私が帰国して少しした頃のお話です。
私個人が宮野姉妹を救出したい以前に、もとは公安からの指示があった訳でして、私の報告を元にじわじわと救出計画が進められ始めていました。
作戦を練るにあたって、まず明らかな関係者として浮かんでいたのがライでした。
「言わば彼が組織に入った切っ掛けが、姉の明美さんとの交際、といえなくもないようですが……」
そう言いつつ、諸伏さんは眉間に少し皺を寄せて考え込んでいる様子だった。
彼は赤井さんがFBIの人間だってことを本人から聞いている訳ですが、きちんと裏付けを取ろうとしてくれていたようです。
「……恐らくその始まりからして、彼、もしくは彼の所属機関による計画だったのではないかと思われます」
その情報を掴んだのは相手がFBIなのを考えればものすごいことなのでは……?
そして諸伏さんのそんな報告を聞いてる降谷さんの雰囲気が怖い気がします。明美さんが幼馴染って気づいてるでしょうし無理もない気はします。
明美さんと私ロミトラされ仲間ですねってフザケようかしらなんて馬鹿な思考が一瞬過りましたが、さすがに趣味が悪いだけでしょう。
「……ライは『シェリー』の紹介で幹部に繋ぎをつけたらしい。恐らくそれが妹さんのコードネームだ」
降谷さんも情報を掴んでいらしたみたいだ。
彼は小さくため息をついた。
「……組織にいい感情を持ってる様子のない二人に、何て言って繋がせたんだか」
思えば確かに、少し謎ではあるけど……彼らのことを全部知ってるわけじゃないから、何と言う事もできない。
「……けど、奴が鼠じゃないかっていう疑いは恐らく組織からも出始めてる。幹部なのに重要な任務からは外されてるし、僕はジンからあまりあいつに近寄るなって言われてる」
「……!」
逆にこれは、降谷さんへのジンからの信頼がかなり厚いってことでもある。
「奴が追われることになれば、二人の身はかなり危うくなる。早急に救出しなきゃいけないね」
「……そうですね」
かなり危険で難しいだろうけど、何がなんでも成功させなくちゃ。
……物語のことを考えれば、二人がすぐに手を下されない可能性もなくはない。だけど、色々な状況が物語とは異なっている今、楽観はとてもできない。
それを考えたら私の存在が申し訳なくならないことはないけれど、走ると決めたんだからあとは全力でカタを付けるだけなんだ。
頼もしい味方だって、たくさんいてくれてるんだから。
「お二人に常に付いてる監視に関しては、気配を消しきれてないのでそこまで手練れではなさそうです。だからそれを誤魔化すの自体はそう難しくはないと思います。ただ……」
私の言に、お二人も苦そうに考え込む。
「問題は、その後の追っ手だな」
「志保さんが作らされている薬というのは恐らく、組織にとってかなり重要なものです。だから簡単には諦めてくれないでしょうね」
「君はもしかして、どんな薬かの見当がついてるのか?」
「断言はできませんが、完成すれば組織にとってかなりの財源になるはずです。細胞を一番良い状態に戻して、それを維持することも不可能じゃないかと」
お二人は息を飲んだ。
「……でも、不完全な状態が一番不味いかもしれません」
「と言うと……?」
「もう少し段階を進めると、『痕跡を残さない致死率百パーセントの毒薬』になりかねません」
「……!」
「そして多分ですが、志保さんよりも組織のほうがそれをよく知ってそうです」
実は、そのような毒薬はAPTX4869でなくても現実に存在していたことが実際にある。過去形なのがキモで、技術の発達によって現在は痕跡が分かるようになっているとか。
……けれど、ってことはつまり、技術的に発見できない毒薬ってものが未だに他にも存在してるかもしれないとも言えるんですけどね。残念なことに技術の進歩ってものは世の為人の為になるものだけに起こることじゃない。
