降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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28.黒と緋色の実存証明。

 赤井さんがこの局面をどう潜り抜けたのかは思い出せない。

 コナン箱推し! とか言ってこの体たらくです。

 だから組織からの呼び出し以降落ち着かない。

 

 こうなった以上は多かれ少なかれ絶対にFBIには損害が出てしまう。悪ければ死者も出かねない。

 だけど我々は、我々を危険に晒しまでして彼らを助けることはできない。彼らが我が国と連携を取ってないからです。『降谷さん』の情報を『ライ』に伝えるわけにいかなかったのもそのせいで、『赤井さん』の情報を『バーボン』に伝えなかったのもそのためだった。

 今日までにライと接点を作れなかった私には、もはやどうにかできる点じゃない。

 

 降谷さんはきっと私以上にもどかしいだろう。

 

「……何ですか。相手が相手です。そんなだらしない顔をしている場合じゃありませんよ」

 

 もだもだ考えていたら、演技でも何でもなくバーボンに見()れてしまってたみたいだ。黒いロングコートがすごく様になってる。本当は真逆の人なのにね。

 ただでさえそう気の抜けたことをやらかしてるのに、無表情にクイっと顎を引かれるとか、設定を印象づけるためと分かってても心臓に悪い。クールだ……。

 

「……イチャイチャしてんじゃねえ」

 

 ジンが突っ込んできたけど冷やかすようにニヤリとしてて、イラつきながらとかじゃなかった。ほんと、バーボンはかなり気に入られてるんだなあ……。

 

 そして私は別の物語を知ってる手前、バーボンの優秀さ以外にもその原因があるのはよく分かっている。一端は私だ。

 その私が気が抜けていてはいけないんだ。

 せめて『降谷さんが組織壊滅の志を同じくするはずのFBIを手にかける』なんて事態を少しでも減らすには、FBIを表立って助けることができない以上は……。

 

 気を引き締めなければ。

 

赤井(・・)だけでも面倒だってのに、あの中には鼠がうじゃうじゃいやがる。RUMが確認済みだ……」

 

 ライがFBIの赤井さんだという情報を持ってきたのは、バーボンです。

 これはライがその動向から既に鼠と断定された後のことで、やむを得なかったみたいだ。そこまで判明した上でなら、その正体を探り当てられなければ探り屋としての能力を疑われてしまう。とはいえ……やっぱり彼、自力でたどりついたんですね……。

 FBIは潜入捜査官の情報を消すなんてことはしないのか、はたまた他で情報が残ってしまっていたのか。

 ともあれ、そんな訳でますますジンはバーボンのことを評価したみたい。ジン以外の幹部たちも彼がスパイだなんて微塵も想像してないことでしょう。バーボン本人は私や諸伏さんの前では少し憂鬱そうだったけれど。

 

 ともかく、キャメルさんとRUMの接触は既に終わってしまってるようですね。

 

「なら、倉庫(ネズミとり)ごとブッ飛ばしちまえば早いんじゃないかい?」

 

 そう言ったのはキャンティだ。

 

「それじゃ周りに潜んでる奴らが逃げちまう」

 

 ウォッカが言う。

 

「サーマルスコープ覗いてみな」

「……たくさん、いる……俺、撃っていい?」

 

 コルンの声はいつものように淡々としてるけど、わくわくしてそうな気がする。

 

「ハッ。こりゃ大漁だねぇ……誰が一番多く仕留められるか、競争し甲斐があるってもんだ。ねぇ、コルン、カルバドス」

 

 キャンティも舌なめずりしそうな勢いだ。

 

「逸るな……まず俺が予定通り奴と合流する。毒餌に群がる憐れな鼠どもが、無様に緩んだツラを並べたところで……楽しい狩りの始まりだ」

「兄貴自ら囮になる気ですかい!?」

 

 ウォッカが驚いた声をあげた。

 

「当然だろう……俺が餌だからこそたんまり釣れたんだぜ? 中から奴らの臓物をぶちまけるのはこの俺だ……」

 

 ククッとジンは嗤う。

 

「……どれ程熟した葡萄酒にも勝る、芳しい赤を散らしてくれることだろうよ……」

 

 そして一瞬でその嗤いを跡形もなく引っ込めると、彼は倉庫(ネズミとり)に足を向けた。

 

鼠取り(あれ)に地下はねえ。燻り出したら……合わせろ」

「はいはい……」

 

 キャンティが肩をすくめた。随分大雑把な指示ですね……でも多分、これで充分連携できるのが彼らなのでしょう。

 実際きっちりこなしてるとこしか見たことない。

 ……犯罪じゃないことにその有能さを発揮してくれたら良かったのに。

 それぞれだろうけど、彼らがこうある理由って、何なんだろうね。

 

 静かに歩くジンに距離を置いて、物陰に潜みつつ数名が続く。

 

 その中にはアイリッシュやアリゴテなど、見覚えのある姿もちらほら。顔ぶれから、幹部以外もきっと接近戦が得意な面々なのでしょう。

 

 ……アリゴテは……多分、キールのお父さんなんだと思う。キールのベースとなるお酒の一つが、アリゴテという辛口の白ワインです。

 親子のあの件がいつなのか分からないけど、ひとまず今はご存命でホッとする。

 

 ちなみに、同じ白ワイン由来の例としてはリースリングがあがる。彼女の現状は私なんかに分かりようもないけど、すでに潜入中だったりするんだろうか。

 

 遠距離狙撃組もそれぞれ散っていったのを見届けたバーボンは、パソコン等が並べてあるコンテナに入る。私もその護衛として続く。……私に護衛されなくても彼のほうが強いのは置いておいて。

 

 実はここで倉庫街のセキュリティとか、交通管制システムとかをね、掌握済みなんですね(遠い目)。今はまだ特に干渉してないんだけど、FBIが逃げづらく、応援を呼びづらくするための手段の一つ。

 FBIという『集団』を相手取るからには色んな網を仕掛けなければいけないわけです。

 私なんでほんと、こんなおおごと記憶してないんだろう。大事件でしょうに。

 

 ため息をつきたい気分で私はスマホを確認した。もうすぐ通信できなくなるからね。

 そして思わずふっと笑ってしまう。そのまま、電源を切ってスマホは仕舞う。

 

 ジンが自らにとりつけてる盗聴器と小型カメラの情報が、インカムとバーボンのパソコンから入ってくる。メンバーへのこれらの中継地点もここだ。

 彼は赤井さんと合流したところで、偽りの仕事の打ち合わせを始めていた。このあとここに取引相手が来るとかなんとか。「一体何の取引なんだ」って、赤井さんが聞いてる。それを聞かされてないことは実はそれほど不思議じゃない。情報漏洩はどう起きるかわからないからなのか、例えばあの方から直接命を受けたジンだけ知ってて、付き添いのウォッカや護衛のキャンティたちは知らない、なんてこともあったりするみたい。

