降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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41.転生者の眩暈。

 朝方にトレーニング、日中は志保さんとともに薬とナノマシン・ピコマシンの研究、夕方に毛利探偵の事務作業補助兼皆さんの護衛、その後時々組織の諸々、というのが江戸川君が生まれてからのルーティンのようなものになっている。

 

 APTX4869(今この世界でそう呼ばれてるのかは不明だけど)で死んじゃうのはプログラム細胞死(アポトーシス)が一気に過剰に起きて生命維持が不可能になるため。当然、身体が死ぬとそれ以上の変化は起こらなくなる。

 薬効を包むこの特殊なナノマシンは母体が死ぬと維持できずに崩壊するため、薬効も形を保てなくなる。そのため『痕跡が残らない』わけです。ナノマシンも薬効成分も現状未知だからなおさらです。

 

 一方、幼児化するのは、生命維持に必要な細胞を致命に至る程喪失する前に、細胞分裂による補完を強引に間に合わせた場合です。

 生命力が高い、というか……そこから再生できるだけのポテンシャルと運があれば、細胞を補完できた分だけでも維持できるサイズに身体を作り替えることで死を回避する。言うまでもなく普通そんな奇想天外は起きない。生還は本当に奇跡です。

 

 ただ厳密に言うと、APTX4869が引き起こすのは幼児化──所謂『若返り』じゃないと思う。コナン君が『縮んだ』とか『小さくなった』ってしか言わないのはそこなのかもしれない。

 元の姿の縮小じゃなくて『小さい頃の姿』になるのは、『そのサイズで活動するのに適した姿』として細胞が記憶してるからだと思う。

 

 応急処置としては細胞分裂を爆発的に促進して身体を大きくすること、ではある。

 でもそれは焼け石に水にしかならない。アポトーシスが引き起こされるボーダーが低く維持されてしまうから、テロメラーゼの活性をより促す成分が消費され尽くすと、再び縮むことになる。

 ……これ、どう考えても本人にかかる負荷が尋常じゃない。耐性云々もだけど、何度も服用させたくないよそんなもの。

 

 縮小等で命を繋ぎ留めることができてる人たちは、元々そのテロメラーゼも激しめに誘発されてた状態だからこそ、アポトーシスのボーダーが低くても生きてられてる。

 通常、細胞分裂って段々劣化が起きてそれが老化に繋がるんだけど、この薬で誘発されるものは劣化が起きないどころか『最良の状態』にするものだから、身体が小さいまま老化するってこともない。だから不死性まで獲得してしまう。

 ただ、不老ゆえの不死だから怪我や病気はあたりまえに負うので、江戸川君はもっと自重してくれたらいいと思う。

 

 怪我が治るのは服毒・解毒時の大幅な体の作り変えが行われる時だけだからね!!!

 

 シンドラーカンパニーから、とてもとてもありがたいことにピコマシンなんてぶっとんだものを扱えるようにお力添えをいただいていますから、まだ望みは大きいほうだと思います。

 ピコマシンに関しては外部からの指令に従って体内で働く何者かです。前例がないから何者かって言うしかないと思う。コクーンでは、電脳空間で起きている諸々を現実で受け取った信号と脳が錯覚するための、疑似的な電気信号のようなものに『成る』。こんなの下手したらプラシーボのように実際に怪我が現れる可能性があると思う。コクーンではそうならないためにしっかり調整されてるのがヒロキ君たちのヤバいところだと思います。

 これを薬学の場面で活用すると、頑張れば特定の薬効を生じさせることができるのです(白目)。その指令のためのプログラムに志保さんと二人で目を回してるわけですけれどもね。

 これピコマシンと指令プログラム自体作るの自体が大変とはいえ、化学成分では成しえなかったり希少すぎて無いに等しいだったりするものを再現できるんだと思うんですよ。万能薬爆誕? シンドラーカンパニーこわ。

 

 今回我々はこのピコマシンをナノマシンの破壊に使う。

 完全な解毒を目指すならまずは、この特殊なナノマシンに守られた薬効成分を、ずっと消化も代謝もされず残り続けるそれを、完全に取り除かなければいけません。原因がナノマシンに守られた薬効成分で、p53遺伝子に変質を及ぼすような事態にはなってないのは幸いです。

