかしてもらった部分が大きい。
「私をここにいさせてくれてるのが皆さんじゃなかったら、自暴自棄になってもっと捨て身になってた気がしますよ。私にとって皆さんは『特別』なんです」
たとえば彼らのあずかり知らぬところで、助けたいと動いて能力が露見し公安の管理下に置かれる要注意人物になっていたなら、損得勘定だけで利用され『生かされる』だけの立場になってたんじゃないかな。
私個人は推しに生きてほしい一心で動ける気はするけど、きっと精神衛生上格段に良くない。
降谷さんはまた一つため息をついた。
「その特別が君に怪我なんてしてほしくないと思ってるんだ。……本当を言えばもう協力者でいさせたくない。……はは。本来なら協力者は裏方のはずなのにな。少なくとも
今回の渡米に関しては偵察のようなものだったからその裏方業務にあたりそうではあるけど、きっと今までの仕事全体をみての言葉なのでしょう。マフィア掃討戦しかり。
「……だから、こちらにはあなたのことを教えてくれないんですね」
思わず泣きそうな顔で微笑む。
我々もあの組織に対抗するために存在しているのに、彼も諸伏さんもご自身の動きをひた隠しにしている。
潜入中なんだからおいそれと情報を公開するような立場じゃないとはいえ、協力者にまで──連絡役も担ってる人間にまで知らせてくれないのは、皆もどかしくてたまらない。
諸伏さんの協力者なんて警視庁から割り当てられた、ゾロ目とは何の関係もない一個人らしいから、何も教えてもらえなかったら余計大変なんじゃないかな。
そんなだからこちらはこちらで独自に情報収集してはいるのですけど。
私は基本降谷さんのための協力者だけど、公安があの組織対策として使いたいのは理解できないことじゃない。
あんな規模の巨大犯罪シンジケートを相手取るにはまだ不足なくらいだもの。
私という規格外が現れたからこそ、戦闘も想定するチームができたとも聞いたことがある。
「……私が大人しくなる時は、この国のためにならなくなった時だけ、です。ご心配は嬉しくてありがたいことではありますが、
お二人が禁錮なんて仰ったのは心配からだけど、そうじゃなくて、危険視するが故に外に出されなくてもおかしくない存在だと思う。能力で働くべき時だけ出るのを許される、とかの……。
「……今更、もう遅いだけだけど……君の意思を無視してでも、その力を隠して生きる道を歩かせたかったと、そう思ってしまったんだ」
今度は降谷さんが自嘲の笑みをこぼした。
……そんな顔させたくないのにな。
ふと、ゆっくり諸伏さんがこちらに歩み寄って来るのが目に入る。力ずくで捕えようという雰囲気ではない気がしたから、私はただそれを目で追った。
私の目の前で足を止めた彼は──。
「……!?」
「オレたちのほうが、覚悟が足りなかったのかもしれないな」
ふわりと、彼の腕が私を包んでいた。
少しその力が強くなる。頭を撫でた手が優しい。
……え。
ほんの少し触れただけのそれに私はただただ真っ白になる。
「……もう、大怪我なんかさせない」
くい、と横から腕を引かれた私は、諸伏さんの腕の中からすり抜けた。
降谷さんがいつの間にかそこにいた。私の腕を引っ張ったのは彼だ。
……え。え。
……み、見てました???
……。
「今日から
……はい?
いやそりゃ彼の実力って、降谷さん並のスピードで組織の幹部に上り詰めてたくらいですからね……私は尾行もまかれてばっかりだし……。
彼なら、隣にいるだけでなく遠くからでもスコープで覗けることでしょう。きっと隙なんかない。
……それよりも。
「……ちょ、ちょっと待ってください!!! そんな暇なんて」
「いつも危険な目に遭う君が悪い」
「思い知るといい」
は、え、えええええ!?
どうせなら里崎さんに引き続き居てほしかったですでも本業があるでしょうからそんなこと無理ですよね!!? そ、それは分かります……ウゥ……。
里崎さんもきっと公安の手回しで半年出張だか休業だかで来てくださってたはずです。立場上詮索無用ですから詳しくは知りませんが。
私は思わずへたり込んだ。
「ああそうそう、夜は君の帰国祝いの飲み会だ。あの三人にも君が殺されそうになったの伝えてあるから」
にこっと笑った諸伏さんですが、それは死刑宣告に思えた。
実際夜に居酒屋の個室が予約されてたのですが(あんな真剣な顔して禁錮は本気に冗談だった……?)、集まった皆さんはとてもお帰りな雰囲気ではありませんでした。
松田さんはこんなとこでサングラスしたままなのが怖かったし、萩原さんは青褪めてたし、伊達さんは眉間に深ーくシワが寄ってた。
私は怒られることに怯えて身構える。
萩原さんが真剣な顔をしてすすっと膝立ちのまま歩み寄っていらして、私は思わず仰け反った。
だけど。
萩原さんは私の手をそっと両手で持ち上げた。
「……大丈夫? もう、痛いとこないか……?」
……はへ?
