降谷さんの災難   作:千里亭希遊

45 / 61
生存ルート・原作突入編
37.転生者の画策。


 工藤君は東の高校生探偵として有名になってはいたのだけど、『英弘(えいこう)のシャーロック・ホームズ』ではなく『英弘の小林少年』としてです。

 小林少年にしては少し大きいけど、側に明智小五郎が居るからなんだと思う。

 飛行機で仰ってた『弟子入り』ってどうやら毛利探偵のところだったみたいで驚きました。

 その毛利探偵が『英弘の明智小五郎』として有名人なのです。

 

 ……やっぱり工藤君は転生者とか成り代わりさんとか時間遡行者とかそのへんだったりするのでしょうか……。

 ま、まあ、今後関わることがあるようならそのへんは分かることなのかもしれません。

 

 さて。

 トロピカルランドの一件がいつなのかはある程度絞ることができると思います。

 あのデートは、蘭さんが都大会で優勝したことで工藤君をオープンしたてのテーマパークに誘った、というものだったはず。

 

 サ〇エさん時空とはいえ学年が変わらない間に春夏秋冬全ての季節におけるお話がみられるため、工藤君が小さくなるかもしれないのはきっと春のはず。

 東京都における年度頭の高校生の空手大会については、専門部総会が4月、都総体が4~5月に跨るくらいで三日間、っぽかった。

 

 毎年の大会日程や会場はネットで調べればすぐ分かる。

 優勝者名はネットや新聞に載るにしても翌日以降になってしまうため、大会があるたびひっそりと会場に応援に行きます。

 

 ……面識あるのに何で本人に聞いて堂々と応援行かないのかって?

 飛行機で会っただけの人以上になりたくなかったんですよ。まだ(・・)

 トロピカルランドに居合わせたらデートの邪魔にしかならないでしょ! いやそれも『木暮』に近い変装をして行く気ではあるんですけどね。

 

 優勝者が毛利蘭さんであることを確認。京極さんの試合も見れちゃった。蘭さんの決勝戦のお相手って京極さんと同じ高校の人だったのかあ。園子さんも応援頑張ってたなあ。なんて大会だけじゃなく人々も眺めながらほっこりしつつ。

 

 試合後や放課後じゃたくさん遊べないから、工藤君と蘭さんがトロピカルランドに行くとしたら今度の週末でしょう。ただ一応と私は今日からしばらくトロピカルランドに入り浸る。園内の色々を頭に入れたいのもありますしね。

 

 二人がミステリーコースターに乗るのだけは確実だと思いますが、ジェットコースターに延々乗りまくるのは嫌です。だからと言って入り口でぼーっと待ち構えて見つけたら後をつけるとかいうのも野暮だし、何より出歯亀(ノゾキ)みたいで心苦しい。

 

 ただそうやって追えば、工藤君たちの直後に入り込み、事件の犯人と被害者が乗る組を分けられそう、なんてことが頭を過る。

 しかしそれをやると後日別で犯行に及ばれ、下手をすると被害者の恋人に容疑がかかって終わりかねない。あんなことをしでかす犯人は立派な知能犯ですから、やり直しとなればまた厄介なトリックを使うことでしょう。

 

 ……これも、諦めるしかない、と思う。

 全てを救うことはできない。救いたい誰かのために誰かを見殺しにする。直接手を下すことさえある。

 私は私のエゴに生きる。

 こういうことがあるたびにそう自分に言い聞かせないと立っていられない癖に立っていたいからやるしかない。

 

 ミステリーコースターで殺人事件が起こったらさすがに目に見えた騒ぎになるはず。

 そこから工藤君を尾行することにしましょう。

 

 ……多分私にはまだジンを尾行できる実力はない、から……。

 

-----------------------------------

 

 ミステリーコースターに近いアトラクションをのんびり回っていたら警察がわらわらしてるのが見えた。ああ……ついに起きてしまったようです。

 私は野次馬に混ざった。

 ここに毛利探偵はいないから、『小林少年』単独での事件のひとつになる。マスコミの姿もあるからきっとまた記事になるのでしょう。

 毛利探偵も目暮警部も彼の助言を隠さないみたいで、彼はどんどん有名になってる。ただ彼はマスコミは避けてるらしい。それでも撮られるんだけど。そしてそれを載せられるのをとめはしないみたい。