 加えて諸々の中和成分等も必須です。

 しかし恐らく半端なまま投与すると拮抗が崩れて死んでしまいかねません。試験的投与は憚られる。完成が確信できてからしか服用させられない。若返り(?)マウスちゃんが現れるまでとその子が安全に確実に元に戻るまでというマウスちゃんの大量虐殺が前提になるけど、そういう実験を繰り返し行います。傲慢な人間でごめんなさい。

 

 その後は身体の負担を考えながら成長促進剤を服用してもらいます。

 一瞬で元のサイズに戻る原作のアレは心臓に悪すぎる。

 

 ふう、とひと息ついてコーヒータイム。

 

 小学生の成長というのは目に見えて分かるものです。ぐんぐん伸びる。

 だから、年を重ねられない身体の江戸川君は、二年生になってしまえば確実に周りから浮く。

 

 烏丸氏は期限を設けないと言ったけど、彼からのこの惜しみない援助を大いに利用して、早々に完全な解毒薬を完成させないと。

 

 今は江戸川君を始め絶対に必要な人が居るから開発に躍起になっているけど、それが終われば世に流通させた場合のリスクをきちんと考えて、存在を封印するかどうかを決めていかないといけません。

 志保さんのご両親からの絆でもあるあの薬は、性善説でみると、困ってる多くの人を助けられる素晴らしいものです。

 本来なら、癌等の悪い細胞から元の正常な細胞を分裂で生じさせ、悪いほうを強制的に殺す、とか、欠損部分を再生するとかも夢じゃなくなるかもしれない研究だ。

 私個人としては応援してるとはいえ、少しでも危ないとなれば彼女本人も封印に舵を切ると思う。実際厄介な毒薬を生んでしまった技術ではあるのですから。

 ……対して、烏丸氏は多分、リスクがどうあれ利用するほうの人間だと思う。

 頭が痛いけど、今はこのあたりは置いておかなきゃ。

 

 我が研究室の人たちもね、研究者だから、研究できることは目をギラギラさせて色々とやってるけど、当然公表するかどうかとなるとかなり慎重になってます。このあたりも『薬学部の人って機密も扱いそうだよね』というヒロキ君の以前の言葉が指している部分。

 

 ああ、頭が疲れてきてるなあ。

 そろそろいい時間ですし、退勤して、気分転換も兼ねてポアロにお邪魔しようかな。

 

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「とうとうですか!」

 

 シンドラー氏から連絡をもらって私は目を輝かせた。

 コクーンが完成したのだそうです! 安全性も折り紙付き。

 

『君が言っていた、オンラインで繋がれるというのも取り入れてみたんだ』

「!! そんなあっさりと……」

 

 眩暈がする。

 それにそれは、私が言わずとも備わっていたはずの機能でして……。

 

『今は様々な小説家や脚本家にゲームシナリオを依頼しているところでね。完成したらまず日本でお披露目しようと思っている』

「日本でですか?」

『ああ。これは樫村君やヒロキがいなければ完成していないからな』

「な、なるほど……!」

『是非君も招待させてくれ』

 

 ヒァ。

 

「わわわわわ私ですか!?」

 

 電話の向こうでシンドラー氏がくすくす笑っておられる……。

 

『我々の成果を見に来てはくれないのかな?』

「!! いえ、拝見したいです! ぜひぜひ!」

 

 またくすくす笑う声がする。

 

『ヒロキもノアズアークも樫村君も、君に会えるのを楽しみにしているから』

「……きょ、恐縮です……」

 

 そんなこんなで私もお伺いできることになりました。

 

 会場に行ってみたらそこにいたのは特に二世とかじゃなくて、宣伝を見て応募してきた中の抽選で選ばれた子供たちとその保護者さんだった。対象は今回は十八歳未満の子供、となってたみたい。当然応募枠はコクーンの台数分だったわけだけど、倍率どれくらいだったんでしょうね(遠い目)。

 

 だというのに少年探偵団の皆と蘭さんと園子さんと江戸川君が皆搭乗キーを獲得してたのは……鈴木財閥の力と、シナリオ協力者の身内という立場から、でしょうか……(これにも遠い目をしたくなる)。

 

「えぇぇ、わ、私にも、ですか……!?」

 

 キーを渡されそうになってたじたじする。

 

「成果を見に来てくれたんだろう?」

 

 にこにこしてるシンドラー氏から何故か圧を感じる……ッ!

