降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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24.転生者の失態。

 ……次に気になることは、です。

 

 ライがFBI捜査官だとバレるのは来年度中のはずです。何だか冬ってイメージがある。多分回想シーンでの服装とかのせいだと思うから、大きく外れてはいないと思う。

 

 私は一応降谷さんに探りをかけていました。

 

「『バーボンの犬』がどうしてるか聞かれたりしてないですか? ライなんて私の顔見てますけど」

「……まず君が何でそいつのことを知ってたかが知りたいんだけど」

「企業秘密ですよ。聞いちゃだめです。降谷さんだってご自身の情報源バラ撒いたりしないでしょう?」

「……」

 

 もちろん、私につよつよ情報網がある訳じゃなくて、前世知識なだけなのですけど。

 でも降谷さんのそのしかめっ面は何を意味してるのでしょうね……。

 

「ひとつ言えるのは、私に伝わることがあるくらいには要注意人物だということです。気を付けて下さいね」

「……言われなくとも。まあ、あいつが君について探ってきたことはないよ。任務遂行のためなら打ち合わせにないことを平気でするような迷惑な奴だけど、無駄な詮索をする奴じゃない」

 

 ……反りが合わないのが滲み出てますね。赤井さんについてじゃなかったら、わざわざ苦言までくっつけてなかったことでしょう。

 

「気になることもあるんです」

 

 本当は降谷さんと赤井さんが険悪になりかねない種を撒きたくはないんだけど、かといって私は他に策を持たない。人命第一。

 

「私の捜査対象さんのお姉さん、明美さんと仰るんですが、どうもライとお付き合いなさってるみたいなんですよね。宮野姉妹は望んで組織にいるわけではないようですから、できればお二人とも組織から遠ざけたいです。彼の動向にも目を付けていただけると助かる気がします」

「………………分かった」

 

 ……しかめっ面はさっきと変わらず。心なし、より眉間のシワが深まったような気がする。声も落ち着いておられましたが、その()はきっと動揺なのでしょう。

 幼馴染が敵対(はんざい)組織幹部の恋人になってりしたら当然なのかもしれない。

 

 こんなふうにお伝えしてたら、ライがNOCだったなんて話になったら教えてくださると思ったんです。

 

 なんてことをぼんやりと思い出す。

 

「僕は君を色んな意味で(・・・・・・)屈服させて従わせたことになってる訳だ」

「は、ははは……」

 

 組織絡みで降谷さんとの打ち合わせを行っています。

 

「僕と君を指名した仕事が来たということは、恐らく、どれだけ躾けられたか、どう有能だから生かしたのか、を……期待されてる(・・・・・・)

 

 ははは、疑われるどころか真逆なんだ……。

 

 バーボンは例のアレ(・・・・)以来組織から……特にジンに気に入られてしまったみたいです。きっと降谷さんご本人は不本意なことでしょう……実際今もげんなりしたご様子だ。

 

「だから僕たちはそれらしく(・・・・・・)ないといけない。分かってるな?」

「……詳しくないから得意ではないんですが、善処します……」

「……。そういえば経験なかったな。恋人は?」

「イタコトナイデスヨ、ソウイウノ調査シタンジャナインデスカ」

 

 思わず棒読みな感じになってしまう。ロミトラなんてことになったからには、背景をかなり調べられたんじゃないかと思うんだけど……。

 降谷さんが遠い目をした気がする。

 

「君が当時孤立してたことは調べがついてたけど、過去については、表沙汰になってないことは調べようがない」

「ソ、ソウデスネ……」

 

 降谷さんがふっと真剣な顔をした。

 

「あの時君は僕に……()堕ちて(・・・)なかったの?」

「……!」

 

 不意打ちすぎた。

 心臓が跳ね、頬が熱くなったのを自覚して私は慌てて自身を律する。

 

 ……彼が安室さんだと分かってからは、忘れなきゃと思った。つらくなるのが分かりきってたから。時間が次第に薄れさせてくれてたはずだった。せめて見ないフリくらいはできてたはずだった。

 

「……」

 

 降谷さんが顔を逸らした私の顎を指でつと引いた。

 

「……なんだ。少し安心したよ」

 

 ふっと笑った顔はどこか妖艶だった。

 

「急転直下でそれどころじゃなくなったんじゃないか、とは思ったけど……忘れられてたらそれはそれで淋しいし……もし万一あの頃から君が『演じて』たんなら……実はあちら側(・・・・)なんじゃないかって、疑わなきゃならないから」

 

