「変装の必要、あったか?」
アイリッシュは怪訝そうにぽつりと言った。
「え……ああ、いえ、違います。毎回違う人相に仕上げてなければお仕置き、というルールなだけですよ」
にこっと笑ったバーボンのそれを耳にした私はビクッと一瞬だけ身を強張らせておく。
「……外出の度それかよ」
アイリッシュの声音にはげんなりしたものが滲んだ。けれど更にそれを助長させる『設定』を、バーボンは追術していく。
「彼女を外に出すのは必要がある時だけですからね。ついでにそういう
「……まあ、失くすにゃ惜しい技術じゃあるだろうがよ……」
アイリッシュは彼の言に丸切りは同意しかねるらしい微妙な表情をしていた。バーボンはやれやれといったふうに肩をすくめる。
「あなたは
「……チッ。柄じゃねえんだが」
「いえいえ、最高の適役でしょう。あなたほど腕も頭もよく働く人は、そういませんよ」
「……お前におだてられても嫌な予感しかしねえ」
「嫌ですねえ、本心ですよ。……だからこそ、面倒な流れになろうと、彼女の変装の本当の理由をお伝えしたんですから」
「っ」
といっても最初から全部、予め口裏を合わせてる嘘八百でしかないのですけどね。けれどどこかで納得してくれたのかアイリッシュは息を呑んだ。
きっと、筋を通そうとする姿勢については彼の好むところなんだと思います。……実際の行動自体がいくらおかしく見えていてもね(遠い目)。『お仕置き』って言葉がどこか耽美な想像を掻き立てるだろうことはむしろこちらが仕向けてるものではあるし……。
「はぐらかした方が話は早かったことくらい、お分かりでしょう?」
「……まあ……」
主張が破綻してるとは言えないから渋々話を聞いてくれているだけ、という様子です。
「何せほら、先日彼女が失敗しちゃったものですから、」
私は身を竦めつつ顔色を悪く見せておく。
「こちらとしても挽回しておきたいわけなんです」
「……別に失敗扱いされてないみたいだぞ。じゃなきゃ今子猫チャンの首と胴は繋がってねえだろ」
「……それじゃだめなんですよ。彼女は、『囮』くらいしかできないんじゃ、だめなんです」
すっとバーボンから笑顔が消えた。ただただ、『無』表情だ。
「……でなければ、
ぴくり、とアイリッシュが反応した気がした。
「前にも言いましたが、僕の手駒は少ない……いえ、見栄を張るのも止しましょう。彼女しかいないんです。この手で裏切り者から強奪した彼女以外は、かすかな情報網だけです。だからここで失うわけはいかないんです」
だから、と続けるバーボンに、アイリッシュは真剣な目を向けた。
「しっかり見定めてください。彼女、見た目ほどヤワじゃありませんから」
「……オーケー」
つい先程までいかにも嫌々そうだったアイリッシュが、しっかり重心を落として私と対峙してくれたのは──バーボンから、ピスコに拾ってもらった日陰者、という自身の過去を刺激されたからなのでしょうか。更にバーボンは自身も日陰者だと言って同類と感じさせようとしてる。
……出会った頃に彼が演じていた『裏社会に片足突っ込んでそうな彼』を思う。『安室透』は、そこから繋がってないわけではないみたい。
だからこれらは、虚言ではあれど確かに積み重ねられてきたものでは、あるのでしょう。
そして。
始まりはアイリッシュの何とも様になった無言の指クイーだった。かといって挑発とかではなく、まずは打ち込んでこいという単なる指示に思えた。
けれどただ単純なる一発で済むとは限りません。私は彼の反応を警戒しつつ右の拳を打ち出す。全力をのせはしないけど、常人は受け止めれはしない、とは思う。
それを絡めとられて云々とはならず、ただ静かに受け流された。
「逆は」
ぽつりと言われて素直に左を繰り出す。
「……左右のバランスは悪くねえ。利き手がどっちかこれだけだと判別できねえくらいではある。なるほどな」
淡々と評される。
「次足」
言われて右で、次に左で……と、段々オーダーが複雑になっていき、次第に、組手や何かというには多少物騒な威力を持つ応酬になっていきました。
……このかた、捜査一課の皆さんサクっと
だけど内に沸いてきたのは、その記憶に対する戦慄とかじゃなく、何だか熱い何かだった。
「打つことに関しちゃ型なんてねえ喧嘩技だが、体術に関しちゃ色々混ざってるとはいえ『武術』だな。かといって型に囚われてる訳でもねえ……筋力ねえ分、どう力を発生させりゃ一番効果的かをきちんと自分で測れてるようだな」
私自身は無意識にやってることだから言葉にされてもよくわからない。
「はっ!