 

「だ、だって参加してる皆十八歳未満って……」

「君なら埋もれて分からないさ」

「ど、どういう意味ですか……」

 

 思わず私は膨れてしまう。

 

「と、ともかくですね。私が拝見したいのはあれがどうやって動くのかです! 皆さんのお仕事を拝見したいんです! だから……これはヒロキ君に」

「……え?」

 

 横で同じくにこにこしていたヒロキ君がきょとりとした。

 

「ここにいらっしゃるということは何か作業があるのでしょうけど、そこの阿笠博士は万能なのできっとカバーしてくださいます。ざっと見たところ十八歳未満という条件ですが小中学生が多いですから……ヒロキ君、たまには同年代の子たちと遊んでみたくありませんか?」

「……!」

 

 ヒロキ君の目がまん丸になった。

 

「あと、できるようならノアズアークもこっそりつれてってあげるとか」

〔エッ!? 僕にも仕事があるんだけど!?〕

 

 画面にぱっとノアズアークの姿が出て来る。

 

「だからそれは阿笠博士が……」

「ワシにばかり無茶振りせんでくれ! さすがに腕は三本もないぞ」

 

 阿笠博士がアワアワしてる。

 彼の働きは腕の数なんて問題じゃないと思うんだけどなあ。

 

〔汀が手伝ってくれるなら後を任せられるんだけど……〕

「へ?」

 

 飛び火を貰って私の目が点になった。

 

「おお、そうじゃのう。アレの研究をしてるくらいじゃから、できるはずじゃな?」

 

 おお、珍しく阿笠博士の笑顔からまで圧を感じる……。

 

「な、なんかミスってゲームの世界がめちゃくちゃになったらどうするんですか……!」

「ふふふ。ゲストにやらせてどうするんですか、我々で頑張りましょう、トマス、ドクター・阿笠」

 

 樫村さんが穏やかに笑い、少ししゃがんでヒロキ君に目線を合わせた。

 そして柔らかい笑顔でヒロキ君の頭を撫でる。

 

「いつも頑張ってくれてありがとう。たまには遊んでおいで」

「……!」

 

 やっぱりびっくりした顔をするヒロキ君。

 そして周りの皆を一人ずつ見ていって。

 

「……ありがとう。ほんとは、皆と遊んでみたかったんだ」

 

 ああ、微笑ましい……!

 

 試乗(?)会は恙なく進み、ゲームオーバーになっちゃった子は不満顔で、もしくは泣きそうな顔でコクーンを降りて出てきた。

 それでも何人かはきちんとクリアして出て来てて、本物の金でできてるらしきメダル(!)と、大量のお菓子をプレゼントされてた。もちろんその中に江戸川君とヒロキ君の姿もあって、嬉しそうにハイタッチしてたものだから、ああ、二人はきっとあのロンドンで協力してクリアしたんだと、眩しく眺めさせていただきました(眼福)。

 

 クリア者がいたから、ということで参加者全員にお菓子のプレゼントがなされてて、その量でクリアできなかった悔しさや悲しさは少し中和されたみたい。

 

『今回は時間に限りがあったためリトライができない仕様になっておりましたが、本格稼働いたしましたらそんなことはありませんので、是非また遊んでやってください』

 

 ステージでにこにこと笑うシンドラー氏に大きな拍手が上がる。

 

 ……しかし。

 

『また、今回は特別ゲストをお呼びしております。東都大学薬学部の櫛森(くしもり)(みぎわ)さんです』

 

 ええええ!?

 な、なんですって!?!?

 

 思わずびしっと硬直しつつもモニター室内で直立した私にスポットライトが当たる。

 どぎまぎしながらとにかくお辞儀をする。

 

『このコクーンに使われている技術は、薬学の分野でも応用していただけるようで、現在さまざまな研究を行ってもらっています。医療の躍進にもご期待ください』

 

 ものすごい拍手が沸き上がってシンドラー氏はにこにこしてお辞儀をしていた。私も泡を食いながら再びお辞儀をする。

 

 ひ、ひいい……シンドラー氏って実は悪戯大好きでしょう……!?