 私は息を呑む。その口調に、「ああ、秋本さんだ」と思ってしまう。

 脈が上がってる。ああ、私は自分を御せもしないのか。

 

「……演技なんて、訓練する前はできませんでしたよ」

 

 降谷さんがあの頃の私に騙されてくれてたなら、それは嘘になってしまうけれど。

 私は心苦しさから表情が暗くなるのを、敢えて抑えずに利用する。

 

「じゃあ、あの頃俺に対して思ったことのままに動けばいい」

 

 それは、苦しい。

 

「……気が、狂いそう、です……」

 

 あの想いは抑えていなきゃいけないのに。

 秋本さんはもう──いや、最初から、いないのに。

 

「俺が捜査官で君は協力者なのは忘れるんだ。今の君は『ニニティエ』。『バーボンに不本意ながら身も心も強奪された工作員(エージェント)』だよ」

 

 それはまるで暗示のように。

 

「…………は、い……」

「違うよね? 君はライの前でどうだった?」

「……分かった」

「うん、そうだ……そして俺は『秋本』じゃない。俺は──僕は、安室透で、バーボンです」

「……っ!」

 

 ……それは。

 それを、そう上書きするわけには。

 

「……どうしました、ニニティエ。ほら、僕の名前を言ってごらん? 『秋本』は、本当は?」

「……あ、う……」

 

 忘れなきゃいけなかったことが、目を逸らしてきたことが、そのツケが、襲ってくる。

 

「ニニティエ、僕の名前を呼びなさい」

 

 ────……。

 

「…………もし……」

 

 もしも。

 

「私が、戻れなく(・・・・)なったら、その時は……」

 

 私が犯罪組織の幹部(・・・・・・・)に堕ちたりしたら。

 その、時は。

 

「降谷さんの手、で……」

「大丈夫だ」

 

 降谷さんが私を抱き締める。

 

「『ニニティエ』も『バーボン』も偽物だ。だから君は必ず帰す」

 

 ああ。

 あなたの言葉なら、信じられる。

 

「……ああ。あの人(・・・)はあなただった。バーボン」

 

「ええ。あなたは僕に奪われたんです。スコッチから」

「……スコッチ」

 

 湯日川(ゆいかわ)さんをイメージしてはいけない。あの人はウルフショートの金髪で、輪郭だって違うんだから。

 彼は、スコッチじゃない。スコッチはバーボンが既に消してしまった人だ。……私は、あの人が大好きだったのに。

 

「そう。黒い猫っ毛に、丸いくせに切れ長になった目をして、下顎にまばらな髭を生やしていたアイツです。……僕が殺しました」

「……。あの、屋上で」

「そうです。君はそうして、僕に囚われました」

「そして、あなたに、堕とされた」

「そう。そうです。……今は、君は、そういう人間だ」

「……もう『ニニティエ』はバーボンなしでは居られない」

「……いつか元通りに戻すから……今だけは君は僕に隷属する者、です」

 

 そう。この想いを溢れさせるのは、隠さなくていいのは、今だけだから。

 

「……憎らしい……だけど、どうしようもなく……今だけは」

 

 私は腕を彼の首に回して抱きしめ返す。

 

「そう。今だけは」

「…………あなたのことが、すき、な、人間」

「良くできました。そういう感覚でいいんですよ」

「承知しました。……努めます」

 

 そう。これはただの演技。仕事が終わればまた戻れるんです。

 

 ふわっと笑いかける降谷さんは、やっぱりどこか妖艶だった。

 

 これから臨むことになるのは、調子に乗った取引先の粛清、だそう。

 

 降谷さんは……こういうキツめの仕事も回ってくるようになってしまったみたい。

 

 とはいえ『スコッチの犬への所業(拷問)』に関しては『スコッチに今まで騙されていた』ことにハラワタが煮えくり返ってたからやれたことで、趣味じゃないから他では力不足、と言って避けられたみたい。

 けれど『信用に足る』側と見做されたせいで、『信用できない者』あるいは『邪魔な存在』の調査や粛清が回されるようになったとのこと。

 

 粛清に関しては見せしめの意味も込めて諸伏さんの時みたいな一斉送信からの追い込みになることはあっても、初動捜査は信用してないと任せられないからですね。

 

 組織での地位を高めることは身の安全には繋がる。……あくまで身の、だ。

 やりすぎたのかもしれない。

 

 今までに彼が手を染めた中で一番酷いものは例のマフィア掃討戦になるはず。

 まず潜入することの難易度が高いから、そのためにはどうしてもそこまでしなきゃならなかった。

 