 

『お前は知らなくていい……その悪人面ぶら下げてりゃ、勝手に相手がビビってくれるだろうよ……』

『何とも不名誉なご評価だな。まあ、役に立つならそれでいいが……』

 

 ジンに悪人面って言われたらショックな気はするよ。ただ私も赤井さん、登場すぐの頃って顔怖いとは思っちゃってた気がするなあ。哀ちゃんが怯えてたのもあったし、すっかり敵キャラかと……。

 まあ私は、ジョディ先生やキャメルさんも登場したての頃は敵だと思っちゃってたくらい、すーぐブラフに引っ掛かる単純な人間ですけどね。

 

 バーボンが機材を操作し始めた。様々な警報を鳴らなくする。倉庫街の防カメだけでなく、周辺住宅等に設置されていた外向きのものにもループ映像が仕込まれ始める。それができない機種には一時的な動作不良を起こさせる。

 道路の信号のタイミングをほんの少し弄って、倉庫に向かう、あるいは離れる流れに多少渋滞を起こしやすくする。おかしくない程度に。

 

 そんなバーボンの様子をヒヤリとしながら眺めていると、赤井さんが動いたようだった。ジンはそれをしばらく捌いていたけど、周りに隙をつかれた様子で取り押さえられた。多分演技だ。

 赤井さんの不意打ちでも倒れず簡単には捕まらなかったのは、むしろ彼が『餌』だからこそだろう。大人数を彼一人に用意したFBIの期待する『彼らしさ』を演じたに過ぎない。

 

『……ッ、クソが……何のつもりだ……!』

 

 地面に引き倒されているらしいジンの苦しげで忌々しげな声がする。彼もかなりの役者ですね。

 

『お前には聞きたいことが山程あるんでな。取り引き相手とやらが来る前に、大事に持ち帰らせてもらう』

 

 赤井さんの声や、ジンを拘束しているであろう物音が聞こえる。やがてジンは立たされ、歩かされ始めたようだった。

 

 私はてっきり簀巻にでもされるんじゃと思ってたんだけど、そこまで厳重ではないみたい。大勢で囲めてるんだし、拘束に時間をかけずにさっさと運ぶに限るのかな。

 

 やがて幾人もに周りを固められたジンが倉庫から出てくるのを、組織が設置したカメラも捉える。ジンは後ろ手に拘束され、頭から誰かの上着を被されてる様子だ。『中からぶちまけるのは俺だ』とか言ってたから、自分で抜け出す算段でもあるのかな怖いね。

 

 けれどこれはFBIが燻り出されてしまったってことな訳で……。

 

 すぐに数人が倒れた。サプレッサーのおかげで銃撃音はしない。

 慌てた様子を見せる者、身を伏せるもの、倉庫内に引き返す者、倒れた仲間を物陰に引きずり介抱する者……。

 

 そこへ、近接組が襲いかかる。

 

 倉庫の周りに潜んでた面々もキャンティたちに狙われて、逃げようとしたところを待ち構えてた構成員に捕捉されたりしてるみたいだ。

 

 混戦の中、いつの間にかジンも生き生きと動き出していた。そばにはウォッカ。拘束を脱するのに彼が手助けをしたかもしれないし、完全独力かもしれない。

 

「……通信阻害装置を起動します。遠近の意思疎通にはご注意を」

 

 バーボンがぽつりと伝えた。

 向こうの増援・脱出妨害のためにはこちらの連絡も滞る。

 

『はん。せいぜい射線に立たないでおくれよ』

 

 キャンティの声を最後に、映像も音声もすべて砂嵐になった。雑音がひどいため通信は切るしかない。

 

 動くならここしかない。

 

 けどバーボンが私の腕を掴んだ。

 

「余計なことをしないで下さい。お前が行ってもトリガーハッピーたちの餌食ですよ」

 

 阻害装置のおかげでこのコンテナ内も盗聴の心配がない。だけど今は、演じる人格のまま話す。

 

「……あの人は()を助けようとしてくれた」

「……君たちは、知ってて僕に黙ってたんですか?」

「ああ。何せ彼らは正式な手続きを経ていない。そんな相手にあなたの情報は流せないから打診なんてしようがなかったし、助けようとしてくれたから、あなたに密告したくなかった」

「……言い訳として妥当では、あります。……ですが」

 

 ぐいっと彼は私を腕の中に収める。だけどそれは決して甘いものじゃない。

 彼は私の胸倉を掴んだ。

 

「理解はしてやれません。その甘さは人を殺します」

(から)さも今は人を殺す。……心を、殺す……あなたの」

 

 降谷さんの目がカッと見開かれる。

 

「その覚悟なしにここにいるとでも?」

「思ってない。でもだからって死んで良いとは思わない」

「君も死んで良いわけじゃない!」

「!」

 

 今度は私が目を見開いた。

 

「下手をしたら両方から狙われる! 心配するなというほうが無理だ!」

 

 私は思わずふわりと笑った。降谷さんが驚いた顔をする。

 

「ご心配ありがとうございます。だけど私は一人じゃありません」

 

 ペリペリと、変装のためのマスクを剥がす。

 その下には、素顔に少し手を加えただけの変装その二がある。

 真っ黒な戦闘服を捨てると私は上からスーツを羽織った。襟には赤バッジ。これはつけてなくたっていいものだけど、一課の人間であることが示威にもなる場合、あるにこしたことはない。

 

「ここは一課六係にお任せ下さい」

 

 遊園地で遊んでるふりしてなきゃいけない人たち以外にも、仲間はいるんですよ。

 

 硬い表情をしながらも降谷さんは私を離してくれた。にこっと笑ってみせると、彼は小さくため息をついた。

 

「……どちらかといえば捜一じゃなく組対部の仕事だろう……」

「いいえ、どっちの仕事でもないんです」

 

 聞いて、降谷さんはいかにも不味そうな顔をした。

 

「そうか……ここは……」

「では、行ってまいります」

 

 私は小さくお辞儀をする。

 

「…………気を付けて」

 

 少し憮然としたまま送り出してくれる降谷さんに、私は小さく苦笑した。

 

「あなたこそ、お気を付けて。追わせはしませんけどね」

 

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ピィ────!!!