 

 彼がこのあと泣いてる蘭さんを置き去りにしてウォッカを追いかけるようなら、いよいよ危険だ。

 どうかそうならないでと祈りながらあとをつけていたのだけど──。

 

 ああ。行ってしまうんだ。

 本当に彼は一体、誰なんだろう。

 

 焦燥に駆られながら彼を追う。

 

 私じゃジンには敵わない。それは弁えてる。──だけど。

 

「──そこで何をしている!」

 

 私の叫ぶような詰問に暗闇の中で銀の髪が翻る。

 銃を取り出し構えながらにじり寄る私に、ジンは舌打ちした。

 

「チッ、やはりサツがまだうろついてるらしい……ずらかるぞ!」

「へい!」

「逃がすか!」

「? お前……」

 

 ……殺した奴じゃないからか、一回戦やり合っただけの相手でも思い出すんだ。

 おかげで警察だと思い込んでくれはするんだろうけど。

 

 ジンは極めて凶悪な笑みを浮かべた。

 

そこに哀れな一般人の死体がある(・・・・・・・・・・・・・・・)……いや、まだ息があるかもしれねえな……?」

「!?」

 

 遅かった──!? 殴られて朦朧としてるだけで終わっててくれと願う。

 

 私は本心から慌ててジンが顎で指した方向へ走った。

 

 倒れてる工藤君を見つけた。駆け寄る。

 

 原作ではこの状態でも意識がないわけじゃなかった。

 だけど、あの薬がないはずの今は──。

 私は彼の肩を叩いて呼びかける。

 

「……ねえ、ねえ、君、大丈夫!? 目を開けて、お願い、ねえ……」

 

 ──!?

 

 煙……蒸気……? を上げて、彼は次第に小さくなった。

 

 え。

 

 ……この一瞬でジンは薬を飲ませてしまってたんだ。私は間に合わなかったんだ。小さくならなかったらどうなってた???

 ……クソッ……。

 

 ──APTX4869は、完成してしまっていたらしい。

 やっぱりメスカルの手によるものなの、なのでしょうか……。

 

 解毒薬にはまだ手を付けられていない。志保さんにどう説明したらいいのか分からなかったから、です……。

 

「……ッ!」

 

 私は小さくなった彼を抱え上げて走った。

 

-----------------------------------

 

 頭の怪我があるから一番街医院へと向かっています。

 この世界では頭を殴られてもその後手当をしない人を多々見かけます(しかもその後平然としている)が、気絶するほどの頭部への打撃を放置するのはやはり怖い。

 

 小学一年生の体重ってニ十キロないくらいみたい。とはいえ結構鍛えてきた私でもそう長くは走れない。

 多少息が上がって来たため少し休憩していると、工藤君が目を覚ましたようで辺りをぼんやりと探っている気がしました。

 しんどそうな様子に胸が痛む。

 

「工藤君、工藤君」

 

 呼びかけてみる。

 

「あんた……誰だ……」

櫛森(くしもり)です」

「……へ?」

 

 工藤君が目をしっかり開いてこちらを見上げた。

 

「え、あ、お久し……あれ……?」

「……気づいてますか」

「……え……何だ、これ……」

 

 ……彼が『物語を知ってる側』ならこれが切っ掛けで記憶が戻りそうなものだけど。

 そういうことはないのか、はたまた演技か、これが計算通りなのか。

 

「何だか分かりませんが、あなたは私の目の前で小さくなりました」

「……何であんなところに……」

「それはこちらのセリフです」

「……」

 

 私は再び走り始める。

 

「……っはは、何だ、これ……」

 

 工藤君が腕の中で先程と似たセリフを繰り返す。

 

「……何だよ、これは……」

「ひとまず、頭から血が出てるので病院に向かっています」

 

 呆然とぶつぶつ言ってる彼にそう言った。けど。

 

