降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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33.転生者の哀歓。

「……赤井……」

 

 ぽつりと名を呼んだ降谷の声は怒気を孕んでいた。

 

『いや落ち着けゼロ、これは研修だ。彼だけの意思じゃねえ』

 

 伊達は思わず窘めた。が。

 

「彼女はその研修に参加してた訳じゃない。それを、呼び出しそうなのは赤井しかいない」

 

 降谷の声は平坦だったが、かえって心境が良くないことを感じさせる。

 

『それはそうかもしれないが、研修の中身は彼が決めたものじゃないだろう』

 

 伊達は、櫛森(くしもり)が赤井の独断の可能性も疑っていたことなど露知らず。

 

 降谷の大きなため息が聞こえて伊達は苦笑する。

 

『それに今回は彼女の無茶や失敗が原因な訳でもないからな。通行人を逃がすために必死だったらしいぞ』

 

 その通行人が組織の手の者で、意識を失うまでに至った傷を負わされたのはどちらかと言えばそちら、というのを櫛森は隠した。

 真実を闇に葬るために用意される遺体を増やさないためだ。あの通り魔に協力者がいてはいけない。

 

 世に流れたニュースは次の通り。

 FBIは怪我人を出しながらも通り魔を追い詰めた。

 通り魔は翌日遺体となって発見された。

 FBIの狙撃による傷が原因で逃走中に死亡したものと考えられる。

 

 警察側は国境を越えた秘密裏の研修で怪我人を出したことを隠し、櫛森は傷の元凶が二人いることを隠し、組織の囮役は自身が(とどめ)を刺し損なったことを隠すために櫛森との接触自体を伏せ、赤井が確かにFBIの人間だと把握した組織は『被疑者の遺体』を作って事件を強制終了させた。

 

 事実が並べられているのに真実がないという奇妙の出来上がりだ。

 

「それを無茶と言うんだ……!」

 

 降谷は頭を抱える。

 

『まあ落ち着けって。医者が言うには出血の割にそう深くなかったらしい。輸血は必要だったがな』

「……またどうせ治しただけ(・・・・・)だろう……!」

 

 伊達は乾いた笑い声をあげる。

 

『……あれだろ、〖無茶を無茶じゃなくするために〗だったか……まだ足りてないってことだな』

「……全くだ! 帰ったら説教とトレーニングだよ……」

 

 腕が使えなくなるほどの怪我ではなかったなら、人目を気にして完治させていないだけなのだろう。かなりの傷だったようなのに『帰ったら』であり『治ったら』ではないのがどこか苦しかった。

 

『でまあ、彼女は許可が出てないうちに、母国に帰って治療しますと言って退院した』

 

 降谷は絶句した。

 

『色々と手続きとか仲介されちゃたまらんかららしい。元の素性でこっちに来てるんだよな。しかも、友達に会いに』

「それで怪我してくるとはさすがに予想しなかったよ……」

 

 もう幾度目か、ため息をつく降谷に苦笑する伊達。

 

『ただロスに戻る気力はないらしくてな。こっちの同系列のホテルに荷物を送ってもらうことにしたらしい』

「そこは大人しくしてくれたんだな……」

 

 また伊達の苦笑いが聞こえた。

 

『ここで本題なんだが』

「……うん?」

『研修も仕切り直し状態で今日空いたから、ちょっと彼女借りるぜ』

 

 降谷は固まった。

 失神するほどの怪我よりもそれが本題か、というのと、借りるってなんだ、というのと。

 

『……ナタリーに贈りたいものがあるんだが、彼女の助言がほしくてな……』

 

 少ししてぼそぼそとそう言った伊達に、降谷は今までの暗澹たる気分が薄れていくのを感じた。そればかりか思わずにやりと笑ってしまう。

 

「……式には呼べよ」

 

 一瞬間が空く。

 

『おまっ、バカ、まだだよまだ! 段取りってもんがあるだろ!』

 

 取り乱す伊達の声に降谷はくすくすと笑った。

 

「何にしろ、祝福するよ」

『お、おう、ありがとうな!』

 

 降谷が頭を痛めていた櫛森への説教は彼の脳内から一時どこかへ行き、半ばからかいのように惚気話を引き出したりしてから、通話は終了する。

 

 降谷はひとつ深く息をつき、味気ないベッドの上で壁にもたれた。

 