 

 何よりもけたたましく鳴り響いたのは笛の音だった。警報も切られ、通信も妨害され、銃器にはサプレッサー。それでも怒号や打撃音や破砕音などはあちこちであがっていたが、笛はそれらを容易く劈き響き渡った。

 

『君たちは包囲されている。今すぐ戦闘行為をやめ、投降しなさい』

 

 笛に続いて、型に嵌まったような勧告が拡声器で届けられた。

 

 バーボンは機材を片付けつつ、通信妨害を解除する。

 

「……ジン、南西の民家(・・)から警察官らしき数名が現れました」

『ハァ? ……どこから嗅ぎつけやがった……!』

「ともかく、包囲というのは恐らく嘘です。ただ、この民家はまだ怪しい……南西以外からの撤退を勧めます。ルートは……」

 

 交通管制を掌握しているため、逃走経路もバーボンが作っていく。

 もちろん全員で一つの道を使うのではない。数本の経路を示し、それぞれ近いものを利用するように指示を飛ばす。

 

『……チッ……分かった……道を作るのはいいが、お前も捕まるんじゃねえぞ……』

 

 潜入捜査官がジンに心配されるなんて、とバーボンは内心で苦笑する。

 

「当然です。……民家は調べますか?」

『いい。捨て置け』

「了解です」

 

 そこで通信は終わり、バーボンは機材の片付けを進めつつ、作った道を整えて地図上に示して通信映像に乗せ続ける。

 通信妨害の目的が相手の連絡手段を封じるためだけだったことからも分かるように、この通信のセキュリティはかなり高い。専門家でもハッキングは難しいだろう。

 

 だからきっとこちら(・・・)は全員逃げ切れる。

 

 懸念はただひとつだけ。

 

(……(みぎわ)……妙な立ち回りはするなよ……?)

 

 片付けを終えた彼は、一抹の不安を抱えながらも静かに退散して行った。

 

 周辺のセキュリティシステムも交通管制も、ハッキングされていたことに気づいたものはなかった。

 

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「物騒な事態になったから勧告したけど……絶対どっちも逃げてるよね、これ」

 

 拡声器片手に夏井は溜め息をついた。

 

「上出来だ。あんなものは、まずとめるのが第一だ。周辺に飛び火するよりましだろう」

 

 春野は緊迫した表情で銃を構え、塀に張りついている。

 

「……春野さん。無理だけはしないで下さいね」

 

 秋元が表情硬く春野に呼びかける。春野はふっと苦く笑った。

 

「それは時と場合によるな……」

「……」

 

 あまりよくない空気が漂っているところに、夏井は少々わざとらしくため息をつく。

 

「しっかし、何なんだよ……CIAがFBIをぶっ潰す気にでもなったのかな?」

「それはないだろう。FBIが相手取っていたのはいかにも脛に傷有りな連中だった」

「あれがFBIが日本に来てる理由なのかもしれませんね」

 

 さらっと秋元が核心をついていく。

 

「ははっ……本当……好き勝手してくれる……」

 

 木暮ほどではないが、何だかモヤっとする。……もしかしたら『人並み』と言っていた彼女も、これくらいの思いで言っているのかもしれないけれど。

 

「……みなさん! ……良かった、間に合っ……た?」

 

 噂をすれば陰というか、木暮が駆け寄ってくる。

 

「ばかなの? 遅いよ。多分もう終わってる」

「えっ……ご、ごめんなさい。ちょっとこのあたりしばらく電波が妨害されてたみたいなのよ……」

「知ってる。……まあ、にしては早く来れたよ、君」

 

 珍しく評価する夏井に、しかし木暮が返したのは乾いた笑いだった。

 

「ええと。もうすぐCIAの捜査官たちもここに到着するわ……」

「……はは。タイムオーバー、か」

 

 春野が疲れた笑いをあげた。彼も本音を言えばこの日本で罪を償わせたかったのだろう。

 

 その時である。

 ガタッ、と、倉庫内でいくつか物音がした。

 

「……!」

「まだ、誰か残ってるのか……?」

 

 一同に緊張が走る。

 

 しかし物音は既に聞こえなくなっていた。

 

「……」

 

 数秒の沈黙。

 顔を見合わせる一同。

 

 やがて春野が決意したように緊張の表情を見せ、重心を低くとった。

 

「突入して中を確認する。……何が起きてもおかしくない。気を引き締めろ」

「「了解」」

【挿絵表示】

 

 そして呼吸を整えた彼が合図を示し、拳銃を構えた四名は一気に倉庫内へと突入した。

 誰がどう示し合わせたわけでもなく、それぞれで出入り口を効率的に遮断していた。

 

「動くな!!! 警察だ!!」

 

 春野の声が響く。

 まず目に入った情報は横たわる人影が想像以上に多いこと。血だまりもそこここにあり、建物の破壊痕も随分激しい。

 動いている者はいないように見えた。

 

 ──しかし。

 

 その黒い人影は突然視界内に現れた。対応できなかったわけではない。秋元も、夏井も、春野も、応戦した。しかし二、三、打ち合ったかと思うと弾き飛ばされて床や壁に強かに身を打ち付ける。

 木暮は──三名のヒヤリとした内心を他所に随分と奮闘しているらしい。

 

(……何それ。……情けないだろ、そんなの……)

 

 夏井は意地で起き上がろうと試みるが上手くいかない。

 

 黒い人影の蹴りを逆に当人の懐に飛び込みながら往なして、背中合わせ気味になりつつ、勢いを殺さずに身を低くして足払いを仕掛ける。けれど黒いのはすぐに態勢を立て直していて、ただ跨ぐような一瞬のジャンプでそれを躱してしまう。

 そういう目にもとまらぬ一瞬が次々に過ぎていく。

 

(ほんと何なの、あの()

 

 思えば最初からそうだった。異常な銃の精度から認識が始まった。

 あの娘、なんて言っても年齢なんて知らない。ああいう綺麗な人間は年齢不詳すぎるのだ。しかも女性に年齢を聞くのは失礼だなんだと言ってくる世の中である。階級からすると同期くらいとみておかしくないのに、時に幼く、時に老成して見える。

 実はあれで百戦錬磨の老兵なのかもしれない。なんてヤケクソな考えだけは無駄に過るのに、身体はまだ動かない。

 

 そのうちに。

 

 あ、駄目だ。

 

 木暮が打ち負ける。

 

 それは手に取るように分かるのに、助けに行くことが、できない────!

 

(クソっ!)

 

 予感通り腹に一発まともに食らった彼女は地に伏した。

 他に向かってくる者がいないからか、黒い人影はそのまま彼女に銃を突きつける。

 

(デザートイーグルだって!? そんなもので撃たれたら……!)

