----------------------------------- side:Furuya
「ひと区切りでしょうか? お手数をおかけしました」
そう言ってちょこんとお辞儀した
……お手数、って。
確かに、電話で僕たちのコードネームを叫ぶだとか、ライの前で
彼女たちの覚悟を甘く見ていたようだと、その反省があって押し流された部分は大きい気がする。
頭痛のする思いだ。このところずっとそればかりで、本当に偏頭痛を発症しそうな気がする。
ただ、過剰だっただけに成果は高く、僕は他の幹部から侮られなくなった。複雑だ。 にこにこが急転直下の氷点下、冷たい微笑みに変わる。思わず息を飲む。
「蝙蝠に関して何かできることがありましたら、ご遠慮なく回してくださいね」
こんな顔ができたのかという思いを、その件に関しては自分も似たような顔をする確信が流していく。ああ、彼女たちも、同僚ではなかったとしても同胞、だ。
だから僕の顔に浮かんだのは苦笑。
「わかった」
「ありがとうございます」
礼を口にした彼女の笑顔は、今度はとても暖かかった。
気が遠くなるような撮影以外でも、彼女はよく動いてくれた。
ヒロの協力者についてはヒロ自身が知っていた情報を更に補強してくれたし、公安部の女性に関してもかなり食い込んだ。
公安に配属されると「警察を辞め別の職に就いた」となったあとは普通「その人物」としては何も辿れなくなる。しかしだからこそヒロの協力者との接点を配属前とみた彼女は、協力者の男性の周囲で現在連絡がつかなくなった女性に絞り、そして探し当てた。彼女のおかげで似顔絵が存在するのも大きかっただろう。
そしてこうなると、ヒロの協力者はその女性が公安の人間であることを知っており、女性は彼が公安の協力者であることを知っているとなるわけで、そもそもが守秘義務違反だ。何かの偶然が重なった可能性はあるかもしれないが……。
公安の人間は、僕の右腕の彼のように「公安警察だ」と表で動く任の者たちであれば互いのことを見知っていることも多いが、潜入担当の人間は同僚たちにも簡単には存在が明かされない部分がある。汀が『視た』ことから、女性は自身がヒロの情報を手土産に組織に潜入するつもりらしいことが分かっているため、彼女は潜入担当と思われる。
だからヒロも女性を知らなかったし、女性も本来はヒロの存在を知らないはずだ。
つまり、公安の彼女は自身が公安であると男性に悟られている点が問題で、協力者の男性はぼろぼろとヒロについてを彼女に漏らしているであろう点が問題だ。
そしてあまつさえヒロを潜入先に売った。
……いったい、何がしたいんだろう。理解不能すぎて頭が痛い。
警察内部ではこれらの事実だけでも処罰を下すことができるだろう。真っ黒だ。
放っておいても、公安部との繋ぎも果たしていたであろう協力者の男性が、公安部への嘘の報告を取り繕えず発覚する可能性すらある。
僕は裏理事官にだけ事実を伝え、組織側から打撃を与えるまで明るみにしない方針も婉曲的に伝えた。裏理事官は法以外でも裁こうというのは人道に悖ると口では言いつつも、ニヤリと嗤ってみせた。そこには確かに裏切り者に対する憤りを正直に含ませてくれていた気がする。
表に出ない部分なら好きにやれと言ってくれていると判断した。
蝙蝠がどこの誰だか把握できたことで情報収集は一気に進んだ。
次は、協力者の男性は警視庁上層となんらかの関りがあるようなので、そちらにも不適格分子がいるかどうかを洗う。愚か者を公安の協力者に推しただけでも難有りだが、そういう人間は他でも何かやらかしている可能性があるだろう。裏切るような者を公安部に配属した人事にもまともではない人員が居るかもしれない。
信頼できる監察官を探さねばならない。
僕は組織内部でも探りを入れた。
「ところで、スコッチがスパイだったという情報は誰が掴んだのですか? 探り屋としては気になります。ぜひその手腕をご教示いただきたいのですが」
「別にあなたに何か教えられるレベルじゃないんじゃないかしら。偶然だと言っていたらしいし。