だから、『痕跡の残らない毒薬』っていうのは、本当の目指すものに比べればまだ、現実味がないとは言えない性能だったりするのです。
……でも多分きっと、志保さんはその本当の目的のほうの夢物語を現実にできる人です。
優しくもあるそんな彼女に毒薬なんて作らせたくない。そして、彼女の不本意な所でできあがったものなんかを喜んで使う組織を絶対にとめたい。
「……過去に、組織に目をつけられていたらしき人物が次々と原因不明の不審死を遂げていた時期があったようです。妹さんがお姉さんを人質にされて開発を急かされているということは、かつてあったその手段を今の組織は失っているのかもしれません」
諸伏さんは過去にそういうことがあったというのもご存知なんですね。
けどそういえば、確か降谷さんが受けてた公安の研修内容って……。
黒田さんの遭遇した事件は確か十五年前です。なので既に彼は目を覚ましていらっしゃるはず。ああいうのがあってそのあたりから調べられて、公安が捜査官を潜入させるほどになったのかもしれない。
「もし毒となる段階に進めば、組織はそうやってどんどん利用するだろうね」
「……とめたいですね。何としても」
「ああ」
それでまずは、二人を監視の目から遠ざける計画をいくつか練りました。
私が志保さんに仲良くしていただけてるため、一緒に出かけている時が一番やりやすいことでしょう。
あれこれと計画してみて成否を検証し、それは比較的早くできあがったのです。
しかし大きな問題も一つ。
宮野姉妹だけ助け出してしまうと、今度はお二人と懇意にしているであろう赤井さんの身がきっと危うくなる。鼠を疑われているところでもあるみたいだし。
彼の実力は確かだけれど、だからって放置できない。
「ライに接触を計ってみますか。逃走の助けにはなれるかもしれない」
「……いくら奴がどこかからのスパイだろうと、碧には勧められない。最悪、売られて盾にされる」
「……はは。使命感でそうされないとは、断言しきれないのかもしれませんが……」
スコッチだった人間だと明かそうと、
「僕もジンに釘を刺されてる手前、それを無視してまで身体を張るわけにもいかない。自分の使命は分かっているつもりだよ」
降谷さんの表情には少しだけ苦渋の色がある気がした。
……多分、『スコッチの死』がない分、やっぱり確執はそう深くないのかもしれない。明美さんへのロミトラにいい印象はないかもしれないけど、きっと打倒組織という同じ任務によるものな点、私情を排せば十割は詰りきれないんだと思う。
「……君にも勧めないからな。君は奴に素顔を知られてる。下手なことをするべきじゃない」
「……偶然話す機会ができれば、気を付けてくらいはお伝えしたいと思います。明美さんとも会わせていただけるようになりましたから」
「…………無茶を、しないでくれ」
念を押すようにして言われてしまいました。
私は苦笑いをするしかできません。『機会』があれば利用すると決めているのですから。
「……いいか。僕たちは日本を守るために居る。他国の人間のために命を投げ打つことは、しちゃいけない」
「他国の……」
降谷さんは、それも掴んでるんでしょうか。
「東洋系に見えなくもないし、偽名も日本人らしいものだけど、どこの公安の人間でもないし、公安に捜査の許可を申請してる外国の機関の人間でもない。冷たいようだけど、優先順位は低くせざるを得ない」
調べられる所は全部調べたのでしょう。正体を知ってる私からしても舌を巻く。
FBIなんだからそう簡単にたどられてはいけないんだろうけど、彼ならそのうち自力でたどりついてしまうのかもしれない。
「……それに」
降谷さんは少し不本意そうな苦笑を浮かべた。
「あいつなら一人でも逃げ切るさ。逆に……それができないなら、僕たちが命をかけていい存在じゃないことにもなってしまう」
それでももしかしたら彼だって、