 

 こんな事態だ。恐らくある程度の防弾装備はしているだろうが、それで耐えられる気はしない。

 焦りで奥歯をかみ砕く勢いの夏井は──。

 

 キィン、と、一筋の赤い閃光を見た気がした。

 

 黒い人影の手からデザートイーグルが消えている。少し遠くの地面に転がっていた。

 

 少しの静寂。

 

 そして──。

 

「……ハッ。……ハッハッハッハァ! ……まだ生きてやがったか、赤井」

 

 黒い人影が、初めて喋った。

 

「……五月蠅い……もう、くたばれよ、ジン……」

 

 ゆらりと、もう一つの黒い影が見えた。けれどそれは何だか本当に、赤い。

 

 ……ああ、血だ、と、夏井は気づく。

 それがその人物自身のものなのか返り血なのかは分からない。

 

 その二つの人影は一触即発に見えた。場が緊張で満たされる。

 

 そんな中。

 

 ピリリリリリ……。

 

 水を差すように、味気ない着信音が響いた。

 真っ黒い人影からだ。それはチッと舌打ちした。

 しかし件の人物は律義に電話を取ったらしい。

 

『もしもし? 生きてますね?』

「……ああ……なんだ、お前か……」

『何だじゃないです。あなたまさか、周りを見失ってないでしょうね?』

 

 電話相手が何を言っているのかまで案外きちんと把握できる。電話越しではあるために相手の声を後日識別しろと言われる機会があっても無理だろうとしか思えなかったが。

 

 黒い人影は、ただ、ククッと嗤った。

 何かを察したらしい電話相手の溜め息が聞こえた。

 

『……いいですか。今あなたの目の前に何があろうと、今すぐ離脱してください。どうやら警視庁がそこに厄介なものを連れて来るようです。緊急車両ってものはどこにでも割って入れますからね』

「……なんだって?」

『カンパニーまで今相手にしてられないでしょう。早く離脱を』

「…………チッ……面倒臭ぇ……」

『だから言ってるんです』

「…………クソが……」

 

 黒い影はさも不機嫌そうに幾度も舌打ちをするが、電話の声に素直に従うらしい。

 重そうな身体をずるずると引き摺って、倉庫から出ていこうとする。

 

 逃がしては、ならない。

 それなのに。

 

(……動かない……っ、何でだ……!)

 

 自分はただ、蹴り飛ばされただけなのに。

 

 けれど希望は潰えてはいなかったらしい。赤黒い方のやつが、黒い影を追おうとしているのが分かった。

 

 しかし──。

 

 キュンッ、と、嫌な音が空を切った。

 

 黒い影、赤黒い影、そして──木暮がいた。彼女の姿が傾ぐ。

 それに気づいたらしき赤黒い影が彼女の元へ引き返してきた。

 春野が、地に伏す者の腕から精いっぱいの様子で拳銃を蹴り飛ばし、また倒れ込む。

 ああ、春野さんはそれだけでも動けたのか。そんなことをぼんやりと悔しく思ってしまう。

 

 ファンファンという、聞き慣れてはいるはずの音がいつの間にか近くで鳴り続けていた。巡る赤い光。

 

「────木暮ぇ!!」

 

 雷のような声がした。

 見慣れない大柄な背中。

 

「…………はち、ご……班長、すみ、ませ……」

 

 蜂郷。それは木暮が所属する捜査班の班長の名らしい。

 

「新宿、の、みんな、重傷、です……救急車、を」

「馬鹿野郎が、お前が重症だよ……いつもいつもメチャクチャしやがって」

 

 蜂郷の声に同意しかない。しかし、自分たちも重傷だって? はは、それに気づけてなかったほど、には……。

 

 夏井が覚えているのは、ここまでだった。

 

----------------------------------- side:Reincarnator

 

 現場には《 防御強化 》、《 自己強化 》を使用して臨んだのだけど、やはりそれでもジンに敵うとは思えなかったし実際敵わなかった。ただ、私は少し凌げれば御の字ではあった。バーボンはすぐ警察車両が複数向かってることに気づくはずだったから。

 

 そしてそうそうすんなりは終わらなかった。

 あれだけ大勢の目がある前ではさすがに更なるチートは解禁したくなくて、私は弾道に自身が割り込むくらしいか出来なかった。もちろん急所で当たりに行くような真似はしていないけど……。

 

「……何故庇った」

 

 赤井さんの声がした。そういえばFBIは我々をどう捉えてるんだろうね。

 

「だ、って……友達の、彼氏、だもの。死なせる、訳には……」

「……!」

 

 ああ、痛い、苦しい。

軍用エリクサー 》を使うには、この場から早く退散しないと。

 

「俺達は別れた。だから、君が俺を庇う必要などなかったんだ……」

「別れ、たの……このせい、でしょ……?」

「……何……?」

 

 上体を自力で起こすと少し咳き込んだ。話しづらいったら。

 

「FBI、の、赤井、秀一さん。……日本警察は、あなたがたが思ってる、よりも……」

 

 また、咳き込む。銃弾を受けたことよりジンの一発のほうが多分マズい。これは《 快気 》で少しずつ回復してたほうが良さそうだ。

 

「────木暮ぇ!!」

 

 蜂郷さんの声がする。てことはCIAの人もきっと到着してますね。

 メチャクチャ? ふふ。いつもだなんて。……ごめんなさい……。

 

「…………赤井、さん、明美さんを、泣かせたら……許さないんだから……」

「もう泣かせたよ……」

「じゃあ、許さないわ……私いまから、後顧の患を、潰しに行くんだけど……」

 

 立ち上がるけど、少し足元がふらつく。やっぱりどこかできちんとエリクサー使わないと。

 

「ちょっと付き合ってくれない?」

「何を言って……」

「おい木暮、お前怪我……!」

「見た目ほど酷くないので安心して下さい。まだ仕事終わってないんですよ」

 

 眉をひそめる蜂郷さんにへちゃりと苦笑する。ブラック労働はお互い良く分かってるところでしょう?