あと情報屋だと言っているけど名前を聞いたことないのよねえ。本人は保身のために二つ名も持たずに活動してきたなんて言ってるけど、公安部の情報をすっぱ抜くほど優秀なら、コンタクトの取り方くらいうちの誰かしらが知ってそうなものよね。でも企業秘密だなんてはぐらかされたわ」
ベルモットは肩をすくめながら状況も伝えてくれた。
……そのあたりにきちんと偽の実態を作り込んでいないあたり、潜入の腕はたかが知れている。
「今はとりあえず末端として数えてはいるけど、お手並み拝見、って状態よ。使えないようならあっさり捨てられるでしょうね」
「ホォー……幹部まで食い込んだスパイの情報を持ってきたのであっても、それだけで評価せず日頃の働きを見る……その冷静さ、いいですね」
「ひとつの手柄だけで
「いえね……」
僕は思わず困り顔を作った。
「僕に関してはたった一つの映像程度で皆さんの態度が激変してしまったじゃないですか」
ベルモットの目が泳いだ。
「『程度』なんて言っちゃうところよ……ともかく、あなたは今までの積み重ねあってのそれなんだから、勘違いしないことね……まあ、あの子については手柄は手柄だから、能力が充分なら認められた後の幹部昇格だか何だかが早くなりはするんじゃない? いずれにせよまだ今は『鈴付き』よ。それでも会ってみたいの?」
「ええ。ぜひ」
僕はにこりと笑う。
「遺憾ながらスコッチは優秀でした。その穴を埋められる人材であれば喜ばしい。探り屋としても協力して動ける人間がいるに越したことはないですからね」
「あなたも腕を確かめたいってことね。いいわ、教えてあげる」
そして僕は蝙蝠の片翼と接触するための情報を得た。
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深夜1時、組織所有のとあるバーにて。
「私に会いたいというのはあなたか?」
コレが
湧きかけた殺気を抑え、一瞥する。
その女は尊大な態度でにやりと笑い、隣に腰を下ろした。
露出の高い服。宝石であちこち飾っているのが騒がしい。
カウンター席は向きだけ回転する脚の長い椅子で、床に固定されている。これ以上距離がつめられないことは救いだった。
「……えぇ、多分」
僕はストレートのスコッチを口に含んで転がす。
初回ではそう収穫はないだろうが、ICレコーダーで録音を開始。無駄話をする気はない。
「僕は『彼』と仕事をすることが多かったんです。しかしNOCだとは見抜けませんでした。ぜひあなたの手腕をご教示いただきたくて、こうして機会を設けてもらったんです」
くるり、とグラスの中の酒を回す。もともと三分の一程注がれていたものは今は五分の一程になっていた。
「……運が良かっただけさ」
彼女はふっと笑ったようだった。僕は自分のグラスだけを見つめる。
「表の知り合いにこの組織に協力してた奴がいてね……いや、その時はこんな組織知らなかったんだが……まあ、別件で集めた写真の中に映りこんでた警官の一人が、警官でいいわけのない奴だった、ってだけの話だよ」
「ホォー……? そのお知り合いはどうしてそれが
喉で笑いながら言うと、彼女は苦笑したようだった。
「そいつとは何度か仕事をしたことがあってね。これらの写真があれば必ずでかい組織に拾われるだろうから紹介してやる、なんて言われたのさ」
「……何のために?」
「情報屋をひとりでやるのは何かと物騒でね。長いものに巻かれたほうが力を発揮できる、とか何とか言われたよ」
物騒を己で
「僕なら知人にこんな組織紹介しませんけど」
グラスの中のスコッチは、このひと口で最後になる。
「こんな、って、自分で言うのかい」
彼女が笑う。
「一員だからこそ自覚しているんですよ。これでまっとうだとか何とか言うようならただのカルトです」
僕はスコッチのトワイス・アップを注文する。
「じゃあ、あなたは何故そんなところに?」
「……」
あまりぺらぺらと喋る気はないが、向こうの話を引き出すためには少しは答えておくべきか。
……汀との出会いを、思い出す。
思えば彼女のめちゃくちゃさが組織潜入の足掛かりを作ったようなものだ。偶然の積み重ねは時に恐ろしい成果をあげる。……彼女と出会って以降そういうものとの遭遇率が上がったような気がして、眩暈がしそうだ。
