そしてブラッドムーン当日。
予定通り中森警部を始めとした二課の皆さんと機動隊の一部にはひっそりと先にパンドラの間で待機していただき、そして管理通路を潰した。
たったひとつのビッグジュエルを収めておくにしてはかなりの広さを誇るその部屋は、まるで守るための人員や機材を収めるためかのように広い。実際は何も置いてなかったんですけどね。
内部を記憶してる我々で予め監視カメラを各所に設置してあって、今はそれ用のモニターもずらっと並べてある。
予告時間の随分前から、屋敷の周囲も大勢の機動隊が固めてたのですが、明らかにキッドと無関係な集団に奇襲されて泡を食っていました。
……やっぱり来たようですね。
キッドが現れるまでは我々もその迎撃に加わります。
『パンドラ』に関してはアニメで見たような一揃えの同じスーツの男性たちがわらわらしてるし、『赤の明星』のほうは名前に似合わず黒くぴっちりした戦闘スーツの集団が動いてるっぽかった。名前通り赤かったら目立つのかな?
「…メイちゃんがいるとしたら、あの黒い戦闘スーツの集団だと思います」
「『赤の明星』ってやつか。赤くねえじゃん」
「目立っちゃうんじゃない? 分かってるくせに」
「思わず突っ込みたくなるお気持ち、分かる気がします」
結城さんが同じこと思って空田さんに似たような突っ込みされてて、私はこんな時なのにふふっと笑ってしまった。結城さんも「だろー?」なんてにかっと笑って返して下さる。彼の場合は雰囲気アゲるためかもしれませんが。
……笑いながら標的の意識を刈り続けてる我々という絵面はちょっと怖い気もする。
ハロー探偵事務所からいらしたのはこちらの、結城さんと空田さんだけです。本当は皆来たかったみたいだけど、今回『喧嘩が強い』程度じゃ駄目だって結城さんに咎められたみたい。
メイちゃんはその身体能力に任せて、一度見ただけのポールダンスを完璧に再現してみせたようなかたです。降谷さんがやったことないストリートダンスをカッコよくこなしてたのと同じですね。
そんな彼女を相手にして無事でいられる自信のない奴は来ちゃだめだ、と。
しかもその上で彼女を取り戻さなきゃいけないのですから。
彼らと
新宿署特対課の皆さんについては、『赤の明星』が姿を表した時点で合流してもらいました。
メイちゃんの轢き逃げ事件については時効が迫ってるけど、それだけでなくバックして更に轢こうとした点、殺人未遂で追い続けてたのは事実ですし、その犯人を追っていたらこの事態に遭遇したという態です。
そんな頼もしい戦力もあって、警察は誰一人屋敷内への侵入を許さなかった。
歌舞輝町の皆は『パンドラ』には関係ないのに、そんなこと構わず一緒くたに制圧に回ってくれて、徐々に相手側は捕らえられていきました。
また、時折組織のスナイパーによるものであろう銃撃が
しかし……警察勢が管理用通路通ってった上にそれを崩壊させたのはどう受け取ったんでしょうか。怖いけど今はおいておきましょう……。
そんな中、一見荒れ果てた庭にて、門から玄関へと続く石畳に降り立った真っ白なマント姿は、目にも鮮やかだった。
「ハッ。あれが巷で大人気の怪盗さんか。キザだねえ」
結城さんが輩たちを
……このかた、多分元刑事だものね。
それからは怒涛だった。
キッドが機動隊の隙を突いて押し通った後を、招かれざる客たちが追い、それを我々『特殊チーム』が追う。
キッドが目当てってわけじゃない特対課の皆さんは、あのまま屋敷の周囲で、突入に後れを取ったような輩たちに対処する機動隊のサポートに回る気みたい。
メイちゃんが突入組にいる可能性については、ハローの二人に任せるって言ったお姿は頼もしかったです。
そんな流れだったからキッドは独り先行してるわけですが、どんな目をしてるのかことごとく罠を潜り抜けてた。ま、まあ、暗視ゴーグル無しでセンサー避けるような人だもんね……。
ばかりか、追ってくる集団にわざと罠が襲い掛かるよう仕向けたりもしてる。だからキッドと後続の間は縮まる様子がない。
そうやってキッドに罠をけしかけられたり、自らかかってしまったりな連中を捕える、あるいは
キッドは──シルクハットとモノクルで顔はよく見えないけど、その目がとても冷たい気がする。過去に、殺されかけた意趣返しで犯人を追い詰めた時のような、瞳孔の開いた目。
いつものように楽し気に追っ手を翻弄する様子はみられない。
仕掛けが洒落にならないのもあるかもしれないけど、彼はただただ真剣に目的地を目指してる。追いすがる者があれば蹴落とす時に皮肉な笑いを浮かべてたりはするけど、そこにいつもの『遊び心』はなかった。
工藤君と黒羽君は、姿と声こそ瓜二つだけど、性格が全然違うよね。
黒羽君がキッドとしてキザに振る舞う面は少し探偵な工藤君に近いこともあるけど、二人の本質は根本的に違うんだと思う。
工藤君は純度百パーセントの『正義』。
対して、黒羽君は『清濁併せ呑む正義』、なんだと思う。
父は泥棒だったのかと呆然としたかと思えばすぐにその『
己が求める真実のためならば犯罪にすら手を染める。人の命を脅かすことは絶対にしないとはいえ。
先に進むための謎解きギミックもキッドがすんなり解いてさくさく先に進んでしまうものだから、後続は頭を悩ませることにすらならない。
彼、どこかで図面手に入れてたとかないよね?