 彼は少し考えたのち再びスマホを手にする。

 電話なんか入れたらきっと気の滅入る説教を続けなければいけなくなる。彼はFINEを起動し一言だけ櫛森に送信した。

 

『部屋は良いのを取れ』

 

 これで事態は既に知っていると伝わるだろう。

 

 比較的すぐに既読はついたが、今はもう見慣れた号泣する妙な犬のスタンプが送られてきたのは少し経ってからだった。

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 画面の向こうでのたうちまわってでもいたのだろう。

 

『似たような部屋に通されました 』

 

 さすが同系列、といったところなのだろうか。

 彼はそれに既読を付けたのみでスマホを置いた。

 

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 待ち合わせた櫛森がとても微妙な表情をしていたため、伊達は察してくすくすと笑う。

 

「……ゼロさんに話しましたね!?」

 

 彼女の切羽詰まったような様子がおかしくて、伊達は更に少しからかうように言った。

 

「そりゃなあ。零はお前の保護者だろ」

「私は! 成人済みです!」

「…………お前たち皆(おさね)え顔してるよなあ」

 

 思えば彼の親友たちも皆童顔かもしくは美形で年齢不詳だ。

 松田や諸伏は多少精悍さが増してきてはいたが、誰も伊達には及ばない。もうそろそろ三十路にあるとはとても思えない人間ばかりだった。

 

「成人、です!」

 

 こう必死になるあたり彼女もあまり年相応に見られないのだろう。伊達も何も知らなければティーンだと言われても納得していたかもしれない。いいとこ二十代そこそこだろう。

 

「少なくとも刑事の時(きのう)よりは幼く見えるぜ。良い腕だ」

 

 褒められたのか貶されたのかまるで分からず彼女は言葉に詰まる。

 

「……お、お褒めにあずかり恐縮です……?」

 

 小首を傾げながら眉根を少し寄せる彼女に伊達はまたくすりと笑う。

 

「お前らのファッションセンスは心底すげえと思ってるよ」

 

 言語圏が違うとはいえこんな往来で『変装の腕』なんて言えない。

 

「……だとしても、プレゼントの助言ができる気はしませんよ」

「シンプルイズベスト感あったのに今はそれだぜ? 謙遜すんな」

 

 今度は櫛森がくすくすと笑った。

 

「そ、それ……? といいますかそう見えてたんですね……いえ、まさにそういう思考だった気はします」

「飾り気がいい意味で利いてる気がする。お前の昔を知ってるからだから、俺に審美眼があるわけじゃないがな」

 

 櫛森が少しだけ顔をしかめた。

 

「伊達さんこそ謙遜するじゃないですか」

「いや真実そうだぞ。何か選べって言われたって色合いとか質とかでしか判断しねえし」

「それが無意識にお洒落に繋がる人こそセンスがあるんだと思いますけどね」

 

 櫛森の視線がじとりとしている。

 

「ナタリーが選……だあー! やめだやめ! 店行こうぜ」

 

 歩き出す伊達に追従しながら櫛森は吹き出すように笑った。

 

「惚気話聞きたいです」

「……酒の席でなら話せるかもな」

 

 伊達はげっそりと言うが、相手が櫛森ではそれは逆効果だった。櫛森の目が輝いた気がした。

 

「是非飲みに行きましょう!」

「……お前ほんと酒好きだよなあ……」

 

 そういえばそうだったとはぐらかし損ねたことを彼は理解した。

 

「……というかお前、本当に身体大丈夫なのか?」

 

 話を逸らそうというわけではないが、聞いておきたい──聞いておかねばならないことにシフトする。

 

「ご存知でしょう? ぴんぴんしてますよ」

「知ってはいるが、お前の場合痩せ我慢の前科も多々あるからな」

「ふふ……今はほんとに大丈夫ですよ。輸血していただいてますし。たくさん寝れましたし。何なら触ります?」

「んなわけねえだろ!」

 

 そんな愚かな冗談を飛ばすくらいには大丈夫らしかった。

 

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 二人は眉間に皺を刻みながらショーケースを眺めていた。他の客とはまるで違うその様子に怯えた店員は声をかけるのを後回しにした。

 

「……選びたいの指輪だったんですか……ますます私連れてくる意味ないですよ……」

「ばかやろうお前、俺が一人でこんなきらきらしいの選べると思うか? 全部同じに見える」

「なら尚更ですよ! 『伊達さんが選んだ』ってことが最重要事項です」

「言いたいことは分かるがなあ……やっぱり良いものを贈ってやりたいんだよ」

 

