降谷さんの災難   作:千里亭希遊

31 / 61
27.白と黒のフラッシュ。──phase:A.M.

 とある休日のお昼近く。

 本日は宮野姉妹とスイーツカフェに来ています。先日とは別のお店です。まだまだ回りたいお店はいっぱいあるみたい。わくわくです。

 

 組織に関する気が滅入るような仕事も増えた中、とっても癒しです……。

 

 ほんわかする雑談や例のゲーム制作プロジェクトについて花を咲かせたりも。

 

 明美さんは民俗学を専攻しておいでです。

 その知識で背景に深みを与えてくださったりして、本当にありがたいです。

 ……明美さんの専攻といえば、どうしても彼女の恩師である広田教授の事件が浮かんでしまう。フロッピーディスクやカセットテープが印象的なお話で、そこばかりが記憶にある。

 何とか阻止できたらいいのだけど……。あんまり覚えてないのですよね……犯人はモデルとか役者とかの人だったっけ……?

 

 今は、さておきまして。

 

 何だか明美さんがぼんやりなさっているような……。

 

「……お姉ちゃん、何かあった?」

 

 志保さんは当然、よりお分かりになってたことでしょう。しばらくしてずばりお聞きになりました。

 

「……え?」

 

 明美さんはご反応もやや鈍い。

 

「……あ、ええと……ううん、何でもないの、ちょっと大学の課題に行き詰まって寝不足で……」

 

 ぎこちない笑顔で彼女はそう言ったのだけど、志保さんはじーっと明美さんを見つめ続けています。明美さん、何かを誤魔化してるのかな。

 

 少し微妙な空気が流れて、そして。

 

 明美さんが、小さくため息をつきました。

 

「ふふ。やっぱり志保には隠し事なんてできないわね……」

 

 それから言葉を続けようとしてる様子ではあったけど言いづらいことなのか少しだけ、はくりと小さく口だけが動いてた。

 やがて。

 

「……えっとね。…………私、大君に、ふられちゃったぁ……」

「……」

「……」

 

 ……時期的に構えてはいたのですが、未だ赤井さんの身の安全を確保できる見通しは立ってません……どうしたら……。

 

 そして志保さんの表情に般若羅刹の影が。

 

「……あいつ」

「っ! あ、あのね、事情があるの! だから大くんは……」

「その事情とやらをこなせない程度の甲斐性なら初めから誑かさないでほしいものだわ」

「や、あ、あのね」

「お姉ちゃんは優しすぎるのよ。だからああいうのに付け込まれるの」

「っ、……! えっとね、ち、違うのよ、本当に違うの……」

 

 慌てる明美さん。怒りの志保さん。

 

 FINEで色んな人にメッセージを送りながら、私は苦笑いふうの表情を浮かべた。

 

「……気分転換に遊びに行きませんか!」

 

 FINEを閉じ、とあるオープンしたてのテーマパークのサイトを表示し二人にお見せすると、志保さんも少し苦い微笑みを浮かべた。

 

「お姉ちゃんが良ければ」

 

 明美さんも一瞬似た微笑みを浮かべたけれど、すぐにぱあっと明るい笑顔になった。

 

「……うふふ。二人ともありがとう。そうね、きっと楽しいわ」

 

 ふふっと、私も微笑む。

 多分明美さんは、ご自身の気晴らしというより私の提案に付き合ってくれただけなのですけれど。

 お二人と居られたらたびたびほっこりしてしあわせです。

 

-----------------------------------

 

 オープンしたてなのもあって我々は三人とも初見です。真新しい施設の数々と人々のきらきらした表情にこちらもわくわくしてきます。

 

 私はその勢いに素直にのってあちこ連れ回します。お二人にも気になるとこをお聞きしつつ、次から次へ。休憩におやつの食べ歩きもしたり。

 

 絶叫マシンとかにお誘いしても、お二人は特に難を示すことなくご一緒してくれました。

 明美さんは笑顔でキャーってなり、志保さんはいつも通りのクールさが時折剥がれて多少青ざめてそうにキャーってなり、可愛くて可愛くて私はそれが楽しい。

 