任務以前に、彼は根本がどうしようもなく善人だ。イレギュラーなのに少しだけ近くにいさせてもらってる身にはそう思えて仕方ない。
そして……なりふり構わなければ、最終的に組織を潰せるなら、それが誰の手によるものだって構わない。結果日本の脅威が一つ減る。
多分その判断は私なんかより降谷さんのほうが難しいだろうけど。
「とにかく、ひとまずライは後回しでいい。彼に関しては君たちの安全を優先するように」
安全だって確信が持てたら手を出してもいいってことですよね。
その思考を読まれたのか、降谷さんは私を見ながら小さくため息をついていた。
明美さんも志保さんも赤井さんも、無事離脱できますように……。
今はそう祈ることしかできない。
----------------------------------- and now
宮野姉妹の身の安全を考えるなら、赤井さんがFBIだとバレること自体を防ぎたい気がしなくもない。だけどそれは私にどうこうできる範囲じゃないんだと思う。彼のスパイ疑惑はきっと、私の知りようもないところで高まってしまっている。何せあの場面で彼を試すようにRUMが現れたくらいです。
あれ以上の潜入継続は赤井さんの身が危ういのかもしれない。
明美さんは私にも直接『諸星大』さんを紹介したそうだったのですが、彼には「その内な」と言うだけで逃げられているみたいだ。
明美さんの友人という『一般人』に『犯罪組織の幹部の顔』で会いたくないのかもしれませんね。……前者も後者も偽りなのが何ともいえない。
でもそうなると彼に接点を作るのは非常に難しいわけで……。
もやもやと考えながら校舎を出、私は通話アプリを起動し、諸伏さんに声をかけた。
「あの、ヒ……湯日川さん、近くにいらっしゃるんですよね」
『ええ』
危ない。物語で本名呼びそうになるシチュエーション、危機感持ってたらそう起きないでしょって胡散臭くみてしまってたけど、稀にやりそうになってしまうものですね。だからこそ、周りに人がいなくとも偽名で呼ぶ癖をつけられたらなって思う。
諸伏さんもずっと『湯日川|碧』になりきったままだし、見習いたいです。
『碧と呼んで下さい。名字は一音多いですから』
一瞬ハテナが浮かぶけど、緊急時などでは一字でも短いほうがいいのかもしれませんね。
「分かりました。……碧さん、ちゃんと休めてますか」
『あなたの就寝時間中にのんびり休憩してますよ』
とか言って絶対まともに休んでないよねこの人。
第一、最近は私がそこまでゆっくりできていない。
「私このところ学会準備でそこまでよく寝てないので、」
教授のサポートはもちろんだけど、今回会場が我がキャンパスなものだから、他にも色々と準備があるのです。
「碧さんが一般的な『休憩』からは程遠いのは確実ですね」
『そこは人それぞれですよ。オレにとっては一般的な休憩です』
……これだから潜入捜査官(優)は。
私は小さくため息をつく。
「こんなことしてるからには、外食ご一緒いただくことに不都合ありませんよね?」
人を見張りながらなんてまともな食事してなさそうだもん……。
変装してて雰囲気全然違うし、こうやって外に出てるからには、この状態なら人前に出てもいい、ってこと……だよね?
『外食ですか。どちらかと言えば作るほうが好きです』
あの降谷さんの師匠ですもんね……。
「たまにはいいかなって思いまして。美味しいとこ色々知ってるんです」
私の同僚の
アンゼロの皆さんがお食事なさってた所な気がするお店もちらほら見つけました。それがまた美味しいとこばっかなんですよ……。
「おすすめはどちらですか?」
スマホの向こうと背後の両方から『湯日川さんの』声がした。私は少し飛び上がる。
「忍者じゃないんですから、突然背後に現れないで下さい」
思わず笑ってしまう。諸伏さんも何だかおどけたようなご様子だ。
「普通に歩いて来ただけですよ」
普通に歩いてる一般人は気配消したりしないと思います!