笑った。多分彼は心から、笑った。そして楽しそうな声だとも思った。だから多分私も楽しくなった。
けれど。
互いに隙がなくなったためにじりじりと睨み合ってそして。
どちらからともなく踏み込んだその一瞬のことでした。
ぱあんと、空気が弾けた。気付けば私とアイリッシュの間には降谷さんがいた。彼が二つの軌道を一人で静かに停止させてしまってる。
「……おい」
「殺す気でしたね?」
「……は」
「残念なことにまだ、あなたの本気の一撃に耐えられるほどじゃあないんです。そうでなければ不合格、というなら別ですが」
「……」
アイリッシュは腕を引っ込め、そして自身の拳を見つめながら握ったり開いたりした。
私も構えを解いて数歩後退する。
どっと汗が吹き出した。呼吸も荒くなってしまっている。私はひとまずそれを落ち着かせるのに努めた。
「……ハッ」
また、アイリッシュが笑った。
ただ、今は短く留まらなかった。思わずこぼれていくようだったのが次第に大きくなっていった。
それは可笑しそうなのではなく、満足そうなものに思えた。
「ハッハッハッハァ! ああ、認めてやるよ、子猫チャンは木偶の坊じゃあないらしい。思わず本気で潰す気になってたなんて、そうねえよ」
無意識にだぞ? そんだけ周りも状況も仕事も忘れてたってことだ。
そう呟くように言って彼はクククとまた笑い始めた。
「それは良かったです」
私に背を向ける状態でアイリッシュの間に立つ降谷さんは、きっとにこにこしてるんじゃないかと思います。
「……てめえもてめえだ」
すっとアイリッシュの表情が消えてしまった。
「はい?」
降谷さんが小さく首をかしげている。
「あんなやり合いに平然と割って入るなんて、並じゃできねえ」
「……フフッ。僕もそれなりに鍛えてはいますからね。そうでないと今時、生き残れませんから」
「意識の高いことで。まあ、悪いことじゃねえ」
「フフ。ありがとうございます」
そんなこんなで、『ニニティエ』は生存を許されたようでした。
そして当然、組織での仕事が増えていくことになりました。
私はアイリッシュに何か気に入られたのか、彼はもちろんのこと、彼と仲のいい(?)組織の人々としばしば手合わせするようにもなりました。
アイリッシュは毎回バーボンに許可を取る。律儀な人ですね。まあ、そうしないと私とのコンタクトは取れないんですけど。
始め降谷さんはいい顔をしなかった。でも。
「普段接しないかたがたとの鍛錬は色々発見があって良いです。……たまに何やらきな臭い情報も集められますし」
というわけで彼は渋々納得してくれました。
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今はいよいよ原作二年前、なわけです。
シンドラー氏とヒロキ君が険悪になる様子はなく、更には実父の樫村さんとも仲良く連絡をとるようになったのだそうです。
このまま何事もなければいいな。
そして例に漏れず樫村さんもプロジェクトに巻き込まれたようです。
いったいどんなものが出来るのでしょう……。メンツが恐ろしすぎます。
キャラクターに関しては、このメンバーの中で形にできそうなのが私の絵だったから今のとこ2Dなのですが、そのうち3Dとかになるのでしょうか……?