「……待って下さい。痛くない」

「……え。保険証とか気にしてるんでしたら、正体探らずに診てくれるとこ知ってますので」

「それはそれで気になりますが、痛くないのは本当です」

「嘘でしょう?」

「いや、本当です」

「……」

 

 いまいち信じがたいけど、殴られてもその後以下略な世界だからなあ……。

 

「多分この……小さくなった、っていうのと、関係してたりするんじゃないでしょうか……身体が、作り変えられた、的な……」

 

 投げやりな様子で目を泳がせながら言う彼に、ふと思い出す。

 

 確か、哀ちゃんが白乾児(パイカル)で元の姿になった時ジンに撃たれまくってたのに、あとで怪我してる様子も病院に行った様子もなかったよね。描写が省かれただけとかじゃなかったのかもしれない。

 

「だとしても、今までの記憶があるなら脳への影響はそのままの可能性があります。頭の怪我は甘く見ちゃダメです」

 

 原作通りなら大丈夫かもしれなくはあるけど。

 

「それに、あなたには紹介しておきたい病院ですから」

「元の姿に戻せそうな医者でもいるんですか?」

「正体を明かす気があるなら研究を頼んでみるのも手だとは思います」

「それは……考えておきます」

「元に戻るまでは、事情を深く追求してこないお医者さんがほしいでしょう。そのためですよ」

「……なるほど」

 

 しばらく走っていると。

 

「……あの、俺自分で走」

「駄目ですよ。ストライド縮んでるんだから私が走った方が速いです。私、鍛えてるんです」

 

 ……ちなみに車じゃないのは、抱えて走るほうが彼に逃げられないからだったりする。

 

「……鍛えてるってレベルじゃない気もします」

 

 周りに目を遣りつつ彼は言った。

 まあ、そこそこ速度はあるのかもしれないね。

 小さくなったのも異性に抱えて走られてるのもショックだろうに、それ以降彼は口を挟まなかった。

 

 程なく一番街医院に着き、たまにお見掛けする看護師さんの姿を見かけて捕まえる。

 

「木暮です、雪原先生がお手隙になったらお願いします」

 

 看護師さんは目を丸くしつつちらりと工藤君を見て、こくりと頷くと奥へ歩いて行った。

 

 そのあたりのベンチに座って待つ。工藤君が眉間にしわを寄せながら袖や裾をくるくると巻いて短くしていた。

 雪原先生は思ったよりすぐに出てきてくれました。

 

「……その子は」

「頭を診てあげてほしいんです。かなり強く打ってるみたいなので」

「……事情は聞くなってことか?」

「そういうことです」

「……まったく」

 

 雪原先生が「おいで」と言って、工藤君は大人しくそのあとをついて行った。

 

 しばらくして。

 

「何事もない。本当に頭を打ったのか怪しいくらいだ」

「そうですか、良かった」

 

 そうなんだ……。けどその、外傷なくなってるのは志保さんにも伝えるべきことだよね。

 

 私が財布を取り出していると、工藤君が自分で出すと言いました。保険証ナシのうえ口止め料込で当然割高なんだけどさらっと払っていますね、さすがってことですかね……。

 

「じゃあ、くれぐれも無理をしないように。何かあったらまた来るといい」

 

 それだけ言って背を向けた雪原先生にお礼を言い、私と工藤君は医院を出る。

 

「……本当に、何も聞かれませんでしたね」

「でしょう。……これから、どこに行きたいですか」

「……」

 

 工藤君はしばらく考え込んでいた。

 ……そして。

 

「櫛森さん……それとも木暮さん、ですか? あなたは一体、何者ですか」

 

 言われて、私は口角を片方吊り上げる。

 

「そう来ますか。君子危うきに近寄らずは身をもって知ったでしょうに」

 

 あんまり信用させるわけにはいかないのです。

 

「知った上で、聞くことにしました」

 

 工藤君は真剣な顔で私を見上げている。

 

「俺の知ってる櫛森さんはそんな顔じゃありません。そしてさっきは木暮と名乗ってた。それなのにはじめ俺に『櫛森』と名乗った。だから聞きます。あなたは誰だ」

 

 私はにこっと笑う。やっぱり拾いましたか。

 同時に、あんまり不審に思わせるわけにもいかないのです。

 

