降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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34.転生者の憔悴。

 

 飛行機を降りスマホの電源を入れると、まず目に付いた通知はヒロキ君と直美さんからのメッセージだった。

 

櫛森(くしもり)さん大丈夫?』

 

 とヒロキ君。

 

『今こちらにいらっしゃるんですよね?』

 

 と直美さん。

 うるうるしてるかわいいスタンプもついていた。

 

 あの頃私の在籍は話してましたから、起床後にニュースをご覧になって心配してくれたのでしょう……もうどちらも十時間以上前のもので私は頭を抱えた。

 

 お二人それぞれに事実を色々お伝えしつつ、返信が遅れたのと心配させたのについて謝罪する……。

 

 自分の荷物を受け取って、色んな意味で歩きスマホはしたくないのでロビーの隅でポチポチ打っていると、がしっと突然その手首を掴まれて私は飛び上がった。

 

「ひゃああっ!? って、湯日川(ゆいかわ)さん!?」

 

 また気配消してらっしゃったんですけど!?

 怖かったよ!!

 

(みどり)です」

 

「えっでもそれ」

 

 恋人設定は『木暮』では……って前にも同じこと思いましたね。

 

「碧です」

 

 にこにこしていらっしゃいますが圧がすごい。

 

「……えっと」

「碧です」

 

 柔らかく微笑んでおられるはずなのに目力がすごい。

 

「………………は、はい……」

 

 私は根負けしました……。

 

「もともと愛称で呼んでたんですから良いでしょう」

「……確かに」

 

 言われてみれば。

 初めてお名前を聞いたのが降谷さんによる『ヒロ』だったため、それにならったのでした。もう遠い昔な気がする。最近滅多にそう呼べないのが少し淋しい。

 ……早く組織解体できたらいいな。

 

「帰りますよ」

「は、はい……」

 

 たじたじとなりながらも、歩き出した諸伏さんの後ろを着いて行く。

 

 駐車場で諸伏さんが向かった先には白いWRX。

 通常(?)の覆面と違って、分かる人には分かるらしい外観的な何か、が全く無い公安の捜査車両のひとつです。

 諸伏さんは素性を明かせないから自分で車を買うわけにもいかない。だから外に出るようになってからはこういう捜査車両を使ってるのをたまに拝見します。

 インパネの収納部分には赤色灯も入ってるらしいけど、諸伏さんじゃなくても『公安として』は滅多に使われることはないみたい。まあ、こんな治安の世界でもそうそうあってほしくはないよね……。

 

 道行きは、ずーっと無言でした。私から声をかけるのも何だか気が進まない。

 出向から帰った日を思い出すけど、あの時みたいな怒りのオーラは無い。知らない道を走ってることもない。かと言って空港でのご様子から思うところおありなのは明らかです。

 

 ただただ気まずい思いを抱えて縮こまっていると、宮野姉妹のマンションでも諸伏さんのマンションでもなく、元々の私のマンションに着いた。

 こちらを出て宮野姉妹の隣室に本格的に引っ越す案も出てはいますが、逆にちょっと怪しくないかということで保留になっています。だから使ってなくもない部屋ではあるんですけど、最早メインでもない。

 少しだけ気になったけど私は大人しく彼の後を着いて行く。

 

 ここは元は降谷さんのセーフハウスの一つだったのもあって、いつでも逃げ込めるようにと、そして最近では私の護衛(監視?)のためにも、諸伏さんは合鍵をお持ちです。

 ……過去、そのおかげで七日は不調なのを確信させてしまったこともありましたね……。

 

 なので彼が前を行っても支障は何もありません。

 彼が鍵を開けて入って行くのに私もならう。

 私が後ろなので施錠は私の役目です。

 

 かなり慌ただしかったからお土産なんて失念してたけど、送っていただいたんだからお茶くらい出し……。

 

 ……。

 

 鍵とチェーンをしっかりかけた所で後ろから……後ろから、抱きしめられた。

 

「も……っ」

「碧です」

「っ」

 

 繰り返させてしまった。情けないことです……。

 

「……昨晩、何者かがここに侵入しました」

「!?」

 

 私は思わず首だけ彼を振り返った。

 彼の目はとても冷たかった。

 

 ……だから、その話をするためにこっちに連れてきてくれたのかな。

 

「お心当たりは?」

「……もし隙があるとしたら『櫛森』ですが……残念ながら見当がつきません」

 

 中国マフィア崩れの犯罪組織は降谷さんが徹底的に潰した。元々の光阴(グァンイン)が動くのも考えられない。

 ……もちろんもう私は怪しい声掛けに反応したりしてません。

 

「……。ここのセキュリティは万全です。君が職場に登録してはいても、場所がバレたところでそう易々と突破されることはありません……ないはず、でした。それを、越えられました」

 

 きゅう、と更に彼の腕が狭められた気がした。

 

「捕らえましたが、なかなか口を割りません。オレがいない間は他の仲間が監視と尋問を続けていますが……皆、吐かせるには時間が掛かるとみています」

 

 諸伏さんは私をくるりと振り向かせて目を合わせると、また私を抱きしめた。ヒィ……ッ!