さすがにVRに我々が手を出すことにはならないといいなあ。私は原案担当みたいなものだけど、ちょっと想像が追いつかない。
ただ、絵に関しては今後明美さんに描いていただくのもアリな気がしています。今も背景や小物で大活躍です。
彼女は絵本の世界みたいな可愛くて優しい絵をお描きになります。
あの雰囲気から物語を浮かべるとしたら……というのにもワクワクしてたりします。
音楽に関しては起動画面でテーマ曲を流すのですが、ボーカルが淡く聞こえるくらいの楽器メインなもので、里崎さんが大活躍です。
彼女にフィールドやシーンのBGMまで作っていただくのは作業量がヤバすぎると思ったのですが、DAWそのものや音源の中に素材もたくさんあるしなんとかなりますと張り切っておられました。スゴイ。別にBGM素材集とか買ってもいいんですよ?! SEはそうしますねってにっこりされました。ひえ。
作曲AI任せにするのも何となく嫌みたいで、使うにしても素材にだけと仰ってました。意識の強さを感じます。
ご無理なさらずと言ったらあなたの作業量こそですよって言われました。私もAI作画I任せは何となく嫌なのできっとしょうがないです。
歩行グラフィックってdot絵じゃなくてpng画像でやれちゃうんですね。うまくちょこまか動かせたら嬉しくなっちゃってやる気もだだ上がりです。
こうして皆、本業の傍ら少しずつ進めております。
ヒロキ君たちはきっとコクーンやノアズ・アークを作っておられるんだろうな。彼にも会えたら良いな。
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降谷さんと同期の皆さんに鍛錬にお付き合いしていただく日々も続いております。
しかし私はやはりどうも筋肉がつきにくい体質のようです。悲しい。
パワーを出せない分素早さを鍛えます。
ゴリラは諦めてないですけどね!
元降谷さんの
諸伏さんは数カ月外に出れず、その間は降谷さんや風見さんに書類を回してもらったり、安室さんの相談に乗ったりなさってるみたいでした。
でも変装するのに慣れてきたからって私の護衛(監視?)を再開なさったらしいのは何故ですか??? 危なすぎませんか!?
……なんて言ってもやめては下さらないのです。諸伏さんも頑固です……。
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護衛兼監視の諸伏は、主に遠方からスコープで覗いているらしかった。彼の生活状況を心配する櫛森は、時折彼に夕飯をともにと呼びかけることにしている。
大好きな酒にはめっぽう強い櫛森が、マスターの勧めで出された泡盛を大いに気に入り、加減も分からぬ初見にも関わらず調子に乗ってたくさん飲んだため、珍しく酔っぱらっていた。
といっても管を巻くようなことはなく、ふわふわにこにこしているだけだった。そのせいでか、彼女がいつもより酔っていることに誰も気づけていなかった。恐らく本人も。
さあ帰ろうとなると、足取りがたいそう怪しいことになっていた。
必然、諸伏は彼女を部屋に送り届けることになる。
「……ふは~、すみませ~ん……」
間延びした口調で謝り続ける彼女に諸伏はくすくすと笑っていた。
腕を引くか、肩を貸すかしていなければ危なっかしい。
けれどそうして触れているのは諸伏にとって気が気ではない事態ではあった。
「ああほら、そこ段差です。気を付けてください」
「……あぁ、……ふぅー……ありがとうございます」
外出時変装必須の諸伏が演じる『
しかし危うい様子の櫛森に一喜一憂させられ、思わず素のままで接しかけること多々。
色んな意味で諸伏はヒヤヒヤしっ放しだった。
カードキーもまともに扱えない様子に、本当に珍しいと彼は少し驚く。泡盛恐るべし。……その他にもいつものように色々飲んでいたのもまずかったのかもしれない。ちゃんぽんしすぎだ。
