降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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42.転生者の焦燥。

 諸伏さん宅に集合した中には見知らぬ方がお一人いらした。

 ゾロ目のかたがたって全員知ってる訳じゃないから別に不思議じゃないのかもしれない。

 

「初めましてだな。白石(しらいし)基一郎(きいちろう)だ。割り当てられた数字は1111。ゾロ目としてのコードネームはウルフ03(スリー)。しばらく関西のほうで別の組織について探っていたんだが、そちらがひと段落ついたので合流した。よろしく頼む」

 

 白石さんはちょっとニヒルに笑った。こういう場で名乗るのはやっぱり偽名なんだろうけど。

 

「では私も改めて。篠川大輔。数字は0000。コードネームはウルフ01(ワン)。よろしく」

 

 篠川さんがふわりと笑う。

 

(わたくし)は里崎桔梗と申します。数字は3333で、コードネームはウルフ02(ツー)です」

 

 里崎さんも柔らかく笑った。

 

「私は木暮愛莉です。数字は2222、コードネームはウルフ04(フォー)です」

 

 ぺこりとお辞儀をする。

 今日は綿引君はいない。多分白石さんも実戦要員なのでしょう。

 

「皆さんについては皆知ってるのでお気になさらず」

「ああ」

 

 黒田さんが頷いた。

 諸伏さんが手を挙げた。

 

「これは興味でしかないんだけど、君たちがオレたちのことを呼ぶ時は何になるんだ?」

 

「安室さんはハウンド01(ワン)、湯日川さんはハウンド02(ツー)。これは潜入した順になる。ちなみに黒田さんはリーダー。飛田さんはドーベル01(ワン)だね」

 

 すらすらと篠川さんが答えてる。稀に現役警察官のかたを指す場合シェパード、探偵のかたを指す場合ビーグルになるみたいだけど、番号を振る程継続して特定の誰かにつけられる状況は今までなかった。もしかしたら対策本部立ったら使われ始めるかもしれないね。

 くすっと安室さんが笑った。

 

「悪い。しかし飛田、強そうだな」

 

 言われて風見さんがあわあわしてる。こういうところ可愛いかたですよね。

 

 少し降谷さんのおかげで柔らかい空気になった。もしかしたら意図的だったのかもしれませんね。

 

 それから早速情報共有が始まる。

 皆諸伏さんと似たご反応をなさってちょっと和んじゃったり。たるんでますね、すみません。

 

 ただやはり、体が縮む薬についてはぴんと来ないご様子。こんな場でふざけてる訳はないんだけど、幻覚や洗脳等を疑われてしまった。これじゃ信頼に関わる。

 懸念はあったから、ちょっと江戸川君にご協力を頼んでいます。こればっかりはどうしようも無いと思う。

 合同対策本部の立ち上げのために、小さくなったことを証明してほしい。

 彼は快く頷いてくれて、降谷さんにも初お披露目です。

 

 私は別室で待機してくれていた江戸川君をスマホで呼び出す。

 彼はリビングに入って来ると、一礼した。

 

「初めまして。工藤新一です」

 

 目を丸くする皆さん。特に里崎さんが真っ青だった。ただ、黒田さんと降谷さんは一瞬固まったけどそう動揺してる様子が無い。お二人は気付いてたか、何かあると思ってて納得したかですよね。

 

 降谷さんがふっと笑う。……だけど青筋が浮かんでる気がしましたよ。

 

「……工藤君は、死んでしまったと思ってたよ……木暮……お前……」

 

 ハハハ、すみません。でも仕方なくないですか。

 

「言ったじゃないですか。潜入中のかたに、組織の被害者について詳細をお伝えするのは色々な意味で危ういって」

「分かってはいるんだがな……はッ、当事者、成程な……」

 

 降谷さんも苦笑する。

 

「しかし……良かった……」

 

 彼ははぁぁと大きなため息をついて片手で顔を覆った。

 優しいなあ……。ほっこり。

 

「僕のほうは、あっさり信じていただけたみたいで少しびっくりしています」

 

 江戸川君が少しぎこちなく笑っている。

 そうだよね、第一に危険だからと周囲においそれとは明かせなかったけど、信じてもらえないだろうっていうのももちろんあったでしょうし。

 降谷さんが柔らかく笑った。少し眉尻は下がってる気がする。

 

