降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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昨日分は色々ミスって変なことになっていました、すみません……!
アレ? ってなったかたはお手数ですが前回を覗いてみてください……orz
いつも通り6時に投稿されていた物と謎な時間にタイトル無しで投稿されていた物がきちんと統合されておりますorz


30.転生者、最初の目撃。

 やはり私には移動中に寝るというのが不可能らしい。夜を跨ぐような移動をそうしない生活をしているから、単純に慣れの問題かもしれませんが。

 

 仕方がないので持ち込んだプレイヤーで音楽を聞いたり、機内で流されてる番組を眺めたりして過ごす。

 

 ふとぼんやり、こういう時ってゲームするのも良さそうだなあなんて思う。でも、前世では14にハマってたくらいにはゲームしてたと思うんだけど、現世では手を付けてないからひとつも本体を持ってなかったりする。

 そういえば全席の機内モニタにN天堂さんのファミコンがくっついてた飛行機をどこかの航空会社が持ってたとか聞いたことある気がする。めっちゃ楽しそう。この世界にN天堂さんないけどね……。

 

 なんて益体もないことを考えたりしつつボーッと時を過ごしていたのですが。

 

「オイー、あんたァ、オイィ……!」

 

 ドンドンというノック音と切実そうな呼び掛けが、イヤホンとそれから流れる音声をものともせず耳に飛び込んでくる。

 座席後方のトイレのほうからみたい。そこで何かあったとしたら焦りもしそうだ。大勢の乗客が就寝中なことが分かる静かで薄暗い機内、私ならけたたましい音を響かせられる気がしない。だからこそ急を要するんだろうと、最後尾に座席のある私は思わずごそごそと座席を抜け出す。通路側はもともと空席だった。

 

 けれどすでにCAさんが向かってたみたいで、私はただの野次馬で済みそうだった。人手がいらなそうならこのまま席に戻ろう。

 声とノックの主さんはどうも酔っ払いなご様子。トイレのドア開かなかったらそりゃ焦るよねうんうん、故障かな、力仕事あるかな……なんて呑気に構えていると、「ひっ……」って、小さく息を呑むような……悲鳴……?

 

 そこからCAさんが他のCAさんに状況を伝えてる様子が見えた。ほどなくして照明が明るくなり、『お客様の中にお医者様か看護師のかたがいらっしゃいましたら』っていう放送が流され始める。

 

 え。え……。

 まさかこんな所で事件ですか?

 これはさっさと席に……と思ったんだけど、何故かトイレに突撃しようとしてる人影に気付いて、私は思わず腕を掴んで引き止めていた。

 

「あの、ちょ……ええと、多分今はあっちのトイレに行ったほうが……」

 

 しどろもどろにそう伝えたけど、その人は何故か苦笑した。

 

「ああ、ご心配なく。ボクは別にトイレを使いに来たわけじゃないですから」

「えっ? あ、え……? もしかして、お医者様か看護師のかた、ですか?」

 

 よく見たら少年にしか見えなくて、思わず訝しむ。若いとかじゃなくて、幼い、のです。

 まあ世には志保さんやヒロキ君みたいな子たちもいはしますけど……。

 

「それも違います。まあ、ご心配なさらないで下さい。現場が荒らされないよう見張りに行くだけですから」

「そ、そうですか……?」

 

 何だかよくわからないけど、見張りならむしろいたほうがいいのかもしれない。

 誰か倒れてたとして、対処法が周囲の状態から浮かぶ可能性もある。だから現場保全はきっと重要です。

 

 心配だから私も彼を追ってある程度トイレに近づく。けれど彼は言った通りに、トイレの前で何事か話し合ってる数人のCAさんたちを眺めつつ、何事かと覗こうとする乗客がいれば「まあまあ、落ち着いてください」なんてニコニコと押し返していた。いったいどういう人なんだろうと私は首を傾げる。

 

 そしてその疑問は次の瞬間に聞こえてきた目暮警部の声が氷解させていく。

 

「あれ? 蘭君じゃないか。連休を利用して旅行かね?」

 

 ……!?