ミードしか持ってないはずだけど、彼女が管理を引き継ぐ以前については何も分からないから、他にもあったとして、そしてそれをキッドが手に入れてたとして、そうおかしくはないもの……。
でも、彼はキレ者だからそういうのを見たことなくてもこれなのかもしれない。
長いような短いような追いかけっこを経て、走る人数もかなり減り──先に進む者への妨害はしていないような我々『特殊チーム』にわざわざ殴りかかってきたのは──。
「──ッ七篠!」
結城さんがその名を呼びながら応戦する。
他にも、あの時鷲尾に『カンナ』と呼ばれてた金髪の女性を含め数名がこちらに牙を剥いた。
その背後に見えたのはやはりその鷲尾の姿。また高見の見物でもする気ですか。
メイちゃん並の人が何人も居るとか悪夢です。
だけどこちらもヤワじゃないんですよ。
私は《 防御強化 》や《 自己強化 》などをこちらの皆にばらまいた。
この状況──最初から《 ミールストーム*1 》や、《 魔石*2 》の類なんかを使っちゃえば即一網打尽だったかもしれないけど、我々は大量殺人がしたいわけじゃない。
あと相手に対する《 形態変化*3 》だの、私が《 サキュバス化*4 》とか《 マンティコア化*5 》とか《 ドレッドノート*6 》とかを使うだの、視覚的にどう考えても非現実的なやつも使いたくありません。
しかしこちらの状況があまりにも悪くなるようなら《 スロウガ*7 》くらいは使ったほうがいいのかもしれません。向こうは自我を奪われてるフシがあるから、命を奪いに来られないとも限らない。
我々ゾロ目も
強化なんて非現実的なものが入ってることもなんとなく気付いてそうですが、相手が相手だからか何も言わずに利用して下さってるんだと思う。
一人、また一人と相手を床に沈めていき。
「……ったく、目ぇ覚ませバカ!」
ゴンッと、結城さんがメイちゃんに
さすがにひとたまりもなかったのか彼女は額を押さえながらふらつく。
そんな彼女の腕をぐいっと引いて、彼は彼女を抱きしめた。
「バカが! お前は『七篠メイ』だ! 思い出しても何もなかったなら……失くしてた間にお前が作り上げたものがお前だ! 名無しなんかじゃねえ、『七篠』だっつの!」
ぎゅうっと結城さんの腕に力が入ったのが分かって──私は間を縫って鷲尾との距離を詰める。その手にあった拳銃がメイちゃんの背中に向けられてたから──私はそれをはたいて吹っ飛ばして、鷲尾を逮捕術で押さえ込む。
「……グッ……カンナ!」
奴があの金髪の女性に助けを求めたけど、それは空田さんを始めとした皆に阻まれる。
「……ゆ…………き、さ……」
そのメイちゃんの小さな小さな声は確かに聞こえた気がした。
彼女の身体がかくりと力を失う。
……取り戻せた、のかもしれない。
私はすかさず《 呪印解除 》を床に叩きつけました。
もうパンドラの間は目の前だったし(キッドはもう到着して中森警部たちとやり合ってそうな気がする)、輩たちは随分数を減らしてたから、罠が存在する必要もないと判断します。
……ああ、やっぱり首の輪っかもきれいサッパリ消えちゃってる。消滅が烏丸氏に伝わりませんように。
私や篠川さんを始めとした手錠を持ってるゾロ目たちで、鷲尾その他の『赤の明星』連中に手錠をかけ、更にロープでぐるぐる巻きにして床に転がし、ダメ押しで意識を刈り取ります。メイちゃん並がごろごろしてるわけですからこれくらいしませんと。
そしてスマホで春野さんに連絡します。
