降谷さんの災難   作:千里亭希遊

36 / 61
32.転生者の瞞着。

 イライラどころか憤怒の表情で現れた私に、警備の人(ほんとこんな夜にご苦労様です……)は緊張して身構えさえしてた。すみませんやりすぎましたね。

 私は小さくため息をつき警察手帳を掲げる。一応持ってて良かったけど備えあっても憂いがあったね……。

 

「日本警察の木暮と申します。そちらの赤井さんに呼び出されました」

 

 不機嫌さを醸し出しながらお伝えすると警備さんは苦笑して通してくれた。何か前例でもあるの……。

 

 到着の連絡はしてたからか赤井さんはすぐに出てきてくれたんだけど、FBIらしきもう一人のかたと、目暮警部と高木刑事と……伊達さんもいらっしゃって私は目を丸くした。

 

 心配でしょうがなかったかたがこちらにいらっしゃるなんて思いもよらなかったよ! こっちに来てて良かったのかもしれない。ヒロキ君本当に重ね重ねありがとうございます……。

 私は内心でヒロキ君たちを拝んだ。

 

「まさか知ってるかたばかりだなんて思いませんでしたよ」

 

 私は苦笑してみせる。

 

「呼び出したのはそう聞いたのもある」

 

 赤井さんの言に私は眉をひそめた。

 

「気軽に呼び出さないでくれる? 私たちの給料って国民の血税なのよ?」

「俺は休暇中の友人をオフィス見学に呼んだだけだ」

 

 ……色々突っ込みたいとこしかない。私は赤井さんを軽く睨んだ。

 伊達さんと何か話してるご様子だった目暮警部たちが、こちらを見ながら苦笑なさった……。

 

「けど何でこんなに強引に呼んだのよ? さすがに横暴が過ぎるわ」

 

 こんな無茶はそう他人に要求するかたじゃ無い気がする。

 

 赤井さんは一気に真剣な表情になった。

 何かありそうですね。

 

「間の悪いことに凶悪な通り魔が現れてな。研修に支障が出ている」

「……へえ?」

 

 私は片方の眉を跳ね上げるようにして腕を組んだ。

 

「連邦警察が出張らなきゃならないなら州を跨いでるの? ……確かに厄介そうね」

 

 だったら複数件なのが確定だもの。

 

「ああ。若い女性ばかりが狙われる胸糞悪い事件だよ。更に、犯人は日系の男らしくてな。CIAも動かざるを得なくなった」

 

 アメリカ人にも日系のかたは居るわけだけど、一応被疑者が外国籍な場合を想定して、海外にも伝手がある機関に裏で協力を仰ぐことになったのでしょう。

 

「そして、ミスタ・伊達は英語がそこそこ通じるが、他の二人は苦手らしくてな。この緊急時に会話がスムーズにできないのはなかなかまずい」

 

 そういえば飛行機の事件の時、警部たちは英語圏の人とは工藤君を介して話しておられましたね。

 

 ちなみに今の会話も英語です。そのせいか伊達さんだけ少し苦笑いしてた。さっきの私と赤井さんの応酬も、内容を訳して伝えてくれてたのかもしれませんね。

 というか、赤井さん日本語分かるんだから日本語で話せばいいのに……。

 

「警察関係者で通訳になれそうな人間を俺は君しか知らなくてな。それにやはり、張本人がいないのはな」

「張本人張本人ってあのねえ……そもそも、FBIがこっちに内緒で捜査なんかしてなかったら、こうややこしくならなかったんじゃない」

 

 赤井さんは小さく肩をすくめてみせる。

 ……それだけで流す気らしい……。

 

「というわけで、このメンバーでこれから出る」

「……は?」

 

 私は耳を疑った。

 

「私長時間のフライト立て続けだったんだけど?」

「件の通り魔は夜中に出てくる。緊急時だ。協力してくれ」

「……」

 

 だからこんな夜の呼び出しをやらかして下さったの??

