「誰だか気づいてもらえなかったぁ。私ってもう過去の人なのかしら」
キャピ、なんてオノマトペでも飛ばしそうな様子で口を尖らせる母に、工藤は顔を引きつらせながら笑った。
「帽子の中に髪隠してサングラスかけてりゃ、気付けってほうが無理あるだろ」
「だって武道の心得のある人だったんでしょう?」
「……武道に何求めてんだ?」
「私もちょっと、気付けないかもしれません」
毛利が横でクスクスと笑っている。
彼女は高一ながら空手の大会で上位に入るような実力者だ。驕ってもいいくらいだが、彼女は恐らく、自分も嗜んではいる、程度にしか思っていない。
その実力をしばしば目にする工藤は、また顔を引きつらせながら笑う。
「いつか私もお話してみたいわ。とっても美人さんだったもの」
彼女はこの三名と少しの挨拶の言葉を交わすと、約束があると言って比較的すぐに空港を後にしてしまった。
「引き留める理由もねーだろ。約束あるっつってたんだから」
「お相手はどんな人なのかしら。羨ましいわぁ」
「……よっぽど気に入ったんだな」
「そうそういないくらいの美女だったじゃなぁい?」
「でも、美女っていうより、可愛い人って感じだったかも」
「何の差だよ」
「えっと、雰囲気っていうか……ほら、有希子さんとうちのお母さんみたいな」
「子供っぽいかそうじゃないかってことか」
「もう、新一ー! 何でそんな意地悪なのよ! そんなんじゃないですからね、新一のお母さんはお茶目なとことか、人懐っこいとこがいいんですから!」
「やっぱ子供っぽいんじゃねーか」
「新一ーーー!」
工藤と毛利がじゃれ合っている横で、内容の当事者である工藤の母はにっこりと微笑んでいた。
……背後に炎か般若面でもありそうな笑顔だった。
「……しーんちゃーん……?」
ぐっと身体の前で拳を握る母に、工藤はようやく失言に気づいたらしく身を強張らせた。
「げっ、母さん、そういうとこが
皆まで言う前に。
「新ちゃんには明日一日可愛い格好してもらうんだからー!」
「……はぁー?! ……明日ってあたりがひねくれてんな! 少しでも長くやらせようってか!」
「違うわよ。今日は家に荷物を置いたらNYだから、着替える暇がないの」
「……は?」
工藤が心底理解できないといったふうに半眼になる。
「無理だと思ってたミュージカルのチケットが急に取れたのよ!」
「何でよりにもよって今日のを取ったんだよ!」
「急にって言ったでしょ? 大人気だから選べなかったのよ。仕方ないでしょう?」
はぁぁぁ、と工藤は盛大に溜め息をついた。
「……上演中に寝ちまっても知らねーかんな」
そうぼそりと言った工藤は何故か毛利のほうをちらりと見ていた。
「何よー!」
「オメーほとんど寝てなかったんだろ?」
「……しょうがないじゃない。機内であんな事件があったんだから……」
「え、何なに~?」
気楽そうに聞いてきた工藤の母は、事件は事件でもまさか殺人などという事件が起きただなんて思っていないのだろう。
「家に帰ったら教えてやるよ。……気が向いたらな」
「もー! 新ちゃんったらー!」
そう言って口を尖らせる工藤の母に、やはり可愛い人だなと毛利は微笑んだ。
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ロス到着をお知らせすると、シンドラー氏オススメというレストランが待ち合わせ場所になりました。