彼は彼女の手からすっとカードキーを抜き取って普通に解錠する。
「もう、美味しいからってぱかぱか飲んではいけませんよ」
「……ぱかぱか……ふふふ」
ただの擬音語ですらこれなら、きっと今は箸が落ちても笑うに違いない。彼女は笑い上戸寄りになるのだろう。
オートロックで閉まった扉にきちんとチェーンをかける。
ふう、と小さくため息をつきながら彼女は靴を脱ごうとして、そしてよろけた。
諸伏は思わず腕を引いて抱きとめる。
「……っ! ご、めんなさ、いー……」
すぐに離れようとした彼女だがどうもうまくいかないらしい。本当に酔いすぎだ。
「……」
諸伏は少しの間そのままじっと固まってしまう。
そしてやがて、彼女を包む腕を少し狭める。
「……んー……」
状況が分かっていなさそうな櫛森がなんとか一人で立とうとして困っていそうなのを読み取る。
彼はこのまま離したくないと思ってしまった。
「……むー……」
しばし一人でなにやら頑張っている彼女だったが、諸伏が抱きしめているため無駄な努力でしかない。
やがて彼は大きな大きなため息をついた。
靴をきちんと脱がせ自分のも脱ぎ、ひょいっと彼女を抱えて室内を進む。
ひとまずリビングで目に入ったソファに座らせ、水を注いできて飲ませる。浄水器の備わったキッチンは便利で良いなと彼は改めて思った。こんなことで思いたくなかった。
しかしこの程度で劇的に酔いが醒めるはずもなく、彼女は引き続きぽやーっとしていた。
この分ならベッドに寝かせればこのまま寝てくれるだろうかと、彼は再び彼女を抱え上げた。
(…………やっぱりだいぶ軽いし、見た目もか弱く見えるけど……)
数ヶ月前、彼が追われた日。
彼女は彼を俵担ぎにして廃ビルの屋上から地上までの階段を駆け下りそのまま走った。
努力の結果裏の世界を突き進むその成長に労い半面、少しの憐れみと悲しみを覚えながら、ベッドに彼女を降ろし、コートを脱ぐよう促して受け取り、目に入ったハンガーに掛ける。
彼女がくてんと横になっていたのできちんと上から布団をかけて、彼はおやすみ、と小さく声をかけた。
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組織に今までよりも深く関わるがため殺伐としていく日々の中で、諸伏さんのお部屋にたまに同期のみなさんがお集まりになるようになって、私もそこに呼んでいただけて、その時間が私にとっては本当に眩しくて大切な宝物です。
「お、『女子高生探偵ユキの事件簿』じゃん」
萩原さんがテレビに目を遣って言った。
今日は皆で諸伏さんのお部屋にて宅飲みです。
大きなテレビの前にローテーブルがあって、めいめいソファに適当に座ってます。
「わあ、久々の再放送! 私このシリーズ大好きなんですよ」
「オレも好き」
「お、そうなの? そういえば陣平ちゃん前に録画してたな」
萩原さんが松田さんに視線を移した。
しかし松田さんは無言のまま。
「うりうり、陣平ちゃんも案外好きなんだろ?」
「推理物と刑事物は全部録画してるってだけだ。じゃないと楽しい仕事がよく入って来るだろ?」
「あはは、なるほどねぇ~」
「……まあ、工藤優作の話はたいてい面白い」
「おっ、陣平ちゃんがデレた!」
そんな萩原さんを松田さんが少しげんなり君にジト目で見た。
「録画今度見せてくれねえ? 俺も楽しい仕事がよく入るもんでな」
「いいぜ」
皆工藤先生好きっぽいなあ。
そんなこんなでゆっくり皆で本日の再放送を堪能した。
放映後。
「ああ……やっぱりユキちゃん可愛いです……」
何度言ったって足りない。
「ほんと木暮はミーハーだな。でもそのポーズで持ってるのが酎ハイの缶なのが何とも言えないよ」
くすっと笑ってる降谷さんはいつの間にいらっしゃったんですか?