 だけど懐に入り幹部に上り詰めてからはきっと、無用な違法行為は……特に殺生沙汰は避けてた。例えば原作中でミステリートレインで、シェリーを消す命令を避けようとしたように。……あれは志保さんだったからもあるでしょうが。

 それが組織に信用されない原因になりはしても、本来の彼は……彼だけでなくNOCの大半は『染まれない』。

 

 彼らが自身のその本職を選んだ(サガ)は基本的に善性だ。だから本能的にどうしても染まれないのが第一にある。

 そして、彼らが手を染める時はその本性を捻じ曲げなければならないわけで、下手をすれば演じるあまり本当に染まりかねない。そんな危険な任務なんだ。

 

 ……だから、スナイパーとして組織に腕を買われたにも関わらず最後まで信念を曲げずにいた諸伏さんは、とんでもなく強靭な意志の持ち主なんだと思う。

 ……何せ。あの時(・・・)の震える目元からして死を恐れてないわけじゃないのに、大切な人たちを守るためにはそれを選ぶことも辞さない程、心の強いかたですものね。

 

 だから……だから、きっと、いくら降谷さんもお強いとはいえ、内心かなりつらいはずだ。

 

 でも彼は不敵に笑ってた。

 

 粛清を装うことでNOCや一般人を逃がせる場合もある、って。

 

 だとしてもそれがバレればバーボンの身が危ういでしょうに。

 それに、赤井さんたちのFBIみたいに申請なく捜査してるような機関には、あんなふうに、思うところもあるでしょうに。

 

 それでもやっぱり彼は助けずにいられないのでしょう。

 

 ……逃した人たちが組織に見つからないことを祈ります。降谷さんも色々対策はしてるみたいだけど……。

 

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 ヒュウ、とその筋骨隆々な男性──アイリッシュは口笛を吹いた。

 

「百発百中かよ」

「躾けましたからね」

 

 バーボンがにこりと笑う。

 

 作中で幾度か目にしたことのある、組織の射撃シミュレーションルームにて。

 キャンティやコルンが楽しそうに競い合っていたあの場所だ。

 スナイパー用のものだけでなく他にも色々なプログラムが用意されてるみたい。

 

「……得物まで同じだったのには腹いっぱいだが」

 

 アイリッシュはげんなりした様子で目を泳がせていた。

 ……この様子なら多分、私がバーボンにメロメロ(?)な雰囲気は出せてるのでしょう。

 

 拳銃がお揃いなのは事実なんですけど、シミュに実物なんて出してない。ただこの施設に入る時に持ち物検査が行われました。アイリッシュはその時にどこかで見ていたのでしょうか。

 

「僕はこれの扱いしか知りませんからね」

 

 だから他の型じゃ教えられない、という理由が成立しはすると思います。何せH&KP7M8は色々とクセが強い。

 ただニューナンブM60の扱いもお手の物なので明らかな嘘です。多分それらの他だって難なく使いこなせるんじゃないかな……。

 

 そのニューナンブM60は日本警察以外扱ってないから、組織で動く時には不向きどころじゃない。だからって彼がP7M8なんて扱いの難しいものを使ってるのは、過去に他国の警察機構が採用してたからかもしれない。

 

「にしてはこの子猫チャン、でけえのもぶっ放すじゃねぇか」

 

 でけえのとはスナイパーライフルのことでしょう。

 

「彼女が誰の(・・)だったかもうお忘れですか?」

 

 アイリッシュはいかにも不味そうな顔をした。

 

「……本当に切れてる(・・・・)るんだろうな?」

「切れてるも何も、彼女は彼の所属を知らなかったそうですよ。おおかた、汚れ仕事を任せるためだけに雇っていたのでしょう」

 

 ハッ、とアイリッシュは嗤う。

 

「どうだか」

「でなければ、彼女は今ここにいませんよ」

「……」

 

 冷たい目を覗かせたバーボンにアイリッシュが息を呑んだ。……今のバーボンのイメージが如実に分かった気がした。

 

「で、まあ、腕はご覧の通りなんですが、その上彼女の弾は特別仕込みでして。万一急所を外したとしても、対象が助かることはないでしょう」

「……えげつねえな。用意周到なことだ」

 

 しかし毒か何かと思わせておいてその実、私が密かに床に落とすのは《 敵石化 》の魔土器です。私が『敵』と認識した相手に対して有効で、その効果時間は十分間。心肺停止と見せかけて本当に何もかもが停止するファンタジー。

 ただし、石化してる間に何らかの明確な『攻撃』を受けるとそれがどんな些細なものであれ即死するというリスク付き。けれど少しでも助けられる可能性が生まれるなら、マシなんだと思います。