 宝飾店で和やかとは言い難い雰囲気で話し込む二人は確かに異様だった。しかも英語ではないとくれば余計に接触しづらさが上がる。

 

「日本でナタリーさんと一緒に選んだらいいじゃないですか。うん、それが一番な気がします。解散」

「こらマジに帰ろうとするな」

 

 踵を返そうとする櫛森のコートの襟を捕まえる伊達。大げさにぐえなんて呻く櫛森。

 

「サプライズにしたいんだよ、分かれ!」

 

 周りに日本語がわかる人間がいるとは限らないのに声をひそめるのは、恐らく気恥ずかしさのためだろう。

 

 櫛森が帰ろうとまでしたのは伊達とナタリーの間に入り込みたくなかった彼女の半ば本気ではあったが、掴まれては見苦しい絵面にしかならないので大人しく降参した。

 

 直近にその『サプライズ』というイベントを経験している彼女は、それが大きな結果をもたらすのをよくよく思い知っていはする。

 

「……それに、あいつ自身は北海道の生まれだが、おふくろさんの出身がアメリカでな。だから……なんか良さそうだろ」

 

 引き続き気恥ずかしそうにする伊達の様子に、櫛森はふふっと微笑んだ。

『なんか良さそう』で全部説明を省かれたが、何となく気持ちは分かる気がした。

 

「……じゃあ……石は何を? それと金属の色を見てみましょうか」

 

 話しながらショーケースを眺めて歩き、条件に合うものをいくつか目に入れる。

 

「ナタリーさんの服装でよく見るモチーフってありますか? 花とか、リボンとか、なんか図形とか……」

 

 単なる土産物であれば『好きな物は』と質問したのかもしれない。しかし恐らく婚約指輪か結婚指輪か、そうした何か重要なものだろうと、時期的に彼女は察している。

 だから、常に身につけていても支障がない物がいいだろう。

 

 そうこうしているうちに、雰囲気が普通になった二人にようやく店員が声をかける。すると英語も通じるのでさぞ安心したことだろう。

 

 店員が現れたことで更に話は進み──とはいえ、数時間をかけてそれは選ばれた。

 一見シンプルな銀とダイヤの指輪だが、そこには彼の様々な思いが込められている。

 

「けど、もう決めちゃっていいんですか? 大事な物なんでしょう?」

「時間だけかけたってこれ以上のものは見つからねえよ。そんな気がする」

 

 柔らかく笑う伊達の様子に、彼の恋人への想いの片鱗と物への満足度合いを感じて、櫛森は心が暖かくなった。

 

「けど、私が選ぶのについてきたのは言っちゃ駄目ですよ。そういうものなんです」

「……そうか」

 

 伊達は苦笑した。そういうものだと言うならそういうことにしておいた方が良いだろう。

 

 しかし伊達が包は要らないと言い出すと彼女は鬼のように反対した。

 

「何言ってるんですか伊達さん正気ですか!?」

「な、なんだよ。知ってるだろ俺身軽にしとかねえと」

「そんな職業病、これに関しては要りません。断固要りません。箱も包も無いなんてあり得ません」

 

 そう言った櫛森の目は冷たくさえあって伊達は息をのむ。

 

「いいですか。宝飾品は箱も含めて作品なんです。デザイナーを泣かせないでください。その姿を見る感動をナタリーさんから奪わないで下さい」

 

 切々と説き伏せてくる櫛森は口調こそ静かだったが、並々ならぬ熱量を感じた。

 

「しかも、これって単なるお土産とかじゃないでしょう? 包装どころか箱無しの裸? 冗談じゃないです」

「で、でもどうせ捨てる……」

「まだ言いますか? エンゲージかマリッジかは知りませんが、大切にしまっておきたい時もあるんです。炊事とかでは外したいかたもいますしね。そんな時に箱がない? 他の宝飾品と一緒くたな箱に入れる? いや、ないない」

「く、櫛森……」

「伊達さん、あなたよく分からないから私なんかを引っ張っていらしたんでしょう? よく分からないなら少しばかり分かる人間の言うことは素直に聞いておいてください」

「……お、おう……」

 

 櫛森に気圧される伊達の様子に横で店員もクスクスと笑っていた。最初のあの雰囲気はこういうことかと、険悪な仲ではないのを知れた気になりほっとする。

 

