今回は登場人物の名前に由来はありません。
原作の松田さんをして『普通じゃねーな』と言わしめた米花町の犯罪発生率は、強行犯係も多く詰めるこの一室が大抵がらんとしているくらいには酷い。
まばらに残っていた人間たちは「殺人だ」と声を上げた係長に注目した。
3係で今ここに居たのはワタルブラザーズだけ。
4、7係は丸ごといない。
5、8、9係は残ってる人員でそれぞれ何事か話し込んでたところだった。
6係は私と篠川さんのみ。つまり本職は出払ってる。
いつも思うけど人足りてないよね絶対……。
私はこのところ研究室での仕事を6:00~15:00くらいで終わらせて警視庁に顔を出しております。
ちょっとボランティアにはまって、なんて言ったら快く送り出してくれる研究室の皆には感謝しかない。
「伊達、高木、篠川、木暮、暇そうだな」
係長がそう言って我々に来いというふうに手を煽った。
「全然暇じゃないんですけど」
あんまり現場にしゃしゃりたくない私と篠川さんはぺらりと資料を振って示すのだけど、係長は「いいから来い」と仰る。伊達さんと高木さんも書類やファイル片手に苦笑いしていた。
「殺人の一件くらい3係のお二人だけで充分でしょう」
往生際悪く私は処理中の書類を眺めながらげんなりしたふうの顔で言う。
なんかこの世界の捜査権等々ってややこしくて
書類等の事務処理権限については公安がなんとかしてるみたい。経緯等は知りませんが、上からOKというかむしろやってあげてくれと神妙な顔で言われてる。深刻な人手不足を感じます(遠い目)。
「これ締め切りまで二時間切ってるんですけど」
「三分で終わらせろ」
「あがったら脳みそズズーって食ってやりましょうか」
「俺の脳みそは三分程度で湯で頃にはならんが、仏の顔は品切れする」
「あとには神とか天使が棚卸されますね」
「諦めろ、木暮」
「……ハァ……はいーはい……」
私はしかめっ面でわざとらしくガチャガチャキーを叩いて書類入力を終了させた。三分以内だったかどうかなんて知らないからね!
ていうかこの書類の山、私と篠川さんいなかったらほんとどうなってたの!?
もっと警察官の席増やそ!?
ただ今回ゴネたのは、こういう経緯の元いつものように渋ってるだけ、ではあります。
伊達さんと高木さんは強行犯係と無関係などこかの捜査本部に応援に呼ばれて数日帰ってきませんでした。どう考えても
そしてようやく戻って来てのこれ、です。もう七日までは何があろうと伊達さんに張りついてやる……。
係長に機捜からの第一報を聞いてメモを取ると我々は現場に直行した。
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「……っとーに、何で四人も要るのよ」
現場までの小道を四人で小走りに進みつつ私は愚痴る。現場近くには駐車場がない。
「まあまあ木暮さん、落ち着いて下さい」
と言うのは篠川さん。彼の年齢は私も知らないけど一見新人さんでもおかしくないくらい若くは見える。とはいえ何でアナタが巡査部長で私が警部補なんですかね???