 

 後ほど、マスコミがこのことを聞きつけてちらほら大学にやって来てたりもしたのですが、我々は皆「企業秘密です」とかでニコっと軽く躱してしまうしセキュリティもおかしいレベルだしで、すぐに姿が見えなくなっていきました。

 

 なんて多少ざわつきましたが、私があれが足りないこれが足りないというのを気前よく烏丸氏が『寄付』してくれるものだから、例の薬の研究もぐんぐん進んでいきました。

 多分研究室の皆には、この『寄付』もシンドラー氏からじゃないかと思われてそう。

 だけど志保さんだけは、じっと私の首元を見つめてくる。

 

「どうしましたか?」

「……随分物騒なものをつけてるわね」

「はい?」

「……それ、昔……お姉ちゃんが修学旅行の時には私が、私が両親の墓参りに行きたいって言った時にはお姉ちゃんが、なんて、出かけたいと言ったらつけられていたことがあるわ。細いからその(・・)機能一つしかつけられなかったそうだけど……猫で実演されたわ。あなた何をしたの」

 

 私は猫の犠牲とそれを見せつけられた二人に表情を歪めた。

 これがどういう物かご存知なんですね……。

 私はぴーかんの笑顔に切り替える。

 

「これは、引っ掛かった振りをしているんです。我々はそう遠くないうちに……向こうの喉笛を噛み千切ります」

「……!」

 

 志保さんは真顔のまま目を丸くした。

 

「私はコレ、一瞬で外せる人間です。わざとつけっぱなしにしています」

 

 志保さんはなんだか疑いの目をしているけれど。

 

「そうしたら、本当の名前に戻れますから……今はこの研究を続けましょう。これがまともなほうに進むことが奴ら(・・)を出し抜く近道にもなります」

 

 志保さんはまた一瞬目を丸くした。

 そして。

 

「……そう。なら、頑張らないとね」

 

 少しアンニュイな仕草で作業を再開する志保さん。

 

「すべてをきっちりお伝えできなくてすみません」

 

 思わず言うと、志保さんははぁと小さく溜め息をついた。

 

「……逆に、ぺらぺら喋るようじゃ私たちの命なんか預けられてない、それは……分かってるつもりだから」

 

 ふふ、と私は小さく苦笑する。

 

「……いつもありがとう。あと、ちゃんと生きて帰ってきてちょうだい」

「……!」

 

 小さく呟くようにそう言われた言葉を、私は持て余す。

 

「……こちらこそ、ありがとうございます」

 

 志保さんと私はそれ以降その話題に触れませんでした。

 

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 しばらく必死に過ごし、研究の進捗を降谷さんに報告した所、少しして諸伏さんの部屋に呼び出されました。

 烏丸氏に我々が脅されていること等々を諸伏さんにお伝えするそうです。

 

「……烏丸蓮耶……!? 嘘だろ、何歳だよ……」

 

 まあそこは皆驚きますよね……。

 

 キュラソーが言ってた通りRUMは烏丸氏の暗殺を企てており、既に影武者が幾人か犠牲になっていること。

 バーボンがその情報収集及びボスとその側近の警護を迫られていること。

 

 烏丸氏が薬によって小さいまま成長しない身体になっており、『櫛森』がその研究と解決を迫られていること。

 

 そのあたりをお伝えすると諸伏さんは頭を抱えた。

 

「……本当の所属まで辿られてないとそうなるのか……いやそこはさすがお前らなんだけど……」

 

 降谷さんが何だか無表情にじっと諸伏さんを見つめている。

 

「……ヒロ、何か隠してるな」

「え?」

 

 諸伏さんがそろりと怪訝そうに顔を上げた。

 断定的なそれに私は目を丸くする。

 

「僕なら信じない。(たばか)られていると取る」

「……!」

 

 あぁ、まあ、それは突っ込まれますよねうん……。

 

「君は汀をある程度監視してなきゃならない。だから……何か見たな」

 

 私と諸伏さんは顔を見合わせる。……っていうか『監視』って言い切りましたよ降谷さん……。

 私は眉間に皺を寄せて少し考え込んだ。

 

「……『バーボン』は組織に所属する存在、そして飲んだ(・・・)のは『組織の被害者』なので……万が一を考えて名前を伏せます。ただ私は『安室さん』は薄々気づいているのではと思っています」

 

 降谷さんが目を眇めた。

 

「私は、消す目的で服毒させられた人間の身体が縮むところに居合わせました。諸伏さんはそれを目撃したんだと思います」

 

 あの日諸伏さんが工藤君を諫めたのを思えば確実なんだけど、詳細を聞いてはいないから一応。

 

「……黙ってたのはそういう理由か。成程、『安室』と面識があるようならますます明かせない、か」

 

 ふっと目を伏せた降谷さんの眉間には深い皺。全然納得なさってないね!