 

 色々な立場を演じる必要もあって緊急出動ってもう慣れてはいる、けど……。

 

「……私移動中寝れない人間なのよ。徹夜なの。逆に迷惑かけそうで嫌よ」

 

 私は腕組みしたまま不貞腐れる。

 

「だいたい、通り魔を追う捜査でパトカーに乗り込むには人数が多過ぎるでしょう」

「心配には及ばない。運転を俺とFBIの人間とで担当して二手に別れる。挟み撃ちできれば重畳といったところだ」

 

 確かに、それは有効なのかもだけど……。

 

「我々にはさすがに地の利がないわ。追い込むには少し力不足よ」

「どこにどう走ってほしいかくらい、通信で我々が誘導する。それにあたって通訳がほしいというわけだよ」

 

 ……確かに、筋はまあ……通ってるかもだけど……。

 

「赤井さん、あなた日本語できるでしょう」

 

 私は日本語に切り替えた。

 赤井さんはフッと笑った。目暮警部たちは少し目を丸くして彼を見た。

 ……今まで英語しか喋らなかったに違いない……。

 

「When in Rome, do as the Romans do(郷に入っては郷に従え). 研修中は日本語禁止だそうだ。我々がそちらに研修に行く時には英語禁止になる」

 

 そのせいなのか赤井さんは英語のままだった。

 

 ……まぁ、言語の壁に危機感を煽ってお互いに相手の言葉覚えることに必死になれはするかもね……。

 

「緊急時くらいそんなの解けばいいのに……」

 

 つられて私も英語に戻っちゃった。

 

「ミスタ・伊達はミスタ・高木の教育係だそうだから、そちらのペアは彼の車へ。ミズ・木暮はミスタ・目暮とともに俺と来い」

 

 相変わらずお構いなしに我が道を行くかたですね。

 

 伊達さんが高木さんに同行者について通訳してあげてる。私はそれにならって目暮警部に伝えた。

 

「すまんな」

 

 目暮警部が苦々しい表情で小さく言った。

 

「いえ、赤井さんに丸め込まれたのは想像つきますから……」

 

 私は苦笑した。英語が分からないのもあるしきっと警部にはどうしようもなかったはず……。

 

 そんなこんなで我々は二手に分かれてパトロールに出ることになりました。

 

-----------------------------------

 

「こんな時に日本語使ったって密告する気ないわよ」

 

 だから日本語で言う。

 運転席の赤井さんからの返事はない。

 

「私はオフィス見学に招待されただけの友人なんでしょう? 研修内容なんか知ったこっちゃないわ」

 

 今度はフッと笑った声がした。

 

「俺も現場に研修事情を持ち込むのはナンセンスだと思ってるさ」

 

 返って来たのは日本語だった。隣の目暮警部が明らかにほっとしているのが分かった。

 

「ついでに言えば研修で来てる人間を現場に連れ回さないでほしいのだけど」

「警察なんて常に人手不足なのはそっちも同じだろう? 猫の手どろこか優秀な刑事だらけなんだ、喉から手が出てるんだよ」

 

 私は腕を組みつつ小さくため息をついた。

 ……毎度のこと、赤井さん相手って私の本心としては(前世の記憶があるから)殿上人に不遜な口を聞いてるわけでヒヤヒヤものです……。

 

「国が違えば勝手も違うじゃない。逮捕権だとか捜査権だとかややこしいことになるでしょう」

 

『木暮』的にはこう、色々と詰らないといけない気がする……。

 

「俺たちがついてる上でなら、一緒に研修してる仲でもあるしどうとでもなる」

 

 ……そういうものなの……?

 まあ、何かあってもFBIに丸投げできるってことで……。

 

「……あと、こちらは銃がない分、この銃社会の中じゃ武装が一歩劣るわ。状況によっては、加勢どころかお荷物になる可能性がある」

 

 私はもちろん、目暮警部たちも、警察官としてここにいらっしゃるとはいえ持ってきてないんじゃないかな……。

 

「心配するな」

 

 そして彼は運転しながら器用にぽんぽんと……拳銃を後部座席に二丁放ってきた。

 私は絶句する。目暮警部も固まっておられる……。

 

「発砲許可についても気にするな」

「……もう……開いた口が塞がらないわよ……」

 

 私はため息をつきつつ頭を抱える。

 

 よく見たら両方、日本警察が扱ううちの一つであるニューナンブM60だった。これなら目暮警部も問題なく使いこなせるだろうけど……どうやって手に入れたの……怖……聞かないことにしよ……。

 

「弾も後で渡す」

 

 ……もうどうにでもなれぇ……。

 

-----------------------------------

 

 赤井さんはとある路地で停車し、私たちに弾とインカムを渡した後、足を組んでゆったりとシートにもたれた。

 

「……もしかして、どなたか囮捜査中?」

「正解だ。狙われるのが若い女性に限定されてるからな」

 

 少し心配になるけど、FBIになる程のかたに対してそれは失礼に当たるのかもしれなかった。

 

