降谷さんの災難   作:千里亭希遊

20 / 61
16.転生者と海の祭典。

「あっれ、木暮ちゃんじゃん、やほー」

 

 意外すぎるお声が聞こえて私は一瞬固まった。

 

 メイちゃんが火村さんから「次のミッションが終わった頃なら」と許可をもらってて、じゃあそれが始まるまではとスイーツを堪能しながら雑談していましたら、です。

 いつの間にか近くの席に座ってた萩原さんと松田さんが、白鳥さんにメニューを渡されてるとこだった。

 

 うん、私の鍛錬見ていただいてる皆さんは私の『木暮』なメイクをご存知です。

 

「あれ、先輩がたも非番ですか?」

 

 硬直から直ちに復帰した私はきょとりとしたふうにお尋ねする。

 

「うん。久々の非番。あっついから涼みに来た」

 

 お客さんの──ハロー探偵事務所の皆さんがお目当てでいらっしゃりそうなお嬢さんがたの熱い視線が、お二人にも向けられているのが分かる。

 この世界ちょっと美形が多すぎる。

 ……とか言うとお前が言うなって言われるのはさすがに承知してきてはいるのだけど。

 

「木暮さんの先輩、ですか?」

 

 メイちゃんが少し首を傾けて聞いてくる。可愛いですね。

 

「うん。爆発物処理班の萩原研二、よろしくー」

 

 ほら陣平ちゃんも、と萩原さんが腕をつつくので、松田さんは重そうに口を開いた。

 

「同じく、松田陣平だ」

 

 無愛想なのが松田さんらしい。

 メイちゃんがペコリとお辞儀した。

 

「七篠メイです。よろしくお願いします」

 

 うん、よろしくー、と萩原さんが微笑む。

 そして彼はちらりと新宿署のお二人に視線を向けた。

 ……少しだけ警戒しておられるような。どうして。

 

「新宿署特対課の春野隆宏だ。よろしく」

「同じく特対課の秋元奏太です! よろしくお願いします!」

「わお、警察官だらけだな。よろしくねー」

 

 くすりと萩原さんが笑う。

 警戒が解けておられる気がする。同僚だったからかな?

 

 そしてメニューを眺めた萩原さんが目を輝かせた。

 

「うわ、めちゃくちゃ綺麗でうまそー。建物も綺麗だし、他にないよねこういう海の家」

 

 素直に感嘆する萩原さんがどこか可愛い。

 心なし店員してる皆さんが嬉しそうな気がした。

 

 そして萩原さんはオーダーしたものが届くとますます目をきらきらさせて、とても美味しそうに食べてた。見てるだけでも幸せになれる系だ。

 松田さんも案外がっつり甘いものをぱくぱく食べておられる。それにサングラスは海じゃそう珍しくないからか周りに溶け込んでて、普段よりも尖ってなさそうな気がした。

 

「さて……そろそろ時間だ。運営マニュアルは全員持ったか?」

 

 火村さんがそんな声をあげた。

 

「はい」

「持ちました。……人が集まってきましたね」

 

 風晴さんとメイちゃんがそのマニュアルらしき用紙を手に頷く。

 

「この三日間宣伝した成果かな。それじゃ、いこう」

 

 白鳥さんがそう言って柔らかく微笑んでいる。

 このかたの表情はいつもこう柔らかくてとっても癒し系です。

 彼が海の家の奥の方に引っ込んで間もなくして。

 

『お客さまにお知らせします。間もなくビーチフェスティバルを開幕致します。繰り返します──……』

 

 砂浜に白鳥さんのそんな放送が響いた。

 

「お、何なに? なんか楽しそう」

「はい。この海の家が主催するイベントです。お客さまに『忘れられない夏の想い出』を作っていただくのが目標です」

 

 メイちゃんの説明にまた萩原さんの目がきらきらした。

 

「へえ、いいね。俺たちも参加できるかな?」

「はい、ぜひ」

 

 メイちゃんがこくりと頷く。

 

「オイ、俺まで巻き込むな」

 

 ツンな松田さんですが、萩原さんが壁にポスターが貼ってあるのを見つけたみたいだ。

 

「陣平ちゃんあれ。フェスっつってもスポーツ系もあるぜ」

「……ホォー」

 

 俄然やる気なご様子のお二人です。

 

「ビーチレスリング、ビーチバレー、砂山崩し、宝探し……ほんとにいっぱいありますね。何かお手伝いできることはありますか?」

 

 私がそうお尋ねすると、風晴さんは眉間にシワを寄せてしまった。どうして。

 

「時間を分けてるから問題ない。木暮さんは今日は客だ。運営に回ろうとしないでくれ」

 

 ああ、すみません、つい……。

 私はばつの悪さに苦笑する。

 

「はは、本当に働き者だな。せっかくだからどれか参加して行ってくれると嬉しい」

 

 にこにことそう仰る火村さんに分かりましたと頷く。

 

 運営の皆さんがそれぞれの担当に向かうのを見送って、私は再度壁のポスターを眺めた。

 のんびりできそうな、宝探しゲームあたりに参加させていただこうかな?