意外にもカジュアルなレストランです。シンドラー氏の『普通』がどんななのかは分からないし、大富豪はいつも豪華にコース料理とか食べてそう、なんて思うのはただの偏見にすぎないだろうけど。
私はありがたく軽いメニューを選んだのだけど、私がいつも鍛錬のためカロリーをきちんと確保するのを知ってるヒロキ君を心配させてしまった。
機内でおやつ食べまくってた諸々をお伝えすると、ヒロキ君は安心したように笑うのです。かわいい。
そしてすこしのんびり過ごしたあと。
いよいよヒロキ君がサプライズにしてくれてる『見せたいもの』に会いに行くことになりました。
降谷さんに『君は行きたくなさそうだけど』なんて言われてしまったくらい伊達さんが気がかりだったとはいえ、ヒロキ君もかけがえのない友達ですから、いざここまで来るとその可愛い企みが純粋に嬉しくて、そしてもの自体も楽しみだなってしみじみ思う。
我ながら現金なものですねハハハ。
けれど、その『見せたいもの』を目にした私は息をのんだ。
そこにあったのは卵型の、人が乗り込める何かだった。
──そう。
それは紛れもなく『コクーン』に見えた。
一台だけ、外装が閉まってない状態で存在している。
「これ何だと思う?」
にこにこと聞いてくるヒロキ君に、私は内心の動揺を抑え込みつつ小さく首を傾げた。
「……椅子、なんて単純なものじゃ、ない、ですよね?」
「もちろんさ」
ヒロキ君が無邪気に笑い、シンドラー氏もふふっと笑っている。
何も知らない私だったら一体何を想像しただろう。
ヘッドギア部分をじっと見て私は唸る。
「うーん……ヒロキ君とトマスさんが関わってるなら、単なる映像鑑賞機とか、VRゲーム機とかな気もしませんし……」
絶対違うのは断言できる。
お二人は、それって評価してるの、それとも変人って思ってるの、なんて苦笑していた。
もちろん評価してるからです!
「うーん……近未来漫画で、漫画を追体験できる装置、っていうのを見た気がします」
今世では見た覚えはないから、多分前世の記憶なんだと思います。
「わあ、それもいいね! ちょっと近いかも!」
ヒロキ君とシンドラー氏のことだから、そのうち実現しちゃいそう……。
もう正解に近づいてもいいのかもしれない。
「……これも近未来漫画だったと思うんですけど、オンラインゲームの中に没入して、その中で自身で身体を動かしている感覚でプレイできるっていうのが……」
これも前世でですが、漫画というよりラノベでちらほら拝読したような気がします。大人気作もいくつかあったはず。
「わあ! ほとんど正解! けどオンラインかあ、それ実現できたら楽しそうだね」
ここにあるのが一台だけな点、現状一人用ゲームを想定してるのかも。まだ映画より一年は前ですものね。
私はポカーンとしてみます。何も知らなかったらこうなるはず。
「……マジにでしたか……! SFの世界が現実に……っ!」
私は思わず額に手をやる。セリフが先にたって行動が勝手についてくることもあるんだって知ったのは、演技を覚えてから……。
「ふっふっふー。びっくりした?」
「ええ。本当、お二人は天才ですね……!」
「僕たちだけじゃないよ、日本のお父さんや直美さん、お養父さんの会社の人たちも頑張ってくれたんだ」
ああ、ビッグネーム勢揃いで目眩がする。
「けど、ふふふ。サプライズ第一段階成功かな、やった」
「第一段階……!?」
まだ何かあるってこと……!?
「多分これ、
そう言うヒロキ君はキラキラして見えた。
「私の……?」
どういうこと?