……もし
声かけたタイミングで存在感が普通になったから、脅かしたいあまり我知らず気配消せちゃった一般人、とはギリギリ思えるかもしれませんが……。
そんな少しの心配を抱えつつ、私は自身の車に乗り込む。何も言わなくても諸伏さんは助手席に収まってくれました。
「私いま、焼肉!! って気分なんですけど、重かったりします?」
「いいえ」
色々と発進準備をしながら問うと、諸伏さんは何故かくすくすと笑った。
「元気で良いことです。最初の頃よりも随分逞しくなりましたね」
エンジンをかけつつ、私は少し気恥ずかしさをおぼえた。
「別に、焼肉は昔から人並みに好きですよ」
焼肉店に行くとなると少しわくわくするくらいには好きです。
「にしては随分細いですよね」
「……セクハラですよ」
車を発進させつつ私はむくれる。
「我々がたびたび軽いなんて言うから、気負ってたりしませんか?」
「……」
私の冗談交じりのツッコミなんて意に介さずな様子で彼は言う。さらっとしたふうに仰ったけど、彼のことだからずっと心配してくれてたのかもしれません。
「軽いのが気になってるのは本当ですけど、今日は本当にがっつり食べたいだけですよ。最近忙しかったですし」
「そうですか」
機械に駐車許可証を通して公道に出て、歌舞輝町を目指します。
「もしかして、まだあの街に出入りしてるんですか」
彼は途中で行き先に気づいたらしい。単に家のある方向でもあるんだけどなあ。
「自分から変に首を突っ込まなければ普通の街ですよ」
「自分から、ね……」
その声から疑いのようなものを感じて、私はまたむくれる。
「ひとをトラブルメーカー扱いしてますね?」
「そうじゃないって言えます?」
ウッ。
いや、トラブル自分で作ってるわけじゃないですもん! 断じて!
「どちらかというと巻き込まれがちなだけかと……」
「……巻き込まれさせませんからね」
先程までのいたずらっぽい雰囲気はどこかへ行ってしまった。
いまは護衛(見張りな気もする)として側に居て下さってるわけではありますが……。
「だからって、ゆ……碧さんこそ、無茶はなさらないで下さいね。……本当なら家にいてほしいです」
生存が組織にばれちゃ駄目なんですから。
「でしたらお互い様です。あの禁錮に関しては半分は本気だったんですよ? 突破されるだろうって分かってはいましたけど」
冗談だったのか本気だったのか怪しいところではありましたよね……。
けどやっぱり私が罠抜けできるって忘れちゃったわけじゃなかったんですね。まあ、私に通用しない拘束だって想定してなかったら、諸伏さんが護衛になるなんてお話自体なかったことでしょう。
ちなみに、以前から決めてる通り必要以上に使う気のないチートは彼らにも伏せてますので、この『罠抜け』が『爆弾』等も消滅させられる可能性があることは伝えていません。
……さておき、お互い様らしいこの話題は続けても不毛なだけなのかもしれません。
「ああ、そうです。あの街での私は『木暮』で警察です。お会いした場合話を合わせていただけると助かります」
『木暮』なメイクもさっとできちゃうくらいになっております。
多少車中でお時間をいただければ済んじゃいますので、途中数分だけいただきますね。
「……そうですか。まあ、その肩書のほうが『巻き込まれ』も多少は逃げてくれそうですが……」
何だか不満がありそうですね。きっと「どうせそう名乗ったのも『何か』あってのことでしょう」なんて思ってらっしゃるんだろうな。……否定はできないけど、必要だったと思ってる。
「では、オレは恋人役にしておいてください。そうすれば一緒にいて不自然はないでしょう」
……確かに、『木暮の同僚』にしてしまったら『湯日川さん』も警察官になってしまいます。木の葉は森と言っても危なすぎる。
かといって友達とご紹介したら無用な勘繰りを生むかもしれない。やきもきさせてしまうくらいならいっそ最初から、というのはありな気もする。
「あと、職業はフリーランスのウェブデザイナーということになっています。名刺もありますよ」