 なんて思ってると。

 

「木暮ちゃん、ビーチバレーやらない? 陣平ちゃんレスリングやるっつって一人でとっとと行っちまった」

 

 萩原さんが声をかけてくださった。

 

「私、室内のバレーを授業でやったことしかありませんよ?」

「充分充分。一チーム二人なんだけどポジションとかないし、フェイントに禁止なやつあったり細々したルールはあるけど、公式試合に出るわけでもないし気楽にやっていこうぜ」

「わ、分かりました。頑張ります」

 

 お誘いはありがたいのでお受けしますが、できれば反則は取られたくないものですね。

 そう力んでるのを気づかれたらしく、萩原さんが「ほら、肩の力抜いて」と笑っておられます。ウッ、精進いたします。

 

 参加してみましたら結構楽しいもので、砂浜に裸足というのも良い感じの負荷になってくれて良い運動です。……砂が結構熱いのは少し難点ですが。

 

 授業でやったバレー同様三回で返さなきゃで、ブロックも一回にカウントされるそうです。

 フェイントとかドリブルとかはよくわかりませんが、綺麗に受けようと気をつけたらどうにか反則を取られずに済みました。

 鍛錬のつもりで動き回ってましたら、まずは一勝、です。

 

「やった、木暮ちゃんナイス」

 

 きらきらの笑顔でハイタッチを求めていらっしゃる萩原さんに、手を伸ばして応じる。自然笑顔が浮かぶ。

 

「お疲れ様です、楽しいですね」

 

 だな、とにかっと笑う萩原さんが眩しい。

 

「あの背ぇ(たけ)ー二人動きヤバくね? 勝てる気しねー」

「……美男美女だし。やっぱ付き合ってんのかな」

「お前またそういう方向によ」

「だってさあ……」

 

 妙な会話がちらほら聞こえた気がしますが知らないです……。

 

「次の試合まで時間ありそうだけど陣平ちゃん見に行ってみる?」

「そうですね!」

 

 ビーチレスリング会場に向かうと人だかりができていた。

 

「あの兄ちゃん細いのにやるなあ」

「バカあの筋肉見てみろよ、異常に締まってるだけだ」

 

 そんな会話が聞こえる中選手が見えるとこまでなんとか進むと、松田さんが相手を締めてるとこだった。ひえ。

 きちんと体重別にして開催されてたんだけど、お相手のほうが随分体格がいい。

 だから余計に松田さんの奮闘っぷりが際立ってる気がする。

 サングラスないから童顔って言われがちなお顔もばっちり見えますしね。

 

 やがて審判が松田さんの勝利を告げた。会場が沸く。

 

「松田選手、早くも三勝、優勝まであと一歩です」

 

 運営の風晴さんが言うとますます歓声が上がる。

 

「えっもうそんなに進んでんのか」

 

 萩原さんがぽかんとしている。私も同様です。

 バレーのほうが一試合が長いのかなあ。

 

 と、試合を終えた松田さんが我々の姿を見つけたようだ。

 

「よう、お前らはなんかやってんのか?」

「うん、バレーで一勝してきたとこ。陣平ちゃん三勝おめでと」

 

 萩原さんが私にしたのと同じように松田さんにハイタッチを求めると、

 

「まあな」

 

 松田さんはそれに丸めた拳をぽんとあてていた。

 そして彼はにっと笑う。

 

「こっちのほうが先に進んでるみてーだから、終わったらお前らの試合見に行ってやるよ」

 

 萩原さんはハハっと笑った。

 

「そりゃありがてえ。期待に応えられるよう頑張ります、ってな」

 

 仲のいい幼馴染二人の姿を見られて私は眼福です。

 

 我々が次の試合に臨んでると、言った通りに松田さんが応援に来てくれてて、たまに萩原さんにヤジを飛ばすものだから微笑ましくて笑ってしまった。

 何とかその試合でも勝利を収めて松田さんの所に行くと、彼は優勝トロフィーを持ってた。さすがです。

 一般人に怪我させてないだろうななんて揶揄う萩原さんに、当たり前だろうがと青筋を立てる松田さんでした。

 

 結局萩原さんと私もビーチバレーで優勝しました。

 

「やったね木暮ちゃん」

「たくさんフォローありがとうございました」

 