 目暮警部の呼ぶ蘭君。つまり毛利蘭さんがすぐそばにいる。そしてこの少年の行動と……何より、声。

 十中八九工藤新一君だ……。

 わ、わあああ、名探偵君じゃないですかあああ……!

 

 いや、え、まだ原作始まってないよね???

 こんな内からお会いするなんて心の準備ができておりません。

 

 ていうか待って。今ここで『櫛森(くしもり)(みぎわ)』が目暮警部に会うのも色々面倒です。化粧もファッションもかなり違うけど警部には『木暮(こぐれ)愛莉(あいり)』で認識される可能性も無いわけじゃない。

 座席と搭乗者名をこの場で照会されることはきっとないだろうけど……ああ、今ここで慌ててももうどうにもならない(寝不足による投げ遣り)。木暮を名乗るのはいろんな意味でナシだ。もし何か言われても他人の空似で通そう。

 

 その内に、目暮警部と高木刑事、蘭さんもトイレ付近に到着する。蘭さんは工藤君のそばに歩み寄ったけど、警部たちはそのまま奥へ進んで行った。

 警部がトイレ内で少し何か確認してる様子を見せたけど、やがて振り向くとゆっくりと首を振った。

 

 ……そこにいる誰かは、亡くなってしまってたってことなのでしょう。

 私は思わず細い溜め息をついた。

 近くにいる蘭さんに声を掛ける。

 

「あの、力仕事とかなさそうですし、私席に戻りますね」

 

 これなら離脱しても不審がられないでしょう。

 だけどそうは問屋が卸さないらしい。

 

「まだそうとは限りません。ここに居ていただけたほうが心強いです」

 

 ニコニコとそう言ってきたのは工藤君です。え、普通、関係者以外近付くな案件でしょう? もしかして何か疑われてます……? 怖いので私は渋々その場に留まることにした。

 

 カメラを借りて来てくれという目暮警部の声に、工藤君がさっと差し出す。一般人が旅行のために持っていてもおかしくなさそうなくらいの真新しそうな一眼レフ。ただし多分、今時珍しいアナログだ。事件現場に限らず考古資料の撮影などでも、加工が比較的容易なデジタル仕様のものより重要視される。デジカメよりインスタントカメラのほうが適してるとされちゃうほどだ。

 技術の進歩があるとはいえ撮影のし易さではどうしてもデジタルに軍配が上がる。そんな中アナログを敢えて所持してるのはさすがなのかもしれない。

 

 以降も警部の指示にすぐに応えてたのはほぼ工藤君だった。

 

「……ところで、君はいったい何だね?」

 

 とうとう目暮警部が工藤君に問う。

 どう見ても添乗員じゃないし、医者か看護師にも見えない。

 

「お久しぶりです、目暮警部」

 

 しかし工藤君はニコニコとそれだけ言った。目暮警部は訝しげな半眼で数秒彼を見つめたけど、すぐにはっとした様子を見せ、笑顔を浮かべる。

 

「……もしかして、工藤君のとこの新一君かね」

「ええ、はい! 工藤新一、探偵です」

 

 警部の笑顔が少し引き攣った。

 

「探……って、君、確かまだ高校生だろう……」

「はい! よくご存知ですね」

「君の話は優作君からよく聞いとる。それに君が小学校の六年生くらいの頃にも会ったことがあるじゃないか」

「覚えていただけてて光栄です」

 

 何を言っとるんだ当たり前だろう、と警部は小さな溜め息をついた。

 

「しかし大きくなったなあ。若い頃の優作君にそっくりだ」

「そんなにですか? 父のことは地味に尊敬してるので嬉し……あ、内緒ですよ?」

 

 工藤君の笑顔が少し引き攣った。思わず本音が出たのでしょうか。微笑ましいですね。

 

「ハハハ、分かっとる分かっとる」

 

 目暮警部の返答はニヤニヤ混じりなせいで何だか信用できなかった。優作さんをからかいたい時とかに普通に言っちゃいそうな気がする。

 

「さて、君たちはもう席に帰りたまえ。これは警察の仕事だ」

「いえいえ、ボクは重要な証人ですよ」

「何?」

 