 これだけひっきりなしに回っててもお二人の監視(ごえい)はしっかりついてきてるのですけど、すぐ後ろにいる訳じゃない。気配だの視線だのは私にも分かっちゃう程ですが、ぱっと見回せる範囲には一般のかたの姿しかない。

 

「次はこれどうですかっ。実は一番楽しみなんですよ」

 

 思わずにこにこしながら私はパンフレットのそれ(・・)を指で示した。

 

 ホーンテッドタワー。

 

 最初は急な傾斜なんかはないらしいですが、ある意味絶叫マシンかもしれませんね?(わくわく)

 ……そしてタワーと言うだけあって、なのか、脱出はスリリングらしいですが……結局絶叫マシンなのね……。

 

「……あなた、アトラクション自体じゃなくて私たちの反応で楽しんでない?」

 

 志保さんがジト目気味になりながら私の心境を言い当てた。

 

「バレてましたか。だってお二人とも可愛いんですもん」

 

 志保さんは少し口元をへの字に曲げた。あはは。

 明美さんがくすっと小さく吹き出す。

 

「ふふふ、さあさあ、他にご希望とか、苦手とかなければ是非まいりましょうっ」

 

 多少(?)強引ながらもわくわくしながら私はお二人を誘う。

 引き続き志保さんは呆れ気味のため息を小さくついて、明美さんはくすくす笑いながら、お二人ともお優しいので素直についてきて下さるのでした。

 

 はじめのうちは前世で知る某テーマパークのものと似てて、三人乗りのゴンドラが少しの間を取って並び、ゆっくりとアトラクション内を進んで行くようになっているようです。

 

 明美さんはキャーって仰っても笑顔で志保さんに抱きついたりなさっててホントに微笑ましい。対して志保さんは通常運転とみせかけてたまにビクってなさってるの気づいてますからね!

 ふふふふふ。

 

 ……さてさて。

 

 ずっと暗いわけですが、中でも全然他のゴンドラの様子が分からなくなる区間があります。

 

 私は全員の安全バーを解除し、ゴンドラのドアもそっと開け放つ。

 それでも警報の類は全然鳴らない。

 我々が色んなアトラクションを巡ってる間に、そういうふう(・・・・・・)にしてもらっているのです。

 

 お二人は私の行動にお気づきなようですが、きょとんとしておられます。

 

「今はどうか、何も言わずに着いてきて下さい」

「……!?」

 

 お二人は目を見張った。様子がすごく似てて、やっぱ姉妹だものね、なんてこんな時なのに内心で和んでしまう。

 

 今の今まで、にまにまとお二人を鑑賞してた私の突然な真剣さにお二人は戸惑いを見せる。当然ですよね。

 私はゆったりと進むゴンドラから、脇にひっそり隠れている点検用通路に飛び降りた。

 振り返るとお二人は小さく頷き合って、同じく降りてきてくれました。

 

 私は乗ってたゴンドラを少し追いかけ、目立たぬようにして壁に立てかけてあったモップの柄で、静かにドアを閉じた。

 

 ……実はね、周り何組かは公安関係者です。

 そうやって固めてるのもあるし、急に他のゴンドラから人が消えたとかは、誰も気に留めないことでしょう。こんなとこで見知らぬ他人のことなんて、多少違和感を覚えてもすぐ忘れちゃうと思う。

 そもそも、乗り込む前からもう他のグループなんてよく見えませんでしたし、尚更です。

 

 お二人を誘ってキャスト専用通路へ。

 一時的に人払いがなされています。

 

 お二人は恐る恐るといった様子で寄り添って着いてきてくれています。

 

 普段は点検以外で誰も通らないという避難路へと進む。

 

「……何のつもりなの」

 

 着いてきてくれたとはいえ疑いの色濃い声で志保さんが問う。

 

「きっと諸星さんが行動を起こします。だから、お二人は逃げなくちゃいけません」

「……っ!」

 

 明美さんが息を詰まらせた。

 私は先導しつつ顔だけお二人を振り返る。

 

「……あなた、何者なの」

 

 志保さんは表情も声も硬い。

 私はふふっと笑った。

 

「薄々ただの一般人じゃないって、お気づきでしょう? でも特に何者というわけでもありません。ただ……」

 