 眩しく笑う萩原さんとハイタッチを交わす。

 ほんと、萩原さんのフォローあってこその勝利です。

 

「あーいい汗かいた。海の家でなんか頼も」

「いいですね」

 

 そして三人で海の家に向かい、スイーツを楽しむのでした。

 ああしあわせ。

 

 と、お店の奥で白鳥さんとメイちゃんが小さな男の子と話しているのが見えます。

 迷子かな? と思いつつ。

 

「はあー、さすがにちょっと赤くなってるな。いい色に焼けそうだ」

 

 萩原さんが自分の腕をぽんぽんと叩いた。

 

「……木暮は何で全然焼けてねえんだよ」

 

 松田さんもちょっと赤くなってますね。

 

「日焼け止めきちんと都度塗り直してますし、あれってちゃんと塗りかたもあるんですからね」

 

 ふうんと気のない返事をいただく。

 

「日焼けってちょっとした火傷ですからね。適当にしてないで冷やすくらいはやるんですよ」

 

 言いながら私は結露するくらい冷え冷えなトロピカルソーダのグラスを握ってた手で、比較的近かった萩原さんの、赤くなった腕にちょんっと触れてみる。

 

「ひえっ、つめた! ……やったな?」

 

 思った以上にびっくりされた上に悪戯っぽい顔を向けられて私は後悔した。

 

 萩原さんはそれから色鮮やかなカットフルーツとゼリーが添えられた紅茶アイスを追加注文なさった。

 

「これ、全部『あーん』で食べてね」

「ひぇっ」

 

 ……どんな罰ゲームなのですか。

 

 その後フェスの後半戦が始まったのですが、私はぐったりと萩原さんと松田さんを見送った。

 席を占拠するのは申し訳ないから隅っこで涼んでいると、火村さんがさっきの小さな男の子にかき氷を提供しているのが見えた。

 

 あれ。迷子のお迎えが来ないのかな?

 

 私は思わずそちらに歩み寄る。

 

「火村さん、その子は」

「ああ、このあたりに住んでる子なんだそうだ。お母さんはお仕事でね」

「なるほど、迷子じゃなかったんですね。良かった」

 

 そこに、風晴さんがカットしたフルーツを持って現れる。

 私はそれとなく距離をとる。彼は女性恐怖症。この子に近づきがたくなってほしくはない。

 

「これは余りだから好きに食べてくれ」

 

 風晴さんはそう言ってお皿をかき氷の側に置いた。

 男の子はこくりと頷いた。

 

 うーん、この子のお話もイベントストーリーにあった気がする。

 とするとあまり出しゃばるものでもないなあと、私は一礼するとその場を離れ、萩原さんたちを探しに行った。

 

 既にスポーツ系をこなしてるからか今はゲーム系でわいわいなさってた。

 応援してるけど、何でも勝っちゃうものだからこうなると逆に周りの人たちに申し訳なくさえなってくる。

 

「ビーチフラッグ・チームトーナメントだって。これ結構やりごたえありそう」

 

 私ははっとする。

 

「……萩原さん、あの優勝賞品を見て下さい。あなたたちがもし勝ったら、子どもが泣くことになります」

 

 そこに置かれていたのは水鳥のおもちゃ。どうみても子どものための物だ。

 

「……ハッ、優勝前提かよ」

 

 松田さんが苦笑した。私はジト目になる。

 

「何言ってるんですか、これまで散々優勝してるじゃないですか。……荒らし並みに」

「酷ぇ言い様だなおい」

 

 萩原さんがくすくすと笑う。

 

「そうだねえ、大人げないかもしれないなあ」

「遠慮すんのも失礼だろーが」

「限度ってもんもある」

 

 よーし、と萩原さんが伸びをする。

 

「俺たちちょっと泳いでくるよ。もともとそれが目当てだったしね」

「何かすみません」

 

 私はへにょりと眉尻を下げる。

 

「んーん。ほんとは木暮ちゃんとも競争したいけど、なんか頼まれごとしてたみたいだし」

「遠泳は次の機会にしてやるよ」

「ひぇっ、そ、その時はよろしくお願いします……!」

 

 遠泳ってかなり体力がいるやつですよね……鍛えて備えないと。

 

 私が春野さんたちとの約束のために海の家に戻って休んでいると、その春野さんたちも戻っていらっしゃった。

 フェスの様子も見せてあげられればと色々回ってたそうなのですが、大島さんはまだ時間が空かないみたい。

 