 目暮警部が目を眇めた。

 

「酔った男性がトイレをノックしながら叫び始めてから何事かと注目していたので、現場が荒らされていないことは保証します。そして、ボクの席はすぐそこなんですが、搭乗後すぐに寝てしまったせいで目が冴えてしまっててて、トイレに行った人が誰だか覚えているんです」

「ほう? まあ……参考にはなるだろうな」

 

 目暮警部は多少悩んだみたいだった。小六の工藤君だって賢そうだけど、まあ、その幼い頃しか知らないなら、子供の言うことは……と少し軽視しそうなのもそう無理はない、のかもしれない。

 

「範囲を絞るためにも、死亡推定時刻を割り出していただけませんか?」

「そうだな……」

 

 そして目暮警部と高木刑事は再び遺体とその周辺を探り始めた。

 

 私は何だか引っかかりをおぼえる。

 

 工藤君は高校生になったばかりらしいし、降谷さんたちの年齢から考えても、今は原作開始前年なんだと思う。

 ただ目暮警部とは久々の再会みたいだから、多分まだ高校生探偵として有名になってはなさそうだ。自分で探偵とは言ってたけど。

 

 にしても、です。

 あの工藤君が自分では手を出さずに警部たちが捜査してるのを黙って見てるなんて。いやサポートはしてたけど。

 最初のうちはこうだったのかな?

 警部たちに横で助言とかしてたら認めてもらえるようになって、それから率先して捜査に乗り出しても咎められなくなっていったとか?

 

「死後硬直と死斑の具合からして、死後一、二時間てところだと思います」

 

 高木刑事が言った。

 

「じゃあ、容疑者は四人ですね」

「何故そう言い切れる?」

 

 目暮警部が不思議そうに問う。

 

「ボクの席は客席の最後尾ですので、間違いないと思いますよ」

「ふむ……」

 

 という訳でその四人が集められました。酔って叫びながらノックしてたおじさんはその内に入らなかったらしく解放されてた。

 でも私は帰してもらえなかった、何故??? 一、二時間以内にトイレに行ったメンバーには入ってないのに???

 私が不満そうにしてたからか工藤君がにっこり笑いかけてきた。

 

「何が起きたか分からない中、何か力になれたらと動ける人は希少です。事実これだけの搭乗客がいる中、野次馬目的じゃなく現場に近づいたのはあなただけでした」

「私だけ……? 工藤君、でいいのかな? あなただって野次馬しに来たわけじゃないでしょう?」

 

 疑問しかない。

 しかし彼は小さく苦笑した。

 

「ボクは野次馬みたいなものです」

 

 私の脳内でハテナが飛び交ってる気がする。

 

「うーん……? で、でも、だとしても? 私が残らなきゃいけない理由はない気がする、のですが……」

 

 ふふっと工藤君が笑う。

 

「看護学校生……研修医……いや、薬剤師、とか?」

 

 私は首を傾げる。ここで私を見て仰るってことは、私がそのどれかだと思ってるってこと?

 

「加えて趣味で身体を鍛えてるんじゃありませんか?」

 

 何と関係があるかは分からないけど、ここで隠したって怪しいだけだから私は正直者になることにした。

 

「ええと、薬学部で研究生をしています。確かに身体を鍛えるのは趣味ですね。デスクワークばかりしてると健康に良くないって言われたことがあって、やりだしたら案外はまってしまって」

 

 健康に良くないって話は誰だってしてそうなもので、実際うちの職場ではしばしば聞こえる声で、けれど鍛え始めた理由もはまってる理由もそこには繋がらないんですけど(遠い目)。

 

「おや、外してしまいましたね」

「いえほとんど合ってると思いますけど……いったい……?」

 

 私は警戒の色を見せてみる。

 工藤君は人の職業を当てることができる人だと知ってるけど、何から推測されたのかは気になるし、今どうしてその話をしてるのかも気になる。

 ……怖いのは、後ろ暗いことだってやってることまで見抜かれることだけど……。

 

「看護師か医者が求められてる状況で、それ自体ではないけれど近い知識を持ってる。そして力仕事もこなせる。だから動いたお人好し、それがあなたでしょう?」

「お、お人好し……」

 

