降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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4.降谷さんの憂悶。

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『彼女が電車を使って遠出するなんて今までありませんでした。どうしますか?』

「……あのバカ……!」

 

 嫌な予感がする。

 

〖彼にきちんと、もう取り引きはやめますって伝えればいいんですよね〗

 

 報告はきちんと上げているから、彼女は『危険人物』ではなく『保護対象』であることになっている。

 しかしここまで大人しくしていないとは思っていなかった。

 

 海外留学して飛び級までしたくらいのインテリのくせに、どうしてこんなに色々と分かってないんだ。

 

「追って下さい。僕も向かいます。……あれがあるので、もし見失ったらお伝えください。座標を送ります」

『なるほど、助かります』

 

 防犯用には強力すぎるような薬を開発しようとしたくらいなのに、どうして警戒心が壊滅的に低いんだ。

 

 走りながら、走らせながら、彼女の番号にコールする。

 すると案外彼女はすんなりと応じた。

 

『どうしたんですか?』

「今どこにいる?」

『えっ?』

「きみ、何をしようとしてる?」

『あ、あー、もうすぐ通話できなくなるから切りますね、またあとでかけなおします!』

「おいこら!」

 

 ぶつりと切れる通話に青筋が浮かぶ。

 けれど通話を切られようと聴こえるんだ。電池残量があるうちに追い付けよ……!

 

 彼女はタクシーを拾ったようだった。

 

(港……?)

 

 そんないかにも怪しい取り引きが行われそうな場所に安易に出て行くんじゃない。いや、怪しい取引の自覚はあったな。始末が悪い。

 

 法定速度をきちんと遵守した僕がそこに到着したときには、彼女は既に怪しい奴と接触してしまっていた。

 

『申し訳ない、コンテナが多すぎて、座標を送ってもらっても見通せない』

「わかりました! 目で探してください! 僕も既に現地に居ます!」

『!?』

 

 一瞬仲間が息を詰まらせた気がしたが気のせいだろう。すぐに指示が飛んできたのだから。

 

『あぁ、敬語を使うな。時間が惜しい』

「承知!」

 

 これに関しては『分かりました』よりも短いからいいだろう。

 

-〖初めましてだな〗

 

 しばらく沈黙していた彼女のスマホから、不審な声が届く。

 沈黙は、こいつを待っていたためか……!

 

「……相手は複数。2つ目の声がした」

『……了解』

 

-〖初めまして……? ええと〗

-〖言ったろう。兄貴に来てもらうと。姉さんのデータがホンモノか、俺にはわからねえからな〗

-〖ああ、そうでしたね〗

 

 彼女の呑気な声が聞こえる中、僕は銃の安全装置を外した。

 

 近い──恐らく、あの古びたプレハブだ。慎重に足音と気配を殺し、周囲を警戒しながら近づいていく。

 倉庫街の中、廃コンテナだのよくわからない荷箱だのがプレハブ周囲のあちこちに積まれていて、身を隠すのに困らないのは幸いか。見通しが悪くて当たり前だ。

 

「座標には怪しいプレハブ。周りに色々積まれている」

『了か──』

 

 仲間の応答の声が終わる前に。

 

-〖でも、この通り、データはもう燃えちゃいました。私は取り引きできません……しません〗

-〖……ハァ?〗

 

 不穏でしかない音声が聴こえる──。

 

-〖じゃあ、もう姉さん自体連れてくわ、兄貴〗

 

 ガタガタと椅子を引くような音がした。

 

-〖面倒な……〗

 

 抵抗したんだろう、固い音が少しだけ続く。

 なあ、嫌だったらきちんと抵抗できるんじゃないか。怖いだろうに、声も出さずに。

 

「保護対象が拉致される! 急げ!」

『──ッ』

 

 間に合え、間に合え、プレハブから出てきた瞬間の隙を突けなければあとは──。

 

『見えたッ、中から人影──大・中・小、中が小を引いてる。どうする! 私はまだ距離──』

「武装が分からない。小は保護対象」

『中は拳銃所持の情報アリ。大は不明』

 

 ッ厄介な!