 そのうちに、白鳥さんとメイちゃんに挟まれて、あの男の子が見覚えのある水鳥のおもちゃを抱えて返ってきた。

 ……うん、一応です。メイちゃんはそもそも半端ないし、白鳥さんだってそう劣るわけじゃないはずだけど、コナン世界の人たちの身体能力は異常だもの……。

 

 凱旋した彼らは休憩を挟んでまた海の家を切り盛りする。

 休憩の間だけでもとお手伝いを申し出たんだけどやはり断られてしまう。ウウッ。

 

 そうこうしてる内に大島さんとビデオ通話が繋がったみたいで、私とメイちゃんが呼ばれる。

 男の子は白鳥さんと風晴さんが見てるみたいだ。

 

『えへへ、メイさん、愛莉さん、さっきぶり』

「さっきぶりです」

 

 メイちゃんがペコリとお辞儀して、私はひらひらと手を振った。

 

『ねえねえ、メイさんは水着着ないの?』

「え」

 

 メイちゃんがまたきょとりとしてる。

 

『ほかの店員さんも皆水着なのに』

 

 こてんと首を傾げた大島さんに、メイちゃんは少し困った顔をした。

 

「私、水着を持っていないんです」

『え、そうなの? 泳げないの?』

 

 大人になって水着を買ってない、ってことは泳げない、って可能性になったのかな。

 

「そういうわけではない、と思います」

 

 多分探偵事務所に来て以降、泳ぐ機会がなかったんだろうな。

 

『ふうん? じゃあ、買おうよ! マジョキュアみたいにふわふわで、とびっきり可愛いの! きっと似合うよ!』

 

 メイちゃんがおろおろし始める。

 ふふっと春野さんと秋元さんが笑って、そしてメイちゃんに頷いてみせた。

 付き合うって言ったでしょ? みたいな心の声が聞こえた気がした。

 メイちゃんは助けを求めるように私を見たのだけど。

 

「いいじゃない、持ってないならこの機会に買っちゃいましょ」

 

 絶対可愛いと思うのでオススメするしかないのです。

 

「そ、そう、ですね……」

 

 たじたじとしてるメイちゃんが可愛い。しかし。

 

『愛莉さんももっと可愛いの買おうよ、それ、地味すぎ』

「……え」

 

 人を後押しした手前私は断ることができませんでした、自業自得というやつです。

 いえ確かに、一緒に見に行ってくださった石上(いしがみ)さんも少しご不満そうではあったんです。

 でも『木暮』としてはこういう嗜好になるんですよ。機能性重視、見た目は軽視。『櫛森』としてなら多少可愛いものを選んだかもしれませんが……。

 

「店員さんたち、フェスお疲れ様ー、めちゃくちゃ楽しかったよ」

 

 私がもだもだしてると萩原さんの声が聞こえた。

 

「それは良かった」

 

 火村さんがにこっと笑ってお迎えしてる。

 

「いい感じに泳いでもきたし、帰る前にまた甘いの食べたくなったんだ」

「ありがとうございます」

 

 風晴さんがぺこりとお辞儀をしている。

 

 そんな感じで席に通された萩原さんと松田さんは、私の姿を目に留めたみたい。

 

「お、木暮ちゃん、おつかれー」

「お疲れ様です」

 

 ぺこりとお辞儀する。

 

『お兄さんたち愛莉さんの友だち? ねえねえ、愛莉さんはもっと可愛い水着が似合うよね?』

 

 お、大島さん、とどめをささないで!

 

「ん、何なに? 水着買いに行くの?」

「……俺は帰るからな」

 

 斯くして、我々は画面の向こうの大島さんとともにショッピングモールに向かうことになったのでした……。

 

----------------------------------

 

「どうでしょうか」

 

 おずおずと水着を手に取って示すメイちゃん。

 

「いいと思う」

 

 頷く春野さん。

 

『うーん、地味』

 

 バッサリ切り捨てる大島さん。絶句する春野さん。

 

『もっと楽しくなる感じの色がいいよ! マジョリブラのイエローとか、マジョコルンバのスカイブルーみたいな色』

 

 するとメイちゃんはまじまじと手に取っていた水着を眺める。

 それは私が海で着てたような暗めの落ち着いた色をしていた。

 

「……なるほど」

 

 何かに納得したようで彼女は小さく頷いていた。

 

『それにしても水着持ってないなんてびっくりだよ』

 

 大島さんは本当に純粋に驚いているご様子だ。

 

『都会の人はあんまり友達と海に行ったりとかしないの?』

 

 大島さんは伊豆諸島出身なんだっけ。

 私は本土出身の本土育ちだし、前世もどこでどう生きたかまるで分からないけど、島育ちだと海で泳ぐってとっても身近なのかもしれないね。

 

「……どうでしょう。たまたま私が持ってなかっただけかもしれません」

 