私は小首を傾げる。
「ゲームに没入するには脳に働きかける必要がある。だけど電極とかを差し込むような仕様じゃ、怖くて使いたくないでしょ」
確かにそれは怖そう。
「だからシールから経皮摂取できるナノマシン……いや、ピコマシンかな。そういうのを開発してね、簡単に言えば、外からそれに司令を送ることで実際に身体を動かしてる感覚でアバターを動かせる仕様を取ったんだ」
「……ピコマシン……!?」
世代を急激にぶっ飛ばしてくる天才たちにやっぱり目眩がする。
「そしてそれはゲームを終了させる時に自壊の司令を受けて、あとは代謝に合わせて体外に排出される。安全性は継続的にテスト中だけど、今の所問題が起きたことはないよ」
にこにことヒロキ君は説明を続けて、そして。
「医療用ナノマシンが開発中なとこもあるって聞いたんだけど、これのピコマシンが役に立つんじゃないかって思ったんだ」
「……!!」
私は瞠目した。
医療用ナノマシンの『マシン』は機械ではなく機構だ。
薬の成分を患部にだけ確実に届けるために極小化された外装、のようなもので、分子を組み立てて作られる。
ただ、既に実現してる研究所はまだありません。
……実は。
APTX4869にもこのナノマシンが関わってくる。
あの志保さんが『覚えてない』くらい複雑で膨大なデータになってるのは、これによる部分も大きいんだと思う。
哀ちゃんが『化学者』ではなく『科学者』と表記されるのは、もしかしたらナノマシンのせいだったのかもしれないね。
現状完成されていないはずの技術で以て作られているせいで、毒として検出されない。
そしてその薬効成分が解毒剤なしに消滅しないせいで、コナン君や哀ちゃんやメアリーさん、そして恐らくベルモットは、あの状態から成長や老化が起こらない。
未完成の解毒剤では再び縮んでしまうのも、恐らくそのへんのせいだ。
そしてその状態は本来の完成形ではない。
もしヒロキ君たちのピコマシンが、薬の分野でも想定通りの働きをしてくれるなら……。
志保さんの研究は……エレーナさんと厚司さんの研究でもあったそれは、また一歩前進するはずだ。
そして恐らく、APTX4869の解毒薬に関しても進展をくれる。
私はくしゃりと表情を崩してしまった。泣き笑いのようになってしまってる気がする。
「……本当……皆さんは、なんてものを成し遂げてくださるんですか……! きっと、医療の発展もとんでもないことになりますよ……!」
えへへ、とヒロキ君が照れたように笑った。
「そうかな、だったらいいな」
……謙虚だ……というか多分自覚がない……。
「で、次はサプライズ第三段階!」
「……えっ……!?」
まだ……まだ何かあるの……!?
「ピコマシンに関する情報とかにも関係あるんだけど、ノアズ・アークの妹を作ったんだ! シナリオ作ってもらってる報酬にしてくれる?」
……。
……。
……。
「……っ、えええええ!?」
私は思わずへたりこんだ。
「驚きすぎだよ」
クスクス笑うヒロキ君が私の手を引いて立つのを助けてくれたけど、まだくらくらします。
「…………あの。あの……対価は同等でなければいけないんですよ?」
14の、その外見を犬のような、と表される妖精たちが思い浮かんだ。
「同等だよ。だってシナリオの報酬、とでも言わないと櫛森さんは何も受け取ってくれないから……」
は、はい……?
「僕たちが皆、どれだけあなたに救われたと思う? 何か報いたいって思っちゃ駄目かな?」
ヒロキ君がかわいくこてんと首を傾けていますが。
シンドラー氏までその隣でうんうん頷いてますが。
「私……私、別に何もしてな……!」
私の訴えはしかし途中で遮られる。
「ほら、そういう所だよ」
二人して頷かないでください……。
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開発コード:Our's Arc
Noah's Arkをもじって付けられたそれは、ヒロキ君が『僕たちの架け橋』というふうな思いを込めた名前みたいです。
別室に移動して見せてもらったそのAIは、PC画面の向こうで立ったままふわふわと漂い、眠っている様子だった。
文字通りのスリープ状態らしい。