 いや、確かに、近い思考ではあったかもしれないけど……。

 

「ふふ。そう言われてたじろぐ所もね。……薬学部のかたなら、ますます残っていただきたいです。何せ……」

「はあ? あの坊主の証言? そんなもんで犯人扱いされてたまるかよ」

 

 集められた四人の方から棘のある声がした。

 

「いえいえ、犯人扱いという訳では……皆さんの身の潔白を証明するためでもあるのです」

 

 まあまあ落ち着いて、といった様子で目暮警部が微笑んでいる。

 

「それに鷺沼さんは彼のあげた中には入っていませんよ」

「そういう問題じゃねーよ。殺されたのもダチだがこいつらも知らない仲じゃねえんだ。気分悪ィ」

「まあ、潔白を証明してくれようって言うんでしょう? さっさと手荷物検査でも身体検査でもしてもらえばいいだけよ」

「待って下さい、私はその男性が席にいなかったのを見ましたよ」

「はあ? 俺はトイレに立たずにずっと寝てたんだぞ?!」

 

 おお、拗れてる……。

 最終的に「見たきゃ見ろよ、疚しいことなんて何にもないからな!」と鷺沼という男性は開き直っていた。

 

 そして、手荷物検査、身体検査、目暮警部と高木刑事にだけといった様子で何やら小さく話しかける工藤君、再度手荷物検査、身体検査……などなどを経て。

 工藤君がしばらく目暮警部に耳打ちしていた。

 そして、とある人物が色々と確認を取られ、崩れ落ちた。

 

 私は呆然としていた。

 

 全部終わって、知っていたはずの事件だったと思い至る。

 

 これはきっと、初めて工藤君が人前で殺人事件を解決してみせたらしい、あの事件のはずだ。

 

 でもそれならますますおかしい。

 あの事件は作中できちんと全部描かれた。そんな中に、工藤君が警部たちのサポート役や助言役に留まっていたものなんてなかったはずなのに。

 

ぐるぐるもやもやしている私の向こうで、工藤君と目暮警部は和気藹々と会話を弾ませていた。

 

「正直侮っていたよ。まさか、これほど現場を分析する力を身に着けていたとはなあ。さすが優作君の息子といった所か」

「そんな、ボクなんてまだまだですよ。警部がきっちり証拠を集めて下さった上に胡座をかいただけです」

「よく言うよ。事件解決への協力、本当にありがとう」

「ボクが出しゃばらなくてもきっと解決していましたよ。勉強させて下さってありがとうございます」

「勉強?」

「ええ。将来は探偵か、警部みたいな警察官になりたいんです」

「そうなのか? 優作君を尊敬してると言ってたから、君も推理小説家を目指してるかと思ったよ」

「それは忘れて下さいって。ボクは謎を作る側じゃなくて、解く側になりたいんです。まあ、父は両方書いてる訳ですけど……」

 

 はははと工藤君が苦笑している。

 推理小説家ってすごいよね……頭の構造どうなってるんだろ。

 

「そうだ、今度優作君にも伝えておかないとな。君のお陰で解決したって」

「止してください。ホームズも自身の手柄に拘ったりしてませんでしたよ」

 

 ホームズファンなのは変わらないみたい。

 だけどやっぱり、どこかおかしい。

 彼はこんなに控えめな人じゃなかったはずだ。

 

 原作と違いすぎる人に初めて出会って私は混乱しきりです。

 

 …………もしかして……私と、同じ……いや、成りかわりとか、憑依の人だったり……?

 

 小さくなった後のために最初から目立たないようにしてるとか……?

