誰? となったかたはお手数ですが前回の最初らへんで掃除してるとこをご覧ください(TωT)
「公安部で使われる符丁と同じ形式の物を使っている人間が組織にいた。それが始まりだ」
諸伏さんのお部屋にて。今日は風見さんもいらっしゃるんですね。降谷さんが重々しく口を開いた。
「
降谷さんもしかして符丁全部覚えてるのかな。ゼロは指揮官らしいから覚えなきゃいけないのかもしれない。スゴイデスネ……。
「だからまず裏理事官に報告した。事態を重く見てくれて、公安部所属の人間をすべて洗ってくれたんだが、今はもう怪しい人間は見当たらないそうだ」
そこは、ひとまず安心ですね。
ただ、裏理事官の目すら誤魔化せる人間がいるかもしれない可能性が浮上しなくもないわけですけど……。
「風見」
「はい。今井をおだてるなどして唆した人間がいたかについてですが、潜入捜査官であった彼女の存在を知っていたのは当然、潜入の指示を出す直属の上司だけでして、彼は彼女に重要な任務が回されないように立ち回っていたくらいですから、可能性は低いと見ています」
「他に彼女と接触した可能性のある者は?」
「おりません。諸伏さんの件については一同烈火のごとく怒っております」
諸伏さんが苦笑いしている。「風見さん、オレ後輩ですから呼び捨」「いいえ」「……」みたいな会話も繰り広げられる。
「また、諸伏さんの連絡役兼協力者に
い、いちねん……なが……しかも監視……。甘いかもしれないけど、激しく落ち込んだって聞いちゃうと……。
「……それなんですけど」
ヒョコ、と恐る恐る私は挙手する。
三人の視線が一斉にこちらを向いて少し気圧されてしまう、けど。
「公安の協力者って警察庁が管理してるのですよね。ヒロさんの協力者って警視庁公安部のかたが推挙したんですか?」
「ああ……」
何故か降谷さんが頭痛でもしてそうな様子で頭にこつんと丸まった指をあてた。
「警察庁が担うのはあくまで機械的な管理だ。
我々は渋い顔をする。
諸伏さんに香月をあてた人には申し訳ない言い方になるけど、上からの圧力に屈したしわ寄せがきたのが諸伏さん、なのでしょう。
「じゃあ、香月の件に関して警察庁にかかわりはないのですね」
「ああ。そこは安心して良いだろう」
そっか。なら良かったです。
「というように、今のところ公安部に膿が残っている気配は感じられない。とはいえ引き続き警戒はするべきだろう」
「……オレ、いつ普通に復帰できるんだろうな」
諸伏さんが遠い目をして一同押し黙る。
「……なんて。今は今で、柔軟に足りない所に行けるから、充実してはいるんだけどな」
「そのどこへもカバーに行けるところがとんでもないんです……」
風見さんが頭を抱えている。
諸伏さんがきょとりと彼を見つめた。
「……組織でその形式の符丁を使っていた連中についても、注意して見ておくよ。この件に関しての現状はこんな感じだ」
……となりますと、いつものごとく皆でご飯を作り始めることになるのです。
風見さんにちゃんと食えと口酸っぱく仰る降谷さんでした。
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パシフィック・ヴイに関しては秘密裏に開発が進み、直美さんによるとインターポールに寄せられる国際指名手配者の追跡などに使われる予定なんだそうです。
警察組織以外には何も情報が公開されなかったはずなんだけど、ピンガは開発以前から既に潜ってたのか、それとも切っ掛けになるようなスパイは古くから紛れ込んでいたのか、はたまたリークなどで情報が漏れたのか……ユーロポールへの侵入者(これもピンガだったんだっけ?)によって殺されてしまったニーナさんの、今際の際の連絡がジョディさんに入ったそう。それはさすがに私には防げない。
私は是非ともシステムの完成を見せたい、と言う直美さんからの招待でパシフィック・ヴイに見学に行くことになりました。……一般人がそう簡単に見学して良いんですかね……?
ピンガはやはり既にそこにいました。直美さんにあの人に気を付けてなんて言うと逆に危うい気がして黙っておく。
直美さんも志保さんとはファイル共有でのやりとりが続いてるから、お互い元気にしてることは分かるみたいで、老若認証システムで探したりはしてないみたいだった。
ベルモットとバーボンの侵入なんて私には防げないよ……。
そして組織に捕まったのはなんと灰谷君だった。えええ!?