 私はぴっと警察手帳を出した。工藤君が目を丸くした。

 

「私は警視庁捜査一課強行犯6係所属、木暮愛莉といいます」

「……捜査一課の刑事……?」

「目暮警部が仰ってたでしょう? 『よく似た人間がいる』って」

「……」

 

 工藤君の眉間にしわが寄る。

 

「こんな怪しい人間に着いて来る気があるなら、どうぞ」

 

 私はそう言ってそのまま歩き出した。

 着いていらっしゃらないならそれはそれでいい。

 でも彼は、謎を謎のまま放っておかない気がした。

 

 そしてやっぱり彼は、小走りに追い付くと私の横に並んで歩き始めた。

 私はタクシーを拾って、宮野姉妹が暮らすマンションに向かった。

 

-----------------------------------

 

「普通なら小さくなる前に止まるところ、アポトーシスとテロメラーゼ活性が両方過剰に誘発された結果、だと思うんです。辛うじて活性化が競り勝ったんじゃないかと。だから頭の傷が治ったりもしてるんだと思います」

「まさか……あの薬を完成させようとして失敗したってこと……!?」

「その可能性が高いと思ってます」

「……あいつら……っ!」

 

 ばんっと志保さんがテーブルを叩いた。台パンってやつです、痛いでしょ!?

 私と明美さんが立ってその手に思わず触れると、志保さんは「大丈夫よ、ごめんなさい」と言って私たちを座らせた。

 

「あなたの身体は私が絶対元に戻してみせるわ」

「……あなたたちは一体……?」

「東都大学薬学部薬学科修士二年、白木原(しらきはら)千華(ちか)。そこの櫛森さんのとこの学生よ。こっちは姉の朱里(あかり)

 

 工藤君が小さくぽかんとした。

 明美さんまで私に偽名命名を投げたので、明美さんからあまり離れたくなくてこうなっています。

 

「本当にあの薬かどうかはまだ分かりませんから、工藤君から細胞少し採取させてもらいましょう」

「そうね。工藤君、ちょっと協力してちょうだい」

「わ、分かりました」

 

 そして綿棒でほっぺの内側の粘膜とかをちょっと採取させていただく。

 

「けど……俺朦朧としてはいたんですが、妙な薬を飲まされた時、確か……『痕跡が残らない毒』だとか言ってた気がします」

 

 ああ、しまった。

 

「…………そうね。今は(・・)そうでしょうね」

「今は……?」

「私の研究を利用して作られた物なら……使われているのはナノマシン。ウィルス以下のそれが『毒』として検出されることはないでしょうね」

「……!」

 

 工藤君が目を丸くして固まった。

 

「何? 恨む?」

「いや、何でそうなるんですか、勝手に利用されたんでしょう? そんな最先端技術を……」

「……」

 

 志保さんは工藤君を生温い目で見た。彼は「???」って顔をしてる。

 そして彼女は工藤君から採取したサンプルを別室に持っていった。多分試料用の保冷ボックスみたいなのをお持ちだった気がする。詳しく見るには大学に持っていかないと。

 

「工藤君、紅茶のお代わり、どうぞ」

 

 明美さんがにこにこと聞いてくれてて、工藤君がいただきますって答えてる。

 だけど、ごめんなさい。

 

「……工藤君、千華さんはあれが毒薬に使われてるなんて知らなかったんです」

「……!」

「ごめんなさい。防げなかったのは私の説明が足りなかったせいです」

「いえ……」

 

 やがて志保さんが戻ってくる。

 

「……何をどんよりしてるのよ。解毒薬は必ず作ってみせるわ」

「……ありがとうございます」

「ねえ、丁寧語やめてくれない? あなたが本当にあの工藤新一なら、私あなたとひとつしか違わないわ」

「え? さっき修士二年って」

「飛び級よ」

「なるほど……」

 

 そしてしばしなんだか微妙な沈黙が流れる。

 エゴで雰囲気ブッ壊したからには……。

 