「書類のせいで寝れないのはもう嫌よ」
「他人の書類まで引き受けるからそうなるんです」
「処理しないで帰るなんて信じられないわ」
伊達さんがなんか噴き出すようにして笑ってた。
そんなじゃれ合いをやってると、結構古そうなコンクリ建てのアパートの周囲に規制線が張られているのが見えてくる。ブルーシートでも囲われてるみたいだから、遺体があるのは屋外なのかもしれない。
もう暗くなり始めているのに線の外にはちらほら野次馬が居る。
それぞれお疲れ様です等と言いつつ警察手帳を掲げその線を越えた。
既に白線で囲まれている遺体を前に手を合わせて機捜や鑑識の方々に話を聞きつつ、周囲を探る。
なかなか身長のある男性だった。太くはないけど屈強そうではある。シンプルなジャケット姿だった。
「財布に免許証。被害者は
「名刺の束がありました。不動産会社事務員だそうです」
「背中から刺されてるな……このアパートに住んでたのか?」
被害者はうつ伏せで、頭は道路のある方へ向いている。アパートの敷地から出ようと移動しているところを狙われたように見える。
「いいえ。ただ、彼が勤める不動産屋が扱ってる物件ではあったようです」
「ふむ……」
確かに、名刺にあるのと同じロゴと電話番号が壁に貼ってある。
不動産会社の事務員さんか……闇金と関係なさそうだし違う事件なのかな。だからといって手を抜く気はありませんけれども。
「第一発見者は?」
「こちらの
「……はい……市丸、です。……バイトで……階段を、降りたら……」
彼女はたどたどしくそこまで言って声を詰まらせた。
鉄筋コンクリート造のここの階段は隙間なんてないから、1階まで降りて来たら突然遺体が目に入ったのでしょう。
私は小柄な彼女の背にそっと手を添える。
「大丈夫ですよ、ゆっくりでいいですから」
声を掛けていると背に添えていない方の袖口をぎゅっと掴まれた。彼女はまだとっても若かった。大学生か、下手したら高校生かもしれない。そろそろ暗くなろうって時に他殺体なんか見たら、トラウマになっててもおかしくない。
見回しても丁度良く椅子になりそうなものはなかったから、その階段にハンカチを敷いて市丸さんに座ってもらう。
「バイト先って、連絡はできてますか?」
「……あっ」
市丸さんは悲壮な顔をした。
「じゃあ、連絡を入れましょう」
「は、はい……」
ぎこちなくカバンからスマホを取り出して電話を掛け始める彼女だったけど……。
「あっ……い、いち……て、んちょ……ぁ……」
どうみても動転してる。
『市丸か?』
電話相手の声が聞こえる。
「……っ! さ、さざわ、さん……」
『……市丸? どうした?』
「……ぁ……ぅ……」
これはちょっと、まともに話せなさそう。
「市丸さん、代わりましょう」
彼女はこちらを見ると、少し迷った様子をみせ、そしてやがておずおずとスマホを私に渡した。丁寧に受け取る。
「もしもし。警視庁捜査一課の木暮と申します。市丸さんはとある第一発見者になってしまいまして、現在お話を聞かせていただいております。バイトに行くところだったとお聞きしましたのでご連絡をと思いましたが、かなり動揺なさっているようで、お電話代わらせていただきました」
『……!?』
電話の向こうで息を飲んでおられる気がした。とあるなんて言っても凡そは想像できちゃうことでしょう。
『市丸は、大丈夫、ですか……?』
「お怪我はありませんが、このご様子だと今日バイトは酷かと存じます」
『……そう、ですか……』
優しそうな人な気がする。この人がバイト先の店長さんなのかな。
『バイトのことは気』
「あ、お待ち下さい、直接伝えてあげてもらってもいいですか」
『……っ、はい』
私は市丸さんに微笑みかけるのを意識しながらスマホを返す。
やっぱり『さざわさん』は彼女を優しく励ますような言葉をかけてくれてて、そして通話は終わった。
「喉は乾いてませんか? 寒くないですか?」
声を掛けると彼女は目を丸くした。
「……だい、じょうぶ、です……」
「遠慮しないで下さいね。我々はあなたを苦しめたいわけじゃないですから」
「……!」
また彼女は少し目を丸くした。
やがて小さく俯く。
「……すこし、寒い、です……」
