降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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22.降谷さんの引導。

----------------------------------- side:Furuya

 

 気の滅入る待ち合わせは1月最後の月曜日、朝十時。

 僕はICレコーダーの録音ボタンを押した。

 

 旧江戸城の遺構である濠や門を越え、梅林坂を通って歩く。

 最初に目に入った梅は白い花弁を幾許か綻ばせていた。遠目には桜とそう変わりないが、よく見れば花弁の先に分かれがないためにより丸く、木肌もより粗い。他にも香りなど違いはいくらでもある。その特徴をひとつひとつ捉えながら眺めるのも一興ではあるだろう。

 

「へえ、かわいらしいもんだな」

 

 自分にどういう性格付けをしているのか、あるいは素なのか、彼女は横柄にそう言った。

 こんな時間に屋外で、となればさすがに露出過多ないでたちはしてこないだろうという期待には応えてくれたが、一目でブランド物と分るものばかりで固められた姿は多少しつこい。

 隣を歩くのがこの人間ではなく、同期たちや(みぎわ)や、あるいは風見であればゆっくりとこの風景を楽しめただろうに。もしくはベルモットやライであれば趣のある会話はできたかもしれない。

 

「……それで? あなたに僕の肩書きと名前を横流しした人物とは?」

「言っただろう? スコッチに協力したこともある奴だ、って。あんたはそのスコッチと共に任務に当たることもあった。それはあんたの口からも聞いたことだ」

「あなたに情報を流す意味は存在しません。口の軽い人間は不要です」

「冷たいねえ。同じ組織の仲間じゃないか」

「我々は別に馴れ合うために群れているわけじゃありません……第一、そいつはただの協力者なんでしょう? 何故、そこまでの情報を握っているんですか?」

「さあ? よく鼻の利くやつなんじゃないか?」

 

 彼女は首をすくめてくすりと笑った。

 僕はそろりと歩く方向を変えて、道の端で足を止める。彼女はずいぶん近くまで寄って来たが、僕はすっと更に一歩引いた。

 梅の見物客もわざわざそういう二人組には近づいては来ないだろう。

 

「本当はそんな協力者いないんじゃないですか?」

「……なんだって?」

 

 彼女はきょとんとした。

 僕は南のほう──警視庁のある方向を見つめながら、ゆっくりと言葉を吐く。

 

「あなたが全部ご自身で調べたんじゃないですか? ……公安部の力で」

 

 引き続ききょとんとしたまま一瞬の間を置いて、やがて彼女は笑いだした。

 

「あははは! もしかして、まだ疑ってるのかい? その協力者は実在するし、そいつも私も公安なんて関係ないよ」

 

 初めて顔を合わせた時に交わした会話をきちんと覚えているらしい。

 

 彼女が公安部の人間だという証拠は汀や風見のおかげで色々と集まっているが、こちら側では『バーボンが』糸口を掴まなければ意味がない。

 

「公安部がスコッチの存在を掴んでNOCと偽証し、それを手土産に本物のNOCを潜り込ませた。有り得ないことじゃないでしょう。あなたが組織に届けてくれたのは、ネガもない写真だけだったのですから」

 

 彼女はフッと嗤った。

 

「冗談はおよしよ。スコッチはNOC、それは確かだ。一緒に動いてて情でも移ったのかい?」

「さあ。頼りになる奴ではありました。簡単に尻尾を掴まれるような人間じゃなかったのは確かです」

「その信頼は情だろうよ。そんな奴を自分の手で殺ったのかい。まったく、凄まじい世界だ」

 

 ハッと彼女は嗤う。そして肩をすくめた。

 

「……そこまで疑うなら仕方ない。他にもデータをあげようじゃないか」

「ホォー……?」

 

 彼女は懐から勿体ぶるような大げさな仕草でメモリを取り出す。

 

「どこか──」

「端末くらい持ち歩いていますよ」

 

 僕は10インチのタブレットを手に示す。

 

「まだ紅梅さえ見ていないんです。期間限定の可憐な姿をゆっくり見て回ろうじゃありませんか」

 

 少し機嫌を悪くしたような表情をされる。知ったことじゃない。

 ただ、しぶしぶというのがよく分かる様子ではあれ、メモリは渡してくれた。

 ケーブルで繋ぎデータを開くと、大量の写真の他にもいくつか音声ファイルが目に留まる。

 

「これらの音声ファイルは?」

「……聞いてみな」

 