「野良犬が拾われた。ただそれだけのことですよ」
「野良犬……」
反芻する彼女に、もう少しだけ情報を与えるべきかと重い口を動かす。
「昔は色々ヤンチャしてましてね。僕の連れに手を出した連中だのを丸ごとミンチにしてやったら、幹部に気に入られたようで」
「……案外穏やかじゃないな」
「案外だなんて。この界隈の人間としては別に大したことじゃないでしょう」
程よい舌触りのスコッチを堪能しながら、僕は内心のイライラを噛み殺す。お前は地雷を踏んだな。顔で何かを侮ったフシを感じる。……まあ、敢えて噛み付く気は起きない。
「そういうヤンチャを歓迎してくれるここは、なかなか居心地がいいんです」
僕はグラスのスコッチをじっと眺める。
「それで? あなたの知人はどうしてあの男の顔を知っていたんでしょうね。あの男はかなり慎重だった。幹部の顔なんて普通末端は知らない。組織の協力者程度に顔が割れていたのはかなり不思議です」
「あいつはスコッチにも協力したことがあったらしい。だからじゃないか?」
「ホォー。幹部がわざわざよそ者を使ったというならそこそこ優秀なんでしょうが……まさかその協力者、公安関係者じゃないでしょうね?」
彼女は少し大きく笑った。
「裏切り者を出したあとなんだ、ピリピリするのもわかるがね、あいつはスコッチ専属ってわけじゃなく、時々協力してた一人がたまたまスコッチだっただけらしい。……そもそも、スコッチの配下は幹部の一人が拷問に掛けたと聞いたよ。スコッチだけに熱をあげてたのはソレくらいのものだったんじゃないか?」
「……なるほど?」
くだらない虚栄心で彼のこれまでを水泡に潰えさせた奴がその名を口にするな……汀をソレ呼ばわりするな……。
グラスの中身を口に含んで、内心を渦巻く怒りを噛み潰す。
一時的に協力しただけの者にただのコードネームとはいえ幹部の情報を与える理由はない。
組織に潜入するなら疑われないようもっと足を固めるべきだろうに、どうにもいきあたりばったりだ。
「……どうやら僕はあの男を過大評価していたようです。『偶然』情報を握られるような人間の手足など、もうこれ以上いないのでしょう。手綱を握れるはずがない」
僕は小さく肩をすくめる。
……そして。
己に会いたがっているという組織の人間の容姿を聞いていたからこそ向こうから話しかけてきたのだろうから、その装いからは多少なりとも男性をたらしこもうという魂胆が見える。当然ではあろう。潜入するなら早々に内部に味方を増やしていくべきだ。
このぐだぐだとした実のない会話にも飽きたことだし、一度引きの姿勢を見せておこう。しがみつくのに成功するようなら、次はもう少しマシな話ができるはずだ。
「あなたはもう帰っていいですよ。ご足労感謝します」
グラスを見つめたまま微笑んで、ゆったりと僕は言う。
「……あなたは裏切り者の名のついた酒を口にするんだな」
「それの話をしに来ましたからね」
やはり話を続けようとしてくるか。あからさまでないのはいいが、『スコッチを仕留めた』僕以外が相手では癇癪を起こされかねない切り口だ。
僕はまたひと口、トワイス・アップのスコッチを口にする。
「ここでは最近それを注文した奴はいないらしい。毛嫌いされたものだな」
彼女はふんと嘲るような嗤いをこぼした。
「ウィスキー自体に罪はないでしょう。……まあ」
僕はグラスの酒を見つめて嗤う。
「あいつを仕留めたのは僕なので、今の僕には似合いの酒かもしれません」
くすりと喉で嗤い、またひと口含む。
「文字通り食らった、か……ぞくぞくするね」
こんなことでそそられる人間とはお近づきになりたくないものだが、惚れこんだ様子を見せれば近づこうとするのは不自然ではなくなるのだろう。
「あなたが思ったように私は情報屋としてまだまだだ。しかし偶然手に入れたとはいえずいぶんでかい魚を釣ったものなんだろう? それを駄賃に、色々と教えちゃくれないか?」
一瞥すると彼女はニヤリと嗤っていた。
僕に撒く餌としては適当なのかもしれない。しかし、彼女がここに居られている理由が分からない。
組織の人間にも内通者が居る?
