降谷さんの災難   作:千里亭希遊

54 / 61
残酷な描写タグを思い出してあげて下さい。


46.Bl00dh0und

 これまで摘発・逮捕ができなかった幹部たちも、最終決戦における応酬で銃刀法違反、及び公務執行妨害等を適応することができ、ことごとく捕えることができた。取り調べが続き、余罪も芋蔓式に溢れ出て来ている。

 

 もう組織は壊滅したも同然だが、根っこを残す訳にはいかないと、癒着していた者たち、逃げた構成員、組織に取り入ってい下部組織などを、逮捕者たちから更に根掘り葉掘り聞きだして次第に追い込んでいく。

 

 そんな動きの中降谷はジンへの発信を繰り返したが、彼がそれに応えることはなかった。

 

 数日後、ジンから降谷のスマホに届いたのは住所がひとつのみ記されたメールだった。状況に付き物な一人で来いなどの文言もない。

 電話であれば逆探知の用意があった。しかしそう簡単にはいかないらしい。

 

 CIAの人間が難色を示したように、この件について関わろうとしたのは彼女を元から知っている人間だけだった。

 そしてその知っている人間というのは蚊帳の外に居るのを良しとしない。降谷自身も独りで制圧できると驕りはしない。

 

 知らせを送ったのは風見、諸伏、赤井、ジョディ、平井(くどう)。彼女が拉致された場にも居たうちの五名。

 ゾロ目の面々については降谷は連絡手段を持たない。恐らく彼らは彼らで必死に探していることだろう。

 

 大規模作戦後彼女の姿が見えないことに薄々気付いているらしい萩原、松田、伊達は、この僅かな手掛かりについて知らせなかったのを怒るだろうが、降谷には彼らを裏社会(こちら)に巻き込む気など毛頭なかった。

 

 しかし、警戒しながらその廃工場に入れば荒れ果て人っ子一人おらず、騙しかと舌打ちする者も出る中で、降谷が地下に続く階段を発見する。

 

 更に警戒を怠ることなく降りて行けば、地上に比べ幾分か小綺麗で、生活の跡が──と、スマホやペンライトなどで銘々照らしながら進んだ一同はすぐに絶句することとなる。

 誰が探し当てたのか、比較的大きなフロアスタンドライトが灯され、一同は更に愕然とした。

 

 誰もいない。

 

 誰も、いない、が──。

 

 この場にいる幾人かは、こうした隠し部屋がこの廃工場以外にいくつもあるのを知っている。

 

 奥の壁には鉄格子が重なり、それに拘束具のついた鎖があちこち絡んでいた。過去にここに磔られた人間が絶対に複数いる。錆びきったものや壁に古い血痕がこびりつくそんな中、真新しいものが、確かに散っていた。

 

「──!!」

 

 声にならぬ苦悶を漏らしながらジョディがそれに近付き辺りを必死に見回す。その姿を目で追った者は側に何やらモニターと再生機材が積まれた棚があるのに気付く。

 電気は通っているらしく電源ボタンがどちらも『オフ』の赤色を灯していた。

 他には何をしようもなく、恐る恐る誰からともなく手に手にそれらを起動し、再生する。

 

 映し出されたのは、想像の通り磔になりぐったりと首を垂れる彼女だった。

 息を詰まらせる者、舌打ちする者、短い罵りを口にする者、彼女の名を叫ぶ者。

 あの時爆発を受けたそのままに見えるが、その後何をされたかは不明すぎた。生きて、いるのだろうか……?

 

 やがてジンが現れ彼女の髪を掴んで顔を上げさせた。目は閉じられていたが意識がないだけらしい。

 そんな彼女の首元に容赦なく注射針が突き立てられて何かが投与され、一同息を飲む。

 ジンがその痕をぐりぐりと親指の腹で揉みこんでいた。……薬がよく回るようになのだろう。心臓より上かつ比較的近い位置の静脈付近を狙われたのも、恐らくそのため。

 その痛みで起きたのか彼女は薄っすらと目を開け、よろ、と自身の脚で体重を支えた。

 ……しかし。

 

『……っジ……! ……っ……?』

 

 視界に捉えた男の名を呼ぼうとした彼女の声が不自然に途切れた。ふっと、目眩をおぼえたかのように目線が怪しくなる。

 

 ジンの含み笑いがしたのと、一同が息を詰まらせたのはほぼ同時。

 

『見えるか? ドブネズミども』

 

 愉しそうな声音が悍ましい。そして彼は凶悪な合成麻薬の名をぽつりと口にした。

 