 彼女はニヤリと嗤った。

 僕はワイヤレスのイヤホンを装着し、再生する。

 

『……爆弾はふたつ。第一現場は諏訪グランドハイツ、第二現場は旭ハイランドスクエア。……松田の隊は第一現場、萩原の隊は第二現場に向かったそうだ。…………ああ、頼むよ。けど汀さんはくれぐれも無理をしないようにね』

「……スコッチの声、ですね」

 

 内心で息を詰まらせながらぽつりと呟く。

 これは四年前の爆弾事件で警察無線を傍受していたヒロが僕らと交わしていた通話の声だ。

 もし僕が、彼らと縁のない組織の幹部だったとしたら? ……背筋が、凍るようだ。

 

『……分かった! …………公捜から警視庁…………鳥矢町117事件マル被は二人との情報あり。複数犯を念頭に対処されたし、どうぞ』

 

 僕は瞑目する。

 こんなものを勝手に録音していたのはヒロの協力者なんだろう。声の明瞭さから、そばで補佐していた可能性が高い。あんなに前からこんなことをやっていたのか。

 怒りや呆れとともに──真逆の感情が生じる。

 

 僕は目を開け片方の口角を吊り上げた。

 これは嘲笑だ。だが目の前の彼女には『貴重な情報』を入手した彼女に舌を巻いたものだとでも映ったことだろう。

 こんなもの、無関係の人間が通りすがりに録音できたはずはない。それを、こんなにもあっさり渡してきた。

 

「『公捜』ね。成程。偽称の可能性は低いでしょうね」

 

 警察官でなければわざわざ警察無線に割り込む必要はない。近くの公衆電話あたりからタレ込めば済んだ話だ。ただし『公安からの情報』のほうが明らかに信憑性が増す。

 現場は驚いただろうが。

 

「ファイルは幾つかあるだろう? あんたは疑い深いみたいだから気が向いたら全部チェックしておくれよ」

「そうします。梅を鑑賞するついでに拝聴するとしましょう」

 

 そう言って僕は歩き出した。彼女も着いてくる。

 

『公捜から警視庁……杯戸町117事件について、中央噴水南街灯付近に不審人物を目視。人着(にんちゃく)は紺のハンチング、サングラス……』

 

 今度は先日の杯戸ショッピングモールの爆弾事件に関する音声なんだろう。あの時ヒロは無言ミュートだったが僕たちの通話を聞いていたのは知っている。そして現場を監視していたんだろう。おまけにまた無線で情報を上げている。管轄外なのに、潜入中なのに、恐らく使命感で。

 

 警視庁は四年前と同一犯である確信を持てていた。だからもし爆発すれば前回と同等かそれ以上の規模となる想定があった。それが二つ設置された。ならばもし咎められたとしてテロ同然と主張すれば公安が関わってもおかしくなかったかも、しれない、が……。

 

 ……彼は傍らの協力者が不安からか録音や撮影を行っていることも知らずに現場に助力したわけだ。

 協力者だった男はどう考えてもシャッター音が鳴らないよう改造したカメラを使っている。周到なことだ。

 ヒロは遊園地に来ているにしては不審な行動をとっている数人の人物を挙げて、一応の注意を頼んでいたようだった。

 

 117事件と言っているのは刑法117条の激発物破裂罪による。警察無線を件の事件で独占はできていなかったんだろうな。事件の多い都心だから仕方がないのかもしれない。

 こういう言葉を知っていてそして無線に参加するなんて、公安部の警察官以外は考えられない。

 

『至急、至急、公捜から米花1……大観覧車南西方向ベンチ、少なくとも十数分前より大観覧車だけを見上げていた男が立ち上がり、引き続き大観覧車を見上げながらその場に留まっている。人着は、目にかかる程度の黒い短髪、眼鏡、グレーのジャケット………………当該人物の確保を目視。ご苦労様です。どうぞ』

 

 ああ。

 彼も見つけていたんだ。

 その人物の服装を報告する彼の声に被るようにあの『確保!』という女性刑事の声が入っていた。

 

 正午に爆発するという予告は、犯人と警察官たちしか知らなかったはずの情報だ。その正午直前にその場で立ち上がり、大観覧車を見上げ続けていた。班長を始め刑事たちが避難を呼びかけていたにもかかわらず、だ。どう考えても怪しい。

 だが、ずっと注意を払っていなければ怪しさに気づけはしなかったのかもしれない。さすがと言っていいことだろう。

 

