降谷さんの災難   作:千里亭希遊

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1個前の話の予約投稿の時間を間違えて0時にしてしまってたので何だか淋しくなり、いつもの6時にもう一個こちらを投稿します。ヒン…。


3.しんじられないはなし。

 ひとつあがって僕は年長組になった。

 

 空手を続けてて思ったんだけど、なんだかどうも、『今』の人々は『前』の人々に比べて……何だろう、か弱い、のかもしれない……?

 

『前』でだって皆身体能力が素晴らしかったから今もそうだろうと不思議じゃなくて、気づきにくかったんだけど、研兄が中一にして中体連で優勝してしまった。体重で階級が別れてるとはいえ、既になかなか背丈がある研兄の階級には全学年いる。

 

 ……研兄はなんか目立ちたくないとかで全国大会ではわざと負けたらしいけど、相手に失礼だったりしないか……?

 まあ、彼には何か考えがあるのかもしれないな。目指すは警察官で空手のプロになりたい訳じゃないみたいだし、声とかかかる可能性が嫌なのかもしれない。

 

 他の皆も同級生を圧倒してるみたいなんだよな。

 僕も年長組にして低学年の子と張り合ってる(正直これでもちょっと遠慮してはいるけど。加減が分からないし六歳児で身体壊したくない)し……技術的な知識とか体の動かしかたとかにどうしてもアドバンテージがあるから、そこだろうかとも思ったんだけど、どうももっと根本的なところな気がする。

 

 まあ、考えたって何か分かるわけじゃないから、ひとまずおいておこうと思う。

 

 気が進まなそうだったヒロ兄を強引に幼稚園の運動会に呼び、栞に引き合わせた。

 すごく緊張した様子でギクシャクしてるヒロ兄相手にも臆することなく無邪気に、

 

「れいくんのおにいちゃん? こんにちは!」

 

 なんてにこにこ挨拶する彼女に、ヒロ兄は薄っすら頬を染めてる気がした。

 僕の母さんと栞のお母さんが見逃さずにあらあらなんてにやにやしてる気がする。

 

「う、うん……こんにちは。ゼロの三歳上で、景希(ひろき)っていうんだ。よろしくね」

「はーい! よろ、し……ぜろ?」

 

 彼女がコテンと首を傾げる。

 

「ああ……れいくんのね、名前の別の読み方がゼロなんだ。カッコイイだろ?」

 

 彼女の目がみるみる輝いた気がした。

 

「うん……! カッコイイ……! ……ゼロくん!」

 

 僕のほうを見てそう呼んでくる栞の目がきらきらしててこそばゆい。

 

「ふふ、すきなほうでよんで」

 

『れいくん』って呼ばれるのも新鮮で良かったけど、このきらきらは無碍にできない……。

 

「うん、ゼロくん!」

 

 にぱっと笑う栞を、ヒロ兄が暖かな笑顔で見つめていた。

 今日一度会っただけじゃ何も分からないだろうから、これからも機会を作ってあげられたらいいな。

 

「ふふ、(ひろ)(れい)は特に仲がいいような気がするのよね。特に意識してた訳じゃないけど、ヒロとゼロ、かあ、韻を踏んでるみたいでイイわね」

「あら。素敵な偶然ってとこですね」

 

 母二人が和やかに笑ってる。

 特に僕たちに聞かせるつもりじゃなさそうだけど、内容がわかる僕たちはお互いふふっと微笑み合った。

 

 運動会自体については僕がなんでも一等を取る(大人気ないかもしれないが、かといって手を抜くのもなあ……)のに対し、栞はだいたいビリで、走るときは転びそうでハラハラする。

 

『前』に鍛えに鍛えてた『汀』を思えば栞も磨けば光るのかもしれないけど、やはり『前』を押し付ける気はしない。

 出会ったばかりの頃のか弱かった『彼女』を思い出して微笑ましかったりもする。

 平和な中にいてほしかった気持ちもあったから、むしろ安心してるのかもしれなかった。

 

 ヒロ兄も同じ気持なのか、時折ハラハラしつつも、やっぱり暖かに笑って見守っていた。

 

 栞は僕たちの心配をよそに、障害物競争で網の下から抜け出せなくて泣いてて可愛らしかった以外では、特に転ぶことも無く運動会は終わった。

 今年は転ばなかったねと撫でるお母さんに栞は「うん!」と嬉しそうに笑う。とても微笑ましい。

 

 けれどそういえば、彼女警察官に憧れてそうだったな。やっぱ鍛錬見てあげたほうがいいんだろうか。応援したくもあり、心配でもあり……複雑だ。

 