「ええ。僭越ながら、外身があるとサプライズ感も増すと思いますよ」

「ですよね。ほら、店員さんもこう仰ってます」

「そ、そうか……」

 

 伊達はもう多少引き攣った半笑いを浮かべるしかなかった。

 

 店を出、あの小さな輪っかが随分と嵩張るものだなと思いながらも、それ丸ごとが確かな存在感を主張していて、これはこれで悪くないかもな、と彼はただの袋のはずのものをふわりと撫でた。

 

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『お前の情報がまた正しかったことが証明された。赤井秀一は〖日系の銀髪の男〗につられてノコノコとFBIの車両で現れそれを撃った……あとは任せろ』

 

 安室透──そしてバーボンのものでもあるスマホへのジンの通信は、そんなセリフで締め括られた。

 

 終了ボタンをタップし、はあ、と降谷は嘆息する。

 

 内心ではこれ以上動くなという気持ちでいっぱいだった。

 組織を応援する気は微塵もない。その上、今はアメリカに友人も居る。困った協力者も居る。

 

 いっそ『バーボン』もアメリカに来いと言われていた方がマシだったとさえ思えてくる。

 居合わせたとして組織員としては疑われるような行動に走るばかりだろうことが予想されはするが、彼方の距離をやきもきするのはなかなか苦痛だった。

 

(何で、『今』なんだ……)

 

 赤井の裏切りが確信されたのは昨年のことだ。

 何故一年も経ってから本格的に網を投げ始めたのだろう。

 ここ一年の『活動』を思えば、他の細々にきっちりカタをつけてから動き出したのかもしれないが、裏切り者に容赦しないはずの組織がこれまでで唯一(偽)逃したスパイを追うのにこうも腰が重いものだろうか。

 

 ……『唯一』だからこその警戒だろうか。より多くの構成員の手が空くのを待っていた。

 

 考えていても仕方ない。

 

 彼はスマホを内ポケットにしまうと、西へと向かう新幹線に乗り込んだ。

 

 ──ボスの指令を遂行するためだ。

 しゃがれた禍々しい声が脳裏に蘇る。

 

 既に幾度かこうした直々の命令を受けたことはあるが、未だその声しか知らない。

 

 いつか必ずその正体にたどりつき、仕留めてみせる。

 降谷は拳を握りしめた。

 

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 諸伏は女装していた。

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 万が一にでも正体が露見してはならない彼にとって、変装のレパートリーは多いに越したことはない。

 にしても異性に化けることには抵抗がないわけではない。

 しかし今回は理由があった。

 

 その女装した状態で床に男を捻じ伏せている。

 

 この異様な様は、彼にとって問題ではなかった。

 

「──……誰が何をしたいのかは知らないけど、彼女への手出しは小指の先ほども許さないわ」

 

 変声機により作られたクールな女性そのものの声で言い、ギリリと更にその忌々しい腕を捩じる。男は濁った呻き声をあげた。

 ここは彼女──櫛森(くしもり)の元々の部屋だ。それが何よりの問題だった。

 

 始めは降谷が彼女の件(・・・・)にあたって確保していたセーフハウスのひとつだった。それだけにセキュリティというより防衛能力に優れた物件の一室である。二年前には彼女の覚悟と諸伏の逃走が杞憂に終わった程のものだ。

 それに侵入を果たしたこれは一体何者か。

 

 単なる物取りでは有り得ない。

 最近彼女の周囲を探る影を幾度も目にしているのもあり、背後に何か居るのが明白である。とすると他に侵入の成否をうかがっている者が居る可能性がある。

 諸伏の女装はそれを警戒してのものでもあった。

 

 たまたま彼女の部屋を借りていた女友達が不審者をとっ捕まえた、と思わせるには苦しいかもしれないが、いかにもな護衛が『櫛森』についていては逆に彼女は何者かとなってしまう。

 苦肉の策ではあるのかもしれない。

 

 彼はそのまま詰問を続けようとしてやめ、念のための自決防止にと一撃で意識を刈り取る。

 更にぎちぎちに縮みこませた上で拘束し大型のスーツケースに詰め込むと、丁寧に床を掃除し、きっちりと戸締りを確認して部屋を出た。

 

 向かう先は公安の所有する機密空間の一つ。

 

 何をどうやってでも全て吐かせてやると、諸伏は唇を引き結んだ。

 

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 さっそく本日の夜ご飯を『酒の席』にしようと私がわくわくしながら言うと伊達さんはとっても不味そうな顔をしました。どうしてですか!