 彼の仕事に感心していると──。

 

 かなりの間を置いて、最後に。

 

『……香月(こうづき)、今日も見張りありがとう。なんとか事件は終わったみたいだ』

 

 はにかんだようなヒロの声が、聞こえた。

 僕は口角を上げる。

 

 カットするのを忘れたのか、入っているのに気づかなかったのか。

 ヒロの協力者の苗字が、はっきりと録音されていた。

 見張りということは立ち入り禁止の屋上にでも居たのかもしれない。

 

「……あなたの情報を信じましょう」

 

 僕はどうとも取れる言葉を告げる。

 

「そうしてくれるとありがたい」

「ですが、あなたのご友人には感心しません。口を慎むようお願いします。……事と次第によっては処分させていただきます」

 

 彼女は肩をすくめた。

 

「おお怖い。これでも大事な情報源なんだ。きつく言っておくから勘弁しておくれよ」

 

 僕は小さく鼻で笑うに留めた。不毛と分かっている忠告を繰り返す気はしない。

 

 しつこく色仕掛けを試みる彼女をいなして様々な梅をゆっくりと鑑賞し、昼食をと誘う彼女に先約があると断って、僕はヒロの待つマンションに向かった。彼女を巻くのも、他に追跡の目がないことも、重々確認しながら。

 

「……ふふふ。やってくれたものだね」

 

 そう言って微笑んだヒロの目は、とても冷たかった。

 写真以外にも何かデータを保持している可能性を挙げたのは彼だ。ひとまず疑う素振そぶりを徐々に強めて探っていこうということだったのに、もう有益な情報が得られてしまった。

 

「まずは……この最後の音声データと彼らの素性を、組織に報告、だね」

「ああ。それは任せてくれ」

 

 二人は公安部からのスパイだって、知らせてやろうじゃないか。

 

 その後についても改めて二人で詰めた。

 

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 僕が組織側にコンタクトを取ったのはこれまで同様ベルモットだ。

 深夜のドライブとなる。

 

「あの子について、何か分かったんですって?」

「ええ。まず、スコッチが警視庁公安部からのNOCだったのは確定しました。僕は深読みをし過ぎたようです」

 

 ふ、とベルモットが笑う。

 

「あの写真以上の証拠を掴んだってこと?」

「彼女は他にもデータを所持していたんです。隠していた理由は不明ですが」

 

 言いながら、僕はオーディオで例の音声データを再生する。

 

「スコッチの声ね。……待って。こうそう? 米花1……これは……っ、警察無線?」

「そうでしょうね」

 

 僕はくすりと笑いながら、道路脇に余裕のある所で車を止める。珍しく駐車禁止の標識はなく、そして今は車通りも人通りもほぼない。

 

「こうそうは恐らく、公安の捜査官だか捜査車両だか何かでしょう。そして警察無線で不審人物の報告をしている。こんなもの、公安警察でなければやるはずがありません」

「……そうね」

「そして、です」

 

 長らく、環境音だけが再生される。

 

「……」

 

 最後に聞こえてきた声に、ベルモットは瞑目してシートに深く背を預け、腕を組んだ。

 

「彼の声、随分クリアよね。この『こうづき』という人間が録音したのかしら?」

「気になるでしょう? その人物についてはきちんと調べてきましたよ」

 

 僕は『彼』の写真と、簡単なプロフィールのメモを彼女に差し出す。彼女はそれに黙って目を通した。

 

「この男だという証拠は? 公安部のデータベースにでも潜ったの?」

「そんな危ないことはしていませんよ。……まずは警視庁の警察官の名前を色々と調べたんです」

 

 ベルモットは目を開けて僕を見た。

 僕はつらつらともっともらしい『経路』を語る。

 

「正直居るとは思ってなかったんですけど、警務部の大物に『香月』っていう人間はいましてね」

「ふうん」

「ただ大物が公安警察に付き合って見張りなんてするはずはないですから、親族を探ってみたんですよ」

「……まさか……」

「そのまさかです。その甥に、そういう男がいたというわけです。警察学校に入校していますが辞め、IT企業に勤めているのはそこに書いてありますよね」

「……そうね。警察学校では射撃の成績が上々……でも何の関係が? 辞めたんでしょう?」

 

 ベルモットは少し眉間に皺を寄せていた。

 