 メイちゃんが考え事してそうに目線をほわんとどこかへやった。

 記憶喪失の彼女には答えづらいことばかりだ。

 大島さんにも何の落ち度もないからいたたまれない。

 

「あの、そもそも友だちってどんな人のことをいうのでしょう?」

 

 メイちゃんがきょとりと尋ねる。

 わあー。私のひやひやが更に膨れ上がる。

 

『……メイさん、本気?』

 

 大島さんが大きな目を更に丸くしてメイちゃんを凝視した。

 

「事務所のみなさんは親しくしてくれますが、仕事仲間と友達は違う気がしますし……」

 

 言いながらメイちゃんが考え込む。

 

 そこに、萩原さんがつんつんと私の腕をつついた。

 

「……なあ、七篠さんってもしかして……記憶とか失くしてたりする?」

 

 小さな小さな声で尋ねていらっしゃる。さすがは人の機微に聡いかたです。

 私は小さく頷いた。

 

「二年以上前のことは覚えていないみたいです。だから感情についてがよく分からないみたいで……でもあの素直さですから、いつもなるようになるんです」

 

 そう言ってにこっと笑うと、萩原さんの心配げな顔が少し和らいだ。

 

「……そっか、あんまりお節介は要らなそうだな」

「かもしれません」

 

 考え込んでいる様子のメイちゃんを大島さんはしばし呆気にとられたように眺め、やがてぽんと手を打った。

 

『じゃあ、私がメイさんの友だちになってあげる』

「え?」

『それで、友だちがどういうものか教えてあげる! ねえ、愛莉さんも手伝って!』

「へ」

 

 急に飛んでくるお話。

 

『愛莉さんも実際そこに友だちいるし、いいでしょ?』

 

 おおう、私友だち、いるの……? という淋しい自問自答は今は蹴っ飛ばすことにします。

 

「喜んで!」

『よおーし、これでばっちりだね』

 

 得意げに胸を張る大島さんの笑顔はとても頼もしかった。

 

『友だちになったからには、二人も名前で呼んでね』

「うん、そうね、七海さん」

 

 微笑ましくて思わずにこっと笑ってお答えする。

 

「承知しました、七海さん」

 

 メイちゃんも真剣にそう答えている。

 

『よし、じゃあ水着選びの続き! ほらほら、愛莉さんもだからねー!』

 

 ひえっ。

 

 そして私もメイちゃんも何度か大……七海さんにダメ出しをくらい、最終的にパステルカラーで揃えることになりました。

 露出が大きいのは勘弁願いたく、それでかわいいとなるとフリルやドレープが入ってくるわけでして。

 

 私は先程まで海で着ていたのは、紺で飾りも何もないセパレートだった。上は短めの袖有で下はスパッツ。その上からそれなりに海っぽいパーカーを着ていたのですが、まるで違う物になってしまった。

 

『それで海に入るの楽しみでしょ?』

「そうね、ありがとう七海さん」

 

 ふふっと笑う私と、少し考え込むメイちゃんと。

 

「七海さんが選んでくれた物を、着てみたい、です」

 

『楽しみ』ってどういうことかよく掴めなかったんだろうけど、多分その延長上だよね。彼女もいつか実感できるといいな。

 

 そして海に戻って。

 

 買った水着をお披露目するのは普段より露出が高いことを思えば少し恥ずかしいものだけれど、選んでくれたのが『友だち』となると見ていただくのも悪くない。

 

『うん、やっぱり可愛いほうが似合ってるよ、二人とも』

 

 こちらは七海さんがにこにこしていてくれるのが嬉しいです。

 

「ああ、明るい色が可愛らしくてとてもいい。七海さんの言った通りだ」

 

 春野さんがふわりと笑っている。

 

「うんうん。木暮ちゃんのなんて最初びっくりしたもん俺」

『あれはないよねー』

 

 萩原さん……七海さん……。

 いやあれ、多少は『木暮』を意識したせいなんですよ?

 そのかわり石上(いしがみ)さんに選んでいただいたパーカーは可愛いでしょ?

 多分この水着もこのパーカーのイメージに合わせて下さってるみたいだし。

 

 水着を新しくして再び足を運んだ砂浜は、一番暑い時間を経た熱気が維持されててまだまだ暑い。

 海の家開催のフェスが全部終わった後、のんびり海を楽しむ人々で溢れていた。

 

『友だちはねー、楽しいことを分かち合うひと!』

 

 と言って七海さんが希望したのはバナナボートからの映像だった。

 初っ端からライフジャケット着なきゃいけないような物を希望されるとは思わなかった。結構七海さんキレッキレですね。

 でもやっぱそれだけ海に慣れてるってことなのかな?