 

「ここに盗聴器等が仕掛けられていないことはチェックしました。奴はパソコンを立ち上げようとしていましたが、パスワードの突破は阻止できました。そいつのボディチェックでも他の何かを盗んだ様子はありませんでした。とはいえ、君本人のチェックがほしいです」

 

 そう仰ってる割に離してくれません。か、顔が近いぃッ!

 

「……君は何者かに狙われています。自覚してください」

 

 私はさすがにコクコクと頷く。ここに侵入されたとか絶対にただの空き巣じゃない。一大事です。

 

「……本当に自覚してくれましたか」

 

 ウウッ。日頃の行いが祟っている……ッ!

 

「さ、さすがにっ! ここのセキュリティは身にしみて知ってますから……!」

 

 格安SIMからの『幹部』への発信すら辿られた様子がありませんでしたし……。

 

「……本当に?」

 

 またコクコクと頷くけど彼の目は信用できないと語っています……ウウッ。

 

 諸伏さんの両手が視線を逸らさせまいとするように私の頭部を挟んで固定した。

 ヒィッ、目線の逃げ場がないのは結構こたえるのです……!

 

「……何かが襲ってきても返り討ちにするからいいやとか思ってませんか?」

「……! いや、あの、ある程度はそうできなきゃなとは……」

 

 全部返り討ちにできるとはさすがに驕れない。

 とはいえ、並のものに負けていてはゾロ目(われわれ)の場合『これ公(協)』案件です。

 

 しかし諸伏さんは苦々しそうに目を細めて──。

 

「……っ!」

 

 はじめの一瞬は触れるだけ、でも、それから──。

 

「っ、み……っ、ふあっ……やぅ……っ」

 

 はじまりのあのひのふるやさんみたいな

 

 ──そんなことが脳裏に過ぎるのは、きっと

 

 ──よくない

 

 ────よくなくて、だけど、

 

 ──……だからこそ、諸伏さん(このひと)

 

 本気で

 

 本気、で……

 

『舌でも入れられたらどうするんだ』

 

 二年前そんなことを言った人だとは思えないくらいめちゃくちゃに絡まってかき混ぜられて、頭がおかしくなりそうとかじゃなくてもうおかしい。

 

 呼吸を気遣ってくれてるのかたまに離れはしても逃してはくれなくて。

 

 どれくらい、経ったのでしょう。

 

 私は息も絶え絶えにへたりこんだ。

 

 諸伏さんも視線を合わせるためか座り込む。

 

「……透がオレを外に出してくれた理由は多分色々あります。だけど一番は……まだ外に出るのは危険な人間がそれを押してまで護衛に付きたがるくらい、君は危なっかしいんです……いつも、いつも!」

 

 また彼は苦々しそうに……苦しそうに表情を歪めて、二人して座り込んだ状態のまま私を抱きしめる。

 

「……どうして君は自分を大切にしない! 何でこんなによく大怪我をする!? ……治せるからいいと思ってないか!?」

「……っ」

 

 私はただただ息を詰まらせる。

 

「よく知らない人間のために何故そう簡単に命を投げ出せる!?」

 

 周りを守るために命を投げ出そうとした彼には言われたくない気持ちも少し湧いたけれど、状況が違いすぎてそんなこと言えないのも分かってる。

 

 知らない、あるいは接点のそう無い誰かを守りたくてしばしば飛んで火に入る私と。

 大切な友人や家族を守るために、最悪の窮地にあってその選択も辞さなかった彼と。

 

 きっと本当に全然違うと思う。

 

 と、彼の腕が少し緩んだ。

 

「……ごめん」

「……碧さん……?」

 

 そろりそろりと彼の掌が私の後ろ頭を撫で始めた。

 

「……簡単に、なんかじゃないことは分かってる……君にただの一般人なのになんて言うのはもう失礼だとも思う……だけど……っ」

 