 

「まあいい、ある程度話が早い。僕たちが従わなければ、汀の首のそれが絞られる。烏丸氏は『切れる』という言いかたをしていたからどれ程の脅威かは分かるだろう」

 

 諸伏さんが瞠目して私の首を見つめた。私はにこりと笑う。

 

「こういう類、私ぱっと消せちゃうのでお気になさらず。今は大人しくしてるフリをしませんと」

「……模造品とすり替えるのは?」

 

 険しい表情で諸伏さんが言う。

 

「ほぼ不可能です。細いのにここまで精緻な装飾のあるものを模造するには観察と時間がどうしても必要になりますが、私ができる『外す』は『消滅』ですから、技術者のかたの側にずっといなきゃいけなくなります。非効率です。発信機の類はないようですが、頻繁に工房に通ってたらさすがに怪しすぎます。大人しく従っているうちはこれが締められることはないでしょうから、本当に気にしないで下さい」

 

 彼らが過保護になったのはどうみても私のせいだけど、この輪っかをどうにかしようとする前に研究進めた方が早いのは分かってほしい。

 

「薬のほうも完成が見えてきましたからね」

 

 諸伏さんが目を丸くする。

 そして小さく溜め息をついた。少し斜め下方向に視線を泳がせている。

 

「……オレの周り……超人ばっかなんだけど……何これ……?」

「ご自身を棚に上げないで下さい」

「……え」

 

 諸伏さんがきょとりとした目をこちらに向ける。

 私はにこっと笑った。

 

「降谷さんの相談役、連絡役、公安の書類仕事、現場視察、SITの応援、私の監視(・・)、お隣の警護、小さくなった人の身辺警護指揮……この分じゃ他にもありそうです。いったいいつ休んでおられるのですか?」

 

 リビングにはそれらしきものないけど、ウェブデザイナーだからで済まされない物々しい機材が詰め込まれてる部屋があることだって知ってますからね。

 定期的にサイトロで危険がないかフロアごとに確認してる私は、諸伏さんのお部屋に罠マーク密集地帯が存在するのを見てとてもびびりました。さすがに外部から仕掛けられたわけじゃないのは明白で、正直に『視た』ことを伝えると彼は苦笑しながらちらりと見せてくれたのです。私の形相がかなり必死なものだったらしく、「別に爆発したりはしないよ」と笑っておられました。

 でも、私に『罠』判定されるような機材って何なの? あの部屋に並んでたモニターとかサーバーとかPCとかの中身何なの? こわ!!

 

「いや、働かないと給料泥棒だからね?」

「働きすぎなんですよ!」

「君に言われるのはなぁ」

「私はちゃんと毎日寝てます!」

「オレだってちゃんと寝てるよ。むしろ働いてないと虚無るんだ。表に出るのも装備とかで顔隠せるのしか回してもらってないし、そのへんの問題もない。仕事人間の君なら分かるんじゃないか?」

「……」

 

 そ、それは……分からなくもない……ですけど……。

 現状は特に。

 

「……ヒロも汀ももっと自分を大事にしろ。ともかく、汀と千華さんの研究がある程度形になってきたと聞いたからこそ、ヒロにもこの話をした」

 

 降谷さんがソファにゆったりと背を預けた。

 

「僕のほうはRUMがなかなか表に出てこないものだから苦労してたんだが、それも目途が立ってきた」

 

 時は金なりの人が現れましたものね。

 

「僕が毛利探偵を探ってるのは彼の優秀さのためだ。彼にはパトロンなんて居ないし、友人知人も一般人ばかりで、元警察官のツテで関係各所に顔が利く程度。そんな完全な単独でああまで名を馳せるのは他に類を見ない。過去には弟子の工藤新一君がそばにいたからだと言われたこともあったみたいだが、彼が……失踪して以後も解決した事件は数多い。だから真に実力者だということしか分からなくてね。弱点を探ろうにも、君たちも知ってるだろうが、ご本人も娘さんも武術を心得ているし、最近養子になったって子もキッドキラーなんて呼ばれるくらい一筋縄じゃないかない。妃弁護士だって無防備じゃない。隙が無いってことで業を煮やしたRUM自身も毛利探偵を探るために姿を現した」

 

 きっと、変に身構えないために誰なのかを仰らない。私が工藤君の名を伏せたのと同じだ。

 伏せられても分かっちゃうこの前世チートが申し訳ないですね。ハハ。

 

「組織にとっては藪蛇になりかねないでしょうに、何故そうも毛利探偵を探ろうとするんでしょう」

 