 

 これが、消せと言われた対象を秘密裏に救出するための策の一つ。十分以内に死亡を確認してもらえる状況に限定されはするけど……。

 

「だがな、今回お前らに任すのはお綺麗な夜会だ。ちゃらちゃらお喋りしてりゃいいだけだ」

「それだけで済めばいいんですけどねぇ」

 

 クス、とバーボンは黒い微笑を浮かべた。

 

「おい、対象が複数とはいえできるだけ暴れるなよ。狙撃しやすい所に誘導するだけでいい。目立つな」

「分かっていますよ」 

 

 ……アイリッシュより先に、私が急所を外して撃たなければいけない。是が非でもそのための状況を作り出さないと。

 

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 その『夜会』というのは組織と懇意にして──いたはず(・・・・)だったとある企業の祝宴(仮)なのだそうです。それを隠れ蓑に裏で黒い取引が行われるらしい。

 表向きは新商品の好調とそれに携わった社員たちが昇進したことのお祝いになってる。それを親しい者だけでひっそり行なうというもの。私たちはそこに、懇意な会社(・・・・・)の縁者として招かれている。

 

 ピスコ(桝山氏)の経営する自動車メーカーの取引先らしいんだけど、裏で銃器密造に手を染めてるそうです。その主な販売先が組織だった(・・・)

 

 桝山氏と組織の関係だとか銃器の取り引き相手がこういう(・・・・)組織だとかは巧妙に隠してるみたいなんだけど、どうも何か、出し抜こうと妙な動きをし始めてるらしい。

 別の取り引き相手に情報を売ろうと嗅ぎまわってるとかなんとか……。怖いもの知らずというか、正体を知らないが故の愚行というか……。

 

 私たちが組織に命じられているのは磯崎社長、社長夫人、彼らの一人息子の暗殺です。今日の取引相手に対する示威だったり見せしめだったりで一家全員、というわけです……。

 

 アイリッシュは暴れるなって言ってたけど、とはいえ彼一人で三人狙撃しようっていうのは甘い気がする。多分だからこそ私たちも呼ばれてるんじゃないかな……。おかげで救出のチャンスがゼロではなくなってるわけだけど。

 

「桝山さんにこんなに素敵なお孫さんがいらしたとは」

 

 そう言ってニヤっと嫌な笑みを浮かべたのは磯崎社長です。現在私はピスコの血縁っぽく変装をしております。おかげでその点あっさり騙されてくれてるみたいではあるけど……。

 私はにこっと笑顔を浮かべつつ、一歩ほどバーボンに身を寄せた。彼は婚約者設定になってるそうですし、正常な反応としてはこうな気がする。

 

「祖父がお世話になっております」

 

 カーテシーをしてみせる。外国暮らしが長い設定になってるのと、富裕層の間で西洋っぽい社交界が存在してるらしいこの世界じゃ、こういう挨拶をするのも普通らしい。財閥解体されてないですしね。

 

「向こうで体調を崩してしまって、しばらく安静にしなければならないそうです。本人が顔を出せず申し訳ありません」

 

 海外にいるのは本当みたいだけど、体調を崩したというのは嘘だ。

 ピスコ自身が拳銃の腕もとんでもないから彼が手を下すことだってできるんだろうけど、ことを起こす予定のこの場にいるのは避けたいみたい。組織と桝山氏の繋がりを勘繰られてるらしい(実際繋がってるわけだけど……)のもあって、面倒だから遠ざかっておきたいとのこと。

 居合わせたのがもともと交友のあった彼ではなくこれまで面識のない親類(しかもおよそ荒事に無縁そうな見た目×2)、となると、何か起きても疑いなんてかけられないはず、とかなんとか。

 

「いやいや、会に美しい華を添えてくれて嬉しいよ。ゆっくり楽しんでくれたまえ」

 

 鷹揚に頷く磯崎社長が握手を求めてくる。一礼をするに留めたかったけれど差し出された手を引っ込めてはもらえなくて、仕方なく愛想笑いを浮かべながら応じる。……両手でしっかりと握られて鼻の下を伸ばされたけれど、バーボンがこほんと小さく咳をしたことで、彼をじとりと睨みつつ社長は手を離してくれた。

 

「君は……美鈴(みれい)ちゃんの婚約者だったかな」

「ええ。ついつい嫉妬してしまいました。若気の至りということでお許しを。……申し遅れました、秋本広志と申します」

 

 偽名にちゃん付けなんかしてくれる磯崎社長に顔の引きつる思いをしつつ、しかし絵にかいたような好色っぷりなので、不快だとかよりも面白くなってきてしまった。

 ……けれどバーボンの名刺(どうしてよりによってその名前なんですか!?)を受け取るなり、はん、なんて鼻で笑ったのには内心でむっとする。

 

「私立探偵、ねえ……」

 

 そんな態度されるような職業じゃないですし。っていうかばかにできる職業なんてそうあるんでしょうかね?