「散々そういう薬があるという話をしていたところだしね。君が子供らしくないのも重々知ってるし、逆に納得がいったよ」

「……そうか、君はキッドキラーの少年か」

 

 白石さんがほうと息をついて納得している。

 小さくなっても有名人……ちょっと思うところがないではないけど、本人もたくさん控えててこれだからなあ……。

 

「一応、映像もあります。咄嗟にスマホで撮ったものですし、合成かと疑われればそれまでですが」

 

 諸伏さんがすっとタブレットをローテーブルに置いて、動画を再生する。

 映し出されたのは人通りがなく薄暗い。ただどこかのテーマパークではないかというのが雰囲気で分かる。……あの時撮ってたんだ……。

 

 最初は私とジンが睨み合ってたところですね。

 そのうち私が駆けだして、ジンとウォッカが別方向に走り去る。

 一瞬二人の方にカメラが動くけど、さっと私の方に向けられてズームされる。

 

 ……どれだけの距離にいらっしゃったのか分かりませんが、随分画質が良いですね。

 

 辛うじて、倒れてる工藤君の姿も映ってた。そして結果彼は縮む。

 画面の向こうの諸伏さんの喉がひゅっと鳴った気がした。

 しばらく呆然としたのち、私が彼を抱いて走り出す。

 そこで動画は終わった。

 

「……何てことだ……」

 

 皆青ざめてる。

 降谷さんが沈痛な様子で眉間の皺を深くして少し俯いた。

 

「……苦しかったろう」

 

 彼はやっとそれだけ言った。

 江戸川君が何とも言えない表情で苦笑する。

 

「……体が溶けるって、思いました」

「よく耐えました。細胞の分裂と死を急激に誘発された結果、分裂が間に合った分だけで生命を維持しようとして、結果縮んで見えます。死んでしまう前にギリギリで適応できるよう再構築してるわけでして……痛みと苦しみは計り知れませんね」

 

 どういう状況でジンに薬を飲まされたのかを聞かれると工藤君が可哀想なことになりそうなので、神妙な顔で薬に関する話題へシフト。

 そういうモノなのもあって『十年後の顔』を出力するメカでコナン君と哀ちゃんだけエラーを吐いたのだと思います。

 

「若返りとは違うのか?」

 

 白石さんがお聞きになる。

 

「厳密には違うと思っています。説明すると長くなりますが、科学的結果であり決してファンタジーの世界の話ではないとだけ申し上げます」

「ふむ。……そういえばこの女性は? 捜一の赤バッジが見えた気がしたが、この現象を目撃してしまってるのは……」

「ああ、それ私の変装ですので、お気になさらないで下さい」

 

 彼は瞠目した。木暮を名乗りましたが今は櫛森のままで居ります。個人的には信頼の証のつもりです。しかしえへへ、櫛森と木暮はきちんと別人に見えてるのですね。わぁい。

 白石さんが篠川さんを見遣る。

 

「変装技術を教えたのはお前か?」

 

 もしかしたら旧知なのかな?

 篠川さんは肩を竦めた。

 

「ああ。上からの指示だよ。私もこの体制のためには必要だと思ったしね」

「いったい何人変装名人が生まれてるやら……」

「私が本格的に教えたのは彼女を含めて四人だけだよ。その彼女が彼ら(・・)に教えたのも、私がその補助をしたのも、必要に迫られたからだ。生き延びるためであって、悪用する人たちでもないのも知っている。協力者になる以前についてはノーコメントだ」

 

 彼ら、というのは諸伏さんと宮野姉妹ですね。

 

 今度は白石さんが肩を竦めた。

 彼は篠川さんの正体を確信してるというか、篠川さんも彼が知っていることを認めているんでしょうね。

 

 わたしはにこっと篠川さんに笑いかける。

 

「もし篠川さんが私の想像した通りのかただったら……この薬は、あなたが暗殺されかけた原因とも繋がっています」

 

 篠川さんが目を丸くした。

 

「この薬はとある宝石をヒントにして開発されたものだそうですから。篠川さんのことですから、ご自身が殺されそうになった原因について、調べてないわけないですよね」

 