「ではさて。男子高校生を女子大生の部屋にぶちこんでおくのは色々と問題な気がしますが、工藤君はどうしたいですか?」

「……櫛森さん、言い方」

「だって空気沈んでるんですもん」

 

 ため息をつく志保さんと、ふふっと苦笑してる明美さんは今日も可愛いです。

 

「俺の両親アメリカに住んでるんだ。だから家に帰っても」

「やめておきなさい」

「え?」

 

 志保さんの制止に工藤君がぽかんとする。

 

「あなたを殺そうとした奴らがあなたの死亡報道がなされなかったらまずどこを探すと思う?」

「それは……」

「あなたの周りを巻き込みたくなければ、今まで居たところには帰らないことね」

 

 工藤君が息を詰まらせた。

 

 私は硬く真剣な顔を作る。

 

「千華さん」

「?」

「それは、彼が決めることです」

「……!」

「彼のご両親も、毛利探偵もその娘さんも、とても強い人たちですよ」

「それでも……っ」

「もし彼が帰りたいと願うなら、我々(・・)が丸ごと護ります」

 

 今度は志保さんが息を詰まらせる。

 

「家族と離れ離れになる辛さは、あなたが一番よく分かっておられるじゃないですか」

「……っ、でも……っ」

「我々が護ります。だから、安心して下さい」

 

 私は笑った。

 

「千華さんは、本当に優しいですね」

 

 まだ会ったばかりの彼を心配して食い下がってくれるんだもの。

 

 私はまた硬い顔を作る。

 

「……工藤君。とはいえ本当に危険なことは事実です。よく考えて決めて下さい。……迷ってましたが、湯日川(ゆいかわ)さんのお部屋に行きましょうか」

「……湯日川さん?」

「あなたを護ってくれる人の一人ですよ」

「……!」

 

 目を丸くする工藤君でした。

 

-----------------------------------

 

 宮野姉妹の隣室のベルを押す。諸伏さんはすぐに招き入れてくれた。

 

 そして。

 

 ゴリっと工藤君の額に拳銃の口が当てられる。

 

「なっ!?」

「……あんなあからさまに怪しい人間を追いかけて、高校生が一人でどうにかできると思ったのか」

「見……っ」

「君を見てたわけじゃないが、な。……君は奴らが二人で居たところも見ていたはずだろう? 何故もう一人が潜んでいることに思い至らなかった? それで高校生探偵? 笑わせる」

「お前は、誰だ……っ」

(みぎわ)さんのことも怪しんでいたくせに、こうやって安易に着いて来る。どういう神経をしてるんだ」

「誰だよお前!」

「誰? 君が知る必要はないさ。何せここで死ぬんだ。いや、もう今日君は何回死んでいたか分からないな」

 

 私は膝をついて高さを合わせ工藤君を羽交い絞めにしました。

 

「てめぇ! っ!? 離せ!」

「汀さんも、白木原さん姉妹も、オレも……あの黒いのの仲間だ」

「お前ら──!!」

 

 私は工藤君の口を塞いだ。そしてクスクス笑う。

 

「ちょっと湯日川さん、それ言っちゃいます?」

「冥途の土産には多いくらいだろ?」

 

 むうむう言って暴れる工藤君が可哀想になってきた。

 

「じゃあな、工藤新一。調子に乗った悪ガキめ──」

 

 ぱあん、と音が鳴って──……。

 

「むぇ……?」

 

 工藤君がぴたりと暴れるのをやめた。

 ひらひらと小さくて色鮮やかな紙吹雪と紙テープが舞っている。

 私が工藤君を解放すると、彼は腰が抜けたようにへちゃりと尻もちをついた。

 

 何もお伝えしたりしてないのに工藤君のお父さんの役目をかっさらって行っちゃったよこのかた……。

 

「よくジョークグッズとかお持ちでしたね」

「萩原が前に置いて行ったんですよ。作ったのは松田らしいですが」

「ほんと何やってんですかあなたがた……」

「オレを含めないで下さい」

「と言いますかジョークグッズでも至近距離すぎません? 工藤君おでこ大丈夫ですか?」

「…………ほんと……何なんだ……あんたら……」

「あはは、そういう素の口調でいてくださったほうが私は気が楽です」

 