 私は小さく苦笑した。

 

「お二人の味方でありたいと、心底思っています」

 

 なにが裏目に出るか分からなくて怖い。だけど、多分これは今できる精一杯で、そして今しかないとも思う。

 

 志保さんが、小さな小さなため息をついていた。

 私はまた、前を向いて歩き出す。

 

「……まあ、あなたが私たちを(おびや)かすとは思えないけど……でも、分かってるの? あなたが危なくなるのよ……?!」

 

 志保さんの声には少しだけ怒気があった。

 ふふふ、まったく、人の心配してばっかりなんだから。

 

「大丈夫ですよ。私には、ゴリラも裸足で逃げ出す正義の味方が、五人もいてくれてますから」

 

 一応明かしませんが、協力者のみんなだっています。

 すぐ後ろのゴンドラに乗り込んでたのがゾロ目の皆です。彼らは今頃暗さに乗じて変装を終えてると思う。

 篠川さんが私に、里崎さんが明美さんに、綿引君が志保さんに。

 きっとしばらく()を撹乱してくれることでしょう。

 

「……それ褒めてるの……?」

「ええ! とっても頼もしいんですよ!」

 

 避難路を出て少し進むと控え室やロッカールームがあって、私はそちらへ進んだ。

 着いてきてくれたお二人を(いざな)い、指定のロッカーを開けると変装道具が綺麗に仕舞われていた。

 

「さあさあ、変身のお時間ですよっ。実は楽しみなんです」

 

 半分はほんとにそうだから私がまたにまにましだして、志保さんはジト目になるのでした。

 

 そうやって我々三人はすっかり別人を装う。えへへ明美さんも志保さんも元も良いから可愛くできたと思うんです。

 

「……本当、何者なのよ……」

「ご想像にお任せします」

「……」

 

 ふふふふ。一応極秘ではありますからね……。

 

 三人連れ立って通路に出ながら、私はスマホを取り出した。

 

「そろそろ帰ろうと思うんです。だからもう大丈夫ですよ」

 

〝人払いは、もう要りません。〟

 

『分かりました』

 

 そうお返事をくれるのは諸伏さんです。

 

 ……志保さんがずっとジト目です。

 

「迎えに来てくださいね」

『ええ。すぐに行きますよ』

 

 その通りというか、人払い等々指揮してくださってたのは彼なので最初からパーク内にいらっしゃったのですけど、私たちがキャスト専用駐車場に出た時には既に彼の姿があった。

 

 車がいっぱいあろうと長身イケメンさんはすぐ見つかりますね……。

 

「お疲れ様です」

 

 にこりと笑顔を見せる諸伏さん。

 

「ありがとうございます」

「……誰」

 

 やはり志保さんは警戒してるご様子。

 明美さんは心配そうな顔だ。

 

「ええと」

「始めまして。オレは湯日川(ゆいかわ)(みどり)といいます。汀さんとお付き合いさせていただいてます」

 

 私の言葉をそう遮る諸伏さんに私は吹き出しかける。

 ……あぁでも歌舞輝町で……いやでもあれは木暮愛莉のでは……?

 

「彼女は目を回してるみたいだけど?」

 

 うっ志保さんやはり鋭い。私しくじりましたよねこれ。

 

「……そういうことですよ」

 

 諸伏さんは意味深にふわっと笑いつつ、人差し指を一瞬唇のあたりに当てた。

 

「……」

 

 ああ、志保さんはこれだけで色々察しちゃうのですね。すごいです。

 

 そしてそこから諸伏さんの運転で、宮野姉妹の隠れ家(セーフハウス)となる予定のセキュリティがちがちのマンションへ。

 私も実際に来るのは初めてです。

 

「ご不便かと思いますが、しばらく辛抱をお願いします」

 

 同じくしばらく閉じこもってなきゃいけなかった彼だからこそか、諸伏さんは気遣わしげな表情だった。

 

「買い出しとかは我々にお任せ下さい。あと、変装を覚えてもらいます」

 

 私がメイク道具を抱えながら言うと、お二人は少し目を丸くした。

 

「正真正銘の護衛つきにはなりますが、変装を覚えられたらある程度外に出て大丈夫ですからね」

 