デザイナー、と聞いて、あの桜の教場旗が思い出された。やっぱりレイアウトとかカラーリングとか、そういう方面も得意なんだよね。それに加えて挙動をプログラム言語で組むんですっけ。
「恋人……ちょっと気が引けますが、承知しました……」
諸伏さんがふっと笑ったのが聞こえた。
「きちんと
「……ご存知なんですか、彼らのこと」
「ええ。透君から聞いています」
「そうでしたか」
降谷さん情報かあ。まあ、護衛なんてことになったからには、私の周囲に関しては情報共有済なのでしょうね。
そうこうしてるうちに私のマンションに帰り着く。
ここからは歩きです。近いし、ちょっとお酒も飲みたい気分です。
大人しくついて来てくださる諸伏さんを伴って目当ての焼肉店に入ります。席について、オススメを紹介したりなんかして、注文の品が届いて、嬉々として網にお肉を並べる。いい具合に脂ののったお肉がいい匂いといい音をさせてくれて、よりお腹が空いてきますね。
そして少し食べすすめたところで。
「あれ、木暮さんだ。久しぶり」
聞き覚えのある声がします。
目をやるとやはり見知った姿が。
「あら、
ここでの私の口調のイメージは佐藤さんなのです。彼女は、打ち解けたら丁寧語じゃなくなる気がする。
「お久しぶりです、愛莉ちゃん」
ハロー探偵事務所の皆さんです。
東海林さんと直接お会いしたのは昨年アメリカ土産をお届けして以来だったりします。FINEでは皆でわいわいさせていただいてるのですけどね。
職業柄どうしても危険な時もあるから、こうして元気なお姿を見ることができるとほっとする。
ちょうど隣のテーブル席が空いてたから、皆さんそこに座ることにしたみたい。
「あ……お邪魔でしょうか?」
メイちゃんがおずおずとそう言ったのは私の正面の諸伏さんに気づいたからなのでしょう。
私は彼女の気遣いが微笑ましくて思わずくすっと笑ってしまう。けれど、ってことは、やっぱりそういう仲だって見るのが自然ってことだよね。
「そんなことないわよ。友達に目くじらをたてるひとじゃないもの」
ですよね、という思いを込めて私は言った。
彼なら『巻き込まれ』を防ぐためなら、多少強引な、束縛系とかの人格でも演じてしまえそう。だけどちょっとそれはやめてほしいであります。
私のその胸中を察してかふふっと諸伏さんが笑う。
「ええ。そこまで狭量ではないつもりです。申し遅れました、湯日川碧です」
言いながら諸伏さんは、隣になった彼らの席に歩み寄ると、ひとりひとり名刺を渡していた。
「丁寧にどうも。俺は東海林広樹です。こっちは白鳥譲治で、こっちは七篠メイ。皆近くの事務所で働いてます」
言いながら彼らも諸伏さんに名刺を渡していた。不特定多数のいる場で『探偵』とは明かさないよね。代わりに名刺でそれを伝えてくれてるんだと思う。
私は皆の様子にくすっと笑ってしまう。
「なんだか、会社間の挨拶みたい」
「はは、ちょっと堅苦しかったかもね。湯日川さんさえよければ普段通りにするよ」
東海林さんもふふっと笑っていた。
「ええ。そのほうが気が楽です」
こちらの席に戻った諸伏さんもにこにこしている。
「あれ。ってことは湯日川さんも素が丁寧語なわけ?」
「ええ、なんだか自然とそうなってしまうんです。癖なんでしょうね」
無意識の癖だとそういう反応になりもしそう。役作りが堂に入ってる気がする……すごいなあ。
「俺の周りにも結構いるし、別に変だとは思ってないよ。安心して」
「ああ、ありがたいです。中にはタメ口でないと他人行儀だと言うかたもいまして。ちょっと困る時があるんです」
「あー、いるいる」
明らかにほっとした様子をみせる諸伏さんでした。今まで缶詰だったのですから『湯日川碧』としては周囲との繋がりなんてない。細かいとこまできちんと作りこんでるんだろうなぁ。
ところで、メイちゃんのあの事故を目撃して四年ほどになります。
時系列としては、明確に半年後とあった2.5章のストーリー以前に個別ストーリーが挟まれてたはず。
けれどそれらしき話は聞かないのですよね。