 言いながら、私はまた警察手帳を取り出して示す。

 

「私はこういう者ですよ」

「オレはこういう者です」

 

 諸伏さんもそう言って手帳を出したんだけど──。

 

「また!!! 顔が!!! 違うんだよ!!!」

 

 限界が来たように工藤君が叫んだ。

 

-----------------------------------

 

 工藤君を中に通して皆でリビングのソファに座る。

 私がお化粧を落とし始めたら諸伏さんまでマスクを剥ぎだして、私はちょっとびっくりした。警察手帳出してたから最初からその気ではあったんだろうけど。

 工藤君が頭を抱えた。

 

「……女って怖え……あと、変装マスクなんてそうそう使える奴がいてたまるか……」

「いるんですよ、これが現実です」

「工藤君お菓子食べる? 昨日萩原がたくさん置いてってさ」

「自由すぎだろ……」

 

 工藤君がぐったりしてる。

 

「でもな」

 

 諸伏さんが拳銃をくるりと手の中で回した。

 

 ──ジョークグッズは中身を垂らしたままテーブルの上に置かれている。

 

「本当に危ないのは事実だ」

 

 そう言ってたまにくるりとしながらじっと諸伏さんが見つめるのはHeckler&Koch社のP2000。

 三年前プラーミャから押収された物がそのまま流されたらしい。さすハムしびあこ。

 

「オレ結構怒ってるんだよ」

 

 ギロリと諸伏さんは工藤君を睨んだ。

 

「もう首を突っ込むな」

 

 工藤君が竦むくらいの威圧だった。

 

 だけど彼は。

 

「──木暮さんと諸伏さんはただの警察官じゃないよな。変装したりして、公──」

 

 諸伏さんの銃口が工藤君に向けられた。

 

「首を突っ込むなって言ったんだけど、聞こえなかった?」

「……工藤君」

 

 私は眉間にしわを寄せる。

 

「諸伏さんはそうそう人に本物の銃口なんて向ける人じゃありません。余程のことだと思ってほしい、です」

 

 工藤君も眉間にしわを寄せて、俯いた。

 諸伏さんが拳銃を懐に仕舞う。

 

「でも──諸伏さん。工藤君を侮るのもいけません。彼の思考は恐らく、あの人(・・・)に匹敵します」

 

 諸伏さんが目を丸くした。

 そして少し引きつった笑みを浮かべる。

 

「……君がそういうこと(・・・・・・)を言うのは初めて聞いたな。そうするだけある、ってことか……?」

「あの人?」

 

 工藤君が眉間のしわを消さずに怪訝そうにしている。

 

「それだけは明かせません」

 

 私が表情を消してそう言うと工藤君は苦そうに顔をしかめた。

 

「そして工藤君、あなたが諸伏さんの生存(・・)を誰かにばらせば確実に三人以上人が死にます。こちら(・・・)はそういう世界です」

「……!?」

 

 工藤君が目を剥いた。

 

「諸伏さんはそれをネタに工藤君をここに閉じ込めようと思ってるかもしれませんが」

「ああ、そうだ」

「そんな殊勝な子じゃありませんね。だから工藤君は餌にしましょう」

「何だって!?」

 

 今度は諸伏さんが目を剥いた。

 対ベルモット限定なのでそうそう危ない目に遭わせる気はないですよ……!

 私が去年FBIから『彼女』を逃がそうとしたのはこのためですね。

 でもそれは今ここで話すわけにはいかない。

 

「誰がどうとめたって彼は走るのをやめない……そういう人間はよく知ってるでしょう?」

「……まあ……ここにも居るな……」

「ふふ、何のことですかね。……工藤君だって同志になり得ると同時に……手綱握ってないと、暴走しますよ」

 

 私は表情を消す。

 

「それこそ良くご存知でしょう」

 

 諸伏さんは大きく溜め息をついて頭を抱えた。

 

「……自分で言うなよ」

「私が今ここに居るのはあなたがたのおかげです。でなければ、あちら側(・・・)に居たかもしれません」

「……それは本当に怖いよ。色んな意味でな……」

 