『即効性、持続性、酩酊度、何より依存性がピカ一だ……よく知ってるだろう? この女はどれだけもつだろうなァ?』

 

 そして彼は、彼女に暴力をぶつけ始める。早くも朦朧としているらしい彼女は、ろくに抵抗も出来ないようだった。

 

 手首が鎖に繋がれてはいても掌は動かせたはずだ。だから彼女なら抜け出せる状況だ。そうでなくとも拘束されていない足がきちんと地に接しているから、ある程度の回避や防御はできたはずだ。

 しかしそれができていない。だから真実そのまともでない薬を打ち込まれたのだろう。

 

「ッ、son of a bxxxh(イカレ野郎)!!」

 

 ジョディが絶叫した。

 

 ……そこに映るのは、もはや過去だ。それを誰もが理解している。しかしそれでもじっと黙ってはいられないかった。

 壁を素手で殴りつけた者もいる。

 

 あんな薬なんか打ったのだから最初からジンには彼女を尋問したりする気はないのだろう。

 ただただ痛めつけようとしている。

 

 更に何発か殴るとジンは腕を上に伸ばした。……彼女の指にまるで恋人のように指を絡めたのは、絶対に『バーボン』に対する嫌がらせだ──妙に粘着質な動きで人差し指を、すり、すり、とたどり──ぱきり、と、嫌な音がした。

 彼女が苦悶の声を上げ、それはすぐに悲鳴に変わった。朦朧とした様子だったのに鋭く響くそれに、一同、戦慄する。

 

 ジンは容赦も慈悲もなく、様子をじっくり眺めるようにしながら次々に彼女の手指を折っていった。……十指全て。

 

「……!」

 

 直視できず俯く者、顔を覆う者。

 

 以降も耳に入る凄惨な音。

 

 酷く頭部を殴られていつくかは出血を伴った。

 赤く腫れ上がる箇所が増えていく。

 

 ぐぅっ、と諸伏が呻いた。

 握りしめた掌に、伸ばしてもいない爪が食い込む。

 

 ドス、と重い音を立てて鳩尾を殴りつけられ、彼女の呼吸が妨げられる。

 

 苦しそうに嘔吐く彼女をよそにジンが片腕を後ろに突き出して、スマホでカメラを構えている者から鉄パイプらしき物がスと渡される。──ウォッカだろう。

 

 胸を悪くしながらも抑えて直視し続けていた者たちが、ひゅっと息を呑んだ。

 

 振り抜かれたそれが彼女の腿を直撃して悲鳴があがる。幾度も。そしてそれはとどめとばかりに両方の膝の皿に打ち付けらて、がくんと彼女は支えを失い、体重全てが両手首の枷に預けられた。

 

 鉄パイプが放り投げられて床を転がる。

 

 彼女はそこで手枷から開放されたものの、腰からすとんと床に落ちてしまった。手枷の跡が痣になっている。……撮られ始める前から長く繋がれていたのかもしれない。

 

 ジンがその胸倉を乱暴に掴んで、カメラが二人の姿を追って少し動いた。

 横手にあるのは味気ない寝台……今もそこにあるそれにはいくつかの血痕が残っていた。

 ……彼女は果たして今、生きているのだろうか……?

 凍りついた背すじを冷や汗が伝う。

 

 ジンはバウンドするほど彼女をそこに乱暴に叩きつけた。ギシリとベッドが大きく軋む。

 彼もそこにあがって彼女の腿にどすりと跨った。

 幾度も打ち据えられた場所なためか彼女が悲鳴をあげる。

 二人の頭が向こう側になってしまっていて、状況がよく見えない。

 

 ジンの上体が少し前に傾く。

 両手は彼女に伸ばされているように思えた。

 

 時折、体重をかけているのか肩や背が力んで、ギシリギシリとベッドが軋む。

 

 ……首を、締められている……?