 ……思えば。

 人目のないところでさえキッチリ『湯日川碧』を崩すことのなかった彼の口調が、素に戻ってしまっている。

 

「…………心配、したんだ……!」

「……!」

 

 体勢的に諸伏さんの表情は見えない。

 だけどその声は酷く苦しそうで。

 

「もうやめろとは言えない……言わない、だけど……少しは……こうやって、めちゃくちゃになる奴が居るんだってことを……それだけは、頭の隅にでいいから……ッ、留めておいてくれ……! ……っ、お願いだ……せめて、オレが側に居られるこの国の中でくらいは……っ、もっと、頼ってくれ……声を、掛けてくれ……っ!」

 

 搾り出すようにして言い募り、彼は腕の力を強めた。

 

 ……私は。

 

 …………私、は……。

 

「……っ…………は、い……っ! ……ごめんなさい……!」

 

 喉の奥に込み上げるものを発散させる権利は私にはない。

 だけど『雲の上の人が私なんかを』なんて言って、彼のこの爆発するような感情に見ないフリをするのは……それこそ失礼だと、ようやく本当の意味で悟ったのかもしれなかった。

 

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 Our's Arcを受け取るというのは未だに目眩のする事態ではありますが、あの子がいてくれたらうちの研究室でのあれそれの他にも、公安のセキュリティが爆上がりするのではという期待がありました。

 

 輸送先についてが少し悩ましい。

 空港まではシンドラー氏の自家用ジェットで運んでいただけるのだそうです。

 しかし、あれだけ大きな子を収容できるスペースとなると……そもそもがピコマシンの情報を持ってきてくれる子ですから、本体は東都大薬学部にお迎えしたいのですが、うちにあれだけのコンピューターを問題なく稼働させ続けられる部屋を新たに確保できるかは……。

 

 教授たちはMCPHSの惨状も含めて話を聞き卒倒しそうになってましたが(分かる分かる……)、ピコマシンについてはすぐに目を輝かせ、しかしやはり収容場所に悩んでおられました。

 

 ヒロキ君が『薬学部は機密も〜』と仰ってましたが、シンドラー社にとってはこの子自体が機密のはず。信じて渡していただくこちらとしても、シンドラー社がピコマシンを世に公表するまでは是が非でも隠し通さねばなりません。こちらは技術が漏洩したところで医療技術が進むだけですが、シンドラー社は利益を出さなければならない企業なのです。

 

 とにかくお掃除やお片付けが始まりました。

 

 備品一覧にあるはずのものがなかったり、記載のない物があったり……毎月消耗品の在庫数も含めて散々チェックしてるはずなんだけどな!? 大昔の機材があったりなかったり……そして誰も見たことがないとか、何故かあるなんてものでも今は使ってもいないとかザラで……きちんと記録しないと買ったり捨てたりしちゃだめなはずなんだけどなあ……??? 過去の職員を恨みます……。

 

 シンドラー氏やヒロキ君たちに謝り倒しつつ(笑って流して下さるわけですけど……)、後世のためにもキッチリ整頓した上で、できるだけ建物の奥になる場所にスペースを確保し、スパコンの類を置いておけるような小部屋を作るリフォームが開始されました。どんな環境を整えるべきかを逐一シンドラー氏たちに相談していたのですが、わざわざリフォームしてることにびっくりされてしまった。いやだってデリケートな物じゃないですか。色んな意味で壊したくないです。怖いです。

 

 そう忙しくしてるうちに気づいたら十二月を迎えていて、年末調整やらたくさんのことで手一杯に目まぐるしいまま──。

 

 六日、私は諸伏さんに助けを求めました。きちんと声を掛けろと言っていただいたことに甘えて、気を紛らわすために飲むのに付き合ってもらおうかなって……。

 たくさん飲んだら、夢も見ないくらい泥のように眠れないだろうか。

 

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 ……これだけアピールしてきてるのにどうして彼女は自分の前でまた酔い潰れたりするんだろう。

 

 諸伏は溜め息をつきたい気分だった。

 へにゃりと笑っている彼女は見ていて和む。和む、が。

 これは……また一人で帰れなくなるんじゃないだろうか。

 

「汀さん、飲みすぎてませんか」

 

 今日は歌舞輝町ではないから、彼女は偽る必要がない。

 

「そんなことないですよ〜〜」

「……」

 

 へらりと笑う彼女の語尾はかなり間延びしている。危うい。

 

「……まあ、時間も時間ですし、そろそろ眠たいので切り上げましょう」

「あら、そうですかぁ〜」

 

 にこにこしている彼女は可愛、違う、やはり酔っているのだろう。

 