 けれどそろそろいい時間ではあったためか、渋々であれ頷いてくださったので私は満足です。

 

 まずはご飯が美味しいアメリカンダイニングを検索して、FBIのオフィスからそう離れていない場所に良さそうな所を見つけました。

 そこで軽くグリルバーガーとかを幸せな気分で頬張りつつ、たまに他愛無い雑談を交わす。

 伊達さんもそう喋りまくるタイプではないから私はのんびり食事ができて安心です。

 

 灯台下暗しとまではっきり警戒していたわけではないのですが、途中研修で顔を合わせたことがあるらしきFBIの人に伊達さんが声をかけられていました。

 けれど私についてはどう見ても初対面なご様子で接していらっしゃいました。

『小暮』の時の変装がきっちり利いているのか、東洋人の見分けがあまりつかないかのどちらかでしょう。

 

 もし赤井さんが現れても堂々としらばっくれる気だったというか、むしろ今元気にぴんぴんしてることで、とても良く似た別人が居ると印象付けたい思惑もありました。

 彼は、『櫛森』に変装した篠川さんと『小暮』の変装をしてる私に対して「君が二人いる気がする」と仰いましたが、だからこそいつかは他人の空似とはっきり思わせなきゃいけません。

 まあ、『もしかしたら本当に別人である可能性もないわけではない』くらいの印象でいいのですけどね。

 

 次に、お酒が美味しい所を検索し、一緒にお肉もがっつりいけそうなとこがあったので、FBIからは少し離れることになりましたが足を伸ばすことにしました。

 色んなお酒とお肉がとっても合ってて幸せです。ロブスターも良いですね。

 そして伊達さんにウザ絡みするようにして色々とナタリーさんとの馴れ初めを根掘り葉掘り。

 

 お酒の入ったふわふわした気分ととっても和むお話でずっとにこにこしていられます。

 伊達さんもお酒のおかげか次第に自ら語って下さるようになりました。うふふ。

 

 そんな幸せ空間の中で。

 

 私は思わずばっとニュースが流されていたテレビを振り向いた。

 

「……!? …………え……? ……あ……」

「どうした?」

 

 伊達さんが驚いたご様子の声をかけてくださっていたけど、私には反応できなかった。

 

 嘘だ。

 

 いやでも、考えられないことじゃ、なかった。

 

 きっと大丈夫だろうなんてことさえ考えられなかったのは正常性バイアスか何かだったのかもしれない。

 

 私は気づいたらふらふらと席を立ってテレビに近づき、画面に手を触れていた。

 

 

 ──今日午後十一時過ぎ、マサチューセッツ州──。

 

 

 繰り返し告げるアナウンサーの声がどこか遠くでぐるぐるととぐろを巻いている。

 

「……櫛森……まさか……」

 

 伊達さんが私のとこまで来てくれていた。だからニュースは、耳に入っていらっしゃるでしょう。

 

 私は、ただ炎が映るだけの画面の端によく見たことのあるシルエットを認めて、それを撫でるように空を掻いて、へちゃりと座り込んだ。

 

「いや……嘘、です、似たようなスロープなんて、どこに、でも……違う……違い、ます……」

「おい……っ」

「木、だって、たくさん、葉っぱ、あったもん……もっと、たくさん……」

「What's up? By any......」

 

 見かねた周りの人たちまで、話しかけてきてる、みたい、だけど。

 

「────────!」

 

 掠れて声にならない何かが口をつく。

 私は頭を抱えて縮こまっていた。

 

 

 

 組織は志保さんを探している。

 志保さんはMCPHSに在学はしていた。論文も提出した。

 

 だけどあれを見たところで例の薬を完成させられるわけじゃない。

 

 それでも。

 

 彼女はあそこにいたことがあるのだ。

 

 

 

 ────そしきがみのがすわけなんてなかったのです。

 

 

 

 ──今日午後十一時過ぎ、マサチューセッツ州の保健医療技術大学において、大規模な爆発がみられました。警察は、事件事故の両面で捜査を──

 

 

 