 そしてまた、とある日。

 

「そういや、町でナタリーだった子を見つけちまったんだよ」

 

 航兄がぽつりと言って、僕たちは彼に視線を集中させた。

 

「転びそうな子がいてびっくりして支えたら、偶然……」

「わーお、運命だね」

 

 研兄が感嘆してる。

 

「……自己紹介して、ちょっと話した。『前』については覚えてなさそうだ」

 

 航兄はそう言って苦笑した。

 

「こけそうなの支えただけでそこまでいったなら、何か本当に運命的なのかもしれないな」

 

 陣兄がそう言って少し驚く。

 

「……実は俺は、『前』の両親を見かけた。高校生だなありゃ。熱々カップルでびびったぜ」

「へえ……! 見てみたいかも!」

 

 研兄が興味津々だ。

 

「実子だった俺にとってはちょっとあれは砂糖吐きそうだったな……」

「そういうもんか。……実はさ、俺は姉貴っぽい人見かけたんだ」

 

 陣兄がぴくりと反応を見せた。

 彼らは『前』幼馴染だったそうだから、きっと面識があるんだろうな。

 

「やっぱ豪快な性格してそうだったよ。んで『前』のぶっきらぼうそうな旦那さんを既に尻に敷いてそうだった」

 

 破天荒そうな人だったものな。

 陣兄が何だか眉を寄せていた。

 

「一瞬目が合った気がするんだけどさ、スルーされたから、覚えてないんだろうなあ」

「ホォー……覚えてるのは俺たちだけなのかねえ……」

 

 航兄が少し切なそうな顔をしてる。

 

「しかし結構居るもんだな。皆して本に吸い込まれたのかねぇ。山内行夜ナニモンだよ」

 

 陣兄が口をへの字に曲げている。

 

「まあ、ここが何だろうと生まれたからには一生懸命生きて、全力で楽しんでやるさ」

 

 研兄が伸びをしながら言う。

 こういうドンと構えられるところも彼の良いところだよな。こちらの不安を吹き飛ばしてくれるんだ。

 

「そうだな」

 

 眩しい気がして、僕は思わず目を細めた。

 研兄はにかっと笑い返してくれた。

 

 

 

 穏やかに時は流れていき、僕たちはそれぞれ心身を鍛え、栞はいつの間にかピアノや絵を楽しそうに嗜んでて、そういえばと僕とヒロ兄はギターとベースを触り始め、それぞれの学年で空手大会で優勝する僕たち兄弟は少しだけ噂になったり、おかげで研兄が都大会でさえ手を抜く様子を見せたり、陣兄とヒロ兄は同学年なのもあってかかなり張り合ってたんだけど、栞への思い入れのためか何なのか次第にヒロ兄が圧倒するようになり、理由を察してる陣兄は特に僻むこともなく──。

 

 僕が小学五年にあがった年、身構えてなかった事件が起きた。

 

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 暑い日だった。

 

 夜中。

 

 妙な気配を感じて飛び起きる。

 

 それは兄弟皆同じだったみたいで──。

 

 パリンと嫌な音がして、泥棒かと僕たちはそっと身構える。

 

 数人が足を忍ばせて侵入したのがわかった。ぞっとする。何だ? 窃盗団か……?

 

 奥へと進んでいく気配を感じて僕たちは戦慄した。今日父さんは呼び出しがあって、多分まだ帰ってきてない。

 手に手に武器にできそうなものを構え、研兄は既にスマホを持っていたから声を潜めて110番していた。

 

「家に泥棒が数人入ってきたんです……! 助けて下さい!」

「じーちゃんばーちゃん母さんが心配だ、行くぞ!」

「ああ!」

 

 僕たちも息を潜めて不届き者の気配を追う。

 

「……父さん! 家に泥棒が!」

 

 後ろで研兄の潜められた声が聞こえて、繋がったんだろうか留守電だろうかと思いつつ、急ぐ。

 

 じーちゃんばーちゃんの部屋で……。

 

「きゃああ!」

「!」

 

 もう息を潜めてなんていられない、僕たちは一気に突入した。明かりもつける。

 祖父母に馬乗りになってる影をはじめ、五つを確認する。

 僕たちはそれぞれに肉薄し、思いっきりバットや箒などを振り下ろした。僕はまだ小五とかだから遠慮なく金槌持ってきてる。小学生用で少し小さいし殺してしまうことはないだろう。

 

「なっ、なんだ!」

「クソ、ガキだと……!?」

「先に()るべきだったか……!」

 