 かくしてやはり足取りの危うい彼女を部屋に送り届けるはめになり、ベッドに寝かせて、彼が、おやすみ、と一言呟こうとした瞬間──。

 

 何故か、彼女がかっと目を見開いた。

 

 諸伏はぎょっとする。

 

 時は零時を越えていた。

 つまり十二月七日がやってきた。

 

 ベッドサイドのデジタル時計が視界の隅に入り、諸伏はしまったと表情を歪める。

 言い訳をするなら日付など関係のない生活を送って久しい。あまりそれを直視するとどれだけ隠れ棲んでいなければならないのかと暗い気分になるため、敢えて深く考えないようにもしていた。

 しかし今日はそれが仇となった。もっと気を遣っていてあげたかった。

 ただ怪我の功名ではあるのかもしれない。毎月七日になると不調を来しがちな彼女の側に、今日はついていることができる。

 

 ふよふよと頼りなさげに彼女の手が宙に伸ばされた。

 

「…………だ、め……行か、ない……で……!」

 

 そちらには誰もいないのに必死に何かを掴もうとしている。

 

 今までは、うなされているようでも眠っていると分かる状態だった。それなのに今日は目が見開かれている。そこには現実にはない光景が映っているのかもしれない。

 諸伏は異様な光景に気圧されるが、少し迷って彼女の手を取った。眠りが浅くなるとかで寝言に反応してはいけないとも聞くが、そんなことも言っていられない。むしろ起こしたほうが良いのかもしれないとすら思う。

 しかしゆっくり休んでもらいたい気持ちも無いわけではない。

 

 彼は一方では彼女の手を握り、一方では彼女の瞼をそっと降ろして覆う。

 

(そういえばゼロも、とにかく寝かそうとしてたな……)

 

 本人がうわごとのように寝たくないと言っていても、側に居るからと手を握り休ませていた。

 彼女の性格を思えば弱っているのを側で見られたくはないかもしれないが、彼女がこうなるほどに恐れているのはどうやら周りの人間が居なくなることのようだから、手を繋いでいれば多少は落ち着いてくれるのかもしれない。

 

 握っていないもう一方の彼女の手がふよふよと漂い、目を塞いでいるほうの諸伏の腕にたどりつく。

 

「……っ、死なないで……っ」

 

 穏やかでない言葉が飛び出して胸が痛む。彼女の周りには危険に身を置く者が多い。──諸伏自身を含めて。

 彼女がこうなるくらいなら離れたほうがいいかもしれないと思ったこともあったが、そうしたとして彼女自身もまた危険に身を投じる人間だ。自分たちが離れては逆に彼女の身が危うくなる。……多分きっと、精神的な面でも。

 

「……やだ、やだ…………行かないで、行っちゃ、だめ……!」

 

 うわごとのように吐き出される言葉は時に不明瞭になったが、聞き取れるものも多かった。

 

「……なんで……っ、行かないで……諸伏さん(・・・・)、だめ、だから……っ!」

「!?」

 

 彼は再びぎょっとした。

 よりによって自身がはっきりと呼ばれるなんて。しかも普段と違って他人行儀に名字を使って。

 

 ──普段。

 

 彼女に『ヒロさん』と呼ばせられないのが日常になってしまって久しいのが淋しい。

 そんなことも合わさって更に胸が苦しくなる。

 

 そうこうしているうちに彼女は小さくじたばたと身を捩り始めた。

 

「やだ、だめ、だめえぇぇ、違うの、違うの、やだぁぁ、敵じゃない、降谷、さんが……」

 

 ──幼馴染まで名字で呼ばれている。

 取り乱した様子の彼女というのがまず非常事態で、更に小さなこととはいえ不可解な事態が重なって彼はただただ戸惑った。

 

「やだああああ、だめ、だめ、死なないで、諸伏さんだめッ、いやああああ! 撃たないで、撃たないで、うああああああ! なん、で……! 敵、は、いない、のに……! ど……して……こん、な……血が、うぁ、ぁ、あああぁ……!」

「……っ!?」

 

 彼は更にぎょっとした。

 

 ──それは起こり得たことだと彼は重々承知している。

 何せやろうとしたのは諸伏自身だ。

 しかし現実にはならなかった。

 それを夢に見てしまう程不安にさせていたということなのかもしれなかった。

 

「汀さん……! 汀さん! 大丈夫、オレはここにいる、ちゃんと、生きてるから……! 君がとめてくれただろう!」

 