 ぞっとした。

 

 あんな状態で四肢をまともに使えるはずもない彼女は、ほぼ無抵抗のされるがままなわけで──。

 

「やめろっ!! ……殺すな……っ!!」

 

 諸伏が悲痛な声を絞り出す。

 既に過去な出来事に対する言葉にしては滑稽かもしれなくても、そう叫ばずにいられなかった。

 

 やがてひくひくと彼女の身体が小刻みな痙攣を始める。

 

「やめろ!! やめろ──!!」

 

 悲鳴のように絶叫した諸伏が、モニターの載る台の縁を掴んで身を乗り出した。

 

 やがてジンの上体がふっと起こされると、弾けるようにして必死な呼吸と苦しげな呻きと、激しい咳込みが聞こえる。

 何とか命までは奪われなかったようだが、安堵なんかとても出来ない。しかしひとまず一同、我知らずとめてしまっていた呼吸を再開する。

 

 ──しかし。

 

 そこで、ブチブチと嫌な音がした。

 弾けとんだボタンがいくつか床に転がる音がして、布が裂かれるような、千切られるような嫌な音が続く。

 

 耐えかねたように降谷が再生をとめた。

 

「おい、ここに姿がないからには、とめたら情報が拾えんぞ……耐えろ」

 

 赤井が咎めるが、

 

「……他に部屋がないか、隠されてないか、探してくれないか」

 

 俯き静かにそう言う降谷の声は震えていた。

 

「いや、そんな気配は──」

「ッ、出てけって言ってるんだ!」

 

 そうがなって彼はすぐに激情を抑え込み、再び俯いた。

 

「……見ないで、やってくれないか……頼む……」

 

 皆は一転、気遣わしげに彼を見遣る。

 彼らは、降谷が何を思うのか理解した気がした。

 

「次の居所に言及されるようなら、きちんと、伝える……だから……っ」

 

 声を詰まらせる彼の肩を、赤井がぽふりと小さくたたく。見上げた降谷の目に映った赤井の顔は、沈痛に歪んでいた。

 そのままゆっくり踵を返し歩き出す赤井の後ろに、ジョディが今にも泣きそうな顔をしながら、敬礼して続く。平井は辛酸を嘗めたようなくしゃくしゃの表情をしながらも一礼し、彼らに続いた。

 

 残ったのは公安の面々。

 

「君たちも、頼む……」

「オレは聞けない……っ、風見さんは、お願いします、見ないであげて下さい……」

 

 引かない諸伏に降谷は一瞬だけ表情を歪め、そして二人して風見をじっと見つめる。

 

 公の責務と私情の心配とで自身も引く訳にいかず抗議しようとして、彼ははっとした。

 

 この二人は、違う(・・)

 

 そんなことで言っているのではない。真実、『見ないでほしい』だけなのだ。

 

 そこにある『想い』が違う。

 彼らにとっての彼女は、友人や仲間というだけではないのだ。

 

 それに思い至り、風見は真剣な顔をした。

 そしてジョディと同じく敬礼し、踵を返す。

 

 それを見送り、残る二人は互いを見遣ると、意を決した様子で再生ボタンを押す。

 

 これまでのどんな戦場に赴くより重くどす黒いものを胸に抱えながら。

 

 ウォッカがケースのような物をジンに渡した。

 

『……クク……すぐに気持ちよくしてやるぜ……』

「……っ」

 

 また何か投薬されているのだろう。

 

 複数立て続けに打たれたことによる妙な相互作用まで起きはしないかと焦燥が襲う。しかしそれがないよう祈るくらいしかできない。

 

 やはりあまり状況は見えないが、次々に彼女の服が剥ぎとられて無造作に投げ捨てられていった。

 ジンも上着を捨てたためその上半身が露わになる。鍛えあげられた姿が忌々しかった。

 

 彼の上体が前に倒れ、やがて水音とリップ音が繰り返し聞こえ始める。

 

『……んぅ、んむっ……っ、はぁっ……ぁぐ……っ』

 

 合間に聞こえる彼女の小さな声は、苦しげだった。

 

 ……乱暴に、激しく幾度も続けられる行為。

 

『ハッ……やはり(・・・)いい身体をしてやがる……バーボンはこれに誑かされた訳だ……まさかスコッチやライもか? アバズレが……』

「……っ」

 

 見るに、耐えなくて。

 苦しくて。

 

 一番つらいのは彼女だろうに。

 

 本能が目をそむけようとさせてくるのを抑える。

 少しでもと手がかりを求めるなら目を逸らす訳にはいかない。

 

 諸伏はぽたりぽたりと指の間から流れるものを感じるが痛みなど分からなくて、どうでもよかった。

 

 ……結果的に言えば、情報については『次を楽しみにしていろ』という気分の悪くなる笑い声だけだった。まだ殺す気はないことだけが分かった。

 

 ──数か月。

 

 不定期に送られてくるスマホで撮影されたと思わしき鬼畜の所業は、暗く周囲が殆ど分からない状態で、たまにあの(・・)車の中だと分かるもの以外では、まったく居所が掴めるような情報を得られなかった。

 

-----------------------------------

 