 私が首をひねっていると、

 

「……これは僕の推測に過ぎないが」

 

 降谷さんが少しだけ目を伏せた後、しっかり開けて強い色を宿す。

 

「危険視してる傍ら……機を見て烏丸氏探しをさせる……あるいは近付きそうな場合便乗するためじゃないかと思う」

「……!」

 

 私と諸伏さんに緊張が走る。

 

「優秀だからこそ、危険に近づく可能性がある。それを狙ってる」

 

 ……パシフィック・ヴイの事件で灰谷君が拐われたのは、きっとRUMが烏丸氏を探していてのことでしょう。

 組織は結局『クソシステム』扱いしてそれ以上灰谷君を追ってはいないようですが、グレー扱いなんじゃないかな。

 江戸川君とよく遊んでいるから、ついでに見ていてもおかしくはない。

 

 RUMは薬のことをある程度知っているはず。だからなおさらに。

 

「あと、やはりキュラソーにもっと話を聞きたいんだが……やはり僕やその他公安が相手じゃろくに話してくれなくてね。今度付き合え」

 

 子どもたちと連れ立って彼女に会いに行くことはしばしばなんだけど、どうしても子どもたちがいる中では組織の話なんてしづらい。

 私が行っても果たして話になるのでしょうかね……。これまでこんな感じで組織について全然話せてないんだから、前話してくれた分で『話せる範囲』終わってたりしません? あれが子どもたち助けるの手伝った分、とか……借りは返した的な……。

 更に突っ込んだことを聞きたい、となると……。

 

「わ、わかりました」

 

 キュラソーと公安がバチバチしないといいなあ。

 

 降谷さんが何故か不味そうな顔をした。

 

「で……薬が完成したら、まずベルモットを釣る」

「……へ!? いきなり大物ですか!?」

 

 私は思わず目を丸くした。

 

「薬が必要な人間がそもそも少ない。ベルモットは確実に現状を忌避している。だから話の持っていきかたによっては彼女とは司法取引が成立すると見ている」

「でも……危険すぎないか? ボスにスパイだって密告されたら……」

 

 諸伏さんが悲壮な心配の表情で訴える。

 

「危険をなすりつけてすまないが、そこは、ゾロ目の……CIA言うところのリプディジッツの皆に託したい」

「……!」

 

 諸伏さんが視線を少し下ろして思案気な顔をする。

 

「そうか……外部からの接触を装えば……しかし本当に危険だぞ」

 

 でもですね諸伏さん、不謹慎かもしれないけど、私は嬉しかったのです。

 

「ご信頼、ありがとうございます。皆喜ぶと思いますよ」

 

 多分、蕩けるようなとか、花がほころぶようなとか、そういった類の笑顔を向けてしまった気がした。

 一瞬降谷さんが顔をしかめた気がした。

 ……彼はやっぱり、身内に、甘い。

 

 けれどそれは本当に一瞬だけで、彼は真剣な顔になった。

 

「……頼む。汀が公安に目をつけられて組織とのつながりを調べられたという流れを作りたい。外部勢力とすることも考えたが……それはリスクが高いと思う」

 

 公安がまるごと危険になるのは心配ですよね。ただ、組織はスコッチの時も公安そのものを敵に回そうとはしなかった。

 ライの時も、日本に来ていたのはFBIの中でもほんの一部だったからこそ仕掛けたのでしょう。

 組織は時に驚く程大胆で残酷な真似をするけど、基本慎重なのです。

 

 ……ああ、一つだけ懸念がある。

 

「……しかし……ベルモットの情報が外部に漏れたとなると……一番危険になるのはゼロさんじゃないですか?」

「……何?」

 

 降谷さんが眉間に小さく皺をよせ、諸伏さんもぴくりと反応する。

 

「彼女が烏丸の娘だということや、不老状態にあることは……以前からご存知だったのでしょう?」

 

 降谷さんの目がみるみる大きく見開かれる。

 

「お前……何故、そう思う」

 

 警戒をみせる降谷さんに私はふっと小さく笑った。

 

「まず彼女については……あの場に彼女がいたのと、彼女の苗字ですね。ヴィンヤードはワインのための葡萄畑です。本名だったらちょっとできすぎなので……烏丸氏の妻の姓がそれで、その関係で組織のコードネームがお酒になったと見たほうが幾分か自然です。それであの話から娘じゃないかと見当をつけまして、そして……ベルモットはあなたに怯えているフシがありました。色々手助けしてくれてたのもそのせいかなと」