 不穏なセリフを聞いて眉をひそめる。

 子供は制圧し易いと考えて後に回したのか。

 ……でも舐め過ぎだ、研兄なんて高三だぞ。何人かは既に泡を吹いてる。

 

「陣ちゃん! 母さんのとこお願い!」

「分かった!」

 

 両親の部屋は二階にあるんだ。

 この場は大丈夫そうだから僕も陣兄に続く。小さくても金槌は強いのは実感した。

 

「ビニール紐あった! めちゃくちゃ縛れ!」

 

 航兄の声を背に聞きながら、僕たちは両親の寝室に急ぐ。

 

「母さ──!」

 

 二つの影。僕も来ててよかったのかもしれない。

 くそ。何なんだ。合計七人……? 多すぎる。

 さっきの物騒なセリフといい、単なる窃盗団じゃないのかもしれない。

 

 がこんと陣兄のバットが炸裂して、母さんに馬乗りになってたやつは沈んでた。

 

 だけど──。

 

 母さんはぐったり動かない。

 どくどくと脈が暴走してるのを自覚しながら僕はがむしゃらに金槌を振り回してもう一人にとりついて──。

 

 だけど、そいつは立ってて、だから僕の身長はどうしても足りなくて、何発か食らわせたけど決定打にはなれなくて──。

 

「──っあ、ぐぅっ」

 

 猛烈な熱と──冷え冷えとした何かを同時に、同時に──。

 

「──れ……!」

 

 陣兄の声が聞こえた気がしたのと、目の前の悪漢が吹き飛んだのはほぼ同時だった──と思う。

 

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 泣いてる声がする。

 

 大丈夫だ。僕はここにいるから。

 

 泣き声がする左側に手を伸ばそうと思ったんだけど、何だか動かなくて、じゃあと僕は右手を動かす。

 

 ひくっと息を飲む声が聞こえた気がして、僕の右手が強く握り返された。

 

「……ゼロくん……!」

 

 泣いてたせいかひっくり返ったような声になっていたけど。

 

「……栞……?」

「ゼロくん、ゼロくん、うわあぁん……!」

 

 ますます泣いてしまったらしい。

 本当にどうしたっていうんだろう。

 

 重いまぶたを何とか持ち上げると、栞は僕の右手を握って突っ伏していた。

 

「れいちゃん、れいちゃん……! 痛かったなあ……ごめんなあ……!」

 

 研兄までぼろぼろと泣いてる。

 頬と額にガーゼの貼ってある航兄がナースコールを押していた。

 

「弟がっ、目え、覚ましました……!」

 

 航兄も涙声だった。

 

 ああ、そうか。

 家に不届き者が押し寄せてきて、僕は遅れを取ったんだ。

 

「皆、無事……?」

「……あぁ、じーちゃんとばーちゃんは軽症、母さんは……命に別状はないって。お前は安心して休んでろよ……」

 

 答えてくれた陣兄の表情は歪んでいる。

 

「本当……?」

「ああ、母さんはほら、そこ、隣だ。じいちゃんとばあちゃんは入院するまでなくて、いったん色々準備しに帰ってもらった」

「……そっ、か。てことは、そんなに時間経ってないのか……?」

「ああ。朝になっただけだ。……吉田寺さんがいち早く情報掴んで、栞ちゃんは何か虫の知らせか泣きわめいてくっついて来てくれたみたい」

「……ふふ」

 

 研兄が泣きながら苦く笑ってるのに対して僕も苦笑して、まだ突っ伏してる栞を見遣った。

 

 そこに病室の扉ががらっと開いて、血相を変えた父さんと吉田寺さんが駆け込んできた。

 

「零、零……!」

 

 父さんが珍しく取り乱してて、僕は苦笑する。

 

「大丈夫だよ、お父さん」

「ごめんな……っ、父さんが遅かったから……っ!」

 

 言って父さんの目から涙がこぼれて僕は目を丸くした。よく見たら目とその周りが赤い。

 

「……父さんはかっこよかったよ。零をこんなにしやがった奴ぶっ飛ばしたしさ、他のみんなも、父さんが来てなかったらもっと危なかった」

「……!」

 

 陣兄の言葉に父さんはそれ以上は言わずに俯いた。

 そっか、あいつがふっとんだのは父さんのお陰だったんだ。

 

「ありがと、お父さん。僕は父さんが大好きだよ。ありがと」

 

 結果だけ見て無力感に苛まれることだってある。その気持ちだって分かる。ましてやこんななった直後なんだし、母さんなんてカーテンがきっちり閉められててこれだけ話してても出てこないんだから、まだ意識不明なのかもしれない。