正直に言ってくれたことに私はにっこり笑った。
カバンからマグボトルと小さめの紙コップを引っ張り出して、ゆっくり注ぐ。
「レモネードです。まだ温かい……というより熱いですよ。ハーブも少し入ってますが、苦手でなければ」
私が家を出た時間がそもそもですからね。あつあつです。
差し出すと、彼女は目を輝かせた。
「ありがとう、ございます……私、大好きなんです、レモネード」
少し落ち着いて来てくれたかな。私はまたにこっと笑ってみせました。
「熱いから気を付けてくださいね」
「はい」
彼女も少し笑ってくれた。あ、可愛い。
「お、小暮のお手製レモネードか、俺にもくれ」
「伊達さん? 捜査は?」
「もちろん続いてるが、鑑識さんの結果も待ってる」
どうやらもう遺体は収容を終えてるみたいです。
「おい、高木、篠川君」
伊達さんが、レモネードを注いで渡した紙コップをひらひらと示してお二人も呼ぼうとするものだから。
「ちょっと、いかついおじさん増やさないで下さい。市丸さんが怖いでしょう」
「お、おじ……」
近寄って来た高木さんがショックそうな顔してた。ごめんなさい、レモネードあげますので、すみません。
そこにふふっと市丸さんが笑ったのが聞こえた。
「ふふ、大丈夫ですよ、皆さんは怖くないです。警察のかたですものね」
「そうだ、怖くないぞ」
伊達さんがぱちっとウィンクしたのに市丸さんは目をぱちくりさせて、そしてまたふふっと笑った。
二十八のイケオジ(オジ……?)にお茶目にウィンクされたらそんな感じになるよね、うん。
皆でレモネードを飲んでひと息ついたところで。
「市丸さん、警察に通報してくれたのもあなたなんですよね?」
「はい。そしたら、着くまでちょっと待っててって言われて……」
「なるほど。でしたら、あなたが発見したお時間も17時頃なんですね」
「は、はい」
「話し声などはしていませんでしたか?」
「何にも……」
「ちょっと、何ですかこれ、ここで何かあったんですか?」
市丸さんにお話を伺っていると、ほかから剣呑な女性の声が聞こえた。
「あっ、
「あら? 市丸さん、どうしたの? 何かあったの?」
我々は『三峰さん』のほうに歩み寄っていく。
ちょっときつめの綺麗な人だ。三十なるかならないかくらいだと思う。
ぞろぞろと市丸さん以外まで来たからでしょう、彼女は怪訝な顔をした。
「失礼ですが、あなたは?」
伊達さんが聞きながら警察手帳を開いた。他の三人も次々に。彼女は目を丸くした。
「私ここに住んでる者です。202の三峰
「そうですか……ここには四人しか住んでおられないそうですね」
「ええそうです。来年取り壊すらしくて、私も来月出る予定です」
ああ、通りで住人の姿が見えないなと思ったら。
伊達さんはふむと少し考えると、どうぞ、と言って彼女を規制線の内側へと導いた。
野次馬からは話が聞こえないだろう場所まで導くと、彼は口を開く。もちろん我々もぞろぞろ一緒に移動してる。
「実は殺人事件が起きまして」
「…………は、っええ!?」
三峰さんがぎょっとしてる。
「え、殺、され……誰が……? と、
ああ、住人が殺されたと思いますよね……しかしよく住人皆の名前が出るものですね。仲良しアパートなのかな。
「いえ、殺されたのはここを持ってる不動産屋の事務員のかたです」
「……え、あら、そうなの……」
三峰さんはきょとんとしたような力の抜けた様子になる。そして首を傾げながら小さくこぼした。
「……事務員……?」
「どうしました?」
「いやだって、取り壊す予定のある物件なんかに何の用があるんでしょう……?」
「と言いますと?」
「だって内見以外で物件に向かうなんてそうそうないはずですよ。私前やってたんです」
「そうなんですか」
他職のことなんて分からないからありがたい情報ですね。
私は彼女にもレモネードをお渡しする。あらありがとう、とにっこり笑ってくれた。あら可愛い。笑うと可憐なタイプかも。
「……被害者の荷物に、このアパートに関する書類なんかはありませんでしたね」
「仕事で来たわけじゃない、ってことか……?」
一同唸る。被害者は、何をしにここに来たのでしょう。
その時です。伊達さんのスマホが鳴った。