 いや、知ってたら小さくなること自体も回避しようとするのかもしれないけど……。

 

 明美さんと志保さんが既に組織から離脱してる今、工藤君がトロピカルランドで命を落とす可能性が跳ね上がってる。私が自身でケリをつけるべきことだから必死に色々調べたりしてきたけど、イレギュラーの幅が更に広がっている可能性に戦慄する。

 

「ああ、櫛森さん、ずっと立たせてしまってすみません。結局何もありませんでしたね」

「いえ。何よりです」

 

 合間合間にちょくちょく話した結果本名を伝えてある。

 被害者が殺害される前に何らかの薬を嗅がされた可能性がある点、他にも薬物関連の問題が上がる可能性も捨てられず、協力してもらうことがあるかもしれないということだったけれど、杞憂に終わってよかった。

 あと特に私を不審人物扱いはしてないみたいで良かった。……多分。

 

「おや……? あなたは……」

 

 工藤君がこちらに話しかけてきたことで目暮警部の注意を引いちゃったみたいだ……。

 数秒警部は私を見つめていた。ひぇ……。

 

「捜査一課にご親戚はおられますかな?」

 

 一瞬、そういうことにしておいた方がやりやすくなるのではという考えが浮かぶ。

 だけど、『櫛森汀』が天涯孤独なのは調べればわかることらしいし、『木暮愛莉』の設定もそれに合わせてあった(多分ボロが出る可能性を減らすため似たようなものになった)から、すぐに思い直す。

 

「い、いいえ、いないですけど……?」

 

 きょとんと、少しおどおどした感じに答える。

 勝ち気で猪突猛進ぎみの木暮とはキャラが違うと是非思ってほしい。

 

「そうか。いえ、よく似た人間がいましてね。少々突っ走りがちだが、責任感のあるいい刑事なんですよ」

「あ、木暮さんですね? 分かります」

 

 ほ、褒められてる……? 高木刑事まで興味津々な目を向けてきて、少しむず痒い。

 ……ちゃんとした刑事ではないのがまた、罪悪感まで呼んでくる。

 

「そ、そうなんですか……」

 

 知らない人のことで褒められても普通は困惑するものだろうと、私はそんなふうな態度をしておく。

 

 工藤君が足止めしてたとはいえ、警察官が捜査してる様子があったためか、機内で殺人事件が起きていたのは周知の事実になってしまってたらしい。それを目暮警部たちも察していたようで、放送で解決の旨が告げられた。機内の雰囲気が少し落ち着いた気がした。

 

 席に戻ったらなんと工藤君たちは私の席の通路を挟んだ同じ列だった。最後尾って言ってた時点でそんな予感はしてた。漫画の面影があるとはいえ現実の姿はあの絵柄そのままじゃない。気づかなかったのは大目に見てほしい。特に髪型とか、多少それらしいクセっ毛はあるけどあくまで現実の範囲内だった。

 

 事件があった後だからか寝付けないらしい蘭さんがちょこちょこ話しかけていらしたり。ヒロインに存在を認識されてる……ミーハー心がドキドキします。

 工藤君のほうはすっかり熟睡してる様子だった。肝が据わってる……。

 

 その後は、蘭さんとおやつ交換したりして和みながら過ごしていました。

 

「そういえば、私空手をやってるんですけど、櫛森さんはどんな運動をなさってるんですか?」

 

 多分蘭さんは、体育会系な同志の可能性を知って少し親近感を持って下さったんでしょうね。その気持ち、分かります。

 

「空手も少しかじったことがあります。親戚じゃなくて友だちに警察官がいて、瀧寺(たきのでら)道場を紹介してもらいまして」

 

 その友だちというのは伊達さんです。警視庁にも道場はあるけど、そこだけじゃ物足りないみたい。

 

 様々な武道武術・格闘技などの師を招いて、複数のジムや道場の入る施設を経営してる会社がある。ひとつの競技内で、流派等にかかわらずほぼ毎日先生が変わってく(お師さんご自身で道場持ってるかたが多いため)点、基礎の習得に重点が置かれてるようだけど、一つに打ち込みたい人にも複数やってみたい人にも対応できるのが触れ込みで(もちろん各競技で料金やスケジュールは別です)、私にはとてもありがたい。スポーツとして極めたい訳じゃなく、運動のためとかちょっとした護身術の習得目当てとかで通いたい人もやりやすいと思う。

 