 唐突に現れた黒いショットガンが、紫煙を薫らせる男を吹き飛ばした。

 

 酷い勢いで壁面に叩きつけられた男は一瞬意識を飛ばす。そこに更なる追撃が襲う。

 壁は更に罅を伴って浅く凹み、側にあった鏡面をも粉砕した。

 

「……兄貴!?」

 

 そう声をあげた男は動揺の隙に側を浮遊し始めた謎の機械によって青い電光を浴びる。

 

 緑の靄が漂い、青い空中ディスプレイが女の周囲で円状に展開されたのも束の間、一瞬で消え失せる。

 

 感電でよろめく男に容赦なく更に二発撃ち込んで沈めたその女は、ほんの先程まで自身の上に居た男にゆらりと銃口を突き付けた。儀礼用か何かにしか見えないその装飾銃の威力を彼は身をもって知ったところだ。

 

check(逃がさない.)──Фрол Динич Кровопусков」

 

 既に身動きも取れぬ男はそれでも口元だけで笑う。

 

「そんな奴ァ、知らねえな」

 

 女が引き金を引く。

 複数本の鎖が怒涛の勢いで男に襲い掛かった。

 

-----------------------------------

 

 バーボンのものでも降谷の仕事用でもないプライベートの携帯に、見知らぬ固定電話からの着信。

 

 大規模作戦の後始末の大部分が書類仕事で、それに忙殺されて、いつまでも掴めない彼女の居所に焦燥を募らせる降谷は、不審さに眉をひそめるものの一縷の望みも懸けて応答した。

 

 しかし何も聞こえない。

 

 やはりいたずらかと思うも、手がかりであってくれと藁にも縋る思いでじっと耳を澄ます。

 

 やがて──ゴツッという鈍い音が響き、軽い音が複数続く。受話器が落ちて垂れたと思われる。その向こうで、何かが倒れるような音を聞く。

 

 以降また、通話特有の雑音だけが流れ──。

 

 降谷は走り始めた。

 

 降谷のプライベート番号を記憶していたような人間が、声を出せもせず受話器を取り落とし倒れた。

 であればどこの誰とも分からぬ何者かであるよりも、見知った要救助者である可能性が高い。

 

 途中で自分と同じように書類仕事中だった諸伏を拾って強引に己のRX-7FDに詰め込む。何がなんだか分からない諸伏は抗議の声を上げていたが、降谷は顧みない。

 

 その番号の示す先はとあるホテルだった。

 相変わらず繋がったままのそれは何の物音も伝えてくれない。

 

「仮とはいえ君には警察手帳があるだろう」

「え?」

 

 降谷はあの組織が最後を迎えるまでスパイで在り通したため、手帳は未だに破棄されているままだった。

 

 あの決戦の場で降谷が警察側に居たことを知る人間は終身檻の中か同じ警察だ。内部にしろ外部にしろ、あの爆発をまともに食らって平気な顔をしている人間を敵に回したいとは誰も思うまい。

 つまり、裏に潜れない顔になってしまった訳ではない。

 

 次に彼がまたどこかに潜入するとして、『かつて存在した巨大犯罪シンジケートの幹部だったらしい』という信憑性の高い噂(事実)でも撒いておけば、裏社会での高い地位をほぼそのままにできる。これは捜査官としては大きなメリットだ。

 だから今も、ポアロのバイトで毛利探偵の弟子である『私立探偵安室透』は存在を続けている。その周囲に彼の協力者が必然とまとまっているためもあるだろうが。

 

 デメリットとしてはやっかみや興味や畏怖などで命を狙ってくる者が現れる点だろうが、彼はそういうことに走るような未熟で無謀な輩共に屈するような男ではない。むしろそれらを片付ければますますまことしやかに悪名が轟くことだろう。

 

 降谷は自身は捜査会議に出ずとも、公安の面々──特に風見──を身代わりに登壇させることでその指揮を張り巡らせ、世界でも最大規模であろう犯罪組織をほぼ壊滅せしめた。残滓さえ完全に消えるのも時間の問題。そんな彼は上層部からかなりの評価を得ていた。加えて諸伏の生存も知っている者はそんな降谷を支え続けた彼も評価している。

 

 それだけではなく海外の警察組織内で噂が出回っていた。

 

『日本警察には鬼がいる』

 

 ただでさえ日本警察の働き自体が各国警察の度肝を抜いた上、その指揮官は表に姿を現すことすらなく、FBIやCIAの中でも突出した活躍を見せていたような人間──具体的にはブラック班の面々やイーサン・本堂個人──を一つの目的のもとに協力させ、この前代未聞の合同捜査を完遂させたのだと。