 呆然自失としながらも「電話なんかしたら回線邪魔しちゃう」とかなんとか色々正常なことをやってたみたいですが、気づいたら私はボストン行きの飛行機の中だった。

 何故か伊達さんと赤井さんもいて、警察だから、とかなんとか言ってたけど多分、なんか無茶言って出てきたんだと思う。

 

 赤井さんは私の姿について何も言わなくて、普通に伊達さんの知人の誰かとして接してたみたいで、でもそんなことはもうどうでもよかった。

 

 現場に着いたのは何時なんだろう、薬学部棟の一角が見る影もなくなっていて、それで、トビー君やマーロウ教授を始めとした数人のほうからこちらを見つけて駆け寄って来てくれたけど、そこで私は年甲斐もなくわんわん泣き出して彼らにしがみついてしまった。

 

 彼らが無事だったことにはとてもとても安心したし、前にあんなことがあったせいか深夜に人はあまりいなかったみたいなんだけど、でもやっぱり犠牲者は少しいたみたいで、私は、私は──。

 

 気づいたら保健管理センターのベッドの上に居た。

 

 

 

 ──ああ。

 

 情けない。

 

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 私がのそりと身を起こすと、人が近づいてくる気配がしたためそちらに目を向けた。

 そこにはマーロウ研究室の数名──現場で再会した皆がいた。

 私は思わず俯く。

 

「……ごめんなさい。部外者が当事者の皆さんに手間をかけさせるなんて最悪です……」

「……ミグは部外者じゃねーよ。形式上の立場なんて知るか」

 

 トビー君が言って、私は逆にますます申し訳なくなった。

 

「だいたい、爆発でなんかあった奴らはもう大学(うち)の病院とかに運ばれてる。ここは関係ない」

 

 ここ保健管(ホケカン)は保健室の大学版みたいなものです。だから確かに爆発なんてものに際しては、なっても応急処置室か避難所かもしれない。

 そうは言っても……。

 

「それに、俺たちだってあそこにいたって何もできないからな。野次馬と変わらん」

「自分の所属が爆発して様子見に行くのを野次馬とは言わないでしょう……」

「お前と来た二人、連邦捜査局(ビューロウ)の人間だっつってた。余程有益だろ」

「……」

 

 私は変な顔で苦笑いするくらいしかできない。

 そもそも、彼らは私が連れて来たんじゃなく、私を連れて来てくれただけだ。

 ……伊達さんもFBIってなってるっぽいのは面倒を避けるためなのかな。

 

 そんな話をしてたとこにその二人が入ってきた。

 噂をすればみたいな……?

 

「ああ、起きたか」

 

 伊達さんはほっとしたようなご様子だ。

 私はやっぱり変な顔で苦笑いするしかできない。

 

「……すみません」

「居たことのあるとこがこんなことになったら仕方ないだろ」

「そうそう」

 

 伊達さんの言にトビー君まで頷いてくれてる……。

 

「けど、捜査はもういいのか?」

「これ以上手を出すと現地警察の邪魔になる。そもそも、仕事で来た訳じゃないしな」

 

 赤井さんが少し目を伏せて言った。

 

「そうなのか?」

「つい最近まで俺の知り合いがここに通ってたんだ。それで少々気になった」

 

 ……!

 そっか、赤井さんは志保さんの在籍を知ってたんですね。

 なら、組織の関与を疑ってらっしゃるのかもしれない。あながち仕事じゃないとは言えないのかもだけど、そりゃ、無闇に話すことでもないよね。

 

「へえ、俺たちが知ってるやつかもしれないな」

「二年くらい前だからそうとは限らないが……シホ・ミヤノ。飛び級で卒業したそうだ」

「……めちゃめちゃよく知ってるやつじゃねえか……」

 

 私は驚いたようにして赤井さんを見た。演技、しておかなきゃね。

 

「そこのミグは特に仲が良かった」

「……そうだったのか」

 

 赤井さんも少し驚いた感じで私を見た。

 

「なら本当に最近の話だろう。無闇に自分を責めるな」

 

 言葉は優しくても表情は咎めるようなもので、けれどそれがむしろ優しさそのものなのはさすがに分かる。

 私は俯く。赤井さんにまで気を遣わせてしまっている……。

 

「……これ、事故か?」

 

 トビー君が赤井さんに聞いていた。

 

「俺の意見でしかないがその可能性は低いだろう。それとも、こうまで爆発するような設備や薬品を扱うのか?」

「……ないな」

 