 変装を覚えたお二人がどうなるのかも楽しみだから、私は言いながらまたにまにましてしまう。志保さんはやはりジト目をお返し下さいます。

 

「……それはそれとして。これは一体どういう状況なのよ。説明はしてもらえるのかしら?」

 

 そうですね、ある程度お話するべきでしょう。

 今についてと、これからについてを。

 

-----------------------------------

 

 長くなりそうなので、と、持ち込んだお茶やお菓子を並べていると、志保さんが「周到ね……」なんてぽつりと呟いておられました。

 

「お二人に変な人(・・・)が付きまとってたのを、何とかできたらなってずっと思ってたんです」

 

 それに実際に気づいた時のやりとりがあるから、これで話は通ると思うのです。

 それ以前については、今はお伝えすると拗れてしまうことでしょう。

 

「……たったそれだけで首を突っ込むには、少し物騒すぎるモノよ。……分かってるの……?」

 

 志保さんの表情が硬いのは、優しさによるものです。

 

「相手は……湯日川さんたちが追っている組織なんです。湯日川さんたちはプロです」

 

 私に言われて諸伏さんは穏やかな笑顔を浮かべた。多分、何を語るよりも頼もしい。

 でも当然なのでしょうが、志保さんも明美さんも浮かない表情のままです。

 

「……たくさんの人たちがあの組織をなんとかしたいと思ってます。それは多分……諸星さんも同じです」

「……!!」

 

 明美さんがはっと顔を上げた。

 

「……どういうこと?」

 

 志保さんが片眉を跳ね上げて、ゆっくりと腕を組んだ。

 

「我々は、彼はどこかの捜査機関からの潜入者であると予想しています。……そして多分組織からも鼠と疑われ始めています。だから……内側からことを起こすなら今しかないのでしょう」

 

 諸伏さんからの説明に、志保さんは眉間に皺を寄せて瞑目した。

 

「……『事情がある』、ねえ……」

 

 ふわりと目を開けた志保さんは、珍しく明美さんに不満そうな視線を向けた。

 

 だから(・・・)、あいつはお姉ちゃんに自分が何者かを明かして、別れ話を持ち掛けたってところかしら?」

 

 ……また志保さんに般若羅刹の影が。

 

「本っ当に……利用するために、近づいてきてたのね」

「……志保」

 

 明美さんが、やりきれなさそうな表情で志保さんを見る。

 

「私たちの環境からして……そんなことがあっても、おかしくはないよね」

 

 志保さんはいっそう眉間の皺を深くして、再び瞑目した。

 やがて目を開けた彼女は、くしゃりと表情を歪めた。

 

「……っ……そうかもしれないけど……っ! 何でよ、何でお姉ちゃんがそんな目に遭わなきゃいけないのよ……っ!」

「志保……」

 

 明美さんは席を立って志保さんに歩み寄り、そっと彼女の背中に手を当てた。

 

「私たちの始まりはそんなものだったのかもしれないけど……私は確かに、幸せだったの」

「……!」

「それにね、あの人は自分を偽ってなかったわ。だから……想いは、本物だったって信じてる」

 

 惚気話を欲した私にお話してくださった内容は微笑ましいものばかりで、たまにほんとにとろけるようなものもあった。そしてそれらを語る明美さんは……本当に幸せそうだったと思う。

 

「……外野が口を挟むものでもないのですが」

 

 ぽつりと諸伏さんがこぼして、志保さんと明美さんは彼を見遣った。

 

「潜入に利用した相手に身分を明かすなんて普通じゃありません。だから……彼はきっと、それだけ真剣なんだと思いますよ」

「任務に真剣なだけじゃないの」

「いえ……本当に、普通じゃないんです。危険でもあります」

 

 言い募る諸伏さんはきっと、赤井さんのことをよくご存知なんだろうな。

 

 彼は少し迷う素振りを見せて、そして、顎のあたりに手をかけた。

 

 ああ、そこまでなさるんだなあ、と、私はぼんやり思った。

 

 ぺりぺりと皮膚を剥がしているようで一瞬宮野姉妹がぎょっとしていたけど、すぐにマスクだと分かったみたい。

 諸伏さんは金髪のウルフショートなウィッグも外した。

 宮野姉妹は彼の様子を、固唾を飲むようにして見つめている。

 

 少しだけ、黒い猫っ毛が伸びている気がした。やっぱり髭はなくなってる。マスクする関係からかもしれない。

 

 彼はハイネックの内側からチョーカー状の変声機も外してそして、なんと警察手帳を取り出した。

 

「……オレの本当の名前は、諸伏景光。警視庁公安部所属の、潜入捜査官だった(・・・)

 

 手帳の所属が、捜査一課特殊犯係になってる……!?