 捜査一課を始め勤務時間が一定じゃない人間は道場に通える日が安定しない訳だけど、そういう人の場合、基本で申請してる曜日以外にも快く受け入れてくれるコースが、他より多少割高になるとはいえ存在するのも本当に素晴らしい。こういう、懐も物理的スペースも広く、人材も豊富な態勢も魅力のひとつだ。

 

 更に、柔軟体操などの準備さえしっかりこなせば、ある程度の有段者は生徒同士で勝手に組手とかをしてても良くて、それを先生が見に来てくれたりする自由度の高さもある。多分伊達さんはこの点が主な目当てだ。警察官以外の実力者とも、手を合わせたり親睦を深めたりする機会が得られる。

 

 私には関係ないけど、ここをきっかけにして、招かれてる師個人の道場やジムの門下生になる生徒も結構いるみたいで、そういう人をスムーズに送り出す態勢も整ってるらしく、そうした面でも重宝されてるみたい。会社も師側もwin-winだからこそ人材に困らないんだろうね。

 

 こんな経営形態を成立させられるのは多分、財閥が存在できるような世界ならではです。私の知る前世の世界とは少し法や気質が違うんだと思う(私、前世では法律に詳しくなかったか忘れてるようで、あちらのことはよく分からないけど)。

 ここの社長の瀧寺氏も確か、国内の長者番付常連だしなあ。

 

「ああ、そこ知ってます! 私は部活でやってるんですけど、小さい頃そこに通ってたって人もちらほらいるんですよ」

「なるほど。入門にもいいらしいですしねえ。私はちょっとした護身術目当てでもあるんですけど、そういうのにも向いてる教室だと思います」

 

 何故か蘭さんが真顔になった。

 

「……やっぱり、護身術、必要ですよね……櫛森さん、とっても美人ですし」

 

 護身術習得目当て、って疑いなく信じて下さるのは好都合、ではあるんですけど……。

 

「……へっ?」

「あっ、ごめんなさい! 不躾でしたね……!」

「……いえ、びっくりは、しましたけど……親のお陰ですが、だからこそ家族を褒めていただけてるようで、嬉しいです」

 

 思わずはにかむ。

 蘭さんが他意無く純粋にそう思ってくれる人なのは分かってるし、本当、未だに気後れするとはいえ、両親には他の面でも感謝してるから、その点では本当に嬉しいことではある。

 ……護身術が必要な可能性については、あくまで、そのへんが常識を逸脱してるかたに非があるのです。

 

 蘭さんもふわりと笑って返してくれた。

 

 まだまだ夜中なのだけど、事件があったため、たまにゆっくり静かにCAさんたちが機内を巡回している。照明も控えめながら点けられているけど、通路にはみ出す何とやらもないわけじゃないのに、つまづいたりしないのがさすがだ。

 

 機内サービスもそっと回っておられて、私はホットティーと更なるおやつを購入した。いっそワインとか頼みたい気分だったけど、未成年お二人の横では遠慮したくなっちゃう小心者です。

 

 あ、これおいしい、とか言ってまたおやつ交換が始まったり、今身に着けてるものからファッションの話になったり。周りの皆さんのお陰で詳しくなれてるみたいで、なかなか話が弾んだ。ほんとにありがたいですね。

 

 しかしふと。

 

「あ、あの、眠くなったりしませんか? ずっと話に付き合わせてしまって……」

 

 おずおずと蘭さんが言う。

 

「ふふ。私移動中はどうにも眠れなくて。だからむしろ有難いです」

「そうなんですか」

 

 ほっとした様子の蘭さんに和む。

 

「私、事件のことが……頭から、離れなくって。寝れそうにないです……」

 

 苦く微笑む蘭さんに、無理もないですよと私も苦笑する。

 

「……新一は、よく寝てるみたいですね」

 

 ふふっと蘭さんが笑う。

 

「まさに、将来は大物、って感じがします」

 

 私も似たように笑って言うと、蘭さんが小さく吹き出した。

 

「でも新一、二年になったら部活辞めるーとか言うんです」

「あらら……」

 

 第一話の時点で、期待されてるのにサッカー部辞めた、みたいな話をしてた気はする。

 私は探偵としての彼を想像したけど、期待されてたサッカーを辞めるとなると、大物になるなれない以前の話、ってなりはするのかも。

 