いや、功績ひとつでゴリ押したか? 手土産としては大きすぎるくらいだ。外部からの密告となると信憑性が少し薄まるが、確認はどう行ったのだろう。まさか、すんなり信じたのか?
案外単純な所がありはするからな、この組織。疑わしきは罰するし。
「……言ったでしょう。僕ならあなたをここに紹介しません。これ以上助長する理由がありません」
「つれないようでいて、お優しいことだ。つまりは裏の世界に踏み入るなということだろう?」
「運だけで生き抜ける世界じゃありませんし、自ら犬死にしに行く意思が理解できないだけですよ」
「今は理解できなくていいさ。とにかく私はあなたについて行かせてもらうよ」
ゴリ押しで来るか。
だが『秘密主義』の僕はいちいち動く時に呼んだりしないぞ。ベルモットみたいなまともに動ける人間はともかく。
「……好きにするといい」
僕はまたグラスを見つめるのみ。しかし彼女が笑う声がした。
「今からの予定は? ホテルにでもどうかな?」
最初からがつがつ来るのか……。取り入ろうと必死なのか?
「今日は疲れてますので、このまま帰ります」
「つれないねぇ」
彼女は笑い、「そこがいいのかもしれないね」と続けた。
不快だ。
僕はグラスを空にすると、会計した店員とだけ挨拶を交わして店を出た。
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「で、どうだったの?」
「どうって、何がです?」
この人には笑って接することができるのにとふと思う。
「あの子に会ったんでしょう?」
「ああ。セッティングありがとうございました。公安部と不仲などこかからの潜入かと探ったのですがね、今のところ尻尾は掴めませんでしたよ」
疑うならこちらのほうがまだ有り得る。まさか同じ公安部の裏切りとは誰も思わないだろう。まあ、警視庁公安部と張り合おうとするモノなどあってほしくもないが。
幹部まで上り詰めた優秀な捜査官を蹴落として別の捜査官を潜り込ませても、同じ所まで食い込めるかは怪しいものだ。それがどれだけ優秀だったとしても。
加えて、あの裏切り者にそこまでの手腕があるとは感じられなかった。
だから公安部そのものの意向ではない……はず。
だが警察側からの捜査については慎重にならざるを得ない。膿んでいるのが明らかだから。
警視庁警務部監察室に監察官として配属されているのは皆警視正以上。今は信用しかねる公安出身者を避けたところで優秀な者は多い。今は優秀な我が右腕くんに最終的な選別を任せている。
「……やっぱり目的はそれだったの……」
ベルモットの顔が少し引きつった気がした。ポーカーフェイスの彼女には珍しい。
「ただシロという確信はまだないので、どこかで会うようなら引き続き探ってみます」
「え、ええ……それはそれとして、どうも妙じゃない?」
「と言うと?」
「わざわざうちに入りたがったところよ」
「ああ……ええ。何か勘違いがある気がしなくもありません。ここをスキルアップのための研修所とでも思い込んでいるんでしょうか?」
「そう、そんな感じ。一体何なのかしら? そんなことで内部に入ってきたのも謎だけれど」
「そのへんも探ってみますよ。最悪、実は彼女こそが公安部からのNOC、とか、ね」
「……そんなことあるかしら?」
ベルモットは眉間に皺を寄せた。
「スコッチは僕たちから逃げる
「え、ええ……」
ベルモットの顔が少し強張った気がしたが、彼女は考え込むような仕草を取った。
「逃げたのは僕たちが聞く耳持たず追ったからで、裏切り者を許す組織じゃないとよく理解していたからだとしたら? 何を言っても言い訳にしか聞こえませんからね。本物のスパイが組織の幹部を嵌めて消そうとした結果だとしたら?」
「それだと私たちはまんまと嵌められたことになるけど……」
「情報源はあなたが送ってくれたあの写真だけなんですか?」
「他にもたくさんあったようだけど、全て写真だったわね。……ネガは無し」
「写真は合成や加工ができてしまうものですからね」
考え込むベルモットの眉間に皺が寄る。
「まあ、仮にそうだったとして嵌められた彼も、僕たちも甘かっただけなんでしょう」
僕はひとつ瞑目して、そしてふっと笑う。
「本当に、スマホも破壊してしまったのが悔やまれます。アレのデータ復元はできたんでしょうかね」
「……組織関係のやりとり以外何もなかったわ。彼の
また僕は、ふっと笑う。