 

 周りを見回すと、新宿署のみんなを始め負傷者は既に救急隊に預けられてるみたい。そしてCIAらしき人々と六係のもう一人が、FBIの人々を助け起こしたりしつつ、ひとまず集まるよう指示してるようだ。

 

「……組織の連中、いつの間にか全員消えてるわね……」

 

 負傷者も、死体も。

 多分そういう(・・・・)人員がしれっと回収してる。そうした名も無き後処理役たちこそ、組織が組織として在る一番の功労者なんじゃないかと思う。

 

「……組織、か」

 

 フッと赤井さんが笑った。

 

「我々は随分日本警察を侮っていたようだ」

「武器輸送察知されてるのに何言ってるの」

 

 それは多分物語が重なってなければ起きなかったかもしれない所ではあるんだろうけれど。これはコナン世界の警察をあなどってるとかじゃなく、特対の人たちって全員、ルートによってはミステリの主役になるスペックの持ち主だから……。

 

「……違いない」

 

 赤井さんは自嘲の笑いを浮かべた。

 しかし彼も結構ボロボロですね。更に働いていただくのは申し訳ない気もする。

 

 悩みつつ、私は彼を隅っこに引っ張ってひそひそ話を始める。

 

「FBIがことを起こした以上、明美さんも志保さんも危ないのは、さすがに分かってるのよね?」

 

 赤井さんにタメ口を利くのは内心なかなか堪えるんですが、今の私は警視庁の警部補なのです。態度は大きく居なければ。

 

「ああ」

「……ジンを捕まえた後で助けに行く気だったの?」

「……ああ」

「こうなった場合は?」

「こうなっても行くさ……君はそういう話をしに来たようにみえるが」

 

 きっと、本来の物語では赤井さんは消耗してるのもあるし周りにとめられたのでしょう。

 

「多分少し違うわ。二人には既に離脱してもらってる。問題は研究成果よ。彼女はそれが組織に残るのを望まない」

「そういうことか……」

 

 それができてこそ、そして(おびや)かされずにいられてこそ『助ける』ことになれる。

 

「あなただって、このまま大人しくアメリカに帰るだけなのは我慢ならないんじゃない?」

「帰る……?」

「今回、騒ぎを収めようにも日本の機動隊で囲むと、どこから漏れたかって話になるのがネックだったわ。だけど、FBI側が日本警察に尻尾を掴まれてくれてたから、利用させてもらったの。ダメ押しにCIAにお迎えに来てもらったわ」

「……は?」

「長官さん御自らいらっしゃるとまでは思わなかったけれど。お陰でバーボンにはCIAが来たって察知されちゃったみたいね」

 

 赤井さんは絶句している。

 

「……君はいったい……」

「この顔に見覚えがない?」

 

 私は苦く笑ってみせる。

 

「……あの時、スコッチと……」

「そう。結局、彼は助けられなかったけれどね」

 

 嘘を並べる。ここで明かす訳にもいかないから。

 

「……っ。だから、俺が逃がそうと……!」

「この体たらくでそれを言える? あのバーボンに、あなたなら敵ったって?」

「……」

 

 尊大な台詞を吐いて心が痛い。赤井さんは黙り込む。作戦失敗直後だ。大きく出られるはずはない……。

 

「……スコッチのペットというのは……」

「ああ……彼女も助けられなかったわね」

 

 苦く笑って遮る。恐らく彼は『君じゃないのか』と続けようとしてた。他人のフリを鵜呑みにしてくれるかは分からないけど、そのペットが警察関係者であってはならないのですよ。しかしペットって呼ばれてるははは、無理もないけど……。

 

「で、どう? 志保さんの大事な心、守るのに一枚噛む気はない?」

「CIAがそんな猶予をくれるかね」

 

 赤井さんが苦い顔で周りを眺める。

 

「随分弱気なのね」

「俺はただの敗走者だからな……それに、情けないが、怪我人だ」

「……やっぱりそれ、返り血ばかりじゃないのね」

「君こそ随分なものを食らってなかったか」

「鍛え方が違うのよ」

「……」

 

 そのジト目はそういう問題じゃないって言いたいんだろうけど、今は私のことは構わないでほしい。

 

「……で、よ。明美さんの恋人であるあなたなら、あの研究所に入ったこともあるんじゃないかしら」

「道案内がほしいのか?」

「いいえ。建物の見取り図まで志保さんからもらってる。だけど現地を知ってる人手があるにこしたことはないの」

「ふむ……」

「で、一緒に来てくれるの? 来ないの?」

「断る理由がどこにある?」

「オーケー」

 

 私はしれっとこの場から歩き去ろうとする。赤井さんもついてくる。

 当然声をかけられるけれど、素直に立ち止まるわけには行かない。

 

「ちょっとデートしてきますね」

「おい……」

 

 嫌な予感しかしないと言いたげな六係のお二人。

 

「篠川さんと里崎さんとの、ダブルデートですよ」

「……ご苦労なことだ」

「怪我してんだぞお前。無茶すんなよ……」

 

 CIA職員らしき静止の声もしたけど、私はひらりと片手を振るだけで答えた。案外それ以上の干渉はなかった。

 

 予め車を用意していた駐車場に向かいながら篠川さんに連絡を取る。

 

「こちらはひと段落よ。そっちは今どんな感じ?」

『キャラクターのパレードが始まったので、それを眺めています』

 

 電話の向こうからは篠川さん扮する私の声が返ってきて変な気分です。

 

「オーケー。そちらに着いたらFINEで送るわ。ああ、あと助っ人に赤井さんを呼んだわ」

 

 篠川さんは絶句した。

 

 エンジンを吹かしながらスマホをドリンクホルダーに立てる。もともと収まってたミネラルウォーター(350ml)は赤井さんへ。ティッシュもダッシュボード上にあるようですね。

 そうして助手席に収まってくれた赤井さんに、私は更に『試作品』の入ったタッパーを差し出した。見た目はただのクッキーです。

 

「……これは?」

「この車の血みどろ具合を少しでも軽くしてくれる気があるなら二、三枚食べておいて。薬味も入ってて、多少の止血効果とかが望めるはずよ。お腹空いてたら全部食べてくれても構わないわ」

 

 言いながら私も食べる。味や香りの面は多分良し。しかし消耗してる時に水分無しでこれはきついかもしれないですね。回復ポーションが水薬の形なのってそのへんでも適してるのかもしれない。液体かあ……色々考えないとなぁ……。

 

 私のチートの数々を眺めて一番にもどかしくなるのは、他者への回復力のなさでした。色々できる分、尚更目につく。

 だからそこを補うために、料理好きと薬学の知識を活かして回復レーション的なものを作ることを目標にしているのです。個人的に優先してるのは味がまともなことだから(消耗してる時に不味さで食べるのに苦労するのはなあって……)、まだまだ大きく効果が期待できる訳じゃないけど。

 

「この車、君のなのか?」

「違うわ。借り物だから汚したくないのよ」

 

 白のエスティマ。公安のを回してもらった。覆面パトカーみたいに赤いランプも仕舞われてます。私のミラジーノはまだ遊園地に停まってます。

 

 ひとまず赤井さんは大人しくクッキーを食べ始めてくれた。彼がこれで回復できるのは僅かだろうけど、ないよりはマシだと思う。

 私は運転しつつ《 快気 》を使う。一人だけ回復できてごめんなさい。

 あのゲームでは戦闘状態にない時の自然回復力がエグいわけですが、そういう訳にはいかないらしく、きちんと回復に努めないと治らない。

 