彼らの開発する没入型のゲームはほぼ現実なグラフィックを持つ。だから必然、この子の姿も、ただ人の子を映した映像か何かにすら見えた。
ノアズ・アークはヒロキ君に似たアバターを使って現れることが多かったけど、アワズ・アークは全体的に白い女の子だった。
白い髪、白い睫毛、飾り気のない白いワンピース、靴下、靴。閉じた目の色はもちろん分からない。
妹というだけあってか、顔立ちはヒロキ君に少し似てる気がする。
「ノアズ・アークと同じで、人間の五倍くらいの速度で成長する子だよ。今は二歳くらいかな。ピコマシンの情報はノアズ・アークから受け取ってるんだけど、文字通りのコピペって感じで、ただデータを『持ってる』だけ。書き換えとかもこの子にはできない」
その時、隣のモニタにピョコンとノアズ・アークが現れた。まるでカメラに超接近してるように画面いっぱいに顔が表示されている。
とってもニコニコしてる。カワイイ。
……思えば元々この子のアバターからしてまんま人なんだものね。……超技術力……。
〔ねぇねぇ、櫛森さんびっくりしたでしょ!〕
この子は声もヒロキ君そっくりだ。
多分自意識過剰とかではなく単に一番手っ取り早い自分を素材にしただけだと思う。
「はい……! とても……! 眩暈がしました……」
正直に白状するとノアズ・アークはころころと笑った。
〔やった、成功だねヒロキ!〕
「ああ。大成功だ」
二人でくすくすと笑い合う姿が本当に可愛い……眼福。
「それで……アワズ・アークの本体ってアレなんだよね」
部屋の奥に視線を遣ったヒロキ君にならってそちらを見て私は固まった。
ものすごく巨大な装置があった。
「ノアズ・アークはネット上に身を置いてるからそんなに物理的な設備はいらないんだけど、アワズ・アークはオフラインでも扱えるようにしてみたんだ」
ぽかんとしている私に対し、ヒロキ君は説明を続けてくれる。
「薬学部の人って機密データ持ってたりしそうだからね。その分、もしかしたら成長速度は鈍るかもしれないけど」
ノアズ・アークが急成長するのはネット上からも情報収集を行っているからなのかもしれない。
……にしても多分、映画情報から逆算したら現状って精神年齢は五歳くらいなんだよね?
それで……ピコマシンなんてものを作っちゃうのか……いやノアズ・アークだけで作った訳じゃないけど、AIなだけあって演算能力とかそのスピードとかも凄まじいのでしょう。
くらくらする。
「櫛森さん、またびっくりしすぎだよ」
ふらふらしだした私をまだ小さなヒロキ君が支えてくれます。
ごめんね図体でかいやつがこんなんで。……いや筋肉はつかないんだけど……ついてくれないんだけど……。
〔あはは! 面白い~!〕
内心で現実逃避気味に黄昏る私を他所に無邪気に笑うノアズ・アークは見た目通りの小さな少年に見えなくもない。
「輸送するとしたらどこにしようか?」
そんな時です。
私のスマホが震え出した。
ヒロキ君たちとの時間に水を差されたくないからこうマナーモードにしてるわけですが、こう静かな所だとバイブの音なんて丸わかりだ。ウウッ。
「電話みたいだね?」
「……ううっ、この楽しい時間を邪魔されたくない……っ」
〔あはは! だめだよちゃんと出てあげなきゃ~〕
二人して促されて私はしぶしぶスマホを手に……鳴ってたのは『
知らない番号だし。
「ううん……間違い電話じゃないでしょうか……」
「出てみないと分からないでしょ? ほら、ずっと鳴ってるし」
海外プランでは留守番電話サービスを使ってない。
……出るか……。
渋々私が通話ボタンをタップすると、聞こえてきたのは。
『ハロー。これはミズ・木暮の番号で合ってるか?』
……それは紛れもなく赤井さんの声だった。
「……今は立て込んでいるので後で折り返します。番号は今のもので宜しいですか?」
私はヒロキ君たちとの楽しい(たまに目眩がするとはいえ)時間が激減する可能性に内心でさめざめと泣いた。
態度に出ちゃってるのか、ヒロキ君もノアズ・アークもシンドラー氏もクスクスしている。
本音でもあるけど、多分こういう反応になって然るべきだと思う。『木暮』の性格的にも、赤井さんはきちんと詰らないと!