アリゴテのおかげでなんとか抜け出したみたいだけど……。
もしかして、哀ちゃんとは違うところで組織に囚われていた子なんだろうか……そして何か『命のやりとり』をしなければいけないような物騒な方面で才能を利用されていたとか……?
警戒が心配に変わっていく。ただ丸っきり警戒を解くわけにはいかないとも思うから、気を引き締めてもいないといけない。
あれやこれやでピンガを追いかけたのは主に私で、江戸川君=工藤君を悟られることはなかったみたい。
ピンガはいったんは捕えたんだけど、組織が魚雷を撃ってきたためにパシフィック・ヴイは崩壊し、その混乱で逃げられてしまった。
直美さんの努力の結晶になんてことしてくれるんだ!
……さすがに海中は私にはどうにもできなかった。申し訳ない……。
でも別の場所にもっとセキュリティレベルを上げて再建することになったみたいだ。安室さんによると組織では『使えない物』扱いになったみたいだけど、本当は有用であることは間違いないものね。
ピンガとやり合ってた私を見たせいか、責任者の牧野さんが是非警備責任者をなんて目を輝かせてたけど、本職じゃないのでと苦笑いでお断りしました。
でも直美さんと私に繋がりがある限り、次何かあっても側に行けるはず。……何かあってはほしくないですけどね。
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いつものごとくポアロに探偵団の皆や阿笠博士とおやつを食べに来ていた時のこと。
私は灰谷君にちょこちょこっと袖を引かれた。
「うん? どうしたんですか?」
「ちょっと着いて来て……」
もじもじとそう言う少年に、小嶋君と円谷君がヤジを飛ばし、江戸川君までジト目を向けている。こら、変なこと考えるんじゃありません。
私は彼らの反応に引きつった笑いを浮かべつつ、灰谷君に手を引かれるまま店を出て裏手に回る。
そしてそこに居たのは。
「……安室さん?」
私はきょとんと首をかしげる。
いや待って、もう一人居らっしゃる。
そしてその人に灰谷君がとてとてと駆け寄って、抱き着いた。
「お母さん!」
えええ!? あんまり似てない気がする。章介君はお父さん似なのかな?
でもてことは、やっぱり本当にただの小さな子供さんなのかな……?
「こんにちは、私、章介の母の
安室さんはただじっと無言で雅さんを見つめていた。表情が硬い……。
怪しいと言えば怪しい。だけど苦笑いしている彼女は、小さな息子の我が侭に応えてあげたいだけの気さくなお母さんに見えなくもない。
安室さんはゆったりと腕を組んだ。
「……用事があるのは、あなたのほうではありませんか?」
「いえそんな……ああでも、一度お会いしてみたくはありました。章介が家でずっとお二人のことを話すものですから」
お母さんの足にきゅっと抱き着いたまま、お願いの目で我々を見つめる灰谷君はとってもかわいい。
「……そうですか」
組んだ腕を解くと、安室さんは灰谷君に歩み寄ってその頭を撫でる。
「この人は本当に君のお母さんなんだね?」
「そうだよ? 何言ってるの安室さん……?」
眉をハの字に下げてきょとんとする灰谷君に、安室さんは「ごめんごめん、探偵の悪い癖さ」と笑ってまた少年の頭を撫でた。
「しかしこれから僕はポアロでバイトなんですよ。サボる訳には……」
安室さんの携帯が鳴った。彼は「すみません」と言って電話に出る。
「……マスター? ええ、今から…………はい? 章介君の? ……フフ、しょうがありませんね……」
安室さんは、「分かりました、それではまた」と言って電話を切った。
そして肩をすくめる。
「……今日、お休みになりました。章介君、誕生日なんですね」
「うん!」
ぱあっと顔を輝かせる灰谷君。
「でも、それなら皆とお祝いしたほうが楽しいんじゃないかい?」
「でもそれだと……えっとね、僕……皆がいるとあんまり安室さんと
もじもじと灰谷君が言う。か、可愛い……。
確かに、大人しめの灰谷君は、我々とともにわいわいしてる探偵団の皆から少し離れて見守ってることが多い。必然か江戸川君とは比較的よく話してるみたいだけど。
「我が侭でごめんなさい……」
しゅんとしてそう言われたらもう、お願いを聞いてあげたくなってしまう。
安室さんがクスりと笑ってまた灰谷君の頭を撫でた。