 

「私も随分久しぶりに素顔を拝見できた気がします……今は、SIT隊員なんですか……?!」

 

 聞いてなかったからびっくりしすぎてぽかんとなってしまった。

 

「いや、まだ仮だよ。身分を示す必要のある時のためにある。組織を解体するまでオレは表に出れないからな」

「そう……ですよね……」

 

 早く、その日が来るといいな。

 

「それに多分、最終的には公安に戻る可能性のほうが高いと思う。飛田さんみたいに表に出るようになるか、またどこかに潜入することになるかは、状況次第だろうけど」

 

 彼が身バレしたのは彼の落ち度ではない。あんなヤバい組織の幹部にまで食い込めた優秀さを、公安が捨て置く訳はないのでしょう。

 風見さん曰く、事情を知る(多分、そういう実績のある人が現場を退場する羽目になってる、程度の情報だろうけど。あとは査問会にいた人か)一部の上層から引っ張りだこらしいくらいですしね。

 

「……ねえ。まさか……」

 

 志保さんが眉をひそめている。

 

「うん。オレはそこ(・・)に潜入してた。スコッチって名前を貰って、な」

「……っ!? 確か、バーボンが始末したって聞いた名前よ……?」

「そう見せかけて逃げたんだ。汀さんのおかげだよ」

「!?」

 

 バーボンも一枚噛んでる点は一応伏せたみたいですが、そのせいで私がやばいやつみたいな目で見られてしまっている……。

 私は力なく苦笑いするしかない。

 

「過大評価です。私の周りの人のおかげです」

 

 実際、協力者に死体を偽造できる技術の持ち主がいたのが大きいだろうし。

 

「まったく……まあ、そういう立場にあったからさ、分かるんだ。普通じゃないよ、本当に」

 

 彼がここまでするくらい、赤井さんと親しかったってことなんだろうな。

 

「……バカね。本当……バカよ……」

 

 明美さん当人から組織に報告が行く心配はきっとないにしても、彼女には監視がついている。だから危険がないとは言い切れない告白だ。

 

 いっそ最後まで偽り通してそれっきりにしたほうが楽だった。だけど彼はそうしなかった。

 ……明美さんが大切だから。

 

「そして勝手だわ……! バレるようなことをしたらお姉ちゃんの身が危なくなることくらい予想できるじゃない! 何でその対策はしてないのよ……!」

 

 志保さんは手をぎゅっと握りしめて絞り出すように言った。

 

「彼は外国の……FBIの人間だ。この国じゃツテが何もない。だから事前の準備は難しいんだと思う」

「FBIですって……? あなたの同僚って訳じゃないのね……」

「うん。だけどな」

 

 諸伏さんは少し苦笑気味に微笑んだ。

 

「オレが身バレして追われることになった時、彼はオレを助けようとしてくれたんだ」

「……!」

 

 志保さんは驚いた顔をした。

 

「だからきっと、その時(・・・)になったら助けに現れるような人なんだと思う」

 

 志保さんの表情が渋くなる。

 

「そもそも、誑かした以上、危ない目に遭わせないでほしいんだけれど。……あなたたちがしてくれたみたいに」

 

 そして彼女はふっと笑った。

 

「助けようとしてくれて、本当に……ありがとう」

「いや……礼を言ってもらうのはまだ早い。君たちが消えたのを悟られたら、しつこいくらいに探されると思う」

 

 一同表情を暗くする。

 

「あの……大君の身が、危なくならないかしら……」

 

 明美さんが心配で震えていた。

 

「私たちをツテにして組織に接触したんです。その私たちがいなくなったら……」

「いや、そもそも彼が行動を起こそうとしてこうなってるから、どっちにしろ……それに、それがなくても彼は既に鼠を疑われてるらしい。何せあの通り、自身を偽らない人だろう? 罪のない一般人の暗殺とかも請け負おうとしなかったし……」

 

 ……実は潜入向いてなかったりは……?