「公安の警察官には公安が管理する協力者がついていることがあるんです。……スコッチはスナイパーとして活動していました。ライがスポッターをしていない時、果たして誰が彼のサポートをしていたんでしょうね? いないならいないで良かったとは思いますけど……この音声、ですよ」

「……そうね。スコッチの協力者がこの男である可能性は高いかもしれないわ。……でも、確実とは言えないんじゃない?」

 

 ベルモットの表情が分かりやすく訝し気になる。

 

「ふふ……香月という警察官の親族には他にも警察官がいたのですが、辞めたあと連絡がつかないようなんです」

 

 話が飛んだと感じたのかベルモットの表情はますます渋くなった。

 

「……また、辞めてるのね」

 

 一応の付き合いというように投げやりな声を返してくれる。

 僕は一枚の写真を彼女に渡す。

 

「それがその連絡がつかない人なんですが……似てると思いませんか?」

「一体だ……ちょっと、この子」

「ふふ」

 

 誰に? と聞こうとして気づいたようだ。

 

「どう見てもあの子ね。どういう繋がりなのよ……」

 

 ベルモットは額に手を当ててシートにもたれた。

 

「警察官が、警察を辞めた後消息が掴めなくなる……そういう人物の中には、公安警察になったために情報を隠された人間がいるようでしてね」

「……」

 

 ベルモットはまた、腕を組んだ。相変わらず表情が渋い。

 

「あなたまだあの子が公安部からのNOCだって言ってるの? ……それが何故同じ公安部の人間を組織に売るのよ。まだ情報屋をやり出して姿を消しただけって言われたほうが頷けるわ」

「さあ? そこは僕にも分かりません。辿って行ったらそういう結果に行きついたというだけですよ。情報はまだあるんです」

「まだあるの……」

 

 ベルモットの声に少々疲れがみえ始めた。

 

「本人たちを尾行してみたんです」

 

 僕は一枚の写真を彼女に手渡す。

 

「まずはスコッチの協力者と目した男性ですが、彼と話しているのは組織の人間でしょう? 幹部じゃありませんが」

「…………そうよ。名前のない子ね」

 

 更に一枚、写真を渡す。

 この蝙蝠(コウモリ)男性(こうづき)女性(いまい)が、二人で食事をしている様子だ。

 

「……連絡がつかないんじゃなかったかしら?」

「小さい頃から仲が良かったそうですよ。二人で居ることが多かったとか。彼女が公安の人間なら、愚かとしか言えないでしょうね。……まだありますよ」

 

 僕はにこりと笑って更に二枚。

 

「……これは?」

「彼女と話している人間を見てください。もう一つは週刊誌のものですけど、先日来日していたイングラム公国の姫君が映っているでしょう? 警護を固めているSPよりちょっと離れて見守っている数人は、PR-17を装着していることなどから公安警察だと言われています。同一人物がいるでしょう?」

 

 PR-17は無線用のイヤホンで、警官も使用することで知られている。

 ベルモットは小さくため息をついた。

 

「そして更に、です」

 

 ベルモットは不機嫌そうに受け取った。

 

「公安警察の駐車場です」

「……彼女と、さっきの公安らしき人間っぽい、わね……」

 

 ベルモットは大きなため息をついた。

 

「偶然がこんなに重なることは有り得ないわね。怪しいだけじゃ収まらないわ」

 

 これらの情報は僕だけでなく汀や風見もかき集めてくれたものだ。

 そして総合して『クロ』にできるとなるまで情報を整理し続けてくれたのはヒロだ。

 情報収集っていうのは、これくらい徹底的にやるものだろう?

 ……情報が集まれば集まる程げんなりした気分になっていったのは別として。

 

「……まったく。公安部は仲が悪いの? わけが分からないわ」

「さあ? 気になるなら直接本人に聞いてみてはいかがですか?」

「あの子は日本警察の情報でも売ってくれる気なのかしら? ……余計分からないわ」

 

 公安警察になるような人間にメリットがあるとは思えない。

 

「……あなたが聞いてくれたら早いんじゃない? アレ(・・)みたいに」

 

 彼女が何を言わんとしているか分かるのが既に嫌だ。

 

「冗談はやめてくださいよ。あれは任務を共にしていた人間がNOCだったなんて、腹立たしくてついやってしまっただけです。本来僕の領分じゃありませんし、とてもやれる気分じゃないですよ」

 

 ベルモットがじっとりと僕を見つめる。

 