「誕生日くらい我が侭しよう」
安室さんがそう言うのなら。
「うんうん、灰谷君いつもは皆をサポートして下さってますものね」
私はにこっと少年に笑いかけた。
「ありがとうございます!」
お母さんまでぱあっと顔を輝かせた。
しかし何故我々なんだろう。灰谷君が『皆が居ると話せない』って言ったように彼は我々とそう親しくしてないし、『櫛森
それを謎だと思ってしまうのは志保さんが『組織のにおいがする』って言ってたのが大きい。彼女のその感覚の正確さはよく知ってるから、我々が揃って呼ばれるのにはどうしても怪しさを感じてしまう。
そのあたりも含めてまだ少し不安はあるけど、私は安室さんに続いて灰谷親子のあとに着いて行く。
灰谷君はいつもよりなんだかうきうきしてそうに見えて、本当に誕生日を楽しみにしてるだけに見えた。
「ちなみに、どちらへ?」
歩きながら安室さんが尋ねた。
「
「そういえば博士の家でも皆でよくビデオゲームなさってますね」
「ええ。阿笠博士にもいつも良くしていただいてるみたいで」
灰谷君のお母さんがふっと淋し気に笑った。
「……うちは母子家庭でして。私はどうしても家を空けがちなので……ありがたいです」
「そうだったんですか……」
苦い顔をする灰谷君のお母さん。それはしょうがないよね。
パーキングで灰谷さんと灰谷君が足を止めたのは黒いクラウンの前でした。わあ。
助手席にチャイルドシートが見えたので、安室さんと私は後部座席へお邪魔した。
「素敵な車ですね」
安室さんが言うと、灰谷さんはふふっと笑った。
「同僚に勧められるまま買っただけでして、あまり詳しくはないんです」
安室さんは車のお話をしてみたかったのかもしれませんね。このへんは微笑ましい気がしてしまう。
車中では時折穏やかな会話が交わされ、そして何だか黒っぽい色調で統一された建築物が連なる一角の、とある超高層マンションの駐車場に着いた。
ひええこれは高い。周にりもちらほら高いとこがあるんだけど、ひと際高かった。何階あるんだろ。
上層用エレベーターに乗ったんだけどボタンを押した灰谷君のお母さんの影になっちゃって階数が見えない。
まあ扉の上の表示で何階かは分かるし、振り向いて灰谷君や安室さんと話してるだけの彼女にちょっと退いてなんて言うのも何か変だ。
……だけど。
あれ……なんか……表示がおかしいような……表示最後のはずの八十が点灯したあとも昇り続けてる……?
でもこういうことに気付かない訳がない安室さんに特に変わった様子はない。七十九から八十までに管理用とかでエレベーターがとまらない層とかがあるとか……?
ひとまず私は大人しくしておいた。
少ししてエレベーターは停まり、降りた階で導かれた高級そうな部屋の扉には9006という表示。ナニコレ嫌な予感しかしません。
でも安室さんが平然としておられるのでそれを信じます。
けれど。
通されたお部屋には、誕生日会の準備をしている様子なんて無かった。
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私は身構えたりはせずに一般人らしくきょろきょろそわそわとしてみます。
安室さんは相変わらず平然としている。
「どうぞ」
にこにこしてる灰谷君のお母さんに勧められるまま、安室さんとは少し間をあけてソファに座った。
向かいのソファのど真ん中に座ったのは灰谷君。お母さんはその後ろに立っていた。
嫌な予感というか最早警鐘が頭の中で鳴っている。でも私はそわそわ不安そうにするくらいしかできない。
「……用があるのは彼女じゃないのは本当」
そう言って薄く微笑んだのは灰谷君。先ほどまでの
「そしてここまで騙して連れてきたことはお詫びするね」
二人が頭を下げた。ほんと何なんだろう、私は困惑するばかり。
でも安室さんはゆったりとくつろいだ様子でソファに深く背を預け、腿の付け根のあたりで指を汲んだ。
な、何でそんなに余裕そうなの?
「一介の私立探偵に何の用です? 後ろに警視庁公安部所属の警察官なんか連れて」
……!?
灰谷君のお母さんがふっと笑った。
え、公安の人?
……でも警視庁のなら安心はできない。
私は目を丸くしてきょろきょろと皆さんを見回すくらいしかできない。
「私は個人情報を削除されているはずなんですけどね。どうやってたどり着いたんですか?