 爆薬の材料にならなくもないものがあったとしても、爆発させる目的なんてここにはないから量が足りないはずだ。

 ……誰かがひっそり爆弾組み立てようとしてたら知らないけど……さすがにないでしょう……。

 

「爆弾作りそうな怪しい情緒のやつがいたなら知らないが」

 

 赤井さんも似たようなことを言ってる。

 

「ただ、吹き飛んでるから証拠品が見つかるかは賭けだ……。周辺は見てまわったが、今の所変なものは何も見つかってはいない」

「……捜査状況バラしていいのか?」

 

 伊達さんが苦笑しながら言った。

 赤井さんは肩をすくめた。

 

「言っただろう、俺は仕事で来てるんじゃない。それに、ここの人間相手なら聞き取り調査ができるかもしれない」

「……まあ、かもしれないな」

 

 伊達さんは引き続き苦笑した。

 なんだかトビー君まで苦笑いしてる。

 

「……そういえば、ミズ・櫛森はちょうどこっちに来ていたのかな? だとしたら休暇だろうに、こんなのに出くわして、散々だな」

 

 マーロウ教授が苦笑しながら言う。

 日本にいたらこんな時間にここに来れてるわけないものね。

 

「ええ……こっちで散歩してた時にできた小さな友人に会いに来てて……時間があったら、こちらにも顔を出そうかなって……」

 

 こんな形で来たくなかった……。

 

「そうだったのか……」

 

 皆しんみりしてしまった。むう。

 

「でも、皆さんがご無事で安心しました」

 

 気の抜けた笑いを浮かべる。そこだけは良かった……。

 

「散々、か……事件だとしたら、さっさと犯人には捕まってほしいものだな」

 

 赤井さんが薬学部棟のほうに視線をやりながら言った。

 

「あんたたちはもう捜査協力しないのか? FBIがいたら頼もしそうだけど」

「他州で同じことでも起きない限りはな……領分を超えたら邪魔にしかならんよ」

「そうか……他所も爆発するのは勘弁だな」

 

 組織は宮野姉妹がこっちにいると勘違いしてるふしがあるから、志保さんに証拠隠滅を見せつけたいとか、挑発とかだとすると、他には起こらない……はず。

 ただ、アメリカであれこれしたって志保さんたちはいないから、それを知ることなく更に無駄に酷いことをしないかは、怖いけど……。

 

「……話を聞くに、ミズ・櫛森は普段は日本に居るんだろう。志保は元気にしているか?」

 

 どういう状況か少し把握してるでしょうに聞いてくる意図は分からないけど……わざわざ志保さんを知ってることを話したのは、何か知りたいことがあるからだったのかもしれないね。

 私はへにゃりと笑った。

 

「それが……最近忙しいみたいで、会えてないんです。元気にはしてるみたいですけど」

 

 大嘘だけどこう言うしかないと思う。

 

 そうなのか、と研究室の皆も反応してた。

 

「……そうだ。この件はうちの研究室にも伝えておきます。何かこちらにできることがあれば遠慮なく仰って下さい。多分何かしら動けると思います」

「ああ……ありがたい」

 

 苦く笑ったマーロウ教授に私の居る研究室の連絡先をメモ帳のページに書いてお渡しした。

 

「俺はそろそろ帰るが、二人はどうする?」

 

 赤井さんが伊達さんと私に聞いてきた。

 

「俺も帰らないとまずそうだが……櫛森はどうする?」

「私、今日には日本に帰る予定ではあったんですけど……」

 

 私は思わず皆のほうを見る。

 

「こっちのことは気にしなくていい。なるようになるさ」

 

 マーロウ教授が微笑んだ。

 

「こんな融通をしてくれようというだけで、もう充分以上だよ」

 

 メモを持つ手をふわりとあげて示す彼に、私はまたへにゃりと笑う。

 

「本当、遠慮なく仰って下さいね」

「休んでかなくて平気か?」

「大丈夫です」

 

 苦笑するしかできない……。

 

 研究室の皆は、自分たちが大変だろうに笑って送り出してくれた。

 

 赤井さんと伊達さんと別れ、ホテルをチェックアウトし、空港に向かう。

 始めロスからの予定だった(移動するとなった時に既にキャンセル済)のと、いつ帰れるか分からなかったから、今から席を取らなくちゃいけない。

 