 僕に何を言われたって、家族を愛してやまない父さんは心を痛め続けてしまうんだろう。

 どんな言葉が父さんに届くかは分からないから、僕は、感謝を繰り返すくらいしかできない。

 

「来てくれてありがと。僕は父さんが守ってくれたって、ちゃんと聞いたよ。ありがと。皆生きてるんでしょ、もう泣かないで。僕、早く治るように頑張るから、応援してよね」

「……!」

 

 父さんは息を飲んだ。

 ね、生きてるんだから。

 

「あ、ああ……っ! 頑張ろうな……!」

 

 そう言って僕の頭を何度も撫でる父さんの涙が止まってくれない。

 

「泣かないでよ、もー……」

 

 ああ、本当に、この人相手に反抗期は演れそうにないなあ……。

 

 僕がくすくすと笑っていると、コンコンと扉がノックされて、お医者さんたちが入ってきた。

 僕を見てほっとした顔をしてたから、すごくいい人たちそうだなぁって思った。

 

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 研兄は俺が二人だけで行かせたからとか言い、陣兄は母さんが血を流してて頭に血が上って冷静になれなかったとか言い、ヒロ兄は自分のほうが力強いんだから二人もいたなら向かえばよかったとか言い、航兄は俺が縛る力甘かったから抜け出したやついて手間取ったとしょげ、父さんは遅すぎたと落ち込み──。

 

「全部たらればよ! もう、情けない顔並べてないでシャキッとしなさいよね!」

 

 隣で母さんが皆にびしっと言って僕はくすくす笑った。

 母さんは胸部とか刺されてたらしくそりゃ陣兄も熱くなるだろと僕は青褪めたんだけど、幸い色々外れてたそうで命に別条はなかったし、本人はぐっすり寝てたらしくて刺された記憶もないとかで、めちゃくちゃ元気だ。

 

「そもそもね、我が息子たち! あなたたちすごいのよ? お父さんが来るまで生きて抵抗してくれたからこそ、皆こうして生きてるの。私も生きてるの! 本当に……本当に……」

 

 じわっと母は瞳を潤ませた。

 

「皆も、お父さんも、私のヒーローよ。結婚したのがお父さんで、生まれてきてくれたのがあなたたちで、本当に良かったわ。誇らしいの」

 

 でもね、と母は少し膨れた。

 

「……大人に立ち向かってったって聞いて少し怖かったの。ごめんね。私大人なのになあ。情けないねえ」

 

 へちゃりと母は苦笑いする。

 父と研兄とヒロ兄がだばっと泣き始め、陣兄と航兄が唇を噛んだ。

 

 僕と母は顔を見合わせた。

 

 こほんと咳払いが聞こえた。

 

「もう辛気臭いのはおよしよ。皆生きてるんだからねえ。反省するとしたら私らも身体鍛えようかね。……年寄り舐めてたらお前たちなんてひとひねりだよ? 負けたくなきゃ、めそめそしてないで鍛えな?」

 

 お婆ちゃんが腕を組んで鼓舞してくれた。

 ああ、女性陣に気迫で負けそうだよみんな?

 

「特に研悟! お前、自分が強いからって慢心してやしないかい? 試合で手え抜いてるのは分かってるんだよ?」

「……えっ!?」

 

 研兄がびくっと身を震わせた。

 

「いや、ええ……なんで……」

「道場が近いくらいだぞ? あそこは古くからやってる。爺ちゃんも婆ちゃんもお父さんも通ってたんだ」

 

 お爺ちゃんが言う。そうだったんだ! 秘密にされてた……?

 

「お父さんはインターハイ優勝者だよ。警察官になりたいんだったら、同じくらい目指してみたらどうだい」

 

 お婆ちゃんは引き続き腕を組んでて──。

 

「……え、ええ!?」

 

 僕たちは一斉にお父さんを見た。お父さんはたじたじとなってる。

 

「……そ、そっか、俺舐めてたよ。受験終わったら、また頑張ってみる」

 

 真剣な顔で頷いてみせた研兄に、お婆ちゃんはふわりと目を細めた。

 

「素直でよろしい」

 

 もう研兄はお婆ちゃんの背より随分大きくなってて、お婆ちゃんはぽすんと彼の肩を叩いた。小さい頃だったら頭を撫でてくれてたんだろうな。

 研兄はくしゃりと笑った。

 

 

 

 僕が刺された左腕は、少し後遺症が残るかもしれないんだと、リハビリを始めた頃に担当のお医者さんから明かされた。

 あの日の様子を思えば、研兄と陣兄と父さんは知らされてたのかもしれない。

 