 

「とっても凄腕なんですよ。あちこち引っ張りだこだから、なかなか会えなくて。淋しいんです」

 

 にこにこそう言ってみる。

 

「おやおや。可哀そうに。そんな時は私に連絡しなさい。美味しいレストランにでも連れて行ってあげよう」

 

 なんて言って名刺を渡される。……はははは……そばに奥さんいらっしゃるんですけど……さっきから機嫌を損ねてるのが明白なんだけどなあ……。

 うーん……この場から逃げられたとして、大人しく隠れていてくださるような性格か不安ですね……。

 

「さて、他にもご挨拶をしなければいけないかたがたくさんいらっしゃいますので、そろそろ失礼させていただきます」

 

 にこにこしつつ優雅に私の手を取る安室さんはとっても様になっている。それを引き続き見下した目で見る磯崎社長でありました……。

 

 その後バーボンが言った通りに、アイリッシュから伝え聞いてもいる幾人かの人物に挨拶をして回りました。

 ……中には磯崎社長ほどとまでいかないけれど、似たような態度をくれる人もちらほら。そんなに極端な美人さんに仕上げてるわけじゃないと思うんだけどなあ……それに、バーボンのほうがよほど美人だと思うのだけど。ああ、私の変装の外見にというより桝山氏に取り入りたいのかもしれませんね。

 

 そのうちに磯崎氏の息子さんがバーボンに商談らしきものを持ちかけ始めた。

 

「ああ、すみません。僕は経営に関わってないんです」

 

 バーボンのことだからそれらしき話なんていくらでもできるんでしょうけど、実在の大手企業に関して彼の独断を噛ませる気がないんだと思う。

 

「ははは。美鈴さんの未来の旦那さんなら、今のうちに勉強しておくべきなんじゃないか?」

「いえいえ。会社はきっと社内の優秀なかたがお継ぎになりますから」

 

 多分それこそ真実でしょうし、下手な深入りは無用な気はします。

 

「ねえ美鈴さん、あんな話を聞いていても退屈だわ。私たちはもっと楽しいことをしましょう。宝石なんかがたくさんあるから、お菓子でも食べながら見ていって頂戴な。気に入ったものがあれば融通してあげてもいいわ」

 

 磯崎夫人がにこにこと私に仰います。

 ……さっきについてはどうみても磯崎社長が悪いとはいえ、こちらにも不機嫌そうな視線をびしばし送ってくれていたのに。

 

 なんだか嫌な予感がします。二人してバーボンと私を引き離そうとしてる気がする。

 

 ただ……これは断りづらい。目上(多分)の人に対して興味がないなんて言えば普通は失礼になるだろうし、アイリッシュにも、夫人もターゲットなんだから絶好の機会だろうにと不審がられるだろう。

 それに私が暗殺のフリをする機会でもあるから、ここは素直に応じておいたほうがよさそうだ。

 

「まあ! ぜひよろしくお願いいたします」

 

 私は目を輝かせて頷きました。

 バーボンが心配そうな目で見てたけど、私はにこっと笑って返しました。

 

 しかしお菓子かあ。ビュッフェ形式で不特定多数が口にする料理はともかく、私個人に供されるモノにはあまり手をつけたくない。

 楽しいことというのを始める前にお仕事を済ませられたらと思います。

 

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「あの、秋本さん?」

 

 磯崎の妻に呼ばれ、バーボンはそちらを振り返った。

 

「ごめんなさいね。美鈴さんにお勧めしたお菓子、ちょっとお酒がきつかったみたいで、」

 

 ……嵌められたのだろうか。彼女は酒にはめっぽう強い。だからそんなものでダウンしたりしないことを彼はよく知っている。

 

 彼女が手を汚さずに済むかもしれない、と思ってしまって内心彼は自嘲した。ここはミスに呆れる所だろうに。

 

「今は休憩に用意していたお部屋で休んでもらっているのだけれど、あなたには伝えておかなければと思って」

 

 心底申し訳なさそうに見えるが、彼にとっては白々しい限りだった。

 