「『赤の明星』の主力は制圧しました。屋敷の仕掛けや罠ももう解いてますのでお迎えをよろしくお願いします。……メイちゃんも」
『……!』
最後に小さく付け加えると通話の向こうで春野さんが息を飲んだのが分かった。
「……結城さん、空田さん、春野さんたちが迎えに来てくださるまでこの場をお願いしてもいいでしょうか」
「……分かった」
「ありがとうございます」
そして我々ゾロ目と平井君は先へ進んだのだけど、そこに居たのは捕えられた輩たちとしょんぼりした中森警部たちの姿があるのみ。
ちょうど空に丸く赤い月が昇っているだろう時間だった。
私はふっと笑うと、キッドが逃走に使ったという壁に空けられた穴から外へ出た。
何してるとか死ぬ気かとか色々聞こえたけど、屋敷の構造は全部頭に入ってるし罠はもうないし──それに、ちょっと眺めが良さそうな所に心当たりがあるんです。
-----------------------------------
彼はやはり屋敷の屋根の一番高い所に居た。
赤い月にパンドラをかざしながら。
「……どうにも壊れないんですよ」
私が何者かなんて問いもせず、彼はそうぽつりとこぼした。
キッドの装備には小さい的を貫けそうな凶悪なものはなかったよね。トランプ銃は何にでも刺さってそうだったけど、それでもこの石は砕けなかったのかあ。
「……じゃあ」
私はホルスターから拳銃を取り出す。試す価値はあると思うんですよ。
「そのまま動かないで下さい。もしくは宙に放り投げていただいても結構ですよ」
彼は宝石を見たままフッと笑った。
「私が撃たれないとも限らないのに?」
「相手がどんな泥棒さんでも、警察は無抵抗な人にそんなことしませんよ」
またフッと彼は笑い、足を止めたままパンドラをこちらに向けて放り投げた。
ちょっと!? それじゃ射線の、パンドラの向こうにあなたが入るんですけど!?
と、私が急いで位置を変えて石を撃ったのとほぼ同時に、彼はその場を飛び退いていた。
試しましたね!?
私はひやひやしつつ、大きな塊のままの物を次々に撃っていく。
細かく砕けたパンドラの欠片がきらきらと宙を舞った。
屋根に散らばったそれらを更に足で潰して粉々にすると、その残骸を蹴って空気の中に溶かした。
「よかった、壊せました……」
色々とほっとして思わず溢すと、キッドがくすくすと笑うのが聞こえる。
「……信じてあげればよかったですね」
私は少し眉尻を下げて微笑む。
「いえ。それでこそ怪盗さんと警察官なのかもしれません」
「……何で壊したんですか?」
「あなたにこの屋敷の所在地を探すように仕向けたから、と言ったらどうします?」
彼はにやりと口角を吊り上げる。キッドの視線が私の赤バッジに向けられていた。
「……捜査一課が、いったい何を考えておられるやら……」
そしてばっと宙に身を投げ出す。
いつものハングライダーを開いた彼は、今日はプロペラ付きだったためかくるりと方向転換して私の上を過ぎて行く。
遠ざかりながら彼はハハっと笑った。
「ではお嬢さん、良い夜を」
赤い月の浮かぶ夜空を白いグライダーが鮮やかに横切っていく。
「……お嬢さんって。私これでも三十近いんですけどねえ……」
私は眉間に皺を寄せ、頭痛がする思いで側頭部に手を当てた。
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更に更に、組織に追い打ちをかけて、締め上げて、逃げ場を塞いで。
私は烏丸氏に薬が完成したと偽りの報告をしました。