 

 最早二人の昇進は避けられない。

 

 しかし、国家試験に合格していながら幹部候補生の道には進まず自ら現場に出ることを選んでいる降谷は、今後も潜入捜査官として在り続けたいと思っており、つまり昇進どころか手帳の再発行の予定もない。つまり『降谷零』という警察官には『データがない』ままだった。

 

 また諸伏の手帳も、潜伏中だというのに仕事をしたがる彼のために特例で仮発行された物だ。今も事後処理に追われて現場復帰云々を先延ばしにせざるを得ないため、彼もデータ上は『いない』ままではある。

 

 そのあたりの手帳の有無を踏まえただけでなく、降谷が今こうして共に向かおうとしているのは諸伏個人の想いを慮ってのものだが、降谷にはそんなものを口にする余裕がない。

 これでは諸伏が困惑しきりであるのも無理はないのだろう。しかし降谷はすべてを説明する心のゆとりを持ち合わせない。逸ってしまっていて、とてもではないが良い状態ではないのは自明だった。しかし、どうにも抑えることができない。

 

 何よりもまず、君がいなければ意味がないんだ。

 君がいなかったら、きっと違う結果になっていた。

 

「連れ戻しに行く」

 

 やっとそれだけ言った降谷に諸伏は事態を悟ってくれたようで、強く頷いた。

 

 しかし最大限警戒した上で突入した部屋では、中にいた人間すべてが倒れ伏していた。

 

 受話器が外れたままの電話。

 その側に崩れ落ちたようにして倒れている裸の女性。

 壁にクレーターが生じる程の勢いで叩きつけられたらしき男性。

 床に伸びる黒ずくめの男性。

 

 あちこちに血痕が散り内装も一部大きく傷ついた凄惨な様に、ホテルの支配人と関係者、他の宿泊客であろう野次馬が悲鳴をあげ腰を抜かしていた。

 これではさぞ騒音が周囲を揺るがしたことだろう。彼らが現着した時には既にある程度まとまった数の人間が様子をうかがっていたが、然もありなん、である。

 そんな人垣に構わず諸伏と降谷はドアを閉め、彼女を綺麗なシーツで包む。

 

 生きている。

 そして多分、『治っている』。血に汚れてはいるが傷はない。

 しかし身に受けた諸々による消耗自体は消えず、意識を失くしているのだろう。──あの日降谷が貧血を来していたのと同じことだ。

 

「良かった……っ」

 

 諸伏が人目も憚らず彼女にすがりついて泣くものだから、降谷は一人で、対処しかねる大物なはずだった二人を拘束し、救急と公安の仲間を呼んだ。

 それ以前に通報があったであろうことは明白で、程なく到着した機動捜査隊はしかし扉を開けることもしない二人に、そしてそれからすぐに到着した公安警察官に、締め出されされることになってしまった。

 

-----------------------------------

 

 半世紀以上もの間世界を震撼させ続けた巨大国際犯罪シンジケートの解体は、残党処理のような段階が静かに続けられていた。

 これまで通り関係団体それぞれの摘発以外は報道されることもなく、そういうものが潰されるペースが昨今異常だという以外は世間で囁かれることもなく、まさに秘密裏に暗躍してきたこの組織そのもののように、陰で静かに消えてゆく。

 

 ──あれから、三週間。

 

 健やかに眠る彼女は今日も目を覚まさない。

 紛れもなくあの大規模作戦において最初から最後まで最も重要な立役者の一人であったのに、完遂を喜び合う場にもあがれなかった。

 

 身体には何の問題もないらしい。

 

「……君はよくこうして眠るよな」

 

 降谷の口から思わず責めるような声が漏れる。

 やきもきさせられる身にもなれと毎度のごとく思う。しかしそれでもその目覚めを待たないなんてことは有り得なかった。

 

 花瓶の花を新しいものに取り替えた諸伏が戻ってくる。

 彼は棚に花を飾ると、眠り続ける彼女に歩み寄り、その頭のあたりへ手を伸ばす。

 

「なあ……あれだけ薬を打たれてたのが嘘みたいなんだって。怪我もない。欠けた部分もない。……そろそろ起きろよ、(みぎわ)さん」

 

 そう言って諸伏は彼女の髪をそっと撫でた。

 

「いい加減、少しやつれてるよ。何か食べないとさ。……何でも作るからさ」

 