「おや。彼女はお酒には強いのですけどね。ただこういう場は慣れないそうですし、疲れが影響したのかもしれません」

 

 枡山氏の孫娘が今まで社交界に出なかったのは海外にいたから、という設定でもあるために、バーボンはしれっとそんなことを言っておく。

 

「お見舞にいらっしゃるならご案内致しますわ」

「……そうですね。よろしくお願いします」

 

 彼はにこりと微笑んだ。

 

 夫人のあとに続いて会場を出る。

 ……祝宴の休憩用にというにはいささか遠いようだ。確実に何かあるだろう。

 

 案内された部屋に入るがそこに彼女はいなかった。どころか誰もいない。

 

「……美鈴はどこですか?」

 

 夫人は無言のまま、振り向かなかった。

 

 バーボンは不穏な気配を察知し身を翻す。

 そのあとを何かが空を裂いて飛んでいった。

 針、だ。

 

「これはこれは。どういうおつもりですか」

 

 夫人の背中に嫌味たっぷりに声をかけると、彼女は振り返るも小さく首を傾げてみせる。

 

「どうかされましたか? 美鈴さんは……」

 

 白々しくはぐらかそうとしたと思われる彼女との距離を詰めると、彼はその利き手を軽くねじり上げる。

 

「きゃああ! い、痛い、痛いっ、離しなさい!」

「……どの口が何を仰るやら。これは一体何ですか? 何かのスイッチのようですが?」

「……っ、この部屋の照明よ!」

「へええ。では押しても危なくないですよね」

 

 先程飛来したものの軌道上に彼女を立たせてにこりと彼は笑った。

 

「ひ……」

 

 彼女の口からこぼれかけた悲鳴はぷつりと切れた。

 

(……麻酔針か何かか……なんて効きの早い)

 

 命を奪うようなものではなかったらしい。しかし物騒なことに変わりはない。

 部屋にあったベッドに彼女を横たえて、彼は顔をしかめた。

 

(……何をする気だったやら。けど、なら彼女は……)

 

『よう』

 

 目に入っても補聴器のように見える小型のインカムからアイリッシュの声がした。

 マイクはネクタイピンに仕込んである。

 

『子猫チャン、なかなかいいチャンスを作ってくれるじゃねえか。そのうちあのエロジジイ、完全に悦に入るだろうよ』

 

 バーボンは青筋の浮く思いがする。やはりか。

 同じようにされたなら、彼女が針に気づけなくても無理はなかったかもしれない。機械に意思はないからだ。

 

『お前に恨まれたくねえから前もって聞く。こっちからは背後だ。撃つなら子猫チャンごとになる可能性がある。まあ仕方ねえだろ?』

「どの部屋か教えてください」

 

 アイリッシュの溜息が聞こえた。

 

『……まあいいけどよ。さっき連れ立ってたようだが、ババアは始末したか?』

「……ええ。もちろん」

『じゃあ、お前が磯崎をやったら爆弾仕掛けたって会場に教える。混乱に乗じて息子は俺が撃つ』

「分かりました」

 

 こうなれば、救出は難しい。

 命を秤にかける真似をして自身の手を汚す。

 いったいこの手はどれほどの血に塗れているだろう。

 

 彼は愛銃にサプレッサーを装着した。

 

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「ごめんなさい……! ごめ……なさ……!」

 

 会場から逃れアイリッシュと合流したのち、目を覚ました彼女は状況を知るなり泣きながらバーボンに怯えはじめた。

 

 その演技を無駄にしないよう彼は彼女の首を軽く締める。ルームミラー越しには思い切り締め上げているような雰囲気に見えるだろう。彼女もそれらしき反応をしてみせる。

 

「君を生かしたのは僕の手駒が少ないからです。でも、おめおめ捕まるようではそのうち処分することになりそうですね」

「……おお怖。そういうのは他所でやれ。そんなもん横で聞いてる趣味はねえ」

 

 車を運転するアイリッシュがげんなりした声をあげた。

 

「これは失礼」

 

 にこにこと笑って手を話すと、彼女は必死に呼吸しながら後部座席の端の端まで思い切り距離をとって縮こまってみせた。

 

「……しかし、結果だけ見りゃ目的達成だが、目立つなって言っただろうが」

「別に目立ってませんよ。爆弾騒ぎに比べれば僕たちが彼らに呼び出されてたことなんて、記憶にも残らないでしょう」

 

 アイリッシュは溜め息をついた。

 

 そののち、バーボンが自らの手を汚したことと、彼女が完全に彼に屈服しているであろうことをアイリッシュから聞いたジンは、毎度ながら満足そうにニヤリと笑っていたらしい。