周りの皆さんもくすくす笑っておられる。何ですか! あなたたちもビール片手じゃないですか!
「しかしほんと癒しだよ。最近のこの枠ちょっと殺伐としてたんだ」
「そうなのか?」
諸伏さんが少し苦笑いして言う。
「山内
「……あー、去年大人気だったやつの続編だろ。記者が安楽椅子探偵に事件持ち込んで解決してくやつ。その記者、事件を次々暴くからって狙われたりすんだよな。それを安楽椅子してない時の及川が助けるんだが、その時の剣崎修の演技がカッケーってよ」
松田さんが反応した。録画したものはきちんと全部見ておられるっぽいですね。
「あー、左文字役の人かあ、なるほどイケメン」
萩原さんが納得していらっしゃる。
「ちなみに、吉田寺役は去年に引き続き佐藤
「湯日川の旦那詳しいな。芸能人はよくわからん」
諸伏さんが苦笑する。
「最近詳しくなったよ」
ウッ。それは……外に出れないからですかね……。
「陣平ちゃん去年も見てただろ……?」
「さすがに剣崎修と星野輝美なら左文字にも出てたし聞いたことはあるが、いちいち調べてねーんだよ。まあ、このシリーズは全員違和感なくて見やすかったぜ」
「おっ、陣平ちゃんがデレるんなら相当だな」
松田さんが「さっきからそのデレるっつのは何だ」って顔をしかめてた。
「実際皆バッチリハマり役にみえたなあ。吉田寺夫婦なんて二人とも一回りは上な役だぜ? 二人がもともと大人っぽい雰囲気なのはあるかもしれないけど、演技すごいよなあ。実力派って感じする」
ヒロさんはしみじみと感心しておられるようでした。
大人っぽくできるのは憧れますね。
「……けどその相方の吉田寺って、警察大嫌いじゃなかった……?」
萩原さんが少し笑顔を引きつらせていた。
「そうそう。いつも警察に噛みついてて、事件を探偵のとこに持ってくのも警察が嫌いだから、って設定のやつ」
諸伏さんが答える。
「本職警察官としては少し悲しいな」
伊達さんがそう仰るのも無理はないし私もちょっと悲しい。皆さんも苦笑しておられます。
「……でも、なんとなく嫌いとかそういうのじゃなくて、理由があったんだよ」
諸伏さんが少し苦しそうな顔になった。
「ネタバレになっていいなら吐き出すけど」
話すじゃなくて吐き出すなんだ。警察官としてはそれ系のドラマは苦しいのかもしれない。
皆頷いていた。ネタバレがあっても私も興味があるものは楽しんで見れるため、頷く。
「吉田寺は娘が亡くなってる設定だったんだけど、この過去編の始めのうちは両親と仲のいい可愛い娘さんが描写されてて……余計心に来るんだよ。この子きっと死ぬんだって視聴者は分かってるしさ……」
「……うえぇ。つら」
萩原さんが眉をハの字に下げた。
もう最初から重いですね……。
「作中で女子高生連続殺人事件が起き始めた時にはもうね……あー、って……」
「うっわ……」
「しかもなんか、警察の腰が妙に重かったんだ。で、吉田寺が過去にもそういうことがあったなって辟易したりしてる間に、栞ちゃんが殺されるだろ……もうね……他の被害者もなんだけど、その……じわじわと苦しめて痛めつけて殺害してる痕跡があるとかで……もうね……」
しんどそうに仰る諸伏さんは額に手を当てて目を伏せていた。ひえ……。
「フィクションでも胸糞悪ィよな……ンなモン描くのに踏み切る度胸はすげー気がするけどよ」
皆渋い顔をしてる。萩原さんなんて片手で顔を覆っていた。
ほんとなんかすごくドロドロしてますね……。