 静かに優しく話しかける親友にこそ胸を痛めて、降谷は音のない溜め息をつく。

 そして意を決したように、ぽつりと呟く。

 

「やっぱり、いる(・・)そうだ」

「……そっか」

 

 重い口を開いた降谷の声も、返した諸伏の声も、只静かだった。

 

「彼女自身の『回復』が影響したんだろうな。薬物の影響も、怪我があった様子も、後遺症のようなものも、何もないらしい」

「……そっか」

 

 諸伏の反応は先程と全く変わらない。

 暫く、沈黙が続く。

 

 二ヶ月。

 父親は分かりきっている。

 只凌辱したかっただけならそうなることは避けた可能性もあっただろう。

 しかしあの男の真の目的は、降谷を、そして恐らく諸伏も、当然彼女本人も、呪うようにどこまでも追い詰めることだった。

 

 単なる犯罪者というだけでは片付けられない男の落とし子。しかも悪意で以って為された存在。

 

 それでも。

 

「……勝手に堕胎したりすれば気付かれるだろう。四ヶ月も見つけてやれなかったとはいえ、されたこともその期間も、きちんと認識できてた可能性が高い」

 

 彼女のことだから、劇物に冒されながらもずっと諦めずに抗える時をうかがっていたことだろう。

 次第に投薬タイミングが雑になっていたのかもしれない。実際ジンもウォッカも隙を突かれたフシがある。

 

 身体が無事なのもあり、彼女がいつ目を覚ましてくれるかは不明すぎた。

 もし、このまま半年を越えてしまったら?

 

 もし彼女が産む選択をしたとして、その子に何が待ち受けるものかは絶対に誰にも想像し尽くせはしないだろう。

 とはいえ、もし彼女本人が下ろすべきと思ったとして、彼女の意識の無いうちに勝手に行えば遺恨を残すと二人には分かる。

 彼女の意志など無視して、詰られ、嫌悪され、もしくは気を遣って平気そうにされるなどして縁を切られることも覚悟して、堕ろさせるのが理なのかもしれなくても。

 

 最初に覚悟した別れ(・・)を降谷は粉々に砕かれている。何か身に覚えのないはずの遣り切れなさすら残して。

 再びそれを腹に据えることなど、この十年近くの時の中で不可能にされてしまった。

 

「……四ヶ月。四ヶ月だよ。……はは、は……」

 

 片手で目を覆ってそう言う彼の声音には憔悴の色がある。

 諸伏は痛ましそうに彼を見つめる。

 

「ゼロ……やめろ……そんなんじゃ彼女のほうが自分を責める」

 

 そう言う諸伏も遅すぎたことについて割り切れているわけではないが、他者が酷く気落ちしていれば自身はそれを労わる側になれもした。

 

 降谷は力なく苦笑した。

 

「……普段の彼女には、少し反省と自重をしてほしいが、な……」

 

 それはただのぼやきに過ぎなかった。進言などでは、決してない。

 今回の彼女はただ隙を突かれただけであって、責める気にもなれない。

 彼女よりも近くに誰かいたとしたら、ジンが捕えたのはそちらだっただろう。

 爆発を許した時点でこちらの全てが負けていた。それを一身で引き受けたのが彼女だったに過ぎない。

 

 拉致されなかったと降谷が言い切れるのは、遺憾ではあれ赤井だけだ。己にも自信が無い。

 

「……それはそうだ」

 

 そう言ってくすりと笑った諸伏も、胸中は暗い。

 

 と、病室の扉から小さくコンコンと音がして、返答する間もなく開かれた。そこには萩原と松田の姿があった。

 

 諸伏と降谷を見遣った二人は沈鬱な表情を浮かべていた。

 

 そして病室に歩み入り──。

 

 ゴン、ゴン、と二人の頭の天辺に拳骨が落ちた。いい音がした。

 それは萩原によるもの。常なら松田がそうしたであろう事態に二人は硬直するが、その松田のほうも珍しく硬い表情をしていたのみだ。

 

「……お前らがついてて、これは何だ」

 

 萩原の表情も声も底冷えのするものだった。何も言えず二人は俯く。

 

 だけど、すぐに萩原はふっと小さく笑った。

 

「ごめんな。その場に居ることもできない奴が偉そうに言って。でも、俺は……」

 

 萩原はそれきり黙って俯いた。

 そんな彼をほんの少しだけ見上げた松田は、やがてむすっとした表情を浮かべ、ばしんと親友の背中を平手で叩く。

 

「あいたっ、陣平ちゃん酷え」

「……テメェが普段から遠慮してっからだろ。公安部から話来てた癖によ」

「……っ!?」

 