実際に完成したのはミードとベルモットの解毒法です。
今がもうその時節だ、と、ひっそり彼女たちにはそれを施して、念願叶った二人がそれぞれ幸せそうにしていたのを私も幸せに眺めさせてもらって、ああ、ミードは本当の本当に完全にこちらについてくれていたのだと、疑い続けたのを少し申し訳なく感じたりも……。
烏丸氏に完成したものを届けると言えば、七月七日の十四時を指定されました。
……嫌な数字ですね。でも、退くわけにはいかない。
予め組んであった合同訓練実施済の精鋭部隊を揃えて、まずは大規模テロ組織の本拠地だとある程度の情報を添えて、日本警察のSITと機動隊にあのマンションの周囲を取り囲んでもらった。
すると烏丸氏はすべての構成員に向けてそこに集まるように指示を出した。
ちなみにどうもこのあたりの黒基調な建築物は全て烏丸グループ所有のもので、一般の住民はいないようでした。
それからしばらくして、公安がSITと機動隊に直に、本テロ組織は世界中で暗躍するものであり、国際的な対策チームが集っていると知らせを入れる。最初に突入するのはその精鋭部隊で、直にあの90階(?)を目指します。
そしてその集団の段違いな重装備を目の当たりにして、SITと機動隊はしぶしぶ先鋒を譲らざるを得なくなった。
SITと機動隊の皆さんには下層に詰めてる構成員や、爆弾等危険物の有無、他ありとあらゆる犯罪の証拠を探っていただきたい旨要請した。
……多分萩原さんと松田さんもそこにいらっしゃいます。
突入は、烏丸氏が指定した十四時に開始されました。
私がパーティメンバーとして認識できるのはゲームと同じく私を含めて八人だけのようです。
ある程度私のことを知っている人、という人選で、降谷さん、諸伏さん、風見さん、赤井さん、平井君、篠川さん、里崎さんを対象にと
他のかたも心配だけど、パーティ以外の人たちにもちゃんと《 防御強化 》とかいっぱい投げておくから頑張ってね。見た感じ手首を慣らしてる(?)ふうに振ってるだけなんだけど、やっぱり奇異の目で見る人はいて、でも素知らぬ顔をします。
軍勢がエレベーターで上がるなど笑い種かもだけど、上層用エレベーターがあるような建物で下層に構っていられない。任せきりです。任せられる信頼もありますしね。
ヘリでも呼ばれて上から重要参考人に脱出されてしまえば目も当てられないから急がなければいけないのを強調する。幸いなのはエレベーターの数が四つもあったことです。
そのエレベーターに爆弾でも仕掛けられたら大惨事必至だけれど、武器弾薬を万端と揃えられる時間など与えなかったし、仕掛ける時間は更になかっただろうし、何よりそんな爆発など起きれば建物自体が危うくなるため、ひとまずそれは気に留めないよう呼び掛けた。
階数表示が替わるごとに《 呪印解除 》を投げとけばいいだけですからね。これはひそかに床に落とすだけで済むので不審に見られることもありません。
9006号室のある階への行きかたはミードに教えてもらったものを各隊に共有してあります。
しかし上昇する時々でスナイパーによる狙撃が襲ってきて、それは紛れもない脅威でした。
降谷さんみたいに空間把握能力が高い人間が何人もいるからその居所はすぐさま予測されるのだけど、SITに都度連絡を入れているもののずっと逃げられ続けている。
スナイパーは1発で終わり、とよく言われることのその通り、1発撃てばもう大きく移動してるみたい。
今の所銃弾を受けた者はいないようだけれど……。SITの皆さん頑張って……!