 

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 彼女がひどく落ち込んでいる点は演技ではなかった。それが分かっているから彼は彼女の家まで付き添う。

 部屋に入るなり彼女は彼の腕に飛び込んできた。 

 

「……ごめんなさい。私のせいで……っ」

「君がいなかったら、そもそも助けられる可能性がなかった」

「……っ」

 

 息を詰まらせた様子の彼女を、彼は軽く抱きしめ返す。

 

「やはり君にはこんな役回りをさせたくないな」

 

 しかしそれを聞いた彼女はばっと顔を上げた。

 

「それは……っ、今までは、きちんとこなせたんです」

「……過去なにかしていたとして、今後もやっていくべきなんてことにはならないよ」

 

 しかし彼女は自嘲するような苦い微笑みで応えた。

 

「私はここにいる(・・・・・)ことで生きられているんです。もし悪い凶器(・・・・)になってしまうようなら、存在するべきじゃありません」

「……」

 

 彼は表情を歪めた。

 そういう考えかたを彼は好かない。彼女は彼にとって大切な仲間であり友人だ。だからそんなことを言わせたくない。しかし……。

 

「手を汚すことに対して、この国のためになんだってするという、懲役の終身刑が課されている状態です。……そう考えていなければ、」

 

 彼女は眉を下げて笑った。

 

「まっとうに生きさせてもらってることが罪に見えてしまいます」

 

 ならば、その能力(ちから)なんて持ち合わせない者が、その心根についてとやかく言ってはいけないのかもしれなかった。

 そう思うことでしか、『普通』を享受できないと言うなら、今は……。

 

 彼女は、だから、と続けた。

 

「私が手を汚すことに対しては使命だからっていう理由をつけられます。だけど、」

 

 彼女は苦しげに表情を歪めた。

 

「あなたが、本当は真逆で正義の心を持つあなたが……手を汚すのは、できる限り避けていてほしいんです」

「……」

「そのためだったらなんだってしますから、私にもっと任せて下さい。お願いします……もう失敗しません! だから、だから……っ!」

 

 降谷はふっと笑った。

 

「こんな所に潜入してる時点で僕だって覚悟を決めてるんだ。甘く見るな」

「……っ」

 

 彼女は俯いた。

 

 彼女のこの様子には、ともすれば呆れるかげんなりする場面だ。けれど彼の心象は労しさだった。

 

(……絆されすぎているかもしれない、けど)

 

 彼がそうしたくなるくらいには、彼らは彼女に助けられている。

 

「……だって、きっと私があんなビデオを組織に提出しようなんて提案していなければ……そもそも、ライの前に姿をさらしていなければ、あなたがここまで組織の黒い部分に踏み込むことはなかったはずです……っ」

(……多分実際、原作の降谷さんは、幹部に疑われようと敢えてその位置で留まっていたんだと思う。警察官だからこそ)

 

 彼は小さく息をついた。

 

「だからこそ組織の情報をより掴めてる。そろそろ『あの方』に繋いでもらえそうだ」

「……!」

「どんな切っ掛けだろうとここまで来れてるのは僥倖だ。君は反省を生かすべきとは思うけど、そういう悔やみかたは違う」

 

 彼女は更に眉を下げた。

 

「僕は潜入捜査官だ。それは誇りだ。だから、君が僕に黒いことを回避させたいんだとしてもそれには応えられない。……君のことだからどうせ、僕の精神を心配して言ってるんだろうけど」

 

 降谷は硬く真面目な表情を浮かべる。

 

「それこそそんな甘さじゃいられない」

 

 そしてふっと笑う。

 

「前に言っただろう? 『俺はそんなに弱くない』」

「……っ」

 

 彼女はまたも息を詰まらせる。

 

「……あの頃のあなたを持ち出すのは、ずるいですよ……」

「あの頃に言ったことだろうと真実だからね」

 

 にこりと笑っている彼に彼女は困ったような顔をする。

 

「……けれど、そうだな。これが、覚悟を侮られた気がする感覚か」

「……っ、すみません……」

「まったく」

 

 彼はわしわしと彼女の頭を撫でた。

 

「……任せられないと思ったら即外すけど、組織に顔を出させたのは、『もう少し任せよう』と思ったからなんだけど?」

「……!」

「君にしかできないことだってあるしね」

 

 同様のことができるとしたら仮死状態になる薬だが、普通はなかなか手に入らないし致死量との境目が難しい。

 

「『覚悟を軽いものにしないで』っていうのは、お互い様だ」

 