 

『前に家族と乗ったんだけど、笑っちゃうくらい楽しかったの! だから二人にも乗ってほしい!』

 

 ああ、そういうことなんだ、なるほど『楽しい』を分けて下さろうとしてる。

 ほんといい子だなあ……。

 

「心して乗ります」

 

 メイちゃん、気合いの程がおかしいです。

 

「そうだ、メイさんこれ使って下さい」

 

 秋元さんがメイちゃんに首から下げるタイプのスマホホルダーを渡しておられる。

 

「通話をこっちに切り替えて、っと……じゃ、俺空いてるボート探してきますね」

 

 メイちゃんにてきぱきと説明してあっという間に秋元さんは去っていった。

 しかしメイちゃんは少し手間取ってる様子。

 

『わわわ、画面がぐるぐるしてるー』

「す、すみません……!」

 

 七海さんが目を回してしまいそう。

 隣にいた私は思わず手を伸ばし、ホルダーとスマホをぱぱっと繋ぐ。

 

「これで大丈夫よ。首にかけておいて」

「はい、ありがとうございます」

 

 手渡すと素直に彼女はホルダーを首にかけた。

 

『あははっ、目が回るかと思った』

「ごめんなさい」

 

 メイちゃんがしゅんとしてるように見える。

 

『ううん、ちょっと楽しかったよー』

 

 七海さんがくすくす笑ってて、メイちゃんは少しほっとしたみたい。

 

「皆さーん、空いてるボートありましたよー」

 

 そこに秋元さんが帰ってきた。

 

「これ十人くらい乗れるみたいですね」

 

 にこっと私は皆さんに笑いかけた。

 

「えっ」

 

 そんな気はしてたけど多分彼ら観客気分だったんでしょうね。

 

「なに君たちメイさんと私だけ乗せる気だったの?」

『ええっ、そんなわけないよね?』

 

 萩原さんが何故か片手で顔を押さえて天を仰いでる。

 

「女子会の絵面にむさくるしい奴が入り込みたくないだけなんだけど……」

『何言ってるの?』

 

 七海さんがきょとりと首を傾げている。

 萩原さん、こんな小さい子の前ではそんなセリフ意味不明でしかないですよ。

 

「人数は多いほうが楽しいに決まってるでしょ、ほらほら、皆ジャケット着る!」

 

 そして全員バナナボートに乗り込むことになるのでした。

 ボートを引っ張るジェットスキーが速度を上げていく。

 

『わー! 風の音すごい! メイさん、愛莉さん、どう!?』

「結構早いですね……! わっ」

 

 ジェットスキーが舵を切ったのに振られて緊張気味だったメイちゃんが体勢を崩した。

 それを春野さんが支えてあげて、秋元さんが手すりをしっかり握るんですよと笑顔で教えてる。

 微笑ましいですね。

 

「こういう早い乗り物ってなんでこうわくわくするんでしょうね。ふふっ」

 

 お腹の底から何故かずっと笑い声ばかり湧いてくる。

 

「おっ、木暮ちゃん分かる?」

「……何を勘違いなさったか知りませんが、公道は法定速度でお願いしますね」

「嫌だなー。スピード違反なんかするわけないだろ」

 

 怪しい。

 

 水しぶきをあげながら勢いよく走るジェットスキーが、熱い空気を突っ切っていい感じに冷やしてくれる。

 バナナボートのほうも水しぶきを上げて引かれてくわけだけど、それを思いっきりかぶるのも何故か楽しい。

 七海さんの歓声が聞こえるのも嬉しくて楽しくて。

 

 これは確かに、『笑っちゃうくらい楽しい』ものですね。

 

『友だちはねー、助け合うひと!』

 

 そうやって次に七海さんが我々に求めたのはビーチフラッグです。

 メイちゃんはフェスでもやってたけど、七海さんの提案にはもうちょっとひねりがあった。

 目隠しをしてその場で十回転し、仲間の声を頼りにフラッグを取るまでの時間を競う。

 スイカがなくてスイカ割りができない時にそうやって遊んだのだそう。

 

 フェスで使ってたフラッグを海の家で借り、広い所へ行って砂浜にあみだを書いてチームを決める。

 見事に特対vsメイちゃん&七海さんvs私と萩原さん、になってしまった。

 

「こういうのは得意です!」

 

 秋元さんが自信たっぷりの笑顔で胸を張っていて、春野さんが号令を出した。

 

「秋元、用意」

 

 ひえ、遊びな雰囲気なくないですか?