90階(?)に辿り着くともうその場に幹部が待ち構えてて、エレベーターホールにすぎないというのに何かの式場のように広いそこで、大乱戦が始まった。
屋内戦にしては先鋒が多すぎるかなとも思ってたけど、そんなことはなかった。
入り乱れていれば徐々に立っている人間は減っていく。
精鋭の中でも精鋭とした者たちが奥方向へを特に気を配り、隠密行動が得意な面々は隙を見て突破し、9006号室へ突入を試みる。
その最中装備が剥がされる事態も少なくないわけで。
降谷さんや諸伏さんのヘルメットも次第に割れて飛ばされ、赤井さんはヘルメットなんてものは最初から装着してなくて。
あと少し……あと少しで、あの部屋に。
「……ク……ハハハッ、ハッハッハッハァ!!」
ジンが狂ったように笑い出した。
そしてカッと恐ろしい形相で怒鳴る。
「ドブネズミどもが勢揃いたァなァ!! 笑わせる!!」
彼が懐に手を差し入れたため皆身構えた。しかし取り出されたのは大半が予想しただろういつものベレッタじゃなく──その何かが、投げられる。
身構えるなんてせずに退避すべきだったんだ。
それが飛んだ方向には──。
「ドーベル
降谷さんの絶叫。
そして閃光。
耳を劈く爆発音。
私は吹き飛ばされて背中をしたたかに打つ。咄嗟の受け身はあまり意味を成さなかった。
だけど服の下の防護装備のおかげかまだ動けるはずだと感じる。
だけどさすがにくらくらした。
爆発に近かった人たちが心配だけど砂塵と瓦礫が邪魔で視界が悪い。……砂塵。爆発したのはどういうモノだったのか、火薬の臭いや炎などはみられない。
あれだけ人がいたのに、立っている人が、いない。
──私が《 呪印解除 》で消滅させられるのは、『設置された罠』だけだから、懐にしのばされているだけのものには、効果が無い。
……不甲斐ない。悔しい。
爆発した方向に走ろうと身体を動かす。どうにもふらふらしてトロくなってしまってるのがもどかしい。
そういえば耳鳴りが酷くて何も聞こえない。
瓦礫の、向こう側。
まず目に入ったのは風見さんの背中だと思う。というのも服がかなりボロボロで、髪型と体格くらいしか判断材料がない。
彼の居る方向へ必死の思いで走るけど、床に不吉な色が流れていてひゅっと喉が鳴った感覚。いや音は相変わらず聞こえないんだけど──。
「──! ──!」
ぼんやりと風見さんが叫んでいるような気がした。
聴力が回復してきてるらしい。
だけど私は呆然と立ち尽くすだけで身体が動いてくれない。
「──……ン! ハウンド
風見さんの悲壮な絶叫は降谷さんへの呼び掛けで。
風見さんが膝をついた先に横たわるその人は金色の髪をしていた。
あちこち赤くて。
特に、頭からのものが酷い。
私は声も出ずにへたりと座り込む。
──突入前に初めて使ってみたら、他と違って一度でなくなってしまった魔土器が、《 リレイズ 》。
使用後最初に戦闘不能になったPTメンバーを全快で蘇生するものです。
でも彼が起き上がる様子は、ありません。
『戦闘不能』
それは、『死』とは違うという説がありました。
何故ならあのゲームの中では普通に人が亡くなって、蘇生は効きません。
だからあくまで『戦闘不能』というのは、動けない程のダメージを負った状態なだけで生きてはいる、という説です。
蘇生アイテムや蘇生魔法が効くのはその状態であり、死んでしまったら効かない、と。
リレイズの効果はもうなくなっているのが分かります。ということは失敗したという扱い……?
頭が真っ白になっていると、グイッと腕を引かれた。
ハッとしたのも束の間、目が合ったのは──。
激しい衝撃をまともに食らい、私は意識を手放した。
-----------------------------------
やがてふわりと青灰色が覗く。
「ハウンド
風見は彼にしがみついて号泣し始めた。
その傍らで降谷の利き手を強く握ったのは諸伏だ。
その周りに公安やその協力者、FBIなどの他国警察の面々などが人だかりを作っている。
「……ッ!」