 松田の言に他の三人が驚愕した。降谷と諸伏は椅子から半ば腰を浮かせさえしている。

 

「何でそれを……いや、俺にはそんな能力ねえよ」

「……ハッ。テメェでそう言うんならそこはそうなんだろうよ」

 

 むすっとしたまま松田が萩原から顔を逸らした。

 

「……諸伏に遠慮しただけの癖によ」

「!?」

 

 諸伏が今度こそ直立し、身体ごと萩原たちのほうを向いた。小さく口を開けて悲壮な顔をしていた。

 松田が呆れた様子で首を横に振りながら、両手を半ば上げつつ肩をすくめた。

 

「こいつ、お前らの間に今更入り込みたくなかったんだよ、バカみてえだろ? 配属に私情なんざ持ち込むなっての。同じヤマ担当するかどうかも分かんねえのによ」

 

 萩原は苦い笑みを浮かべた。

 

「……それこそ、俺に公安に行く理由があるとしたら汀ちゃんだけだからな。そっちのほうがバカにすらなれない私情だろうが」

 

 松田は首をすくめ、諸伏と降谷は目を白黒させ立ち尽くすのみ。

 二人は萩原の想いに気付いていなかったらしい。ただしそれに気付いていたのは松田くらいのものだ。

 

 萩原はニコっと笑った。そして一瞬で真剣な表情になる。

 

「っつー訳だから、お前らがしっかりしないなら俺が汀ちゃん拐ってくから。この子が何と言おうと公安から引き離す。上から圧力かけられようと知らねえ。……どこかの田舎に隠して一生出してやらない。そんで農業でも始める」

 

 降谷が、ふっと笑って、力なく椅子に沈んだ。勢いでギシリと、折りたたみ椅子が軋む。

 

「……いっそそうしてもらいたい。それは……とても魅力的な誘惑だ。……僕たちにとっては(・・・・・・・・)、だがな」

 

 一同、沈黙した。

 この場で、それを望まないのは彼女自身だけなのだろう。




/

……と言いましても書いてる人の想像力には限界があります。
なーんだ、となったかたはすみません。

オリ主については他に色々考えたんですがお話としてはつまらなそうだった。
・最終決戦で死亡。
・最終決戦で行方不明(ジンに捕まるわけじゃない)の後、諸伏さんの前に現れて、再び公安の協力者になる所で終わる。以後の人生は不明。
・最終決戦で行方不明(ジンに捕まるわけじゃない)の後、記憶喪失になって『櫛森汀』の外見でハロー探偵事務所に拾われる。『木暮愛莉』だとは分からないまま、皆(主にメイちゃん)が頑張って回復に協力する。←広がりそうだけど&0に絡めると疲労がすごい。
・誰とも結ばれずに公安の協力者としての信念だけで生きる。とある年の九月七日、誰よりも早くひっそり死ぬ(能力の使い過ぎによる老衰)。

転生者
 衛生面や栄養面等々はウォッカママがなんとかしてたんじゃないかって思う。ただし危険視されて手指と膝は治されない。
 ぼんやり頭に入ってきたジンとウォッカの会話から降谷さんの生存を把握する。
 ジンとウォッカぼっこぼこにしたのは『私じゃ敵わない』ってずっと思ってたせいで、ほぼ無意識。
 https://x.com/chiritekiyu/status/1805505357877493927
  └ゲーム内で実際に撃つと一つ目の動画のようになります。
   左の木人(もくじん)がジンで右の木人がウォッカだと思って下さい。
 薬のせいで全然思うように動けないしでずっと意識がはっきりしてたわけではないけど、此度薬が切れかけてたことで隙をつくことができた。指折られてたし普通の武器だったら無理だった。ひとえに構えて撃つのに必要なものが何もない上 必中なチートのおかげ。
 二人伸したあとに全快の《 軍用エリクサー*1 》及び状態異常回復の《 浄化 》で傷と中毒は治ったけど、消耗と精神的負担が酷かったため、降谷さんに電話を掛けるまででいっぱいいっぱいだった。
 ミーハーな中二病が発揮されて呟いた誰かの名前は、転生者が珍しく前世知識以外で掴んだ中でも深度の大きい情報。多分アイリッシュの周りと仲良く鍛錬してたのが発端でぐるぐる回って繋がった。
 チェックメイト、ではないのはまだ油断はしてないぞと。どんな無意識だ君は。
 あとはこんこんと眠る。

降谷さん
 手掛かりですらないじゃないか。
 送られてくる映像がこの上ないダメージになっててジンの思惑通りだけど、それでも折れない。
 でも本人や周りが思ってる以上に(こた)えてた。やすんで。
 見つけられて、ほっ、とはしたけど、まだ安心はできない。精神状態が心配すぎる。なんとか起きてくれと願っている。そしたら元気になれるまで付き合うから……!