「復元できたんですね、さすがです。まあ、それらのことがあっても完全にシロだったとは言えません。彼自身が軽率に痕跡を残す人間じゃありませんでしたから」
「だからあくまでも可能性の話、でしかないわけだけど……気になるわね。探りは任せていいのかしら?」
「ええ。そちらについてはもちろん。……で、今回の件に関してですが、」
組織の任務をこなしながらでしか裏切り者を追い詰める手を進められないのがもどかしい。
早く情報を集めきってヒロにも策を練らせてやりたいのだが。
時間が出来たら中間報告でもしに行こうか。
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「まだ情報は集め切ってないんだが、中間報告だ」
「ありがとう。任せっきりでごめん」
ヒロがへにょりと笑う。内心やりきれないだろうに。
これまでの報告を終えると、少しヒロは考えを巡らせているようだった。
「ねーねー、ゼロのにーちゃん、おれ公安部のデータに潜ろうか?」
「……」
日本のホワイトハッカー集団≪ナナホシ≫の一員も務める青年がけろっととんでもないことを言う。
彼は7777、『
ヒロは外出するわけにいかないけど、潜入中の僕や
食材を買ってきてはヒロに食事を作ってもらって嬉しそうに食べている姿をよく見るが、もしかしたらヒロに負い目を感じさせないためにそれ目当てであることをアピールしているのかもしれなかった。
「ホワイトハッカーがそんなことを言わないでくれ……」
「えへへ。挑戦してみたいって気持ちは嘘じゃなかったりするよ」
「技術者としては好奇心に駆られるかもしれないけどね……仮に公安部のデータにアクセスしたとして、有益な情報が得られるとは限らない。今の所個人的に動いただけの可能性が高いと見てる」
今のところ公安部の一人と協力者、の二人だけでやった可能性が高い。その場合公安部内には何のデータもないだろう。
「そっかぁ。徒労に終わるくらいならそんな危ない橋渡るわけにはいかないねえ。……そいつ個人のPCに凸るのは?」
「だから……」
「えへへ。バレる気はないけど、バレたら≪ナナホシ≫にも公安にも迷惑かかるってところかな。気持ち的には何やってでもヒロのにーちゃんを嵌めた奴をぶっ潰したいんだけど」
綿引の目が一瞬冷えた。
……彼に対しても、『まっとうな人間に違法行為をさせたくない』という保護者目線を向けるのは失礼になるのかもしれない、が。
「必要だとなったらぜひ頼らせてくれ」
「うん、その時はもちろんだよ」
にこっと彼は笑った。
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ヒロの協力者は名を
彼らの背景についてはヒロと汀と風見の働きで大方把握することができた。
警察側の膿については、この蝙蝠たちの親類縁者知人友人を浚うと怪しい部分はすぐ判じた。まず、彼らは
香月は警察学校をドロップアウトしていた。今はIT関連企業に務めているという。
警察学校では射撃の腕が優秀だった、そしてネットやプログラムにも詳しい、として、公安の協力者として認められている。しかしどうも本人の意志ばかりでなく、父親がお前ならやれるとゴリ押しした部分があるようだ。
公安部の女性は何事も卒なくこなすタイプで、警察学校はもちろん、それ以前に籍を置いたさまざまな方面で優秀な成績を修めていた。
二人とも能力としては今の地位にあってもおかしくなくはあった。
問題は内面である。
香月は非常に優しい人間だった。悪く言えば小心者だった。気が弱いのだという。
対照的に今井はとても気が強いらしい。かといって粗暴ではない。しかし己の辞書はナポレオンと同じものだと普通に思っているようだ。
幼い頃から香月が今井の三歩後ろを静々と着いていくような様子だったらしい。言いなりという訳ではないが、概ね彼女のイエスマンで、しかし彼女も無体を働く人間ではなく、そこには何も問題はなかった。むしろ気弱な彼を彼女が
これが、単に会社員と警察官な従姉弟同士であればよかったのかもしれない。香月に射撃の腕があったこと、今井が公安部配属で潜入担当であること、近しい親類に警察の人事に関わる高官がいたこと。そうなるとおかしくなってしまった。
香月は信念がないのにほぼ流される形で協力者になった。
今井は刑事部捜査第一課配属のはずが本人の希望だった公安部に辞令が下りた。
両者風見が証人を確保済み。