 私は赤井さんに行き先を告げた。名前からしてテーマパークなせいか彼は少し怪訝な顔をする。

 

「明美さんと志保さんには、そこで替え玉と入れ替わって、隠れ家に潜んでもらったの。つまりまだ替え玉が彼女たちの振りをしてくれてるままなのよ」

 

 私と彼らが合流する前にFBIが動くとは思ってなかったんだけど、タイミングとしては悪くなかったのかもしれないね。間が開くと、あとの方なかたの身の危険がより高まりそう。

 

「まずは彼女たちの監視を抑えるわ。そして皆と合流して、研究所に向かう」

「侵入するなら我々だけのほうが身軽じゃないか?」

「だから、人手が要るんだってば。紙の研究データもかなりあるらしくて、彼女も燃やすとか溶かすとかしたほうが早いだろうって言ってたし」

「ふむ……」

 

 赤井さんが腕を組んだ。

 

「……だとしても、何故俺を連れて行く? ベルモットの存在を考えれば、身内で固めてすら不安が残るというのに」

「私がそのベルモットだって言ったら?」

 

 声帯模写は不得手なんだけれど、赤井さんが明らかに警戒して身構えたものだから、私は思わず大笑いしちゃった。すみませんついイタズラ心が……。

 

「あっはは! あなたこそ、今ベルモットがアメリカで映画撮影中なこと知らない上でついてきてたの? FBIのエースを一人誘い出して謀殺する、なんて有り得そうじゃない?」

 

 完全に油断し切ることはできないけど、今彼女が日本にいない、という情報ってとても大きい。

 

「……そもそも、あなた顔に傷ができてるし汗の跡もあるわ。変装マスクだったら剥がれてるとこでしょう?」

 

 顔に乱闘の跡をメイクした赤井さんのマスクで組織側の誰かが待機してた、なんてちょっと意味が分からないしね。

 

 赤井さんが小さくため息をついた。

 

「……同じだよ。マスクから汗は浮かないからな。それに……ジンとの殴り合いは見事だった」

 

 いや、私、結構あっさり伸されちゃった気がする。

 

「…………お褒めにあずかり光栄です……?」

「ベルモットにあそこまでの接近戦はできない……はずだ」

「そ、そんなもんですかね……」

「ああ」

「ともかく、そろそろ着くわ」

 

 警察とかなんとか言わずきちんと大人二人分料金を払って入園する。更に飲み物も調達したのは必要だったからです。干からびたボロ雑巾が二枚合流したってただの足手まといだ。

 

 FINEで篠川さんにスタンプを送信すると三つのアトラクションの記事が連続で返ってくる。三つってことはその重心のあたりってことだよね。

 

 夜になっても人でいっぱいで、ご指定の地点にも特に分かりやすい目印はない。だけどそれでいいんだ。

 明らかに遊園地の雰囲気にそぐわないおじさん二名が、そこでがしりと両側から腕にまとわりつかれる。気配を隠しきれてなかったのもあって、この二人が組織の監視者なのは我々に筒抜けです。黒ずくめだし……。

 

「お父さんてば疲れた顔しちゃって、そろそろ帰ろっか?」

「ごめんねおじさん。私たちだけはしゃいじゃって」

「もう、仕方ないなあ、年だもんね?」

「こらこら、せっかく家族サービスしてくれたのよ、もっと労らないと」

 

 おじさんたちは目を白黒させてるし赤井さんは唖然としてるけど、ここで暴れても得策ではないからか、『お父さん』と『おじさん』はなすがまま私たちに押し流されてゲートを出て、駐車場へ。

 里崎さんのあのカッコイイ紺のエクイノックスになだれこみます。

 

「お、お前らいったい何……な……」

 

 こんな所で黒歴史が活躍するのもどうかと思いますが、例の過剰防衛にしかならない昏倒剤です。いやあ、命を奪うよりはましかもですがほんと恐ろしい(棒読み)。公安は使えるものは本当に何でも使うのです……。

 そしてぐるぐると毛布などで簀巻にします。人の手を借りたとしても簡単には抜け出せないくらいにします。もちろん視界も耳も塞いじゃおうね〜。

 

 赤井さんは微妙な表情で眺めているのみ。明美さんと志保さんの顔をした人間がテキパキと拉致監禁してくのですから複雑にもなりましょう。ついでに言えば私と篠川さんがそっくりさんです。

 

 里崎さんが運転、篠川さんが助手席、後部座席の赤井さんと私の間に綿引君。おじさんたちはその後ろに転がされてる。

 

「……そのままで行くのか」

 

 しばらく揺られていると、赤井さんが居心地悪そうにぼやいた。

 

「そのまま?」

 

 何を仰りたいのかは薄々分かったけど、私は私のミラジーノを駐車場から回収していただけるよう公安にメッセージを打ってるとこなので上の空です。

 

「……顔だよ」

「このままよ。私の研究を消しに行くんだから、私が居たほうがやりやすいでしょう?」

 

 綿引君が志保さんになりきってる。

 話し方については、これまでに志保さんたちと遊んだ中で撮ってた数少ない動画と、『クールに!』というなんとも不親切な私のアドバイスしかないのに、すごいなあ。

 服装については、お買い物いっぱい一緒にしてお好きなブランド把握しちゃってるのもあって、各々あのブランドのこれ、と指定するだけで本日の我々そっくりな出で立ちを作れちゃった訳です。

 少し罪悪感が……でもこの日のために今まで一緒にお買い物してきた訳じゃ断じてないから許してください。普通にお二人とのお買い物はプライベートです。たまたま役立てることになっただけなんです……。

 

「……彼女が二人いるような気がするんだが」

「気にしないで。どこにでもいる普通の日本人の顔よ」

「君は『普通』の意味を辞書で引きながらさっきの遊園地を何周かしてきてくれないか?」

「……木暮、赤井さんを困らせるな」

 

 小さく吹き出すように笑い出した篠川さんに窘められてしまった。

 あまり感情を表に出す人じゃないと思うんだけど、何か壺にでも入ってしまったのかそのまま彼は少し笑い続けた。やがてコホンと咳払いをする。

 

「失礼したね。私は……」

 

 言いながら篠川さんはマスクを剥がし始めた。

 

「篠川と言う。明美さんの姿を借りているのが里崎、志保さんの姿を借りているのが綿引だ。で、彼女は……」

「木暮です。なかなか疲れるので素に戻りますね」

 

 言って私はヘタリと背もたれに身を預けた。赤井さんが奇妙なものを見る視線を下さってる気がしますが、今は疲れているのです……ああ、それに……。

 

 私は《 軍用エリクサー 》を呷った。

 やっぱり《 快気 》だけじゃ治りきれてなかったのか、ようやく地に足ついた心地がする。

 

「……赤井さん、木暮はまた何か無茶をしたね?」

「俺を庇って拳銃の弾を受けた。どう受けたかまでは見てなかったが、結構な出血だったはずだぞ」

「……木暮」

 

 篠川さんはもう、これ飲んでたら怪我したの察してしまうんですよね……。そして赤井さん、密告楽しんでませんか……?