つい(・・)、ね……」

 

 本当にやめてほしい。

 

「ああいうの、喜んでやれる人間が居るんじゃないですか?」

「…………そうね。そんなことする前に、あなたみたいに、捕まえる前に殺しちゃいそうな奴のほうがたくさんいるけど」

「裏切り者には制裁をもって答える。それが組織の方針でしょう?」

 

 にこりと微笑みかけると、ベルモットはまた大きなため息をついた。

 

「……もうNOCにはウンザリよ」

 

 殺させはしない。

 追い立てられる恐怖を植え付けた後に、規則の下で裁いてやる。

 

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 ベルモットはボスに報告したのか、幹部連中に直接情報を流したのか、翌日には情報が回っているようだった。

 名も顔もそう知られていない新参のためか、追跡には時間がかかっているようだ。

 ただ、目撃情報は数件上がっており、呼び止めて詰問した者もいたらしい。おかげで追われていることは自覚したようだ。逃げおおせたらしいのはさすがと言うべきか。ただそのほうがこちらとしても都合がいい。

 

 それらの情報も頭に入れつつ、僕も彼女を追う。

 目星をつけた数か所をあたった結果、とある廃工場で発見した。

 

「おや、こんなところでどうなさったんですか?」

「……!」

 

 にっこりと笑いかけるが彼女は大いに怯えた。しかし次の瞬間には怒りを顕わにする。

 

「どうしたんです? そんなに怖い顔をして」

「……あんたが私を売ったんだろう!」

「何のことですか?」

「昨日の今日じゃないか! あのデータを流したんだろう!」

「そりゃあ流しますよ。あれでスコッチは本当に公安部の人間だったって分かったんですから」

「……っ」

 

 彼女は何とも言えない表情をした。何事か思案しているようだった。

 

「……濡れ衣なんだよ……っ! きっとそのデータで誰かが早合点したんだ、あんたからも言ってやっておくれよ!」

「どうしてですか?」

「……え?」

 

 彼女は呆然とした。

 

「組織があなたを鼠だと判断した。あのデータが関係するかどうかはどうでもいいことです」

「……なんだって?」

 

 僕はにこりと笑いかける。

 

「疑わしきは罰せよ。裏切り者には制裁をもって答える。我々はそういう組織です」

 

 言って彼女に向かって歩き出し、懐に手を入れる。

 

「……待て、待ってくれ」

 

 彼女はじり、と後ずさりしながら制止を求めるように手のひらをこちらに向けた。引きつった笑顔を浮かべている。

 

「何でもする。あんたの手先にでも何でもなる。……夜の相手だって歓迎するよ、だから」

「あなた自分で言いましたよね?」

 

 にこりと笑って、愛用の銃を懐から取り出した。彼女が息を飲んだ。

 

「僕の目と耳はあなたのそれより上等、でしたっけ? 足手まといは使わない主義なんです」

 

 まだ構えてはいないからか、それとも竦んでいるのか、彼女はただじり、と小さく後ずさるのみ。

 

「それに」

 

 僕は少しずつ向きを変えながら歩を進め、彼女が逃げられる道筋を限定していく。

 すっと銃を構えると、彼女は肩を震わせた。

 

「あなた、僕のタイプじゃないんですよね……今井恭花、でしたっけ?」

 

 そう言って僕が走り出すと彼女は飛び上がって何事か叫び、逃走を始めた。

 僕は銃を懐に仕舞い、着かず離れずで追いかける。路地裏に追い込み、逃げる方向を絞らせながら。

 

「……飛田、彼女がそろそろ指定地点に差し掛かる。あとは指示の通りに」

『了解しました!』

 

 スマホの向こうで聞こえた風見の返答は威勢がいい。

 手筈通りに警視庁公安部だと明かして、彼女を『保護』してくれることだろう。

 連行される警視庁では、既に査問会の準備が整っている。香月も確保済みだ。

 監察官の選定も含め、風見は本当によくやってくれている。

 三日と言わず一週間くらいは御馳走してやりたいと思う。




/

転生者
 今回は裏方に終始した。
 不届き者がこれからどうなるかには実のところあまり興味がない。
 諸伏さんはどう思ってるのかな、と、それが一番気になっている。

降谷さん
 達成感などはあまりないが、しかるべき処分は下ることだろう。
 ひとまず飲もうか、と考える。
 綿引(わたびき)も交えて奮発した料理をつまめば賑やかになることだろう。
 そういえば綿引は飲める年なんだろうか?
 アイツは活躍の場がなかったことに拗ねそうだな。
 諸伏さんが生きてるため、この捏造世界の彼はライに対して比較的穏やか。
 ただもともと反りは合わないようだ。