 しかしもう仲間の距離は詰まっているはずだ。

 

「中を持つ」

『了解、大を持つ。当方距離──』

「了解!」

 

 同時に仕掛けられる距離だ。

 資料で『中』(彼女の取り引き相手の男だ)は右利きだと知っているが、『大』(『兄貴』と呼ばれている男)が不明なのは痛い。

 とはいえ足を狙えば、武器を扱える可能性の高い腕が自由なまま。肩を狙うのが妥当だろう。

 

『私は肩を狙い、発砲後組みつく。カウント3。……行くぞ、3・2・1』

 

 仲間がわざわざ『私は』と言ったあたりお前も自分の思う通りに、ということなのかもしれない。

 

 走り出して二発ほぼ同時に着弾したのを視界に入れながら、右肩を抑える『中』に取りつく。こちらは難なく無効化して手錠にかける。

 不安の残る『大』に向けて銃を構──ぱぁんという乾いた音が響く。

 

 仲間が脚を抑えて倒れた、『中』の頭が撃ち抜かれる、こちらに銃口が向けられ──。

 

『大』は、ニヤリと笑った。

 

 数発の銃声が聞こえた。

 僕は奴の左肩を撃った。

 

 それは手負いの猛追だったのか、それとも元々の腕なのか。

 凄まじい連射と精度だった。

 

 僕は彼女に駆け寄った。

『大』は肩を両方撃たれているにも拘わらず、結構な速さで走り去っていく。

 

「……汀、汀……!」

 

 自分でも驚くくらいの情けない声が出た。だが彼女は薄っすらと笑うんだ。

 

「……よくばって、ごめんなさい」

「何を、言って」

「なんで、いっぱつで、やめたんですか」

「……な、にを」

「わたしは、これじゃもう、生きられない」

「……!」

「ほうって、あしとか、撃てば、よかったのに」

 

 ……虫の息でこの子はいったい何を言っている。

 

「わたしは、自業自得、です」

「あいつは……あいつは……! 足止めにするためにきみを助けられる状態で残したんだ……!」

「……助けられそうに見える状態、です。分かる、でしょう?」

「……なんでっ」

 

 彼女はまた、薄っすらと笑う。

 

「……秋本さん」

「……ッ」

 

 彼女が、全然呼んでくれなかった『俺』を呼ぶ。

 

「秋本さん……大好き。だから、行って。わたしを、重り、に、しないで」

「ばかやろう……っ、だったらそもそも……小学生でも守れることを破るなよ……!」

 

 えへへ、と、彼女は笑う。

 

「ごめ、な……さい……秋本さんと話すの、たのしかった、です。……行って、ください」

 

 脚を撃たれた仲間が必死に歩いて来て、僕の肩を叩いた。

 

「彼女は私が……! 申し訳、ない……!」

「……っ」

 

 行きたくない。行きたくないが、それは、できない。

 

「頼んだ」

「…………気を、付けて、ください」

 

 微笑む彼女に表情を歪める。

 僕に気を付けてなんて言ってくる奴は、あんまり、いないんだ。

 

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「……あなたは」

 

 突然視界に現れた長身の男に、『兄貴』と呼ばれていた彼は警戒を強めた。面識はある。だが、安全ではない。

 

「ずいぶん傷だらけじゃぁねェか。今日はいいモン持ってきてくれるんじゃなかったか? 手ぶらのようだが」

「ハハ、チンピラみたいなのに邪魔されましてね。証拠隠滅するので手一杯でした。……おおかた、あの研究者の(つれ)とそのダチでしょう。たまったものじゃない」

「ホォーウ」

「またいいのが手に入ったらご連絡しますよ。今日はこのザマです、情けない」

「本当に」

 

 ジャキっと凶悪な音がした。

 銃口がひたりと彼を狙う。

 

「情けねェ限りだな」

「……ッ!」

「モノが手に入ってもいないのに呼びつけて、あまつさえチンピラの情夫に邪魔されただァ? そんなバカどもに、『次』はねェ」

「ヒ、ヒィッ!」

 

 彼は一目散に逃げようとしたが、人の脚でそれは叶わない。

 

 パァンと、乾いた音が響いた。

 

 そこに。

 

「……ッ!」

 

 靴底が地を削る音がする。金髪でスーツを着た男がそこにいた。右手には、拳銃。

 

(……件のチンピラか)