 

「すべきでないことを排除した上での、一番確実な逸しかただったんですよ」

「優先順位について今度ゆっくり話そうか」

 

 こちらに向けられた笑顔が怖い。

 

「さて、研究所の見取り図は赤井さんも必要かい?」

「いや、入ったことはあるにはあるし、必要なときに伝えてくれたらいい」

 

 赤井さんを巻き込んだのは急なことだったのでコピーなんかはもちろんない。画像データにしたって連絡先交換を求められる可能性を警戒したのかもしれません。そう簡単に伝えたくないのは色んな意味で頷ける。

 

 それからは各自色々整えたり、資料を確認したりしながら過ごしてた。たまに雑談も交えつつ。

 赤井さんの傷はさすがに放っておきたくないので救急箱を出してもらう。思えば公安の車両にも備えてあったのかもしれない。そう借用したことないのもあって頭から抜けてた。緊張もあったしね……有名人に不遜な態度向けてる気分でした……。

 赤井さんは自分で手当しつつ私にも差し出して下さる。紳士です……。

 けど、私は綺麗に傷を洗ってしまうと実は跡形もないのが分かってしまうから、落としすぎないように気をつけなきゃいけない。仮病な気がするからお気遣いが申し訳ないやら……。

 

 目的の研究所は郊外にあり、到着までには少し時間が必要でした。一日で色々あったのもあって辺りは既に暗い。

 表向きはというか、多分本来ごく普通の研究施設なんだろうし、物々しい警備がなされてる様子はなかった。就業時間は既に過ぎているのでしょう、正面玄関も閉じられ最低限の明かりしかない中、サブっぽい出入り口から暗証番号を入力し堂々と入る。虹彩認証とか指紋認証とか、ちょっと写しに手間のかかるロックじゃなくて良かった。不用心かもしれないけど、ごく普通の研究所に重要データなんてなさそうという引っ掛けにはなっているのかも。

 と言っても、監視カメラを警戒して綿引君と里崎さんの二人に先行してもらい、他の人間はこっそり後に続いた。誰にも遭遇することなく目的のお部屋に侵入を果たす。何かありそうで逆に緊張してしまう。

 

 我々は気配を殺して極めて静かに複数箇所のデータを処分していった。電子データに関しては復元される可能性を想定して中身をめちゃめちゃにした上で消去する。他にも私にはよく分からない対策を綿引君が色々と施してるみたいだった。頼もしいです。

 

 念の為メスカルの部屋にも侵入したいところだったけど、アナログデータの処分にかなり時間を使ってしまったのもあり、危険度も高いため断念することにした。

 

 そして我々は拍子抜けするほどあっさりと帰路につく。本当、逆に怖い。

 

「……赤井さん。お二人に会って行かれますか?」

 

 赤井さんは少し悩む様子を見せる。

 

 やがて彼は首を振った。

 

「既に言ったが、俺たちは別れた。……今更俺が現れたところで、彼女らも逆に安心できないだろうしな」

 

 それは彼なりの気遣いなのだろう。

 その潔さは少し寂しい。

 

 強引に来てもらったのは、お節介もあったんだ。私は更に自己満足で確認を取る。

 

「……あなたは……お二人とあなたの関係を、知っていますか?」

「……どういう意味かな?」

「赤井さんと、宮野さんの関係です」

 

 彼は私を数秒無表情に見つめた。

 そしてふっと笑う。

 

「……君はいったい何者なんだろうな」

「私はスコッチを知っています。それで充分ではないですか?」

 

 赤井さんの素性は知ってるのにぼかすのはフェアじゃない気もしますが、あまり堂々と公言すべきでもないと思う。

 

「……そうだな。俺もそう答えそうだ」

 

 心広いなあ……。

 

「……明美は気付いていたんじゃないかと思う」

「そう、ですか……」

 

 彼が明美さんに近付いた理由を察していた彼女だから、有り得ないことじゃない。もしかしたら切っ掛けが血縁に気付いたからとかかもしれないし。

 

「私は友だちに悲しい顔をしていてほしくないんです」

「…………全てが終わったら……母国に帰る選択肢もないわけじゃないさ。他にも……。何にしろ、彼女の気持ちを無視して一人で勝手に話を進める気はない」

 

 ……そっか。彼は本当にきちんと、明美さんを大事に思ってるんだ。

 

「私の自己満足に答えてくださってありがとうございます。私も……勝手に彼女に伝える気はありません」

「……そうか」

 

 赤井さんは柔らかく笑って瞑目した。




/

転生者
 櫛森汀であり2222であり木暮愛莉でありニニティエである。もはや何がなんだか。
 お酒に詳しいのは、まだ安室さんじゃなかった降谷さんとたくさん話したから。
 本堂さんの件は篠川さんが以前しれっと回避成功させてるけど気付いてないか忘れてる。
 しかし良いことばかりなわけもなく、その半面……というところ。
 赤井さんが明美さんに正体を明かした際に作戦決行は翌日だと伝えていたこと、ジンが現れないまま夜明けを迎え作戦が終了したこと、などを覚えていない。覚えていたら落ち込みすぎてヘマしたかもしれない。大事件を忘れてる抜け作なんじゃなくて、静かに終わったものを覚えてられてないだけだよ。どっちにしろ大事な所で記憶力だめ()。
 原作になくここで組織がFBIを相手取ったのは、戦力充分との判断があったため。100巻のFBI 連続〜が前倒しになったようなモノ。単なる倉庫じゃなく倉庫街の中の倉庫なのも、組織がほぼ総力戦になるのを想定してのこと。
 バーボンとニニティエが戦力として評価されているだけではなく、バーボンのおかげでNOC抹殺等の戦闘(その実救出)等々が迅速に終わり、組織側戦闘人員の犠牲者も少なく済んでいる点が大きい。キール父も優秀な幹部として健在ですしね。ナンテコッタイ。
 いつも通り大怪我に見舞われた。
 しょうがないよね、思考より先に身体が動いちゃうんだから。
 遊園地にボロボロでも入れたのは仮装か何かと思われたのかもしれません。時期的にハロウィンとかクリスマスとか近いのかも。
 原作の覚えてない点については相変わらず。
 色々ありすぎていつも以上にテンションが高くなってる。
 数日はぐったりしてそう。