 起こしてしまわないよう声を出すのは控えていたのに、彼は思わず彼女に呼びかけていた。

 それでも聞こえないのか彼女は嫌だ嫌だと言いながらじりじりと身を捩る。

 額に浮いた汗は冷や汗なのだろうか。

 やんわりと押さえていた目元から雫が落ちる。

 

「────っ!」

 

 息が詰まる。

 

 彼女は。

 

 毎月七日、そんなものを見ていたというのか。

 

「……っあああ! …………松田、さん……っ、………………萩原さん……! こんな……小さ……やだああああ!!!」

「……!」

 

 彼女に救われた者たちが死にゆく姿を、夢でとはいえ。

 

 ──……あんまりだろう。

 

 彼は思わず彼女の肩を掻き抱いた。

 

「……皆、生きてるから……!」

 

 しかし彼女はいやいやをするように身を捩り、うなされるばかり。

 

「……何でそんなものを……っ」

 

 そのうちはっとして、彼はハンカチタオルを取り出して彼女の汗や涙を拭う。

 

 どうやら彼女は同じ夢を繰り返し見ているらしい。たまにはっきり意味を汲める寝言のせいで余計しっかりと内容を知る。

 萩原を庇える者なんていない。松田は敢えて解体をやめる。そして諸伏は自害する。

 

 起こさないほうがいい気がしてはいても、果たしてこれで休んでいることになるのだろうか。

 

 おろおろとコンビニで冷えピタを買ってきてみたり水を汲んでタオルを冷やしてみたりしていると、気付けばカーテンの外がうっすらと明るくなっていた。

 そしていつの間にか後ろに降谷がいた。

 

「…………酷いみたいだな、今日」

「……ああ……ゼロ……来てたのか……」

 

 悲壮な様子の諸伏に降谷は少し痛ましそうな目を向ける。

 

「彼女の職場に連絡してくる」

「……頼む」

 

 この分では休ませたほうが良いだろう。

 最近そこまでではなかったらしいのに、何かあったのだろうか。

 少しして降谷は部屋に戻ってきた。

 

「……ゼロは、汀さんが見ている夢の内容は知ってるか?」

「彼女が教えてくれたことはないが……周りの人間が居なくなってるような夢じゃないかとは思ってる」

「……」

 

 幼馴染も知らないことだったらしい。

 

「けれどほら、何だか彼女最近また不安があるみたいだったから、少し心配で様子を見に来たんだ」

「ああ、そう言えばそうだったな……」

 

 諸伏も聞いていたため、皆の動向を気に掛けるようにしていた。

 

「そう言えば? だから君も心配になったんじゃないのか?」

「いや……情けないけど最近日付感覚が曖昧でさ。たまたま……汀さんが食事に誘ってくれたんだけど、彼女飲みすぎて、送って来たんだ」

 

 降谷が目を丸くした。

 

「酔ったのか? 彼女が?」

「うん。まったくないわけじゃないけど、珍しいだろ」

「……らしくないな」

「だよなあ……」

 

 二人は不思議そうに彼女を見遣る。

 今はもうはっきりとした言葉を口にする様子はなかったが、つらそうな表情でうなされ続けている。

 

 少し考える様子だった降谷が口を開いた。

 

「今日が不安でヤケ酒に走ったのかもしれないな。彼女、昔はストレス発散のために飲んでたから」

「ああ……」

 

 そう言われればそうだった。

 

 ふっと降谷が遣る瀬無さそうに苦笑する。

 

「……飲酒は睡眠を浅くする。それは知ってるだろうに」

 

 諸伏も降谷と似たような苦笑を浮かべる。

 

「……ヤケ酒って、それを知っててもやってしまうものなのかもしれないな」

 

 言いながら、諸伏はまたタオルで彼女の汗と涙を拭う。

 その様子を見て、降谷は眉根を寄せた。

 

「……本当に随分酷いな」

「それは……それこそ睡眠が浅かったせいかもしれない。最初、目を開いたままだったよ」

 

 降谷が絶句する。

 

「もう六日の夜に酒は飲ませない方がいいかもしれないな……」

「……かもしれない」

 

 少しの間二人は黙って彼女を見ていた。

 諸伏は降谷に夢の内容を伝えるかを迷う。

 しかし結局口を開いた。

 

「……睡眠が浅かったからかさ、始め結構はっきり寝言が言葉になってたんだけど……どうも彼女、オレたちが実際に(・・・)死ぬところを夢に見てるみたいだ」

「!?」

 

 また降谷が絶句する。

 無意識に、姿が消えるとか歩き去るとか、そういう、夢っぽい何かを見ているのだと思っていた。

 