 ニィ、っと、私は片方の口角を吊り上げて工藤君に向き直る。

 

「……こういうイカレた世界が怖くないなら」

 

 私は懐から拳銃を取り出して工藤君の眉間に銃口を定め、カチリと安全装置を押し込んだ。

 

「一度死ね、工藤新一」

 

 引っ張ったフレームがカチンと音を立てて元の位置に戻る。

 

「……」

 

 工藤君は真顔で私をじっと見つめた。

 

 そしてやがて。

 

 彼は私と似たように口角を吊り上げた。

 

「──望むところだ」

 

 私は目を細めて引き金を引く。

 

 チキ、と音がしただけで、何も出てこない。

 

「──ようこそ地獄へ。君の名前は?」

「……っ」

 

 工藤君はくるっと一瞬辺りを見回した。

 

 サイドテーブルの上には、『Dの殺人事件』と『バスカヴィル家の犬』が載っていた。

 どうしてこんなお誂え向きに。

 

 それは物語の強制力だか何だか知らないけれど──。

 

「──江戸川コナン」

 

 キッと彼は私を見つめる。

 

「探偵だ。よろしく」

 

 私は空の銃を仕舞ってにっこり笑う。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 私が差し出した手を、小さくなってしまった手が掴んだ。

 

 

 

 小さな名探偵が、誕生してしまった。

 

-----------------------------------

 

 前世の私は原作の結末を知らないまま死んだのだと思います。思い出せないだけかもしれないけど。

 そして作中の全ての事件を覚えてる訳でもない。

 

 知っていながら不覚にも小さくなるのを阻止できず、工藤君は江戸川君になってしまった訳ですが、その工藤君が私の知る彼と随分違うため安易なこともできないと思っていました。

 ただ今回についてはそれで必要以上に構えてしまって後手に回った感も否めない、けど……。

 

 彼が、私の記憶する物語の彼らしくない理由は一体何なんでしょうね。

 

 私が物語に干渉しまくれてる時点で平行世界なのは確定ですし、単に平行世界だからってだけかもしれない。

 ここは現実だから物語の通りにばかりいくわけじゃない、っていうのもあるかもしれない。

 

 もしくは、工藤君が原作知識持ちで危機回避を模索してた、という可能性、だったのですが……。

 小さくなるのを回避してない時点でそれはない気がしています。

 記憶がはっきり戻っていない中無意識に危機回避しようとしてた可能性、も完全には捨てきれないにしても。

 そうだとしても小さくなる、なんて一大イベントで記憶をはっきり取り戻してないのが疑問になってくる。

 絶対に思い出すものとも言えなくはあるし、思い出した時にはすべて終わってたなんてパターンもあるみたいけど、ひとまずおいておく。

 

 今のところ一番可能性がありそうなのは──

 

『現実補正』

 

 だと思うんです。

 

 あのご作品の連載及びアニメ等は天昌(てんしょう)初期に始まり、常に世相を色濃く落とし込んでありました。天昌初期だから気質は天昌というよりむしろ元化(げんか)チックかもしれないけど。

 より元化寄りな『天昌初期の憧れ』が詰まってるのが工藤君と蘭さんだったんだと思う。

 

 親が外国暮らしというのは子供の憧れだった。ネグレクト問題は社会に広まってなかった。

 体罰もセクハラも過労もまだまだ問題化し始めたばかりだったんだと思う。だからという訳ではないかもだけど、毛利探偵はよく江戸川君を殴るし投げる……。

 煙草への世間の風当たりもそこまで巨大ではなかったみたいだから、身近な毛利探偵がヘビースモーカーだし、飛行機にもまだ喫煙席があった。

 日曜朝の女児向けアニメも戦闘したりしてなかったみたいですし、身体能力の面で女の子が活躍するのも珍しく、そういう活躍をする姿はとても魅力的だったと思う。

 

 日本の私立探偵には捜査権が無いのを作中に落とし込むとそもそも物語が成り立たないし、加えてそういう知識もそう一般社会に浸透していなかった。……これに関しては今この現実だと探偵に捜査権はあるみたいなんだけどいったん置いておく。

 