 彼女は真剣な顔になる。

 

「……はい。すみませんでした」

「よろしい」

 

 彼は再び彼女の頭を撫でた。

 

----------------------------------- side:Reincarnator

 

 私は本当に甘過ぎた。

 

 どれだけ身構えていたところで現実はそれを超えてくるものです。無機質な機械による作業じゃないからこそイレギュラーの幅も大きいし、自分が想定できる範囲なんてたかが知れすぎている。

 

 機械仕掛けの麻酔針なんて、撃ち手が別方向に居たなら尚更、察知できるのは化け物じみた勘の持ち主だけではありましょう。

 だとしても『私は』敗けてはいけなかった。

 何せ私には《 サイトロ 》という『間取り・罠可視化』の(すべ)があったのです。けれど私は磯崎一家を『助けるべき無害な(・・・)一般人』と見誤っていたために用心を怠ってしまった。

 絵にかいたような好色なんて揶揄して気を抜いてる場合では、全然なかったのに。

 

 そして。

 

 今まで、組織絡みでこちらに降谷さんが協力を求めてくれた中に、人命に係わるような重大事が殆どなかったことから、彼がそういう瀬戸際にいるわけじゃないんだろうって、私は勘違いをしてしまっていたわけです。

 諸伏さんの件の前後で、もっと協力者に協力させてほしいと言った私たちに、降谷さんは頷いてくれました。だからってただちに移行できることでもなかったでしょうに。その後回されなかったからと、無いんじゃないかって楽観してはいけなかったんだ。

 

『チートは極力使わない』という方針を、少し改めようと思います。

 いかに私自身に関して前世よりもハイスペックなのは自覚するところとはいえ、それはあくまで表の世界で通用することに関してです。

 

 この裏社会じゃ実力以上を常に発揮してなければ潰される。

 魔土器や魔石は、使えるものは常に使っておくくらいの意気で参ります。

 あまりにも目立つもの、はさすがに控えますが……。




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転生者
 降谷さんと人格形成の問答をやりながらこれは演技、演技、と言い聞かせてるつもりでできてない。過去の想いに引き摺られる。
『ニニティエ』は綿引君の『ににちゃん』呼びと、最近彼女が愛用してるブランドから降谷さんが思いついたもの。酒類の名は付けないという意志表示かもしれない。
 イヤラシイオジサンについては未遂だから心配しないでね。
敵石化 》の効果時間に関してはローカルタイムに対するエオルゼアタイムの倍数になっております。ゲームではプレイヤーの危機回避や行軍を早めるためなどに使われます。ワンフロアまるまる敵が石化し、どんな弱いダメージだろうと与えれば一撃で倒せます。
 対して、銃のチャージタイム(詠唱時間)は現実時間に即してるので、まるっきりご都合主義ですね(遠い目)。
 甘く見ないでほしいと言いながら自身こそ彼に対して勝手な気を回していたのだと反省する。
 ある程度の制限解除を決意する。
 チート加速。

降谷さん
 君が時々、『ゼロさん』じゃなくて『降谷さん』とこぼすように呼ぶのは、『ゼロ』呼びは親しい者の呼びかたかと言っていた通り、気を許してないからだろう。多分内心ではずっと『降谷さん』、警戒してない証として表面上『ゼロさん』と呼んでる。
 という想定は正解。
『降谷さん』と呼ぶ内心については、『秋本広志』ではないのだから愛称で呼ぶほど気安く接しない、という壁だと仮定していて、そうでないなら単に気弱のためか、下手をすれば敵の疑いも出てきてしまう。
 正解は、転生者が彼らを雲の上の存在だと思ってるから()。
 恋慕の情が分からないと言うなら、仕事のためなので過去を抉ってでも掴ませようとしたが、何だか溜飲が下りた気分になってこれが独占欲かと自嘲する。
 果たしてそれだけでしょうかね(すっとぼけ)。
 転生者が暗示にかかったような様子にまでなったのには少し驚く。これが弄ぶということか、と少し罪悪感。でも仕事なので利用する。
 彼女も仕事については割り切れる人間だからな(過剰な信用)。
 転生者が罠に嵌まったのには。甘いって失望したりする場面だろうにと自嘲する。
 これでも彼女を現場に出す判断を撤回しなかったのは、それこそ彼女に甘いということかもしれない。
 ただまずいと判断するに至る場合は今度こそ現場から遠ざけると改めて思う。今回のこの様子は有無を言わせない材料になるだろう。
 ……ヒロには今回何があったかなんて話さないぞ。守秘義務だ。
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