「それは……萩原が、爆弾で、ってことか……? ……で……ヒロが……」

 

 親友たちのそんなものを口にしたくはなくて降谷はつっかえながら聞く。

 

「オレは拳銃で自殺するらしい」

「……!」

 

 自嘲の苦笑を浮かべながら彼女を見つめる諸伏に、降谷は、やはりあの時、という言葉を飲み込んだ。

 

「……何てものを見てるんだ……! 毎月そうだったっていうのか……!?」

「……かもしれない」

 

 降谷は苦虫を噛み潰したような顔で彼女から視線を逸らす。

 

 状況が近いと思われる人形を現実で見た降谷も動揺したし精神にきた。

 それが──夢では本当に本人が死んでしまう感覚なことだろう。

 

 降谷はギリっと拳を握りしめる。

 

「……起こしたほうが、良かったんだろうか」

 

 彼女はもし寝ずに丸二日が過ぎたとしても歯牙にもかけないだろうことはよく知っている。そういうふうに鍛えられている。

 それでも寝れる時に寝るに越したことはない。

 しかし果たしてこれは『寝れる時』と言えるのだろうか。

 

「……分からない」

 

 諸伏の声音も苦い。

 

 しばらく重たい沈黙が続いた。

 

「……僕はそろそろ退散するよ」

 

 諸伏が降谷を見る。その視線は少しだけ責めるような色をしている気がした。

 

「時間が空いたから様子を見に来たんだろう? こんな汀さんをほっとくのか?」

「僕が居たって何もできないよ」

 

 降谷は眉を下げて苦笑した。

 

「──彼女は……」

 

 その先を彼が言葉にするつもりはないけれど。

 

(汀さんはゼロのことが好きなんだ)

 

 諸伏は小さく首を振って、彼女に視線を戻す。

 

「……彼女の目の前で死にかけたことがないゼロがいてくれたら、それだけで安心できるんじゃないか?」

 

 ふっと笑う声がしたため降谷のほうを見ると、彼はまた眉を下げて自嘲的な笑いを浮かべていた。

 

「僕は彼女を危険な場所に連れ回してる張本人だ。安心なんてさせられないよ」

「……そういう問題じゃない」

 

 きっとどんな所だろうと、君と一緒に居られればそれだけで──。

 

「彼女は僕の協力者だ。だから何があっても守り抜く。だけど──」

 

 降谷が目を伏せた。

 

「隣に寄り添うことはできない。僕はどうあろうがこの国に身を捧げるのだと決めている」

「……」

 

 諸伏は眉根を寄せた。

 

「もし彼女を切り捨てることでこの国が救えるようなことがあれば──僕は彼女を切るだろう」

 

 本当にそうだろうか。諸伏の眉間の皺が少し深くなる。

 

 ──……そして彼女は。

 

 たとえそうなったとして、きっと誰も恨まない──どころか、すすんで身を投じそうな気がした。

 

「……関係ない。時間があるならここに居ろ」

 

 諸伏は彼女に視線を戻し、手を握る力を少し強めた。

 

 降谷はそれ以上何も言わず。目を伏せてドアに背中を預けた。

 

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 ……起きてまず目に入ったのは諸伏さんのめちゃめちゃ心配そうな顔だった。

 うぇ、私また何かやらかしたんでしょうか……?

 

 左の手は何だかうまく動かせなくて、私は右手の甲で顔を覆った。何だかだるい。

 何したっけ……そうだ、諸伏さんにお酒付き合っていただいて……。

 んんん、記憶がない。

 

「……すみません、私何かやらかしましたか……」

 

 喉がカラカラみたいだ。お酒のせいだろうな。

 諸伏さんが苦笑した。

 

「記憶飛んでます? ……良かった」

「え……? 私何をしました……!?」

 

 そのご反応、怖いんですけど!!

 ふと、左手が動かしづらい気がした理由に気付く。諸伏さんがしっかり握っておられる。私もしかして暴れた?

 諸伏さんの方から小さな苦笑の声がこぼれたため、私は彼に視線を戻した。

 

「君でもこうなるんですね」

 

 だから、『こう』ってなんですか!?