「僕は探偵ですから、色んなツテがあるんですよ。……ってバーボン?」
安室さんが口元だけで薄く笑いながら首を傾げている。
「誤魔化さなくて結構です。私はミード。
「……」
安室さんの表情が一気に冷えた。
「……『灰谷雅』というのはどこかの組織に潜入し、そのまま行方をくらませた公安の警察官です。それが僕と同じ? 一体何を仰るんですか」
当たり前だけど警戒しておられる。だけど姿勢は変わらずゆったりしたままだ。
「……それこそおかしいですね。その『灰谷雅』が消息を絶ったのは、四十年以上前のことでしょう」
……えっ。
だとしたら確実に六十歳は超えてるはずだ。でも目の前にいる人は多く見積もっても三十代にしか思えない。
安室さんがにやりと口角を上げる。
「あなたはその『灰谷雅』をよくご存じのようですねえ」
「……ふふ。ああ、参りました。駄目です、私では彼に敵わない。
……え。
灰谷君が、くすっと笑った。
「──彼女は、『灰谷
私の頭の中では「!?」が飛び交ってる。
安室さんがゆるりと上体を起こして足を組んだ。
「……で。そんな警察官の身内だか何だかが、僕に一体何の用ですか?」
その瞬間、ぞわっとした何かを察知する。でも多分、私は動いちゃいけない。
「──!?」
私は後ろから口を塞がれて抱え上げられた。慌てた感じに悲鳴を上げてじたばたしてみたりする。呻き声にしかならないけど。
この部屋にはまだ何人か居る気配がする。
安室さんは反射的に立ち上がってこちらを見ていた。けど多分彼も様子を見ている。
「何を──」
「……安室君。君本当は『秋本
「!?」
私はびくりと震えて硬直した。
それは──それは、一番最初に彼の口から聞いた、彼の『偽名』だ。
「そして櫛森汀さんは、君が惚れ込んだ女性だ」
それは違う。違うんです。だけど、そういうことにしなきゃいけないんだろうな。
私はまた小さく呻きながらじたばたした。
「でも、彼女に危害を加えようとした奴らを根絶やしにしたかったのと、どうみても危なそうなジンが君に目を付けた様子を見せたから、『仕方なく』名前を変えて組織に入って、彼女からは離れた──そうでしょ?」
灰谷君がにこっと笑って小さく首を傾けた。
仕草はとても可愛いのに、何でそんなことを言ってるのかが分からな過ぎて怖い。
「櫛森さんはびっくりしただろうねえ。飛行機で出会った子と仲良くなって通ってたら、かつての想い人と瓜二つな人が現れたんだから」
「……!」
私はまたじたばたをやめて硬直した。
「当たり、かな?」
灰谷君が目を細めた。今はそう思っていただけたほうが重畳、な気がする。
「……
安室さんがギッと私を後ろから拘束している人間を睨みつけている。
彼もこの流れに乗ることにしたみたいだ。
「私は二人に
灰谷君がくすくすと笑っている。
安室さんは灰谷君のほうに向き直り、少しだけ腰を落として身構えた。
「だったら彼女を離して下さい」
「駄目だよ。君たちに逃げられたら困るんだ」
灰谷君が目を伏せる。
「でも危害を加える気がないのは本当。そんなことしたら私は君たちに『お願い』をすることができなくなるからね」
「お願い……?」
安室さんは思いっきり不審そうな表情をした。
「ひとまず、バーボン、何か勘違いしてるみたいだけど、私たちは警察とは関係ない。君のよく知る組織の『ボス』と『ミード』だよ。彼女は二代目だけれどね。初代は君が掴んだ『灰谷雅』。彼女の父親だよ」
「……ミードなんて幹部、見たことも聞いたこともありませんけどね」
「それはそうだろうね。秘密だから」
安室さんは眉をひそめながらじっと灰谷君を見ている。
「自己紹介も遅れたね。私の名前は烏丸蓮耶。君たちのボスだ」
安室さんはますます表情を歪めた。
「でたらめ言わないで下さい。烏丸氏は四十年以上前に亡くなっているはずです。孫か曽孫と言われれば理解はできますが……」
「ううん、本人だよ」
にこっと灰谷君──自称烏丸蓮耶は笑った。
えええ、ほんとどういうこと……四十年以上前既にAPTX4869が完成でもしてたんだろうか。眩暈がしそう。
それにもし本当にそうだとしたら、コナン君以上の役者だ。でも四十年以上そのままだとしたら堂に入りもするのかな……。
「櫛森さん、シェリーの研究の片棒を担いだ君にならわかるだろう? 若返りは薬で実現できるんだ」
私は『シェリー』になんて聞き覚えが無いはずだから少しの間怪訝そうに間を置いて、そしてまずいことを聞かれて焦ったふうに力む。本当にまずいとは思うんだけど、様子を見ているのも本当。