 江戸川君も言っていましたしね。

『変装マスクなんてそうそう使える奴がいてたまるか』

 

 また篠川さんが肩を竦める。

 

「いつから想定していた?」

「ほぼ最初からです。こんな技術持ってる人そうそういないと思いますから」

「以前は暗殺者だったって伝えたと思うんだけどな。参考までに、何か不手際があったなら教えてほしい」

「無いですよ。強いていえば本当に、その唯一無二のはずの技術を教えて下さったことですかね。どうしようもないでしょう」

「そうか……ふふ」

「……どういうことか聞いても?」

 

 降谷さんはご存知なかったんですね。まあ、ゾロ目の皆も秘密主義というか、守秘義務があったでしょうし……。

 

「篠川さんが正体を明かすことにメリットがありましたら」

「この場合、明かさないデメリットのほうが問題だね。信頼に関わる。まったく、白石君、君余計なことを言ってくれたものだね」

 

 責められた白石さんは肩を竦めている。

 

 篠川さんが顎に指をかけた。

 まあ、その技術をお持ちなら、通常が変装だったとしてもおかしくはないですよね。

 昔公安に助けられたと仰ってましたから、諸伏さんみたいに正体を隠す必要があってもおかしくないですし。

 

 マスクの下から現れたのはやはり、優作さんを渋めにしたようなナイスミドル。

 

「改めて。私の本名は黒羽盗一。八年前に殺されかけて、殺しにかかった側に潜入していた公安のかたに助けていただいた」

 

 まあ公安ですからね。潜入捜査官を送り込んでる犯罪組織がお酒の組織だけとは限らないでしょう。

 お声がやっぱり赤井さんそっくりになっちゃってるけど、降谷さんと諸伏さんと江戸川君はどう受け取るんだろう。

 

「……何故世界的マジシャンが、公安がマークしていたような組織に命を狙われることになったのか聞いても?」

 

 降谷さんが聞いた。私があの薬に関係してると言ったからでしょうね。

 

「ここで言うのは抵抗があるんだがね。まあ、私は今は体制の中の人間だ。司法取引済みだから捕まえようとはしないでくれよ。……私が与えられた数字は、本当は0000じゃない。ゼロ人目なんて存在しない。存在しない番号に隠されたあまりにも有名な数字……1412と言えば、推測はできるかな?」

 

 白石さんと私以外目を丸くしたり息を詰まらせたり。

 

「世間に浸透しすぎていて符丁として機能しかねるということで、1412号登場以来欠番だったそうだよ。そこに本人が現れたものだからね。皮肉や遊びを込めて先代の裏理事官から割り当てられたんだそうだ」

 

 はは。あのかた結構お茶目なところもありましたしね……。

 その先代さんは定年退職なさいました。今は黒田さんです。

 

「……先代」

 

 ぽつり、と江戸川君が呟いた。裏理事官のことじゃないね。

 そんな彼に篠川さんがにこりと笑いかけた。

 

アイツ(・・・)はヘマでもしたのかな?」

「ヘマというかなんというか……」

 

 江戸川君の苦笑は引きつっていた。

 

「その1412号……最近また活動を始めたようだが……軽率じゃないか?」

 

 白川さんが眉間に皺を寄せてた。江戸川君の『先代』については聞き流したようですね。言葉が足りないですもん……。

 

「それについては現状の我々には関係が無いとだけ」

 

 篠川さんはそこでふうとひと息をついた。

 

「しかし私の素性だけでなく、私が命を狙われた理由にまで手を伸ばしていたとは。2222、君は本当に何者なんだ?」

 

 篠川さんな時は口調も少し素と変えておられたのかもしれないね。

 

「2222でしかないですよ。公安のいち協力者です。色々調べられる能力が無いと務まらないでしょう?」

 

 まあ私の場合前世チートなんだけれど。

 また篠川さんが肩を竦めた。

 

「話を戻すと、1412号がとあるビッグジュエルを狙った時に何者かから警告を受け始めた。『宝石には手を出すな』とね。しかし、そんなことを言われては余計に手を出したくなるものだろう? 横槍を入れてくるような奴らがいったい何なのか探りたいのもあったしな。それで、奴らが探していたのは不老不死をもたらす宝石だというのを掴んだ。正直そこは眉唾だと思っていたんだがな。迷信を追い求めているだけだ、と思っていた」