「ハウンド
「……それで生きているとはな。たいした男だ。安心しろ、お前が寝ているうちに烏丸は捕らえた。広場も制圧済だ」
皮肉っぽい声音ではあっても赤井は安心したように柔らかく笑っていた。
「待機してた救急隊が上がって来てる所よ! 意識が戻ったとはいえ無理に動かないで!」
ジョディが切迫した声をあげている。
皆が皆埃っぽく衣服もあちこち綻び、血が滲む者もある。
降谷はまず皆ボロボロだなとぼんやり思い──そして急速に意識がはっきりする。
上に覆い被さるようにして泣いている風見を押しのけて──身体が妙に重い──降谷は上体を起こし、素早く周囲を見回した。
周囲は酷い有様だった。ジンが投げた物はやはり爆発物だったらしい。
「ちょっと! 動かないでって言ったでしょう!」
ジョディが悲鳴に近い絶叫をあげた。
「……いや、僕に怪我はない」
「は!?」
「そんなわけないだろ!!」
「その血は何だよ! どう見てもお前のだ!」
一同騒然となる。自身の服や肌に残る赤も自身の周囲にぶちまけられている赤も酷いもので、降谷は苦笑した。
「どうせウルフ
皆が皆絶句する。しかしそう言う降谷が本当に何事もなさそうにしているため否定することもできない。
平井が思い浮かべたのは己の身体を小さくした薬のことだった。
身体を作り変えられた際に傷が治ったのではと言ったのは彼自身だ。
降谷が薬とは言わなかったのは、おいそれと公表すべきでないと、これまでに皆で話し合ってきたためだろう。
降谷は改めて己の周囲を見回した。
これだけ血を失っていたのなら貧血にもなろうというものでかなり気だるい。治されたらしいとはいえ赤井が「それで生きているとは」と言ったのも頷ける。そういえば櫛森自身、傷自体は治せても貧血や倦怠感などには見舞われると言っていた。
「で、その張本人はどうした。まさか独りで突っ走ってないだろうな」
あの状況でこちら側がジンとウォッカを捕えられたとは思えない。彼女なら単独で追いかけていてもおかしくないように思えてしまう。
しかし、周囲の表情が一気に暗くなった。
……降谷は目を見張る。胸に嫌な物が突き刺さる。
火災は起きていないらしいが、爆発はそう小さいものではなかっただろう。
降谷は更に周囲を見渡す。会話からすると救急隊はまだ到着していない。しかしほぼ全員が降谷の周りに居る気がした。
彼女に何かあったのだろうか。
「……ジンに連れてかれたのが見えました。面目ありません」
「ッ!?」
平井の言葉に降谷だけでなく全員が息を詰まらせた。
「僕は朦朧としてて……ウルフ
「……ほか全員気付いてなかったくらいだから、あの状況で動けてたミズ・木暮がおかしいだけだ。平井君が気にすることじゃない」
赤井が平井をフォローする。
降谷に庇われた風見以外の皆がダウンしていた中で歩いていた櫛森。
それを拉致したらしいジン。姿の無いウォッカ。
ジンとウォッカに関しては何らかの対策をしていた可能性もあるが、櫛森だけがあれを耐えたらしいのは事実で、そして警察側はそういう大きな戦力の一人を相手側に捕えられてしまった。
全員が焦りながらこれからについて頭を回転させる中、降谷のほうから携帯が震える音がする。
取り出した彼は目を見開いた。
表示された発信元の名は、ジンだった。
降谷は意を決したように通話ボタンをタップする。
『よおクソ鼠、やはり生きていたか』
聞こえた声は紛れもなくそのコードネームの持ち主のもの。
素直に答えるかを彼は逡巡する。応答を他者に任せれば誤魔化せはするだろう。しかしそうまでして水面下で動くことは利となるか──。
「……ええ。残念でした、ね」
彼は隠れるのを『否』とした。少し弱っていそうな声音を装う。
『……強がっていられるのは今だけだ。なあ『秋本
内心の動揺を押し隠す。ぼかされているとはいえ鎌かけだなんて楽観はしない。恐らく薄々全てに予測を立てていたのだろう。つまり、この場にいた木暮という刑事は櫛森であり、その櫛森がニニティエであることを。
「……それで?