もしかしたらもっとゆったりお話が進んでるのかもしれない。
聞き出すのも気が引けるし、友達ってはっきり言ってもらってるからには、何かあったら話してくれると思う。あれこれ想像するのも野暮ですしね。
あちらの席ではいつものように東海林さんが焼肉奉行なさってます。ばっちり聞こえるのでこちらも地味に倣ってみたりして。ますます美味しくてありがたいです。幸せ。
私はしれっとお酒を注文します。忙しい中だと苦手なはずのビールが妙に美味しく感じられたりする。焼肉にも合う気がします。
諸伏さんにいかがですかというふうに、店員さんが何も聞かずに二つ持ってきてくれたコップの一つを持った状態で(アルハラになる気がするから彼の方に指し出したりはしない)小さく首を傾けてみると、ふっと笑って手を伸ばして下さいました。それに注ごうとするとやんわり静止して瓶を受け取って自身でお注ぎになった。
そこに含みなんてないのだとは思うけど。
ぼんやり『対等だと思ってくれたほうが』と仰った降谷さんを思い出す。
いつまでも気後れしてたら彼らだってやりにくいのかもしれないね。少しずつでも、彼らが私に気を置けなくなるようにできたらな。
アルコールのおかげてふわふわ楽しい気分を満喫していると、こちらにつられてかは分からないけど、ハローのお三方もお酒を注文し始めたみたいだった。
かんぱーいなんてし合ったりして。
ふふふ、楽しいなあ。
こういう時間がずっと続けばいいのに。
……守りたい。
だから、ずっと頑張り続けるのです。こういう穏やかな日常の光景を思えば、苦でも何でもない。
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このところ歌舞輝町では拳銃取引がいつにも増して妙に盛んだった。闇取引の世界に潜っている協力者からの情報である。新宿署歌舞輝町特別対策課の面々は頭を抱えていた。
約一名を除いて。
「なーに暗い顔してんだか。点数の稼ぎ時だっていうのに……」
夏井警部補は呆れた様子で小さくため息をついた。その横で秋元巡査部長は微妙に引き攣った笑顔を浮かべている。
そんな中、分厚い書類を抱えた春野警部が特対課に帰ってきた。
「件の拳銃取引だが……次の大口取引きについて情報を掴んだそうだ。どうやらモノは拳銃に留まらないらしい」
一同眉間に皺を寄せる。もちろん夏井もそうだ。彼は
……背景には、拳銃だけの取引であればそう珍しくもない、という知りたくない事実がないこともない。
「そして、だな……どうやら奴らは、もともと本庁の捜一で追ってる連中だったらしい」
「……はい? 捜一が?」
「ああ」
顔を引きつらせる夏井に、春野はただ淡々と頷く。
「……てことは、ただ所持してるだけじゃなくて、既に凶悪犯罪やっちゃってる奴らってことですか?」
秋元が恐る恐るといった様子で確認する。
「詳しいことは午後から来る木暮警部補が話してくれるそうだ」
「……うわあ。もしかして、追ってるっていうの、彼女なんですか?」
夏井の言に、うわあって、と秋元が苦笑いしている。
出会った時から本庁の警部補だった彼女を夏井はライバル視していた。今や階級は同じであるが、昇進しない彼女の理由を知って、ますます敵愾心を抱いてしまったらしい。
曰く、分不相応。更に追求したところ、忙しくて昇任試験を受ける気力が沸かない。
彼にとってはただの怠慢である。
その後特対課にやって来た彼女は驚くべき事実をもたらした。
「彼らは、昨年の郡山商事副社長射殺事件の犯人です。公表していないのはトカゲの尻尾切りを防ぐためでした。彼らの背後には何かいると睨んでいました」
それは実際に『ライ』が組織に命じられて実行したもののひとつだ。組織の息のかかった会社を贔屓にしてくれていた人物の家を、悪どい手で潰してくれた報復らしい。
ここでこんなものが挙がるのは彼ら特対課がFBIの尻尾を踏んづけてしまっているからだ。
銃器を自ら持ち込めないFBIは日本国内で密輸送するしかないわけだが、それを銃器取引として特対課に悟られてしまっている。