 

「はい」

 

 春野さんが腕時計のタイマーに目を落としてタイミングを図っている。

 

「構え。──始め!」

 

 春野さんの鋭い号令とともに、秋元さんがその場であっと言う間に十回転し、おおよそ間違っていない方向へ走り出す。もちろん体幹も崩れてない。

 

「右四十五度前へ、駆け足!」

 

 めちゃめちゃ訓練中っぽくない!?

 まあ春野さんがきゃっきゃするなんて想像できないんだけども。

 

「──とまれ! 左三歩、進め」

 

 そして秋元さんはすんなりとフラッグを手にした。

 連携は素晴らしいしかっこいいんだけど、遊びにしては固い気がするのですよ。

 

「やった! 取りました!」

 

 目隠しを取った秋元さんの笑顔がキラキラしている。

 

『すごい! すごい!』

 

 歓声を上げる七海さんに秋元さんがガッツポーズを返した。

 その様子を息を飲んで見つめるメイちゃん。おお、意気込んでる……。

 

『メイさん、いくよーっ。よーい、どん!』

 

 メイちゃんの回転もスタートも危なげがない。

 

『メイさん! 前、前! がんばってー!』

 

 春野さんたちと比べたらそりゃおおざっぱな指示だけど、一生懸命で可愛いです。

 

『もっと、もっと、前、前! ちょっと右ーっ! あと少し!』

「う、うわわっ、あんな全力で……!」

 

 萩原さんが小さく心配の声をあげたのとほぼ同時。

 

 春野さんがメイちゃんを受け止めてくれた。と言っても二人とも倒れ込んでしまう程の勢いだったけれど。

 メイちゃんが慌てた様子で目隠しを取った。

 

「すみません……! お怪我はありませんか」

「──ははっ、すごいな君は」

 

 少し青くなってるメイちゃんとは対照的に、春野さんは明るく笑っている。

 難なくメイちゃんを助け起こし、そして彼は言う。

 

「視界を塞がれたまま全力疾走するなんて、普通、特殊な訓練でも受けてないとできないぞ」

 

 特殊な訓練、受けてるかもしれないんだよなあ、と、私はメイちゃんの驚異的な身体能力を思う。

 チームメイトな大島さんのためにメイちゃんが頑張ろうとした、のではあるけど……。

 

「メイさーん! 大丈夫ですか!」

 

 大島さんの映るタブレットを抱えた秋元さんが二人に駆け寄る。

 

「すみません、負けちゃいました」

『そんなのいいよ! マジョコルンバみたいに速くてかっこよかった』

 

 両手を握り締めて七海さんが興奮する。

 と、ふいに、胸を押さえて七海さんが息を詰めた。私と萩原さんは思わず顔を見合わせ、駆け寄る。

 

「少し休みましょうか」

 

 メイちゃんが気づかわし気に声を掛ける。

 

『……平気。まだ遊びたい。愛莉さんだって、まだ……』

「でも……」

「いや、一旦ここまでにしよう」

 

 きっぱりとした声で春野さんが割って入る。

 

「私たちの『助け合い』はまた今度見てもらうから」

 

 内心の不安を抑えつつ、私はぱちりとウィンクを飛ばす。

 

「君の場合、容態の変化が急だと聞いている。ちょっとでも変だと思うなら無理すべきじゃない」

 

 画面の中の七海さんが唇を噛みしめ、ふらふらとベッドに突っ伏した。

 

「七海さん……!」

「秋元、親御さんに連絡してくれ!」

「はい!」

 

 画面の中をばたばたと大人たちが行き交うのを、我々は呆然と眺めるしかできなかった。

 七海さんのお母さんらしき人が春野さんと挨拶を交わしていた。

 

 メイちゃんは、通話が切れ、ディスプレイが真っ黒になってからもその前で立ち尽くしていた。

 

 私はそんな彼女の肩に、ただぽんと触れるくらいしかできなかった。

 

-----------------------------------

 

 心配で不安なまま、海の家で店員の仕事をこなすメイちゃん。

 ぼんやり涼むくらいしかできない私と、それに付き添ってくれる萩原さん。

 

 あの小さな男の子がまだいてくれてて、その子と少し話したりもしていたけれど、内心は気が気じゃない。

 

 春野さんが再び海の家を訪れたのは、既に空が赤くなって、太陽が沈もうという頃だった。

 

「七海さんの容体が落ち着いた。君たちと話がしたいと言っているのだが……」

「……!」

「ぜひ……!」

 

 我々は一も二もなく飛びつく。

 

 タブレットの向こうには、少し疲れた顔で笑う七海さんが映っていた。

 

「俺は向こうにいるから、終わったら声をかけてくれ」

「え……?」

 

 春野さんが何故かそう言って去っていくのに、萩原さんは何も言わずについて行った。

 