「……」

 

 目暮警部が息を詰まらせたような様子を見せる。

 ……ああ、彼は囮捜査に関して思うところがあるんだったよね。

 けれど何も仰らないのは、赤井さんが他所の所属だからなのかもしれない。そう口出しできるものじゃないんだろうなあ……。

 

「さて、上手く引っ掛かってくれるか……」

「……寝ちゃっても文句言わせないわよ……」

「そういえば徹夜なんだったな」

 

 ……叩き起こされそうな気しかしない。まあ正直現場に出る緊張感もあって眠気は来てないんだけどね。

 

 警部たちもあの飛行機にいらしたわけだからロスからNYまで何らかの移動を経ておられるわけだけど、この様子だと私みたいな直行じゃなくて見学とかしながら少しずつ移動なさったのかもしれませんね。

 

 そしてしばらく経った後。

 

 赤井さんが上体を起こしてインカムに手を当てた。

 

「そうか。上手く逃げ切れよ」

 

 言いながら赤井さんが降車を始めたので、私たちもそれに倣う。

 

「ひとまず俺に続いてくれ。他の三人と挟み打ちできそうな配置をしてはいるが、状況によっては分かれて追うことになる」

「その時の指示は任せるわ」

「了解した」

 

 少しして曲がり角で急転換すると前方から走ってくる女性が見えた。……あれって、ジョディさんな気がする……!

 囮になってたの彼女だったんですね……!

 

 その後ろを走って追ってるらしき人間がいる。被疑者で間違い無いでしょう。

 

 日系の男性ということだったけれど髪は銀色だ。けれど顔立ちは確かに東洋系っぽい……何故か、既視感が起こる。

 

 ああ、私は彼女(・・)を知ってるじゃないですか。

 フラッシュバックのように頭に様々なシーンが浮かぶ。

 

 ──彼女をここで捕まえてしまうのは得策じゃない。

 Cool GuyとAngelには生まれてもらわないと、きっと困ったことになる。

 

 彼女はさすがにこちらに気づいて踵を返したけれどそれは遅い。

 

 赤井さんが逃げる彼女の後ろから撃ってしまった。

 

 それは背中から彼女の腹部に命中した。

 

 私は思わず歯を食いしばった。

 

 これ以上の追撃をさせてはいけないと思うんだけど、どうしたらいいのか分からない……!

 

 私は少し考えた後、曲がり角が見えた逆側の彼女の足元ギリギリを撃った。特定の物を的にできたわけじゃなかったからかターゲットサークルは出なかったけど、降谷さんと諸伏さんに鍛えてもらったお陰もあって狙い通りの位置に着弾する。

 

 彼女は思惑通りそちらの路地に逃げ込んだ。

 

 それを我々は追いかけたのだけど──。

 

 彼女の姿は消えていた。

 

 赤井さんが舌打ちする。

 

「……逃がしたようだな」

 

 ジョディさんがいるからか英語だった。

 

「悪かったわね……足を狙ったつもりだったんだけど、やっぱり寝不足は足手まといなのよ……」

 

 私は片手で頭を抑えた。

 赤井さんが肩をすくめる。

 

「……まあ、多少(・・)強引に呼んだのはこちらだからな。責められはしないさ。足を狙ったのは賢明ではある」

 

 多少、という修飾がとっても気になるけど自覚はあったんですね……。

 息を切らした目暮警部が追いついたみたいだ。た、体格的には仕方がないのかも……?

 

「それに、まだ諦める必要はない」

 

 彼は通信を始めたようだった。伊達さんたちのほうに連絡を取ってるんだと思う。

 

「一度発見したが取り逃がした。まだこのあたりに居るはずだ。捜索を頼む」

 

 そして彼は我々の方を振り返った。

 

「この辺の地理は把握している。君たちには指示通り動いて──」

「残念ながらギブアップさせてもらうわ。もう足を引っ張りたくないの」

 

 私は彼の言葉を遮って軽く両手を挙げ、降参のポーズを取った。

 

「……すまんがわしもお荷物になりかねん。リタイアさせてもらいたい」

 

 目暮警部も申し訳なさそうに言った。

 もう息を切らしてはいらっしゃらないにしても、思えば体格とか年齢とか以前に、赤井さんたちの身体能力についていくのは常人にとって至難の業な気がする。

 

「……赤井君、あなたやっぱり無茶言って連れてきたのね……」

 

 顔をしかめたジョディさんの言に赤井さんはフッと笑った。

 ……もしかして、日本の皆さん連行してるの赤井さんの独断だったりする……?