降谷さん
 絶対仕事量おかしい人。ただ転生者も仕事量はおかしい。
 組織関係では情報筋なだけでなくすっかり現場の人になっている。
 ニニティエは良い腕をしてるイコール教えこんでるバーボンはそれ以上、という認識が広まってしまったらしい。だいたい合ってるから始末が悪い。
 ゴリラパワーはチートも超える。頑張れ降谷さん。
 いや休んで。

赤井さん&FBI
 多分ジンは簀巻くらいにすべきだった。盗聴器と隠しカメラも探知しとくべきだった。
 自分たちは追う側という認識しかなかった結果がRUMの引っ掛けにかかったってことだろうから、こうなってもおかしくないんじゃないかなって……。
 日本警察の人間をジンの凶弾から救ったつもりが、半死半生だった名もなき構成員の弾から庇われてしまった。
 CIAによってみんな本国に強制的に連れ帰られる。2222の依頼は「FBIを助けて」とだけだったので、CIAはFBIが何してたかなんて薄々知ってるけど我関せず。だからお咎めとかもないけど消耗が激しいから再参戦には時間が掛かりそう。
 今は皆してアメリカに帰るしかないけど、打倒組織は諦めてない。
 散々転生者がアピールしたから、日本が今は組織内部に食い込めてないとの想定は覆っている。
 赤井さんはバーボンの能力をかってたからこそスパイなのを察知されないよう邪険にしてたくらいだから、スコッチの遺体を前にしたバーボンの様子なんて知らないのもあり、彼も狼である可能性はあまり考えていない。

ジン
 詩ジンさんというよりただの中二病になってしまった感……彼だけでなく、名探偵君やハートフル怪盗さん等々、キザな言い回しをするかたがたはみんな難しい……。
 赤井さんに悪人面なんて言ったのは当てつけ。FBIなのにな。フフン。
 FBIが作戦成功に気を緩めたところで不意打ちを仕掛ける、という罠はかなり組織優位ではあれど、組織に多かれ少なかれ損害が出るのも明らかなため、普通なら原作通り放置するに留めたはず。
 それを敢えてぶつかったのは、やはり戦力にかなり余裕があるから。

アリゴテ
 あれだけのことができる人ならさくっと幹部にくらいなりそう。実際、七つの子打ってたくらいみたいですしNOCの中でも一番中枢に食い込んでた人物なんだろうなって。組織でも諜報の腕をかわれてて、ついでに拳銃や体術の腕前もかなりのものっていう妄想。
 瑛海さんは予定通り、事故死に見せかけて組織を抜けています。
 幹部になった親子の共闘とか見てみたいなと思ったけど、この『予定』がお釈迦になる流れは二人の身を危うくするばかりのため泣く泣く却下。
『キール』はカクテルであり、幹部につけられるとしたら女性寄りと思われるため、お父さんにつけるのはやめてみました。かといって何も関係ないお酒を持ってくる勇気もなく、辛口なら許されるかなとベースの白ワインを。
 FBIは同郷なため助けたい気もあるが、組織に怪しまれるのもまずいため彼個人は現場でFBIを牽制する。
 娘に鈴がついてなかった代わりに不穏な噂のあるゾロ目数字のあるカードを発見している。それが後にこうなるとは思っていなかった。

メスカル
 ???

おじさんたち
 次の日、志保さんの研究部屋に簀巻のまま転がってるのが発見されたとかなんとか。
 組織にお仕置きされてるかもね……南無……。
 返せばどうなるかがほぼ明白なので倫理的にどうなのってなりそうですが、捕縛しても大した情報は……等々の非情な損得勘定とかとか。
 宮野姉妹は預かった、と表明する意味もあるかもしれない。

CIA
 2222のカードは組になってて、「貸し」として届けられたカードと対になるカードはたった一つだけになる仕掛けが施されてる。
 その「貸し」が、本当は鈴がついていたであろう瑛海さんの上着のポケットから発見された。
 これがなければ本堂さんも瑛海さんも連絡員も死んでいたかもしれない。そうなっていたら組織にもう食らいつけないばかりか、本堂さんが優秀なだけに痛手が過ぎる。だから借りは巨大。
 そんなものの対を使って「FBIを助けて」なんてことを持ち掛けてきた女性が「日本警察」を名乗ったため、日本警察も組織の中枢に潜り込めていると判断。公安に正式な協力関係を持ち掛ける。
 というか2222=木暮だって見当をつけてしまっている。当たってるけどそれが公安の協力者とまではさすがに思ってない。公安と二足の草鞋な刑事かもくらいには思っている。そしてその実裏社会の人間、と……。
 去っていく木暮と赤井さんを強く引き止めなかったのは、2222は彼女であるという想定があるため。
 面倒にはすすんで触らない。

蜂郷さん
 正真正銘警視庁捜査一課強行犯六係の刑事さん。ただし己の班員には公安関係の特殊な者が多いのを受け入れている。
 つまり班員には木暮の他に篠川さんや里崎さんも居る。
 もちろん周囲には黙っている。

篠川さん
 この後みっちり自分も大切にしろと説教する。
 拷問のフリの件がトラウマすぎる。
 私情を抜いたとしたって簡単に退場していい人間じゃないんだよ?
 私情だって大切だよ?
 分かって???
 分かってくれない。

里崎さん
 久し振りに直接顔を合わせられて嬉しいと思いきやボロボロでSAN値がぴんち。
 バーで転生者が拐われたのがトラウマすぎる。
 いっそのことボディーガード続けたい。
 いつか諸伏さんが護衛(監視?)に付いてるの知って少しほっとするけど、事情が事情で組織関係は外される点安心できない。
 胃が痛くなりそう。

綿引君
 おれ今回は活躍できた気がする!
 転生者が賞賛の目を向けてくるので鼻が高い。
 周りがひっそりと、彼もそのうちトラウマを抱えることになるのではと心配してるのは知る由もない。
 
歌舞輝町特別対策課
 オリ主は秋元さんと同い年。夏井さんは二個上。春野さんは九個上。
 ようやく似顔絵をかきました(ぜーはー)。
 左:夏井警部補 真ん中:春野警部 右:秋元巡査部長
 知り合った当初からは、皆さんの階級はそれぞれ一つあがっている。
 ジン相手は……彼らは普通の人間なので……強いけど、普通の人間の内なので……。
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