しかし……片棒を担いだ、ね……私ほとんど何もしてないはずなんだけどなあ……。『
「ばかな……そんなことが……」
安室さんが茫然としてる。これは本心からみたいだ。
「今は信じられなくてもいいよ」
自称烏丸氏が可愛らしく笑う。
そしてふっと表情を消して、伏し目がちになる。
「ちょっと昔話を聞いてもらおうかな」
彼は、ゆっくりと話し始めた。
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半世紀近く前、病に斃れ命の終わりを意識した烏丸氏は若返りを願った。
そんな時にいわくつきの宝石を手に入れた。
お抱えの研究者にその成分を分析させたけれど、現在の姿のまま時を止め不老不死にする可能性があるだけの物らしく、求めるものには程遠かった。
しかしヒントにはなるようで研究は続いた。
そして、とある事件が起こる。
烏丸氏が療養していた別荘で火災が発生した。
氏は何とか生還したものの、彼の親族を含め多くの者が命を落とした。
……というのは表向き。
老いた者は若返り、若い者も一生健康体になると、さも夢のサプリのように語られ、別荘での秘密のパーティに招かれた者たちにとある薬が渡された。
栄養剤、あるいはカルトじみた気休め、という感覚で配られたそれは、衆目の前でまず灰谷夕鴉が飲まされた。裏で彼女は父を殺すと脅されていた。しかし結果パーティー終盤になっても何も起こらなかった。
そして何事もないならと安心して気軽に口にしたことごとくが死に、公安から潜入して側近にまで上り詰めながらも烏丸に娘を人質に取られていた
生き残ったのは小さくなった烏丸氏と、若返りした氏の娘と、変化しなかった夕鴉のみだった。
再三の強引な催促に焦った研究者たちが未完成の薬を完成したと偽って納品したことが発覚し、烏丸氏は彼らを残らず処刑するに至る。
事実を隠蔽するために氏は別荘ごと爆破するしかなかったという。
以来、氏は表舞台には影武者のみを立たせ、隠れて生きてきた。
そのうち成長してまた自身が活動できるようになるだろうと思っていたのに、全く成長しない。
娘と夕鴉も同じで、恋人などに「化け物」と罵られることになった。
こんなことでは永遠に表に出られないため、時と共に成長する薬を作ることができる者を何が何でもと探し始める。
夕鴉は不変の身体をなんとかしたいがために烏丸に付き従うようになり、ミードの名を継いだ。
彼女が安室さんに『仕方なく』と言った胸中は、ここなんでしょう。安室さんが公安だってバレているわけじゃなさそう。良かった。
そうやって人材や物品をなりふり構わずかき集めているうちに、大きな犯罪組織を抱えることになっていた、らしい。
そんな中宮野夫妻を見つけた。
あの宝石の存在は知らないのに、研究を引き継ぐことのできた優秀な医療従事者たち。
しかしその二人も火事で失ってしまった。
二人の忘れ形見であるシェリーにも逃げられて見つからない。
そんな時。
ジンが『安室透』をスカウトして来た時の報告に、『物騒な薬を開発できそうな女』が居たことを思い出す。
ただし、彼女の技術を組織に売ろうとしていた中国マフィア崩れの連中は情報の扱いが杜撰だったため、詳細は残っていなかった。
そんな中、シェリーの側にその研究を補助できそうな人間が現れるという。調べてみれば東都大薬学部の人間らしい。
実際彼女と接触した後シェリーはこれまでになく試行錯誤を重ね始めた。
『物騒な薬を開発できそうな女』と『櫛森汀』は繋がっているのではと鎌をかけたのが今、だそうだ。
「長い話を聞いてくれてありがとう」
またにこっと自称烏丸氏が笑う。
安室さんがハッと鼻を鳴らすようにして笑った。
「僕
「そういうことになるね」
ということは多分『灰谷雅』については半分はったりな鎌かけだったのでしょう。だって父と娘じゃ、いくらなんでも知ってたら間違わない。
私はまた呻きながらじたばたを始める。あの頃の私であっても『秋本さん』の足枷になんてなる訳にはいかないと暴れたと思う。
しかし足が床に届かない高さで、お腹のあたりに腕一本回す形で両腕含めかなり強く拘束されてて、いい加減結構つらい。ジタバタ動くのも鈍くなってきてる。
多分これ拘束してるの一人だよね、ゴリラなんだろうなあ。迂闊に動けない。
「……で、どうするんです? 汀を人質に、僕に何をさせたいんですか」
「我々を守ってほしい」