「はい、伊達…………そうです……ええ……はい、分かりました」
電話を切ると彼は「係長からだ」と言った。
「石倉って人は契約満了こそ三月だが既に新居で暮らしてて、仕事休憩で不動産からの連絡に気づいたらしい」
「この時間で休憩、ですか」
篠川さんが苦笑すると、俺たちも似たようなものだろと伊達さんが笑う。
「電話私にも来てたみたいです。……ねえ、もしかして……私たちって容疑者、ですか?」
ごそごそとスマホを出して操作し、三峰さんが嫌そうな声をあげた。無理もない。
「容疑者になんてならないと思いますよ。お二人とも」
「え?」
三峰さんまできょとんとしないで下さい。まあ、構えたところにこれはちょっと力が抜けるかもしれませんが。
「被害者はそういうふうに倒れていたわけです」
私が白線で縁取られた人型を視線で辿ると他の皆もそちらを見遣り、市丸さんと三峰さんが少し身体を強張らせた。まだ血痕もありますしね。
「で、背中の……すみません、怖いこと言うので身構えて下さい。……ちょっと右よりに果物ナイフが刺さってました。被害者の右側は隣の物件の壁です。左利きが強引に、あるいは無理して右で持って刺したとして、一撃では仕留められないでしょう」
このあたり、物件と物件の間が結構狭いんです。取り壊すの大変だろうなあ。
「……うつ伏せ、だったってこと……」
三峰さんがぼんやりとこぼしていた。『遺体がそこにあった』事実に動揺してるからこそのただの確認の呟きでしょう。
「お二人共左利きってことですか」
「いえ、三峰さんだけレモネード左手で受け取っておられましたから」
熱い上に小さいし頼りない紙製なためか、お注ぎしたり受け取ったりする時、だいたい皆利き手で持つんですよね。
何故か皆が顔を引きつらせてる。
「あ、いや、待って下さい、利き手調べたくてお渡ししたわけじゃありませんからね!?」
紙コップが小さめなのも片手で充分とかそういうことじゃなくて単に持ち運びのためなんですよ? さすがに大きな鞄を抱えては現場をうろつきたくない。
「じゃあ市丸さんは?」
篠川さんが聞いてくるけど、ふわっと笑っておられるのできっと私が何を言うのか分かっておられることでしょう……。
「市丸さんの体格でしたらもっと下から斜めに刺さってたはずです。振りかぶって一撃で仕留めるには高さが足りません。そもそも、証拠隠滅の時間が足りません」
「そうだよなあ……」
伊達さんが眉間に皺を寄せつつ、ゆるく握ったこぶしを軽く顎に当てて唸った。
「あの……関係があるかは分からないんですけど……」
三峰さんがためらいがちに口を開く。
「田路さん……もう一人の住人のかたなんですけど……揉める声がすごくて」
「揉める声……?」
「ええ。越してきて三年くらい経つと思うんですけど、早いうちからずっとうるさくて。長いこと聞いてて皆あれは闇金だろうってほぼ確信してました」
「闇金……」
伊達さんたちはふむふむと聞いてるけど、私は心臓がひっくり返るかと思った。油断してましたポーカーフェイスポーカーフェイス……。
まだ闇金って単語が出てきただけでしょ、関係ないかもしれないし。
「だから殺人事件って聞いて真っ先に、彼が殺されたのかと……」
「ああ……」
皆さもありなんという様子で頷いたりとしている。
「市丸さんなんて災難だったでしょ、越してすぐうるさい人が来て」
「あ……えっと……はい……」
話を振られた市丸さんは俯いてしまって、最後の「はい」はとっても小さかった。
「ここのオーナーが『取り壊す』って言い出したのも、彼のせいで入居者が激減したからじゃないかって噂でした」
「なるほどなあ」
「そしてそういうかたと未だに連絡がつかない、と……」
言いながら私は皆さんの紙コップにレモネードを注ぎ足していく。ほわほわとまだ湯気が立ちます。三峰さんはちょっと苦笑してたけど、市丸さんはぱあっと笑顔になってくれたので私は幸せです。
「……これは被害者の津金さんももっと調べる必要がありそうだな」
伊達さんが眉間に皺を寄せながら言った。
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結果を言えば今回の被害者、