怒られると思ってた私はキョトンとしてしまった。
萩原さんは壊れ物でも扱うように取った手をまじまじと見ている。
「どこにも傷跡残ってない……?」
萩原さんのほうが泣きそうな顔しておられて私は胸が痛くなった。
「は、はい……! 大丈夫、です……」
入院生活は長くなってしまいましたが、丁寧なケアをしていただいたおかげかほとんど跡形もありません。
……串なんてものがたくさん貫通してたみたいですが、細いからどうにかなったみたいです。
「……俺も身体鍛えるの手伝うよ。どんな暴漢でも撃退できるようにならないと、心配すぎる」
……うっ。
それって知らないとこで危ない目に遭う可能性が高いから、ですよね……。
「そんな、お忙しいのに……!」
「汀ちゃんの命だって大事だからな?」
そう言う萩原さんだけじゃなくて皆険しい顔をなさってます……。
「……やっぱり自由にさせたら大怪我して帰って来やがんの」
ケッなんて言いながら松田さんがそっぽを向いた。
やっぱりって何ですか!
「……今までだって櫛森は頑張ってたと思うが、のんびり構えてちゃいかんのがよく分かった」
だ、伊達さんまで……。
「だ、だからって皆さんのお時間をいただく訳にはっ」
「諦めろ」
にこっと笑う諸伏さんですが逆に怖いんですって。
「もう決まったことだ。これから毎日僕たちがみっちり鍛えてやるから、覚悟するように」
降谷さんの笑顔も怖いです!
すっと渡されたのは集合時間と集合場所がかかれたルーティーン表。何ですかこの用意周到さ?!
そんな、お通夜みたいな重苦しい雰囲気で始まった酒宴でしたが、次第に皆さん笑ってくれるようになりました。少し安心。
……したのだけど。
翌日から始まった鍛錬は容赦なく厳しかった。
今までってほんとに加減なさってたんですね?!
鍛えたい私にはありがたいのですが、厳しくなった理由を思えば申し訳ない限りでして……。
しょ、精進いたします……!
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どうしても、これからのことをぐるぐる考えてしまう。
何せ今年は……。
「どうしたの、ぼーっとして」
「あ、いえ。私まだ研究テーマ決まってないんです。お話聞いてたら、ちょっと焦ったりしてですね」
よくもまあすらすらとと自分でも思う言い訳が口から出る。
とあるニュースの話題に関して、明美さんよくご存知ですね的な流れになり、彼女の研究テーマにちょっと触れた会話をしてたのです。
日本での連絡先は向こうでお互い交換済みで、七月には既に女子会を敢行してました。明美さんが合流するようになったのも早かった。
意外でした。物語上では、お二人は自由に会わせてもらえてないイメージでしたのに。
「まったく、本当に真面目ね」
志保さんが小さくため息をついた。
明美さんが苦笑する。
「修士論文と違って研究生さんのは一生ものになるかもしれないんだもの。比べようもないわ」
「それに、あなたがいると周りの研究が異常に捗るって有名らしいわよ。だから呼んだんだって、マーロウ教授が言ってたわ」
実際かなり進んだって喜んでたのは教授だけじゃないしね、なんて肩をすくめて志保さんは言った。ええ……皆さんがご自身で頑張っただけでしょう……。
「それだけでも食べていけてるのがあなたなんだから、焦る必要はないんじゃないかしら。確かに、学会で認められるような発表をしたら地位はあがるんでしょうけど、目標次第じゃない?」
教授を目指したりしないで研究生のままであったほうが、公安の仕事をする暇を考えれば益だ。だから焦る必要はほんとに無いんだけど、社会に害をなしかねない研究をしていたことがある身としては、何らかの形で罪滅ぼしをしたいのも本音だ。
「あなたは、あなた自身が思うよりずっと、今のままでも価値ある人なのよ。ほんっと、自己評価が低いんだから」
……似たようなこと、よく言われるなあ……。
あははと苦笑いするしかない。
「もちろんもっと先に進みたいのならとめはしないわ。でも忙しくなるようなら寂しくはなるわね。応援はするわよ」
目を逸らしながら志保さんが言う。
……なんだか、こういう時は彼女、『言わされてる』んじゃないかって思うことがある。ひとが前に進むのを引き留めようとする人じゃないもの。
というのも、明美さんと合流しない日はたまに、『例の研究』に関わってそうな相談をされるからだ。組織にも『こいつに手伝わせれば捗る』とか何とかで知られてるとしたら、彼女が私に相談するよう仕向けられててもおかしくはない。
……もし原作よりも早くアレとして完成してしまったら?