諸伏さん
 カタはついたみたいだね。
 皆ありがとう。
 ひとまず安堵。
 ……これから、どうなるんだろうな。

綿引くん
 活躍の場がなくて内心拗ねたかもしれないけれど表には出さなかった。
 素直に打ち上げ(?)を楽しんで盛り上げる。

風見さん
 一番あちこち奔走した人。
 本当に一週間ほど奢られるわお弁当を渡されるわで喜ぶ。
 これからも着いて行きます、降谷さん!

ベルモット
 またNOCなんか出たらバーボンが怖いことするんじゃない?
 もう見たくないし知りたくないわ。
 彼女を『保護』した人間が警視庁公安部をはっきり名乗った?
 頭痛がするわ。あの子何がしたかったの?

組織の皆さん
 またバーボンがNOCを追い詰めたらしいぞ。
 けど今回は目の前で『保護』されてしまったらしい。
 あいつでも取り逃がすことはあるんだな……。
 今後バーボンにNOCと疑いをかける者は誰もいなくなる。

蝙蝠女性(今井(いまい)
 情報を流されたと思ってバーボンに怒り心頭。イケメンだからって許さない。
 掌を返すように内心で罵倒するが、まだ言いくるめられるかもしれないとなったらまた粉を掛け始めた強心臓。
 しかし銃を構えられて「タイプじゃない」とまで言われ、さすがに心が砕けた。
 追いかけっこは本気で怖かった。泣いた。
 査問会では叫び散らす様子も見られたとか。
「私のほうが上手くやれる! これまでで分かってるだろう!?」
 なんて言った時には、「これまで? 場末の薄汚い酒場で管を巻いているだけで良かったあれらですか? あんなの、彼なら周りに姿を晒すことなく終わらせたことでしょうね」とか冷ややかに上司に言われる。
 実はまだスコッチの生存は警戒のため伝えられておらず、協力者だった香月が『幹部の手で殺されたと聞いた』と供述した情報のみ。それを聞いた公安関係者が皆鬼の形相で立ち上がりかけたらしいので、公安部にはもう膿はないと思われる。
 彼女のよくわからない罵りや叫びは組織に対する何かと思われたが、支離滅裂な上に、全然組織の人間とは関われていないようで、たいした情報にならなかった。
 階級は下がるし島流し扱いの所に異動が命じられるし一定期間給金返上になるしで散々。
 ただし指示されていない潜入を試みた上に、問題組織の深くまで食い込んでいた捜査官を窮地に追いやったことは果てしなく重いので、追って確定した厳罰は更に重かったとかなんとか。多分懲戒免職の方がマシだった。
 もしかしたらいつか組織の人間に発見されるかもしれない。

蝙蝠男性(香月(こうづき)
 ただただ怯えている。
 しかし口を噤むことも偽ることもしなかった。
 諸伏さんがかなり年下だからという理由で勝手に不安がってそれが年々膨らんだ。
 蝙蝠女性から自分ならうまくやると言われてこれまで通り(・・・・・・)信じて従っていた。
 スコッチが殺されたと思ってからはビビって公安部への繋ぎをしていない。そこも糾弾されることになった。
 沙汰には粛々と従う。
 もちろん公安の協力者ではなくなった。

警務部の香月さん
 香月家次女の婿養子である模様。三女はシングルマザーらしく、甥(蝙蝠)を自分の息子のようにかわいがってくれた良い人ではあった。
 悪いことをしている気はなかった。
 ただただ甥と姪がかわいかっただけ。
 あの子たちは優秀だから当然だ、という気持ちでやった。
 他にも無自覚なパワハラがあったようで、監察官にとっちめられた。

警務部の香月さんの金魚の糞
 監察官が厳しく調査して洗い出す。
 上司を諫めなかったとして懲戒処分を受けた。
 蝙蝠女性の捜査一課への異動を公安に勝手に変更する指示にも唯々諾々と従ったらしい。

裏理事官
 今井の錯乱ぶりを聞いて、これは何かやったねえあの子たち、なんて内心でわらう。
 そろそろ定年なのであんまり問題を起こさないでくれたらいいなと思っている。
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