 

 本当は原作知識も大きいのですけどね。

 

 降谷さんは片手で額を抑えて大きく溜め息をついた。

 

「……そんなに分かりやすかったか?」

 

 ……私程度に少しばかり悟られてたからには。

 

「分かる人間には分かったかもしれません。彼女と付き合いが長かったりすると少し引っ掛かるかもしれません。……ただ、彼女は気紛れな所がありますから、バーボンを気に入って構ってると皆判断してるのかもしれませんが」

「……留意しておこう……」

 

 あんまり気を張らせるのはどうかと思うけど、大きく出ようとしてる今は、慎重になるに越したことはないのかもしれない

 

「ああでも、そうですね……ベルモットが亡くなったはずのシャロンであり、不老であると既に気付いてるかたがFBIにいらっしゃいます。FBIと公安が協力関係にあることも悟らせれば、組織を裏切った後を考えた時に安心感が増すかも……?」

「……FBI……?」

 

 降谷さんが眉をひそめた。

 あ、あれ、もしかして……。

 

「女性のかたです。……彼女とベルモットの事情は私が勝手に明かすべきではない気がします」

「……そうか」

 

 降谷さんはふっと下を向いた。

 きっと赤井さんが気になったんだよね……。

 スコッチの件がないから確執は軽くなってると思ってたんだけど……先日のカーチェイスとかが効いちゃったのかな……もともと性格が合わなかったらしいし……。

 ウウ、まあでも、お二人とも作戦行動中にはさすがに揉めないとは、思う……多分……。

 

 降谷さんがまた片手で額を覆ってはっと小さく溜め息をついた。。

 

「いっそそのFBIに任せ……いや、失言だ、すまない。そんなことをしたら日本警察が危険を丸投げしたと思われる」

 

 うん、きっと自制がきく……はず……。

 

 きっと降谷さんでも余裕がなくなることだってある。

 今は特に、トリプルフェイスしながらRUMのことを探って、そしてボスの警護もしなきゃならないんですもの。

 

「ベルモットについては、もう一つ取り引き要素があるかもしれません。彼女にはとても大切にしてる存在があります」

 

 降谷さんが少しぽかんとして私を見た。

 

「もう一年程前ですね。私がアメリカに行った時のことです」

 

 すぐに思い出したらしい降谷さんと、諸伏さんまで空気が重くなったんだけど、す、すみません……あの時()怪我しましたものね、私……。

 

「彼女は通り魔を演じていた時に、とある二人に犯罪者と分かった上で助けられています。一言一句覚えてるわけじゃないんですが『人が人を殺す理由なんて知りたくもないけど、人が人を助けることに理由は要らない』のようなことを言われて……。恐らく、自身が犯罪組織に染まり切っていても、それを許さないとしても、それでも助けようとしてくれる存在が在ったことに心を救われたのではないかと思います」

「……君はいったい幾度重要な場面に立ち会ってるんだ。もう強運と呼べるのかな、これは」

 

 降谷さんが降参するように両手を少し上げて肩を竦めた。

 

「いいえ、これは実際その場に居たわけではないんです。偶然行きの飛行機で隣になった人たちと、色々あって縁ができたのですけど、それがありがたいことに今も続いてまして、その人たちだったんです。一方のかたが仰った言葉をもうお一人が大切そうに教えてくれました」

 

 ふっと降谷さんが笑った。

 

「ベルモットを追っていた側にいたからこそ繋げられた話、か……」

 

 また強運だと仰りたいのでしょう。私は小さく苦笑する。

 ……FBIの皆さんはあれがベルモットだと認識してなかった気がするけど、ここで言うことではないと思う。へへ……。

 

「そのお二人のご無事の保証と、たまにでも会えるよう取り計らえたら、彼女にとってかなりの魅力だと思うんです」

「……なあ、汀さん……前に『餌』って言ってたのって……」

 

 諸伏さんが苦い笑みを浮かべていた。さすがの記憶力です……。

 

「ええ。決して危険な目に遭わせようとは思ってませんけどね。お二人も私の知人とかって紹介したら邪険にはなさらないでしょう」

 

 また、降谷さんが小さく笑う。

 

「ほんっと……頼りになる協力者だよ、君は」

 

 えへへと私は笑う。

 