香月は任務のたびにいちいちヒロが警察官だとバレることに怯えていたし、今井は公安こそが自分の天職で自身は犯罪組織を潰して回る英雄になると信じて疑わない。
これらに関しては汀が更に『視た』ことによる補強である。論拠を出せと言われれば困るが、監査の場でわざわざ出す情報でもないかもしれないのでひとまず置いておく。出せとなったとして『噂を掴んだ』程度で構わないのかもしれない。
警務部だけでなく公安部にも膿があるかについては、以上のことから、関りがないとみている。
もしあったとして秘密主義の公安だ。容易に探れはすまい。
内部にいる風見からも今のところ何も情報はないとのことだ。
あとは、ヒロが死を偽造しなければならない程の危険に追い込まれているそこには、蝙蝠たちが結託して陥れた事実があると証明しなければならない。
また、ひとつ朗報がある。
警務部の上層が膿なら監察官探しがますます厳しくなるかと思ったが、『仲の悪い同僚』というのは案外いるもので、数人の候補があがった。
それは生真面目な人であったり、主義が反発するのであったり、性格の不一致であったり。
中でも僕たちが満場一致で興味を持った人物がいた。
冤罪被害者の家族、というひとがいた。
彼ならば、件の人物と仲が悪いのでなくてもあるいは、こちらの味方になってくれるかもしれない。
警察の不正まがいの越権にはきっと、人一倍毅然と向き合ってくれるはずだ。
ちなみにこれらはもちろん風見が集めた情報だ。
無事彼に監査を依頼できたら、三日程はうまい飯を準備してやりたいと思う。さて、あいつの好みは何だったか。
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任務の時に足手まといを呼ぶ気はない。
だから任務が片付いた日の夜、またあの組織所有のバーに入った。ただし1時などという遅い時間ではない。
組織の息のかかったバーで
だから完全に警戒を緩めはしないながら、自分のペースで適当な酒を注文していく。
ただ単に外で独りで飲むのはいつぶりだろうか。酒は不味くないがやはりそう楽しくはない。
また同期たちとばかな話を交わしながらビールが飲みたい。
件の爆弾事件は例外として、この組織に潜入してからはほとんどあいつらとの関わりを絶っている。
汀を通してそれなりに元気でいることをお互い知ってはいるけれど。
来るかも分からない蝙蝠女が来やしなければ、帰って汀とヒロとで飲み直すか。
小さく溜め息をついてぼうっとグラスを眺めていると、隣に誰かが座った。ああ、あの女だ。
僕は袖に仕込んでいたICレコーダーで録音を開始する。
「せっかく組織に入れてもらったっていうのに、それから何にもないんだよ」
バーテンダーにセント・アンドリュースを注文して、彼女はそう言った。
──スコッチベースのカクテル。何を考えているんだか。
「何にもない?」
「調べてくれとかなんとか、指示があると思ってたのにさ」
「ここに来てまだそう日が経ってないんじゃないですか?」
「もうそろそろ
ふ、と僕は笑う。見つめるグラスにはまだ酒が残っている。
「鉛を撃ち込むだけで事足りることのほうが多いでしょう」
「穏やかじゃないね」
「静かな夜をお望みならあの
「冷たいねえ」
彼女はくくっと嗤った。
「だが、冷たくされると逆に燃えるってものだろう? 今日こそホテルはどうだい?」
もうそんなことを言うのか。
僕は一瞬眉をひそめた。
「どうして僕がそんなところに?」
「言っただろう、あんたに色々教えてほしいんだよ。裏の世界のことを」
「そういうのは学校で学ぶものです。項目がない、ってね」
彼女は恐らくくいっとカクテルを喉に流し込んだ。僕は彼女が現れて以後ただ自分のグラスを眺めている。
「必要もないことを知りたがるのが情報屋でね」
「ならば既によくご存じでしょう」
「それじゃ足りないのさ」
また彼女が酒を煽ったようだった。
「……探り屋、バーボン」
その名を口にされて僕は片方の口角を吊り上げる。
「あんたの目と耳が私よりも上等なのは知ってるんだ。ぜひご教授願いたい」
「その肩書と名前にたどり着いた目と耳をお持ちなら、必要がないと思いますが?」
「自力じゃないと言ったら?」
「……ホォー。流したのはどこのどなたでしょう? 水遊びにお誘いしたいのですが。堤無津川なんてどうです?」
「スコッチの情報は売れると教えてくれたあいつさ。残念ながら金槌でね」
売れる、と直に聞いて青筋が浮きかける。お前が何をしたのか分かってるのか?