 まだ小さいくせに、しかも言われてないのに走ったのは僕なんだから、皆気にしないでほしいんだけどな。

 

 と言っても、根気よくリハビリを続ければ完全回復の望みもあるらしくて、空手再開できるようにお手伝いするからね、頑張ろうね、と、担当の先生も熱意を見せてくれたし、僕だって諦める気もないから、必死にリハビリを続けた。

 

 ずっと仲良くしてくれててもうほぼ家族ぐるみの付き合いになってる栞に、母はマッサージを教えてたらしくて、「私の帰宅が遅いときは、お願いしてもいいかな……?」なんて頼んでて……何を考えてるんだ母さん。僕たちそろそろ思春期だぞ?

 でも栞は何の迷いもなく一生懸命やってくれるものだから、僕は何だか……あてられそうで。

 思わずヒロ兄に助けを求める。栞が遠慮がちに、「こ、こんにちは……!」って訪ねて来てくれるたび、ヒロ兄も家にいたら一緒にいてもらうことにした。

 ヒロ兄も色々と動いてくれて、蒸しタオルとかを用意してくれたり、栞に飲み物やお菓子を用意してくれたり、雑談を振ってくれたり。

 お陰で随分ほっとした。

 

 けれど──。

 

 鬼ごっこ中に思いっきりスライディングしたクラスメイトが遊具に突っ込みそうだったのを庇って、栞は利き手の──右の掌を骨折してしまった。

 

 ……自身を犠牲にしてまで誰かを守ろうとするなんて。そんなところ、『前』の彼女に似なくていいのに。

 

「栞のお陰で僕の手、もう殆ど普通に動かせるようになったんだ。だから今度は僕に──僕たちに、きちんと頼ってくれ。お互い様ってやつだ。恩返しだってさせてほしい」

 

 そう言うと彼女は少しの間遠慮して戸惑っていたけど、栞のお婆ちゃんは昨年亡くなってしまっていて(しばらくめちゃくちゃ泣いて落ち込んでたなあ……)、お爺さんは生まれる前に既に、だったそうで、彼女はひとりっ子だから、お母さんが仕事を休もうとしてたみたいだ。

 

 僕が彼女に随分お世話になってるからもし良かったら、って申し出たら、「まあ!」って合鍵貸してくれた……お父さんも公認らしい……信用してくださるのは嬉しいけど、いいんだろうか……。

 

 利き手が使えない栞の宿題を手伝ったり、英語は苦手だと落ち込む彼女(『前』とは違うんだなあとしみじみ。ほんと、引きずるものじゃないよな)に多少教えてみたり、利き手じゃない左手だけでさえ上手にマッサージしてくれる彼女にびっくりしたり、お菓子や飲み物持っていきたいからとヒロ兄も巻き込んだりして、栞がすっかり治るまで通って、合鍵をお返ししようとしたら「あら、持っててくれてもいいのよ」と彼女のお母さんに言われたのをビビリながら辞退したり。

 

 

 

 父さんと吉田寺さんの話を偶然盗み聞きしたという陣兄からの報告(録音)に、僕たちは少し嫌な納得を抱くことになる。

 

 あの日──仕事中だった父さんよりも、通報を受けたことで駆けつけた警察は随分遅かった。

 そして、妙なことに少し前から父さんは身の危険を感じることが多くなっていたらしい。吉田寺さんの忠告で自覚したようだった。家族まで狙われるなんてと激しく悔しそうな父さん。

 僕たち一家が襲われたこの事件、少なくとも実行犯は一網打尽にしたにもかかわらず、犯人たちが黙秘を続けてるとかで捜査は遅々として進んでいないんだそうだ。そしてやはり家族だからってことで父さんは捜査から外されてるらしい。

 僕たちの家は、犯人が全員捕まったからとかで、ろくに現場検証もされないまますぐに開放されている。

 

 物語では、吉田寺氏が大の警察嫌いになるくらいには、組織は腐敗していた。

 うちの父さんに限ってそんなことはないだろうと願っていたけど、もしかしたら父さんに裏切られるとかが最初の原因か──? なんて心配もあったんだけど、これはどうやら逆なのかもしれないと僕たちは見当をつける。

 

 腐敗した警察組織の中で父さんは何かで邪魔になったのではないだろうか。

 だから、消されるところだった。

 驕る気はないけど、僕たちに『前』から引き継いだ勘なんかがなければ、一家皆殺しだったのかもしれない程の大事件。

 そして進まない捜査。

 