「それだけじゃなくて、道場も辞めるって言うんですよ」

「道場? 工藤君も空手を?」

「それだけじゃないですよ。ホームズの『バリツ』には様々な説があるので、さわれるだけ色々やりました」

「起きてたの?」

 

 突然話に入ってきた工藤君に蘭さんも私もびっくりする。彼はふわぁと欠伸した。

 

「オメーが余計なことペラペラ喋ってっから耳が拾っちまったんだよ」

 

 やっぱ親しい人に対してはぶっきらぼう気味なんだなあ、と私は内心でにまにまする。ミーハー心が刺激されます。

 

「何よそれー。ちゃんと私も櫛森さんも小声にしてたわよ」

「櫛森さんはともかく、蘭は(ちけ)ーんだよ」

「もう、それはしょうがないじゃない。あんたもお喋りしようよ。一期一会でしょ」

 

 確かに、私とは今後会えるのか分からないですものね。

 ……私の立場的に、たくさんお会いしそうな気がしますけどね。

 

「っつっても、オレには女子会トークに参加できるようなネタがねーんだよ」

「今ちょうどあんたについて話してるのよ」

「そんなもん何が楽しいんだ?」

 

 工藤君が怪訝な顔をした。

 

「楽しいっていうか、疑問なのよ」

 

 ざっくり先程までの内容を蘭さんが説明する。

 

「今まで身体鍛えてきたのは体力つけるためだからなぁ。オレは探偵になりたいんだ。スポーツで大成したい訳じゃない」

「でも、今辞めることないじゃない」

 

 言い募る蘭さんに工藤君は肩をすくめた。

 

「オレにはオレの考えがあんだよ」

「いったいどんな考えなのよ、もう……何でもかんでも上位に食い込んで、調子に乗っちゃってるんじゃない?」

「あんだよ、人聞きの悪い……」

 

 工藤君が半眼になる。けど特に険悪さはなく、幼馴染ゆえのじゃれ合いだろうなって感じるから、私は思わずくすくすと笑ってしまう。

 

「何でもかんでもって、一体なにを? 複数で上位になれるってすごいですね」

 

 サッカーだけじゃないんだ?

 

「部活はサッカーをやってます。あとは瀧寺って会社がやってる道場で色々と」

「ああ、櫛森さんもそこに通ってるんだって!」

「へー」

 

 工藤君が興味深そうにこちらに目をやる。

 マジですか。

 

「東都支部でしたら、もしかしたら、どこかですれ違ってたかもしれませんね」

 

 長いことそれに気づいてなかったことになるから、惜しいことをしていたものだと内心泣きながら言う。

 

「かもしれませんね」

 

 それにしても工藤君の様子は蘭さんに対するのと全然違う。にまにま。

 

「何でもうまくできるのに、本当もったいないと思う」

 

 蘭さんは少し不満そうだ。

 

「そうですねぇ、体感、三日やらないと十日分は体力落ちる気がしますよ。それ以上は段々比例的にツケが……」

 

 だから入院となると最悪です。……これでも自戒はしてるんですよ?

 

「それはちょっと困りますね」

 

 工藤君は少し困り顔にはなってたけど、既に決めてることを覆す人ではない気がする。

 ……でも捜査に手出してなかったあたり、漫画の印象を引きずるのも良くなさそうだなあ。

 

「自分の好きなときに柔軟したり走ったり筋トレしたりすればいいかもですね。他にやりたいことがあるんでしょう?」

「ええ。……まだ誰にも言ってないんですが、弟子入りしたい人がいるんです」

 

 ……へ?

 

 私はポカーンとしかけて、小さく小首を傾げるに留まった。

 蘭さんは思いっきりぽかんとしてる。カワイイ。

 けど、そんな話あったの? というかそもそも何の弟子だろう……?