「ただベルモットを釣るにしろ、いきなり彼女に仕掛けるのはもちろん性急だ。先に本格的に組織対策本部を立ち上げたい。色々脱線もしたがひとまずの方針はまとまった。次に日本警察勢で情報共有と確認を行ったのち、CIAとFBIに声をかける。他についてはまだ接点がないが……CIAとFIBにも伺ってみるとしよう」

「……降谷さん」

「うん?」

 

 難色を示されそうな気しかしないから少し緊張する。

 

「こういう時くらいは、警察庁のNOCリストを、降谷さんにだけでも、NOCの所属だけでいいので閲覧できませんか」

 

 やはり降谷さんが渋面になる。

 

「潜入捜査官を送り込んでるくらいの警察組織なら、同じく組織の壊滅を目標にしてますよね。リストなんて作って、こういう時に活用しないでどうするんですか」

「そんな所にいきなり呼び掛けたりしたら、いくら何でもまず警戒される。密告されたくなければ協力しろと脅されてるようなものだ」

「むう……」

 

 ふと思い出す。

 

「……あ、そういえば……降谷さん、過去に、調べ上げて始末しろって指示を受けたNOCを秘密裏に逃がしてますよね?」

 

 また降谷さんが瞠目した。そしてはああと大きなため息をついて頭を抱えながら俯く。

 

「……そういえば何度も手伝わせたな。そいつらに連絡つけろって? くれぐれも身を隠せって伝えたくらいだ、連絡手段なんか残してない」

「その人たちが元の所属に帰ってた場合、要請したらぴんと来てくれるでしょう」

「……僕はさすがに、彼らに所属を明かしたりしてない」

「……ああ……うーん……バーボンが公安と司法取引した、とかだと苦しいですかね」

「……そのあたりはもっとゆっくり考えるべきだな。いったん保留だ。それで、各国協力して世界中で組織の関係者を追い詰める。その流れの中でベルモットに近づけば、その後組織が僕たちだけを疑う可能性は多少下がるだろう」

「そうですね……」

 

 こくりと頷く。

 

「……今日はこんな所か。何か思い出したらまた言ってくれ。……随分遅くなったが夕飯にするか」

「あはは、言われてみればお腹空いてきました」

「二人が来ることは分かってたから色々材料は揃えてある」

「ふふ、気が利くな」

 

 それからはちょっと和やかな時間を三人で過ごした。情報のすり合わせはどうしても緊張しっぱなしになったからね。息抜き大事。

 このメンバーだとお酒も入る。

 何も想定してなかった私は気付いた時には諸伏さんからじりじりとアタックを受けてて、ヒエェとなってるといつの間にか降谷さんがいなくなってて、困ってるけど嫌じゃないことに困って、わやくちゃな頭に耐えられなくなってほうほうの体で自室に逃げ帰ったりした。

 

 この数日後、黒田さんや風見さん、そしてゾロ目の皆との情報共有となった。




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転生者
 シンドラーさぁあああああぁん!?
 内心絶叫した。
 彼らといるとしばしばクラクラする彼女でございます。
 諸伏さんはご自身が超人的な働きをなさってるの自覚してくださいね(特大ブーメラン)。
 自己評価高めて? 低い。
 ジョディ先生が二十年前について言及したのはカルバドスが死亡した例の件ではなくなっています。何せ灰原哀ちゃんが生まれてない世界なので。カルバドスも生きてたりする。
 だけど転生者は原作とタイミングが違うことに気付いてません。なんなら原作で言及があったことすら覚えてないかも。カルバドスは原作で出てきたことも覚えてないかも。はくじょうもの。
 警察学校組以外のことになるとだいぶ記憶あやふや。
 しかしあの件で新出先生の窮地を救ってたジョディ先生すごいですよね。カッコイイ……。
 彼女はNYでの工藤君の発言も一言一句覚えてるわけじゃないため、ちょっと違ってます。

降谷さん
 隠し事されてた理由に納得するも、相手が諸伏さんと転生者なため少しへそを曲げる。仲間外れみたいでいやだ。
 しかし理由は分かったので秘密にしてたRUMからの指示をさくっと明かした。
 まだ工藤君は死んでしまったと思ってる。可哀想。

諸伏さん
 二人からボスの喉笛に取りついたこと秘密にされてた……しょんぼり。
 早く現場復帰したいなあ……。

志保さん
 櫛森さん……あなた……危ないことばっかり……!!
 少しおこ。
 彼女のためでもあるならと、血眼になって研究を進めた。あなたもすこしはやすんで。
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