鼻で笑う声がした。
『見苦しい。いや、案外冷酷なのか? あれだけ執着してたってのに』
ククク、と相手が嗤う。
「何の、話……でしょう?」
また、鼻で嗤う声がした。
『まあまだ殺しゃしねえ。精々
降谷は息を飲んだ。
『お前がコレを捨てるなら捨てるで、切り捨てられた可哀想なお仲間だとか題した映像でも公開すりゃ、どこぞの警察の評判は多少なりとも地に落ちる』
たったそれだけのことを望んでいる。あのジンが。
降谷が生きていて、しかも落ち着いているなら、あの爆発は烏丸氏が逃げる隙になり得なかった可能性が高くなる。
だから彼はもう組織は駄目だと判断をつけているのだろう。
それが故の、せめてもの嫌がらせ。
また、ククク、と嗤う声がした。
『じゃあな。気が向いたらまた連絡する』
「ッ待て!」
しかしそれはぷつりと切れる。
「ジン、か……?」
忌々しげにスマホ画面を見つめた降谷に、諸伏が焦燥の表情で問う。
「……すまない。選択を誤った。彼女を軽視するふうに言ったせいで、何か要求されたりもせず切られてしまった」
「ッ!」
諸伏は目を逸らし、一瞬眉間に皺を寄せて瞑目する。
しかしすぐに真剣な顔で真っ直ぐ降谷と視線を合わせた。
「いや、彼女が重要だって悟られるのは得策じゃないからな。……発信元はジンの携帯なのか?」
「ああ」
「ならこっちから掛けられもするだろ」
「……まさか、交渉する気ですか?」
声の主に視線が集まる。CIAに所属する者だった気がした。
「引き換えに、ようやく捕らえた烏丸氏の身柄でも要求されたら、どうするおつもりですか」
降谷がそちらを真っ直ぐに見据えた。
「そういう要求であれば、応じるつもりはありません」
きっぱりと言い切り、そして、
「彼女はこの国を愛し、人々を愛し、この日のために邁進してきました。僕はそれを裏切るつもりもありません。時間を稼ぎ居所を掴んで乗り込む、それだけです」
そう言った彼の目にあった凍えるような冷たさは、誰に向けられたものだったろうか。
/
転生者が使う気のない魔土器等に覚えたての脚注機能を使ってみましたが、特に詳細なんて分からなくて大丈夫です。彼女が言ってる通り殲滅系や変身系は使わないというだけでござります。
転生者
チートを隠すべくパーティーを組むのを極力避けていたのもあり、また、予め死を想定する状況なんてなかったのもあり、今までリレイズなんて使ったことがなかった。ゲームでは即時復活するのもあって、降谷さんが亡くなったと早合点してしまった。
しくじった。
降谷さん
やっぱり身内をほっとくことができなかった。
phase:R.F.
死んだフリしてたとかじゃ決してなく、死にかけだった身体が治されたとはいえさすがに意識が無かっただけです。
月下の怪盗さん
ようやく怪盗キッドは廃業だ。
警察が何考えてようが知らねーかんな。
お嬢さん発言は、「キッド=父」というイメージのためナイスミドルを演じたつもり。正体知られてるなんて夢にも思わない。
でも木暮を「新人刑事か?」くらいに思ってるのは本当。
工藤君
SAN値直葬。
ジン
バーボンがNOCだと気付いてたわけでもニニティエがネズミだと確信してたわけでもなく、常日ごろ誰も彼もに『こいつがNOCだったら?』を想定してるため。そのためNOCへの対処は異様に素早く、間接的に、裏切り者へ容赦しないイメージをより強めてる。
『木暮愛莉』や『櫛森汀』の見た目は好みの範囲内だったのかも。
ニニティエは常に変装を変えてたとはいえまあもとが美しいですし、鍛えても出るとこ出てるままですし、かすめ取ってやろうかとかは何回か思ってそう。飼い主なバーボンへの認識が、『自分が拾った可愛くて使える弟分』だったから手を出さなかっただけ。
キャンティ&コルン&カルバドス
エレベーター襲った狙撃はだいたい彼らだけど、間一髪外してばかりになってしまった。硝子まで少し黒っぽかったせいかもしれない。
狙撃手たちは其々スポッターのアシスト等で逃げ回りつつバラバラに狙撃をしてたけど、SITの頑張りの前に次第に敗退していった。後日まで逃げ延びていた者も最終的には全員捕まる。
アイリッシュ
じわじわ壊滅作戦が始まった時くらいに意識回復。
黙秘を続けているけど、ピスコが捕えられたと聞かされた時はぴくりと反応したらしい。
烏丸氏
こんなはずじゃなかったのに。
中間管理職的な存在だったミードが陥落した時点で情報収集能力が鈍った。実は勝敗の分かれ目だったかもしれない。
案外そんなもの。世知辛い。
マンションに集合するよう号令をかけた時点で彼は籠城戦を考えていて、構成員もそばで彼を守ろうとする者ばかりになり、脱出を図る者はいなかった。バーボンがもし本当の組織側だったとしたら、そしてミードやベルモットが残っていたら、その誰かがヘリ等を用意したかもしれない。もしかしたら実際彼らがアテにされてたかもしれない。他にそういう部類の人間が残っていなかった。
Next phase:?.?.