あのアパートの住人である
伊達さんがあれをこれをと指示を下さるのを他の三人でこなしてるうちに伊達さんも次に進んでるという状況が続き、本当はこんなに早くたどり着かなかったのでは? というスピードで田路が現在潜伏しているであろう部屋を突き止めた。
そしてそこに張り込んで迎えた二月六日の夜。
「張り込みに四人も要らないでしょう。二人ばかり帰りませんか?」
「えっ……?」
高木さんがぎょっとしている。
「……その言い方、僕らに帰れって言ってません?」
篠川さんが相変わらずふわっと笑って言う。
高木さんが自分を指さしながら口をはくはくしてる。「僕『ら』……って!?」って言いたいに違いない。
「それでもいいけど。……伊達さん。そして高木さん。あなたたち、最近寝てないわね?」
「……ん?」
伊達さんがきょとんとしている。
「他所の捜査本部に駆り出されてた人たちを即殺人現場に送り込むなんて、係長も酷いことするわ」
「……あー」
伊達さんが頭を少しかいた。
「あの現場音沙汰が無くなってな。それで戻ってもいいって言われたから、一晩は普通に寝られたぞ」
「それまで三徹くらいやったでしょう」
「……へっ?」
ふう、と私はため息をつく。
「音沙汰。犯人からの? ……誘拐かしら。ほんと何で伊達さんと高木さんに来たのかしらね。まあいいけど」
「……おいおい……」
伊達さんと高木さんが顔を強張らせている。
誘拐被害者の安否が不明なうちはたとえ身内にでもペラペラ話さないでしょうからね。
まあこれくらいのパンチはお許しください。
「二人ともクマが酷いのよ。一晩普通に寝てそれとか、思った以上にまずそうだわ」
「……ハハ。係長はそれを分かってて四人も寄こしたのかもな」
一人前(疲労)+新人さん(疲労)+助っ人+助っ人、だものね……。
係長は公安のことは知らないと思うけど。
私はまたひとつため息をついた。
「ふらっふらで被疑者の前でコケたりしたくないなら、今のうちに寝ておきなさい」
「言うじゃねえか……俺がそんなこと」
「なるのよ」
「は?」
「そうやって慢心してる時こそなるのよ。車の中でもいいから寝なさい。でないと締め落とすわよ」
「し、締め……」
高木さんが青ざめている。
伊達さんがふっと笑った。
「ホォー、いくら俺たちの代の首席がお前もがっ」
私は思わず伊達さんの口を両手でがばっと塞いだ。あなた降谷さんの存在匂わせちゃだめでしょうが!!
「えっ、木暮さんが伊達さんの代の首席……?!」
ちょっと待って高木さん何その勘違い!?
「違うわよ! 主席は伊達さん! 伊達さんが鍛えたのが私!」
「俺じゃねえだろ」
「伊達さんの他にも居るってだけでしょう!? 高木さん、変な勘違いしないでね! 大体私、伊達さんたちの」
「はいはいわーったよ、寝る! 寝るからこの話題終わり!」
あ、私の代が分かりそうな発言NGだったわ……一個下とか言っちゃってたら佐藤さんたちが同期に木暮なんていたっけってなるわ……伊達さんありがとうございます……でもあなたも自分が首席ってことにしてないといけないんですからね……。
「朝まで寝ててくれないと締め落とすわよ」
伊達さんがひらりと手を振って高木さんの首根っこを掴みつつ捜査車両に乗り込んでくれたので、私はまたふうとため息をついた。
「……木暮、君、伊達さんに何か起きると思ってるね」
「……」
そうお聞きになる篠川さんには何も返さず被疑者の部屋を見つめる。彼みたいな勘の良いかたに下手に何か言ったら探れる緒になっちゃいそうですもの……。
「私が彼を見張っていようか?」
「必要ありません。別行動なら……窓側のほうお願いします」
「そうだね」
そして篠川さんの姿が消えた。
まだ明るくなる前に伊達さんだけ車から降りてきたから私は彼を睨む。
「締め落としていいですか」
「……悪ィな」
「……いえ。こちらこそすみません。遮って下さってありがとうございました」
はっ、と伊達さんは苦笑した。
「……ちゃんと寝ましたか」
「まあな」
「……今日でしょう」
「ん?」
「ご両親にクマの酷い顔でお会いに?」
「……っハハ、まだ酷いか?」
「…………少しマシですね」