「本当にな……それで……吉田寺は何か気づいて警察に話したみたいなんだけど、やっぱり腰が重くて捜査に進展なくて、吉田寺自身も調査を進めてたんだけど手詰まりで、犯行は続いて行っちゃうんだよね。で、悩んだ末に吉田寺は探偵の及川に依頼しに行くんだ」
「あー、二人の出会いでもあるのか」
諸伏さんの説明に萩原さんが相槌を打つ。
「それでしばらくして犯人を追い詰めるんだけど……過去、吉田寺が犯行を暴いて記事にした奴が犯人でさ、栞ちゃんが真の狙いで、他の被害者はカモフラージュ。……犯行を重ねてたら楽しくなっていったとかいう……もうね……もうね……」
「うっわ……うっわ……」
ひえ……ほんと……ドロドロだ……。
とうとう萩原さんが両手で顔を覆っていた。私もそうしたい。そうした。
「及川が色々暴いて、吉田寺が執念で記事にしたから犯人は一応逮捕されるんだけど、刑がすっごい軽いんだよ。現実じゃさすがにあり得ないけど数年後には出てくる予定でさ……それが、警察官僚の息子だからだろうって、また名前を変えて別人になって追えないだろうって……で、ポストクレジットシーンで現在に戻って、吉田寺をつけ狙う何者かの大部分が、件の警察官僚が雇った刺客だろうって及川が予測して、吉田寺の過去編は終わるんだ」
「……つら」
萩原さんが突っ伏する。私も似たようなものです……。
「山内行夜自体は他で警察がカッケーシリーズも書いてるから、単なるバリエーションだってのがまだ救いだ」
松田さんはそう言ってふうと小さくため息をつくと、肘を張り掌で反対の拳をにぎにぎしはじめる。
「こーゆーのが現実で起きねえように、やっぱ警視総監はぶん殴っとかないとな」
「陣平ちゃん!? そんなので抑止にはならないよ!?」
萩原さんががばっと顔をあげて必死の形相を浮かべている。
「うるせー。不正も隠蔽も冤罪もクソ食らえだ」
「それはそうだけどさあ」
萩原さんは本気で心配しておられそうですね。
「まあ、そのうちとーるが偉くなってバカを一掃するだろ」
呆れたように苦笑しながら降谷さんが肩をすくめた。
「……おい、さすがに僕だけじゃ無理だぞ。公安の
そこに諸伏さんが肩を並べる。
「オレも一緒に進むよ」
彼は実際不正で被害を被ってるんですものね。
「一介の機動隊員は微力ながら善処する、ってね」
「んなこと言って、気付いたら陣平ちゃんは先頭切って走ってそうだけどな」
萩原さんも肩をすくめていた。
「フン。俺にはアクセルしか付いてねーんだよ」
「その暴走車両、俺がしっかり追跡してやるかねえ」
並んでる萩原さんと松田さんの間で、後ろから彼らの肩を抱いて伊達さんが言う。
「班長酔ってない?」
萩原さんが苦笑している。
「この中で酔ってないの、木暮と透くらいなんじゃないか?」
「僕はほろ酔いだよ。ウワバミは木暮くらいだろう」
「ちょっと、なんか、一人だけバケモノみたいに言わないで下さいよ」
「実際酔ってなくねーか?」
松田さんがジト目を向けてくる。
「酔ってますよ? ふわふわ楽しーです」
「木暮さん、酔うと笑い上戸なんだよ。だからまだ酔ってない」
も、諸伏さん……?
「ほほう」
「な、何ですか、笑い上戸……?」
「ふらふらになってた日は箸が落ちただけで笑いそうだった」
「ちょっ、湯日川さん!!」
えー!? 一回だけですよ、あの一回だけですよ、諸伏さんみんなの前で失態をばらさないでください!
「木暮が記憶飛ばしたってことか……?」
「何をどれだけ飲んだの……?」
「樽酒でもガブ飲みしたか?」
「伊達さん! 萩原さん! 松田さん!!! そんな恐怖の表情しないでください!!!」
特に松田さん!!! 何なんですかもう!