 

「……残念だったな。女の仇ァ俺が()っちまったよ」

 

 

 

 〔今後きみに潜入してもらう予定の犯罪組織の、構成員の疑いがある男でね〕

    〔状況に応じて、彼女を保護するか、確保するか……利用しろ〕

  〔俺がお前の偽名を把握しないために、次に引き継がれない〕

      〔降谷零じゃない別人を作り出せ。性格などを自分で設定してみろ〕

〔堕とせ。それができそうな人格がいい〕

                〔僕はいたって真面目な人間ですよ?〕

    〔変に固めすぎると臨機応変にいかなくなる〕

                       〔そんなナリして善人面か?〕

  〔本当にちょうどいいくらいで終われます。ありがとうございます〕

〔誰に対して惜しむの? その名誉〕

          〔ぽやぽやしているようでいて、一番厄介な相手だな〕

        〔堕とすからには守り抜いてみせるから〕

 

 

〔もっとたくさん、話をしよう〕

 

 

〔大好き。だから、行って〕

 

 

 

 

 ああ本当に、きみは、バカだ。

 

 

 

 頭の中で過去のピースがぴしりぴしりと飛んでは重なり、溶けていく。

 

 

 

「……そいつは、僕の女を()ったんです」

「聞いてる」

 

 目の前にいる誰とも知らぬ男に、彼は言葉を投げつける。

 

「……よくも、横取りしてくれましたね」

 

 そう言ってギリっと男を睨んだ彼の目は、膨大な殺意に満ちていた。

 

 そこまで聞いて男は、ハッと鼻で嗤った。

 

「遅ェのが悪ィ。ちんたらしてんなよ」

 

 しかし男はわざわざ相手をしてやる価値をこの金髪の彼に見出していた。理由もなく。

 

(……だが、どうにも青臭ェ)

 

 ギリ、と金髪は拳銃を男に向けてきた。男はニヤリと嗤う。

 

「……おいガキ。今はまだ時じゃねえ」

「は?」

「お前がただのチンピラじゃなくなったら、飼ってやってもいい。例えば……そういうの(・・・・・)を全部片づけてみな」

 

 男が最早動かない死体を指さすと、金髪の彼はこれ以上ない渋面を浮かべた。しかし手に構える銃から、少しずつ力が抜かれていくのが分かる。やがて彼は、銃を下ろした。

 

「……意味が分かりません」

「分からねェなら、それまでだ」

 

 すいっと男は背を見せて去っていく。その背に追いすがれば──いや、本能が警鐘を鳴らした。

 

 今飛び出せば、全てを無駄にする。

 

 金髪の彼は──降谷零は、苦々し気に俯いた。

 

----------------------------------- side:Furuya

 

「……ひっどい顔してるぞ」

「……はい」

「そうか」

 

 一見成立しない受け答えに、先輩はいたたまれなさをにじませて苦笑した。そしてくしゃりと僕の髪をかき回す。

 

「……しょっぱなからずいぶんな目に遭ったな。異動したくなったか?」

「いいえ。たくさんの知見を得ました。僕はこれを生かしてこの国を守ります」

「気負い過ぎてないか? 今くらいは虚勢を張るなよ? 俺から見ても散々なヤマだ」

「……僕も、今潰れる気はありません。だから虚勢ではありません。ですが……自分でもどうするのが一番いいのか、まだ分かっていません」

 

 先輩の目はまるで痛ましいものを見ているようだ。苦笑さえ消えている。

 そしてやっぱりくしゃくしゃと僕の髪をいじって、また少し苦しそうな笑顔になった。

 

「いいかどうかなんて、いつまでも分からないさ。だから、ずっと探し続ける」

「……苦しいですね」

「ああ。その苦しさはどんどん増えていく。だが、答えを見つけられたと思った時に、一気にほぐれて……『経験』になる」

「……」

「だから、無理に捨てようとするな。お前の手は、案外広い」

 

 僕はくしゃりと笑う。

 

「先輩っていったい誰なんでしょうね」

「さあ、誰なんだろうな」

「僕だけ本名と顔は割れてるって、ずるくないですか?」

「新人はいつもそうだ。諦めろ」

「不公平です」

 

 先輩は溜め息をついた。

 