『ああ、待っている』
赤井さんはそれだけ言うとあっさり切った。お構いなしにサバサバしていらっしゃる……。
私は終了ボタンをタップしつつため息をついた。
嫌な予感しかしない。そもそも
「僕たちが見せたかったのはこれで全部だから、ゆっくり出てあげていいんだよ?」
「……しかしその顔はもしかして、あまり仲が良くないお相手なのかな?」
シンドラー氏を心配させてしまうような変な顔をしてしまってたようです……。私は苦笑した。
「いえ、そういう訳では……というより仕事で少し話したことがある、程度なんです。何で番号ご存知なのかも分からないくらいで」
「ほう……?」
シンドラー氏が更に心配そうに小さく眉間に皺を寄せる。ああ、言いかたが悪すぎた。
「ご本人がとやかくじゃなくて、ご職業がちょっとかなり……ああいえ、まっとうなというかむしろ善良のために尽くす所なんですが、それだけに、仕事の話だと厄介そうだなって」
私はへらりと笑った。
「病院か警察かな? いや、探るものでもないな」
「お気遣いありがとうございます」
薬学関係者なら機密も扱いそう、とヒロキ君が仰ってたから、そういうイメージで引いてくれてるのかな。
……まあ薬学関係ないんですけどね……罪悪感……ウゥ……。
「緊急事態なのかもしれないし、早く折り返してあげたほうが良くない?」
「しかし週末に仕事の話とは、日本人はやはり働き者だな……君はきちんと休んでいるのか……?」
それぞれ心配そうなお二人。ウゥ。
私は申し訳なさと未練を押し殺して苦笑を浮かべた。
「休んでるから今ここにいるんです。でも、あぁ……この癒しの時間がっ」
顔を片手で覆う私に、三人ともから苦笑の声がする。
「……一応、人のいない所で折り返そうと思います。本日は本当にたくさんありがとうございました……」
連休中はこちらで皆とのんびりしたかったのにっ。直美さんにも会えたら会いたかったのにっ。もし時間ができたらMCPHSも覗いてみようかななんて思ったのにっ。
「そんなに畏まらないでくれ」
シンドラー氏がこうして穏やかに苦笑していらっしゃるのを見れるだけでも癒し空間なのにっ。
「そうだ、アワズ・アークの送り先はその内連絡してほしい。場所を用意するのは少し手間だろうからな」
「……! は、はい……! 未だに眩暈がしそうですが……」
本当に信じられない事態です……くらくらする……。
そんな私の様子に三人はまたくすくすと笑うのでした。
タクシーを呼びそれが到着すると、このロス支社のエントランスを出るまでシンドラー氏とヒロキ君が見送りに出てくれました。
ヒロキ君だけじゃなくシンドラー氏まで微笑んで手を振って下さってちょっとびっくりしてしまった。初老のかたが和むことをなさるって何かイイですね。ヒロキ君やノアズ・アークと暮らす中で人柄が丸くなってきてるのかな、なんて思うと微笑ましいしやはり癒し……ああ、離れたくない……。
後ろ髪引かれながら私はタクシーでホテルに向かった。
良い部屋にしろと言う降谷さんがスイートを予約してしまっててとてもビビりました……日頃の行い(怪我等)のせいですか?(遠い目)。
まあスイートなおかげで防音にも期待できるのだけど、そんなとこで役に立ってもらいたくなかった。
部屋に着き一息つくと、私は少し緊張しつつリダイヤルする。
『ハロー。案外早かったな』
「……ええ。楽しい時間を過ごしてた皆さんが気を使ってくれたのよ」
意識して少し棘のある言いかたをする。
『ハハ、ジャパニーズジョークはなかなかキツイものらしい』
「ただの嫌味よ。……で、私の数少ない休日を邪魔してくれた理由は?」
『今、日本の警察から何人か研修が来てるんだが、張本人の君がいないのはいかがかと思ってね』
「張本人……?」
日本警察からの研修? もしかして、あの飛行機に目暮警部と高木刑事がいらしたのはそのため?
しかし『木暮』が張本人って何ですか???