 

「車には戻れそうか?」

 

 あっさりそう言って下さったあたりほんとに独断な気がした。なんてことでしょう。

 

「ええ。なんとか道は頭に入ってるわ……」

 

 私は引き続き頭を押さえて言う。まあ本当はそう調子悪くはないんだけど……。

 

 ただ、これ以上加勢してるわけにはいかないとは思うんだけど、少し懸念があった。

 高木さんと伊達さんが手伝ってるままです。単独でも優秀なかたがたなのに、ワタルブラザーズが揃ってるとめちゃ強な気がする。

 

 物語の上でも目暮警部と高木刑事はアメリカに向かってたから、実はこれがあの通りの状況なのかもしれないけど、だからと言って安心はできない。

 

「……情けなくて申し訳ないけど、凶悪事件でしょう、研修に使うものでもないとも思うわ……」

 

 赤井さんはまたフッと笑った。

 

「……そうだな。もし被疑者を見かけることがあれば報告を頼む。顔は覚えただろう?」

 

 この際呆れられたって構わない。それより彼女の生存が大事です。

 

「……悪いわね」

 

 私が苦笑いすると、赤井さんは微笑んで踵を返し、ジョディさんとともに走り去って行った。

 

「……警部、戻りましょう」

 

 力無く笑って私が歩き出すと、目暮警部は頷いて共に歩き出してくれた。

 

-----------------------------------

 

「寝てしまっても構わんよ。被疑者が現れたら連絡はわしがやる」

 

 パトカーに戻ると目暮警部がそう言ってくれた。

 私は苦笑を返す。

 

「ちょっと……外したのが悔しくて。寝れそうにないかもしれません」

 

 それらしきことをのたまうと目暮警部は気遣わし気に苦笑した。心が痛い。

 

「そういえば、君が狙いを外したところは見たことが無いな。だがかなり無理して来てくれたようだからな……気にすることはないさ」

 

 私は更に苦笑する。

 

「まあ、緊急出動には……ああ、慣れてるつもりだったんですけどね……」

 

 いっそう凹んでるふうを装う。

 

「ハハ……というか君よりわしのほうが情けないだろう。ついて行けなかった」

「いや、あの人たち身体能力おかしいと思います……」

 

 私だって本気で彼女を追い詰めようとしてたとしても彼らに追従する程のことができたかどうか……。

 私も降谷さんたちに鍛えられてるお陰でびっくりするくらいアクロバティックなことができるようになったとはいえ、赤井さんたちはアクションも売りな作品の主要登場人物なんですもん……。

 

 ハハハ、と再び目暮警部は苦笑した。

 

「そう言えば、飛行機で君に似た感じの人に会ったぞ」

 

 ……ヒヤリ。

 私は動揺を抑えてきょとんとした。

 

「ただ君よりも……なんというか、おっとりというか、のんびりというか……あとふわふわした服装だったがな」

 

『木暮』と違う印象を持っていただけているようで安心です。ただ、メイクや髪型などが違えばかなり印象が変わるとはいえ、どうしても似通った印象を感じ取られはするのでしょう。

 まあ、私が『ライ』の前に素顔で出てった失敗がもとです。色々誤魔化すための苦肉の策。

 

 差別化のためにも、そして周りの皆さんに色々教えてもらえてるのが嬉しいのもあって、普段の服装は可愛い方に少しシフトしていたりします。志保さんとのお買い物によるブランド物も少し混ぜてみたり。

 対して『木暮』の場合は動きやすさ重視のシュッとした物を選ぶようにしています。見た目は軽視ぎみ。

 

 私はフフッと笑った。

 

「全然似てなさそうな気がします。……自分の性格については少し自覚があるつもりですよ……」

 

 私は目を泳がせた。そういうふうに作ってるはず、です。

 目暮警部は、はっはっは、と明るく笑った。

 

「いや、君の性格に問題があるとは思わんよ。刑事に向いてる」

「……そ、そうでしょうか……ありがとうございます」

 

 私は照れたふうにへらりと笑った。

 

 その時です。

 

『……shit!! あいつ、銃持ってやがった……!』

 

 通信は引き続きインカムで聞かせてもらってたんですけど、緊迫したそんな声がして私はハッとしたふうな反応をする。

 ……実は、彼女の銃所持は知ってるので待ち構えていました。

 