 いや、そうなら三年間も潜入を続けた上に幹部になったりしませんね。

 

「でも、もし追われることになったとして、彼なら逃げ切るよ」

「……彼とは親しかったの?」

 

 会話から、それが伝わってくる気がする。

 

「オレにとっては、兄みたいな人だったよ」

「……そう」

 

 志保さんは小さく俯いて、瞑目した。

 

「あと多分、彼の仲間が米花町に集まってきてる。彼が何か行動に出るなら、独りでじゃないよ。だから、きっと大丈夫」

 

 それ公安に掴まれてるくらいなのマズくない……?

 いや、組織に知られてはめられるくらいなんだから、どこか綻びがあったってことかもしれないけど……。

 

「……そっか。……うん。きっと彼なら、大丈夫よね」

 

 そう言っていても心配は拭えないのでしょう。明美さんの表情は少し陰のあるままだった。

 

「今は、ご自身の身の安全を優先してほしい。ああ……一応携帯はそのうち処分させて。代わりに、これ」

 

 諸伏さんはそう言ってスマホを二台、二人の前に差し出した。

 志保さんと明美さんは驚いたように顔を見合わせたけど、すぐにおずおずとご自身のものを差し出そうとした。今も電源は切ってもらってる。

 けれど。

 

「いや、モバイル切って大事なデータとか救出してから、自分で壊してくれたらいいよ」

「私のほうはそういうのないわ。大事な連絡先なら……全部櫛森さんに聞けばいいもの」

 

 そう言った志保さんは諸伏さんの方へスマホをすいっと押した。

 

「そもそも、壊しかたが分からないわ。お願いしてもいいかしら」

「そっ、か……」

 

 諸伏さんは少しびっくりしてるようだった。

 彼はデータを守ろうと命ごと破壊してしまうくらいだから、無理もないのかもしれない。

 

「えっと。じゃあ……悪用しない証明も込めて、今ここで壊そうと思うけど……びっくり、しないか?」

「私から頼んでるのにそれはないでしょう?」

「そ、そっか……」

 

 諸伏さんはたじたじだ。

 そして意を決したように、素手でバキッと。

 

「……あなたの握力には驚いたわ」

「あはは。おまわりさんだからな」

 

 おまわりさんだからって素手でスマホ破壊できるわけじゃないと思いますよ!?

 

 その後もこれSIMカードね、とかmicroSD本当に大丈夫? とか、型番分からないようにしとくね、とか言いつつ更に念入りに壊してく諸伏さんはやはり降谷さんと同じでゴリラさんだと思います……ちっちゃいのほど握力必要ですよね? 全部紙ですかってくらいあっさり折っていっちゃった……。

 

「うん。発信機とかも仕込まれてないな」

「それはコレでも一応確認済みではあります」

 

 私のスマホをちらっと示す。コレに探知機が仕込まれてるのは彼も知ってるし、多分、新しくなったとはいえアメリカのあれで志保さんも分かってる。

 

 ちゃんと確認したんだね、と諸伏さんは笑顔を浮かべた。

 ただ、目で見て確認するのが一番確実ではある。破壊した今だからできることではあるけど……。

 

「……スマホまで用意してくれてるなんて」

 

 新しいものを受け取って、志保さんは苦笑した。

 

「私と諸……湯日川さんの連絡先は入れてありますから、買い出しとか、困ってることとか、絶対遠慮せずコレで言ってくださいね!」

「……どうしてここまでしてくれるの」

 

 そう俯き気味に言った志保さんの表情は少し苦い。

 

「志保さんは一番最初に私を助けてくれましたよね。多分同じことです」

 

 にかっとして私は言う。

 

「第一、友達じゃないですか、困ってたら助けたいです」

「……っ。度を越したことだと思うわ……」

「そんなことないですよ。それにですね」

 