「実際はこの通り、実現可能な事象だったというわけです」

 

 私は諸伏さんのタブレットを人指し指でつと示す。

 

「世の中恐ろしいものだ」

 

 篠川さんが肩を竦める。

 

「研究達成間近の人間と、服毒被害者。『恐ろしい』の張本人が目の前に二人も居る。眩暈がしそうだ」

 

 白石さんの言に私と江戸川君で顔を見合わせる。

 

「しかも木暮君は命を脅かす首輪まで掛けられて全く動じていない。色々聞いてはいたが、想像以上の傑物だよ」

 

 私はたじたじとなるしかない。

 

「元の研究者さんが側にいらっしゃいますし、私は単なる補助といいますか……」

「研究に関わってるってだけでもうね……」

 

 諸伏さんが遠い目をしている。何ですか、功労者は九割志保さんですよ。

 

「この首輪だって、今すぐにでも外せるから落ち着いてられるだけですし……」

「その自力で外せるって言うのもなあ……脅した上でほぼ自由行動させてるからには、そんなの想定されてない程ってことだろうし」

 

 また苦笑いする諸伏さん。

 

「まあそれも私の努力で得た能力ではありませんし……」

「誉めようとしても小暮は逃げるだけだよ」

 

 篠川さんがくすっと笑った。

 

 そこで白川さんがすっと手を挙げた。

 

「……すまない。ちょっと気になったんだが、ジンは『痕跡の残らない毒』、と言ってたんだよな? ……それは、十七年程前に組織が盛んに暗殺に使用していたものじゃないか?」

 

 私は思わず口角の片方を吊り上げた。ニヤーっと。ちょっと『悪どそうな表情をした』かもしれない。

 ここにきて突然無関係の人が現れるとは考えにくいものね。

 

「恐らくは。そしてそれはとある町医者夫婦が研究していた時期になります。しかし彼らは火事で亡くなっている。でも……烏丸氏は地位も財力も持ち合わせているはずですから、そんな重要な研究を担っていた人物をみすみす事故で失うような安全管理はしていなかったはずです。公安が保護した彼らの娘さんからお聞きするに、夫妻は犯罪に加担する毒薬を是とする人たちじゃありません。恐らく抗議して消されたか、研究を破棄するために資料ごと自害したのだと思います。そして組織は何も知らない娘さんが研究を復活させるよう仕向けた。そしてある程度復元した娘さんの研究をもとに、『毒薬』として完成させた者がいるわけです」

「……っ」

 

 降谷さんが息を詰まらせている。

 残酷な推測を堂々とのたまってごめんなさい。でも私は宮野家と降谷さんの付き合いは知らないはずで、そして宮野夫妻と志保さんの潔白を信じる発言が今ここには必要だと思うのです。

 

「……つくづく忌々しい組織だな」

 

 白石さんが顔をしかめた。

 

「しかしそこに食いついたということは、白石さんは……十七年前の羽田浩司さん、及びアマンダ・ヒューズさんが殺害された事件を追っていたんですね?」

「……ッ!?」

 

 白石さんが椅子から腰を浮かせている。

 私はにこっと笑ってみせる。

 

「篠川さんの正体も晒されちゃいましたからね。隠し事はぱーっとなくしちゃいましょう、MI6の赤井務武さん」

 

 何となく羽田名人に似てる気がしてたのです。彼は変装とかメイクとかしてないみたいだ。部屋に入るまでは代わりに帽子を目深にかぶっていたみたいだけれど。

 降谷さんがぴくりと反応した気がした。諸伏さんは明らかに目を丸くしておられる。

 白石さんが落ちるようにして再び椅子に座った。

 

「……君は……本当にいったい……」

「特に隠してないですよ。東都大学薬学部所属、櫛森汀研究員。中国マフィア崩れの組織に破壊的な研究を売ろうとして公安に引き留めてもらった者です。ついでに妙な実戦向きの特技を持ってることが判明して、協力者として拾っていただきました」

 

 何故皆どこかに視線を泳がせるのですか。

 

 そしてこうなると、ということか里崎さんに皆の視線が集まる。

 だけど彼女はじーっと諸伏さんのタブレットを見つめている。

 