何故今日と知ってる、とか、色々と聞かないところは彼らしいのかもしれない。
「……今日のために、詰めて詰めて、休みが取れるようにしてたんでしょう?」
「ハハッ、そうだったんだがなあ、結局こんなもんよ」
「飛行機の中で起こさなかったのは最近働き詰めだから、って目暮警部仰ってました。何か月も頑張ってこれは、『こんなもん』で済ませたくないですね」
ふっと、また伊達さんが苦笑する。
「……せめて、きちんとシャワーしてから行くんですよ」
「ああ」
「箱から出してないでしょうね?」
「ああ」
「袋からも?」
「出してねえよ」
「しわしわじゃないでしょうね?」
「ああ。珍しく気ぃ付けたんだ」
「……珍しくは、ないでしょう」
そんなに荒々しい人ではないのも知っています。
そうかねぇ、と口元の楊枝を弄る姿が何だか眩しい。
「そういや、篠川さんは?」
「窓側を見張ってくれています」
「ああ、そういう……」
伊達さんの表情がキッとなった気がした。
私はふっと笑う。
「……高木さん起こしてきますね」
「いや、もうちょい……っ、頼んだ!」
伊達さんが言いかけたところで、被疑者の部屋のドアが開いた。中から出てきたのは間違いなく田路だった。
走り出す彼を横目に高木さんを叩き起こし、篠川さんに連絡を入れる。
私と高木さんが駆け付けた時には、田路を取り押さえる伊達さんと、スマホで本部に連絡を入れている様子の篠川さんの姿があった。
田路の最初の罪状は公務執行妨害だった。
その後のんびり警視庁へと帰る道すがら、伊達さんが手帳を取り出そうとすることはありませんでした。
私に寝ろと言われた時の車の中であのお話は済んでいるのかもしれない。だったらいいなあ。
そんなことを考えていたら車が遥か後ろで単独事故を起こして、音で気づいて四人で駆け付け、警察と救急を呼ぶことになった。
この人が怪我をして車も傷つくのは防げなかったな、でもふらついてる車に気づいたところで私にできる範囲はタイヤを撃って軌道を調整するくらいだから何もできないのと一緒か、と、そこは諦めるしかないと言い聞かせて。
寄る所があると、
一人は大いに怒った。一人は悲嘆にくれた。どちらのかたにもこの日のために調べ上げた結婚詐欺に強い弁護士さんをご紹介した。
大いに怒ったほうのかたはお部屋がとても粗末なのに身なりはとても華美だったから、きっとあの人なんだろうなと思った。だから大いにその弁護士さんがどうすごいのかを力説し続けた。彼女は段々たじたじとし始め、しまいにはひいてたと思う。
だけど最後にふっと苦笑して、ありがとう、と言ってくれたから……大丈夫だったら、いいな。
私には、私にできる範囲しか、助けられない。
だからこそできるだけのことをする。
分かる範囲だけなんて不平等だって言われたって構わない。全てを救える訳はないのだから。
自分に見えている範囲の全てに、手を伸ばそうとすると決めた。
手は届かないこともあるけれど。
それがたとえ私のエゴでしかなくても。
ただ助けたいから助ける、ということを、諦めはしない。
/
伊達さんが件の暗号を拾った後、日曜が来ないうちに二月七日になった、はずなので時系列をこうしました。
強行犯係の◯係のそれぞれがどういう感じなのか分からないので間違ってるかもしれません。
アニメで、目暮警部たちがいらっしゃるお部屋に『捜査一課 強行犯捜査3-9係 強盗犯捜査2-1…係』って感じのプレートがかかってたのを見たことがあるので強行犯係の3~9係は皆この部屋に居るのかなと思いました。
機動捜査隊がどこまでやるのかも分からないです。ここまでやらないとしたら所轄のかたがやってくれたんですきっと……。
現場ではくどくなるため誰のセリフか分からない所が多いですが、どれが誰のものかはご想像にお任せします。多分伊達さんの発言が一番多いはず。
転生者
ボランティア(刑事)。
彼女の研究室は24時間研究しかしてないキワモノ(学生含む)もいるような所なので、もともと勤務時間なんてあってないようなものという設定。むしろ日中以外に職員が居るほうが、時間外も研究の虫な人間たちにはありがたいのかもしれない。実際のところは分かりません! 創作ですフィクションです!