 彼がそしかい後つよつよ階級を明かして表に出るようになるお話はいっぱい拝見して全部かっこよくてテンション上がりまくるんですが、じゃあ他所に潜入する足がかりにして安室透を続けたらどうなるのかなあ、というのが気になり反映してみましたら、地味な物語になった気もしますね。力量が足りない。
 ただ、功績が表に出ずともひたすら裏で護り通す彼らも個人的にはとてもかっこいいと思う。ポアロに戻って来れるのも毛利探偵の弟子を続けられるのもよき(願望)。そうなるときっと諸伏さんもポアロのバイトに入るはず(願望)。

諸伏さん
 手掛かりにならずとも命あることは知れた。
 送られてくる映像が地獄すぎてたまにゼロにとめられる。
 でも、ほんの少しでも、特徴的な内装や環境音が掴めれば!
 オレ、彼女が死にそうだったらとめるって約束したのに!
 やめてやすんでむりしないで。やすめ。
 生きてる、生きてる……つらかったな、よく頑張ったな、帰ってきてくれてありがとう……。
 何がどうあってもどれだけだって付き添うからな……。

萩原さん
 身を引いて遠くから眺めているつもりだった。明かさないつもりだった。
 俺は勝てないと分かってる戦いはしないんだよ。どうしても出遅れてたし、さ。
 でも実は転生者への想いを最初から自覚してたのあなただけなんですよ。そして多分一番早かった。彼は知る由もない。
 しかし彼女が三週間以上目を覚まさなくて、しかも酷い暴行を受けていたと知って、さすがに黙っていられなくなった。
 俺みたいな外野に付け入る隙作るくらいの想いかよ!?!
 きっと内心でははねのけてほしかった。皆の幸せを願っている。
 ……汀が目を背けてる本心にも、何となく気づいてる。最初から。

松田さん
 萩原さん(しんゆう)に面倒くせーなと思ってたら櫛森はその遙か斜め上の面倒臭さを突っ走る暴走機関車だったので、お前ら破れ鍋に綴じ蓋してろよくらいに思ってたけど、ちょっと無闇に背中を押してやれないかもしれないと思った。
 櫛森、お前……もう無理すんじゃねーよ……。

伊達さん
 ナタリーさんとの色んな時期についてずっと迷ってたのですが、やっぱり、ご両親にナタリーさんを紹介してあの指輪を渡してからそう長く空けずに入籍してそうだよなあ……と思いました。式のほのぼのした様子とか書きたかったんですけど、結局思い付けず。
 なのでこの時期は既に結婚してて、お子さんのことで忙しいんだと思います。だから松田さんと萩原さんにお前は自分の子供見てろーって置いてかれた。

帰らされた四人
 気が気じゃない。
 結局、手掛かりなし、だけど彼女は生きてる、とだけ聞く。
 それって……動画終了時点ではそう見えるってだけなんだろ……。
 その後時折、動画が届いた、彼女は生きてる、とだけ来てしんどい。
 見つかった、生きてた、と聞いて、へたり込んだ者ばかり。
 時々見舞いに来てくれる。
 公安二人がちゃんと休んでるか心配。

ジン
 忠誠誓ってたボスは捕まるし幹部すら頼りにならねえしマシだと思ってた弟分はNOCだったしetcetcでかなりブチギレまくってる。
 色んな怨み節とバーボンに対する激重感情の噴火により転生者にはかなり酷いことをした。
 転生者の手足を潰したのは見せしめ以上に彼女の戦闘能力を買ってるせいでもあったけど、彼女にとってはジンの想定以上に致命的だった。ジンは最後までそんなこと知らない。
 魔土器系:動作で効果対象が決まったりするため『掌に持って放る(落とす、ぶつける等)』の動作が大事。
 銃スキル系:構えられれば必中。チートが正しい構えをさせてくる。でも多分それらしき形を取るだけでもめちゃめちゃ痛かった。
 以前《 防御 》を皆に見せた時は本能が構えを拒否したけど、逆に脱出時は無意識が動かした。

*1
※キャスト4.5秒のため彼女には落ち着いてからしか使えない認識がある。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。