「……!! 警部、被疑者はやはり銃を所持しているようです」

 

 目暮警部にお伝えすると、彼も緊張したような表情になった。

 

「お怪我は!!」

 

 私は通信に入り込む。

 

『今のところ大丈夫だ……!』

 

 ちょっとだけ安心。

 

「……警部、私もう撃つ気は起きませんが、枯れ木も山の賑わい的に、追うのに加勢して来ようと思います」

「……大丈夫かね……!?」

 

 本気で心配してくださってる様子に心が痛む。

 

「走るくらいなら問題ありません」

 

 私は警部に敬礼を送ると走り出した。気を付けるんだぞ、と声をかけていただいてはいと強く答える。

 

 加勢とは真逆でワタルブラザーズや赤井さんたちの活躍を警戒しに行く気なので、やはり心が痛みます……。

 

-----------------------------------

 

「やっぱり私も追うだけ追うわ。塞げる路地は多いに越したことはないもの」

『……無茶はするなよ』

 

 ……赤井さんにまでなりふり構わない奴と思われてる……?

 

 さておき、これからどうするかはかなり悩んでるのですけどね……。

 さっき醜態をさらすことにしたのもあり、もう下手なことをするわけにはいかないと思う。日本警察への評価に関わりかねない。

 

 いっそのこと『ニニティエ』として影から彼女の援護を……なんて安易にやらかすと多分今後がややこしくなる。どころか、後日偽装遺体が増えるかもしれない。そもそも変装の持ち合わせがないしなあ。

 そう言えばもうその偽装遺体にされる人を助ける手だてはないんだろうなあ……それの妨害なんてしようとしたら事態がどうなるか分からないにしても……。

 

 だからもう彼女についてはせいぜい、警察官の皆さんに分からないところでこっそり逃走の手助けができれば御の字ですかね……。

 

 考えがまとまらないまま通信から逃走経路を推定して走る。

 空き地に逃げ込んでたのを発見されて再度追われてるようだ。

 その空き地で邂逅を終えてたらいいなあ。そして逃げおおせてもらわないと……。

 

『ベーカリー・サンソムから南に入る小路の東方面三番目』

 

 早口で伝えられる場所を目指して急転換。声の主はその入り方で既に追ってるってことだろうから、別方向から合流、あわよくば道を塞げるように走る。

 ……塞いでしまいたくはないんだけど、彼女を密かに助けるにしろFBI側に加勢してるふりをするにしろ、近くには行かないと。

 

『曲がりくねってるが脇道はそうないから冷静に探せ……西から三つ目を北』

 

 赤井さんも現状追い込んでる組らしい。

 

 捕まえられてしまう前になんとかしなければ……しかしどうしよう……。

 

 スマホ片手にマップアプリを確認しつつ走る、走る──。

 

 と、前方に人影。被疑者でも仲間でもない。路地が狭いので体当たりしないよう気を付けつつ。

 

「ごめんなさい、横を──」

 

 通るわ、の声は続かなかった。

 

 前方から被疑者(かのじょ)が走ってくるのが見え、顔をしかめながら銃を構えようとしている──!?

 

 まずい! 通行人は若い女性だからターゲットのうちにも入るし、目撃者なんて消しにかかるはずだ。

 

 私は思わず通行人と彼女の間に入るとその人を引っ張って座らせ覆い被さる。

 

「ねえなんなの!?」

 

 当然彼女はびっくりしてて──。

 

「例の通り魔……ッ」

 

 私の説明は途中で途切れた。

 サプレッサーのせいでそう音はしなかった、けど……。

 

「……っ、ぐ……」

 

 肩、と……腹、か……急所じゃない。彼女の射撃精度は高いはずだから、外したのは、手負いな上に走り回ってるからなのか……。

 

 膝をつきそうになるけどそんな訳にいかない。こっそり『快気』を使うけど銃創二つなんてやはり完治はしない。

 

「お怪我はありませんか」

「ちょ、ちょっとアンタ、それ、血……!?」

 

 元気に狼狽える通行人にひとまず安心する。

 

「私は慣れてるからお構いなく。警察で今犯人を追いかけ回してるとこなの。あなたは少しあの辺の物陰にいて」

 

 言いながら私はゆらりと立ち上がって振り返った。

 被疑者の姿は消えてた。面倒を避けて引き返したのでしょうか。追われてる最中だもんね。

 被疑者が走り去ったであろう方向を警戒しつつ、後ろに匿った女性に早く逃げるよう呼びかけることにする。

 