 このご作品自体が探偵漫画人気に火をつけたひとつでもあり、漫画の主人公は高校生くらいが多かった。『高校生探偵』というのはかなり魅力的な地位だったと思われます。

 捜査権が云々についても、当時漫画はたいてい子供のものだったみたいだし、インターネットも当たり前には普及してなかったそうだから、学校で習う以上の知識を得るのもなかなか難しかったはず。

 

 技術の進歩に関しては積極的に作中に反映されていきました。

 天昌初期当時の携帯電話はまだ、少し小さくした公衆電話を持ち運ぶような様相をしていてそんなのは仕事で使う人しか持ち歩いてなかった。車についても、カーナビもそうついてなかったりとか。

 だから初期は出先で連絡を取ること自体ができないんですよね。

 それがスマホにまで移行していく。一番機種変更が早かったのは哀ちゃんだそうですね。

 

 顕著なのは──初登場時の松田さんは携帯で萩原さんにメールを送ってたけど、ハロ嫁ではそれがスマホになってる。

 

 だから多分キャラ付け等々には元化よりの天昌、技術には英弘(えいこう)、という時代が反映されてるんだと思う。

 

 そして──この世界では七年前には既に英弘でした。

 既に携帯はスマホだったしIoTも色々あったしAIだってノアズアーク並のはいないにしても活躍してた。

 工藤君は『天昌のシャーロック・ホームズ』じゃなくて『英弘の~』だし。

 

 私の記憶にはないけど、きっと最終回当時の技術がこの世界の『今』に反映されてるんだと思う。

 

 だから──工藤君の言動にも『法律を考えたら有り得ないもの』とかが入って来ないんだと思う。

 英弘の常識がアップデートで実装されてる感じです。

 

 ひとまず、工藤君については、原作知識無しの現実補正が効いてる、という認識で行こうと思います。

 そうと決めると、少し動きやすくなったかもしれませんね。




転生者
 とめられなかった。
 必要以上に口調が危ないのは危ないのを覚悟してねって思いを込めて。諸伏さんがやたら拳銃触って見せるのも同様の理由。効果があったかは不明。
 エピソードONEについては覚えてない or 知らない。
 ラスト彼女がつらつらと工藤君の現状についてあれこれ考え込んでますが、この元号のかきかたを分かりやすくできてない気しかしません、申し訳ありません;
 どうにか昭和→平成→令和に置き換えて考えてみてくださいませ……!
 ただ、サラっと流していただいて大丈夫な部分だと思います!!
 彼女に昭和→平成→令和っていう知識はありません。元化→天昌→英弘な現実しか知らない。だから違和感なく元化→天昌→英弘を受け入れてます。前世についてはこのへんも覚えてないのかも。
 彼女はこう、前世の自身がどんな人物だったか趣味嗜好以外をいっさい覚えていませんが(だから前世の年齢合わせて実質◯歳、みたいな認識も無い)多分若くして死んでて、平成初期のことについては伝聞で知ってる程度なんじゃないでしょうか。そんな語り口にしてあります。

諸伏さん
 汀さん何を考えてる!?
 彼女が今までに降谷さん並と他人を評したことはないのを知ってる。
 そして、彼女は自身が櫛森=木暮だと明かし、諸伏さんが諸伏=湯日川だと明かし、萩原さんと松田さんの名を出したのを咎めなかったのに、降谷さんだけは「あの人」と隠した。
 どうやら何か考えがあるらしいと様子を見ることにする。
 工藤君キラキラネームにならないかそれ、読みかけ置いてたのオレですごめん。
 でも最近キラキラネームのほうが普通らしいね。じゃないと逆に浮くとか。

工藤君
 何だこれ……何だこれは?
 怪しい奴らばかりだけど、もしあいつらの仲間だったとして、利用するくらいやってやると腹を括った。

志保さん
 結構ショック。
 だけど工藤君のほうがショックだろうと思っている。

明美さん
 可哀想に、大変だったね、と労しい気持ちでいっぱい。

雪原先生
 よく怪我してくるし訳アリ運んでくるしほんと何なんだこの刑事は。
 一度診た以上は俺の患者だ、が……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。