 

「瀧寺を出てどこかの道場に行くことにしたの?」

「まあ、そんなとこかな」

「もう、はぐらかして。はっきり教えてくれてもいいじゃない」

 

 むくれる蘭さんも可愛かった。眼福眼福。

 

「ちゃんと決まったら教えるよ」

「……はいはい。まったく……」

 

 今度は蘭さんが肩を竦めていた。

 そして、ふぅ、と小さなため息をついた。

 

「空手なら新一にだって負けないんだから。私も瀧寺覗いてみようかなあ。いつか櫛森さんとも一緒に稽古してみたいです」

 

 にこにこと彼女が言う。

 

 原作になさそうなことだらけで内心動揺しつつ。

 

「柔道だったら少しはお相手になれるかもしれませんが……空手はまだまだからっきしでして」

 

 私はへらりと笑う。

 空手は、その熟練者を相手取る可能性を想定して知識を入れる、程度にしか触ってないものの一つだった。

 

「柔道ですか、通りで立ち姿に隙がないなあと思いました」

「……そ、そうですか? 意識はしてないんですけどね」

 

 というたじたじな態度は演技です。

 スパイのようなこともする手前日常では本当は、意識して『普通』な様子にしてたいとこなんですが、「君は武道の心得があるのを悟られるくらいが良い」と真顔で降谷さんに言われたので、敢えて崩さないようにしています。

 ……多分『巻き込まれ』回避のためなんだろうなぁ……ははは。

 

 だから、他人から隙がないと思ってもらえてるのはありがたいことなんだと思う……。

 

「だから私も、櫛森さんは空手すぐに上達なさるだろうなって」

 

 だから稽古したいって言って下さったのか……その期待に応えられるかは微妙だ。私は基礎を固めるのに時間がかかるタイプだと思います。

 

「何曜にいらっしゃってるんですか?」

 

 蘭さんの目がキラキラしてる気がする。

 

「柔道も空手も不定期コースなのでまちまちですね。実験が長引いたりは、よくしますから」

 

 講義の補佐がある日はたいてい遅くなりはするけれど、私が不定期選んでる主な理由は違うんですけどね(遠い目)。

 でも、公安や組織の関係で動くときはだいたい夜だから、あまり困りはしてなかったりする。

 

「そうですかぁ……あっ、連絡先、交換しませんか!」

「いいですよ」

 

 一瞬迷ったけど断る理由も特にない。

 

 という訳で、蘭さんと、そして工藤君とも電話番号とFINEID交換しちゃった。

 

 ……はわわ、ってやつですね(ミーハー)。




/

アニメ放送当時はまだ飛行機に喫煙席があったようなのですが、現在はなくなってるらしいので、彼らの席は正真正銘の最後尾、つまりトイレの結構近く、になります。
さすがに異変は目につく位置ですね。

転生者
 原作で知り得てない事態がちらほら襲ってきて困惑中。
 この(・・)工藤君は一体何者なんだろう……。
 実物の蘭さんが可愛くて内心デレデレ。
 大怪我したところが周囲の目に触れてたり、意識がないとかで他人に病院に運ばれたりしたら『軍用エリクサー』は控えて大人しく入院する。しかし『快気』をちまちま使うため妙に治りが早く、何も知らないお医者様がたはそういう体質なのかな、と思いつつも困惑してる。

工藤君
 女子会トークむり、とぐっすり寝てた。
 お人好しとみた転生者がいてくれたら蘭ちゃんも心配ないだろうと投げてた。

蘭ちゃん
 少し気弱そうとはいえ落ち着いた雰囲気をした年上の女性に、母の面影を重ねて懐いた。
 こう年上の女性にはきっと弱いだろうというかいた人のイメージ。
 話がはずんで嬉しかったけど、ロスでは有希子さんによるNYへの強行軍が待ってて寝られない運命。

伊達さん
 高木さんの教育係だから実は機内にいたりするけど、彼はかなりスケジュールがきつくて熟睡してる。無理してると感じてた目暮警部は、高木さんだけ起こして現場に向かった(アニメでは高木さんは、あとで目暮警部に頼まれたCAさんに起こされてた模様)。
 到着の際も目暮警部と高木刑事は被害者の遺体や容疑者の扱いなどなどで色々と動いてたけど、伊達さんはその間も寝かされてた。おかげで転生者は彼が乗ってたことに気づいてない。
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