「もうあの通り魔いなくなったみたいだから、あなたは──」

 

 後ろから鈍い衝撃。

 

 それは、油断、だったのでしょう。

 思えば通り魔が出るのは夜中だというのは周知の事実らしいのに、そのターゲットである若い女性が一人で歩いていたのは、異常、だったのかもしれない。

 

「…………何、の……冗談……」

 

 更にぐっと押し進まれて私は呻く。

 

「FBIにアンタ……あの場(・・・)にいた連中がまあわらわらと」

 

 私の背中から突き破ってたものが一息に抜き去られた。なかなか苛烈な痛みが襲う。たまらずたたらを踏んで蹲る。

 

「そ、う……これ、は……網、だったって訳……」

 

 息が詰まる。

 急所は外れてるけど、得物──何かの刃物──を抜き取られてしまったみたいだから、出血量が怖い。

 

「ええ。赤井もアンタらも潰して、シェリーとその姉を回収する網よ」

 

 ハハ、と私は力無く笑った。

 そういえばこの通り魔事件、組織が赤井さんを炙り出そうとしてたんだっけ……?

 

「じゃあ……あの、通り魔も……あなたの、仲、間……?」

 

 知らないはずの私はそれを問う。

 組織は宮野姉妹を保護したのはアメリカ勢だと思ってるのかもしれない……?

 

 この人も、幹部なんだろうか……。

 

「残念だけどこれ以上の冥土の土産は──」

「木暮────!!!」

 

 遮って伊達さんの声が響いた。

 さっきまで一応マイクオンのままにしてたから、私に何か起きたのは皆に伝わってると思う。

 

「チッ……その出血じゃどうせ長くはもたないでしょ。in your face(ざまあみろ)

 

 ニヤニヤしてそうな声を残して彼女は音もなく消えた。

 

「木暮っ!? お前ボロボロじゃねえか!」

 

 伊達さんが走り寄ってきて、前のめりに蹲る私の肩を支えようとしてくれる。

 私はもうどうしようもなくて、素直に彼に少し体重を預けた。

 

「……すみ、ませ……」

 

 やっぱり出血が酷いのか、貧血の感覚にも襲われる。

 入院したくないから、怪しくないくらいまで少し回復しておかないと……。

 

「……!! 木暮さん!!?」

 

 高木さんの声が聞こえた気がした。

 

「911に連絡したわ!! 赤井君とロニーはそのまま追ってちょうだい! あなたたちも彼女についてて!」

 

 も、って、ジョディさんもここにいる気、なの?

 

「そん、な……皆さん、も……」

「……日本の皆にこれ以上の被害を出す訳にいかないの、分かって。……ていうか、現場になんか引っ張り出されて、こんな目にまで遭って……ごめんなさいね……」

 

 そんなに、申し訳なさそうにしないでください。

 

 私の記憶はそこで途切れた。

 

 多分奇しくもこれであの場面は物語の通りに行くのかもしれない。

 

 ……原作の強制力、だとは思いたくないなあ……。




転生者
「私だってできたかどうか」は自己評価の低さゆえ。ついてけるくらいの身体作りはしてる。活躍するかはまた別の話。彼女は多分率先しては動かない。
 そしてやっぱり怪我した。
 降谷さんたちには伊達さんから連絡が行く。
 帰国時には再び鬼神が待ち構えてることでしょう。
 彼女があのまま気絶したので彼女の傷は全部通り魔によるものと思われた。偽装遺体に増えて欲しくなかったから刺された時点でマイクを切っている。

赤井さん
 強引に呼んだのはからかいというかじゃれつきの感覚だったので、彼女が調子悪そうなのには内心申し訳なくは思ってたポーカーフェイス。
 怪我までさせて焦ってるポーカーフェイス。
 なので特に呆れたとかはないようだ。

被疑者(かのじょ)
 無事Cool GuyとAngelに邂逅し、逃げ切った。

一般通過構成員
 囮を撒いてたのはFBIだけではなかったという。
 幹部ではないけどあの作戦にも召集されてた組織の人間の一人。自覚なく少し口が軽そう(もう仕留めたという油断はあったにしろ)。
 ベルモットを陰から補佐してもいた(顔を見せてはいない)けどさすがに多勢に無勢だった。
 組織は赤井さんも宮野姉妹もアメリカにいると踏んでるため、結構な人数がこちらにいたりする。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。