黒騎士、エルデの地の紀行 作:ゆでエビ
倍くらいあったっていい
洞窟の中は、私が想像するよりも遥かに暗い場所だった。
外界から光が差さないので夜よりも暗く、一寸先さえも見通せぬほどだった。
私は壁面に生える光る苔だけを頼りに、おぼつかない足取りで奥へと進むしかなかった。
暗闇ではあちらこちらに亜人どもが身を潜めており、私は不意の襲撃に後手に回ることしかできなかった。
身を包む鎧と頑強な盾のお陰で危機に陥ることはなかったが、もし私が剣と布服しか纏っていなければ、命はなかっただろう。
そうでなくとも、向こうの練度が高ければたやすく囲われて袋叩きにあっていたに違いない。
次またこのような洞窟を探索することがないとは思えない。
何らかの備えは必ず必要になるだろう。カーレは松明を販売していただろうか?
ひと段落したら訪れてみる必要がある。
少し進めば、明かりが見えた。
広場があり、そこにいくつかの篝火が炊かれていた。
足元には、光るサイン。古騎士、イシュトバーンと記されていた。
暗闇の中でよく目立っており、触れると霊体としてその人が現れた。
鈍色の鎧を纏い、大振りの曲剣を肩に担いでいた。
言葉は交わせなかったが、敵意はなかった。
見覚えのある現象だった。
白教に、サインろう石を使ったこのような儀式があったことを覚えている。
後人の助けとならんとする、信義ある行い。
私はイシュトバーンの義にあやかることができた。
広場には無数の亜人がたむろしていた。
中には親玉と思わしき、大柄な個体が2匹。
私はイシュトバーンと肩を並べ、これらと斬り結んだ。
特筆すべきは、やはりイシュトバーンの繰り出した得体の知れぬ戦技。
見慣れぬ紫の波動を巻き起こし、我々を包囲する亜人を一気に引き寄せていた。
まるでイシュトバーンのもとへ亜人たちが落ちていくかのような、不可解な現象だった。
こたびの戦いでは、遺灰の呼び掛けを感じ、鈴を鳴らしてみた。
還魂碑という霊を呼ぶのに必要な碑石が近くにあったようで、遺灰の霊が力を貸そうと奮い立っていた。
鈴とは、カーレのいる教会で、水色の人形から預かった霊呼びの鈴だ。
遺灰は本当に私の呼び掛けに応え、三匹の狼の霊体が現れた。
数的戦力で大きく劣る私であったが、イシュトバーンの戦技と狼たちのかく乱により、戦いは混戦の様相となった。
統率の取れていない乱戦であれば、個々の戦力で勝るこちらに軍配が上がる。
これらの助けを得た以上、私が苦戦する相手ではない。
親玉の亜人をしとめれば、狼もイシュトバーンも、役割を果たしたと言わんばかりに姿を消した。
亜人の骸から見つかったのは、針と裁縫道具。あの身なりのいい亜人の品だろう。
あとで渡しにいこうか。
洞窟には更に奥があった。
あいも変わらず闇が拡がっていたが、やがて地上に繋がっていた。
洞窟の出口のちょうど正面の遠景に黄金樹が輝いており、広大な景色もあいまって私は一気に閉塞感から解放された。
出た場所は、浜から離れた孤島。
洞窟を通じてこの離れ小島まで繋がっていたらしい。
この島には、中央に崩れた教会があった。
異質な教会だった。
そこら中に首を斬り落とした竜の石像が散乱している。
そしてなにより、儀式の祭壇に竜の死骸が横たわっていた。
骸の正面には盆があり、竜のものと思わしき血液が注がれている。
明らかに異端の、竜にまつわる儀式の場であったのだろう。
私には関係のない場所だが……。
もう少しあたりを探すと、瓦礫に走り書きがあった。
こことは別に、大竜餐教会とやらがあるらしい。
つまり、ここもそれに類する教会。
竜餐。竜を食うと。
外法だな、というのが私の印象。
ここの常識は知らぬが、まっとうな儀式のようにはとても思えない。
このように教会が離島に隔離されているのもそうだ。一目を憚っているようではないか。
竜を食えばなんらかの力は得られるだろうが、まともでいられるようにも思えない。
必ず身体に変容をもたらすだろう。
教会で行われていた儀式の内容が判明したとて、私はそれをなぞる気にはなれないな。
来た道を引き返し、例の亜人に針を返した。
どうやら母の遺品であったそうだ。
かつては針子という身分だったらしい。この亜人が仕立ての良い服を着ている理由が分かったな。
それ以上は特に関わることもせず、私はその場をあとにした。