木の葉は森に隠せとこの町を銃器の中継点に選んだのかもしれないが、歌舞輝町特対課は優秀すぎた。そして課が課なだけに『ここから先は公安が〜』が通用しない。
その特対が藪蛇にならないように、というのが今回公安から櫛森に与えられた役目である。
「そう言うからには何か情報握ってるんでしょうね」
「あなたがたも掴んでいるうちの一人ですが……この姿かたちの『諸星大』という人間は存在しませんでした」
「はあ?」
「偽名なんです。それでもこの名で
「普通にって……公文書偽造をしれっとできちゃうようなのがバックに付いてるって言いたいの?」
「もしくは、その必要がないほど潤沢に衣食住を彼に提供できるようなの、ですね」
「君の妄想じゃなく?」
「……ちょっと夏井さん、ふざけないでくれる? さすがに怒るわよ」
木暮警部補は眉を少し吊り上げた。
「彼が実在しない人物を演じてる証拠をここで並べてもいいけど、時間が惜しいわ。あとで資料でも見てちょうだい」
言って彼女はそれぞれに書類を数枚綴じたものを押しつけていった。
「で、その他の人間は姿かたちからして外国人、使用言語はアメリカ英語、でしょう? 十中八九『諸星大』も日本人じゃないわ。ここまで言えば分かるかしら?」
「何なの? アメリカ人のことはアメリカ警察に任せろって?」
「夏井さんにしては日和ったことを言うのね」
「なにそれ」
今度は夏井が眉を跳ね上げるが、春野がやんわりと制した。
木暮はにこっと笑った。
「私アメリカに留学していたことがあるんです。その時のことでちょっとCIAにツテがありましてね」
留学(?)とツテは別物なので嘘八百である。
「……なにそれ……」
夏井が先ほどと同じ言葉を全く違う様子で口にした。
彼女が急に丁寧語に戻したのはわざとらしさが過ぎる。
「彼らが何者なのか探ってもらったんですよ」
「……ほんと何なの君?」
「まあおかげで貸し一つ消化されちゃいましたが」
「ねえその言い方、まだ貸しあったりするの?」
「ありませんよ? ……多分」
「……なにそれ……」
2222のカードとやらがどう配られているのか、本人である彼女は預かり知らないためこう言うしかない。実際これがどういう経緯でCIAに効くのか彼女は知らない。のだが、夏井は明らかに彼女に対してげっそりしていた。
「で、これがその返事」
ぺた、と彼女がホワイトボードに張り出した短い文章に、一同ぽかんとした。
I'm so sorry about our bureau.
We'll pick it up soon.
「……待って。……ちょっと待って……!」
中でも混乱した様子なのは夏井だ。
彼は文字通り頭を抱えている。
「何? FBIが何で日本企業の副社長暗殺するわけ? まだ可能性があるのはむしろCIAでしょ?」
「ことはもっと複雑よ」
木暮警部補は小さく肩をすくめた。
「郡山商事の副社長は昨年、とある男性を半ば騙すようにして事業を失敗させて金を毟り取り、自殺に追い込んでるの。一家は離散。それを恨みに思う者がアメリカ人の殺し屋を雇ったわけなんだけど、その依頼相手は殺し屋に扮して日本にやって来てたFBIだった、ってわけ」
「マジで言ってる? 受けるなよ依頼! そして律儀に遂行するなよ!?」
組織の存在を示すわけにはいかないため、そのあたりには多少のぼかしが入っているわけだが。
「殺し屋を雇おうとした人間やFBIが日本に来た理由が気になるが……"We'll pick it up soon."か……罪を償わせるのはなかなか難しそうだな……」
春野が眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
「何言ってるの春野君。お迎えが来る前に捕まえちゃえばいいのよ」
「……は?」
丁寧に進行しようとしていた彼女の姿勢を崩したのは夏井の態度だ。それは分かっている。しかしどうにもふざけているように感じられてしまう。