「……里崎さん?」

 

 里崎さんの正体はちょっと私には想像がついてないんですよ。『里崎桔梗』が偽名だってことだけは知ってるんですけど。

 

「……あ」

 

 彼女ははっとした様子で顔をあげた。

 けれど顔色が悪い気がする。非現実的な光景をご覧になったから? けど彼女、ちょっとやそっとじゃ動じないと思うのです。

 ……工藤君だったから、なのかな? 彼のファンは多いですもの。

 

「すみません。情けないですね」

 

 彼女は額に手を当てて、小さく息をついた。

 そしてふるふると小さく首を振った。

 

「……本名暴露大会になってるようだけど……私まで明かす必要はあるのかしらね……」

 

 彼女の雰囲気がガラリと変わった。

 うおお、里崎さんも演技してた人なんですね……。

 

「まあ、多分な?」

 

 白石さんが肩を竦めた。

 

「私は組織に因縁なんてないし……物珍しい能力を買われて協力者にスカウトされただけの一般人よ」

 

 細い長い直毛を一つのお下げにしている様子だったけど、エクステだったのかな。もともとは肩に届くくらいだったみたい。少しだけくせっ毛っぽい。

 そして彼女は少し髪を梳いて整えて再び低い位置でひとくくりにし、眼鏡を外した。

 

「……ッ、星野輝美(てるみ)、さん……!?」

 

 諸伏さんが目を丸くしておられる。

 それって……元アース・レディースの……?

 ひぇ……今まで彼女にした所業に私は青ざめる。

 無理矢理歌わせたね? 通りで上手だったし綺麗だったね? 本職だったね? 曲作らせたね???? それからほんとに何度かカラオケ仲間して下さったね??? それで私こっちのJpop色々きいたからアース・レディース知ったような不届き者ですみません。

 今は女優さんだものね??? 演技も本職だね???? 少し身体作りしてたっておかしくないね??

 

「……どこがただの一般人ですか……っ!? い、今まで申し訳ございません……」

 

 私は思わず平伏した。

 

「……何をやってるの。芸能人が混ざってようと何も特別じゃないわ。演じ分ける必要を考えたら適任なくらいでしょう? ……そもそも、組織の幹部にだって世界的大女優がいるそうじゃない」

 

 今までのほんわかした彼女と違ってとってもクールです。かっこいい……。

 

「話を戻してくれる?」

「は、はい……!」

 

 私はしゅばっと平伏をやめた。

 このあたりをうだうだするのは逆にご迷惑ですよね……。

 

 しかし降谷さんがそこで手を挙げた。

 

「……すまない。その、十七年前のその事件については、未解決のはずじゃないか……?」

 

 そういえば公安の研修で扱われたってエピソードがあった気がしますね。

 

「未解決だよ。その件を追ってて私は消されかけた。何とか日本に逃げてきたんだが、どうやら安全だと思ったこの国にこそ本拠地があったようでな。いよいよ危ないって時に公安の人間に助けられた。そして協力者になって現在に至る」

 

 日本の公安、思ったより仕事しておられない……!?

 すごいなあ……!

 

 白石さんは、ご家族に日本へ行けとお伝えになって、そして懸命に生きて合流なさろうとしてたってことだよね。そういうのかっこいいなあ。

 でも多分今はまだそれは叶わない。……ほんと、組織を早くどうにかしたいものですね……。

 

「しかし今の話の流れからすると、その事件も組織によるもの、になるのか……?」

「その可能性が高い。傍らで引き続きその件を追ってた私がここに投入されたのも、そうと上が睨んだからだろうさ。合点がいったよ」

 

 はあ、と溜め息をついたのは誰だっただろう。

 情報量がめちゃめちゃ多い気はする。

 

「その薬ですが、工藤君が被害に遭ったことからも組織が『毒薬』として保持している可能性があるのですが、工藤君以降暗殺に使われたフシはないようです。私がわざわざ脅された点、組織が現在抱える研究者に何かが起きた可能性があります」

「ああ、それについてはオレから」

 

 諸伏さんが手を挙げた。

 

「昨年木暮の住居に侵入した者を捕えた。尋問の結果その『組織が現在抱える研究者』、幹部名を『メスカル』というのが放った鼠であることを確認した」

 