 待ち時間、気が重いながら志保さんに電話でお伝えする。

 隠すのはやっぱり何か違うと思うから。

 

「……MCPHSの薬学部棟が爆発しました。研究室の皆は無事です」

 

 志保さんは数秒沈黙していました。

 

「…………そう」

 

 多分やっと、彼女はそれだけ返した。

 

「うちから何かできることがあったら、やりましょう」

「そうね。そうしたいわ……」

 

 彼女の性格を考えたら、帰ったら色々釘をささなきゃ。

 

 私は一応降谷さんと諸伏さんにメッセージを送る。

 

「MCPHSの薬学部棟が爆発しました。組織絡みじゃないとは言えないと思います。志保さんが無茶しないよう気をつけてあげてください」

『どちらかといえば君のほうが何かしそうで怖い』

 

 降谷さん……。

 

「……現地に駆け付けられはしましたから。できることもないのはよく分かっています」

『ならいい』

 

 私信用ないなあぁ……(涙)。




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ミズ・◯◯とかミスタ・◯◯とかのかきかたはここのキャラ名引用にも多用してる『ロング・グッド〜』参考だったりします。
名前の引用は他にも、ホームズの『緋色〜』や『四つの〜』とかからもあります。

※実在する大学とは微塵も関係がありません。きっと略称が一緒なだけです。

転生者
 伊達さんにしあわせオーラを分けてもらったかと思えば。
 彼女のグッピーはしんだ。
 志保さんに伝えたくないけど、きっとそれは志保さんに失礼なんだろうと思い、しかしどう伝えればと震えている。
 ここまで動揺したのは自分が人間じゃないかもしれないと自失状態になってた時以来かもしれない。
 取り乱しすぎて言動が幼児退行しかけている自覚はない。
 色々起こりすぎたし最後が酷すぎて実はへろへろ。
 でも……明日から仕事に……行かなきゃ……。
 休むという思考がないしへろへろの自覚がない。
 そしてやはり機内では寝れない。

伊達さん
 かつての出向先が爆発なんてしたら無理もないが、こんな彼女は見たことが無く少し動揺。
 放置しておけなかったのでFBIに事情を話すと現地に飛ぶべきだと言ってもらえ、何故か赤井さんまでついてきた。
 実はかなり心配してくれてる。
 しかし休めと言っても聞かないのもよく知ってる。

赤井さん
 志保さんがいた大学だと知っているからきな臭く感じついでと同行したが、転生者の姿に少し驚く。
 ただ小暮は大怪我をしていたし既に帰国したらしいので信じがたいが別人なのだろうと思おうとしている。
 今はさすがに問いただす気はしない。
 小暮=転生者を本気で疑うのは赤井さんの目だからこそで、普通はなんか似てるなあ程度に留まる。
 爆発現場ではああは言ったけど組織の形跡がないか結構目を皿にしてた。
 結局現地警察の頑張りも虚しく数日経っても何も証拠は出ない。
 それで逆に組織の仕業と確信しもする。
 櫛森は薬学関係の人間のようだし雰囲気がか弱い(泣いたし倒れたし)のでやはり小暮とは別人かもしれないとぼんやり思った。

降谷さん
 やっぱりあいつトラブルメーカーじゃないか???
 自分が一年前にたどり着いた赤井さんの正体に組織はなかなか食い込めなかったなんて思ってもみない。
 スパイバレして以降赤井さんが表立って姿を見せたのは初めてのことと想定します。この一年は安楽椅子探偵のような気分だった。
 少し前まで諸伏さんが似たような状態で潜伏してたのも何故か別にしている。
 やっぱり降谷さんが書類仕事だけするなんてなかった。

諸伏さん
 メスカルの飼う鼠を捕まえた。
 これからにこにこと女性の姿で鼠の精神を追い詰める。ただ、色々聞き出せるまでには少し時間がかかりそう。
 女装は更なる監視の目がある場合を想定しているためで念には念を。転生者の性別に合わせたのはある。
 思ったより様になってて自分で苦笑いしている。
 伊達さんはアメリカに行ったので実は向こうで会うのでは、と、羨ま、違う、何となく予想している。
 危なっかしい転生者が海外へ行こうが着いていくためにも組織潰さないと(理由???)。
 松田さんと萩原さんについてもそれとなく気を配っている。
 転生者がまた怪我したのを聞いたら再び鬼神が目覚める。ますます過保護になる。
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