少し前まで春野と木暮は同階級にあった。過去に春野は、夏井たちに接する態度が素であるなら自分にもそうしてほしいと伝えたことがある。だからこその砕けた態度だろうが、今はそれが少しだけ呪わしく思えた。彼女がふざけているわけではないのはこれまででよく分かっているのに、言いかたが崩れすぎている。
木暮当人はといえば内心穏やかではない。
彼女はこうして一部情報を明かしつつ、特対課の人間が消化不良で更に捜査の手を伸ばさないようにしなければならない。公安はなんて無茶振りをしてくれたことか。
「……何か策でもあるのか?」
「いいえ。単なるスピード勝負よ。CIAがこちらに来るにはさすがに少し時間がかかるらしいのよ。FBI回収の準備にも色々あるでしょうしね」
実を言えば短い手紙に表された事情は結構違う。
2222のカードで櫛森がCIAに伝えたのは赤井の……FBIの窮地を、あなたの国の人なんで助けてくれませんかねという要請だ。
だからCIAは2222への借りを返すためにFBIを助けに来る。
しかし確実な時期が分からないためすぐに踏み切れない。
そんな中、FBIの動きを何よりも早く察知してしまったのがこの歌舞輝町特対課だったのだ。
一部情報を明かした今、特対が引き下がってくれるようならそれはそれで、CIAに伝えるということで取り引き日時や情報筋を聞き出してお開きとなる。
「星の正体を知って尚捕まえる度胸があるなら、ちゃちゃっと取引現場押さえちゃいましょ」
にこにこ笑う木暮に、しかし特別対策課の面々は眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「……君、我々を測ってないだろうな?」
「測る?」
春野がぽつりと聞いたが木暮はきょとんと、まるで鸚鵡返し状態である。
「国際問題も厭わないか如何で俺たちの進退決めようとしてない?」
夏井が半眼でじとりと木暮を見遣る。
「まさか。私にそんな権限あると思う?」
「君の上には何がいるか分かったものじゃないからな」
「私の上って……
きょとんとしながらぽんぽんと人名を上げていく彼女の様子に、やっぱ駆け引きとか苦手そうだよな分かってたけど、などと一同思うのだった。ただし彼女のこれは毒気を抜くための演技である。
「…………CIA……FBI……ハァ。ここは日本だぞ」
夏井がぼやく。
「そう。ここは日本よ」
木暮がそう言って大きく頷いたのは彼の想定外だった。
「腹が立つじゃない。どんな事情か知らないけど、好き勝手荒らされていい気はしないわ」
「君、案外愛国心高いんだね」
「案外って何よ。日本人だもの。人並みに日本が好きよ」
「はは、そう……」
もはや夏井は匙を投げたそうである。
「……CIAだかFBIだか知らないが」
春野がぽつりと声を上げた。
「銃器の流通などこの国で許可されていない。通常通り我々はそれを取り締まる。それだけだ」
木暮はその言に満足そうに満面の笑みを浮かべた。
多分一番FBIを放っときたくないのはこの女なんだろうなと特対メンバーたちは思った。
ただし彼女が放っときたくないのは別の意味でである。
もし特対の彼らが
なれば、組織もFBIも面倒を避けて撤退するはずだ。
そうして、FBIは幾度か銃器の補充を嗅ぎつけられて彼らから逃げ回ることになった。
内心で、何も知らない日本警察め、なんて毒づく者もいたかもしれなかった。
/
誤字報告ありがとうございます! 本当に助かります⸜(*ˊᵕˋ*)⸝
アンケご回答も本当にありがとうございます!
短いよ~ってご返答は死亡ルートの部分もあるかもと思いまして再度まとめましたm(_ _)m
これで序と終的な部分以外は生存ルートと変わらないくらいになったと思います。
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このあたりはちょっと赤井さんの周囲なFBIのかたがたがやらかし気味です。お好きなかたは本当に申し訳ありませんm(_ _)m
白鳥さんの似顔絵は服装がかわっただけの使いまわしでごめんなさい……。
こちらは普段着バージョンです。