 里崎さんが息を飲んだのが分かった。

 私を気遣ってくれてる所は変わらないなと感じられて、見た目と雰囲気が違ってもやっぱり『里崎さん』なんだなあってしみじみする。

 ……いや、心配ばかりかけて申し訳ございません……。

 

「なかなか強情な奴で情報を引き出すのには苦労してるんだが、そのメスカルがねぐらとしている研究施設を吐いた。囚われてたほうの研究者を公安が保護した後は念のためか場所を移動したようだ。そしてごく最近もそこに出入りしてるのをこちらで確認済みだ。奴に何かトラブルがあったわけじゃないと思う」

「ふむ。あれ以降使われた形跡がないなら……工藤君の遺体が出なかったせい、かもしれないな」

 

 降谷さんが考えを巡らせている様子で仰る。

 

「組織としては暗殺に使ったつもりだろうから、生死不明となると不都合だろう。意図せぬ結果を生まないよう調整を重ねるまで使用を禁じた、とかな」

「あり得るな」

 

 諸伏さんが頷いた。

 

「メスカルが『毒薬』としての研究にかかりきりになったから、他にやれそうな木暮に本来の目的を含む方向への研究が押し付けられた、か……」

 

 なるほど。とっても有り得そう。

 

「とするとまた毒として使われないとも限らない、ってことか。メスカルの進捗次第だが」

「そういうことになるだろうな。完成する前に阻止したいものだ」

 

 皆苦いものを浮かべる。

 

「……さて、思わぬ暴露大会にもなったが……この場だから良しとする。皆改めてよろしく頼む。今日伝えたかったことについては一通り話せたと思う。まず合同対策本部の設置を目指し、各国機関ですり合わせを行い現地の組織を追い詰める。ある程度進んだらベルモットを引き込みにかかる」

 

 降谷さんが苦笑しながら話を始めて、途中から一気に表情を引き締めた。

 

「そのために、黒田管理官、CIAとFBIへの呼びかけをお願いします」

「分かった」

 

 ゆったりと頷く管理官。

 

「……時間のあるかたは夕飯もどうだ? と言っても今から作るんだが……何か疑問点等あればその時にでも」

「ああ、聞きたいことは山ほどあるんだ。せっかくだからご相伴にあずかろう」

 

 白石さんがふっと笑った。

 

「何か必要な物があれば買ってくるが」

「食材は僕と唯川と小暮でたくさん用意してるから、個人でほしいものがあったらってとこだな」

「了解」

 

 そして数名買い出しに行かれたんだけど、抱えられてたのはお酒です。はは。この年齢層だとそうなるよねえ。

 しかし話してた内容が内容なのと、メンバーがメンバーなので大騒ぎとはなりませんでした。

 

 白石さんの聞きたいことというのが主に私への興味関心だったので震えています。面白がっておられるだけな気がする、けど。

 

「噂に聞く以上に肝が据わっているな」

 

 私は口をへの字に曲げた。

 

「その噂って九割篠川さんたちが捏造したものですよね?」

「四割だな。君が実際働かされたことを含めれば九割かもしれないが、どちらかといえば残りの一割のほうが余程脅威だ。君は上すら予期しない成果をあげる」

 

 篠川さんまで。

 持ち上げられすぎて居心地が悪い。だいたいチートのせいですし。私は閉口する。

 

 わいわいと私の過去のやらかしが皆の口に上り始め、私が顔を覆っていると、縮こまっていた私のスマホが震えた。

 

 FINE?

 

 珍しく、結城さんから個人タブでのメッセージ。

 

- 『七篠が三日前から戻らない。何か知らないか?』

 

 ひゅっと私の喉が鳴った。

 

「……小暮さん?」

 

 隣にいた諸伏さんが怪訝そうに私の様子を覗う。

 

「……いえ……あの……」

 

 あのメイちゃんが黙っていなくなるわけありません。

 嫌な予感しかしない。

 

 余程の何かがあったか──あるいは。

 

 頭の中で、中央に小さな赤い石のついた円形のペンダントが揺れる。

 

 私は嫌な予感を押し殺して焦りの滲む苦笑を浮かべる。

 

「友人が三日帰ってないそうでして……私何も聞いてないから、どうしようもなくて……」

 