 ふふっと私は笑う。

 

「湯日川さんたち警察官は、正義の味方なんですよ!」

 

 それを聞いた明美さんが、小さく口をあけていた。

 

 赤井さんの所属するFBIも警察機関ですし、もしかしたら小さい頃に出会った降谷さんも、何か仰ってたかもしれません。

 

「あ、明美さん、データの移行のしかた、分かりますか?」

 

 これを用意するときに色々教わってきてるのです。

 

「IDは新しくなっちゃいますけど……そのIDは、どこかに控えておいて下さったら、またきっと……本名も、使えるようにしますから……!」

「……! 何から何まで、ありがとう……」

 

 明美さんは少し泣きそうに笑った。

 

「……新しい名前、もう決めてあったりするの?」

「ご希望がありましたら! 特に無ければ各種証明書等作成ついでに作っていただいてきますよ」

「……もう、本当に、いたれりつくせりすぎるわよ……」

 

 志保さんが少し呆れたような顔をしています。

 

「これまでずっと頑張ってきた人にはこれくらいあってもいいじゃないですか! あとですね、大義名分もあるので気にしないでください。組織の情報を、我々にください」

「……私が知っていることなんてたかが知れてるわ。だけど……ここまでしてもらってるんですもの。話せるだけ話すわ」

「ありがとうございます。真っ先にお伺いしたいのが、あなたがいらっしゃった研究所についてです。どこにあるんですか?」

 

 志保さんの眉間に皺が寄った。

 

「あなたまさか……潜り込んでデータを消してくるつもり?」

 

 察しが良すぎるのですよ!

 

「行くのは私じゃなくてプロですから、心配しないでください」

 

 変装するので許してください。

 志保さんは疑いの目で見ている……!

 

「……私が帰って自分でデータを消したほうが確実、って言いたいけど……脱出の目処が自分で立てられない以上、あなたたちが助けてくれようとして、余計危険なことになるかもしれない、わね……」

 

 志保さんは小さくため息をついて、そして真新しいスマホで地図アプリを操作し、やがてその画面を私たちに示した。

 

「……ここよ。表向き製薬会社の研究所だけれど、私以外にも組織のための研究をやってる奴が何人かいるわ」

 

 志保さんが姿を消したあとに爆破されたっていうあれかな……。

 

「あなたの顔見知りもいるわ。と言っても、あっちじゃ変装してたんだけどね」

 

 ……え?

 

「コードネームを、メスカル。MCPHSではリンダ・モーガンと名乗っていたわ」

「……!?」

 

 ぜ、ぜんっぜん、気付かなかった……!

 

「……ショック?」

「……い、いえ、あの……気づけなくて情けないです……」

「一般人はそんなことで情けなく思わないわ。相手は腐っても幹部よ?」

「く、腐っても……」

「本当、あなた何者なの? 口振りからすると湯日川さんと同じ警察官ではなさそうだけれど」

「本職は本当に薬学部研究生です。だけど……そうですね。一度、道を踏み外しかけたことがあるんです」

 

 志保さんが少しだけぽかんとしている。

 

「中国マフィアに繋がる犯罪組織から、研究を認めてやるって釣られまして。その時に保護してもらったご縁で、今は公安の協力者なんです」

「……そうだったの」

 

 薬学関係とか中国マフィア関係の情報提供者という訳でなく、言わば武闘派なことは今は伏せておきましょう……。

 

 あ。諸伏さんまで少しびっくりしておられる。

 考えてみれば降谷さんの過去の任務をバラしたことにもなるんだから、守秘義務違反になっちゃうのかな。

 だけど諸伏さんも最近全然見れてなかった素顔をここで晒したんですもの。暴露についてはきっとお合い子です! ……多分釣り合ってないけどね!