 物語の中でも家ぐるみで仲良くしてくれていたかまでは分からないけど、吉田寺さんはこの事件を追っていたのではないだろうか。そして動かない警察に嫌悪感を抱いた。

 

『心配と忠告をありがとう。ぼくは……偉くなって、絶対にこんなことが繰り返されないようにするよ』

『……っ。時間が、かかるでしょう……!』

『それでもやるしかない。例えばここでぼくが警察官をやめたとして、付け狙われてる理由が分からないから、安心できる保証はないんだ。幸いぼくには気心の知れた信頼できる仲間もいる。気に掛けてもらってる』

『……! 私にも、できることをさせてください……!』

『……ふふ。ありがとう。でも無理はだめだよ』

 

 音楽プレイヤーのマイク機能を利用して録音された音声。

 陣兄しっかりしてるな……?

 

 ふっと、兄弟たちは不敵に笑った。

 

「警察官目指す理由増えたわ」

「……なあ、栞の事件も警察の身内が犯人だったんじゃなかったか? 案外繋がってたりな」

「……ああもう、まだ子供なのほんともどかしっ」

 

 研兄が頭をがりがりしてるけど、それでも僕たちの中では頭一つ飛び抜けてるんだよな。こっそり他の皆で顔を見合わせて苦笑いした。

 

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 栞のとこにお邪魔させてもらってた間に、彼女の家には防音仕様のピアノ部屋があるのを知った。僕とヒロ兄がギターとベースをやるというのを知った彼女は、僕の手が辛くならない程度に、たまに一緒に演奏しないか持ちかけてきた。

 リハビリにもよさそうだし、僕たちは喜んでお呼ばれすることにした。

 栞のお母さんに、たまにお会いするたびに、やっぱり合鍵持っててくれていいのに、なんて冗談めかして言われてビビリつつ。

 ていうか彼女、ピアノだけじゃなくてドラムも叩くんだ。演ろうって曲によって器用に変える彼女に舌を巻くし、そもそも家にドラムセットがあるのすごくないか? 聞けばどうやら彼女の両親の出会いは学生時代の音楽サークルらしい。なるほど、なら熱意によってはこういうこともあるかと納得する。

 

 そんなある日である。

 

 いつものようにお呼ばれしてお邪魔すると、何だか彼女がしょげてる気がした。目も赤い気がする。

 

 僕と、今日は道場もないから一緒に来ていたヒロ兄は顔を見合わせるけど、強がってそうな彼女が明るく笑って入ってって言うものだから、詮索するものでもないかとそのままお邪魔する。

 

 しかし心なし演奏にも元気がない気がして、休憩とお菓子をつまんでいる時に思い切って聞いてみた。

 

「何かあったのか?」

「……うん?」

「元気ないなと思って」

「……そ、そうかなあ……」

 

 へちゃりと彼女は笑う。

 

「……吐き出せそうだったら、遠慮しないでね?」

 

 ヒロ兄が心配そうに言うと、栞はぐっと押し黙った。

 

 しかしやがて。

 

「……あの。笑わないで、下さいね……漫画で、好きなキャラがいるんです、けど……」

 

 ヒロ兄みたいに年上の人が相手に混じると彼女は丁寧語になるから、重ねるものでもないと思いつつもどこか懐かしくなってしまう。

 

 ともかく。漫画の話なのか? と少しほっとする。

 いや、ここまでしょんぼりしてるようならそんな安心は非情かもしれないけど。

 

 栞は俯いた。

 

「そのキャラ、ものすごく、悲しい過去があったんです。……つらすぎて」

「……どんなだったか、聞いてもいい?」

 

 ヒロ兄が尋ねると、栞は一瞬表情を歪めて、ひとつ小さく呼吸した。

 

「えと……そのかた、警察官なんですけど……公安の捜査官で、犯罪組織に潜入してるんです」

 

 ……すごく身に覚えのあるプロフィールに僕とヒロ兄は顔を見合わせて絶句した。

 それは……何か、苦しい経験があっても変じゃないのかもしれない、けど。

 

「少しずつ、過去が明かされていったんですけど……警察学校時代の仲の良かった同期のかたとか……友達が、全員亡くなってるみたいなんです……」

「……!?」

 

 公安関係なくつらい話だった。

 

「中でも、今日見たのは……ものすごく思い入れがありそうなかたの話で……同じ公安で、同じ犯罪組織に潜入してたみたいなんですけど」

「……」

 

 僕たちは顔を見合わせた。

 