「初見のくせに泡盛をぱかぱか飲んでてね。加減が分からなかったんじゃない? アレ確か度数が50近かったと思う」
「……それは……」
「あれとっても美味しいんですよ、黒糖混じりだと尚良いです。私が潰れたのはワインとかビールとかカクテルとかとちゃんぽんしちゃったからで、泡盛は悪くないですよ!」
「何やってんだオメー!?」
松田さんが驚愕の表情を浮かべた。
「下手したら死ぬだろ!」
「えっ、ワインとカクテルはいつもより少ないくらいでしたよ。ビールは疲れてると一口目のおいしさがヤバいじゃないですか。だから一杯だけです」
「……いや、その『普段』が尋常じゃねーんだよなあ……」
皆さん顔を引きつらせている。悲しいです。
「ま、まあ、今ケロっとしてるし、木暮のアルコール許容量は桁違いということで終わらせとこうぜ……」
伊達さんが目を泳がせている。
何ですかその、「触らんとこ……」みたいなの!
「そーいやナタリーさんは飲むの?」
萩原さんがそれを聞き始めると、皆で伊達さん惚気話を聞こうとあれやこれやし始めました。
アルハラにならないようにですよ。
そのうち渋々ながら伊達さんが話してくれるようになり、大いに盛り上がり、そして皆に飛び火する。
「お前らも彼女作れよ! 特に萩原! 一人に絞れ!」
「ええー。陣平ちゃんに言ってよ、色んな子に告られて断りまくってんだぜ」
「マジか」
「……うるせーよ」
「何? 陣平ちゃん、まだあ」
ごすっと松田さんの拳が萩原さんの顔面に入った。
た、多分かなり手加減されてる。
「痛え! プロボクサー仕込みの拳を一般人に向けるな!」
「お前のどこが一般人だ巨人!」
「なんだよー、体格は親からの恵みだろ!」
「萩原ほんと身長高いよね、皆も。特に班長」
「碧の旦那も低くはねーだろ」
「この中では一番低いよ」
「一番低いのは木暮だろ」
「でも木暮さんも低くはないんだよね」
「はいはい、皆ゴリラの背比べです。どんぐりが泣きますよ」
「何だよそれ」
皆吹き出してた。
ふふ、楽しいなあ。
「けど公安組はやっぱその……恋愛とかダメなのか?」
萩原さんがおずおずと聞いておられる。
諸伏さんが眉をハの字に下げて苦笑した。
「何のために失踪扱いになってるか、ってとこだね」
「……そっかあ……」
だけど諸伏さんはちょっと近くに居た私の袖をきゅっと握っておられて、皆目ざとくそれを見つけてるような……。
な、何をしてるんですかっ、きっと諸伏さんも酔ってるんだ!!
「……木暮ちゃん、真っ赤になってる」
「……へっ!?」
嘘?!
「オメーが酒で赤くなるとこは見たことねーからなあ」
「今日はそう大量に買い込んできたわけじゃないしな」
皆にニヤニヤされてるじゃないですか!
それにお酒は充分たくさんありましたよ!?
「湯日川はまず保護者の安室を落とさないといけないな」
「僕は木暮の保護者じゃない」
「お、誰に断ることもないな。行け碧の旦那」
「おい焚きつけるようなもんじゃ……」
しかし諸伏さんは皆の前で私を引き寄せてきゅっと抱きしめた。
「ひえ、湯日川さん酔ってるでしょう!?」
「……酔ってないよ」
皆がヒューヒュー言ってるものだから顔がかーっと熱くなっていくのを自覚した。
「……意外とやるねえ湯日川ちゃん……」
萩原さんがぽかんとしてる。
「皆イケメンだから、アピールしてないと先を越される」
そんなことを言う諸伏さんがきゅっとますます腕を狭める。あわわわわ……!