 

「あ、えっとですね、プロのかたにお渡ししたいので、その研究所の見取り図とか、志保さんのデータがある場所とか、分かります?」

「使ったことのある部屋のことしか分からないけど、かけると思うわ」

「助かります!」

 

 私の差し出した手帳に、彼女は丁寧に図を書いていってくれた。

 

「パソコンのIDとパスワードはこれ。ファイル構成はこうなってて……このあたりを全部消してほしいの。ここのパスワードは……」

 

 やはり随分厳重なものですね……。

 そして……最後の一番重要なファイルの名前は『4869』、パスワードは『Shellingford』。

 今の志保さんは『APTX4869』という呼び名こそご存知なさそうですけど、これが組織で『出来損ないの名探偵』と呼ばれたらしいあの薬なのは間違いない。

 

『出来損ないの名探偵』

 

 それは──出来損ないだからこそ検出されない毒薬と化す点を指すのか、毒として検出できない捜査機関側を嘲ったものか……。

 

「アナログな記録の棚はこことここで……膨大だから、きっと持ち出すより燃やすとかしたほうが早いわ」

 

 うっ。物騒だけどしかたないのもしれない。

 何も知らないまっとうな研究員もいるってことだろうから、できるだけ破壊はしたくないのだけれど……。

 

「問題は……メスカルも何か記録を取っていた可能性があるわ。あと、あなたには言ったわね。これは両親から引き継いだ研究なの。そのデータが他の場所にも残されているかもしれないわ」

「それについては……志保さんにしか、その先に進められなかったことが考えられます。だから、今は……メスカルが使っていたパソコンとかの場所を教えてもらえれば、それらも壊してもらいますから、そこまでにしましょう。彼らが悪用する前に、組織自体を潰します」

 

 確約できないことを口にするのは主義じゃないけど、今は志保さんに少しでも安心してもらいたい。

 

 ふっと彼女は笑った。

 

「……無茶をしないでね」

 

 ウッ。降谷さんと同じことを言わせてしまいました……。

 

「えっ、私は現場に行きませんからね? ……他に、プロのかたに伝えたほうがいいことはありますか?」

「……同じよ。無茶をしないで、生きて帰ってほしいわ」

「ふふっ。お優しいんですから」

 

 絶対、帰ってきますからね。

 

「じゃあ、私はプロのかたにこれらをお渡ししてきます。ありがとうございます」

「……まったく。こちらこそ、よ」

「いえいえ。まだ成功じゃないですからね! 身の危険を感じたらすぐに知らせてくださいね!! 状況によっては、海外に逃げていただくことになるかもしれないそうです。公安(われわれ)が守れる範囲じゃなくなるから、最終手段ですが」

 

 その時は、以前恩を売ったとことか公安に申請済みの対組織な外国機関とかに協力を要請することになるんだろうけど……やっぱり国内における公安のほうが守りを固められると思う。

 

「それじゃ、行ってきます。他にも何かお話できることがあればぜひ湯日川さんにお願いしますね!」

 

 そうして三人に見送られて部屋を後にし、私と宮野姉妹に変装してパークにいるほうの三人に連絡を取ろうとスマホに手を伸ばせば、組織用のスマホのほうにちょうどFINEの通知が。

 

『鼠取りが始まる』

 

 降谷さんからです。

 本当、なんてタイミングなのでしょう……。




/

転生者
 相変わらず自己評価が低い。
 赤井さんは『明日決行』だからとこの前日に明美さんに告白してるわけだけど、そのあたりの記憶が曖昧なのでタイミングにびっくりしている。

降谷さん
 またこいつ無茶するんじゃないだろうか……。
 しかし組織から大捕物になるから『ニニティエ』も呼べと指示されて仕方なく連絡を入れた。

諸伏さん
 思い切りの良さは転生者から学んだ。学ばないで。
 SITは本当に選択肢の一つにはあげられているらしい。もしかしたら黒田さんみたいに二足のわらじとかになるのかも。

志保さん
 ……とっても心配。

明美さん
 色んなことが起きすぎて少し呆然としてる。
 大学院に連絡を入れるのは難しいかもしれないと申し訳なさそうに諸伏さんに言われて、そんなこと気にしてられる立場じゃないですからと笑う。恩師の広田教授に挨拶もできないかもしれないのは少しだけ心残り。
 大学なんてまた受ければいいのよ、お姉ちゃんならやれるわ、なんて志保さんに言われてやっぱり志保は可愛いわと和む。お姉ちゃん、あなたがそう言うなら頑張れる気がするわ。

Next phase:W.D.
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。