 諸伏さんが目を見張った。

 

「……そんな顔してるなら、ふらっと居なくなるような人じゃないんだな」

 

 真剣な顔で言う彼に私はこくりと頷く。

 

「……はい……」

 

 諸伏さんは数秒居たたまれなさそうに私を見つめ、そして、ぽんと私の頭のてっぺんに掌を乗せた。

 頷いたついでに下がっていた視線が思わずあがり、諸伏さんと目が合う。

 彼は心苦しそうな眉の下がった微笑みを浮かべながら、ただその手のひらをぽんぽんした。

 ……気を遣って下さっている。

 

「ありがとうございます……」

 

 私はへにゃりと情けない笑顔を浮かべた。

 ……私なりに彼女を探してみようと思います。

 

 ご飯を食べて皆さんをお見送りした後、後片付けをしながらちょっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「ボスは秋本さんと……櫛森のことをどこで嗅ぎつけたんでしょう」

 

 ことによっては何らかの対策をしなければいけません。

 

「……君があれ(・・)で発砲したあと、僕はでかいほうを追いかけただろう」

「……はい」

 

 ああ……思い出しても震えそうになる最初の記憶。

 拭き終えて重ねたお皿が動揺で少し大きな音を立てた。い、いけないいけない。

 

「あのあとあいつを殺害したのは、ジンだ」

「!」

 

 ……な、なんてことでしょう。

 

「ジンはあの二人の獲物(・・)に目を付けていたんだろう。だがあいつらは失敗した。だから殺害した」

 

 その獲物というのは愚かなことをしようとしていた私なのでしょう。

 

「それからジンが君に手を出していないことを鑑みるに、あの二人は君の個人情報まではジンに掴まれていなかったんだろう。だが組織が力を入れてる薬学分野の使える(・・・)研究者だというのは頭にあった。メスカルの研究に何らかのトラブルが発生して、ジンはそのことをボスに報告したんだろう」

「なる、ほど……」

「……ジンはもしかしたら……」

 

 降谷さんは少し引きつるような苦笑を浮かべた。

 

「組織の薬学研究者に何かが起きた場合に君を釣ることができるよう、僕に接触してきたのかもしれないな」

「……そ、それは……私のせいで降谷さんはあんな危険な所に……」

 

 物語でも彼はあの組織に潜入していたけれど、それとこれとは話は別です。

 

「ああ……すまない。ただの憶測だ。気にしないでくれ」

 

 水の音が止まる。

 食洗器は据え付けだけれど、こうして手洗いしながら雑談するのも良いのだと仰っていました。

 

「第一、もともとこの組織に潜り込む予定だったんだ。君は関係ない」

「……」

 

 と言われましても。

 

「ただの与太話だから。話を戻す。だから、探り当てたというより偶然知っていた類になると思う」

 

 降谷さんは思案気な顔をしながら、洗い終わった食器を拭き始めた。

 

「彼は……どこまで気付いているんでしょうか」

「あいつがボスに隠し事をするとは思えない。報告を上げた範囲ですべてだろう。我々の本来の職務にまでは詮索は及んでいないはずだ。……第一、悟られてたら今頃命はない」

「泳がされている可能性はありませんかね……」

「……だとしたら、手を出されていない間にこちらが追い詰めてやるまでだ」

「……そうですね」

 

 重ねたお皿から、カチャリ、と、小さな音が立つ。

 

 と、ふわっと後ろから諸伏さんが私を抱きしめた。ひっ!?

 わわわわ私が手ぶらになったタイミングをみてくれたんでしょうけれどっ。

 

 諸伏さんの顔は降谷さんのほうに向けられている。

 

「……どうしても嫉妬してしまうな、そのへんの話を聞くとさ」

「まあ、そうだろうな」

 

 降谷さんはさらりと言った。

 

「仕事だったんだから勘弁してくれ。僕には今こうなってることなんか予想できないよ」

「その何でもないふうに装って余裕そうなのもむかつく」

 

 降谷さんがはぁと溜息をつく。

 

「装ってない。僕はむしろ君たちがどうにかなってくれたほうが嬉しいんだけど? でも汀の意思をちゃんと聞けよ。今の所景光(ヒロ)が一方的にアタックしてるだけに見える」

「……!」

 

 ぱっと諸伏さんが腕を離してくれてほっとしたのも束の間、きゅっと手を握られた。ひィ。

 ……そ、そして……ふ、降谷さん、ええと……サラっとなんかすごいこと仰いませんでしたか……?