身代金要求の電話から二徹か三徹かしてたらしいよねえという薄っすらな記憶で多い方にした。
市丸さんに自らバイト先に連絡させたりそこの人と会話させたりしたのは、彼女の体格云々から犯人じゃないと断じてたため。無実の幼気な子をぷるぷるさせたままになんてしておけなかった。死亡推定時刻が絞られてからは証拠隠滅の時間がない&凶器から田路の指紋が出たため無事完全に容疑者から外れる。
恨むなら現場に行かせた係長にして(コラ)。
伊達さん
櫛森大変だなあ、よくやってるなあ、と思ってる(人のこと言えない)。
一晩は普通に寝られたぞ(足で捜査した資料整理しながら四人で雑魚寝)。普通じゃない。
トリックじゃなくて人間関係がややこしいやつか、と周辺の情勢を頭に浮かべながら調査を進めた。
降谷さんが公安だって知ってる手前、自分が首席だって言われても否定できかねることに。
高木さん
木暮に対する絶大な勘違いを抱き始める。
次の日曜、男になった。伊達さんと。
篠川さん
最近転生者が毎日捜査一課に顔を出してると聞きつけ見張り()に来た。
彼女の仕事ぶりに本職で刑事だったらいいのにと思ったりしたのは内緒。
係長
四人いたら伊達が休みたいって言ってた日休めるくらいには余裕できるだろ。
は? 解決した?
市丸さん
大学三年生。被疑者の日頃の騒ぎが怖くなってくると、暇さえあればバイトに入ってた。
おかげで優しい先輩と仲良くなれた。
通報時もうまく喋れてなかったけど、110番した携帯のGPSは云々で機捜は現地に割とすぐに到着。
佐沢さん
市丸さんのバイト先の先輩。店長ではない。
明らかにシフト過密な市丸さんをずっと心配してた。
三峰さん
現在は建築士になっている。
仕事が生きがい。
被疑者が騒がしくなってからは危機感があった。
不安そうにしてた住人を見かけては声をかけてた姉御。
だから市丸・三峰・石倉は顔見知り。過去退去済の人たちも住んでた間は仲良かった。このあたりだけは田路がいたことで生じた良い点かもしれない。
石倉さん
早番遅番不定期なお仕事。
被疑者がきな臭く早めに新居に移った。
市丸さんと三峰さんは気がかりだったけど、話せる時間が取れてなかった。
事件を知った後大慌てで二人の様子を見に来たら何だか和んでて安心した。
三名は契約期間(二年縛り更新)手数料を免除され退去可能になりすぐ完全に引っ越した。
アパートは可及的速やかに取り壊された。
田路(被疑者)
かいた人によって結構なクズになった。
津金の取り立てが怖い&返せるお金が無いで、やっと追い帰せたって時に後ろから衝動的に刺してしまい、所有する別の部屋(結婚詐欺用)に逃げてた。
これまでに何人か結婚詐欺をしては別れてを繰り返しているが、被害届がひとつも出されておらず捜査二課もマークしていなかった。
伊達さんに二日くらいでそのへん全部暴かれた。田路は基本行きあたりばったりで隠しもしてなかったとはいえ伊達さんの捜査が速すぎる。
凶器から彼の指紋が出たため令状も既に出てたけど、部屋を出た所で伊達さんに声を掛けられただけでビビって襲いかかってきたため返り討ちに。
そのため最初の罪状が公務執行妨害になった。
津金(被害者)
金が全て。
本業だけじゃ気が済まなくてガタイをいかして強引な取り立てを請け負うようになったのが命取り。
彼を恨んでいた人間はかなりいたらしい。
ホステスさん
行く末はご想像にお任せします。
ニュースで結婚詐欺師の件が流れて少しして木暮は部屋を去った。
轢き逃げ→自死の女性
転生者の探せる範囲になかった。
全員助けられる訳ではないと諦めた中の一人。
『助け』になれたかも怪しいと思ってる。
Next phase:X.X.