「……は?」
安室さんが眉をひそめた。
「私はRUMに命を狙われているんだ。もう影武者が何人もやられてる。……君は影武者とは話したことがあるよね。何度か入れ替わってることにも気づいてたんじゃない?」
「……」
安室さんの眉間の皺が深くなる。
ああ、だから彼はRUMがボスの暗殺を企んでいるというのは本当だろうって見当をつけていたんだ。
「ちなみに」
チリ、と灰谷君が小さく手の中のベルを鳴らすと、奥からちょっと雰囲気の怖いお爺さんが静かに歩いてきた。
「今は彼だよ」
「お初にお目にかかる」
「……その声は……!」
安室さんがはっとした。
「聞いたことあるでしょう?」
またにこりと笑う自称烏丸氏。
そしてすっと真剣な表情になった。
「……君は今、RUMがどこにいるか分かるだろう?」
安室さんはすっと表情を無くした。
「RUMを殺せとでも言う気ですか? どう考えても僕が他の皆に追われることになります」
「いいや? 君は『探り屋』だろう? RUMの暴挙を暴いて皆の元に晒してほしいんだよ」
「……ボスとしてあなたがRUMの処刑を命じれば早いのではありませんか」
「それじゃ、RUMを支持してる子たちから私が恨まれてしまうだろう?」
安室さんがまた眉をひそめる。
こんなの一人の肩には重すぎる。
けれど、重いと言ったら幹部の地位が揺らぐかもしれない。
「……何故、僕一人に話をするんです」
安室さんがじっと硬い表情で自称烏丸氏を見つめる。
「あなたに忠実な部下はたくさん居るはずです」
「あんまり多くに話すと組織を二分するような戦争が起きかねない。そうなるとどう転ぼうと弱体化するからね。それは避けたいんだ」
にこにこと笑う少年はけれど悪魔のように思えた。
志保さんが『命のやり取りをする人間の目』と言っていた意味が、少しだけ分かる気がした。
「……櫛森さん、君には大切な人がいっぱいいるよね? 東都大、MCPHS、毛利家、鈴木家、阿笠氏、帝丹小、警視庁の警察官たち、喫茶ポアロ、
私は今度はきゅっと目を閉じつつ思いっきりジタバタするはめになった。
彼らは自身がお強いのと公安の護衛が着いてるから、相手が組織だろうとそう簡単にどうにかされはしないはずだ。
だけど、組織はあらゆる手段を持っている。そしてどんな犠牲も厭わないだろう。
「こんなにたくさんいたら、いくらバーボンでも守り切れないよね?」
眉間にしわを寄せながら薄っすらを目を開いて烏丸氏を見遣ると、薄く笑うその目は凍えるような色をしていて、そして安室さんが表情を歪めながら唇を噛んでいた。
「だから櫛森さん、我々の身体が普通に成長できるように研究してよ。いくらでも援助するからさ」
私はぴたりとジタバタをやめた。
「けど、設備に関してこちらは恐らく君の居る最高学府には及ばないからね。研究してくれるなら帰してあげる。……そうじゃなかったら……」
私の側頭部に後ろから固い物が突き付けられた。まあ銃口だよね。多分私を拘束してるのとは別にもう一人後ろに居る奴のものでしょう。
「……っ」
「君だけじゃなくて、君の大切な人たちも、どうなるか……分かってるよね?」
悪人のテンプレみたいなセリフだ。
だけど私はぎゅっと目をつぶって一も二もなくこくこくと頷く。
口を押さえられてるから地味に大変だったりする。
「そしてバーボン、彼女をどうにかされたくなかったら、我々を守ってくれ」
「……仰せのままに。そもそも彼女は関係ありません。今までの僕の働きでお分かりになりませんか?」
「一応の保険だよ、保険」
くすくすと烏丸は笑った。
「ああ櫛森さん。分かってるだろうけど、このことは誰にも言っちゃだめだからね」
また私はこくこくと頷いた。
そうしているところ、私の首に何か細い物が巻かれる。その何かは、首回りには余裕があるけど絶対に単なるアクセサリーじゃない。しまった。まあ抵抗とかしていたらそれはそれで厄介な事態しか呼ばないだろうけど。
「何かあったら、それが君の首を切り裂く」
私は身体を硬直させる。
……まあ、それくらいは仕掛けてくるよね……。
「防水加工だから安心してね」
どこが安心なんですかね。
にこっと笑う烏丸は、見た目だけは本当に愛らしい子供だ。
そして私は締められていた腕から解放されたんだけど、思った以上に身体に負担がかかってたみたいでへたりこんでしまった。ああ、格段に呼吸がし易くなった。
「汀……!」
安室さんが駆け寄ってきた。周りに邪魔されることはなかったみたい。