「まぁ……お前がそんなに甘えたくなるくらい『名もない俺』に親しみを感じてるのなら……『名のあるヤツラ』は、絶対にそれ以上だ。当然だろう?」

「!」

「じゃあ、多分これで俺の教育係はオシマイだ。お疲れさん。あとは書類仕事頑張ろうぜ」

 

 ああ、そうだ。書類やらないと。

 

 

 

 

 

 あの後、気づいた時にはポケットに見知らぬUSBメモリがあった。

 僕以外の手に渡る想定が皆無なセキュリティのなさは絶対に彼女だった。 

 

 彼女の取り引き相手だった二人が所属するであろう組織の情報がほんの少しだけ詰まっていた。

 

『よくばって、ごめんなさい』

 

 妙な方向にだけ優秀になるんじゃない。

 本当、少しでも危機感とか警戒心とかにスペックを振れよ。

 

そういうの(・・・・・)を全部片づけてみな』

 

 僕は顔をしかめた。

 やれというならやるさ。いつか、たどりつくまで。

 彼女のせいで増えに増えた書類仕事が本当に面倒だ。

 

 

 

 ああ、ビールが飲みたい。……アイツらと一緒に。




/

ここでチートによりオリ主が撃たれなかった場合生存ルートに入ります。

降谷さんの補助についてる先輩方は実戦向きではなかったりします。
そういう人は既に任務に就いてて手が空いてない。
だから降谷さんは利き手が判明しており無力化がより早く成し得る可能性があるほうを担当し、その後加勢に回る算段でした。
しかし相手が予想以上に上手だった。もしくは火事場の馬鹿力を発揮された。

この捏造世界では降谷さんが最初にもらった仮の偽名を『秋本広志(あきもと・こうし)』としています。
これは過去に原作アニメで同じ声のかたがお声を当てておられた人の名前からです。
ばりばり警戒していたオリ主はこれまで名前で読んでいませんでした。
『安室さんだ』と思ってからはなおさらです。しかし……。

『兄貴』を撃ったのはジンさんです。

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櫛森汀(くしもり・みぎわ)
 容姿も頭も良いけど性格がパッパラパーすぎるバカ。内心の声は暴走気味だが、外面は別に取り繕ったものではない。あれが素。
 楽観的すぎる所があるかと思えば、傷をこさえるといつまでも痛い。
 大根役者は「思い出していない私」と「不自然じゃない自白」を目指していただけ。他は素。
 各所でミラクルが起きて全然疑われなかった上にやべえキスされて情緒が消し炭。
 死ぬほど危ないことしてた自覚は無かった。誰か彼女に常識を教えてあげて。
 安室さんとかバーボンとか降谷さんとかは遠い人過ぎて分からないけど、目の前にいる『秋本さん』なら一緒にいて楽しいな、好きだったんだな、ってなった。
 怪しいおじさん怪我してたから危険度は低いだろうし(浅はか)、安室さんならきっと追いたいだろうし、足手まといになりたくないな、と思って必死だった。必死ついでに、怪しいおじさんたちの謎を降谷さんのポケットに入れといた。こういうこと話したメモとかアナログデータがあるんだけど何だったんだろうね? のノリ。ちなみに、彼女の家でアナログ系の元データは無事発見される。
 無自覚爆弾発言魔。
 ミラクルフラッシュ的なファンタジーがキまらないと転生者は生存できない。

降谷さん
 最大の被害者。偽名はまだない。
 彼女を変な奴だと思いながらも多少は情が沸いていた。
 嫌われる覚悟を持とうとしていたら、好かれて死なれた。

仲間
 そのうちの一人は風見さんだったかもしれないね。

先輩
 俺だと思った? 残念、俺でした!

悪そうな皆さん
 中国マフィアの末端組織。
『兄貴』とその舎弟はお酒の組織に取り入ろうとしていたけど失敗した。

ジン
 もともと気に入らない連中だったので1度のミスであっさり見限った。
 しかし思わぬ収穫もあった。目が気に入った。
 チンピラ扱いされてたガキが成長してくるのを楽しみにしている。
 生存ルートの場合、降谷さんは別の意味で殺気立ってるのでもっと気に入ってるかもしれない。
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