 

「記憶ないのは……二回目? くらいかと……私、暴れたりしました?」

 

 じっと左手を見ていると諸伏さんからまた苦笑が聞こえて、そっと手が離された。

 

「違います。うなされてたから握ってただけです」

 

 暴れてはいない、のかな……しかし何も覚えてない……。

 

「……すみません、ほんと情けない……」

 

 ため息をつきながら上体を起こしたけど、ひどく緩慢な動きになってしまった。やっぱり身体がだるい。

 カーテンの隙間からはかなり明るい光が差し込んでいて、デジタル時計に目を遣ると、とっくに昼を過ぎていてぎょっとする。

 

「……まさか……! 深夜からずっといて下さったんですか……!?」

「これくらい平気ですよ」

「いやそういう問題じゃなくてですね」

 

 そういうふうに鍛えてらっしゃるのは知ってはいますけれども。

 私は頭を抱えた。

 

「それに今日は七日です。気にしないで下さい」

「いや、あの……すみません。そんなについて下さってたってことは……酷かったんですね」

 

 きっとかなり醜態を晒しまくってたことでしょう。それを私本人が覚えてないのがまた(タチ)が悪い。

 

「……全然覚えてないんですか? 夢の中身も?」

「はい……ほんと……すみません」

 

 諸伏さんはとてもお優しい。だからきっとめちゃめちゃご心配をおかけしたんだろうなあ……うう……。

 彼はほっとしたように笑った。

 

「……良かった」

「……っ、すみません、余程酷かったんですね。それを私が覚えてないとかほんと……」

 

 思わずため息をつく。

 

 俯いていると、諸伏さんの手が再び私の左手を握った。うおぁ。

 はっと彼のほうに視線をあげる。

 

「ごめん」

 

 ……え、何で彼が謝るんだろう。やべー奴は私です。首をかしげる。

 

「君に散々自分を大切にしろって言っておいて、オレだって実際死のうとした。……君の目の前で。君の制止を振り切ってまで」

「……それは……ことがことでしたから」

 

 私が怪我をするときは私の力不足によるところが大きい。危険を察知できるような勘を磨けていれば避けられたであろうことは数多い。

 彼の場合は彼のあずかり知らぬところで生じた、しかも大きな大きな危機だった。しかも彼が死のうとしたのはその一度だけだ。

 

「……萩原が死にかけたのは十一月七日。松田が……萩原や君たちがいなければどうなってたか分からないのが十一月七日。……そしてオレが組織にスパイだってバレたのが十二月七日。……萩原と松田の場合同一犯だからおかしくないかもしれませんが、オレまで七日なのは何なんでしょうね」

 

 諸伏さんが自嘲するように笑う。……そんな顔をしないで下さい。

 

「そんなの犯人とか組織がしたことです。それを私が勝手に怖がってるだけです。精神薄弱です。情けないだけです。すみません」

「……そういうことじゃ、ないでしょう」

 

 いや皆さんに責はないですし。

 

「……君がどういう夢を見てるのか分かりました。何で言ってくれなかったんですか。そんなに頼りにならないですか」

「!?」

 

 うえぇぇ!?

 

 諸伏さんが私の腕を引いて抱き寄せた。う、うわあぁ!?

 

「知ったところでオレがどうにかできるわけじゃないかもしれません。だけど、そんなものを吐き出さずに独りでため込んでたなんて……」

 

 ぎゅっと腕が狭まる。苦しくなるまでではなかった、けど……! 心臓に悪い!

 

「私寝言でも言ってましたか……! あぁ……すみません、気持ち悪いですよね」

 

 自分が死ぬ夢を延々と見られてるなんて、きっと怖いですよね。

 

「何でそうなるんですか!」

 

 また彼の力が強くなった。うっ。

 

「……近しい者が死にかける恐ろしさは身に染みています」

 

 萩原さんと松田さんの件もだけど、今まで散々言われているので数多いのは私でしょう……。

 

「すみません……」

「だから、そうじゃなくて……あぁ……トラウマになるようなことをして、すみませんでした……」

「……!! いやこちらこそそんなことじゃなくて……!」

 

 いっそ、最初から知っていたことを話したくなる。

 皆さんが命を投げ出したのは信念の結果でもある。そんな、読者の心を打った彼らの行動をなかったことにしてしまった。

 ……だけど。

 たとえあれらの行動が無かったとしても、物語に残るような眩しい事態が起こらなかったとしても、彼らがどういう人物なのかは変わらない。

 私は彼らに生きてほしかった。これは物語じゃない。現実だから、手を出せるなら出す。そう決めた。

 だから、話せない。この現実を物語になんてしたくない。

 

「多分これは、戒めです。気を抜いたら同じことが起こる、っていう……。私がどう捉えようがきっと関係ありません。も……碧さんがいくらこうして落ち着かせようとしてくださっても、きっと……関係がない、と思います。カウンセラーさんが診て下さっても変わりませんでしたし……忘れちゃいけないんです。それだけです」

 

 また彼の腕に力が入った気がした。うぐ、さすがにちょっと苦しいかもしれない。

 

「……碧さん、苦しいです……」

「……ごめん」

 

 苦しくなくなったけど、抱きしめるのはやめてくれなかった。し、心臓に悪いんですってば……!