「大丈夫か……!?」
「……平気、です」
正直少しくらくらとするけどそう支障はないと思う。
すると安室さんが少し痛いくらいに強く私を抱き締めてきた。
ああ、これはきっと演技だ。
「こんな目になんか、遭わせたくなかったのに……!」
「……!」
とても苦し気な声を上げる彼に、私は泣きそうな顔をする。
「無理やり外そうとしても首切れちゃうから、気を付けるんだよ」
にこっとする烏丸を安室さんがばっと睨みつけた。
「ここまでする必要なんかないでしょう……!」
「だから、一応だよ、一応」
烏丸はくすくすと笑っている。
そしてにやりと悪そうな笑みを浮かべた。
「ねえバーボン。愛しい人を守ろうと離れていたら、いつの間にかその傍らに知らない男がいるのって、腹が立つよね」
「……何が言いたいんですか」
「あいつ、
「……結構です。やりたくなったら自分でやりますよ。あなたがたを護る対価を考えておられるなら、彼女の首輪を外してください」
「それはできないから言ってるんだよ。うーん」
「……今は、何も要りません。きちんと護衛も調査も致しますので、余計なことはしないで下さい」
「……ふふ。分かったよ」
烏丸は笑顔をまた無邪気なものに戻した。
「よし、あんまり遅くなると心配で探されちゃうよね」
烏丸氏は先程影武者を呼んだベルを今度は二度鳴らした。
「二人を送ってあげて」
「……!」
静かに現れたのはベルモットだった。彼女も居たんだ。
「……クリス・ヴィンヤード……?」
私はぽつりと呟いてみた。
彼女はふっと笑った。
「おやおや、有名なのも困りものだね」
「
……多分だけど、彼女、話に出た烏丸の娘、なのかもしれない、と、思う……。
ヴィンヤードってワイン用のブドウ畑らしいし、本名だとしたらちょっとできすぎな気がする。
「じゃあ、二人とも、良い結果を期待してるよ。期限は設けないから安心して。生半可な事じゃないのは理解してるつもりだよ」
にこにこ。
ああ、本当に役者だ。
江戸川君よりも、子どもらしくするというのがどういうことなのか理解してそうな気がする。
安室さんは無言のまま一礼し、私は震えながらベルモットの後を追う。
ベルモットは灰谷さんのクラウンが停まっていたところまで送ってくれた。道中誰も一言も喋らなかった。
それを降りたあと、安室さんは私の手を引いて歩き始めた。後ろでベルモットの車が去って行く音を聞く。
私はスマホの盗聴探知機を起動した。
首輪はこれが凶器になるというのが疑わしいくらい細い。だからなさそうとは思うけど、カメラとかがついてたらどうしよう。
「……恐らくそれには他の機能は何もない」
「そう、ですか……」
私はふうと小さく息をついた。
安室さんが向かった先には彼の白いFDが停まっていた。
いつものように私は助手席に収まる。
安室さんは静かに発進した。
どこへ向かうわけでもないのでしょう、恐らく話をする
「すぐにでも罠抜けはできますのでご安心ください」
「……ああ」
安室さんの顔と声は固い。
「お察しのこととは思いますが、千華さんの研究の助けにもなります。私にとっても有意義ではあるんですよ」
「……だろうな」
やっぱり彼の様子は、固い。
「…………ヒロさんにはしばらく、藍川さんにならないようにお願いしなきゃですね」
「……そうだな」
ずっと固いままだけれど、でも。
「これで、敵の喉元に近づきましたね」
降谷さんの口角が上がる。だけど、表情には苦いものがあるままではあった。
「……慢心はできない。慎重に慎重を重ねて、様子を見ながら、もっと情報を集めなきゃいけない……」
緊張と興奮と怖れと悔しさと。それらを静めて、確実に明日を目指す。
「気になることも、増えたしな」
「……そうですか」
かつて烏丸の手中にあったという、APTX4869が生まれる原因ともなった宝石。
今もあるのかは知らないけど、それはきっとパンドラなのでしょう。
パンドラを追う組織や月下の怪盗さんは、烏丸に辿り着くのだろうか。
そして多分、メイちゃんに関わる宗教団体もその宝石に関わってるんじゃないかと思ってる。
赤い石と黒という色しか、類似点はないけれど。
……更に。
「安室さんが公安部の符丁と同じ形式のものを聞いた、と仰ってたのは……過去に『灰谷雅』の存在があったからという可能性はありますか?」
「……ああ。その可能性が高いと思う。だから現在公安部に組織の手の者が居るというわけではないかもしれない」