『CIA、FBI、日本警察に繋ぎを作ったのは君じゃないか』
ええ……でも、じゃあ……もしかして、合同捜査の下準備、なのかな。
研修ってことは技術を学ぶ目的もあるんだろうけど、交流を深めておくのも大事だよね。
「日本ではこの週末は連休なの。やっと取れた休みなの。研修なんて行く訳ないじゃない」
私が『警察官』のように振る舞うのは公安の仕事のためとはいえ、あまり大きな顔で
……まあそんなこと言うのは『これ公(協)』案件かもですが……。
『ハハ。張本人が研修を休めるとはな。案外日本人も厳しくはないのか』
張本人張本人って言わないで下さい……。
「段々改善傾向にはあるわよ。過労死問題もどんどん明るみになってきてるから、余計にね。……まあ……他国に比べたらまだまだのようだけど……」
私なんで赤井さんと日本の労働環境の話してるんだろう……?
「で、数少ない休暇を台無しにされそうな可哀想な一介の日本警察に、一体何のお話ですか?」
あぁ、こう言い張るのにはやっぱりどうも内心うじうじしてしまう。相当の試験をクリアしてるらしいとはいえ、私本当には警察官じゃないんですってば……。
『日程的に今からでも間に合う。合流しろ』
……。
「……はぁ? ……寝言? 寝不足なの? FBIも日本のこととやかく言えないんじゃない?」
『煙に巻けると思うなよ? 警視庁に航空チケットを手配さ』
ええちょっと待って。警視庁に迷惑かけないで。というか絶対すごくややこしくなる。
私は赤井さんの言葉を遮るようにして大きなため息をついた。とめなければ。
「その必要はないわ。私今ロスに居るのよ」
ヒュウと電話の向こうから口笛が聞こえた。
『丁度いいじゃないか』
「何がよ……私は友達に会いに来てるの! 留学以来なの! きちんと許可もらった休暇なの! 邪魔されるいわれはないわ」
留学というか出向です。嘘を重ねてごめんなさい。
『こちらはミスタ・目暮の許可をもらってる』
「私は目暮警部のとこ所属じゃありません」
『それは特に関係ないんだろう?』
うぐ。確かに、好き勝手他班の人間を動かしていいわけでもないとはいえ、目暮警部は『木暮』の上官ではあって……火急となれば……これ、下手打ったら合同捜査に支障が出るかもだし……ていうか目暮警部は赤井さんから脅されるか何かしたのかもしれない。
私はまた大きくため息をついた。
なんかこう、簡単に呼び出せる便利な奴とかなんとか思われるわけにはいかないのもあって渋りまくってみせてるけど、もう降参な気分です。
『すぐにFBIのNY支局に向かってくれ。領収証があれば飛行機代くらいは出す』
「……はいはい……もう、本当、強引すぎて頭痛がするわ……埋め合わせはしてもらうわよ。今度美味しいお酒をた・ん・ま・り・と! 奢ってちょうだい」
『オーケー』
また大きなため息をついてみせたけど、やっぱり赤井さんは気に留める様子もなく『じゃああとでな』なんて言って、通話を終わらせた。
ロスからNYまでは飛行機でも六時間くらいかかるから、着くのは夜になる。
今すぐ来いって、それからなんか仕事させる気ですか?
ほんっっと、日本の労働環境とやかく言えなくない? ……いや、警察機関だからかもしれないけど……。
私は既に疲れた気分で『木暮』の化粧を施していく。
目暮警部たちとは『櫛森』』として飛行機で会ってるから服装にも気をつけないとなんだけど、さすがに予想してなかったからそれらしいのを持ってきてない。
確か近くにショッピングモールらしきところがあった気がするから、いったんそこに出かけて買うことにしましょう……。
それで飛行機一本くらい逃したって知らないです……。
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コクーンやAPTX4869について好き勝手ぶっ飛んだ設定モリモリしてます。大げさなほどいいってばっちゃが言ってたはず。