 ……め、眩暈がします……。

 

 降谷さんはふっと、なんだかとても柔らかい笑顔を見せた。

 

「これでも、二人のどちらにも明るい未来があってほしいと願っている」

 

 私は眉尻を下げた。

 

「……私は降谷さんもそうあってほしいと思っています」

「オレも」

 

 ふふっと降谷さんが笑う。

 

「僕は君たちが笑っていて、なおかつこの国のために働けてる今がとても幸せなんだ」

 

 そう言ってから、一転、彼は真剣な顔をした。

 

「だから……死ぬな」

 

 ……大詰めと言える状況になっているから、でしょうか。

 

「それはお互い様だ」

 

 諸伏さんは私の手を離して降谷さんに近寄り、彼の肩に手を乗せた。

 

「全員、生きて帰るんだ」

「……ああ、そうだな」

 

 強い瞳で言った諸伏さんに対して浮かべた降谷さんの微笑みは、私にはどこか儚げに見えた。




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転生者(2222 / ウルフ04)
 里崎さんすみませんすみませんすみません。
 だけど彼女のお陰でプロジェクトの質がとても高いのを改めて認識する。すっごいなあ(ミーハー)。
 メイちゃんの件は気が気じゃない。今すぐ外に飛び出したくなったけど時間が遅くて抑える。
 眩暈ぐるぐる。

降谷さん(ハウンド01)
 この世界では諸伏さんより少し早く潜入を開始してる。
 彼が赤井さんに対して不機嫌なのは、キュラソーとのカーチェイスの件もあるけど、赤井さんがアメリカで転生者を強引に呼び出した結果転生者が怪我して帰ってきたから()。
 アメリカの件は赤井さんは半分悪くない、多分。赤井さんに悪気は百パーない。ただじゃれたかっただけなんだよ……可哀想に。

諸伏さん(ハウンド02)
 ゼ、ゼロなんでそんなに赤井を嫌ってそうなの???
 彼がライだった頃にもそんなに気が合わなそうではあったけどさ……。
 首都高のアレ? でも赤井ならやりそうだろ、彼は私情を挟まない実利主義で、彼が尽くす国は日本じゃないんだから。
 ……まあオレもだいぶヒヤヒヤしたし、日本の公安としてはちょっと腹立ったけどな。
 ライとは親しいと思ってたし助けようとしてくれたしで好感度高かった分彼は少し拗ねてる。
 書いてる人が、降谷さんが初見であろうとどーんとやれちゃう系なのに対して、諸伏さんは必要に迫られれば上手くやれるよう躊躇なく取り組む系なイメージを持ってる(警察学校編を読んでから、多分狙撃の腕を磨いたのは必要に迫られてだろうなと思ったため)せいで、諸伏さんは『色んなことできちゃう系超人』になってまして、色々やらされてます。女装()とかはそのせい。
 ちなみに降谷さんはきっと『何でもできちゃう系超人』……。

篠川さん改め盗一さん(1412 / ウルフ01)
 ずっと迷ってたんですが、今年の映画見てやっぱこうしちゃえー☆って踏み切りました。このかたの変装技術はやっぱそうそう他の人が持っててほしくないですね。
 四人というのは、有希子さん、シャロン、快斗君、転生者、です。

白石さん改め務武さん(1111 / ウルフ03)
 生きておられることにするかはしばらく迷ったのですが、このお話は【生存ルート】なのでどうせなら、と……。
 身を隠しているためMI6にもご家族にも連絡は取れてない。

里崎さん改め星野さん(3333 / ウルフ02)
 実は、コナン世界の芸能人の誰かにしたいとは思ってたんですけど、登場当時はまだおさらいができてませんでした。
 生存ルート26話の捏造ドラマの主演に剣崎さんをあてるにあたって、色々とコナン世界の芸能人さんをおさらいした結果、彼女に決めました。星野さんかっこいい好き。工藤君のファンなのも可愛い。良き。
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