「公安からのスパイだって組織にバレて……情報を守り切って自殺しちゃうんです。その人のすぐそばで……っ」

 

 ヒロ兄の表情が一気に青褪めた。

 

「自殺、しようとしてるその時の表情が……っ、本当に……つらそうで……っ、だけど、それなのに、つらそうなのに……っ、それでも、仲間や家族の情報を守るために、彼はスマホごと心臓を撃ち抜くんです。ほんと、なんて強いかたなんでしょう……っ、でも、その強さが悲しすぎて……っ」

 

 ぽろぽろととうとう彼女は涙を流し始めて、僕もさすがに青褪めて、そして──。

 

 がばっとヒロ兄が彼女を抱きしめていた。彼女がびっくりして硬直している。

 

「……ごめん……っ、ごめん……」

「……ヒロお兄さん……?!」

 

 栞があわあわし始めた。顔が赤くなってきた。

 

 だけど……これは無理もないだろう……。少し我慢してくれ栞……。

 頭をゆっくりと撫でるヒロ兄に、戸惑う栞。

 

「……栞は、ほんと優しいな」

 

 僕は目を回しそうな栞に笑いかける。

 僕に向けられた彼女の視線は助けを求めてるようにも見えたけど、うん、やっぱり少し我慢してくれ栞……。

 

「……っ!」

 

 助けてもらえないと理解したらしい栞はますますあわあわしたけど、ふっと視線を落とした。

 

「……わ、笑われるかと、思った、のに……」

「笑わないよ。僕たちにとって警察官は身近だから、余計にね」

 

 はっと彼女は視線を上げた。

 

「それだけ他人のために悲しんでる君も、とても眩しい。ほんといいやつだな、栞は」

 

 彼女は目を丸くして口を引き結んだ。ますます赤くなった気がする。

 

「……あ、……ぁ……ぅ……」

 

 ……あ。これはそろそろまずそうだな。

 

「……ヒロ兄」

 

 服の背中を摘んで引っ張ると、彼ははっとしたようだった。

 

「……あ! ご、ご、ごめん栞ちゃん! つい……! びっくりしただろ……!?」

 

 彼が慌てた様子で離れると、いよいよ目を回しそうになってた栞もはっとした。

 

「い、いえ……! わ、笑わないでくれて……それどころか、なぐさめてくれて、ありがとうございます……!」

 

 どぎまぎしたような様子ではあれ、彼女はヒロ兄にふわりと微笑んだ。下手したらセクハラなのに(とめなかった僕も僕だよな)、逆にお礼を言うなんてできた子だな。

 ヒロ兄を憎からず思ってくれてるんだったらより良いんだけど。

 

 ヒロ兄は泣きそうな顔で笑って、栞の頭をぽんぽんした。

 

「なんかリアリティすごそうな漫画だな。少し興味が湧いたんだけど、タイトルは?」

 

 一応と、尋ねてみる。

 

「えっと……これ、だよ。『名探偵コナン』っていうの。お父さんたちが小さい頃から好きで集めてるんだって。アニメとか映画とか……大人気で、色々に、なってるみたい。……でもリアリティかあ、ちょっと不思議なものも出てくるかもしれないなあ……でも、探偵ものだから現実的に、って拘りがあるっていうのを、どこかでみたことはある、よ」

 

 本棚から彼女が取り出してきた漫画を見て、僕とヒロ兄はギギギと軋みそうなぎこちなさで顔を見合わせた。

 表紙にある幼気な少年の姿にはどことなく見覚えがあった。何よりタイトルだ。

 

「お父さんたちに頼んだら、貸してくれると思う!」

「ああ、ありがとう。でも僕一気に読みたくなるたちだから、自分で買ってみようかな」

 

 へらりと笑ってみせると、彼女は一瞬目を丸くした。

 

「これ、三十年以上続いてて、百巻以上あるよ? アニメも多分、千話どころじゃなかったよ?」

「へえ、すごいな。見応えありそう」

 

 にこっと笑うと、少しの間ぽかんとしていた彼女は、やがてくすくすと笑った。

 

「ゼロ君根性ありそうだし、大丈夫そうな気がしてきた」

「だろ?」

 

 その後もゆるゆると雑談を交わして、演奏再開して、いい時間になって、帰宅することになった。




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 皆の外見が前世のままでも度を超した美形でもないのは『名探偵コナン』という作品が存在する世界だから、というわけでした。
 名前も一字同じだし大騒ぎになるどころじゃないので。