「オイオイ、皆が皆そいつに惚れてるわけじゃねーから安心しろよ」
「……本当かなあ?」
諸伏さんが伊達さん以外の皆にジト目を送ってる。
そしてピタリと降谷さんに視線を定めた。
「……特に透」
降谷さんはふっと苦笑して肩をすくめた。
「何を言ってるんだ。湯日川は疑い深すぎだよ」
諸伏さんはそんな降谷さんに少し切なそうな目を向け、更にきゅっと私を抱きしめる腕を狭めた。
う、うあぁぁぁ……。
「第一、木暮本人の意思はどうした」
「ひィっ」
私は肩を跳ねさせる。
皆の視線が集中してるのを感じる。
「…………あの、あの……」
何ですかこの状況、何なんですか、キャパオーバーです、泣きたいです。
「…………
少し間を置いて、誰かがははっと笑った。
「……本当、真面目だね、木暮ちゃん」
萩原さんがくすりと笑う声がする。
「……少しは肩の力を抜けよ」
小さくため息をついて伊達さんが言う。
「……でも、こうやってるのに拒否られないのは、可能性があるってことだと思ってるよ」
すり、と、諸伏さんの頬が私の髪に寄せられるのを感じる。
ああ、ああ、キャパオーバーだ。顔が、身体が、熱すぎる。
諸伏さんは確かに大好きなかたの一人で、しかもこの腕を振り払う気が起きない。自身に問うても嫌なんかじゃないと答えが出る。
でもこの感情を特別なものにしていいのかが、分からない。
ぷしゅう。
私はそこからを覚えていない。
「……おい、待て、木暮失神してねーか?」
「わあっ、ごごごごごめん木暮さん!」
「うわ顔赤っ、冷え◯タない!?」
「わああ、あつっ、ごめん、ごめんね、やらかした!」
「風呂とか以外でのぼせた奴初めて見たぞ……」
「皆急ぎ過ぎだよ」
降谷は小さくため息をついて顔に片方の手のひらを当てた。
皆酔い潰れるまで行っていないはずだが、酒の勢いとは怖いものである。
/
オリキャラはだいたい探偵名作からの引用にしたいと思っていたのですが、さすがにわからなくなってきて、名前メーカーさん(https://namaemaker.net/archives/japanese-name.html)を利用させていただきました。
剣崎さんと星野さんは原作に出てくる芸能人です。しかしアース・レディースの解散時期が分からず、星野さんがこの時期既に女優だったかは不明です、すみません!
転生者
蘭ちゃんが圧倒されたアイリッシュと楽しくやりあってるとはいえ、蘭ちゃんより強いかは不明です。何せまだ一年以上前ですので。
毎回違う変装してくのは素顔を見られた場合にそれも変装の一つと誤魔化すため。
泡盛は悪くない。
ぷしゅう。
降谷さん
ヒロ、いい加減僕を警戒するのはやめるんだ。
でもどこかちくりとする。見ないふりをする。
諸伏さん
うわああああごめんねごめんねごめんね!
なんてことをしてしまったんだ!
伊達さん
俺にばっか話させてんじゃねーよ!
櫛森結果的に巻き込んですまん!
でもお前も根掘り葉掘り聞いて来たから同情の余地はあんまねえぞ!
松田さん
どいつもこいつも大変だなァ。
ずっと千速さんを想い続けるあなたも多分大変です。
萩原さん
特定の相手を作る気が無い理由は、彼を命懸けで庇った転生者のせいだよ()。
降谷さんと転生者と諸伏さんについて色々と見抜いてて静観している。
松田さんと相思相愛という噂がまことしやかに囁かれるけど、からかおうとすると松田さんからは怒鳴り散らされ萩原さんは頭痛が酷そうな様子になる。
アイリッシュ
バーボンがわざわざ生かしたんならもともと戦やれたんだろうと思ってたが、この様子じゃバーボンが鍛えた線もあるな……。
まったく、底の知れない野郎だ。
だいたい合ってる()
妖しい二人だと思ってたけどすこし見直した。