 

 ……あ。

 私は唐突に思い至った。

 

「たいへん! お昼過ぎてるってことは……仕事……!」

「ああ、透が休むって連絡を入れてましたよ」

「!? そ、そうなんですか……またお手数を……」

 

 むむむむ……。

 

「さっきまでそこに居たはずなんですけどね。まったく……」

「う、うわぁぁ……すみません……」

 

 心配かけてばっかりだ。

 

「あ、お昼といえば……せめて何か作りますね! 食べていってください!」

「オレが作るから休んでてください」

「ご迷惑かけておいてそれは……!」

 

 圧のある笑顔が返ってきた。

 しかしですね……むむ。

 

「……でも、何もしないでいると寝るかもしれないから……一緒にやらせてください……」

 

 これくらいしか言えなかった。

 

 二人して色々作っていると。

 

「今日はずっと一緒にいます」

「ひァ」

 

 変な声しか出なかった。恐れ多い……。




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転生者
 携帯の電源を切るべき場所、であればたとえ限定的に「まあ入れても良い」という場所や時間があったとしても切りっぱなしにする主義。頑固。
 そのせいでヒロキ君たちをハラハラさせた。
 Our's Arcは開発コードだから名前を付けてあげてね、とヒロキ君に言われているけどそのままで良くない? と思ってる。
 諸伏さんを避けるだとか拒否だとかしないのは最推しだから。彼が周りにどう見えてるのかは心配。
 恋愛には色んな意味で目を背けていたかった。しかしそうもいかないのかもしれない、と感じはしつつ、多分『恋焦がれる』ほどの想いはまだ理解の範疇外。わかってない。だめだこのこ。
 言われた通り頼ったけど不安があったのを話さなかったバカタレ。また送ってもらわなきゃいけない程飲みすぎる気はなかった。
 寝言が丁寧語じゃないのは今世では起こっていないことの中にいるため。素が丁寧語なのは嘘偽りない。
 飲酒が睡眠を浅くするのも知ってはいたけど、お酒をストレス発散にしてた頃があるからという降谷さんの読み通りではある。
 ちょうど十二月七日だからというより、リアルで『そういう状況』になるまでを比較的長く近くにいたため、諸伏さんのことが一番詳細に見えてしまうようです。
 伊達さんの手帳の中に指輪が仕舞われていることがなくなったためか、指輪が入っている状態の手帳も見えたりした。
 隠し通せるとは思ってなかったけど寝言でバレたなんて恥ずかしい。
 一生懸命言い繕おうとしたけど、自分が弱いからとかそれらしい理由を言っておいて、カウンセラーでも無理だったという後出しをした愚かさに気づいてない。オバカ。
 おかげで諸伏さんは転生者について、不都合だったり心配かけたくない時だったりは果てしなく誤魔化そうとする奴という確信をますます強めた。

諸伏さん
 護衛について転生者は、危ないのに何してるんですか!? ほんと公安押し通りますね!? 人手そんなに足りない!? くらいに思ってた。
 ……後ろから刺されそうでも即察知して避けられるように鍛えようねゼロ……フフフ……。と、二人して鬼教官する。転生者のエージェントスペックがまたあがっていく。
 酔いつぶれた転生者を送ってったら七日の悪夢の具体的な内容を知ってSAN値がぴんち。
 彼らのせいというより、転生者が事実を改変した対価だから負い目に感じることはないはず。
 潜伏している限りにはなるだろうけど、今後七日周辺は絶対転生者の側にいることにした。
 記憶がなくなるならお酒もいいかと思ってしまったけど、反省した転生者がセーブするようになった(そもそも普通は酔わない)ので六日はやはりお酒をやめさせることにした。

降谷さん
 邪魔者は退散しようとしただけなんだけどなあ……。
 と思うのに少し寂しいような何かが胸をよぎった気がした。見ないふりをする。
 夢の中身を知って、心配は心配。
 担当の心療内科医役もヒロに引き継ぐか、と思っている。
 ただ、丸投げするのも無責任かな、とも思ってはいる。
 諸伏さんから援軍要請が来たら即飛んでいく予定。
 汀本人? どうせ助けなんか求めないだろう。
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