 平行世界として存在するだけで各本の筆者が本に吸い込ませたなんてことはありません! きっと探偵左文字の世界もヤイバーの世界もナイトバロンの世界もetcコナン世界以外の作品の世界だってどこかにある。無限。
 でも皆には知るすべなし。筆者可哀想。

 山内行夜の作品においてこの事件の周辺は描かれておらず、桜井家にもとから息子が五人いたかどうかは不明。桜井さんと吉田寺さんに面識があったかどうかも不明。K学組の転生で大きく流れが変わったことは確か。

 事件後しばらくはマスコミが集まってたけど、桜井家が相手にしてくれない&所轄署から圧力がかかってわりかしすぐに沈静化する。

降谷さん
 左腕については、動くには動くし完全に元に戻る見込みがあるならいい、とあまり気にしてない。
 ただ、自分はまだ子供だ、何でもできると思うな、と自身に言い聞かせる。
 コナン視聴して、栞が『好きなキャラクター』と言っていたのが『安室透』だと察してどきっとするも、彼女が『スコッチ』に並々ならぬ感情を寄せているのも察して切なくなってる。

諸伏さん
 家族が刃物で襲われるなんてトラウマすぎて普段通りには動けなかった。
 絶対に真実に辿りつきたいし警察が腐敗してるらしきことに心痛めてる。

萩原さん
 警察官目指す理由に打倒腐敗体質が加わる。
 父さん早まるなよ、待っててくれ。

松田さん
 やっぱ警察署長か警視総監殴るか、と警察官目指し始める。
 父さん、独りで走るなよ。

伊達さん
 以前は力自慢なほうだったと思うから今は中でも幼いことがもどかしい。だからめちゃくちゃ鍛錬に打ち込んでた。
 しかし犯人に拘束を破られてショック。(言うて細いビニ紐)
 更に鍛錬頑張り始める。むりしないでね。

桜井父(陽介)
 優秀だし正義感強いしで腐敗勢から疎まれてる。どうやらどこかでそいつらの琴線に触れてしまったらしい。
 K学組の記憶が引き継がれてなかったら家族全員失ったあとに駆けつけて動揺してるところをつかれてたかもしれない。あるいは……。
 妻(菊乃)の父(警視庁のお偉いさん)が協力してくれるようになる。そのため吉田寺父との会話に『気に掛けてもらってる』ってセリフがあった。

陽介さんとこの腐敗した所轄署
 少し稲◯事件(2002年)に似た状況。
 海外マフィアも関わってて公安も動いてるけど、相手が大きいため対処には時間がかかっている。
 陽介さんは密輸に関わってる人間を数人別件で検挙して、危険視された。


 音楽大好き。絵も大好き。インドア派。猫派。大好き。
 習い事は実は幼稚園入ったくらいからやってた。
 桜井家が大変なことになってしばらくは思い出してひっそり泣いてる。
 降谷さんたちは知らないけど、過去道路で猫を助けようとして車に轢かれかけたこともあったりする。危うい気質は変わらねえ困ったやつ。
 共働きな両親は彼女に構う時間が少ない分、何でもかんでも買ってあげてたりするけど、彼女自身は謙虚。和やかな性格はずっと一緒にいたお婆ちゃんの影響かも。だからお婆ちゃんが亡くなった時の落ち込み様はなかなかだった。
 FF14はフリートライアルでのんびり遊んでる。高校生になったらバイトして最新までやってみたいなと思ってる。
 ドラマでは高校二年の九月七日に連続猟奇殺人事件の被害者の一人となる。

吉田寺父
 仲良くなった桜井夫妻からは丁寧語いらないよって言われるけど六歳&三歳上なのでどうにも抜けない。彼の妻も同じく丁寧語になる。
 妻とは大学の音楽サークルで出会った恋愛結婚(同い年)。未だに仲睦まじい。キーボードとかギターとかしてた。
 転生K学組の予想通り、警察を毛嫌いし始めるきっかけは桜井家の事件。今は仲の良い陽介が警察官だし彼の家族は皆生存したしで多少だけマイルド。腐敗した連中だけ睨み付けてる。
 推しは黒田さんと若狭先生。二人の関係性がたまらなく好き。
 このあたりや、娘がK学組を特に推してる&交通教室で制服を始めとしたかっこよさにミーハーして警察官に憧れを抱いていため、始めは警察を毛嫌いしてたわけじゃなかった。

吉田寺香菜美(かなみ)
 啓寛の妻。
 ドラムとかブラス系が好き。
 結構ミーハー。それは栞にも引き継がれてる。
 推しは赤井さん。かといって娘とバチバチしたりしない。素敵よね、ってお互いミーハーする。
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