「もっと聞きたいことがあるなら」
彼女は椅子をくるりと回して身体ごとこちらを向いたようだった。
「今からホテ──」
「この時期は梅が綺麗なんですよ。東御苑なんていかがです?」
「……思ったよりロマンチストなんだな」
ふっと僕は笑って、視線だけ彼女に向けた。
彼女はにやりとした笑みを浮かべていた。
「リアリストなんですよ」
僕は口元で笑った。
東御苑の南側には、警視庁がある。
そして日中にしか入れないんだ。
/
転生者
時に風見さんと協力もしながら情報集めに奔走している。
同じ協力者ゆえ怒り心頭。
私の最推しによくもそんなことができましたね(般若)。
降谷さん
この女……想像以上に単純、なのか……?
いや、そんなことで潜入できるわけはないだろう。
頭を悩ませている。
さりげなく、裏切り者が組織に溶けこめなくすること、組織内で裏切り者に疑いを持たせること、そして裏切り者に加担したもの全てを炙り出すこと、更には組織がスパイとなれば盲目的に排除しようとするのを牽制すること、を同時進行している。
組織内でバーボンに畏怖と畏敬が集まりだしているのは無自覚。多分嬉しくない。
蝙蝠女がやたらガツガツ色仕掛けしてくるのは情報収集手段をあまり持っていないための短絡だと思ってる。
食傷気味。いくら情報を引きずり出すためとはいえ、大切な友人を窮地に追い込んだような奴と仲良くしたくない。
諸伏さん
みんなありがとう……。
悔しい。
綿引くん
おれももっと動きたいけど、人の話を聞かずに突っ走るつもりはないよ。
ヒロのにーちゃんの料理おいしい。好きなのは本当だからアピールしまくるぞ。
ゼロのにーちゃんも
食材以外にもたびたび諸伏さんに買ってきてほしいものがないか聞いてくる。
かわいいなあわんこみたいだと思われている。
ベルモット
探り屋的に気になるとか言っておいてやっぱりネズミの心配をしているのね……。
でも、むやみやたらと疑っているわけじゃないようね。
あの子のことは任せたわ。
右腕さん
必ず腕利きの監察官を見つけますからね!
今回は無茶振りじゃなくて良かったです。
幹部さんたち
バーボンが新参について様子を窺っているらしいと知り、「あいつあれで裏切り者にはジン並の執着持ってるから新参に探り入れてるんだぜ……」などとまことしやかに噂し合っている。そのうち末端にも伝播する。
厚い風評被害。
他、組織のみなさん
バーで見かけたけど、あいつやっぱり疑ってたぞ……。
もし他にも裏切り者がいたら今頃震えてるぜ。
あれ? 頼もしい……? 怖いけど。
裏切り者(今井)
キャー、あのイケメンじゃないか、ラッキー!
この人のためなんだったら悪人になるくらいどうってことないな。
バーボンの気を惹くためなら従姉弟だって売る覚悟(覚悟?)。
辛辣な言葉はきっと試練だな! いい感じにユーモアの利いた言葉を返さないと……!
めっちゃポジティブ。