『私がメイさんと愛莉さんとだけでお話ししたいって言ったの。友だちだから』

 

 七海さんの視線が不安そうに揺れている。

 

「私でよければ」

 

『友だち』がまだよく分からないからか少し戸惑った様子だったけど、メイちゃんはそう言ってしっかり頷いた。

 

『さっきはごめんね、びっくりしたよね』

「いえ……大丈夫ですか?」

 

 七海さんは頷きかけたけど、少し考える様子を見せて、そして小さく首を振った。

 私は胸が苦しくなる。

 

『私、病気なんだ。手術して治すために本土に来たの。けど、この間お母さんとお父さんが話しているのを聞いちゃって……』

 

 七海さんが、力なく笑った。

 

『……私の手術、難しいんだって』

 

 つらいことを、泣くでもなく、ただ、へにゃりと笑って彼女は言う。

 

『心配しなくても大丈夫って、言ってたのに……』

 

 そう言った声音は、ご両親が励ましでそう言っただろうことを理解している、穏やかなものだった。

 

『……本当は、怖い』

 

 そう言った七海さんの声は、消え入りそうに小さかった。

 

『治らなかったらどうしよう。手術室で死んじゃったらどうしよう。……でも、私のために引っ越しまでしたお母さんたちに、怖いだなんて言えなくて……』

 

 そこまでほぼ一気に言葉を連ね、彼女は小さく息をついた。

 

『だから、逃げちゃったの』

「七海さん……」

 

 そして、春野さんたちと出会ったんですね。

 

『でもこっちの空には星がなくて、歩いていける場所に海もなくて……友だちもいなくて、先生もいなくて、逃げたからってなんにもなかった』

 

 七海さんの悲痛な声が心に刺さる。

 

『誰にも言えなかったけど……私すごく淋しかったの。だから、メイさんと、愛莉さんと、友だちになれて嬉しかったんだ』

「友だちです」

 

 今度は、迷うことなくメイちゃんが即答した。

 

「ええ。友だちだわ」

 

 私は、メイちゃんの肩を抱くようにして、そしてタブレットの七海さんも抱きしめる。

 

『わあ。えへへ』

 

 こんなことしたら見えなくなっちゃうからすぐに離すけど。

 七海さんがくすくす笑ってくれてるから、私も微笑む。

 

『ありがと。誰かに聞いてほしかったから、二人に言えてよかった』

「そういうことを話すのは、ちょっと勇気が要るわよね。話してくれてありがと。……ずっと、応援してるわ。そして、いつまでだって待ってるから。ゆったりした気持ちで行ってらっしゃいな。もちろんそれまでは、そしてそのあとも、またこうして遊びましょうね、七海ちゃん(・・・)

 

 七海さんは少しきょとりとして黙っていたけれど。

 

 やがてふわっと笑った。

 

『……うん! また遊ぼ!』

「……メイちゃん(・・・)も、そう思うでしょ?」

「……っ! はい! 私で、よければ……!」

 

 そうして、この時の秘密の女子会通話は幕を閉じた。

 

-----------------------------------

 

 翌日、メイちゃんが考案したキラキラなマジョキュアスイーツと共に映る七海さんの写真が送られて来た。

 七海さんはタブレッド越しな姿だけれど。

 退院したら絶対食べに行くんだって意気込んでて、微笑ましい。

 

 その後メイちゃんと七海ちゃんとのライブ通話に時間が合う時に便乗することになったりしつつ、一ヶ月ほどして、七海ちゃんの手術が成功したことを聞く。

 

 季節はひとつ過ぎてしまったけれど、スムージーなら夏じゃなくてもいけるでしょう。

 三人でのリアル女子会が楽しみです。




/

せっかくなので爆処のお二人にご登場いただきました。
というわけで四角関係ぎみの一角は萩原さんです。

メイちゃんが『友だち』を少し理解するイベントでした。
そこにオリ主も混じってもらいました。
これでオリ主がメイちゃんから『愛莉ちゃん』と呼んでもらえることになります。

「私友達いる…?」とか言ったら頬を膨らませる人が既に何人かいてくれてるのに、今までのボッチ人生と自己評価の低さから気づいてない。罪。

バナナボートは原作では最初から皆乗ってるのですが、ここではオリ主が居ることで何かの遠慮が発生したことに。
しかしそのオリ主がそれを吹っ飛ばしました。

萩原さんと春野さんは結構仲良くなってるかもしれませんね。
命懸けで庇われて絆されてます。
萩原さんあなた、負傷前提だったんですよそれ。

萩原さんが警戒を解いたのは、同業だったからもありはしますが、仕事関係だって分かったから、ですよオリ主君。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。