きっと、死人が、増える。
だから、間違った方への試行に進むよう的外れな提案をしたこともある。そして。
志保さんはそれに敢えて乗ってるフシがある。
彼女としてもきっと、組織の益にはなりたくないんだろうな。
……たぶん完成前の今はまだ、灰原さんの『毒なんて作ってるつもりなかった』あの発言の通り。『痕跡の残らない毒薬』は恐らく研究過程の副産物に過ぎない。研究内容をみるに本当に、その開発目的は世のため人のためになるはずのものだった。それ故に、これが完成すれば莫大な富が転がり込むことにもなるでしょう。それが組織に吸い上げられるのは良くない。
ただ、開発目標を完遂させ副産物に至る過程を抹消すれば、あの毒薬はきっと世に復活しない。しかし今のままでは組織が開発・販売を独占することでしょう。
それも、流通を裏世界に限り、簡単には手に入らなくして悪どい商売をするのが目に見える。
と言いますか……あの毒薬としての完成形が三年後に存在しなければ、工藤君の死亡確率が跳ね上がる。それを何とかできる見通しが立たないうちは、おいそれと前に進めることはできない。
実は既に、本当の完成に漕ぎ着ける心当たりはなくもないんです。
キーは、映画かアニメかで見た覚えのあるワンシーン。十年後くらいの顔を合成するマシンで、コナン君と灰原さんだけはエラーを吐いた。
そしてアポトーシスの働きに関わる薬であること。解毒可能なものであること。メアリーさんが『中学生くらい』と表現されていること。歩美ちゃんたちの身長が伸びたという時期にコナン君の身長が伸びていないこと。RUMの発言。
だけど、今はまだ、時期じゃない。
できるだけ早く、志保さんと明美さんを組織から離脱させたいです。
考えろ、考えろ……。
「ほらまた、ぼーっとしてる」
志保さんの声ではっとする。
明美さんがくすっと笑った。
「ねえ志保、あなた汀ちゃんに研究の相談してるんでしょう? だから考えてくれてるんじゃない?」
それ明美さんにも話してたんですか? 彼女がいない所でのことだったから意外です。
……あ。こんな時に薬の話なんてしてたら明美さんとワイワイできないじゃない。
向こうでの出会いから続く今についてをお姉さんに話してても、全然おかしくないわけだし。
「……有り得るわね。こんな時は研究のことなんて忘れてちょうだい。羽をのばしたくて遊んでるんだから」
呆れた表情をしつつ、志保さんはショコラケーキにフォークをつけた。
ここは巷で有名なスイーツカフェなのです。杯戸ショッピングモールでお買い物したり、例のパークエリアで遊んだりした帰りです。
「ふふふ。こうして誘ってくださるのがとても幸せです」
姉妹の穏やかな時間に混ぜてもらえるのが、本当の本音で嬉しい。
「ふふっ。そんなのぱっと言っちゃうんだから汀ちゃん大好きよ。志保だって、ねえ」
明美さんがにやりと笑った。
志保さんが目を泳がせる。
「めちゃめちゃ光栄です」
こう姉妹がじゃれ合ってると思わずニヤニヤしちゃう。
「まったく……こっちのセリフよ。あなたには助けられてばかりだわ」
うーん、志保さんからの過分なお言葉。どうにも気後れしちゃう。
「えへへ、私もお二人が大好きです。これからもよろしくお願いします」
だから、本当の意味で助けさせてください。
「こちらこそよろしくね! たくさんたくさん遊びましょ! すごく素敵な息抜きになってるの。ねえ、志保」
「ええ。本当にそう」
ふわっと志保さんが笑う。
わああ、可愛い……。
やっぱり、ニヤニヤしちゃう。
「……ねえねえ、好きといえば、私
えっ急に話題が方向転換。
「それ系なら明美さんこそ、惚気話して下さいよ。絶対和む話いっぱいあるでしょう。癒しを下さい癒しを」
「ええー」
可愛く膨れる明美さん。志保さんは何故か少し不機嫌そうです。お姉さんを取らないで的なやつでしょうか。
「志保何かないの? こんなに可愛いんだから、あるでしょ、ねえ」
ああ、もう和みます。仲の良い姉妹は眼福です。
「興味ないの。汀さんこそあるんじゃない?」
転嫁しないで下さい!