「良かった、と言いたいところですが……やはり、香月と今井は、自らすすんで裏切っていたのですね」
……モヤモヤする。
「まあ、まだマシだろう。公安部に組織の手が伸びていたほうがまずい」
「……そうですね。……しかし、彼らが殺されたのは、じゃあ……組織にちょっかいをかけたというだけで、ですかね……」
あれはNOCとまで言えない気がするけど、これが疑わしきは罰せよの世界ということなのかな……。
フ、と、降谷さんがほんの小さく鼻を鳴らした。
「更生させられなかったのが悔しくないわけじゃないけど……彼らについては自業自得、と言うしかない」
「……はい」
諸伏さんを窮地に追い込んだ奴らが命を奪われた。
それに対しては、ざまあみろなんて感情はなくて、虚しさしかなかった。
「あと……ボスにとってメスカルの研究は、想定しない方向に進んでいるってことですかね」
「そうなるだろうな。もしくは、そいつじゃ完成させられないと踏んだか……何らかの理由で既に消されているか」
なるほど。色々考えられるんですね。
「何にしろ、ボスが必要としてる薬学系の研究者は現在手元にいないってことになる」
「そうなりますね」
メスカルが何らかの手詰まりにあるのは確かなんだと思う。
毒薬としてのAPTX4869は、今どうなってるんだろう……。
「……しばらくこのことは誰にも言うな。
前を真っ直ぐ見つめハンドルを握る彼の目は、ギラリと輝いている気がした。
彼が演じる以外で一人称を『俺』にした時は多分、我知らず獰猛になっている時なのでしょう。獲物を追い込んだ狼の、駄目押しの猛り。
「承知しました」
私も前を向いて、薄暗い中列を作るさまざまな雑踏を目でなぞった。
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現実ではト◯ンプタワーでも72階建てみたいでこんな超高層マンションないと思います。
『鴉』という字は人名に使えません。フィクションです。お許しください。
ミードというのはおよそ一万四千年程前からある最古のお酒だそうです(蜂蜜酒)byWiki。
転生者
世の中何がどう繋がるか分かったものじゃないですね。
罠抜けできるから結構落ち着いてた。
櫛森=小暮、藍川=スコッチ、安室=降谷、等がバレてないとこういうストーリーになるのかあなんてのんきに思う。
そのあたりがバレてないことに安心したけど、気は抜かない。
降谷さん
彼が転生者を心配してるのは本気だよ。転生者は相変わらず自己評価が低い。
転生者と同じく、そうきたかと思いつつ、『秋本広志』が辿られたことに危機感をおぼえる。
……バーで領収書に名前書いたことはあった気がするな……。
灰谷雅・夕鴉(ミード)
父の灰谷雅は偽名だけど、娘の夕鴉は本名。名付け親は烏丸。
灰谷が潜入で長年仕えた中で烏丸によって結婚させられ、生まれたのが彼女。
そういう縁でも娘は娘であり可愛い。
公安だって何かでバレて妻は殺され娘は人質に。烏丸の一番の側近だから混乱を招くとして隠蔽され、右腕として仕え続けることになる。
そんな経緯で、長い年月が経ちミードの存在は組織の中でも知られなくなった。
年月が年月なので烏丸グループへの恨みつらみはどうでもよくなってきている。
自身におぞましい結果をもたらした薬の秘密を知っているのが烏丸とベルモットだけというのもあってここにしか居られないのもある。
普通の身体に戻りたい一心でボスに力添えを惜しまない。
灰谷が潜入していたことからも分かる通り、まだ現在のような大規模犯罪組織ではなかった頃から烏丸グループには黒い話が付きまとっていたという設定。
メスカル
ジンに激おこして薬の持ち出しを禁止した。
調整頑張ってるけど『工藤新一の遺体は消えた』わけじゃないので見当違いの方向へ進んでいく。
ピンガ
今日も元気に任務をこなしつつ、ジンの失脚を虎視眈々と狙ってる。
RUM
安室さんが毛利探偵にかなり近づくことができているのは認める所。
ただしいまいち成果が上がらないため自身も……なんてしてたら、意外な顔を見つけて仰天することに。
しかし老若認証システムが欠陥品だったため、気のせいだったかとなる。
灰谷章介(烏丸蓮耶)
多分江戸川君の能力に目を付けてる。
ただし、工藤新一については既に興味が無いのと髪の色が違うのと、それとなく周りが何らかのギフテット扱いしてるためそういうものだと思っており、工藤君と江戸川君に繋がりがあるとは夢にも思ってない。