「ないですよ! 彼氏いない歴イコール年齢ってやつです」
「ええー!? 嘘でしょう!?」
明美さんがシフォンケーキの上のクリームからフォークを突っ込んだ。そんな大きなリアクションしなくても。
「……どうせ、鈍くて気づいてないか、周りがはっきり伝えない系ばっかりなんでしょう」
志保さんが悪い顔をしています。
「いやそんなこと」
そんなこと。
……。
帰国した日の諸伏さんの仕業が思い出された。
……。
彼多分今も護衛のために影から見てるんですよね。全然気配を辿れない。私も結構鍛えてきたんですけど、まだまだですね。
現実逃避気味に遠い目をしてしまったのはきっと良くなかった。
「心当たりがありそうね」
「ありそうね」
二人して目を輝かせないで下さい。
「いえほら……私よく危ない目に遭うので……心配してくれてるだけですよ」
思い知れなんて言われたとか、色々と、とても口にできない。
はあ、と志保さんが彼女にしては大きなため息をついた。
「それより、明美さんの馴れ初めって本当に聞いてみたいのですけど」
ミーハー半分、情報を得たい魂胆半分。
「ふふふ、いいけど、あなたも話してね。
ね? と笑顔で明美さんがウィンクした。可愛い。
……ニュアンスが少し違うとはいえ、こうして使うなら、やっぱりきっとお二人は仲がいいんだと思う。
ああ。みんなに平穏が訪れますように。
赤井さんと明美さんの出会いを聞いて、「まるで当たり屋じゃない」と目を吊り上げる志保さん。
「大くんにそんな魂胆なんてないわよ。私の不注意が原因」
明美さんが苦笑する。
そんなこんなで色々ほんわかなエピソードを聞かせてもらってほっこり。
私については「もう帰らないと!」で逃げました。
「もう。絶対いつか話してね。
そう言って膨れる明美さんはやっぱり可愛かったです。
----------------------------------- side:Furuya
ヒロは色んな意味で適任だった。潜入するとなってから更に鍛え上げたらしいスナイパーとしての隠密性には目を見張るものがあるし、彼が潜入中という危うい立場だというのすら、汀の危機意識を煽るためには良い。
その判断は間違ってないとも思ってる。
だというのに。
「……何だ……この、モヤモヤした何かは……」
「降谷さん……お風邪でも召されたのでは? 最近寝てますか?」
珍しく登庁し書類を片付けていると、背後から風見の声がする。
「その言葉はお前に返す。クマが酷い。やつれ気味だ。どうせまたチョコレートを食事と言い張ってるだろう」
「うっ……あ…………返す言葉もございません」
「お前こそ身体作りに気をつけろ。未だに僕から一本も取れてないしな」
「うっ……」
「諸伏に別の仕事に回ってもらった分は僕だけでも片付けられそうだから、こっちのことより自分の心配をしろ。まず食堂に行け。行かなかったら……わかってるな?」
「わ、わ、わかり、ました……!」
風見は脱兎のごとく食堂へ向かっていった。
僕はふうっと小さく息をつく。
しかし頭を整理しようと思えばあの二人のことが頭を過る。
コレじゃ人のことなんて言えやしない。
僕も意地にならずに大人しく休憩しておくか。そしたらすっきりするだろう。
数日ぶりの仮眠、三時間ほど。
気分はまったく晴れなかった。
はあぁ……。
こんな盛大なため息、そう何度もつきたくないんだけどなあ……。
/
転生者
え? え???
諸伏さんのダイレクトアタックも、自身の『秋元さん』(降谷さん)への最早残り香のような想いからも、目を逸していたい。
……せめて組織を崩す日まで。
降谷さん
ちょうど諸伏さんの影になってて見えてはいない。
それでも察知した。
……この暗くなった気持ちは一体何だ。
もやもや。
諸伏さん
ずっと訓練みてあげてたら絆されたし、傭兵やってた頃についても組織での任務についても荒んだ心には癒しだった。彼女の内面はなかなか強かなのも知ってるけど、雰囲気は基本ほんわかしてるので和む。あと健気に頑張る姿が好き。
手の届かない所で転生者の命が危なくなってはっきり自覚した。
彼女の護衛につくにあたって頑張って変装した。万が一にもスコッチがやってると思われちゃいけないため。
警察官髪染めちゃだめだからやはりウィッグです。お化粧で顔の輪郭もちょっと変わって見える。
……ゼロだって前同じことしたんだから遠慮しないよ。
志保さん
「彼女に会う口実として姉の希望を引き合いに出すのは有効な手段よ。私なんかより余程社交的なんだから」
「フン、何でもいい。とっとと利用して、とっとと完成させろ」
なんて毎度ジンやメスカルとやり合ってる。
姉と会う口実にしてるの半分、転生者のバックにいる何かを感じ取ってて、その存在が姉を救い出してはくれないかと、一縷の望みをかけている。
明美さん
妹に友達がいて嬉しい。その友達が気のいい人間で嬉しい。自分にも会わせてくれて嬉しい。
……いつか妹を救い出してくれそうな予感がしている。